キャッチボール

11月最終日。今月、日に日に早くなる産卵時間をつかまえるのに苦心した。

日長が短くなる時期、朝の点灯時間を早めて、鶏の適切な活動時間をつくり、産卵を促す。2月くらいまで寒い朝の辛抱が続く。

こんな朝の忙しさが手伝ってか、Fさんからのショートメールの数が少しずつ増えてきた。

彼は7時に出勤して来るので、それまでに私がかなりの数を採卵し終えているわけだが、何となく夕暮れ時に家庭で孤独感を感じている様子だ。

鶏が一日、2個タマゴを産むわけではないが、朝の産卵ラッシュアワーは順序を決め、テキパキと採卵しないとタマゴの波に飲まれてしまう。

彼が、その「波」に飲まれないように、前倒しに仕事を進めるが、彼にとっては少し「プレッシャー」になる時期でもある。夏場に出来ない採卵以外の仕事を進めてくれれば良いと私は割り切っているが、何となく職場でも「申し訳なさ」を感じるのであろう。

昨年までは、この時期、早出をさせ、午前中の配達に出掛けると、だいたい8時半くらいに「もう駄目です」とメールがくる。

押したり引いたりしながら、お互いに頑張ってきたので、彼からのメールは出来るだけコマ目に返信するようにしている。というのも、私の方から「いつでも、どんなことでもメールしてエエよ」伝えているので。

19時ごろ彼からのメールが着信する。私がこの時間、どこに居て、何をしてるか彼は把握している。

「どうかしたか?」と短い返信をし、5分ほど待って返信がないので「何か気がかりなことでもあるか?」と再びメールを送った。

それから返信があり、彼の心に刺さっている「トゲ」が何となく把握でき、何度かメールのキャッチボールをポツポツする。

でも、こうだ。でも、ああじゃないか。というメールに返信しながら、最後に「それはあなたの考えすぎかもしれません。安心して下さい。それは私が神に誓って断言します」と返信して、今夜のキャッチボールを終えた。

島原での勤務時代、障害がある子どもさんと共に生活する家庭に多く触れる機会があった。

当時は若さもあり、自分が独身だったことも手伝ってか、今では考えられないストレートな意見をぶつけ、かなり迷惑な存在だったと思う。ただ、ストレートにぶつかることで、貴重な体験も数多くさせき、多くを学ばせていたと感謝している。

自分自身、子どもを授かり、家庭を持つ中で、様々な考え方の「子育て観」に、家内の話を通じて触れてきた。なんとなく、正解はどこにもないような。

そんな時、島原で出会った家族のカタチに照らし合わせながら、いつのときも、今、自分ができることを考えることが多かった。

メールでFさんの家庭への不満を感じ、時折、お母さんやお姉さんの話を伺ったこともある。

「もっとこうした方が・・・」という自分の考え方を、以前のようにストレートに伝えずに、深い干渉をなるべく避けて、彼の家族のあり方を6年ほど見守ってきた。

決して、家庭への深い干渉を恐れたわけでなく、私と彼は雇用関係にあり、私が果たすべき責任、彼が農園でやるべき役割の歯車がキチンと噛み合えば、彼が抱える問題の糸口が見つかると信じて。

明日、彼が元気に出勤してくれることを祈りながら、寝る。

あだちまさし。

先を楽しめ

今日、44歳の節目を迎えた。

30歳すぎてから自分の年齢に無頓着だったが、今日は日曜日ということもあり、黙々と作業場で一人仕事をしながら、今までの自分のことを少し思い返したりしてみた。

私の誕生日の記憶といえば「もちつき」

家族で参拝していた金光教の教会の秋季大祭が14日で、12日が「もちつき」。

ライトに照らされた教会広場で信者さんと一緒に、紅白餅をついて、丸めるのが誕生日の恒例行事であった。おそらく高校を卒業して宇部を離れるまでは、毎年、賑やかに11月12日を過ごしていたように思う。

今の仕事をはじめて教会との関わり方は少し変わったが、祖母が亡くなり、妹の嫁ぎ先である太秦教会のご霊前に奉っていただいたので、金光教教徒となり、我が家の柱は「金光教」となった。

物心がつく前から教会に参拝していたが「我が家の柱」と考えると、自分自身、金光教への心の向け方が少し変わってきたように感じる。

私なりに理解している「金光大神天地金乃神」というのは、氏子あっての神、神あっての氏子「あいよかけよ」で立ち行く神様だと頂いている。

子供たちは教会へ参拝する習慣はないが、いつかは伝えなければいけないと思い、祖母が他界してから、「天地は語る」という、み教えを現代語訳されたハンドブックを鞄に入れている。心を静めてページを開くと、心に「すぅー」っと浸みる教えの数々が並んでいる。

44歳の誕生日、世間でいうと「厄」の期間を通過してきた。心を静めて、昼休みにハンドブックを開き、パラパラとページをめくる。日柄方角を気にしない金光さまの、ある教えが胸に浸みる。

信心して神に取りすがっていたら、縁起を気にすることはない。四は死に通じると言うが、それは悪い方へ取るからである。四なら幸せの「し」に取れ、よいの「よ」に取れ。みな、よい方へ取って信心すれば、いっさいおかげにしてくださる。

一生に一度の「4」が二つ並ぶ誕生日、良い方にとると、最高の誕生日でもある。

まぁ、自分勝手な解釈である。しかし「良い方へとる」という習慣があると心が穏やかになるのは事実。

妹の嫁ぎ先の太秦教会では元日祭で、み教えを短冊状の和紙に筆書きし、おみくじの様に参拝された信者さんが頂いて帰られる習慣がある。何年前だったか忘れたが、正月に家族分の「ご神訓くじ」を送ってもらい、子供たちと一緒に開いてみた。

私は引き当てた「み教え」が、当時、自分の心に浸みて事務所のパソコンの前に貼り付けている。

「悪いことを言って待つなよ。先を楽しめ。」

少し問題を抱えると心に不平へ不満を抱えることが多い私だが「先を楽しめ」という気持ちで、今日という節目に感謝し、明日から、また前を向いていきたい。
あだちまさし。

いや、いや、まだ、まだ。

携帯のアラーム時間を一ヶ月ほど前から早めたが、なかなか体がついてこない日々を過ごしていた。

今朝はスキッと目が覚めたのが4時。ゆとりを持って農園の仕事を進められた。

昨日、Fさんと食事会を「すき家」でして、トライアルで二人で買い物をした。夜の街が恋しいが、そんな甲斐性と時間と、金もなく。

11月3日が彼の44回目の誕生日だったので、作業着上下を私がトライアルでプレゼントした。

安く済ませて申し訳なかったが、吉部の小店を定宿とする彼には、眩しいぐらいの品揃えなんだそう。

彼が親指の爪を噛みながら、ゆっくり品定めをする姿を見ながら、日頃、慌しく夕食を掻き込む時間から離れた「リラックス感」があった。

安価であったが、彼の「一張羅」になる作業着を二人で選んでプレゼントし、防寒用のブルゾンを自分の財布から買うよう促し、また、爪を噛みながら品定めし、彼が決めてレジへ進んだ。

無駄遣いを彼に強いているわけではないが、金を使う「悦び」と、そこから生まれてくる「何か」を彼に期待したい。

昨夜は彼と安上がりな夕食をして、小手先だけのプレゼントをし、飲みに行きたい衝動をかなり抑えながら、「かった湯」で体を癒した。

なぜか、腰や肩の痛みが消えた。不精な性格で風呂が嫌いな私44回目の誕生日を日曜日に迎える。

飲みたい衝動を抑えながら、体を労わることも大事か。

いや、いや。まだ、まだ。

いや、いや。まだ、まだ。

あだちまさし。

鶏肥ゆる秋

天高く馬肥ゆる秋。ならぬ「鶏肥ゆる秋」。

鶏が、夏場に落とした体力を9月下旬から取り戻し、飼料の摂取量を増やしながら、産卵を続けていく。

日長が短くなる時期、朝の点灯時間を早くしながら、鶏の「産みたい」欲求を切らさないようにするのが、唯一、私たち農園での人工的仕事。

猛暑時期に点灯を早めて産卵を促しても好成績は挙げてくれない。体力が落ちた鶏にとってはストレスにしかならず、様々な問題が発生する。

今の点灯時間は午前3時。目が覚めた鶏が一斉に産卵を始めることはないが、17時すぎから休養をとった鶏の朝の活動は忙しい。

夕方までに首の根元にある「餌袋」がピンポン玉の半球程度になるくらいに餌を詰め込み朝を迎える。

胸骨や尻まわりの肉付きも、日に日に弾力を増し、早朝から忙しなく産卵してくれる。午前9時ごろになると「クゥークゥー」という満足感と産卵を終えた充実感に満たされた鳴き声で農園内は静かになる。

一方、私ども人間にとっては、この時期、布団が恋しい季節となる。

ウツラウツラしながら鶏舎の中の状況を想像すると、4時15分から小刻みに鳴る携帯電話の目覚ましアラームを止めては、浅い夢など見て目が覚める。

満月を追いかけながら農園へ車を飛ばし、夜が明けるのと競争で、産卵ラッシュの鶏舎を回る。

湯気が立つタマゴを急ぎ足で採卵していく時期が到来。

月曜、火曜日はFさんが休みなので、気忙しく採卵するが、少しメモを取りながら鶏舎を回る。

採卵の順序を毎週、訂正しながら、出来るだけロスがないように。

「鶏肥ゆる秋」。

これから春先まで正念場の朝仕事になってくるが、タマゴが届くのを待って下さるお客さまがあっての仕事。

出来るだけ不平、不満を持たずに、この時期を通過していきたい。

あだちまさし。

足あと

6月ごろから隣接する耕作放棄地をイノシシが荒らすようになった。

農園の外周は魚網を再利用した「防獣ネット」で侵入を防いでいるが、7月の一番暑い時期、隣接する耕作放棄地の境界に新たな防獣ネットを50mほど。大量の汗をかきながら設置し、警戒心の強いイノシシから、しばらくの間、農園を守ることができた。

非常に神経質で警戒心の強い動物なので、普段より見慣れないものがあると避けるように行動するのである。

イノシシが掘り返しながら胃袋を満たす作業を続けると農地はデコボコになり、雨が降ると水溜りになる。そこに微生物なりミミズが湧き、更に水溜りが大きくなり沼のようなプールが出来ると、今度は体についたダニなどの寄生虫を落とすためにノタウチまわり、耕作放棄地はイノシシの格好の遊び場となる。今まで田畑だった農地が荒れていく様を多く目にしてきた。

ただ、イノシシも荒れていく山で腹を満たすことが出来ず仕方なく命をつなぐため、人里へ近づいてくるので、なるべくなら「防獣ネット」で「防ぐ」という段階でお互いのテリトリーを守りたいと考えて、彼らの行動や「足あと」を見守る日々。

ところが、8月下旬ごろ、腹を空かせて我慢できなくなった「ウリ坊」2頭、日没前にネットを破って侵入するようになった。朝から採卵し、パック詰めしたタマゴをお客さまに届けようと車に積み込み出発する頃に姿を見せ、追いかけると狼狽してネットにぶつかりながら、緩んだ隙間から逃げたり、時にはネットを噛みちぎり逃げる。

どこから侵入してくるのか明け方に獣道の「足あと」を確認し、ネットの補修をする。しかし、配達に出発しようと車のエンジンをかけると2頭のウリ坊が走り回るという「イタチゴッコ」がしばらく続いた。

鼻の先からシッポまでが30cmほどの縞模様のウリ坊。「こらぁー」と追いかけると瞬きしながら尻尾を振り、とても愛くるしいが一年半ほどで成獣になる。

一週間、足あとや行動パターンを観察しながら、猟師に相談した。ねぐらは川の傍にある雑木林。日中、姿は見せないが母親も一緒に住み着いているようだ。

ちょうど栗の実が落ちる少し前の時期、猟師曰く「腹を空かせて仕方がないウリ坊はすぐ捕まりますから」ということで、箱罠を設置して帰られた。

縦横90cm、奥行き180cmの鉄格子の箱のフタをワイヤーで吊り上げ、罠の奥にある「蹴り糸」に触れると留め金が外れ「ガシャン」とフタが落ちて御用になる仕組み。

イノシシをおびき寄せるため箱罠の床には米糠をまく。糠とは稲の一番栄養価が高い胚芽。これが好物。水分を含み発酵してくると酸っぱい匂いを漂わせ、そこに微生物が繁殖するとイノシシは食べたい衝動が我慢できなくなると猟師は力説して帰られた。

箱罠を仕掛けて、しばらく経った10月中旬、警戒心を少し解いたイノシシ親子が罠の近くに「足あと」と「傷跡」と残すようになり、数日後には一歩、一歩と糠を食べながら、仕掛けの「蹴り糸」に近づいてきた。

猟師に「足あと」などを確認してもらい「もう時間の問題ですから」とお墨付きを頂いた翌日の朝、罠のフタがガシャンと落ちる。

しかし、鉄格子の檻に獲物の姿なし。イタチか子タヌキが蹴り糸に触れ、格子の間から逃げたような「足あと」のみ。フタが落ちる大きな音を聞いたか、その場面に出くわしたか分からないが警戒したイノシシが近寄ることは少なくなった。

山が荒れて人里でイノシシの被害が相次ぐ話しは宇部市の北部で仕事をしていると耳にすることが多くある。

山が荒れる一つの原因としては、放置された人工針葉樹林。広葉樹を伐採しながらスギやヒノキを植林した山が、様々な問題を抱えながら間伐されず放置されている。近年、問題になっている花粉も、このあたりからではなかろうか。

針葉樹は落葉することなく大きくなるが、大木になったスギやヒノキに覆われた森は日照条件が悪く、下草などの「命」が育ち難い環境にあり、動物が好む木の実を落とす広葉樹のクヌギやコナラなどが生育し辛い環境を生み出すと聞いている。

広葉樹は、小さな「どんぐり」を落としながら、秋になると落葉し、年々、積み重なった腐葉土には微生物が繁殖し、山のダムと言われるような「治水力」も兼ね備えている。

針葉樹が真っ直ぐ根を張るのに対して、広葉樹は枝が横に広がるように根を伸ばすことから「治山」にも一役買っているそうだ。

このような大きな自然の営みに目を向けたとき、イノシシの「足あと」に一喜一憂する自分の存在を、とてつもなく小さく感じ、なんとも言えない気持ちになる。

あだちまさし。

「食は生命なり」がコンセプトのパン屋さん

昨日、ブリオシュ(La Brioche )のお客さまからHPよりメールを頂いた。

福岡市、大濠公園の入口にあるパン屋さん「La Brioche 」。十数年前の開店以来、農園のタマゴを使っていただいている。

店舗に足を運んだことはないが、オーナーの沖社長は私どもが開園してからのお付き合いで、当初は山口市「サビエル記念聖堂」下にあるホテル「 La Francesca」の総支配人であった。

雨の降る中、傘を差してフランチェスカの駐車場で自ら車の誘導をする姿。厨房で料理のチェックをしながら陣頭指揮をとられる姿に感動を頂き、今も変わらずお引き立て頂いていることに、お客さまのメールから感謝の気持ちを改めて感じた。

ブリオシュのコンセプト「食は生命なり」。ほとんど無休で素材そのものにこだわった自家製パンを提供されている。

随分お会いしてないが沖社長が毎日、真剣に「パンづくり」をされている姿は目に浮かぶ。

昨日、メールの交換をしたブリオシュのお客さまに、以下のメールを返信させていただいた。ちょっと長くて読み苦しいと我ながら感じる。

・・・・

昨日はブリオシュさまを通じて、私どものタマゴに関心を寄せていただき心よりお礼申し上げます。

お客さまが贔屓にしていた農場のタマゴに最近、ご不満を感じている旨、何度かメールの交換をさせていただき少し理解できました。

飼育方法、流通形態は養鶏場によって異なりますので、一概に私の考えだけが正しいとは限らないですが箇条書きにて返信させていただきます。

○タマゴの「旬」について

人間と同様、鶏も夏場に体力を消耗し「夏バテ状態」になり産卵が低下します。これはケージ飼いでも平飼いでも同じです。

鶏は人間より体温が高く、汗腺がありません。その上、年中、羽毛布団を身にまとっています。

夏場は飼料の摂取量が減少し、水分をたくさん摂取しながら排泄などで体温を整えるため、割卵した際、黄身に張りがない。白身が流れるという状況が発生すること多いです。

これは私どもに限ったことではありません。見た目や味が少し落ちるかもしれませんが、暑さに耐え、産卵したタマゴは、やはり貴重な命の恵みの食材だとご理解いただけると幸いです。

一方で、これから冬を迎える時期、鶏の飼料摂取量は多くなり、水分の摂取量は少なくなります。

味の数値化をしたことはありませんが、黄身の張りや濃厚卵白の盛り上がりも大きくなり、卵殻は夏場異常に厚くなり、タマゴ自体の「卵重」が増えていきます。

寒の入りから、春分までが滋養の高いタマゴと昔から信じられていることを私も最近知りました。俳句の季語に「寒たまご」とあるようです。

○タマゴの「風味」「匂い」について

私どものお客さまから「タマゴの風味が良い」とか「タマゴの臭みがない」と大変有り難いお言葉をいただきますが、飼育方法や飼料への添加物で、それほど大きな違いが出てくるようには感じません。

声を大きくしてお客さまに説明することはありませんが、とにかく「鮮度」が一番で、生産者が直接、食卓へお届けする「安心感」で満足していただいていると感じています。

初めて来園されるお客さまが「これは今日のタマゴですか?」とか「生で食べても大丈夫か?」と質問されることは多々あるのですが、

あくまで個人的な見解ですが、タマゴの風味や卵黄の濃厚さを、より実感できるのは「半熟」だと思いますので、タマゴかけご飯より、半熟の目玉焼きか、温泉タマゴ、ポーチドエッグで味わってみて下さいとお勧めしてます。

それと、鮮度を試して頂くには「ゆでタマゴ」が一番かもしれません。

タマゴは産卵直後から、卵殻にある「気孔」から水分が蒸発していきます。たまごは「命」の塊で呼吸してますから。

新鮮なタマゴほど、ゆでタマゴを作った際に、殻と白身が引っ付いて「ツルン」と剥けない厄介なことになります。茹でる前に少し手を加えると上手に剥けるのですが、

殻の中にある「命の塊」がパンパンになっている状態で、新鮮なタマゴほど、このような状態になります。タマゴは「鮮度」です。

○殻の浸み、アザについて

殻が赤いタマゴは「殻の赤さ」が大切になってきます。殻にシミがあったとしても中身に問題はありません。

若い鶏でも、時折、卵殻にソバカスがつく場合がありますが、他社の基準は分かりませんが、中身に問題がないしても、私たちの農場では加工を専門とするお客さまへ販売しています。

現在、スーパー等の店頭で「赤玉」「白玉」の価格差はありませんが、以前、「赤玉」が「白玉」より値段が高値だったのは訳があります。

初産は白い鶏、赤い鶏も150日前後からと変わりませんが、産卵ピークを越え、飼料効率が悪くなる時期が白い鶏は700日前後に対して、赤い鶏は450日前後と安定した産卵期間が短いため少し高めの値段設定がされていました。

先に述べました「殻の赤さ」は中身に問題はないのですが、産卵率が落ち、産卵後期に達すると卵殻にソバカスやシミが出来るのが赤鶏の特徴であります。

消費するお客さまは、どうしても先入観が働きますので、栄養上問題ないと、餌や飼育方法を前面に説明する方法もありますが、

実は、適正な時期に鶏を淘汰し、新しい鶏を入れるのが「養鶏の基本」だと、最近、つくづく思います。

お客さまが購入されていたタマゴに、シミやソバカスが多いのであったとしたら、もしかすると鶏の「更新」に少し問題があったのかもしれません。

これは私の想像ですが。

長々と書きましたが、私が伝えたいことは、やはり「鮮度」。その後、「こだわり」。

「食は生命なり」のコンセプトを大事にパン作りをされる La Brioche さまからご縁を頂いたことに感謝いたします。

あだちまさし。

これからがタマゴの旬

昨日は終日、豪雨。配達中に渡る川は水かさがマックスだった。

山口の椹野川、防府の佐波川、光の島田川。当然、農園のそばを流れる厚東川の支流も濁流で、木ノ瀬橋の根元付近まで水位が上がった。

金曜日の配達は走行距離が長く、体力的に限界を感じるが、農園へ帰る際、厚東川へ注ぐ小さな川も決壊寸前で、荒滝山から下ってくる雨水も相当な量、道路に溢れていたので、農園周辺の土砂崩れも心配だったのでIさんを帰りの配達の助手席に乗せ自宅まで送迎。

今年は空梅雨で厚東川の水が、ここまで上がったのは初めて。

今朝は少し早めに車のエンジンをかけ、彼女が通勤する県道や、その周辺などで土砂崩れがないか確認しながら農園へむかったが、心配するほどの山の崩れはなかった。

夕暮れ時が日々早くなる時期。鶏は「日長」で季節を感じ、産卵をするのでストレスフリーの平飼い飼育をしているが、朝の点灯管理は重要になる。

農園では、太陽が沈むのが早くなると朝の点灯を少しずつ早くし、冬至を境に太陽が沈むのが長くなると朝の点灯を少しずつ遅くする。

夕方は、夕暮れにまかせて鶏は就寝するので朝の点灯時間で管理している。

日中はせわしなく鶏は活動する。餌を食べ、水を飲み、羽を整えたり、砂浴びをしたり、そんな一日を過ごしながら朝の重要な仕事「産卵」をする。

日中の活動時間が何時間が最適とか、日照時間はこれぐらい必要とかマニュアルにはあるが、最近の気候は予測不可能なので、

産卵状況や鶏舎の中の鶏の様子を観察しながら点灯時間を少しずつ調整する。

○○ルクスを超えると駄目とあるが、私が基準としているのは、夕方、新聞の活字が電気をつけないと読み辛くなるのを基準として、朝から鶏舎の鶏の様子を観察する。

出荷の都合で、点灯時間が早すぎると時折、居眠りしている鶏がいるの無視して点灯時間を上げていくとストレスを感じ、春先から悪い癖が出るのである。

これからの時期、飼料の摂取量も増え、春先までタマゴの「旬」をむかえることとなるが、朝の集卵が大変な時期。

鶏たちは毎日の産卵に備え、しっかり餌を食べ、皮下脂肪を蓄えて体力をつけ、グッと締まった滋養の高いタマゴを産み落とす。

鶏と共に働く私たちは、布団が名残惜しい季節をむかえるが、グッと堪えて早起きする。

これから「冬至」まで、あと「寒」がぬけ、春の足音が聞こえるまでは早朝の「気合」が必要になってくる。

あまり気さくな営業トークは出来ないが、自然のサイクルに合わせ「旬」をむかえるタマゴの味をお客さまが感じていただけるよう、

朝の仕事を前倒しにしながら、共に働く仲間の気持ちの「ゆとり」を作っていきたい。

あだちまさし。

小さな小学校の運動会

今朝、Fさんが「梅干し」をぶら下げ出勤してきた。お母さんが6月漬けた自家製。

「母さんからです」。小瓶に小分けしたお裾分けである。いつものように少しオーバーなお礼を言い、お互い仕事に取り掛かる。

久しぶりの三連休を過ごした彼の表情は、いつもの休み明けより、少し表情が柔らかいような感じがした。

10月1日は、小さな「吉部小学校」の運動会。彼と同居する甥の「まぁくん」は今年、小学3年生。

まぁくんが小学校に入学した3年前から、半ば無理やり運動会がある日は彼に休みを与え「行って来たら」と背中を押してやる。

当初、「行っても行かんでも、どうでもええ」と投げやりだった彼が、昨年は「本当に日曜日に休んでエエんですか?」と心配して尋ね。

今年は当たり前のように地域の行事へ参加した。

過疎化が進む吉部地域の人口は800人弱。20区に区割りされた自治会で組織され、学校行事を地域を上げて盛り上げる。

小学校在校生は24人。盛り上げる方々も年々、高齢化していく中、40代のFさんは「若手」に分類される。

私たちが、この地域で仕事を始めた頃は小さいながらも幼稚園あり、中学校もあったので、幼稚園、小学校、中学校合同の運動会が開かれていた。

当時から地域で少ない子供たちを支え、運動会を運営し、「うなぎの掴み取り」など面白い競技があり、私が仕事を終える時間帯は、かなり気持ちが良くなったオジサンたちが千鳥足でお土産を持って帰る姿が風物詩であった。

過疎化が加速し、幼稚園は閉園。中学校は船木中学校と統合した。今年は、小学生24人を吉部の皆さんが応援し、一緒に汗を流す運動会。

時期的に、10月はじめに行われるのは農繁期、つまり「稲刈り」を終えるこの時期が、地域では一番、人が集まり易い時期でもある。

パートのF井さんの自治会には小学生が2人。朝早くから自治会参加者の弁当を集会所で手作りして運動会を盛り上げ、同じ自治会の小学生2人を応援する。

Fさんの自治会の小学生は1人。彼の甥「まぁくん」が地域のスーパースターになるのが、ここ3年。吉部小学校の3年生は2人らしい。

午前中は小学生のプログラムが多く、午後からは自治会対抗プログラムが多く組まれている。

Fさんも対抗リレーに参加予定だったが、下関に住む姉夫婦が運動会に参加してくれたため、義兄に出番を譲ったようである。

リレーの様子を聞きながら、本当は彼が走りたかったのではなかろうかと想像し「義兄よりあなたの方が早かったのでは?」と尋ねると。

「うん。。まぁ。。そんな感じはした」とポツリと返事。私にしてみると少々、残念な気持ちしたが、彼の「持ち味」とは良くも悪くも、こういう性分。

ただ、開会から閉会まで、テントの陰で運動会を見学した彼の姿は、家族の一員、地域の一員として「まぁくん」の記憶に残っただろう。

彼が農園で仕事をはじめて6年が経過した。対人関係が苦手な彼は在宅期間も長かった。

小さな集落の吉部では彼が生まれた時から知っている住民ばかりで、私たちと一緒に仕事をはじめたころは、タマゴを買い求めに来られる地域のお客さまから

「よく親方の話しを聞いて頑張らんにゃぁいけんよ!」と励ましというか、脅しというか、そんな言葉をかけられ、

小さな声で「はい」と返事する彼の姿は、ことのほか小さく見えた。

3年前から参加するようになった地域行事で、最近は「よう頑張っちょる」を同じ自治会の方から声をかけられると彼から聞いた。

自分の気持ちを上手にコトバで伝えられない彼は、孤立感や孤独感を人一倍多く感じ、半ば「どうせ言っても聞いてくれない」という諦めをつねに感じていたのではないだろうか。

そんな彼が40代になって、自己肯定感を強く深く持つためには、私の毎日の言葉かけより、同じ地域で彼の成長を見守っていた隣人の「一言」の変化が心に響くことと信じている。

あだちまさし。

ずぶ濡れのヒナが今朝届いた。

ジャァージャァー降りの雨の中、月曜日が始まった。

今朝はヒナの入荷日。ずぶ濡れのヒナが今朝届く。

今回は、育すう場の都合で5日程度遅い。それほど農園には問題ないが餌の負担が育すう場に5日分増しで増える。

私どもの都合で入荷日が大幅に遅れる場合は一日あたり幾らという具合で餌代が請求金額に上増しになるが、今回は育すう場の都合なのでサービス。

今月はたくさんの出荷が重なり、搬送用のトラックと人手が足らず、農園の配達が後回しになった。数百羽の納品は育すう場では最小ロット。仕方ない。

今月の出荷が多いということは、最低でも半年前から注文を受け付けているはずである。

育すう場というのは、ふ卵場からヒヨコを仕入れ、産卵を開始する120日前後まで伝染病予防のワクチンや、成長段階にあわせ栄養管理した飼料を与え、養鶏場の利益を増やすために丁寧にヒナを育てるのが仕事。

120日前というと6月。4ヶ月前ふ化したヒナが今日届くわけで、タマゴが急に必要になった養鶏場が電話一本でお願いしても駄目なのである。生産や販売計画のもと、事前に育すう場に発注しなければいけない。

当然、生き物なのでキャンセルは出来ない。

今月、ひなを導入する養鶏場が多いのは今年に始まったことではない。農園に入ったヒナも今月中旬から産卵をはじめ、産卵がピークに達し、卵殻が大きくなり卵重が乗ってくるのが11月中旬ころから。

12月、年末で街が賑わい、ケーキ屋さんが寝る間を惜しんでクリスマスケーキの仕込みをし、寒くなると家庭でも鍋が増える。すきやきには生卵が一個。おでんには家族の人数分ゆで卵が入る。

そんな需要の増加を見込んだヒナの導入なのである。

育すう場のお客さまは、目まぐるしく変化することはないと思うが私どもが仕事をはじめてから養鶏業界を取り巻く環境は大きく変わった。

実は同じ県内にありながら、県内出荷は小羽数の私たちのみ。以前はそうではなかったが。

数年前、3代目となる現在の社長さんにバトンタッチされ、年齢が近いこともあり、たまに電話で意見交換させていただく。

電話を切るとき「お互い頑張っていきましょうね」と必ず言葉を添えて下さり、元気がでる。

夏場の出荷の遅れを取り戻し、無事に新しいヒナを受け入れられたことに感謝。

あだちまさし。

恵みの雨

だいだい思う通りの産卵状態になった。

これから春先までは朝の採卵が大変になってくる。休み明けのFさんに2つほど仕事を頼みたく、早朝から前倒しの採卵を済ませて配達に出掛ける。

今日は予報以上に雨が降った。給餌は出来ないだろうが、採卵しながら各鶏舎の飼料の残量を確認すると数箇所は補充しなければと心配しながら車を走らせた。

10時半すぎにFさんからのメールが届く「雨がじゃーじゃー降りだけど餌入れはどうしますか?」との問い合わせ。

電話で折り返して、Iさんが給餌が出来たか確認する。電話での会話が苦手な彼が、ゆっくり言葉を捜しながら応えるのを心を整えながら待つ。

彼がポツリポツリ言葉を繋げる間、受話器から鶏の賑やかな鳴き声が聞こえる。

「山側と14、15の鶏舎は、みゆきちゃんが入れました」とのことで安堵。

採卵を済ませ配達に出掛ける7時前ごろからポツリポツリと雨が降り出し、Iさんが農園に到着する8時半ごろは私も合羽に長靴姿で配達していた。

雨の合間を見て、私が心配していた補充が必要とする鶏舎を手早く済ませてくれていたことに、またひとつIさんへの信用が厚くなった。

おかげで、恵みの雨と感謝することができた。

あだちまさし。

秋の訪れを告げる彼岸花

秋の訪れを告げる彼岸花。

農園の入口の大きな柿の老木の根元に毎年、顔を出す。老木も彼岸花も私たちが営みを始める、ずっと昔から、このサイクルは変わらない。

朝晩、めっきり涼しくなり過ごしやすい気候になってきた。

鶏の産卵状況も上向きになり、鶏が産み落とすタマゴを血眼になって集卵する時期から、これから春までは鶏が産み落とすタマゴに追われる時期になってくる。

Fさんと朝の集卵を終え、草刈機を担ぐ。

刈っても、刈っても振り返ると草が伸びる時期は過ぎた。少しずつ仕事をシフトチェンジしていく。

私が使っている草刈機はホームセンターで5年前に買った背負式。安価で買い求めた分、保障期間が過ぎてから故障がち。

修理は近所の農協営農係の「ヤマモトさん」にお願いするが、ホームセンターで買ったので、いつも機嫌が悪く、一言二言、小言を言われストレスが溜まる。

農協でも同じメーカーを主に扱っているが、ホームセンターで販売されている機械は海外で生産されているものが多いらしく、そんな小言を言われながら機械とヤマモトさんの機嫌をとる。

今年の草刈り初めに、機械がヘソを曲げ、仕方なしに修理をお願いしたところ、「そろそろ寿命かもしれんねぇ」と農協が推奨するパンフレットを差出しながら渋々といった具合で作業して頂いた。

このシーズン、草刈機が一度もヘソを曲げることなく気持ちよく仕事をしてくれ、シーズンオフが目の前に迫った。

だいたい週に3時間から8時間程度、私も汗を流したが、よく草刈機も頑張ってくれた。

自分でメンテナンスできる部分を交換したり、グリスを入れたりして、来年に備える。

きっと、この調子だと来年も「小言」を言われなく済みそうで安堵する。

あだちまさし。

佐々並の新米

ごはんが一番美味しい季節到来。

タマゴのお客さま木村さんに先月注文していた佐々並の新米「高食味コシヒカリ」が届いた。

木村さんは月に数回ほど来園され「使いものにするから」とタマゴをお買い上げ下さる。日々、大規模な圃場と向き合っておられるので、季節ごとの農作業の苦労を共感して下さる。

時折、佐々並の「豆腐」や萩で評判店の天ぷらをアツアツで差し入れて「美味しいから食べてみぃさん」と置いて帰られる。

私は作業の手を動かしながら少しの時間、情報交換をさせてもうらうが、この木村さんに好感が持てるのは、農作業の愚痴やボヤキではなく、言葉の端々から、お米への「愛情」や農作業への「情熱」をお察しする。

歳の頃は60代半ばとお見受けするので、夏場、大規模な水田の畔草刈りだけでも相当な肉体労働だろうが、温厚な語り口で「サラッ」と話を切り上げて帰られる。

4月下旬、「そろそろ田植え準備でバタバタしちょる」と言われ、田植えはいつですかと尋ねると「5月あたま」とのこと。

農園周辺の稲作農家さんより10日ほど早く、自宅がある山陽側からすると20日ほど早い。理由を尋ねると「佐々並は日照時間が短いから」

山口県のほぼ中央、中国山地の山々に囲まれた地域なので「なるほど」と納得した。

さらに木村さんが「あまり知られてないけど、食味値は県内でトップなんよぉ」と控えめに話されるので、作業の手を止め「佐々並米」の特徴をじっくり聞かせて頂いた。

蛍やサワガニが水辺に生息し、鮎が清流を泳ぐことはよく知られている。まずは「水」。

あと昼夜の「温度差」。体験したことはないが、昼間に気温が上昇しても、夜には涼しくなる中山間地、特有の温度差。これが美味しい「お米」が出来るミソなんだそう。

稲は昼間の光合成でデンプンを作り、夜間に穂へ蓄えるが、夜の気温が高いと蓄えたデンプンを消費する。登熟期は夜の気温が低いことが重要になる。

傾斜があり、圃場条件としては決して恵まれている地域ではないが、この「温度差」と「水」が昔から良質米を作ってきた。

あとは、生産者の愛情と情熱。その年々の天地の恵み。

5月下旬、田植え作業などをひと段落した木村さんが来園。自家消費用で保冷庫に残しておいた米だけどと前置きし「試しに食べてみぃさん」と5キロほどお裾分け頂いた。

早速、我が家、自慢の「ガス炊飯器」で試食する。炊き上がる時に炊飯器から漂う匂いが食欲をそそる。炊き上がりの、ひと粒、ひと粒の米の艶もキレイ。口に入れた時の甘さというか、美味しさは最高だった。

ただ、私の味覚は、それほど自慢出来るものではないと感じていたので、この味を、如何に人へ伝えるか躊躇してたところ、何も知らずに弁当を持って通学した高校一年生の長女が「今日のごはん!!めっちゃ美味しかったぁ!!」と帰宅する。

「冷めても美味しい」のである。

やはり間違いないと我が心の中で、静かに「ガッツポーズ」をして、木村さんに新米を僅かだが注文したのが先月。

新米が届き、日頃、お世話になっている方に喜んで頂きたいと、佐々並米の説明を添えてお届けした。

自然が豊かな佐々並で、愛情を込め、情熱的に働いた木村さんの「新米」

今年も天地の恵みを受け、最高のお米が出来たことだろうと思う。

お届けした方が「めっちゃ美味しい」の笑顔になってくれると私も嬉しい。

あだちまさし。

窮屈な最後の夜

8月、猛暑の生産減少で、予定どおり鶏舎のローテーションが出来ず。老鶏を出荷する目処がなかなか立てられない。

朝夕の涼しさもあり、日増しに生産も上向き、やっと思い描いた状況まで、たどり着いたのが先週。

日長が日増しに短くなる時期は若鶏の産卵率上昇がスローペースなので、これも気がかり。

下関にあった食鳥加工場が廃業してから、久留米か小倉の加工場にお世話になっている。以前は仕事が終わって、下関まで軽トラックで運んでいたが、今は仲介業者や加工場のトラックに回収してもらう。

運搬の手間は減ったが、ロットが大きいので農園の鶏出荷には少々重荷になってきた。

九州までの運転、燃料コストを減らすか、生産効率の悪くなった鶏の飼料代を減らすか、常に神経をすり減らす。

毎日出荷するタマゴを待って下さるお客さまのご予約も穴を空けることは出来ず。

ただ、月末のヒナ受け入れまで、出荷を済ませ、堆肥の搬出、鶏舎の清掃、床の発酵作業、および鶏舎の補修。そのスケジュールを組み立てると今週の出荷が絶対。

9月10日の日曜日。タマゴを触りながら鶏の調子を計る。産卵の増減、各鶏舎のタマゴの艶、若鶏の産卵状況。

見切り発射状態だったが、業者に連絡し、急な出荷の予定をつくってもらった。

私からは来週の出荷を希望したが、先方から「13日の水曜日に近くまで少ロットの回収に行きますので、その便に併せて下さい」と返答あり。

大きなロットを揃えなくても受け取り可能とのことで、夏場の生産落ち込みと出荷の遅れを取り戻すことが出来た。

水曜日は午前中、小野田市内を100件弱配達するので、昨日の夕方、Fさんに休日出勤してもらい、捕鶏作業をして翌朝、出荷する鶏をカゴに詰める。

気温が高い時期に餌と水を切り、狭いカゴに押し込めて時間を置くと、熱中症や脱水症状、ストレスでカゴの中で死鶏が増える。

昨日は朝の予報では「曇り」だったが、午後から日差しがさし、気温もやや上昇。いつもは10羽入れるところを8羽に抑え、少しでも風通しが良いようカゴを平積みして、間隔を開け鶏舎内に。

私たち人間の都合で、窮屈な農園での最後の夜。

心が痛んだが、今朝、一羽も命を落とすことなくトラックに乗った。

命の恵みに直接触れる「商い」をしている。生産効率で命を絶たれる経済動物は決してペットとは違う。

何年も、この営みを続けてきているが、この作業は笑顔が溢れる作業ではない。

ただ、ただ鶏に感謝。

あだちまさし。

人の力におよばないこと

「四季の変わりは人の力におよばないことである。物事は時節に任せよ。」

昨夜から予想以上に雨が降った。出来なかった仕事が二つ。草刈りと、薪が湿ったため焼却作業。

降雨量が少なければ、今日から井戸周辺に散水する予定だったが、井戸の水位は持ち直したので、するべき仕事が一つ減る。

一歩進んで、二歩下がるといった具合の一日だった。

今週はじめから産卵状況が上昇傾向にある。もう一段、生産の上積みしたく、先月より更に注意しながら鶏舎を周り採卵する。

タマゴの重さ、艶も少しつずつ増してきた。もう少し、もう少しの毎日。

多少、蒸し暑さは感じたが10日前とは大違いの環境で仕事をしている。肉体的には楽になったが、夏場の疲れと緊張がほぐれたせいか、なぜか疲労が蓄積する。

隣接する耕作放棄地をイノシシが荒らしだしたのは6月くらいから。

毎朝、目にするイノシシが耕した光景に心が沈んだ。私たちのテリトリーまで侵食して来たので、400メートルの防獣ネットを張りなおし、しばらくは被害がなかった。

猛暑の夏、噛み千切られたネットを保全しながら、何とかやり過ごしたが、ここ最近「ウリボー」2頭が小さく足あとを残す。

鼻先からシッポまで約50センチほどの見た目には愛嬌があるが、ちょこちょこと目にすることが増えた。

夜中に大きなイノシシが鼻で、ミミズなどを探して掘って崩れたネットの隙から侵入してくる。

いつもは夕方に姿をみせるが、今日は曇りの「ドシャ降り」だったので、朝から来園。

棒っきれを振り回しながら「コラーッ」と言って追いまわし、ずぶ濡れになる。

逃げる経路を確認したので、また「ネットの補修」を明日。少々うんざり。

市内でも「超高齢過疎地」で私たちも農園を営んでいる。地元の農家さんも「獣被害」にはあきらめ顔。

「私たちの人口が減るより、イノシシの頭数が増えるのが早い」

時節に任せたいが、本当の「共存」」できる道はないのか、心底考える。

あだちまさし。

そうめん弁当

暑かった8月も明日で最終日。

8月初旬から生産がかなり落ち込んだ。例年のことではあるが、今年は夏に向けて準備、テコ入れしていたつもりだったが。

鶏の産み落とすタマゴを気忙しく汗と共に集め、お客さまにお届けする毎日。

お盆明けくらいから少し産卵状況も上向きかけたが、先週末の猛暑で、やや後退。一進一退の8月であった。

月、火曜日はFさんが休みなので、通常より長い時間、鶏舎の中で過ごす。

「暑さ」以外に生産が落ちる原因がないか、鶏を観察しながら、ゆっくり採卵して回る。

タマゴを買いに来られる近隣の農家さんや、お年寄りの方から「こんな暑さは経験したことがない」と、よく耳にする。

年々、暑さが厳しくなっているように私も肌で感じるので「ウンウン。しょうがない」と思う反面、ただ、それだけでは「あきらめられない」と気持ちを鼓舞しながらの仕事。

15年以上、鶏と生活してきたが、経験を「白紙」に戻し、とにかく「暑さ」以外の問題がないかと鶏舎を回る日々が続いた。

今日は気温が上昇したものの終日、風があり、日差しを避けると幾分か過ごしやすかったように感じる。

鶏たちも、そう感じて体力を上げてくれると嬉しい。

愛車のエアコンが故障して、先週から窓全開で運転している。荷台にタマゴを満載できるよう棚を置いているので、修理や点検するのに少し手間がかかる。

代車でハコバンを用意してもらっているが、水曜日の積荷は「棚」がないと運ぶことが出来ず、明日から定期点検でドック入りする。

エアコンが効かない車での配達なので、今朝、家内が「そうめん弁当」を持たせてくれた。

保冷バックに保冷剤でサンドイッチされた弁当箱には「そうめん」。保温用スープジャーには氷が入った「めんつゆ」。

久しぶりに車を木陰に止めて食べた「そうめん弁当」は、想像以上に冷たく美味かった。感謝。

あだちまさし。

50年、そして、これから

先ほど、家内が怪しげな「カツラ」を持参し、ソソクサと出かけて行った。

今日は「西岐波サッカークラブ創立50周年」の記念行事。13時から卒団生やクラブに携わった育成者のフットサル交流会。17時から記念式典及び懇親会。その会の余興で、次男の同期卒団した母親たちで怪しいカツラをかぶり、怪しいダンスで会場を盛り上げるらしい。

長男が小学1年生でクラブに入団し、次男が卒団するまでクラブに10年間お世話になった。子供たちはクラブ員として、サッカーを通じ「大きな心」を育んで頂き、私たち夫婦は育成者として携わるなか、暖かい指導者のもとサッカーに打ち込む子供たちの姿から感動を頂き、子供との関わり方の多くを学ばせて頂いた。

仕事柄、日曜日の家庭サービスをする余裕もなく、二人の息子はサッカーにのめり込んだ。子供たちが熱を上げれば上げるほど「ユウトの父さん」「ショウタの母さん」という具合で、子育て仲間、共育ち仲間が劇的に増えた。長崎県出身の家内、一日の時間、殆どを農園で過ごす私にとっても、クラブが50年続いてきた恩恵を受け、多くの方との「良縁」をいただいたことに心から感謝している。

近年、勝負にこだわり、校区の枠を超えサッカー技術を専門的に指導する「クラブチーム」が増える中、西岐波で50年続いてきた「スポーツ少年団」の地域に深く広く伸びる「根」の人間関係を肌で感じることを出来たことを幸せに感じている。

そのクラブを1968年に発足し、50年間、多くのクラブ員、指導者と育成者を育てて下さったのは「古谷国光さん」。77歳。クラブの父でもあり、私の同級生の父親でもある。

私の小学生時代、サッカー指導を受けていない子供も、国光さんを知らない人はいなかったように思う。多くの子供たちに「大きな声」で挨拶して歩く姿は「西岐波っ子」の記憶に深く刻まれている。

クラブは、1968年「サッカースポーツ教室」として発足。1970年に文部省が主唱、その普及のために設けられていた地域スポーツ少年団に加入し、同時に保護者会である「育成会」を組織、1972年、第一回「西岐波近郷招待サッカー大会」を開催した。

近年、各クラブで恒例行事になっている「招待大会」だが、当時、宇部市内にサッカーチームはなく、県下のチームに呼びかけ交歓大会として県内で初めて開催。「子供たちに試合を通じて経験を積ませたい」と強く願った国光さんや育成者の熱い心と行動力で実現し、大会を通じて、披露された練磨された諸チームの技術、プレーは、宇部市のサッカー振興と底辺の拡大に多大な貢献をすることとなった。

1978年、日本サッカー協会が本格的にサッカースポーツの底辺拡大に動き出し、少年サッカーの普及に力を入れ、コカコーラ後援のもと、協会公認「さわやかサッカー教室」を全国で展開する。協会はセルジオ越後氏を指導者に据え、セルジオ氏が直接指導した少年少女は全国北から南まで50万人を超えた。

この教室は宇部市でも開催され、中心になって活動した国光さんがセルジオ氏から受けた「リスペクト精神」はクラブ員に、今も暖かく伝えられている。
野球ブームの全盛期、「キャプテン翼」の原作者の高橋氏が、漫画家を志し、テーマを模索する中、高校3年時、1978年のアルゼンチンワールドカップでのトップレベルのプレーに感動したことから、従来の「スポ根漫画」とは違う視点での「キャプテン翼」が1981年に連載がスタートする。国内リーグもなく、日本サッカーが大きく世界と距離があった冬の時代に、大空翼の「ボールは友達」というフレーズは私たちに夢と希望を与え、大きなブームになり、加速的に少年サッカーが普及する原動力となる。

西岐波サッカークラブ50周年を機に国光さんは現場を離れる。後任を受け継ぐのは福田指導部長。国光さんと共に歩み、30年間クラブの伝統を築き、守ってこられた指導部長。クラブの第2期制卒団生でもある。福田さんの脇を固めるコーチ陣も、クラブ卒団生で、部員時代、国光さんの薫陶を受け、指導者のあるべき姿を学ばれた。

国光さんは常々「コーチはクラブ出身者から」と口にされた。理由を問うと「ファミリーだから」と何となく理解できるような、理解できないような熱い返答が返ってくる。
クラブには厳しい規律や厳格な指導はないが、50年間、栄枯盛衰を繰り返し、言葉には表せない成功と挫折を経験した国光さんの言葉は常に重かった。
勝負にこだわり、地域の枠を超え専門的な指導が受けられるクラブチームが増える中、「手弁当」でボランティア的指導時間を割かれる西岐波クラブに卒団生が指導者として帰ってくる気持ちは、サッカー経験のない私にも少し理解できるような気がする。
西岐波で育ち、国光さんとサッカーを通じ、心を通い合わせた部員の「育てられた」という自覚が、「育てよう」という働きを生み出していくのだろうと、私は勝手に想像している。

クラブには「大きな心を育てよう」と、クラブ員の心得として「5つ」のモットーがある。

「はい」       素直な心
「すみません」    反省の心
「ありがとう」     感謝の心
「おかげさまです」  謙虚な心
「私がします」    奉仕の心

今、振り返ってみると、ありきたりの使い古されたフレーズだが、親子共々、国光さんから暖かい言葉かけを頂いた「魂」は、ここに裏づけされているように感じる。
50周年を一区切りにし、クラブはこれからも前進していくことだろう。それは間違いないだろう。
国光さんの大きな右手と固い握手をし、その肌のぬくもりと「熱い想い」を感じた私の息子たちが子供を授かり、孫を迎える時、クラブは100周年を迎えることになる。
50年前、国光さんが西岐波に落とした「種」が大きく成長し、たくさんの実をつけ、日常生活では目に触れることはないが深くふかく張った「良樹細根」は今後も枯れることはないだろう。
50年後の100周年。息子世代は60代。

国光さんの熱い言葉を受け「大きな心」を育んでもらった卒団生が「魂」を受け継いでくれることを切に願う。

あだちまさし

容赦ない暑さ

朝6時。23度。晴れ。最高気温34度。ウダルようなとか、容赦ないとか、とにかく逃げ場のない暑さ。

配達に出掛けたいがタマゴが揃わず、「もうぉいいかぁい?」と鶏の機嫌を伺いながら鶏舎を回る。

鶏は「日長」を感じて産卵活動をするので、暑さはともかく、夏至以降、今の下降気味の日長は産卵を減少をさせる一つでもある。

これは鶏本来の姿。ケージに入れず平飼いでストレスを減少させて飼育しているが、鶏が持つ力を最大限に発揮させるため「日長管理」は大切にしてきた。

飼料の摂取量も落ち、産卵率も多少下がる。加えて、体力を振り絞って産卵するので産卵時間も遅くなり。

私たちの都合から考えると、大変「厄介」な季節を通過している。

「冬至」からは日長が伸びるので、鶏の寝起きを緩やかにするよう朝の点灯時間を下げていく。気候も良いし割かし、この作業は神経を使わない。

「夏至」から日長が下がる時期の早朝の点灯延長は少々神経を使う。暦上では「秋」が近づいているが、この「暑さ」。

いかに、ストレスフリーで飼育していても鶏も、逃げ場のない暑さに打ちのめされる。

梅雨明けから点灯時間を少し早め、先週末に「更」に荒治療で、鶏の起床時間を早めた。

早くタマゴを産んでもらいたいわけではなく、早朝の涼しいうちに、しっかり飼料を摂取してもらいたいため。

少しずつ効果は見え始めたが、真夏の日差しは今日も容赦なかった。

しばらく「暑さ」に追い追われながらの仕事が続く。

年々、暑さが身に堪えるようになり、私の体力の衰えか、それとも、私たちを取り巻く「自然環境」がかわってきたからか。

ドップリ「吉部」に腰をすえながら、とにかく「暑さ」に打ちのめされる連続。

あだちまさし。

朝6時集合

朝6時。気温23度。晴れ。最高気温33度。

昨夜、長男が「明日は朝6時学校集合、始発で言っても間に合わん」とワァワァ言っていた。何度も、こんな集合時間があったと思うが、私は妻に任せきりで知らん顔をしていた。

私も今朝は気合を入れて、鶏舎に入る前に草刈りをしようと決めていたので、「ワシが乗せてやる」と長男が高校入学してから初めて鼻息荒く宣言して寝た。

明日からのインターハイで長男の所属するサッカー部が出場する。残念ながら我が息子は膝の怪我でAチームに入ることは叶わず応援席からの大会出場。

Aチームは11時に学校を出発し福岡空港から仙台市へ。それ以外の部員は18時に学校を出発し車中泊で。

昨日の練習で監督の「怒りスイッチ」が入る事由があったらしく、Aチーム以外の部員は朝6時からトレーニング、練習試合をしてからバスに乗るそうである。

体の故障がある部員、つまり「ケガ人」はサポートに回るので、他の部員より先にグランド入りし、最後に帰ることが慣習のようで、我が家の場合、始発最終電車になることが多かった。

本人もよく辛抱したが、家内もよく辛抱した。私が甘やかしたツケもあるかもしれない。

中学校を卒業する際に、「どんな理不尽なことがあってもサッカーだけは辞めるな」と担任から息子に熱いメッセージを頂いた。

私自身、サッカーのことは何も分からないし、この大会で初戦を戦う高校も知らない。

ただ、家庭で話題にしたのは指導して下さる方への「感謝の気持ち」を忘れないこと。これはスポ少時代に長年、子供と家庭を見てきた「Gちゃんコーチ」が老婆心ながら保護者に伝え続けてくれた。

まぁ、本人がどう感じているかも変わらないが、その思いが伝わっていることだけは願いたい。

6時集合で「ケガ人」の息子がギリギリで到着してはマズイと思い4時半に車のエンジンをかけ、助手席を掃除する。

家内からは「30分で着くから」と促されたが、何分、私にとっては「はじめてのお遣い」。

それほどアクセルを踏まなかったが、家内が言ったとおり、30分弱で学校に一番のりで到着。途中で息子が「ここを左」、「ここを右」などとナビしながら。

集合時間より30分以上早かったので、初めてグランドを目の前に見た。誰もいない人口芝のグリーンとトラックのブラウンがキレイで、パンフレットでしか見たことない立派な校舎にも驚いた。

高校に入学して、息子がボールを蹴る姿を一度も見たことがないが、私の車を降り、「じゃあね」と言って、大きなバックを二つ、肩にかけてグリーンのグラウンドに入る後ろ姿は清々しかった。

多くの方々に指導を受け、励まされ、ここまで歩んで来れたことに感謝しかない。ありがとうございます。

あだちまさし。

そりゃぁ〜もうぉ

朝6時。気温25度。晴れ。最高気温29度。暑い。暑い・・・

風通しや日差しの加減もあるので体感気温は30度は超えていたように感じる。

月曜から水曜日まで選別パートのF井さんが今週はアルミの脚立持参で出勤。農作業後、予防接種のため通院するのに汗がひかないので、途中、本屋で立ち読みしながら体を冷やしたら夏風邪を引いたとのこと。

風が吹かない日は作業場での立ち仕事も、かなり体力勝負なので、辛くなったら脚立を背もたれにして仕事をしようと自宅から持参された。

病院で点滴をうっての勤務jで、何とか3日間、アルミ脚立の世話にならずに済んだと安堵の表情で職場を後にされた。3日間、無理を押して仕事をさせ申し訳なかった。

昨日は「ウナギの日」。配達先などで視覚と嗅覚を駆使してウナギを味わった。

二週間ほど前、Fさんと歌謡食事会をし、すき家で「うな牛」を二人で胃袋に入れたので、グッと我慢して視覚と嗅覚のみ。

毎年恒例だが、吉部の仕出屋「柳屋」のカウンターには引き取り主を待つ「蒲焼」が行列を作る。一本一本にドコドコのダレ。マルマルマルマル円と札が貼られギッシリ並んでいる。

視覚で札の名前を見ながら、鼻の穴を大きく開き大きな深呼吸をする。並べられたウナギの札に「荒滝Fさま」と一本あった。

新天町にある八百屋は、富裕層の方が通う鮮魚店内にある。ここでも毎年恒例で、店先で炭火でウナギを焼き上げる。タマゴを八百屋に納品し、しばらくウナギが香ばしく焼かれる様を拝見する。

やはり鼻の穴は全開で、全身に蒲焼臭を漂わせ店を後にした。

八百屋で配達を終え、すぐそばのスーパーで買い物。鮮魚売場にはやはり「ウナギ」。国産、中国産、あと大きさによって値段が違う。

買い求めるつもりはなかったが、値段を確認しながら、長い間、ウナギと睨めっこをした。私の隣で同じように険しい眼差しで値札を凝視している婆さんから

「何でこれだけ値段が違うのか?艶か味か?大きさか?」と真剣な顔で質問されたので、「ジャパンかチャイナですよ」と応えると「ナルホド」と婆さんが深く頷き。

今朝、配達前にFさんと少し打ち合わせをし、「夕べは柳屋のウナギは食うたか?」と問うと「ハイッ」と気持ちよい返事。

「美味かったか?すき家のうな牛より?」と更に尋ねると、「そりゃぁ〜もうぉ」。

「そりゃぁ〜もうぉ」で丼のメシを胃袋に入れる彼の姿が想像でき、おかしかった。

あだちまさし。

交換ノート

聴覚障害がある「みゆきさん」と続けている「交換ノート」が最後のページになった。

いま使っているノートは昨年4月からの13冊目。

先日、いつからノートを始めたか尋ねたところ「2004年5月6日木曜日からです」と返事があった。12冊の過去ノートは彼女が保管している。

一日の仕事、死鶏を見つけた鶏舎とその羽数、3日先までの天気、あと彼女が贔屓するジャイアンツの試合結果や、昨夜観たテレビ番組。休日は朝起きてからの一日の様子。箇条書きで4行程度書き込みがあり、昼休み後に渡され、私が一言二言コメントして返す。

彼女は365日。私は週5日。年に数回、彼女の母親から書き込みがある。

2004年、彼女の近所に住む市会議員から「聴覚障害がある女性が仕事を探していますが」という連絡があり、彼女の自宅を訪ね、家族が揃う夕食前の食卓で話を聞き、仕事の説明をした。それほど人手に困っていたわけでなかったが、母親が「ありがとうざいます」と頭を下げ、様子が飲み込めていない彼女も母親から促され頭を下げた。青白い顔をした22歳の彼女が必死で「ウンウン」と頷く姿は強く記憶している。

帰り際、ビールを飲みながら黙って話しを聞いていた父親が「うちの娘に仕事ができるはずがない」と重い口を開き、何か自分の心の中で「カチン」と音がしたが、「まぁボチボチ仕事を教えて行きますから安心して下さい」と玄関を出た。

初めて伺った家庭の様子を見て、何が自分の気持ちをそうさせたかはわからない。
ただ、今の自分だったら「あぁそうですか」と言って、彼女と共に働くことはなかっただろうと思う。

後々、聞いた話、彼女は小学校3年生から学校に通学している。それまでは自宅で母親と生活していたが、行政が介入して義務教育を受けることになったらしい。小学校、中学校は特殊学級で過ごし、卒業後は22歳まで在宅。家族と近所に住む叔母家族以外に人と触れ合うことはなかった。

家庭の事情は様々で親の願いは「我が子のため」という一心の思い。家庭の形は様々だろうと私は思う。みゆきさんが育ってきた環境を変えることも出来ないし、障害がある子供を持つ親の気持ちは安易に否定できない。まして聴覚障害がある子供の子育てをしたことがない私には。

彼女が農園の仲間になった当初は「手話」を使って、仕事を覚えてもらおうと私もギコチナイ手話を使ったが、細かい指示はどうしても筆談になり、ノートを使い始めたのが「2004年5月6日木曜日」だったのであろう。

イラストを書いたり、色つきペンでアンダーラインを引いたりしながら、仕事の手順を教えたり。13年前に手探りで鶏との仕事を進めながら。今は幾分か私自身も季節によっての作業の進め方を身につけたが、彼女の「ノート」ひた向きな姿勢があったからこそ。

どれだけの文章を彼女が理解してくれるのかも手探り。伝えたいことが伝わらないモドカシサもあったが、理解して出来た仕事を誉め、出来なかった事は私の力量不足と常に自分を戒めた。

「上手に出来たね」と書き込んだことが多かったのか、「○○しました。みゆきは上手」と書いて持ってくる時期もあった。

箇条書きの仕事の文章には彼女の「気持ち」はない。何度か「気持ち」や「思い」を書くよう促したことがあったが、私の力不足か仕事に関しては変化が見られず。

ただ、休日に祭りや花火大会に行った時、「たくさん」とか「キレイだった」とか「美味しかった」とか書いてある時は私も嬉しくなり、色ペンでアンダーラインを引き二重丸をして「みゆきさんの気持ちがよく分かりました」と返信する。

彼女が通勤するにあたり、バス停から農園までの4、5軒の家庭に「耳が聞こえない女性が通りますので少しご配慮をお願いします」とお願いに回った。

13年間、同じ時間に出勤し、帰宅していく彼女に近所の方の対応も変わってきた。

皆、手話が出来るわけでないが「暑いねぇ」と団扇を扇ぐゼスチャーで労ってくれ、「お疲れ様」と大きく手を振って下さる。それを受けた彼女は精一杯の「目力」と「微笑み」で応える。

何か大きな気負いがあって付き合い始めたわけでなく「まぁボチボチ」と続けてきた積み重ねが次第に大きくなったと実感する。

彼女の生活が「縦」に伸びる支援は農園では出来ていないと思う。ただ、彼女が生きようとする「横」に伸びる「根」を張る手伝いは「ノート」や「仕事」通じて少しは出来たのではないだろうかと私は考える。

13年前に初めてあった彼女の家庭、当時の農園の状況、共にすごした時間、地域の住民の方との関係の変化。当時より、私も二人分、三人分の仕事をするようになり、彼女もまた仕事量が増えた。元気な体があっての事だが、農園の営みを切らさず続けてこられたのも彼女の存在が大きい。

なにより最近感じるのは、彼女に引っ張られている部分が少し増えてきたことである。

少し辛い時間を過ごしている自分に「お前もがんばれ」と言わんばかりの仕事で励ましてくれ、私が見落とした鶏舎の不具合を自分で進んで直してくれたりする。

13年前、「まぁボチボチ」と付き合い始めた聴覚障害がある「みゆきさん」から「気力」をもらう度に、共に働く人への感謝の気持ちが大きくなる。

あだちまさし。

ゼロがつく日はタマゴの日

朝6時。気温22度。雨時々くもり。最高気温29度。

まだ「梅雨明け」の知らせなく、連日、蒸し暑い中での作業が続き、鶏も私たちも今が正念場。

先週の火曜日が湿度マックス、F井さんのデジタル時計の湿度表示が異常な数値をさす。ただ、翌日から気温は上がるが幾分が爽やかな風が作業場を吹きぬけるようになって、いよいよ梅雨明けかと感じていた。

今朝は落雷の大きな音で4時ごろ目が覚める。5時ごろから防災メールがたくさん入り、農園は3時から停電していると父から連絡が入る。

雨雲レーダーを確認すると、そう長く続きそうな雨でないので少し安心し車を出発させた。

茶色の濁流が小野湖へ流れ込む様子を見ながら運転し、幸い、今年の少雨で川の水位はそれほど上昇していなかった。

朝、一番にタマゴを求めに向かいのSさんが。早朝の凄まじい雨の様子を伝えてくれ「もう30分降り続いたら床上まできた」と話して下さる。

60歳前後と思うが、地域では「まこっちゃん」と呼ばれる隣人の話はとても役に立つ。

5月の下旬から神奈川県の会員制フィットネスクラブさんとお取引をはじめた。ヨガが料理教室を行われる女性が美しくなるためのクラブだと思う。

GWに商談で来園して下さり、毎月「0」が付く日が「タマゴの日」で新鮮平飼いタマゴを販売していたが、仕入れ先の養鶏場が廃業され、平飼いタマゴを捜し求めての来園。

毎回の納品数が少々多く、少し時間を頂き、5月末からお取引をはじめ、クラブ員さんの評判が良いらしく、当初の予約数の2倍に発注が増えた。

大変ありがたい限りだが、この時期、鶏が一番苦手な「暑さ」で生産が下降気味なる。

「0」が付く日が「タマゴの日」なので、神奈川県に発送する荷物は「8」が付く日が農園の出荷日。

曜日ごとの予約が大半を占める中、ランダムで「8」の日に大口注文が入るとプレッシャーがかかるが、何とか今日の発送も無事終えた。

暑さと戦いながら、精一杯の産卵を続ける鶏の「タマゴ」がクラブで喜ばれることを願う。

あだちまさし。

昨日は七夕

昨日は「七夕」。

6月中旬、親子で10年くらいお世話になったタマゴのお客さまから、配達を止めて欲しいと電話が入った。

昨年、肺がんが見つかり手術され退院されていたので、ご本人から詳しい話を聞かなかったが、それほど深刻な状況ではないだろうと感じていた。

「6月19日に緩和ケア病棟に移ります」と連絡を受け、電話口で簡単に病状を説明をしてもらった。

この方が入院する国立医療センターで長年、婦長をされた方がお客さまにいるので「緩和ケア病棟」について少し知識を頭に入れ、奥さまに面会予約を入れ、6月19日に伺った。

病状を聞き、頭も心も大変混乱していたが、肺を患っているとのことで長い会話は負担になると思い、気持ちを整理して二つのお願いと、私にできる約束を一つを話させて頂いた。

数えきれないほどの方から慕われている方なので、体調と病棟での生活ぶりを少しお聞きし、息子二人を面会に連れて来て良いかと尋ねると

「ユウトとショウタに話したい事。かけたい言葉が違うので別々に連れて来て欲しい」と頼まれ、部活で帰りが遅い2人を別々に家内が面会に連れて行った。

長男と次男には「緩和ケア病棟」のことは、私の出来る限りの言葉で伝え、どんな「言葉の力」を受けたか分からないが、二人とも、かなりの時間話し込んで帰ってきた。

最近、高校3年生の長男が就職先を探す様子を眺めながら、この方に「大きな心」を育ててもらった「感謝の気持ち」が一層強まり、就職が決まったら一緒に久しぶりに酒を飲みたいと心から願っていた。

寝ても覚めても頭の隅で、この方のことが気になり、体の負担になると思いながら、数日前、初産みタマゴを6個持参し面会した。

その日の朝、ドクターから「面会時間は短くして下さい」と厳しく指摘されたことを冗談まじりに話されたが、見た目にも衰弱ぶりは分かり、短い時間で病棟を後にする。

二度、足を運んだ、静かな時間が流れる「緩和ケア病棟」。50床の個室があるが、私は他の患者さんやご家族と顔を合わせることはなかった。

数日前に訪れた病棟のサロンに「七夕飾り」が飾ってあった。

願い事の短冊には、小さな子供の字で「じいちゃんが早く元気になりますように」とか書いてある短冊が多かったが、

「幸せな時間が一日でも長く続きますように」との短冊が5枚ほどあった。

この願い叶いますようにと、私も強く願った。

あだちまさし。

この時期に備えての苦労が実ることを祈る。

朝6時。気温20度。雨のち晴れ。最高気温27度。鶏舎に入ると鶏の体温を肌で感じ汗ばみながら採卵。

今年は入梅後、雨がなく、比較的、鶏が過ごしやすい環境だったが、いよいよ辛抱の時期が到来。

今朝のタマゴを触った時と、配達後に仕上げのパック詰めをした時に、手に触れるタマゴから鶏の体調具合を感じる。

ストレスフリーで飼育しているが、さすがに湿度が高く寝苦しい夜に、窓を締め切りクーラーを付けるわけにはいかず。

ただ、今年の初めから取り組んだ給餌調整は、Iさんが「素直な心」で私の指示を実行してくれた「おかげ」で結果が見え始めてきた。

鶏がもつ本来の能力を発揮する手伝いが、私たちの仕事であり、そのことで喜んで下さるお客さまがあっての生業。

明日から7月になる。梅雨が明けると、炎天下の高温とともに、熱帯夜で夜に体力を回復する力が弱くなる。

今年の「夏」は、どんなタイミグで訪れるかは分からないが、地道に取り組んできた結果が「秋」に成果を挙げてくれることを願う。

あだちまさし。

大きな鯉を眺めた

朝6時。気温19度。曇りのち雨。最高気温24度。

朝、川原に大きな銀色の鯉がプカプカしているので、浅瀬の石に乗り上げ難渋しているのではないかと川へ降りる。

一週間前までは雨がなく、何度もポンプを降ろした道を下る。日照りが続いた影響で、川の水量が減り、川原が雑草で緑になりかけていた。

ボツボツと雨が降り出し、水量が少し増えた厚東川の支流。段々と、川原の雑草の緑が隠れつつある。

大きな銀色の鯉に近づくと、浅瀬で背中を半分浮かせながら、水面下になった雑草を一心不乱に口で入れていた。食べているのか、舐めているのかわからなかった、その様を近くで眺める。

しばらくして、私の存在に気付き、慌てて深瀬へ逃げたが、初めて見る景だった。

恵みの雨のおかげで鶏たちの飲水もシトシトと確保され胸を撫で下ろしたが、雑草が一気に膝下まで伸びた。

まずは採卵を済ませ、8時ごろからFさんと作業の打ち合わせをする。今日は農園の周辺に張っている「防獣ネット」周辺の草刈り。

私は敷地を囲む内側を2時間半、草刈り機で除草し、Fさんは午後から、伸びてネットに蒔きつきそうな蔓を一時間半ほど「鎌」で払う。

昨日と明日の分まで汗をかいた。

あだちまさし。

親の願いと子供の夢

朝6時。気温20度。晴れ時々くもり。最高気温24度。やはり湿度高し。ジメジメムシムシ。

Fさんに「おにぎり」をひとつ渡し。配達へ出かけさせてもらう。

今朝、保育園のころから知っている高校一年生と久しぶりにすれ違った。親御さんとも年が近く、仕事上での繋がりもあるので、ご家庭の教育方針や、息子に夢を託す熱い思いを聞く機会が幾度もあった。

同じ自営業者として、我が家を大切に守っていこうという熱心な姿には常々、勉強させてもらっている。

何度も失敗と成功を繰り返し、従業員を育てながら大きくしていく家業と、何度も経験出来ない子育ては少し異なりがあると感じる。
ただ、今の私には明確な答えは導きだすことはできず

早朝、上り坂を一生懸命、自転車のペダルを踏みながら駅に向う彼と久しぶり出会い、高校生活の充実ぶりを彼の「表情」から感じた。

以前、小学下校中にすれ違うと、両手を大きく振り「こんにちわ」の挨拶。中学生になると少し俯き加減で、少し難しい顔の下校中、私の方からクラクションを鳴らすと「オーッス」という感じで片手で挨拶。

家内が、お母さまと高校進学について、ご家庭が息子さんにかける願いを聞き、間接的ではあるが、私の知っていたし、

本人と両親の願いが叶い、今春から高校の専門課程で、思う存分、高校生活を充実している様子も間接できではあるが家内から聞いていた。

今朝、彼が信号待ちの私を見つけ、大きな声で「おはようございます」と挨拶してくれた。

振り向きざまに見た彼の「顔つき」が力強く爽やかで、私の心もとても喜んだ。

彼は自分の「夢」と、両親の「願い」を受け真っ直ぐに受け止めて歩んでいくことになるだろうと強く感じた。

あだちまさし。

ノートが少し嬉しかった。

朝6時。気温19度。くもり。最高気温24度。湿度やや高め。

今年のはじめから、Iさんに給餌の指示を細かくするようになった。鶏が体力を落とす、これからの時期に備えてのこと。

鶏の「食べたい欲求」を促したいために、そのようにしてきた。玄人の鶏も渋々といった具合で舌を出して粉を舐めている。

バケツに飼料を注ぎ、Iさんが鶏舎に入ると大歓迎で迎えられるような状況。

私の仕事量が少しずつ増えてくるのを察してか、彼女の仕事に対しての細かな心配りが見えるようになったのは最近のこと。

もしかすると、彼女のサインを私が見落としていた可能性もある。

彼女に給餌の指示を伝えるメモが習慣になり、時折、細かな指示を「交換ノート」に番号をつけて箇条下記にすることも増えた。

昨日、休日を利用して「道の駅めぐりバスツアー」に親戚で出かけた様子をノートに綴っていた。毎年恒例行事で原鶴温泉方面へのツアーである。

3箇所の駅を回るコースだが、私がノートに書くのと同様、?○○駅という具合から始まり、そこで何を買い、何を食べたと書いてあった。

はじめての書き方だったので、アンダーラインを引き「様子がよく伝わります。楽しかったようですね。良いリフレッシュができましたね」と書き添えて返す。

彼女の少しの成長が嬉しかった。

あだちまさし。

恵みの雨は

朝6時。気温20度。雨のちくもり。最高気温22度。ジメジメムシムシ。

昨日からシトシトと降った雨のおかげで、幾分か井戸の水量が増える。10時ごろまで霧雨が降っていたので、地面が含んだ雨量も多いと思う。

最近、気がかりなことが幾つかあり、先週、お客さまへのお届けを2件飛ばしてしまう。

金曜日の夕方に配達予定のお客さまへの届け忘れで、出勤前、小野田経由で農園へ向う。

その気がかり事の一つが、今月から産卵を始めた若鶏。巣箱の反対側へ向って走り、産卵体勢に足を踏ん張る。

気持ちが滅入る。言って聞かせるわけにいかず、叩いて叱っても堪えない。

鶏舎に入るFさんも、Iさんも同じ気持ちで様子を眺めてきたと思う。

日曜日は二人タマゴリレーで時間に追われるが、一度目の採卵を追え、若鶏が好み、私たちが眉間に皺を寄せる場所で15分ほど腰を下ろし、鶏の様子を観察し、Fさんと一緒に「ここでタマゴを産んではいけません」の補修工事を行う。

15分観察した時、これかなぁと思う原因を2つほど見つけた。ただ、鶏に「これが原因じゃろう?」と尋ねても返事はない。

鶏に対して、先入観で物事を決め付けて対応すると、それが外れた時の落胆が大きく、気持ちを元に戻すのに時間がかかるので、今回見つけた原因は一応踏まえて、気長に観察して行くことにする。

仕事と終わりにFさんに川まで伸ばしたホースを片付けてもらう。10日間、散水して増えた水量の2倍を一日の雨が補った。

あだちまさし。

山の恵み

朝6時。気温20度。くもりのち晴れ。最高気温23度。最高気温に達したのは10時で、それ以降は雨の影響もあり20度まで下がる。

待ちに待った雨だが湿度が増しジンワリ疲労が溜まるが、鶏にとっては良い雨になった。

日曜日の朝市「おいでませ吉部」の80歳Tさんが午後一番でタマゴの受け取りに来園。

やはり天候の話題。今日もまとまった雨が期待できないようだったので朝からポンプで散水していた。

予想の雨雲の動きより早くまとまった雨が降り出し、灌水ポンプを片付け終わったところ。

農園の水甕は山水を引き込む浅井戸。ここ数年、水の道が変わったのではと心配している。その話題を老人に尋ねた。

山が荒れ、雨が少ないと地下に流れる水の道は変わってくるようである。農園周辺の老人が、しばしば口にするのが冬の積雪が少ないこと。

降り積もった雪が静かに浸透していくのが、この地域の本来の姿。宇部市民が安心して水道を使えるのは、実は「山の恵み」のおかげである。

17時前、宇部市防災からメール着信。大雨注意報。雷注意報。強風注意報。洪水注意報。

この降り加減だと農園の井戸水は潤うと思う。ただ、私どもだけでない自然の営みを考えると「山の恵み」になるほどの雨ではないと感じる。

あだちまさし。

プラグ掃除

朝6時。気温17度。晴れ。最高気温24度。少し湿度高めだが、朝夕の涼しさに鶏はごきげん。

空梅雨。雨が続くと鬱陶しいが、これほど雨が少ないと「雨が欲しい」と人心がでる。

連日の川からの散水も、小野湖の水位を見ると、少々心苦しく。何となく自分だけを優先しているようで。

昨年、新調したがポンプの始動が鈍ったので、Fさんと「プラグ」の点検を昼休みにした。

「あなたの方が上手に整備するから」と伝え、彼のプラグ掃除の様子を、いつものように見守る。

彼は、中学生から父親の農業の手伝いをしていたようで、多くは語らないが農機具の調子が悪い時に「俺に任せろ」という仕草をする。

頼りにしてますという姿勢で、彼が小さいプラグを丁寧に掃除する姿を眺めながら。

掃除を終え、彼が始動すると「スパッ」とエンジンがかかった灌水ポンプ。

私は大きなアクションで悦び、握手して「ありがとう」と感謝の気持ちを、自分のありったけの気持ちで伝える。

支えてくれる仲間。

これかれも彼と長い付き合いになると思う。

あだちまさし。

6月15日

ひい孫に 言葉の増えて 走り梅雨   サダ子

祖母が遺した句。6月15日は、その「サダ子ばあちゃん」命日。

2年前の4月末に長崎の義父が急逝し、6月13日、土曜日が49日法要。その翌日の深夜、祖母の入院先から電話があり、家内と病院に走りながら、農園で就寝中の両親、近くに住む妹に電話をかける。

病室に着くと、残された時間が僅かしかないことを聞かされ、家内は3人の子供を迎えに自宅へ引き返し、病院の駐車場で家内と会った妹も子供迎えに慌てて自宅へ戻る。両親は、約30キロ離れた農園から車を飛ばす。

病室で祖母と久しぶりに二人きりになる。

最初に入院した時は3人の子供も小学生で、洗濯物を受け取りに仕事が終わって、頻繁に足を運んだが、施設と病院を行ったり来たり、するようになる頃から少し足が遠くなった。

子供の学年も上がり、毎日の仕事に加えて、経験したことがない忙しさに、出来ない理由をつくるには事欠かなかったが、最後は自分が一番後悔することは覚悟していた。

小さくなった祖母の手を握り、今まで人生で経験したことがない、人の命の炎が消えていく様子に立ち会うことになる。

用意していた感謝の言葉もなく、祖母を静かに見届けながら口から出た言葉は「おばあちゃん、ごめんね」だった。

皆が急いで病院へ走る、日付がかわる頃、二人きりの病室で、祖母は静かに息をひきとった。まさか私が一人で最後を看取るとは考えたこともなく。

「家族葬で行う」ということは、早くから両親が決めていたので、家族が皆で協力し、水曜日の葬儀が滞りなく終えられるよう、農園の日常を進めながら段取りをする。

共に働く仲間にも、日頃より負担をかけるようになるので、内心、不安で一杯だったが淡々と指示をしながら、家族揃って、穏やかな気持ちで、祖母の最後の「祭り」をお仕えできるよう、いつもより多めの仕事をこなす。

蒸し暑い梅雨時期だったが、日常の仕事には大幅な遅れなく、3日間を終えることが出来た。

長い入院中「家に帰りたい」と祖母が常々話していたが、叶えてあげることができず、50日祭まで自宅で遺骨を預かることになり、斎場で飾られていた生花をアレンジしてもらい、遺骨と共に神前に供えた。

「無事、終わりました」と神前に手をあせた時、ユリのつぼみが「ポン」と音を立てて開き、3人の子供と共に神前で手をあわせると小さなつぼみが「ピン。ピン」と小さな音を立てて2つ開いた。

今まで以上に祖母のことを身近に感じた。

この年のはじめ頃から様々な問題を抱え、毎日の営みをこなす事だけで精一杯の状況で、義父の急逝も重なり、心が折れそうな日々を送っていた。

入院中の祖母も日に日に衰弱していくのを目の当りにしながら、ふと「心を神に向ける習慣を取り戻そう」という思いに至り、義父の49日の数日前、その思いと願いを立てた日を太秦教会と島原教会に電話にてお届けした。

その願いを立てた日が、どういうお取り計らいかわからないが、祖母の最後の「祭り」を終えた翌日、6月18日。木曜日。

あれから2年。6月15日。木曜日。信じる心を見失わないよう、祖母が生前使った拝詞集と共に、静かに心を神に向けた。

あだちまさし

オクラを植えました。

朝6時。気温14度。晴れ。最高気温25度。梅雨に入って一週間になるが、降雨は先週の水曜だけ。

先々週は4日。先週は2日、灌水ポンプで散水し、井戸水を少し押し上げた。週間予報の「雨マーク」なく。明後日から4日間散水しようと思う。

朝夕はTシャツでは肌寒いくらい。鶏の飼料摂取量も、さほど減少なく、順調な産卵を毎日。

ただ、初産を控えている若鶏は、日中の暑さが堪えているようで成績思わしくなく。

現在、120日歳すぎ、2月に産まれ初めて経験する初夏。これから産卵をはじめ、450日ぐらいでローテーションする。四季を二度感じることは少ない。

朝の涼しさもあり、飼料の摂取量にバラつきが出始める。2度ほど鶏舎を周り、Iさんに給餌の指示をメモに書いて渡す。

給餌を止めた鶏舎を更に周り、3鶏舎の給餌を昼休み前にお願いした。蒸し暑い梅雨、炎天下の真夏前に何とか鶏に体力をつけてもらいたいと、常日頃考えている。

元気なタマゴをお客さまにお届けしたいから。

先週、家内が騙し騙し使っていた「洗濯機」が故障し、新調した。

家電量販店から設置にきた業者から、水道管の亀裂と水漏れを指摘され、子育てつながりのお父さんに修理をお願いし、手際よく安価で済ませて頂く。

長男が保育園に通う頃からのお付き合い。何かと水周りの相談や工事をお願いすることが多い。その都度、気持ち良く、迅速に作業をして下さるので感謝しきり。

作業が終わり、久しぶりに立ち話で近況を交わす。

「趣味はありますか?」と唐突に問われ、「まぁ、鶏のお世話が趣味です」と何となく答えると、最近、ハマッている「烏賊釣り」のことを熱く語られ、釣道具なども見せていただき、自分で釣った烏賊で一杯やる時の悦びまで嬉しく拝聴した。

「趣味はありますか?」と久しぶりにサックリ聞かれた余韻が残った。

昨日の配達後、ホームセンターで、オクラの苗2株、里芋1株を購入し、自宅の庭に植えた。

枯らさないよう、花が咲いて、実がつく過程を観察することを、少しの気分転換にしたい。

あだちまさし。

タマゴが営業

朝6時。気温15度。晴れ。最高気温25度。風もありTシャツ一枚だと過ごしやすい。

ただ降雨なし。厚東川の支流は日に日に流れる水が少なくなり、小野湖の湖底をさらす面積が増える。

刈り払いした雑草が焦げるように地面を覆う。

梅雨前で直射日光を浴びなければ、さほど暑くはないが、視覚から入る、このジリジリと焦げるような情報により胸が締め付けられるような感覚を覚える。

ひとりで鶏舎を採卵しながら鶏の様子を確認し、給餌から始めるIさんに作業指示のメモを残し、2回目の採卵をする。

いつもより細かい作業指示を筆談で伝え、メモのとなりに塩分チャージのタブレットを5つ添えた。

月曜日の配達は農園の作業を終えて、3時前ごろから。

小野田方面へ走り、直売所を目指す、本日発送の荷物を一旦落としてから東岐波へ。最後は「西福寺さま」。

いつも夕食の支度をされている時間に配達しているが、最近、お孫さんが増え賑やかになり、忙しくなられた。

お孫さん3人は毎朝、タマゴかけご飯。奥さまもケーキづくりがご自慢で店で購入することなく、手作りケーキを家族で楽しまれる。

最近、タマゴが足らないことが多く、スーパーで購入したが、ケーキ生地の膨らみがよくなかったと話され、今日から一パック受注を増やしていただいた。

タマゴをお届けはじめて、数年になるが、月曜日の夕方遅い時間帯ということもあり、それほど話し込むことはなかったが、農園が大事にしていること肌で感じて下さっていることに生産者冥利を感じる。

お客さまの「分母」が増えると、少々、配達の気忙しさが増えるが、私が難しい説明しなくても「タマゴが営業」してくれた瞬間は、日頃の汗が報われる。

年を重ねる事に、アチコチ痛いとこが増えるが良い活力を頂いた。また、明日も顔晴れそうです。

あだちまさし。

私の都合ではどうにもならない事

朝6時。気温16度。くもり。最高気温26度。体感でだが少しずつ湿度が上がってきていることを感じる。

ひと雨欲しいので、寝起きに週間天気を調べるのが日課。来週の水曜日あたりから雨が期待できそうだが、「梅雨入り」かもしれないので、

来週の木曜日に近所の農家さんと段取りしていた「堆肥の搬出」作業ができるか心配。ただ雨は欲しい。

人の都合で鶏は働いてくれず、天地の働きも自分の都合で、どうすることもできない。ただただ祈りながら気持ちを整え、準備をし、毎日の営みを続けていく。

朝、農園へ向う道すがら宇部市の水瓶「小野湖」の上流を経由しながら車を走らせる。

湖底を露わにした上流は、湖底の土が干上がりひび割れている。

今朝、Fさんと朝の採卵を追え、浅井戸周辺への散水をする。

彼はホースを接続しながら、水が減り遠くなった川辺までホースを伸ばし、私は4日分の混合油をつくり、灌水ポンプをセットし始動する。

川の水を直接、鶏舎に運べば短時間で簡単だが、少しずつ井戸の周辺に散水し、川の水をろ過してもらう作業。時間もかかれば油も使う。

ただ、水を汲み上げる川があっての出来る仕事。

思うようにいかない毎日の中、感謝の気持ちだけは忘れていけいないと感じた。

あだちまさし。

運がつく

朝6時。気温15度。晴れ。最高気温31度。焦げるような日差し。

先週の水曜日に僅かな降雨があったが、それ以降なく。先週は木曜日から4日間、灌水ポンプで井戸の周りに散水。

月曜日、火曜日は8時半まで一人仕事。各鶏舎を周りテンポ良く採卵していたところ、15番の鶏舎で頭上の梁にとまった鶏が脱糞し、帽子に「運」が付く。

滅多にないが、ありえないことでもない。それもしょうがなし。

昼過ぎに来園されたTさん。80すぎ。今日は田植えの途中で、明日、朝市で販売するタマゴを受け取りに来て下さる。

田植えを待つ苗がキツイ日差しで元気がなくなるので、田植えをしながら、苗箱に水撒きし。

80すぎのTさん。笑いながら「はぁ、やれん」と真っ黒な顔で残り少ない白い歯で笑われる。

苗が枯れるのも心配だが、老人が日差しで焦げるのも心配。「干からびないように」と声をかけた。

昨日は、Fさんに休日出勤してもらい早朝から力作業。

お礼にこれから「歌謡食事会」に出掛ける。先々週からお届けしている秋穂周辺をドライブがてら、近道の確認をして、ガストで夕食。

ナフコで草刈り機のチップを二人で選び、床波駅前のスナックで「歌謡ショー」でおしまい。

あだちまさし。

みんなの学校上映会は土曜日

朝6時。気温16度。晴れ。最高気温25度。まだまだ木陰は涼しいが、直射日光を浴びると相当シンドイ。

今日は鶏舎の洗浄と、発酵作業を予定していたのでFさんと朝の採卵を終え、その準備に取り掛かる。

動力噴霧器が吸い上げるほど井戸の水位がないことは明らかだった。この先、週間予報でまとまった雨なく、今日から厚東川からの散水は覚悟していた。

Fさんが「給水のホースが井戸水にとどきません」と言うので、川からの給水準備に取り掛かる。まぁ、これはお互い想定内だった。

灌水用ポンプに燃料を入れ、川へ下ろうとした時、川へ下る道が草が茂ってなくなっている。これは想定外。

川から水をあげるのに、草刈り機も使い、朝の8時前から、ふた汗かいた。

昨日の配達先「こぐま保育園」で、教育ドキュメンタリー映画「みんなの学校」の無料券を2枚頂いた。お客さんに差し上げて下さいと。

ハンドルを握りながら、誰に2枚を差し上げようか思案し、電話をかけたり、少しお客さまの反応を見てみたり。

熱い想いがあっての上映運動だろうと感じ、2枚頂いた「無料券」は必ず足を運んで下さる方にお渡ししたかった。

原保育園の職員室で、この学校の取り組みが話題になり、気持ちよく無料券を差し上げた。

私も興味がないわけではないが、この5、6年、「福祉」とか「障害」というフレーズを避けて通り、関心がない「フリ」でお客さまとお付き合いしてきた。

上映会の無料券が手元から離れホッとしたが、昨晩、何度も案内を読み直し、遅くに帰った子どもと、家内で少し話題にした。

大阪府立南住吉小学校の取り組みを追った教育ドキュメント「みんなの学校」

すべての子どもに居場所がある学校を作りたいと、不登校も特別支援学級もない、同じ教室で学ぶ普通の公立小学校が笑顔になる挑戦。

発達障害がある子、自分の気持ちをうまくコントロールできない子。みんな同じ教室で学び、開校から6年、児童と教職員だけでなく、保護者や地域の人も一緒に学校を作り上げてこられた。

ごぐま保育園から添付されている文章に

「色々な人間がともに支え合い、寄り添いあって生きられるこそ・・・」とある。これに少し心打たれ、塞いでいたフタを開けるキッカケになった。

思想、宗教、教育などは、個々の「価値観」があり、あまり押し付けつるようなことはいけないと年を重ねるごとに感じる。

土曜日の夜。いつもは酒を飲んで「大の字」になっている時間だが、家内と都合のつく子どもと一緒に足を運んでみようと思う。

きっと、心に響く「コトダマ」に出会える気がするから。

●2017年5月27日(土)  映画「みんなの学校」上映会

●上映時間 ?10:00〜 ?14:00〜 ?19:00〜
(上映時間106分) ??は上映後、座談会があります。

●料金 一般800円 学生無料

●会場 ヒストリア宇部 二階 交流ホール
宇部市新天町1−1−1

あだちまさし。

線の上に嬉しい点が増える

朝6時。気温17度。くもり、小雨。最高気温20度。昨日も照りつける太陽で厳しい暑さだったが、少しホッとする天気。

少し雨が降ると一斉に蛙が鳴き出す。

朝から鶏舎に入り、昨日、給餌を止めた鶏舎の摂取量を確認する。季節の変わり目は「悪癖」が出ないか心配。

言葉が理解できない鶏が日々どんなことを感じながら産卵しているか。鶏の息遣い、羽のツヤ。タマゴの産卵状況、タマゴのツヤ等々。

春先から見直したポイントを再度、自分の目で確認し、明日も明後日も確認する。その繰り返し作業の中で、少しだけ生産の上積みができる。

Fさんが出勤してから気になる鶏舎は一緒に周り、小野田市内の配達へ出掛ける。

7時すぎに農園を出発して、約100キロ走行し、12時すぎに農園へ帰り、パック詰めの手伝いをする。

今月、約90軒配達する「線」の上に、新しいお客さまの「点」が二つ増えた。一軒はGW明けから、もう一軒は今日から。

どちらも嬉しいご注文だった。

GW明けからのお客さまは最後から2軒目。

開園してから生命保険会社でお取りまとめ頂いていたが、今年の3月で長年お世話して下さった方が退職するとのことで一旦、受注を打ち切られた。

長年、会社で共同購入されていた社員さまからのリクエストで今月から再配達するようになった。

当たり前のように毎週持って帰り、タマゴを口に入れ、食べていたが、久しぶりにスーパーで買うと「シックリ」こないとのことだった。

大きな声で、他農場との違いを詠わないが、こういったお客さまの声は大変自信になるし、日々の仕事の活力になる。

今日からお届けするお客さまは最初から2軒目。

先月、父が月曜日に届けているお客さまのご紹介。万倉の促進住宅から少し入ったところで、いつものルートを変更せずに配達できる立地にある。

今までは二世帯分をまとめて市内の鶏卵業者に月に一度、10キロずつ宅配依頼されていたらしく。一応、そんなご事情を聞いたが、なぜ我が農園に関心があったことまでは聞かなかった。

ご家庭の事情もお聞きし「月に10キロを一回は配達する者としては有り難いですが、新鮮なタマゴを少量でいいですよ」とお伝えしていた。

以前、購入されていた農場との単価の開きがあり、少々、時間をおいてのご依頼であったが「毎週、産みたてタマゴを届けますよ」とお伝えしたところ、首を立てに振っていただいた。

先週の土曜日にご挨拶に伺い、お届け方法を緩く決めた。

8時前にはお届けできるのだが、通院や家庭のご事情もあり、対面での受け渡しは難しそうであったので、朝日と西日があたらない場所にクーラーボックスに置いて頂き、ココで代金の受け渡しとパックの返却をする約束。

今朝、初めての配達だったが、奥さまが希望された通りの一日中、日陰になるエアコンの室外機の上にクラーボックスと空きパックが整えてあった。

タマゴ代金「640円」を「アダチさま」と書き添えて丁寧に封筒に入れて下さり。

今月増えた2軒のお届け先から学ばされることが大変多い、心から感謝です。

ありがとうございます。

あだちまさし

素晴らしいスキル

朝6時。気温14度。晴れ。最高気温25度。

今まで辛抱してきたが、午後からの配達で車のエアコンを初めて入れた。

フロントガラスから差し込む強烈な日差しで体が熱くなり、額に汗がにじみ、時折、頭が「ボッーッ」したから。

昨日、小野の農家さん3人が堆肥の受け取りに来られた。

この時期、田植え前の水田には水が入り、どこの圃場も夏野菜が実りつつ、倉庫で堆肥を保管できる農家さんに受け取りとお願いした。

約束どおり朝8時に来園され、軽トラック2台で正午前まで4往復され、運んでもらった堆肥は約20キロ入りを350袋。

3人がかりの半日仕事でフゥフゥ汗と流し運んで行かれたが、この袋詰めはFさんが一人でサラッとこなす。

通常、200袋ぐらいだが、今回は少し多めの作業になるので私も手伝う覚悟はしていたが、一人でよく頑張ってくれた。

私が配達に出ることがない日の午後に一時間弱ほど作業する時間をつくる。この一時間で40袋を袋詰めしてくる。7日間ぐらいで3人がフゥフゥして運ぶ堆肥を袋詰めするのである。

剣スコップを、スコップの重さを利用し軽く斜めに突き刺し、テコの原理で柄の一番後ろ側を軽く「ポン」と叩く。

スコップの先にのった堆肥を、柄を短く持ち直し、左手に持った袋にサクサクと詰め込み、一杯になったところで袋を右手に持ち替える。

今度は「振子の原理」でユックリと重い袋を左右に振り、イチィ、ニイィ、サンッで放り投げ、袋の山をつくって行くのである。

私も一緒に作業をすることはあるが、彼と同じペースと要領は真似できない。

私と同じ年の彼はハタチ頃、陸上自衛隊に所属していた。訓練の中で「タコ壷」と言われる、相手の攻撃から自分の身を隠す「穴」を掘る訓練があったらしい。

この訓練がかなり厳しく、スコップの扱いが上達したと聞いた。

その素晴らしいスキルを農園で存分と発揮してくれる彼に心底、頭が下がり、いつもいつも心からお礼する。

あだちまさし。

快晴の日曜日

5月14日。日曜日。快晴。

朝4時半に新品のガス炊飯器でご飯が炊き上がった音と香りで目が覚める。

先日、ガス炊飯器が故障し、しばらくの間、電気炊飯器が代役を勤めていたが、今朝から新品のガス炊飯器。

日頃、朝食をとらず家を出るが、誰もいない薄暗い台所で炊きたてご飯を少し茶碗に盛り試食。

思いのほか飯が美味しく、インスタントのみそ汁と納豆で朝食。腹が一杯になりウタタ寝し朝寝坊。辛い日曜日の仕事始めとなった。

正午まえ、小さな男の子と女の子2人を連れたお父さんが来園。運動場で遊んでいる鶏を子どもに見せても良いかと尋ねられたので「もちろん」と快諾。

ご家庭でウコッケイを飼われているらしく、小さい三人は足元の草をむしり、フェンス越しに運動場で遊んでいる鶏に差し出す。

日差しが強く、鶏舎の中に入っていた鶏も次から次に運動場へ飛び出して来る。3人は大ハシャギ。鶏も子どもたちが次から次に差し出す草に大喜び。

車の中におられたお母さんも途中から合流する。2人の女の子が「そっくり」だったので、「双子ちゃんですか?」と尋ねると

「いいえ、三つ子です」

ビツクリビツクリ。生まれて初めて「三つ子ちゃん」に遭遇したラッキーな日曜日。

今年から原小学校に入学し、その前は原保育園でお世話になったと話される。原保育園にはタマゴを毎週お届けに行くので話しが盛り上がる。

市立保育園なので市内に4箇所ある保育園を保育士さんが勤務異動される。我が家も3人お世話になり10年くらい帰りの迎えを私が担当した。

顔見知りの先生も多く、昨年の春、原保育園で定年退職された園長先生は「三つ子ちゃん」も大変お世話になったらしい。うちの長男が入園した時の担任がこの先生であった。

同じ3人の子持ちだが、3人が同時に進級して行く家庭の様子をもっと聞きたくなった。タマゴをお買い求め頂いたので「三つ子ちゃん」がタマゴを気に入ってくれれば再び来園して下さるだろう。

元気な三つ子の「命」と鶏の「命」が触れ合う短い時間だったが、本来「命」と「命」が触れ合う時間は、こんな嬉しい光景になる。

仕事開始が遅れ、山積みになったタマゴのパック詰めをしながら、心は「ホッコリ」喜んだ。

良い出会い、ありがとうございます。

あだちまさし。

茹でたまご

朝6時。気温14度。晴れ。最高気温21度。木陰は涼しいが、直射日光はとても厳しい。

鶏舎で朝の採卵をしている最中、2週間ほど前に受けた電話番号と同じ「下関の市外局番」から着信。

高齢の女性で、前回と同様「ゆで卵をしたが殻が上手に剥けない」との問い合わせである。もう一度、ゆっくりと鶏舎の中から説明させていただいた。

前回の電話を頂いた際、ゆで方の説明をしながら「新しいタマゴですから」と付け加えると、深く納得して下さり「やっぱりねぇ〜」と電話口の声も穏やかだった。

ただ、お名前をお聞きした際、「若いものが買っているタマゴなので私が電話したことを知られたくないので」と家庭の事情でお名前までお聞きせず。

タマゴは「命の塊」であり、肉眼で確認できないが殻の表面には「気孔」という無数の穴があり、そこから呼吸している。

産みたてのタマゴは内部に命一杯の水分を含んでいるが、時間と共に「気孔」から水分が蒸発し劣化が進む。

新鮮なタマゴほど、茹でた時、白身が膨張し、殻が剥きにくくなるのである。

携帯電話を握りながら、そんな事情をサラッとお伝えし、電話口むこうの高齢のお客さまに「メモがとれますか?」と質問する。

私は鶏舎の中、ご高齢のお客さまはメモ用紙を探しに。朝の産卵ラッシュで鶏が賑やかな時間。

メモ用紙を用意され、電話口に戻ったお客さまから「鶏の声が聞こえますねぇ。朝の忙しい時間すみません」と。

以前、下関の「浪花」荒川さまが教えて下さった「ゆで卵」の作り方を、そのままお伝えする。

茹でる前に卵のとんがってない方にコツンとヒビを入れます。ただコレだけ。

お湯を沸騰させ、タマゴをいれて、ふたたび沸騰してから、6分で半熟。10分で固ゆでタマゴになります。

茹で上がったら、氷水で冷やすと一層、剥きやすくなります。

下関のお客さまなので、木曜日にタマゴをお届けしているはずである。

新鮮なタマゴをお届けしているので、届いて間がない日は「生食」も良いが、「半熟タマゴ」の目玉焼きが一番、タマゴの味がわかりますからと付け加えた。

「ゆで卵」は、次の新しいタマゴが届く、火曜日か水曜日あたりにと。生産者の勝手な思いを押し付けたが、

「よくわかりました。鶏舎の中からありがとうございます」

との言葉に、生産者冥利を心一杯感じることができた

嬉しいお問い合わせ、ありがとうございます。

あだちまさし。

GW明け

朝6時。気温12度。晴れ。最高気温24度。夏日。

昨日、GWシフトは終わった。一ヶ月前に皆さんの予定を聞きながら、配達を少しだけ変更した。

予定を確認した4人はGW中、特別予定はないので通常どおりで、と嬉しい申し出を受けていたが、私ができる範囲内での休暇をとってもらう。

選別パートのF井さんは田植え前の「苗箱つくり」で忙しく、Yさんは、離れて暮らしている長男さん家族が孫を連れて帰省され忙しい。

IさんにはGWど真ん中に休んでもらったが、今回の連休は「シゲオ不在」なので、3日に叔母さんと「かっぱ寿司」に行き、その後、散髪。4日は「寝る」。

都合上、Fさんは三連休になったが、昨日、出勤してきた際、「休みはどうやった?」と尋ねる。

「うーーーん。膝が痛いので薬局にアンメルツを買いに行きました」と、いつもどおりの休日。

このGW中、私の仕事はというと、各鶏舎の産卵状況と、採卵のタイミング、給仕の量を確認しながら、鶏舎をまわりながら、鶏と接する2人が上手くリレーできるよう作業を「夏シフト」に変えていく。

言葉が理解できない鶏と、お客さまの間をつなぐのは、常に鶏と向き合う私たちなので、その時間や仕事量の割り振りを考えながらGWを過ごした。

連休前、連休中にご商談をいただいた新規のお客さまが思いのほか多かった。有り難いご依頼ばかりで嬉しいかぎりだが、受注数がこなせるか心配。

ここ数年、鶏舎に入る回数が増え、飼育管理を少しずつ見直してきた結果、わずかだが生産上昇の傾向が見え始めた。

何とか、今回頂いたご注文に添って走れるよう努力したい。

今日のIさんのノートに「5月9日。シゲオ。退院。」と、かなり強い筆圧と大きな字で書かれていた。

彼女の家庭にも、やっと日常がもどり安心する。

あだちまさし。

ものさし

朝6時。気温14度。晴れ。最高気温23度。お出かけ日和である。

世間はGWなので勤務シフトを変えていた。想定外のことが起こらないよう一ヶ月前から気を配っていたが、1週間前から気温の上昇激しく若い群の初産ペースの上がりが鈍い。

今日から明日までIさん休み。水曜日のお客さまの都合で前日の午後と、本日の午後に配達を振り分け私が現場で仕事をするので選別のF井さんも休み。

2日間休んで出勤してきたFさんの、朝の第一声は「すいませんけど、膝が痛いです」

彼の母親が勤める仕出屋も超繁忙期、同居のお姉さんが勤務する吉部で唯一の老人施設も通常どおり。

彼の甥っ子、小学3年生の「まぁくん」は、母親とともに施設を利用する老人と同じ時間を過ごす。

吉部にいると違和感がない光景だが、「待機児童」という単語に括られ、それに直面し、一日の時間と仕事に追われる人にとっては考えられない楽園である。

長い間、経営者としてトップランナーだった方の話しを聞く機会がよくある。10年前、20年前などと過去と比較する話しを良く耳にするが、私は経済ジャーナリストでもないし、評論家でもないし、それに加えて頭の回転が遅い。

ただ、GWを母が勤務する施設で過ごす「まぁくん」は過去の経験と比較することなく。私の3人の子供もそうして大きくなってきたのだと感じる。

他人と比較することなく、「 」が付いている人生に自分の環境に上手に折り合いをつけ、時には諦めもあっただろう。

私の3人の子供が、世間一般のGWを体験した時、罵られるか、ありがたがられるか想像もつかないが、「まぁくん」も含め、ある種、休日がない家庭で育った子どもでしか育たない「胆力」。

経験の「ものさし」がない。純粋な目で常に親の仕事ぶりをみているからこそ培える「力」。

まぁ、自分勝手に「ものさし」をつくり、私も折り合いをつける。

昨夜、李社長と「とりまんま」で食事をした。

昨年末から私が考えている鶏肉加工を提案していたが、ライズ社で検討している「スープ」の原料する「骨」を逆提案され、

とても有り難い商談だったが、農園の処理羽数と、県内で繁盛店を5店舗展開されるライズ様と「マッチング」できるか、かなり時間をかけて試算し、なんとか事が前へ進む目処がたったので、初めて李社長と。

生産者、近隣の農家さんの話しを大いに聞いてもらい、繁盛店を多店舗経営される苦労もたくさん聞かせていただき、おおくを学ばせていただいた。

とりまんまの西村店主が力を入れ、今月から大きく宣伝されている「水炊き」のスープを湯呑みで試飲させていただいた。

「骨」からに感動。

李社長からテーブルに運ばれるまでの和牛を聞き、いつも丁寧に仕込みをされる「とりまんま」さんの濃厚絶品スープに感動。

もう一度、鶏肉について考え直してみる「大きなキッカケ」を頂き感謝。

あだちまさし。

マッチング

朝6時。気温10度。晴れ。最高気温25度。10時前から強風。

8時前、一仕事を終えてFさんに300円を渡し、コーヒーの買出しをお願いして二人で少し休憩をとる。

彼は甘め、私はブラックの熱いヤツ。

連休二日目。

本日、来園されたのは父に書類を預ける藤野先生だけ。じっくり、ゆっくり鶏と向き合い生産状況を見極める日曜日。

昨日、鶏の起床時間を15分落とし、4時30分が起床時間。

鶏だけではないと思うが、生物は日照時間が基本的な生育のサイクルになっていると感じる。雑草が伸びるのもそう。

だって、生まれた時から「時計」の読み方を知らないわけだから。

日々進化しているヒヨコの飼育の管理では、活動は○時間が適切。飼料の摂取、対の費用効果を記されたマニュアルがあるが、少しだけ参考にする。

安定生産と安定供給をするのに神経を使う。  今の「苦労」は投資だと感じるし、それを信じたい。

晴天の連休でお客さまも少なく、少し「気になっている事」を二人の農家さんに投げて、腑に落とす作業をした。

いつもの話し始めは「生産・物流」から。

私が日々身をおいている「生産・物流」の現状を話しながら、営業、拡販の話しを電話伝えた。

様々な厳しい状況はあるものの「マッチング」と「システム」は出来ると難しいが出来ると「信じる」心がないと難しいなぁと。

とにかく寝る。今日も一日、ありがとうございます。

あだぢまさし。

たっかんまり

朝6時。気温13度。雨。最高気温14度。長靴で終日配達。

今日は雨予報だったので、Iさんが昨日、木曜日の朝まで鶏が腹を空かせないよう給餌をしてくれたので安心して配達に出掛ける。

「頭が痛い、寒気がする」と、Fさんが2度ほどメールを送ってきたので午後から休むよう返信して、農園へ戻り作業をする。

午後の採卵を終えたIさんが私に身振り手振りで強く訴えかける。

下のコンテナを指さし、私の顔の前で、ひと指しゆびを曲げ「10」をつくり、ひろげた手のひらを握りながら、顔から下に下げる「終わり」。

倉庫の10個パックがなくなりました。と、強い眼力と、私が理解できる範囲内の手話で報告してくれる。

連休前、資材在庫の確認は大事な仕事。発注は2日前に済ませていたが、かなりオーバーアクションで「ありがとう」と2度頭を下げた。

半月ほど前から2度、李会長らしい方が鶏肉を買い求めに直売所にお見えになった。

面識がない家内が対応し、特にご無礼はなかったと思ったが、いつもお付き合いがある取締役さまにお礼だけは伝えていた。

昨日、納品にうかがった「まるじゅう」で、李社長と偶然出会い。会長から鶏肉をお買い上げ頂いたことを話題にしたところ

「最近、父がタッカンマリにハマッてまして、しんあい農園の鶏肉で作るとウマイ」と勧められますとのこと。

タッカンマリ、タッカンマリ、と頭で反芻しながら配達をしたが、タッカンマリだったか、ダッカンマンだったから記憶がアヤフヤになり、先ほどネットで検索した。

いやぁ〜これは美味いだろうと腹がグゥゥ。

あだちまさし。

「タッカンマリ」は、鶏一羽が丸ごと入った豪快な水炊き。
やわらかくなるまで煮込んだ鶏肉をテーブルでカットして、酢じょうゆにタデギなどを加えたつけだれでいただきます。
鶏肉を食べ終えたら、スープにカルグクス(韓国式うどん)、タデギを加えて食べるのが定番。
あっさりとしてやさしい味わいなので、お子さんやお年寄りがいる家庭にもおすすめの鍋料理です

泥んこバレー準備が着々

朝6時。気温9度。晴れ。最高気温22度。

今朝、目が覚めると腰が痛く、重い。土曜から日曜にかけて往復590キロ行程を行きは4時間半、帰りは3時間半の合計8時間。

毎週かなりの距離を運転するので、さほど疲れはなかったが、腰は加齢に正直である。

先週は大雨の月曜日、鶏の出荷に始まり、いつも以上の力仕事が一週間多かったが、穏やかな天気と羽数が少なくなった鶏舎をゆっくりと採卵してまわる。

連休前、連休中の受注量を頭に入れ、交代で休暇を入れたので、作業が滞りなく進められるペースを頭でイメージしながら鶏とタマゴに向き合う。

「楠こもれびの郷」の四季菜市、クルールに加えて「古民家レストラン倉」の受注量が週2回のペースで安定した。

ランチ、ディナーは予約制だが、ワンドリンクとデザート数種類が付く「カフェ」は予約なしでも注文できる。

そのデザートの中に「しんあい農園たまごのプリン」が定番としてあるようで、最近、配達先でお客さまが話題にして下さる機会が増えて嬉しい。

「倉」の裏口から厨房へ入る途中、「万農塾」の作業場を横切る。

今日はMさん奥さま一人で収穫した「はなっこりー」の出荷作業。作業場の隅には小学一年生の可愛らしい娘さんがアイスクリームを食べながら。

奥さまは手を止める事なく、娘の話を聞きながら作業を進め、ピカピカの一年生はアイスを頬張りながら学校での出来事を嬉しそうに話している。

うちの3人の子供も同じような環境で育った。ついつい親近感がわき、足を止めて少し話し込む。

今までの塾生さんとは挨拶程度しかしたことなかったが、Mさん夫婦が入塾されてから作業場で足を止める機会が増えた。

同世代のご夫婦が就農に向け、生き生き話されるコトバに、私の心がいつも喜ぶから。

数年前から同世代で農業を営む仲間が増えた。

畜産と農業で違いはあるももの、「鶏の命」「植物の命」の営みを同じ地域で自然を共に感じながら生計を立てていく大切な仲間。

皆、日々働きながら、子育てしているのでベッタリと酒を飲みながら話す機会はないが、いつも「思い」は共感できる。

作業場で宿題や、掃除の手伝いをする可愛らしい娘さんと出会うと「つい」足を止めたくなるのである。

ベーカリー「クルール」向かい、田植え前の水田に水が張られ、バレーコートが4つ作られていた。毎年の風景で「そろそろかぁ」と感じる。

29日に行われる「ワードロカップ2017 第10回どろんこバレー」の準備が着々と進められていた。

毎年、何となく横目に見るだけだったが「第10回」が目に留まり、10年も横目にボンヤリ見ながら急ぎ足で歩いていたんだなぁとシミジミ。

今日も一日、ありがとうございます。

あだちまさし。

六兵衛

朝6時。気温5度。晴れ。最高気温19度。

午前3時半、島原市有馬船津の家内の実家で仏壇に線香をあげ、三日月に見送られながら車のエンジンをかけた。

昨日、走って来た島原半島の道路をゆっくり走る。昔と変わった所、変わらない所、お世話になった方やお客さまの自宅前を。

今までは諫早ICまで高速か、南関ICまで高速、長洲港からフェリーで島原半島に入っていたが、毎月ヒナを島原半島へ納入する「茶髪ロンゲピアスの大男」から、深夜は佐賀から諫早湾の橋を渡るのが一番早いと何度も教えてもらった。

今度の帰省で初めて有明海を車を運転して渡る。諫早干拓堤防沿いに通る「雲仙多良シーライン」

昨日は夕日に見ながら気持ちよく渡った有明海を、三日月を右手に見ながら、彼と同様「ぶっ飛ばす」。207号線鹿島バイパスを過ぎるまで一度も信号にかからず、34号線佐賀バイパスを軽快に通過し、東脊振ICまでピッタリ2時間。

ぶっ飛ばして行き、ぶっ飛ばして帰るだけだが、佐賀平野が東から昇ってくる太陽で「朝焼け」になる光景は大変美しかった。

ヒナを運ぶ彼と同様、やはり高速を「ぶっ飛ばし」、自宅へ着いたのは7時すぎ。早朝から、いつもより少し多めの日曜作業をしてくれているFさんに電話をし、8時前に作業へ合流する。

今日が義父の三回忌の法要。

昨日、土曜仕事をジャンジャン片付けて、家内と長女を乗せて島原へ向けて車を飛ばした。

会いたい人、行きたい所、思い出がたくさんある島原半島。

2年前、義父が急逝し、仕事や子育てに追われる家内を少しでも多く帰省させていればと大いに悔やみ、私の短い思い出に浸ることが恥ずかしくなり、自分優先の「心の蓋」を一度閉めた。

ただ、ぶっ飛ばして行き、ぶっ飛ばして帰るだけでは寂しく、今回の帰省は15歳になった長女だけ同伴だったので、17年ぶりに、むかし通い詰めた「六兵衛」で3人夕食会をした。

店名は郷土料理「六兵衛」に由来しているが、私と家内が大好きなのはソレではなく。「もつ鍋」とコラーゲンとニンニクたっぷりメニュー。

以前とは違う新しい店内で、17年前と同じ「すじ煮込み」から。家内は当時と同じ作法で「ゆず胡椒」を入れ。手作り餃子や豆腐ステーキ、特製ニラとじ。

「うまい」と箸をすすめる長女を横目でニンマリと二人で眺めながらの17年ぶりの至福の時。長女は生まれて初めて「豚足」を胃袋におさめた。

〆の「ちゃんぽん麺」を投入した頃から、二代目店主が座敷に座ってくれ、食肉や農産物の長崎県内の流通事情を聞かせて頂き、私が取引がある山口県内の飲食店さまの動向などを意見交換し有意義な時間を過ごした。

家内の実家に気持ち良く帰り、六兵衛焼酎の残りを飲みながら、会うたびに小さくなる義母の話しを2時間弱ほどを聞き、古いアルバムを開きながら子育て苦労話も心の栄養になった。

振り返ると不思議な「ご縁」ばかりの島原半島だが、ひとつひとつの出会いに感謝しなければ。と・・・

あだちまさし

”六兵衛”とは、さつまいもを原料とする島原独特の麺料理である。
江戸時代に島原を飢饉が襲った際、深江村の名主だった六兵衛が、保存食のさつまいも粉を食べる方法として考案したことから、この名がつけられた。
日本では珍しい「押し出し麺」で、水を加えてこねたさつまいも粉に、山いもをつなぎに加えて生地を作り、「六兵衛おろし(突き)」という穴の開いた大型の鉄板で生地を押し出して作る。
黒褐色の短めの麺で、煮干し出汁ベースの醤油味の汁にねぎと一緒に入れて食べる。

連休まえ

朝6時。晴れ。最高気温20度。採卵をしながら運動場へ鶏をはなす。

運動場の大きなケヤキが葉を茂らせはじめ薄い木陰が出来て来た。ただ、周辺の雑草も勢いをグングン増し。汗かくシーズン到来である。

今月のはじめに5月の連休中の休みのシフトを決めて伝えておいた。

生産と受注のバランスを取りながらなので不安はあったが、今日の配達でお客さまに頭を下げながら防府、周南を回る。

鶏の「リズム」を最優先しながら、共に汗してくれる仲間に配慮し、お客さまには頭を下げる。

この仕事に携わり、これが日常なのであるが「キチッ」と自分の心の奥にある「腑」に落とし込んでいけているか。

その覚悟が自分自身にあるか自問自答しながら、生産、受注のバランスをとり、農園での「リズム」つくるのが私の仕事。

来週から、オーダーが上がったり下がったりするが、お客さまにご迷惑がかからないよう、鶏の機嫌もうかがう。

連休前の飼料や資材などの搬入、鶏の出荷など、かなりピリピリした打ち合わせが多かった一週間。

何とか、様々なことの目処がたったことにお礼申し上げます。

あだちまさし。

川沿いを草刈り

朝6時。気温13度。雨のち曇り。最高気温21度。

一度目の採卵をFさんと終えた7時前ごろから空が暗くなり、雷を伴う大雨40分ほど。

ゴーゴーと打ち付ける雨で桜の花弁も一気に雨と共に落ちる。川沿いの桜の下、いつもの場所に駐車したFさんのシルバーのアルトが見事にピンクに染まった。

ひどい雨だったが、日本海から降りてくる雨雲の様子を確認していたので、グイグイ自分の仕事を進める。

Iさんが出勤してくる9時すぎにはお日様も顔を出した。

10時前に生産量の3分の2ほどパック詰めが終わったので、草刈り機のエンジンをかける。

一昨日、川沿いの初草刈りをした。川沿いの桜が満開で下草が気になったので渋々。

200m強ある平面を2時間かけて草を払い、今日は斜めの断面を2時間ほど。疲れはするが、川向こうから眺めるスッキリした川沿いは農園の大事な風景。大事にしたい。

汗をかき、儲けにならない力仕事。

少しずつだが、農園の桜を話題にしてくれる地元のお客さまも増え、それが気持ちの下支えになる。

隣接する、わずかな集落の皆さんに慕われる農場でありたいと切に思う。

あだちまさし。

島原なまりの宇部コトバ

朝6時。気温6度。快晴。最高気温18度。

桜が満開になるももの雨や曇りが続き、ようやく昨日からピンクが鮮やかになって嬉しかったが、昨日の午後から花びらが散り始めた。

7時前に出勤してきたFさんと作業を交代し、3時間ほど草刈りをした。防獣ネットの周りは正午前にFさんに除草剤を散布してもらう。

木曜日、市内の配達で伺う最後のお客さまが「みおちゃん家」。2年前から。

私が島原で大変お世話になった原先生の孫のみおちゃん。お互いに歳をとったので、ちゃんと呼ぶのは少し恥ずかしいが。

空前絶後の、世にも奇妙な良縁で、私が昔から親交がある男性と結婚した。いまは、宇部の人となり、ひとり娘のマナカちゃんは5歳。

毎週、玄関のチャイムを押し、タマゴを渡し、代金を受け取る。この短い時間だが、私の頭には色々な思いが過ぎる。不思議な感覚。
ただ、私の気持ちとは裏腹に、彼女はいつもマイペース。

玄関先からの様子で、同居のご両親とも良い関係みたいで安心する。

いつも島原なまりの宇部コトバを話す彼女。

私も島原に居る時、宇部なまりの「おかしな」島原コトバで、家内からよく指摘されたのを思い出す。

先週、配達へ伺った際「14日から帰省します」と聞いていたので、

原先生へ、宇部の地酒「貴」と、農園が紹介されいる「日報食堂」を彼女に託けた。

あだちまさし。

桜のトンネルがキレイ

朝6時。気温14度。くもりのち晴れ。最高気温20度。

3つ目の鶏舎の採卵を終えて、汗ばんできたのでヤッケの下に着ていたベストを脱いだ。

7時前、Fさんがシャンプーの香りをさせながら作業に加わる。昨夜、いつものように自分でバリカンで調髪しすっきり。

私も昨夜、女房床屋で丸刈りにしたので「すぅーすぅー」しながら採卵し、配達へ出させてもらった。

小雨まじりの曇り空でスタートし、山口市内のフシノ河川敷の桜が満開で曇り空だったが、ハンドルを握りながら花見をスタート。

周南美術棺そばの「桜のトンネル」は見事だった。

ただ、信号待ちの時間が長く、いつもの癖で携帯でニュースをチェックしたり、配達先のファイルを確認したりで、写メするのを忘れ、少々残念。

下松から折り返す頃から、少しずつ晴間も出てて、2号線を運転しながら遠目に見える「永源公園」の風車の足元がピンク色に染まっているのを目を擦りながら見た。

農園で少し作業をし、自宅へ帰りながらの配達。

宇部市内の桜もアチコチ満開。」松涛神社では肉がガッツリ焼ける匂いと煙りに包まれ、真締川沿いでは花見の幹事さんが準備の真っ最中。

松原酒店さんへタマゴをお届けし、少しだけ酒の話しをお聞きしていたところ、常連のお客さまが3名来店された。

花見用のビールを受け取りに。

お客さまが代金を財布から出すか出さないかの絶妙なタイミングで、店主の松原さんがいつもの大きな声。

「今日はどこで花見?送っていくよ。松涛神社?オーケー!」って感じで、配達用のワゴンの後部座席を立てて送迎準備をさせれるテキパキ姿に少々唸る。

桜満開の一日。良いことばかりではなかったけど、また明日から顔晴ります。

あだちまさし。

明日は餌入れなし

朝6時。気温13度。雨。最高気温14度。

前になり、後になりFさんと一回目の採卵。時折、採卵室ですれ違うと彼からギャルのようなシャンプーのよい香りがする。

「朝シャンしたんかね?」と私が尋ねると「はい。まぁ・・・」と彼。

雨雲レーダーで予想動画を確認すると午前中は薄い雨雲。時々、切れ間もありそうだったので、Iさんには給餌をするようお願いし、メモ用紙に「明日は餌入れなし」とだけ書き込んで渡した。

この一言で、彼女もよく理解し、いつもより1.5倍の飼料を各鶏舎に運んで行く。作業にかかる時間も労力も1.5倍。一人で一生懸命がんばってくれた。

私も雨の切れ間に一時間ほど草刈り、Fさんにも昨日の刈り残しを一時間ほど頼む。昼前から本降り。

市内へ出ると満開の桜が雨にうたれていたが、花びらが多く落ちることはなさそうであった。

農園の桜も三部咲きほど、こちらも今回の雨の影響はなさそうで、来週は目を楽しませてくれそう。

午前中の天気予報では、明日も終日、雨予報だったが、今、確認すると明け方から雨は上がりそうである。

仕事に多少影響したが良い雨だった。

あだちまさし。