明日はシトシト

明日は終日シトシト雨になりそう。

近隣の水田では田植え準備のトラクターが忙しく働いていた。今週末が田植えのピークになりそうだ。

農園でも明日に備えてIさんに給餌の指示をメモして渡す。

「明日の雨は9時からお昼までがピークになりそうです。鶏舎の餌を切らさないようお願いします」

あとは「自分で考えて」というような彼女任せの簡単な指示をして、終日、自分の作業をすすめた。

昨日、彼女はバナナを2房抱えて出勤。一房が10本ほどある重そうなバナナを大事そうに持ってきた。

毎年楽しみにしている地域の祭りがあったようで「バナナの叩き売り」で買ったそうだ。ひと房500円だったと教えてくれた。

同じ聴覚障害がある兄も楽しみにしている様子で、彼は神輿を担いで祭りを盛り上げるのが恒例行事。

バナナの叩き売りがどんなものか私は見たことがないが、これを家族4人で楽しんでいるに違いない。

そんな光景を想像しただけで、何か私まで面白く、愉快な気持ちになる。

今朝、ありがたくバナナを食べようとしたところ、下側が黒くなり傷みかけているのに気がついた。

祭りから自宅へ持ち帰り、それを翌日、バスに乗ってわざわざ持参してくれたので無理もない。おまけに昨日も一昨日も良い天気だった。

夕食後、ミキサーでバナナジュースにして家族て無駄なく美味しくいただいた。

彼女がみんなを想って買ってきたバナナは格別な味でありがたかった。

あだちまさし。

たまご焼き弁当

12時45分。下松市「花岡八幡宮」で昼食。

金曜日は山口市から光市までのお得意さまへタマゴをお届けして、ここで一旦エンジンをとめる。だいたい今日も定刻どおり。

石段坂の参道の先には鎮守の森に囲まれたお宮が見えるが、私は正面の鳥居を右に曲がり車参道から参拝口近くの駐車場まで上がる。

疲労と空腹で頭が真っ白だが、歴史的にも由諸ある本殿で二つ拍手して拝礼を済ませて、左後方にある「願かけの御神馬」の顔を撫で、お手洗いを借用し一息つくのが最近の日課。

駐車場の側には、室町中期に建立された立派な多宝塔があり、その横には吉田松陰先生の坐像と辞世の句が二句添えられているが、このあたりは省いて弁当のフタを開ける。

弁当箱は手のひらサイズの黄色い2段式。子どもたち3人が保育園で使っていたものでフタのキャラクターは使い込んで擦れてしまった。

箸を握りながら一瞬だけ感慨のようなものが頭の中を過ぎるが、何しろ空腹なので一心不乱に飯を口に運ぶ。

朝が早い日は前日の夜におかず等を用意してもらい、出掛ける前に弁当箱へ自分で詰める。

上の段には白飯をサクッと入れ、真ん中に梅干をギュッと押し込む。下の段はおかず。今日はニンジンサラダ、ほうれん草のごま和え、ひじき煮、あと定番の「たまご焼き」。

それぞれを口に運びながら、真っ白だった頭の中が次第に活力を取り戻してくるのがわかる。これが金曜日のリフレッシュタイム。

今の仕事をはじめて、慌しく毎日を送っているようだが、自分自身が生産者となって初めて得る知識というのがたくさんある。

農園の営みを通じて様々な農家さんとご縁もいただき、お米や野菜などを生産する苦労にも知らず知らずのうちに触れてきた。

日頃、自分が口にしているものを生産者が作るには、どれほどの手間や知識、そしてお金が必要か。

そのことを理解して食物と向きあえるということは、今までの人生とくらべてグンと豊かなものかもしれない。きっとそうだ。

白飯とたまご焼きを頬張りながら「悪くない」とボンヤリ考えたりする。

あだちまさし。

ホオズキを食べた

「食用ホオズキ」の最後の一粒を名残惜しくほおばった。

沖縄県読谷村在住の同級生「ジュンコちゃん」がおみやげに持参してくれた珍しい代物である。

沖縄では道の駅で手ごろな価格で購入できるらしく生まれて初めて「ホオズキ」を口にした。

観賞用と違い殻がカサカサして、中にあるオレンジ色の果実を食用とする。大きさは丁度プチトマトほど、味も食感もトマトに似て酸味があり甘酸っぱい。

トマトとの大きな違いは「香り」。口に入れた時に優しい香りに包まれるのだ。味も香りも美味で癖になる。

ジュンコちゃんは6歳と3歳の二児の母親。ご主人は陶芸家のタマゴ。

大学時代、ワーキングホリデーで多くの国を渡り歩いて、日本の素晴らしさを再認識したという。そんな彼女が行き着いた先が沖縄の読谷村。

中学時代は親しくなかったが、スマホが普及する10年ほど前にSMSが同級生の間で流行り、それを通じて再開した。

年に数回帰省した際には、タマゴを買いに我が家を訪れて「ゆいまーるな風」と珍しいおみやげを持参してくれる。

食に深い関心があるようで、読谷村のおばぁの豆知識などをおみやげに添えてくれるのが嬉しい。

今回は急な連絡で会うことは出来なかったが、ホオズキのお礼に阿知須特産「くりまさるのピクルス」をあげた。

ジュンコちゃんが運んでくれる風に触れる度、いつか夫婦で読谷村へ孝行旅行に行きたいと夢が膨らむ。

あだちまさし。

豊かな森の恵みを守るには

ここ1週間くらいイノシシが鶏舎の周りを荒らしていない。

この間の鶏舎周辺の変化を思い返してみると、多少思いあたることもあるが、勝手な先入観で理解すると後で落胆するので今後も気長に観察したい。

昨年、イノシシが頻繁に出没するようになって、地元の方を中心に駆除や防獣の相談にあちこち足を運んだ。

駆除に関しては、従来お願いしていた猟師さんから、更に近所の猟師さんにバトンタッチしてもらい、今年に入って1頭捕獲できた。

捕獲できた頭数が多いか少ないかは別にして、今回から役所の駆除係にも相談できるようになったので一歩前進といったところだと感じる。

駆除や防獣の相談をしていくなか、小野の炭焼きさんから「森林の保全」について興味深い話を聞き大変勉強になった。

どれも短期間で結果が出るものではないが、先を見据えて取り組むべき大事なことだろう。

一週間前、この事に関する記事が掲載してあったので、指の運動も兼ねて備忘録とする。

あだちまさし。

2018.05.04 毎日新聞 社説 「みどりの日に考える 豊かな森の恵みを守るには」

群馬県みなかみ町の利根川源流域に「赤谷の森」呼ばれる面積約1万?の国有林がある。
林野庁と日本自然保護協会、地域の住民団体の3者が協働し、生物多様性の回復と持続可能な地域づくりに挑戦中だ。

その一環として、3000?ある人工林のうち、林道から遠いなど木材生産に適さない2000?を自然林に戻す取り組みが進む。

2015年と17年には、森に生息する絶滅危惧種のイヌワシの餌場にするため、スギの人工林計約3?を皆伐した。
伐採地は再植林せず、自然林に戻るのを待つことにした。

伐採地には狙い通り、ノウサギなどイヌワシの獲物が顔を出すようになった。
ミズナラなど地域本来の広葉樹の稚樹も生え始めている。

林業に向かない他の人工林も、間伐して広葉樹が入り込みやすい環境をつくるなどして、徐々に自然林に近づけていく計画だ。

(人工林を自然林に戻す)

木材の生産を前提に植林された人工林は、成長の過程で間伐などの適切な維持管理が欠かせない。

一方、地域本来の自然林が再生すれば生態系の回復につながり、間伐などをせずとも治山や水源涵養などの公益的機能も保てる。
今後の森林整備の一つのあり方だろう。

日本は国土面積の約3分の2(2500万?)を森林が占める。

ところが、1950年代半ばからの拡大造林政策で造られた私有人工林を中心に荒廃が懸念されている。

拡大造林では建材用などとしてスギやヒノキなどの針葉樹を植えた。
たが、木材の輸入自由化などの影響で国産材の価格や需要は低迷し、伐採期を迎えても手入れが行き届かないままの人工林が多い。
これでは公益的機能の発揮もおぼつかない。

そんな現状を踏まえ、政府が今国会で成立を目指しているのが、森林経営管理法案だ。

同法案は、森林の所有者に森林を育て、伐採し、造林する経営管理の責務があることを明記した。
所有者が適切に管理できていない森林は、一定の手続きを経て、所在地の市町村に経営管理を設定する。

林野庁によれば、経営管理権の設定が必要な私有人工林は400万?を超えるとみられているという。

このうち林業経営が成り立つとみられる私有林については、市町村が「意欲と能力のある林業経営者」に経営管理を委託する。
それ以外の私有林は市町村の管理下におき、将来的には自然林に戻していく。

市町村が管理する私有林の費用については、24年度から一人当たり1000円を住民税に上乗せして徴収する予定の森林環境税をあてる。

森林の公益的機能を考慮すれば、林業経営に適さない私有林の管理を市町村に委ねるという方向性は理解できる。
だが、課題は多い。

森林問題に熱心な市町村は多くない。
総務省の調査では、林業専従職員が不在か1人の市町村が全体の3分の2を占める。
実際の管理作業は森林組合などに委託することになるだろうが、林業従事者数は全国で5万人を割り、減少傾向が続く。

森林環境税の税収は年間620億円に上る。森林管理以外の使途について、国民的な議論が欠かせない。
多くの府県が森林整備などのための地方税を独自に課しており、役割分担を明確にする必要もある。

(川と海も一体で再生を)

こうした点を踏まえれば、森から発した川が海へと続くように、流域の自治体が連携して新税を有効活用し、森林再生に取り組むべきだ。

相互交流により、森林の重要性の理解が深まるし、山間部の自治体の人員不足を補う効果も期待できる。

宮城県気仙沼市でカキの養殖業を営む畠山重篤さんらは、気仙沼湾に注ぐ川の上流部でミズナラやブナなどの植樹を続けている。
鉄分を含む森林土壌の養分が川から海に運ばれ、植物プランクトンを増やし豊かな漁場を育むと考えられている。

「森は海の恋人」が合言葉の取り組みは今年で30周年。
東日本大震災で気仙沼の養殖業は大きな被害を受けたが、森の力のおかげもあり、よみがえることができたという。

さまざまな公益的機能を持つ日本の森林は、国民の共有財産だ。
豊かな森の恵みを守るには、その多面的な価値を再認識し、木材としての利用にばかりに偏らずに保全、活用を図っていかなければならない。

今日はみどりの日。
50年、100年先を見すえた森林政策が、今こそ求められている。

日本農業新聞

一昨日、美祢のM老人来園。月に数回タマゴをまとめて購入されるお客さま。

ご近所に、ゲートボールの友達にとタマゴを配って下さる有り難いお客さまで、来園される際には自家製の野菜と鶏舎の清掃に使う古新聞を持参される。

その古新聞が一般紙と「日本農業新聞」。農業新聞は我が家でも以前、定期購読していたが随分前に辞めた。

毎日届く時は、それほど熱心に目を通さなかったが、M老人が持参される古新聞は、いつもパラパラと目を通す。

一昨日も気になる見出し記事があり、農園でパラパラしたかったが、時間がなく自宅まで持ち帰ることにした。

せっかく持ち帰るので4月26日から5月4日をまとめて。

耳から仕入れて頭にストックしていた情報が、実際に読み込んで理解を深めることができた。

記事は切り抜きせず、気になる単語や文を手帳に書き出し、あとは必要な時にネットで検索したり、知人に尋ねたりしてみようと思う。

記事以外に、読者の投稿欄、書籍の紹介も意外に新鮮だった。

いつも購読している一般紙も日曜日には書籍の紹介があり、本屋に立ち寄る時間がないので楽しみにしているが、

農業新聞の週末に紹介される書籍は興味深いものが多かった。

3日かけて古新聞に隅々まで目を通したのち、倉庫の古新聞の定位置に保管。

定期購読している時は、これほど新聞に手垢をつけることはなかったと思うが、昨日から降り続く雨のおかげで手帳に貴重なメモがたくさん出来た。

満足した雨仕事。

あだちまさし。

若葉が茂る季節の雨

連休明け。野にも山にも若葉が茂る季節の雨。昨日から思いのほかよく降った。

連休中、通常の仕事に加えて鶏の出荷作業をした。3日の祝日に九州から業者を手配し出荷。

粘り強く交渉して処理の空きが出来たのが3日しかなく、ある程度の予想はしていたが体に少し疲れが残る。

朝から肩、腰、膝が重く痛い。

週3日の選別パートさん。月曜から水曜日まで3時間ほど選別の手伝いをしてもらう。

年齢も60半ばに差し掛かり、稲作と農園での作業の掛け持ちがお体には堪える時期に差し掛かっていると常々感じている。

例年5月の連休あたりから苗箱の準備をはじめられるので、月曜日の仕事効率が多少下がり気味だが口には出さない。

一緒に仕事をはじめて長くなるので、自分で目標を立てて選別作業をされている姿は私が一番よく知っている。

私は朝6時から採卵し作業場へタマゴを運ぶ、9時に選別パートさんが出勤し、10時ころから作業場に加わり選別とパック詰め。

農繁期を迎える時期の月曜日は朝の挨拶を済ませて、作業の手を動かしながら少し長めの「言葉のキャッチボール」をしながら作業のペースを上げていく。

効率が悪いようであるが、目の前に山積みしたタマゴを選別しながら手を動かし、言葉を投げ、相手の返す言葉に耳を傾ける。

休日の様子などを聞きながら、徐々に作業のペースを上げてもらい水曜日まで根気良くタマゴと向き合ってもらう。

昨日はご主人の運転でSLを追いかけながら島根までドライブをされたようだ。

パートさんの話を聞き、蒸気機関車が音をたて、煙を上げて走る光景を一緒に想像しながら作業の手を動かした。

私の疲れた体も癒されるようだった。

あだちまさし

ソフトクリーム日和

4月最終日。日中の気温上昇。晴れ。

好天続きの4月。日照時間も多かったようで、昨年の秋口から高騰が続いていた野菜の値段も落ち着きを取り戻し、

手軽に買えるようになった野菜たちで我が家の食卓と胃袋も潤った。

一方で気温は不安定に感じたのは私だけだろうか。朝晩の冷え込みがやけに厳しく、先週木曜日の朝は仕事中に息が白くなった。

そのせいか、鶏の食欲が例年以上に旺盛。4月中旬あたりの冷え込みで「秋」を感じ、寒い季節へ備えての食い込みだったのか?

先週末あたりから食欲も落ち着きを取り戻し胸を撫で下ろす。いくら野菜が安くなったとはいえ、あのペースで鶏が餌を食べると私たちが食えなくなるのである。

今日は祝日でバスの運行が変則的。Iさんの仕事終わりにバスが来ないので自宅まで送って行った。

いつものように助手席に彼女を座らせ、仕出し「柳屋」から配達をスタートし、こもれびの郷でソフトクリームをご馳走する。

これも、いつものパターン。助手席でコーンのお尻をシャリシャリと口の中に入れたところで彼女の自宅へ到着となる。

女性なので覗き込むわけにはいかないが、うまそうにソフトクリームを舐める彼女の姿を時々横目に見ながら運転。

いつものようにコーンを左手でクルクルと回しながらクリームの山をキレイに小さくしていく。夢中で口に運ぶ姿が微笑ましい。

自宅でお母さんに挨拶しようと車を降りたが仕事で留守。

彼女のお母さんも休日の仕事人である。今日も一日お疲れ様です。

あだちまさし。

心地よい余韻に浸った

慌しさと心地よさが入り混じる一週間をすごした。

連休前の慌しさ。月末と重なり資材や飼料などの発注作業。いつものことだが連休に入る業者に合わせて鶏の顔色を窺う気忙しさが続いた。

日長が延びていく時期はヒナの初産から産卵ピークに達する期間が短いため、作業が押し気味で突入した週明けから生産をつかまえるのに苦心する。

今月産卵をはじめる群が産卵ピークに達する前、生産と受注のバランスで少し時間が取れそうだったので家内と島原へ帰省する予定を立てていた。

本来なら4月15日あたりが生産的には都合が良かったが、子どもたちの都合が合わず見送った。

義父の命日も近いので何とか墓参りだけでもと思いたち、諦めかけていたが心と体に気合を入れて先週末、家内と長男の3人で出かけてきた。

土曜日の午後と日曜日の早朝出勤、休日出勤などをパートさんにお願いして、ほとんど日帰りではあるが車で往復。

年に一度あるかないかの帰省、それも瞬間移動のような弾丸日程である。

家内や実家のご家族には大変心苦しいが、日没前に何とか島原入りして墓参り。家内のご先祖さまに日頃のご無礼を心から詫びた。

島原には会いたい人、尋ねたい所がたくさんあるが家内を辛抱させているので私の都合を優先させることもできず、いつも辛抱修行のような往復になる。

有明海を渡り島原半島に入ると、窓から潮風入り磯の香りが車に充満して。この香りが心の奥の方をチクチクと刺激する。

なつかしい場所をいくつも通り過ぎながら家内の実家へ急ぐなか、有明町の国道沿いで大変お世話になった上司のお母さま「ヨツエさん」をお見かけした。

公私ともに大変お世話になったが15年以上もお会いしていないので、ちょっと車を止めて世間話というわけにはいかず後ろ髪を引かれる思いで通過。

夕暮れ時、足取りはゆっくりだったが、しっかりされていたようにお見受けした。おそらくお元気だろうと感じ安堵する。

往復、睡眠時間を除く、島原での滞在は5時間。とても短い時間だが、大変ありがたい充実したリフレッシュタイムをいただいた。

心地よい余韻に浸りながら慌しい一週間を乗り越えることができたことに感謝。

あだちまさし。

根気よく

新緑が美しく農園を彩る季節になった。小さな緑の点だった葉が少しずつ広がってきて緑の天井が出来上がる。

毎日の作業場で私の立ち位置から見えるのはウメ、カキ、サクラ、クリ、カエデ、ケヤキ、イチョウ、そしてホオ。

それぞれの木が次第に緑で覆われるようになり、木陰が出来始めるころにホオの高木に大きく美しい白い花が「パカッ」と開く。

朴の花が言葉に出来ないくらいの良い香りを放ちながら、新緑の風景が完成し、これを合図に雑草の生育も盛んになる。

そして「草刈り」が作業に加わる。

仕事の合間をみつけ草刈り機を担ぎ、園内を西へ東へと汗をかきながら草を刈っていき、刈り終わって振り向くと、また草が伸びるという時期が秋口まで続く。

農園での作業はシンプルな単純作業が多い。自分自身の能力を客観的に評価するのは難しいが、5年、10年と共に働く従業員が身につけてきた能力は少しずつ増えた。

それは歯を食いしばり根性と瞬発力で身に着けた能力ではなく、同じ作業の繰り返しの中、コツコツと根気よく続けることで身につけた熟練の能力だと思う。

こう書くと全てが完璧に出来ているようだが、私も含め、まだまだ行き届いてないところはたくさんある。

根気よく身につけた熟練した能力は決して折れることはないと信じて、まだまだ磨きをかけていきたい。

あだちまさし。

心暖まる筍のお裾分け

筍が有名な吉部。今年は豊作という話をよく耳にする。農園近くの筍加工場も今が最盛期。

普段は出入りのない加工場だが、この時期になると季節労働される方の車がたくさん並び、

工場の外に設置してある大きなダストボックスには次から次にベルトコンベアで運ばれる筍の皮がドッサリ山積みになる。

以前は小分けした真空パックで販売されていたが安価な中国産に押され、現在は一斗缶での業務用出荷が主になっているようだ。

昭和40年代の前半に筍加工場ができた当時は子どもが小遣い稼ぎに筍掘りをしたり、筍を収穫するため竹を植林する家もあったと教えてもらう。

こんな吉部の昔話をして下さるのはパートのF井さん。生まれも育ちも吉部で60年以上地域の移り変わりを肌で感じてこられた。

このF井さんが毎年「筍」のお裾分けを下さる。手間のかかる下茹でを済ませた状態で頂くので、すぐに「旬」を味わうことができる。

ご自宅の裏に竹林があるので自分で収穫されたものかと思いきや、お裾分け下さる筍は徳島県産である。

娘さんのご主人が徳島県出身。毎年、ご両親が掘りたての筍を吉部のF井さんへ宅配して下さる。ちょっと不思議な話。

両家顔合わせの会食で筍の話題になり、「私どもの口に入る前にイノシシが食べてしまいます」とF井さんが嘆いたところ、

イノシシ被害をひどく同情された主人のご両親が筍が一番美味しい時期に届けて下さるようになったそうだ。

今の時期、吉部で筍は珍しくないのだが、F井さんは徳島からの心遣いが嬉しく、荷物が届くと早速手間がかかる下茹でまで済ませて、ご近所に配られる。

毎年、こんな心温まる「筍」のお裾分けを頂き「旬」に触れる。

我が家でも、昨日はイイダコと一緒に炊いてもらい、今夜は筍ごはん。家族全員、笑顔でいただきました。

あだちまさし

耐性と泰然

休日明けのIさんとの交換ノートを開く。

いつものように家族とショッピングを楽しみ、夕食は「すきやき」と書かれている。アンダーラインを引き「いつもご馳走ですね」と返信した。

ノートには3日先までの天気予報とプロ野球の結果。昨日まで彼女が愛する巨人と我らが「広島カープ」が3連戦。2勝1敗で広島勝ち越し。

土曜日はテレビ中継があったので私も久しぶりに途中から試合観戦した。見ごたえのある好ゲームで手に汗握りながら。

ネットや新聞では「巨人連敗」が大きく取り上げれられるが「広島カープ」の強さをもっと賞賛してもらいたいと感じるのは私だけではないと思う。

しかしながら、今年のセリーグは混戦模様でノートのコメントにも力が入る。

プロ野球の結果とともにスポーツ面を賑わしているのが「二刀流」で大リーグ挑戦中の大谷選手。様々な角度から取り上げれる姿は脱帽することばかりである。

ネットやIさんのノートでスポーツニュースをチェックするのが忙しい日々。そんな中、私が一番興味があるのは「イチロー選手」の動向や言動。

昨年末から去就が取り沙汰され、3月にマリナーズ入団が発表されてからのコメントには興味深いものが多い。

経験を積み重ねてきたイチロー選手ならではコメントは深く心に響く言葉の力がある。とりわけ入団会見でのコメントは心に響いた。

あだちまさし。

以下、イチロー選手のコメントに関する記事抜粋。

「いろんなことを経験しました、この5年半。また(耐性)が強くなった、(耐性)とはいろんなことに耐える能力、これが明らかに強くなったと言うことです」

控え外野手の立場がそうさせたのだと言う。また、124日間にも及んだ「無職の日々」には、この言葉を使った。

「いろんなことを考えました。周りも心配してくれることはたくさん聞いたんですけど、僕自身としては(泰然)とした状態であったと思います。

(泰然)と言う状態はプレーヤーとしても、人間としても、常にそうでありたいと思う目指すべき状態であったので、そう言う自分に出会えたことはとても嬉しかったです」

身につけた「耐性」が「泰然」を生む。世界最多の4358安打を放つ孤高の天才は(経験が人を育てる)と言っているのだと感じた。

文殊の知恵のおかげ

県道230号線伊佐吉部山口線。

アクトビレッジおのを通過し小野湖へ注ぐ厚東川を右手に見ながら吉部に抜ける県道。ここが私の通勤路。

吉部稲荷手前の夫婦岩付近まで大型車が通行困難な狭い県道だが6時前には決まった車しか通行しない吉部への抜け道になっている。

今の時期は自生する藤が点在し紫色の花が目を楽しませてくれる。運転中、イノシシ、タヌキ、キジなど野生動物が出没するが、最近はなぜか野ウサギをよく見かける。

私が通勤中にすれ違うのは新聞配達。吉部側からは毎日新聞。小野側からは読売新聞。週末は釣り人の土地勘のない不慣れな車、あと小野の老人Nさん。

この老人、顎髭を蓄えた中々強面な風貌でノラリクラリと軽トラで早朝から付近を巡回する。

以前は農園にも度々遊びにきたが、地域の住人からは滅法評判が悪い。罠にかかった獲物を横取りするとか、畑の作物を持っていくなど噂話をアチコチで耳にする。

私はそれほど嫌悪感は持っていないが、農園へ顔を出すと作業場にドッカリと座り長話をはじめるので深い付き合いはしていない。

積雪が多い日も軽トラでの巡回は欠かさないので、狭い県道で離合する際に愛想笑いで朝の挨拶をするのが私の日課になっている。

今朝5時半ごろ、前方よりボートを牽引した四輪駆動が二台連なって走ってくるので左側に寄せて道を譲ったが、相手の車幅が広く、さらに左側へハンドルを切ると私の車の後輪が溝にはまった。

日頃なら自力で脱出できる浅い溝だが、昨日の大雨で溝に溜まった水分たっぷりの落ち葉でスリップし前輪までスッポリはまり身動きが取れなくなった。

四駆の釣り人2人が責任を感じ、精一杯の力で手伝ってくれたが私の車はビクとせず、付近で釣りをしている仲間を呼んでくれ応援をまつ。

この間、強面老人Nさんが通りかかり「こんな大きな車が入って来ると迷惑するいぃのぉ」とダミ声を張り上げ、釣り人を一瞥しながら車から降りてくる。

軽トラの荷台からゴソゴソと自然薯掘り用のスコップを取り出し老人も作業に加わった。内心、この人には借りを作りたくなったかがしょうがない。

そうこうする内に応援の釣り人8人が到着し、全員で車を持ち上げてもらい難なく脱出することができた。この間15分ほど。

自分のことの様に喜ぶ釣り人たちに丁寧にお礼し、老人には「すまんかったね」と小さく頭を下げた。

善意の集まりのような釣り人たちの盛り上がりに圧倒された強面老人は自然薯スコップを肩に担ぎ「文殊の知恵のおかげじゃ」と言い残しノラリクラリと帰っていかれた。

みなさんのおかげで今日一日の仕事を滞りなく終えることが出来ました。

ありがとうございます。

あだちまさし。

狭い出口

昨日、鶏の出荷を終えたので生産を掴まえる。減少した羽数に対して産卵がどうなのか。

一日の作業を終え、数日前からの冷え込みで少々マイナス傾向にあるが概ね順調な産卵。

ホッと胸を撫で下ろすと共に次の出荷のタイミングを考えはじめると頭が重たくなる。出口となる出荷業者との調整に神経を使う日がはじまるから。

ケージ飼いと違うので、朝から鶏を整列させて一羽ずつ産んだか、産んでないか点呼を取ることは出来ない。

「産卵率」でザックリ把握し「出来高」で予想した数が整っているか判断するが、ここで大事なのが「歩留まり」。

この歩留まりを強く意識しはじめ、それをコントロールする力がつきはじめたところで廃鶏出荷先の環境が激変した。

悩みの種の一つは出荷業者との距離の問題。近隣の業者が相次いで廃業している。持ち込み処理か、集荷処理かの交渉で頭を痛める。

もう一つは養鶏業の大規模化に伴う問題。養鶏業者は減少しているが、一戸あたりの飼育羽数が年々増加している。

これには様々な事情が関係しているので私の思いだけでは解決できない大きな問題を含んでいる。

大規模養鶏場とのタマゴの販売先や販売方法で住み分けは出来ているが、出口となる廃鶏業者は同じ。

膨大な廃鶏が集中する業者の繁忙期を窺いなが出荷サイクルを整えていく苦労は、これから先も楽になることはないだろう。

タマゴからはじまる「生産関係」の流れ。その速くて大きな波にのまれて、進むべき道を見失わないようにしなければならない。

あだちまさし。

みぞれが降った

昨夜から強風。寒がもどり(この時期に適切な表現か?)。

夕方の走行中、フロントガラスをビシャビシャとみぞれが音をたてた。

二ヶ月ほど前から懸案だった仕事が先週と今週で片付いた。ひとつは給水器の工事、もうひとつは鶏の出荷。

どちらも従来の方法と異なる手順と作業だったので、頭でイメージしたことがカタチになるか不安だったが、ほぼイメージどおりに終わった。

止まることがない毎日の中で、仕事にちょっと工夫をしたり、一歩踏み込んだりするのは少々苦痛を伴うが、

無事終わった達成感と充実感は踏み込まなければ味わうことが出来ないと今更ながら感じている。

一緒に仕事をすすめてくれた仲間が同じ気持ちを心から共有してくれていれが嬉しい。

農園の仕事を一つ一つ見ると同じ作業の繰り返しのようだが、簡単な作業を繰り返し続けることが出来る人にしか

忍耐力と熟練は身につかないように思う。

寒い一日だったが、充実感と疲労で心と体があたたまった。

あだちまさし。

捕って食うわけではない

昨日の日没前、鶏舎の近くでイノシシと鉢合わせ。正確に言うと昨日「も」。

私の想像が間違っていなければ先日捕獲したイノシシの兄弟。昨年、連れ立って姿を現していた2頭のうちの1頭だと思う。

体も大きくなり多少警戒心が強くなったのか鶏舎周辺を荒らした痕も玄人っぽく、そこら中にという訳ではなくなった。

防獣ネットから入る足あと、歩くパターン、あと逃げるパターン、そして目があった時の驚き方は秋口に出会ったウリボウと同じ。

昨年はネットをくぐる場所を補修してまわったが今回は少し対策を変えてみた。

現在、ネットの外側に箱ワナが仕掛けてあるのは3本の獣道が交差する場所。先日の1頭は、ここで捕獲した。

先週末、ワナの付近を丹念に草刈りをして、獣道や防獣ネット付近からワナに誘導するように小米を散布しイノシシの行動を観察する。

自分なりに仮説を立て、もしも小米を食べるようならワナへの誘導が可能、警戒して食べないようならネットをくぐり好みの場所へ近づくだろうと。

結果は後者。ただ、小米を散布したルートは避け、荒らした痕もかなり警戒心を強めた様子に手応えを感じた。

昨年は隣接する放棄地にある雑木林に住み着いているようだったので、今度は雑木林付近の境界を徹底的に草刈りして農園の内と外の輪郭をハッキリさせる。

この周辺には「ニラ」が生えているが、昨年はニラに近づくことがなかったので、ここだけは刈らずに残した。

今朝は3日ぶりに侵入した形跡を残していたが、さらに警戒心を強めて控えめに散歩している様子が伺える。

猟期も終わったので以前ほど猟師がワナを点検にくることはない。1頭だが農園での捕獲実績が出来たので依頼した私と依頼された猟師の面目もたった。

体は大きくなったが腹を空かせたイノシシが私の姿を見て逃げ出す後姿には少々心が痛む。

捕って食ってやろうと考えている訳ではない。お互いのテリトリーの線引きをハッキリさせたいだけ。

そんなことを考えながら、今日も時間をひねり出し3時間ほど草刈りをし、農園の輪郭をさらに刈り込んだ。

私の意図するところをイノシシが感じとってくれたら幸いである。

あだちまさし。

オメデタイのに心配

いつも以上にグイグイ仕事をすすめた一日。久しぶりに夕食前に帰宅。

今日は長男の入社式。帰宅後、どんな話をするのか興味があり、グイグイのおかげで雰囲気は察することができた。

会社を選んでいる過程は垣間見ていたが、それほど興味がないフリをしてきた。そもそも会社を選ぶまでの道のりを考えると感謝しかなかったというのが正直なところ。

自分で選んだ道なので、自分なりに歩んで行くことを信じて見守りたい。

とは言うものの、やはり心配。とにかく心配なのである。

あれこれ先回りすると本人も不安になるだろうから黙っているが、正直なところ、つまり心配。

先日、運転免許をとったばかり、車の運転をはじめたのは5日前。会社でご無礼などあっても親が代わって頭を下げることもできない。

今まで厳しく躾けてこなかったツケが私の心を不安にさせる。

「親思う心にまさる親心」というが、今頃になってのその気持ちがわかり、私自身も随分と両親に心配をかけたと反省したりもしてみる。

新しい出発を祝うような満開の桜。今年の桜は「そろそろ見ごろね」をすっ飛ばし一気に満開になった。

街中を花弁がピングで覆うが、この「一気に満開」というのが心に引っかかり、おめでたい気分が半減し不安な気持ちが過ぎったりもする。

昨年は夏の暑さが長引き、徹底的な冬の寒さは先日まで。息つく暇もなく桜が満開になり、次の季節がすぐそこまできている焦りを感じる。

こんな気持ちで桜を見るとピングが目に刺さるようだ・・・。ちょと大袈裟に心配しすぎか。

長男のことも、桜の満開も、私ひとりの力ではどうにも出来ない不安や心配だが、時節に任せて自分に出来ることを精一杯取り組むしかない。

金光さまのみ教えの中に「心配する心で信心せよ」とある。

心配や不安は人に向けることなく、まっすぐと神さんに向けられるような自分でありたい。

あだちまさし。

チャボとインコのツガイ

農園での仕事を済ませ配達へ出掛ける前に電話が鳴った。

農園の近所に住むという女性からだったが失礼ながら名前もお顔も存じ上げない方からの問い合わせ。

長い間、チャボのツガイを飼育しており、数日前に友人から頂いた別のチャボのツガイを同じ小屋に入れたところ、雄同士が激しい喧嘩をし、一羽の雄が血を流してひどく傷ついたということ。

ご自分なりに観察し、小屋に間仕切りを入れ古いツガイと新しいツガイを隔離して喧嘩は収まったが今後どうすれば良いかの相談だった。

忙しい時間帯だったのが、出血した鶏冠に消毒をした方が良いか等、真剣かつ熱心に尋ねられるので勢いに押されて私が知っている範囲内で鶏の性質をお答えした。

その後、伝染病予防などに質問が移り、少々話が長くなるのが覚悟で、蚊やハエが高温多湿で産卵から孵化の速度をあげる事を例えに挙げながら、同様の鶏を吸血する害虫の繁殖を教え、
害虫が繁殖した時の鶏の症状を見つける方法を3つアドバイスした。

害虫駆除をどうしたら良いかと畳み掛けるように質問されたので

思わず「害虫が増えるようでしたら私が殺虫剤を持って駆除に行きますから」と電話を切った。

飼育しているチャボを心底心配している様子が電話口から伝わり、思わぬ長電話になったが同じ鶏の命を預かる立場として共感できる話しだった。

防府市内へ入って一軒目のお客さまのお宅では昨年からインコを3羽飼育され、玄関で毎日放鳥されている。

ご主人の体が不自由になり出掛ける機会が減ったので、ご家庭での「癒し」をもとめて飼育を始められ、はじめは2羽のツガイだったが、なかなかカップルにならないので後からメスを1羽購入され3羽になった。

玄関先で顔を合わせる度にインコの自慢と季節ごとの鶏の様子を尋ねられるが、相槌に少しだけ毛が生えたほどの会話で済ませ毎週先へ急ぐ。

昨年の秋ごろだったが餌以外に様々な緑餌(りょくじ)を与えるが、なかなかインコが口をつけないと頭を抱えておられたので、鳥には手も歯もないので嘴でひっぱり、喉まで運びやすいものが良いのではとアドバイスしたことがあった。

いろいろな野菜や野草で試され行き着いた先が「豆苗」。鳥カゴの中にインコの餌と豆苗がひと袋据えてありインコが好んで食べている。ちょっと不思議な光景ではあるが。

今朝、配達へ伺った際、ご主人が神妙な面持ちで「最近、後から飼ったメスの羽がたくさん抜ける」と相談を受けた。

カゴに顔を近づけジックリ覗き込んで様子を見たが、かゆみを訴えるような仕草はないのでハダニではないし、好物の豆苗もいつものように短くなっているので食欲も問題なし。

おそらく日長が延び春を感じて「換羽」をはじめたのではないかとお伝えした。ここでもご主人の熱心さに押され、農園での鶏の日長管理を例えに少し長話になった。

参考書などで勉強したことはないが、鶏との生活が長くなり知らず知らずのうちに身についた自分の知識に気付く。

知っているからと言って、すべてが出来ているかというと、そうでもなく。そんな自分の姿勢も反省した。

勢いよく桜も満開になった。桜が散ると気温も上がり、鶏がもっとも苦手な高温多湿の時期を迎える。

また、ひと仕事増えるが、躓かないよう先手、先手で手を打たなければいけない。

あだちまさし。

皇居で学んだ「引き算」

ちょっと充実した日々を通過しているが気になる新聞記事があったので入力し備忘録とする。

あだちまさし。

○皇居で学んだ「引き算」

背の高いコック帽をかぶりフライパンを手にした男性に参加者の視線が注がれていた。

福島県のホテルで開かれたイベント。男性は宮内庁大膳課主厨長として「天皇の料理番」を務めた高橋恒雄さん(75)だ。
作り始めたのは、国賓をもてなす宮中晩さん会で腕を振るい、手間ひまかけた料理ではない。

同じ分量のみりんとしょうゆ、砂糖を煮詰めるだけで完成したのは万能だれ。
煮物、焼き物、炒め物、何にでも使えて常温で1年保存できる。
地元産の豚肉を焼いて万能だれをからめ、盛ったご飯に乗せれば豚丼のできあがりだ。

参加者から「こんなに簡単なの」と声が上がった。

素材を生かしきるコツを伝えることも。
「大根を食べきれずだめにしたことはありませんか。新鮮なうちに干せば保存が利き甘みも増します」

群馬県出身。栄養士の学校を出た後、天皇の料理番とて小説のモデルにもなった秋山徳蔵氏に声をかけられ宮内庁に。
50代半ばで総料理長にあたる主厨長になり、定年後も嘱託で3年勤めた。

東京の真ん中にありながら皇居は自然豊かだ。
散策で野草を見つけられた天皇、皇后両陛下から連絡が届くとフキノトウを天ぷらに、ツクシをつくだ煮にした。
「食材は無駄を出さないでくださいね」。
皇后さまから伝えられた言葉を今でも大切に守っている。

両陛下は被災地に何度も足を運んで被災者に寄り添ってこられた。
「お姿から学ばせていただいたことはたくさんあります」。
宮内庁を離れた高橋さんはボランティアとして東北の被災地を飛び回り、料理教室を開いたり、地元食材を生かしたレシピを考えたりしている。

宮中晩さん会で提供したのはできるだけ手をかけて食材にもこだわる「足し算」の料理だった。
一方、日常の料理で究極のおいしさを求めると、素材そのものの持ち味を生かす「引き算」になる。
家庭料理の調味料は最小限、調理法もシンプルでいいー。
料理番の仕事を通じてたどり着いた考え方だ。

幼稚園で子どもたちとニンジンピラフを作った時のこと。
バターで炒めたニンジンを米に加え、炊きあがったら軽く塩を振ってよくまぜるだけ。

「野菜嫌いだからきっと食べない」という母親たちの予想を裏切り、子どもたちは「宝石ご飯だ」と平らげた。

素材のことを思い、食べる人のことを思う。
そんな料理の原点を学んだ皇居では、春を告げるツクシが背を伸ばしているだろう。

1時間をひねり出す

雨の祝日。シトシト、ザァザァとよぉ降りました。

職場へお届けするお客さまは昨日の夕方に配達を済ませたので出発時間に余裕があったが、いつもより30分早く出かけた。

厚東川より東側のお客さまを前日に終えていたので40分ほど配達時間を短縮でき、あわせて約1時間をひねり出した。

凍結の後遺症で送水管にわずかな亀裂がある鶏舎が一つあり、応急処置で済ませてきたが、この補修作業に手をつけたかった。

各鶏舎には降下する水の圧力で送水、減圧タンクのフロートで鶏舎内の水量を調整している。

減圧タンクに水が入る前に止水栓があるが、先月の凍結で、この2つの間に目視でも確認しずらい小さな亀裂が入った。

減圧タンクより後なら水が漏れるか、漏れないかの小さな亀裂だが、降下圧が直接かかるので「ジワァッ」と水が漏れ鶏舎の床が不衛生になる。

亀裂が入った箇所の塩ビだけ取り替えれば水漏れは止まるが、今度の冬に備えて根本的な修理がしたくて作業が後手後手になっていた。

配達を終え、昼過ぎに農園へ戻り、パック詰め作業などを後回しにして、ひねり出した一時間を有効に使いFさんと修理した。

予定時間は少しオーバーしたが初めて使う材料もキチンと収まり、何とかカタチになった。

ひとりで修理しても良かったが、Fさんにも手伝ってもらったことで、彼の「経験値」も積み重ねることができた。

あだちまさし。

捕獲

今週から草刈りをはじめた。春の柔らかい草を2日で4時間ほどの体慣らし。

今朝、薄明るくなった草刈り済みの場所にイノシシの荒らした痕を発見して大きなため息が漏れる。

軽く舌打ちをして、鶏舎の奥に設置した「箱ワナ」に目を向けるとフタが落ち、中で激しく動く物陰が・・・。

近づいて確認すると鼻息荒いイノシシが1頭。鉄格子に頭から突進しながら必死の抵抗中である。

私が近づくと背中の毛を逆立て鼻息を荒くして威嚇してくるが、よく見るとさほど大きくなく体長約1メートル、30キロ程度のメスのイノシシ。

おそらく昨晩、鶏舎のまわりを荒らした犯人ではなかろうか。

掘り返した場所は昨年の秋に荒らした場所と同じ、ウリ坊より少し大きめで、悪さをしながらも多少愛嬌があったイノシシが冬を越えて大きくなったと推測する。

「痩せ細った」とまではいかないもののが、お世辞にも丸々太ったとは言えない肉づき。厳しい冬を山で耐えてすごし、昨年の記憶を辿りながら空腹を満たすため鶏舎に近づいてきたのだろう。

長引く寒さの冬だった。私も厳しい寒さの中での仕事が続いたのでイノシシの気持ちも痛いほどわかったが、猟師さんに「獲物がかかりました」と連絡を入れた。

9時すぎに二人の猟師さんが来園。

イノシシが暴れる箱ワナの格子の隙間から足を括るワイヤーを垂らし入れ、まずは右後足、そして右前足を括ってワナの天井に吊り上げる。

ちょうど私たちの方に腹を見せる形で吊り上げられ、猟師さんが喉元と肋骨の間にある頚動脈を慎重に確認してメスを入れた。

心臓の鼓動で押し上げられる血液が傷口から噴出し、ほどなくイノシシは絶命する。

この後、猟師さんが持ち帰り、腹を開き内臓を抜く。一晩ほど荒滝山の山水に漬けられ血抜きし、明日の午後から解体されることになる。

イノシシが繁殖する一方で、駆除を担当する猟友会のメンバーは年々減少している。農地への被害も甚大。

様々な思いが胸の中を交錯するなか、駆除を依頼した立場から一部始終を目に焼き付けた。

あだちまさし。

はたらく仲間

春が一気に到来。今朝は冷え込みを感じることなく園内仕事も快適。タマゴを満載して配達に出掛ける足取りも軽かった。

農園から2号線へ出るまでは見通しが良い道路が続く、2軒目の配達先へ伺うため側道に入ると右手の「はなっこりー畑」に農作業中の男性の姿あり。

午前8時前、昨日までは霜がおりて手先が凍る寒さを感じる時間帯。黙々と収穫作業をする「KAVU」のパケットハットが見える。

いつもお洒落な百姓スタイル、元気印の「ムラオカさん」である。僅かな時間だったが車を止めて「はなっこりー畑」で彼の話に耳を傾けた。

ムラオカさんは異業種から農業を志し、ご夫婦で「万農塾」に入塾。2年間の農業研修を経て、今年2月から新規就農されモリモリ仕事に精を出されている。

私より2つ年下の2児の父。見た目は若く、お洒落だが農業に対する「熱量かなり多め」のおじさん。昨年から鶏糞を使って下さるようになって、次第にお付き合いが深くなった。

2月の就農と同時に「邑岡農園」と書かれた爽やかな緑のシールが張られた野菜が楠こもれびの郷に並ぶようになった。

私もお客として陳列された野菜を目で確かめて購入し、彼が丹精込めて育てた野菜を我が家の食卓で有り難く試食させて頂いた。

どれも美味しく子どもたちも喜んで食べたが、なかでも「頂花蕾(ちょうからい)」は初めて食べてファンになった。

頂花蕾とは、山口県特産「はなっこりー」の株の先についた蕾(つぼみ)のこと。ちなみにスーパーの店頭で目にする「はなっこりー」は頂花蕾を摘んだ後に伸びてくる側枝。

はなっこりーはJAの共販品種だが、蕾は共販されない部分。今までは生産者しか食べることはなかったが、ごく最近、楠こもれびの郷に限って出荷が認められ市販されるようになったそうだ。

我が家では「ごま和え」で美味しく味わったが、ムラオカさんは炒めた方が美味と勧めてくれ、とりわけ茎と葉が美味いと実物を片手に力説された。

圃場で作物を目の前に生産者から聞く話は多いに説得があり、自分がタマゴの配達中であることをウッカリ忘れるところだった。

ムラオカさんをはじめ、農園と同じ地域で、私と同じ世代の後継者、あるいは新規就農者として農業に携わる方々と鶏糞がキッカケで交流をはじめて5年ぐらいになる。

今まで近くにいながら接点がなかった農家さんとの「友達の輪」も次第に広がってきつつある。

それ以前は「不要な物を処分する」感覚で地域の先輩の方々に鶏糞を委ねていたが、同世代の農家さんに必要とされるようになりはじめて多くを学びがあり、

私自身も季節の移り変わりを圃場の作物から感じ取る感覚が少しずつ身についてきた。

それぞれ立場は違うものの、同じ地域で汗を流して働く喜びや苦労を共感できる「はたらく仲間」は大変心強く、ありがたい存在でしかない。

あだちまさし。

白飯300グラム

冷たい風と小雨、かなり肌寒い農園作業を終えて配達に出掛けた。

山口フジの配達を済ませてセルフスタンド。給油中に山から吹き降ろしてくる風が猛烈に冷たい。盆地なので山との間には遮るものがない。

スタンドの店員に「ぶち寒いねぇ」と話しかけると「このあたりでは鳳翩おろしと呼んでます」と初めて聞く単語で返答があった。

「鳳翩おろし」と言われると吹き付ける風が一層冷たく感じ、聞くんじゃなかったと後悔する。

湯田温泉街を抜けて、開店前の「野菜工房」へ納品。

県内各地から開店前に有機野菜が宅急便で届き、店内で陳列をする店員さん、こだわり食材を使った弁当づくりをする店員さんが忙しく働かれている。

慌しい店内を取り仕切るのは「野菜のソムリエ」山本店長。忙しそうだったが朝の挨拶と最近の話題。

「今日の弁当はボチボチだけど、明日の朝が大忙し」とソムリエ店長。

レノファ山口から試合遠征の移動中に選手が食べる弁当の受注が入っているようである。日曜日は栃木SCとアウェーゲーム。

栄養管理をするトレーナーから細かい注文が入り、一人当たりの分量なども指定があるそうだ。

選手一人あたりの白飯が300グラムらしく、いつもの容器では間に合わないので大きな弁当箱を用意して栄養満点の料理の数々が詰め込まれる。

「もちろん、しんあい農園のタマゴもゆで卵にして入れますよ」とのことで、意外なところでJリーガーと接点が出来た。

3月11日(日)。J2リーグ第3節 VS 栃木SC戦は栃木グリーンスタジアムで14時キックオフ。

山口県産こだわり食材をタップリと詰め込んだ「野菜工房特製弁当」で胃袋を満たした選手の方々が活躍する姿が楽しみである。

あだちまさし。

きんかんの砂糖煮

朝食のヨーグルトに「きんかんの砂糖煮」を2つ添えた。

昨日の配達途中に有帆朝市に立ち寄り野菜と一緒に購入したもの。ビタミンが豊富でのどや風邪に良いと商品を受け取りながらセールストークを聞いた。

有帆朝市会のメンバーにはパートのYさんや、長いお付き合いになるタマゴのお客さま、定期的に鶏糞を取り来園されるご婦人も多くおられる。

旬の野菜の話や、野菜の生育状況、メンバーの年齢構成など、Yさんが農園で仕事をはじめられてから耳にする機会も増えて、耳から入れた情報で理解も深まったと感じていた。

朝市の近所に住まいがあるタマゴのお客さまにも、やはり耳から仕入れたオススメ商品を配達の際に宣伝させてもらったこともある。

私が有帆朝市に立ち寄ったのは今まで2回ほど。いずれもYさんに業務連絡があり、配達途中の僅かな時間に車を止めただけ。

朝市メンバーの皆さんが無農薬で野菜を栽培されているのも知っている、循環型農業を勉強され、実践されているご婦人がいることも知っていた。

しかしながら私たちとは商業規模が違うので、何となく心の何処かで「一線引いて」お付き合いしてきた自分がいたように思う。

ここ最近「心のゆとり」のなさが原因で起きたマイナス事案が次々とあり、落ち着きなく仕事をしている自分に少々嫌気がさすこと多かった。

昨日、朝市に何か目当ての野菜があったわけではないが、そんな自分のトゲトゲした気持ちを静めようと車を止めて、残りわずかになった野菜を眺め、勧められるままに加工品の試食をして、流れにまかせて買い物もした。

今年の冬は厳しい寒さで野菜の生育不良が続き、並べる商品が少ないため店じまいをするのが早いとYさんから聞いていた。

そんな中でも週二回、12年間休まず朝市を開催されている。厳しい気象条件を悲観するわけでもなく、声を大きくしてこだわりを押し付けるような売り方はされない。

メンバーのご婦人方は愛情を込めて育てた野菜が売れるのが心から嬉しいといった表情をされ、お客さまへのアプローチも自然と熱をおびている。

そんな朝市のテントの中は笑顔と活気があって、良い気分転換になり心地よい刺激を受けた。

あだちまさし。

名残惜しい送別会

午前さま。春の嵐の中、辛い朝をむかえた。

昨日は長男の卒業式。13時の式にはじまり、部員総出のお別れサッカー大会、19時から防府グランドホテルに場所を移し保護者会主催の送別会。

家内が行事に参加したので、私は日曜日の仕事を終え、下の二人の子どもを連れてホテルまで迎えに行った。

久しぶりの家庭サービスなので、あらかじめ調べておいた場所で安価な外食を楽しみ、甘い物まで子どもにサービスして、ホテルに到着したのが21時すぎ。

長男が高校に通いはじめて多くの方にお世話になったが一度も行事などに参加したことなく、最初で最後なのでサッカー部の監督さんにお礼の気持ちを伝えたかったが、

熱く充実した部活3年間の送別会が終わったのは23時半ごろだった。

大勢の部員から囲まれた監督さんに挨拶することは叶わなかったが、長男も家内も充実した表情だったので○として岐路についた。

長男の高校生活も終わり、夕食時に顔を合わせる時間も少し増えたので、少しずつ思い出話を聞かせてもらいたいと思う。

良き指導者、友人や今まで支えて下った多くの方々のおかげで無事卒業できた。

本人は気付いてないかもしれないが多くの方々のお祈り添え、お力添えもあった。ただただ心から感謝である。

私たち家族の新たなスタートラインも見えはじめた。

あだちまさし。

そろそろ原木椎茸も

「おぉーさぶ。さぶいぞなぁ」

お昼すぎ、翌日の朝市で販売するタマゴを受け取りに来られたTさんのご挨拶。

今朝も大霜で冷え込んだ。8時すぎ頃から太陽に照らされポカポカ陽気になると期待したが、午後から曇り。雲が日差しを遮るとまだまだ「さぶい」。

齢80歳を越えられたが地元では「しょうちゃん」と愛されるTさん。週2回、キチンとご注文があり、ご自分で受け取りに来園される。

稲作の傍ら、ご自分では食べきれない量の様々な野菜を栽培されている。週2回の朝市「おいでませ吉部」の売場が賑わいを切らさないための営みである。

椎茸の原木も毎年更新されるのには頭が下がる。道の駅などで「原木椎茸」をチラホラ見かけるようになったので椎茸の生育状況を少し尋ねた。

「だいしょ椎茸が出てきたが日が照らんので寒くて大きく肥らんいぃの」とのこと。おそらくアチコチから顔を出してはいるが収穫するには小さすぎるのだろう。

明日は気温が一段あがり春本番の陽気が期待される。その後、月曜日の明け方から雨の予報になっている。

おそらく明日の夕方は降雨前の椎茸を収穫、雨上がりには、また収穫と忙しくされるであろう。

週明け水曜日の「おいでませ吉部」にはTさんの収穫された原木椎茸が並びそう。

少しずつ暖かくなり、売場の野菜が活気を取り戻しつつある。

あだちまさし。

二日前の新聞より

「ごはんつぶ残したら目がつぶれるの?」と聞く子がいた。

私たちはお米の国に住んでいるからね。お米は日本人にとって特に大切な食べもので、それを粗末にするなんて、バチが当たると言われてきたんじゃよ。

食べものはみんな生きている、命あるもの。肉や魚も、お米や野菜も、私たちは食べることで、その命をいただいて生きている。だから感謝して残さないようにいただかないと、もったいない。

目がつぶれるというのは、ごはんを残したり食べものを粗末にしたら、命や本当に大切なものが見えなくなるということじゃ。

・・・と言いながら思い出した。節分過ぎに、あちこちから「もったいない、もったいない」という声が聞こえてきたことを。

売れ残った恵方巻きが大量に捨てられるのはあまりにもったいないと多くの人が言っていた。その一方で、恵方巻きは一日だけど、おにぎりは毎日もっとたくさん捨てられているのだと言う人もいた。

食べものが捨てられるのは、おにぎりでも恵方巻きでもなんでも、本当に一番もったいない。

「一粒残さず食べるべし」と言いながら、売れ残った大量ののり巻きやおにぎりのごはんを捨てるなんて、まるで大人の方が命の大切さが見えなくなっているんじゃなかろうか。それでは子どもたちに合わせる顔がないよ。

食べものを捨てることがなくなるようにするにはどうしたらいいのか、考えないといけないね。もったいない。

(もったいないばあさん日記より)

頼りになるひとり親方

昨夜は暴風雨。5〜8メートルの風。強風は今日の夕方まで続いた。

朝6時すぎ農園への橋を渡る途中で鶏舎の照明が点灯していないことに気がついた。

暴風雨だったので、雨が吹き込み何かしら不具合が起きていると感じ、配電盤を確認すると鶏舎の照明全体の半分をまとめるブレーカーが落ちていた。

台風や湿度が高い梅雨時期などに、たまにあることだが、この時期にこんなことは珍しい。

自分で予想できる事を考えながら手早く採卵を済ませ、8時前に頼りになる近所の電気博士の田中さんに電話をかけた。

今回の故障では5棟の鶏舎、その鶏舎では10群を飼育し、照明は朝4時前にタイマーで自動点灯するようになっている。

田中さんは農園の施工業者ではないが、電気関係のトラブルを10年ちかくお世話になっているので、だいだいの事情を掻い摘んで説明しただけで理解して下さる。

私の仕事量も理解して下さり、私も「ひとり親方」で電気工事をされる田中さんの仕事量もよく理解している。

「16時ごろだったら伺えます」と電話で回答をいただいたので、それまで出来る限りの仕事を済ませて、田中さんの仕事が日没までの僅かな時間で効率よく進むよう、私は助手になった。

まずは漏電、もしくは断線の箇所を見つけることから。一旦、鶏舎をひとつずつ絶縁したところで、リレーを確認していく。

幸い40分ほどで原因箇所が断定でき、今度はその鶏舎の照明器具の確認。どうなることかと心配した一日だったが、日没までに何とか復旧にこぎつけた。

鶏舎を立てる時には想定していなかったことが年を追うごとに増える。自分の力だけでは、どうにもならないことも多い。

私ども仕事を理解して下さる近隣の業者さんにはお世話になることが多く、その殆どが緊急工事。

電気工事の田中さんは同世代。水道工事の杉本さんも同世代。

いつも、いつも心からありがたい。

あだちまさし。

反芻

今朝、Fさんと顔を合わせ簡単に挨拶をし、昨日のドーナツの行方を尋ねた。

帰宅するなり一個は自分が食べて、残りは家族で分けたようだ。甥っ子のまぁくんは朝食代わりにチョコドーナツを食べて登校したと聞いた。

家庭での話題が少し膨らんだようで私も嬉しい気持ちで一日をスタートさせる。

配達の途中、昨夜、彼と話した内容を反芻しながら運転した。自分が投げた言葉と、それに答えた彼からのわずかな言葉。

仕事時間外なので、こうしなさい、ああしなさい、というような言葉は使わず、最近、仕事で感じたことを彼自身の言葉で表現できるような問いかけを心がけ、できるだけ時間をゆっくり使って会話をすすめる。

私の問いかけに対して「うーーーん。うーーーん。」と長い時間考え、「それは僕も考えながらやってます」とか割かし簡単な言葉で答えが返ってくる。

私も、その場では「そうよね」とか肯定しながら頷くが、翌日、彼が「うーーーん。」と考えながら発した言葉を、もう一度、反芻してみるのである。

お互いに理解したつもりだがら行き違いはないか。お互いの仕事に甘えはないか。頼んだ仕事に無理はなかったか。など。

私も「うーーーん。」という具合で反芻してみる。

この「うーーーん。」タイムは彼と共に仕事を進めていく上で、かなり重要な役割を占めている。

あだちまさし。

とにかくな1日

今朝は大霜。6時の気温−1℃。

−1℃って、こんなに寒かったかと自分の感覚を疑うぐらい冷たい朝の採卵作業。

指先が言うことをきかずタマゴを何度が落として割った。

餌入れをIさんが始める八時半までは一人作業なので、2度目の失敗までは自分に対して小さな舌打ちをするぐらいで済んだが、

3度目に落とした時に、冷たくなった指先で作業が思うように進まない苛立ちが爆発し「あぁぁーもぉぉぉ!!」と大きな声が口をついて出た。

大きな声に驚いた鶏舎の鶏が騒ぎ、何事か分からない隣の鶏舎の鶏もつられて騒ぐ、おまけに作業場でうたた寝していた犬まで吼えた。

とにかく寒い朝だった。

仕事を終え、年が明けてはじめてFさんと食事に行った。

いつもなら彼が食事をする様子を見ながら、私は酒を飲み、言葉をボツボツ投げるのだが、今夜は彼と同じように丼を持ち、飯と肉を交互に一心不乱で口に運んだ。

あまりにも勢い良く食べすぎて早々と店を後にし、時間があったのでフジグランでお土産を買うよう彼に勧めて、一緒にドーナツをゆっくり眺め買い物をした。

少しの気分転換になってくれれば嬉しいが、もしかすると、そうでもないかもしれない。

とにかく腹は一杯になったことだけは確か。

あだちまさし。

ダルマヤ

宇部で「だるまや」と言えば「うどん」

中央町にあった「だるまや食堂」を思い出す人が多いことと思う。

私も小さい頃、バスに乗って、たまにの祖母との買い物の昼食は決まってココのうどんだった。何を買い物したかは憶えていないが食堂の記憶だけは鮮明である。

一人で出歩くようになっても昭和の雰囲気が漂う食堂はいつも目に留まっていた。ドアのない店先には、いなりや巻き寿司が並ぶショーケース、その隣には看板ばあちゃんが座っている。

まわりの街並みが移り行くなか、長年、同じたたずまいの食堂は私たちに安心感を与えてくれていたが、5年前、隣接店の出火により全焼し、60年の歴史に幕を閉じた。

そんな歴史ある食堂のように「長く続いていくお店にしたい」と願いを込め、店主の上田麻樹さんが今月、宇部市中央町にオープンした「ダルマヤ」さん。

農園のタマゴを使った料理をメニューに加えて下さるとのことで、夕方、サンプルを持って打ち合わせをさせていただいた。

落ち着いた雰囲気のバーカウンターがある店内は、あまり人には教えずに独り占めしたいようなお洒落な空間だった。

タマゴを通じて、私どもも長いお付き合い、お引き立ていただけるよう心からお願い申し上げます。

あだちまさし。

○お酒とカフェ 「ダルマヤ」
 宇部市中央町2-2-12
 0836-34-6820

労働集約型日曜日

気温はボツボツ上がってきたが、今日は日差しを雲が遮り、割かし肌寒い一日になった。

10時に作業場のストーブを消したが、お昼から再度、作業場に暖をいれた。

労働集約型産業の日曜日。

あれやこれやと、やらなければいけない仕事があるが体は一つ。一緒に働くFさんの仕事もボリューム満点。

早起きし、朝の仕事を一時間ほど前倒しに進めたうえで、午後からの力仕事を少しだけシェアしてもらう。

スイッチボタンを押して眺めていると終わる仕事は一つもなく、常に体を動かしながら、頭の隅の方で様々なことを考える。

生産が少し上向き加減に転じてきた。昨年末のローテーションの不具合分を除けば、ほぼ順調に推移している。

この不具合分の遅れをいかに取り戻すかが、今後3ヶ月ぐらいの大きな課題になる。

鶏の産卵活動は、厳しい暑さや寒さで少なからず減少する。

餌を食べ、命を繋ぐ体力は維持しているものの、気候が厳しくなると、自然と命を保つことを体が最優先するので、産卵、つまり排卵活動を休止する。

これは生きて行く上で必要な「性」なので仕方がない。病気で産卵が低下するわけではないので、活動しやすい気候に戻ると産卵活動も正常化してくる。

今年の冬は特に厳しい寒さが続いたので、一進一退という状況が長く続いたが、日々の生産が安定するようになってきた。

卵殻の艶、大きさ、産卵時間の足並みも揃い出し、物は言わないが鶏の体調が上がってきていることを感じる。

農園の梅の蕾はまだまだ堅いが、膨らみは少しずつ大きくなってきている。

あだちまさし。

大難を小難に、小難を部なんに

一週間前、思いもよらない形で病院のお世話になった。しかも救急搬送で救急医療センターへ。

最後に病院へ行ったのは20年前かどうか、そのあたりも記憶があいまい。

病気知らずの健康体というよりは、医者嫌いの無精者で、今回、多くの方にご迷惑ご心配をおかけした。

この一週間、大難を小難に、小難を無難に取り計らい下さったと感じることが多かった。

専門の耳鼻科医師が院内におられ処置にあたって下さったこと、止血処置に5時間かかったが、仕事に大きく支障をあたえる時間でなかったこと、そんな偶然のタイミング。

もっとも、破裂した血管が鼻の中であったことは不幸中の幸いであったと強く感じる。

本日、術後の経過と血圧の診断を受けるべく、午前中に時間を頂いて通院したが、高血圧予防の範囲で最低限の処方を一ヶ月分していただいた。

今後も服用を続けることになるが、自分の心がけ次第で最低限の処方になると説明頂き、ひと安心した。

ただ、大きな厄を小さな厄に変えて頂いたと感じるのは「あぁよかった」という私の人間心が感じているわけで、

この度の出来事に、どんなお取り計らいがあったのが、静かに心の目を開き、心の耳を澄ませて、本当の意味での「人生の分岐点」に出来るよう、もっと心の深い所で感じていく必要があると思う。

そんな中、不思議に感じた事がひとつある。

一週間前の処置室で医師から、今後、内科検診を受けて、薬を処方されるようになるが「お酒はやめましょう」と言われ

「わかりました」と妙に素直に受け入れることができた。すぅっと言葉が腑に落ちる感じだった。

鋼鉄の意志を持って酒を止めるという感じでもなく、また、ところてんのような柔らかい決意とも違い、

どことなく、ふわぁっとしているが、すぅっと心の奥が納得するような感じで、気持ちが穏やかに晴れた。

今まで、どんな気持ちで酒を口まで運んでいたかは私にしか分からないはずだが、医師からの一言は、それを見透かしているような感じをうけた。

あだちまさし。

加速度的に

「○○の身内の者ですがタマゴの支払いは幾ら残っていますか」と配達中に問い合わせあり。

先月末、入院された一人暮らしのお婆さんの娘さんからの電話だった。

毎週2パックをお届けするようになって随分と長いお付き合いになる。

一人暮らしに2パックは多いだろうと何度か尋ねたことがあったが「娘の家族が遊びに来た時に土産代わりにするから」と笑顔で話されるので同じペースでお届けして来た。

ここ数年、配達日が整形外科への通院日と重なっているようで2、3ヶ月分をまとめてご集金させていただくようなリズムになっている。

几帳面な性格の方なので、支払いが滞ったこともなく、私から特に督促もせず。

お隣に住む民生委員さんもタマゴのお客さまなので、一人暮らしされているお婆さんの様子は二週間に一度くらいのペースでお聞きし心配はしてなかった。

先月、新聞配達員がポストに3日分の新聞が溜まったので様子がおかしいと民生委員さんへ連絡。電話をするが応答がないので訪問したところ、脱水状態で身動きが取れずにいるお婆さんを見つけ緊急搬送された。

幸い命に別状はなく、意識もしっかりしていたので一時入院し、体力が回復してから、今後のことは娘さんから民生委員さんに連絡が入ると聞いていた。

その今後のことが決まったので私にも電話があったのだろう。問われるままに金額をお伝えし、振込みされるとのことで送金先を後ほどと電話を切りかけたが、

お婆さんの容態が気になり尋ねると「施設に入るようになりましたから」と。私も、それ以上は立ち入ることなく電話を切った。

農園をはじめて、タマゴをお届けはじめた頃は想像もしていなかったが、一人暮らしの高齢者に関わる同じようなケースは度々遭遇するようになった。

家族のカタチも変化し、高齢者を取り巻く環境も様々。「少子高齢化」という単語を身をもって感じ、その進む速度は自分で想像している以上のものかもしれない。

あだちまさし。

女房床屋で丸刈り

朝6時の気温−0.5℃。夜明け頃は放射冷却で体感温度はグッと下がり、指先動かず。

日中は気温も上昇し春日和。昨夜は期待した雨がなく残念。

今日はFさんに休日出勤してもらい鶏舎の掃除と、床の発酵作業。

井戸から直接給水しながら動力噴霧器を使う予定が水位少なく、給水ホースが届かないので断念して、川から灌水ポンプで300?タンクに給水し、鶏舎まで中継する。

早朝から採卵で鶏舎をまわり、川辺に下ろしたポンプの給油、焼却炉に薪を入れたりと、あちこち行ったり来たりで腰とヒラメ筋が痛む。

夕食後、昨日予約を入れていた「女房床屋」でスッキリ丸刈りに。

長男が高校入学と同時に購入したバリカン。部活の規則で丸刈りが義務付けられていたので私も便乗した。

金も時間もなく、おまけに毛髪も少なくなったので私にとっては好都合であった。

次男が中学に入学し、女房床屋のお客は一時期3人だったが、長男の部活規則が緩和され高校2年から髪を伸ばしはじめたので、現在のお客は2人。

長男も来月いよいよ高校卒業。1月の全国大会が終わり、部活も引退して毎日羽根を伸ばしている。何事もなく卒業式が迎えられるよう祈るのみ。

自動車学校、バイト、友人との外食。今まで部活に費やしてきたエネルギーの全てを使って短い春を謳歌している。

今日は朝から自動車学校、美容室で髪を整え、夜は友人とラーメンを食べるという。

否定もしないし、肯定もしない。あまり口も出さないが、小遣いもやらない。

あだちまさし。

厳冬トンネルを抜けた

先週からボツボツ春の足音を感じるようになった。

この冬は異常気象を感じることが多かった。とにかく寒い、加えて日照不足に水不足。

なかなか生産が上向きに転ずることなくズルズルと時が流れる。

2月7日までは「徹底的な寒さ」。日中も0度以上に気温が上がらず鶏の飲水を凍結させないよう神経が張り詰める。

翌8日、予想気温を大きく下回る「容赦ない朝の冷え込み」。最低気温−8.3℃。凍結防止虚しく、ほとんどの鶏舎の送水管が凍結し、多くの破損事故が起きる。

焦る気持ちをおさえ、Fさんと二人で修理してまわったが、翌日、修理の不備が少しあり手直し。

私は何度も経験したが、さすがにFさんの「ガラスのハート」は、この事態を受け入れるのに時間がかかる。

凍結した送水管が緩んでくるのは気温が1℃くらいに上がってから、日当たりの良い場所から氷が融け始める。

細い送水管の中で融けはじめた氷が膨張し、この「氷のコブ」の行き場がなくなり、塩ビに亀裂が入り水漏れが発生するのである。

凍結防止の排水をしているので亀裂は小さく、水漏れが始まらないと目視で確認するのは難しい。

水の逃げ場所を確保するために排水蛇口をぬるま湯で最大に緩めて、気温上昇の予報を確認しながら、出来る仕事は前倒しに進める。

修理道具を用意し、昼前ごろから破損状況の見回り。氷が緩んだ飲水口「ニップル」から、喉がカラカラに渇いた鶏が一斉に集中するので、それを掻き分けながらニップル以外の箇所から水が出ていないか確認。

亀裂から漏れる水にも鶏が口を開け、舌を這わせながら殺到する。

その亀裂の幅をチェックして周り、被害の確認をしたところで鶏には申し訳ないが、一旦、全部の鶏舎へ流れる始水栓を止め、被害の大きい場所から優先的に保全工事をする。

作業を手伝うFさんには伝えなかったが、2月8日の破損事故は農園はじまって以来、最大級の事故で確保していた保全材料も底を尽きた。

2日かかりで保全作業をしたが、どうしても目視で確認できない亀裂が2箇所残った。

日中は鶏の飲水活動で漏れることがないが、夜中にジワッと滲んだ水が僅かに床に漏れ小さな水溜りができる。

当てずっぽうに切断作業は出来ず、鶏に「しばらく動くな」と言っても聞く耳はなし。

今日のひとり採卵作業で原因の箇所を突き止め、忙しかったが夜中に僅かに漏れていただろう箇所を保全作業。

おそらく、これで作業完了。となってほしい。

厳しい寒さが続き、辛い作業が続いた。私にも堪えたが、とりわけFさんの「ガラスのハート」がズタズタになった。

しかし、この経験が自分にとって「大きな収穫」だったと前向きに受け取れるよう彼へのフォローは大事であろう。

この冬の経験で、私も少しだけ辛抱強くなった気がする。

あだちまさし。

心あたりがある事案

昨夜、夜更かしをしたので辛い朝となった。

川へポンプを降ろし、Fさんと採卵、パック詰めをして、いつもより一時間遅れで配達へ出かけた。

赤崎神社のとなり「松原分校」が折り返し地点。ここで車の前後の荷物を入れ替える。

ちょうど、その最中に「アマゾン」からメールが入った。未納料金が発生している旨と「本日ご連絡なき場合は法的措置に入ります」と書かれ、

連絡先の電話番号「03−6709−0410 アマゾンジャパン相談係」とあり、心当たりはなかったが「法的措置」という言葉が気になり、忙しかったが電話をかけた。

電話口の男に淡々と「お名前と生年月日をお願いします」問われたので正直に答えたところ、少々待たされて

「○○というアダルトサイトの配信料が一年間未納になっており、遅延金を含めて26万円になっています」と淡々と語るのである。

身に覚えがないことだったが「26万円」に驚愕し「それは何かの間違いですよ。しかも26万円なんて持ってないし、しかも私の携帯はガラケーですよ、ガラケーからは見れないでしょ、そんなサイト」と声を荒げて畳み掛けた。

「故意にではなく、サイトのバナー広告をクリックしたガラケーのお客さまトラブルが最近、多発していますので、お客さまの過去一年間の接続状況を確認してから、こちらから折り返しご連絡いたします」と電話は切れた。

電話を切った途端に背中に寒いものが走り、膝がガクガクと震えた。声は荒げて反論したが「心あたりがある」。

つまり○○というサイトのバナー広告を見かけたことがある。といういうことは、そういった如何わしいサイトを覗いたことがある痛い腹があるのである。

ただ、私のガラケーからの閲覧は不可能であったが、それが一年前だったが記憶になく、不可抗力でバナー広告をクリックしたことがあるかもしれないと動悸が一段と早くなる。

お世話になっているドコモ店長の宮川さんに電話しようと思ったが、話の最中に「法的措置」があると困ると思い、相談係の男からの電話を待った。

折り返しの配達は気分もうつろ、26万円という額は私の判断だけでは右から左に動かせないので家内をどう説得するか落ち込み、26万円を貸してくれそうな友人の顔を思い浮かべながら返済計画などを考え憂鬱になる。

自分のスケベ心に反省し「どうぞ神さまお助け下さい」と土壇場の神頼みをしながら配達を続けた。

農園に帰るとボリュームある仕事が待っている。その後、相談係から電話はなかったが、こんな気持ちでは仕事ができないので宮川さんに電話するが留守電。

農園に帰り、顔では平静を装いながら重たい気持ちで作業を始めたところで、宮川さんから折り返しの着信があり、鶏舎の陰に隠れて、鶏にも盗み聞きされないよう背を向けて事情を説明した。

「実はアマゾンからメールがありまして・・・」と伝えると、メールは開いたんですか?電話をしたんですか?個人情報を伝えましたか?と早口で質問があり、事の顛末を伝えた。

宮川さんから「それは迷惑メールですよ」と言われ、放心で腰が砕ける。

今後の対応などをアドバイスしていただき、私の悪事は問われることはなかった。

私のスケベ心で家族に迷惑をかけることがなかったことに安堵し、ガラケーがある限り、ガラケーを愛し続けることを心に誓った。

あだちまさし。

心が慣れない仕事

私の仕事は鶏を飼育する畜産農家である。

たくさんのお客さまに支えられている鶏との営みで愛情を持って関わっているが、それはペットを可愛がるような愛情とは別である。

畜産農家で飼育される家畜は産業動物あるいは経済動物と言われる。

タマゴを産む鶏と、食肉になる鶏の飼育期間はそれぞれ違うが、いずれも費用対効果を計算された人間の生活を支えるための「命」。

日々、私たち人間のくらしを支えるために命を燃やしてもらい、その鶏の「寿命」を決めるのも生産者の仕事。

私たちの農園で生産し販売するタマゴの8割以上は対面販売。

気候条件による産卵状況をお客さまにご配慮いただきながらお届けさせていただいているので、需給バランスによって、私が鶏の「寿命」決める。

今日は鶏の出荷。様々な事情を勘案しながら、この群の「寿命」を切った。

また、淘汰される鶏を受け入れる食肉処理場を取り巻く環境も厳しくなっている。

必要に迫られて捕鳥作業を見直し、以前より随分短い時間で作業を終えられるようになったが、

「やったぁ終わった」という爽快感は余り伴わない、だからと言って涙ながらにお別れするような気分でもない複雑な「命」をいただく心境は未だに慣れない。

お客さまに喜んでいただけるタマゴを生産し、鮮度の良いタマゴをお届けするには、切っても切れない畜産農家である私たちの仕事なのである。

出荷作業は、かなり体力を使うので他人に丸投げしたいが、それはでは申し訳がないと常々感じている。

鶏の「寿命」を切ることには未だ慣れないが、この仕事に携わった以上、慣れない方が良いと最近は感じる。

どれだけ作業の効率が上がっても「命」をいただくことで生計を立てているのだから。

あだちまさし

声なき声

久しぶりに冷え込み少なく穏やかな朝。昨日は、氷点下6度の朝で満月が照らすキンキンの冷え込みだったが。

お客さまから「寒さで鶏は大丈夫か」とご心配いただく、今年の冬は寒さが厳しいので、例年より多めの声をかけて頂いている。

産卵率や歩留まりの悪さは若干否めないものの、日長が伸びて行く季節は産卵状況が向上する。

比較的、若い鶏がの群に大きな「二黄卵」をポツポツと混じり、初産が早く、産卵ピークに到達する期間が早い。

ありがたいことではあるが、季節の変わり目は「事故」が多い、秋口はベテランならでは事故が多く、春口は若い群に「事故」が多い。

日長が伸び、タマゴを産みたくなった若鶏が一斉に好みの巣箱に入りたがり、ラッシュアワーで一番先に入った鶏が出口を失い「圧死」することがある。

1月中旬から産卵をはじめた群の久しぶりにラッシュアワー事故あり、気がかりな毎朝の採卵作業。

「何でこうなる?」と鶏の行動に苛立ちを感じることが多々あるが、声なき声は「先回り」して耳を澄ませるしかない。

ひとつヒントが浮かび、試してみると、うまくいかない。サジを投げたくなるような経験も数え切れない。

人の心で「これなら良いだろう」と思うことでも、鶏との意思疎通は難しいのである。

かなり遠回りの人生を歩んでいると感じることがある。鶏や自然の道理を知らないままに始めた仕事なので。

よく耳にする「壁に当たる」という感覚を、毎日の気忙しさの中で見落とし、知らず知らずに四方が壁になっていることも多い。

2月は3日ほど少ないのでカレンダーをみながら、作業の予定を立てると少々胸が詰まるが。

春はすぐそこなので、顔を晴って前を向いて仕事に取り組みたい。

あだちまさし。

それはそれ

「夜中にワァワァ言うな」と家内が言う。

記憶はないが、家内の話を聞くとワァワァ言っているようである。寝言か正気か私には分からない。

私のワァワァのせいで家内が寝坊し、次男が始発に乗り遅れたか、家内が電車を追いかけて車を飛ばしたか。

ワァワァの主の私も二度寝し、Fさんに迷惑をかけた。

灌水ポンブの始動が悪かったり、悪天項でたまったゴミの焼却作業だったり、日頃より多くの仕事が農園で山積み。

少し仕掛かりの選別があったが、久しぶりにギブアップして翌日にまわした。

水曜日からの冷え込みで長時間労働がつづいた。明日からの仕切りなおしで作業を後に倒したが、

これはこれで「自分の責任」。

あだちまさし。

そろそろ季節の変わり目

毎朝、通過する小野大橋。おおげさに大橋というほどの橋ではないが・・・

夜明け前からワカサギ釣りの釣り人がヘッドライトをつけながら釣り糸を垂らす姿を拝見しながら徐行運転で通過する。

今朝はうっすらと積雪もあり、足元からの冷え込みが相当厳しいだろうなぁと想像する。

積雪、低温の夜明け前、私も仕事がなければ布団の中に長くいたい時間だが、橋から釣り糸を垂らす姿に「好き」って良いなぁと感じる。

夕方、農園の川沿いに、白いランクルがとまった。

昨年の春先には、この車が来るのと同時に大変な釣り客が増えた。厚東川を登ってくるブラックバスを目当ての釣り人である。

昨年、この「白ランクル」の持ち主と以外な所で出会いがあり、少しだけバスの特徴をを教えてもらった。

気温は低いが、そろそろ季節の変わり目。

ボディーブローのような低温が続く

今日で3日目の終日マイナス気温。排水口が出る水を調整しながら凍結防止。そして川からの灌水2日目。

2週間前の冷え込みは、最初に水分をたっぷり含んだ重たい雪が積もり、寒波が緩む雪解け水で川も井戸もかなり水位が上がった。

今回はサラサラと雪が降り、期待した積雪もなく、ボディーブローを打ち続けられるような低温が続いている。

水曜日の夕方に思わぬ冷え込みの底がきて、終日ポタポタと排水していたにも関わらず、ポタポタが氷柱に変わり2鶏舎凍結した。事故はなかったが天気予報と、自分の判断が一度外れると臆病になり凹む。

鶏舎を立てた場所で日当たりや、冷たい北風が吹きつける各鶏舎の条件が違うので少し凍結防止の排水量を私が調整する。

昨日の予報では今朝の最低気温マイナス3℃。実際にはマイナス1℃前後だった。

鶏の飲水は確保出来ていたが、排水が3箇所ほどポタポタが下から氷柱になり日中も低温なので心配だが、焦っても、怒鳴っても、嘆いても、どうにもならないことなので、Fさんが出勤して来る7時まで各鶏舎を一回りし、

7時すぎに二人で川までホースを伸ばし井戸周辺への散水。昨日より灌水ポンプのアクセルを緩めて満タンで2時間程度作動するように手加減し、ただ「ポンプは止めないように」と理由を説明し彼の表示から理解してもらったと感じた。

排水口の凍結は自然に解けることはないと思ったが「昼前に確認すれば良いから」と時間の猶予を与えた。いつもより心配事や仕事が増えるので出来るだけ気持ちのゆとりを持ちながら、いつもどおりの気配りをしてもらいたいので。

私も道中の道路状況が気になったが、慌てて出発しても、しょうがいないので8時半に荷物を整え、もう一度、凍結状況や井戸の水位などを自分の目で確認し出掛ける。

15時ごろ「水は大丈夫です。ポンプは配達から帰るまで動いていると思います。」とFさんからメール着信。

「ありがとうございます。大変お疲れさまでした。」と返信し、16時まえに農園へ戻り、日没前の鶏舎をまわる。

彼が氷を溶いてくれた排水口からポタポタ。灌水ポンプは機嫌よく回っていた。

気候を自分の力で変えることは出来ないが、ヒスやジラを出さずに彼と協力して仕事を進められた一日がありがたいと思った。

あだちまさし。

想定のウチとソト

午前3時すぎボンヤリ目が覚めて、農園付近の気温などの実況値を携帯で確認。気温がマイナス3℃ぐらいで安心したが、日中も予報どおりのマイナス5℃。

雪が降っており、凍結防止の排水もしっかり確認していたので、さほど深刻ではなかったが、明け方の気温が低下するのが気になり、茶漬け胃袋に流し込んで家を出た。

少々、路面凍結はあったが想定内で運転でき、農園へ着いて、流し場の桶に溜めてある水の凍結具合を足で踏んで確認する。

「グシャリ」という具合のシャーベット状で、おそらくマイナス2℃前後だろうと安堵して、ゆっくり鶏の産卵をおいかけながら鶏舎を2度まわり、パック詰めをして配達に出掛ける。

パートさんには「日中もマイナス気温なので緩めた蛇口はそのままで」と伝えたが、予想していたほどの冷え込みはなく、どちらかというと、排水に使う水と、その際にまわるポンプの電気代が気になり、出掛ける前に2つほど鶏舎の排水量をしぼった。

積雪はそれほどなかったが、気温が低いため吉部は路面凍結、でもこれは想定内。一軒目の万倉から船木、有帆、西宇部は想定外の凍結。小野田市内、特に叶松住宅あたりの日陰斜面道路の凍結はヒヤヒヤしながら車の尻をフラフラさせながら。

朝が早かったので配達帰りに農園近くの「夫婦岩」で車を止め15分ほど仮眠してから作業に加わる。風は冷たく感じたが、朝方に念を入れて排水状況を確認していたので、今日のタマゴの歩留まりを一つ一つ確認しながらのパック詰め。

午後5時すぎ排水状況を確認。排水口から凍結が始まっている鶏舎が2つ。朝方、私が排水を絞った鶏舎である。携帯で実況値を確認するとマイナス4℃強。

ストーブでユラユラ湧いたヤカンを手に持ち、熱湯を布巾にかけながら、排水口から凍結する飲水器をゆるめてまわるが、あえなく日没をむかえ、作業を諦めた。

明日は空き鶏舎の清掃も予定どおりにこなしたい、気候は不順、タマゴのお届けも後回しにするとご迷惑がかかる。

日没まで鶏舎で鶏の飲水を確保しながら、携帯にてアドバイスをいただく、一気に凍結を回避したい。焦る気持ちで相談したが、電話を切った後、私の想定内を見直す。

夜も遅かったが、今までの破損状況、凍結解除の方法を相談し、ひとつ物事の道理を学べたと思う。

明日は朝からピンチである。

経験上、これは間違いないと、何もかもが信じられないといったら嘘ではないが、想定内のおかげを感じ、想定外のことを常に自分の糧にしたい。

あだちまさし。

明日からの冷え込み心配

朝6時、気温3度。くもり。採卵をはじめて30分ぐらいで汗をかき、一時間ほどして重ね着したベストを脱いだ。

日長が次第に伸びる時期にかかり、朝の産卵時間が早まるのでFさんがいない独り作業は根気がいる。前後、右を向いても、左を向いても賑やかな鶏の産卵ラッシュアワーを隙間をぬうように手早く採卵する。

明日から予報どおりの寒波到来。13時に宇部市の防災メールで「水道管の破裂に気をつけて」と着信。井戸の水位を気にしながら凍結防止の排水を済ませて配達に出る。

久しぶりにライトを点灯せずに自宅に戻り荷物を降ろした。腹も減ったし、風呂にも入りたい。と考えていたが、鶏の出荷打ち合わせなどをした後、

有帆朝市会のご婦人から電話があった。

配達で朝市の近くを通過するが今まで数度しかお伺いしたことがない。とてもアットホームな雰囲気で活動されていて、少し時間をつくって立ち寄るだけで農園の理解も深まるだろうと感じながら。

明日は受け取り荷物が発生したので、受け取り時間の約束をして電話を切った。

農園で木、金曜日の選別パートYさんは有帆朝市会のメンバー。自身で栽培された野菜や果実などを出荷されているが、なかでも自家製こんにゃく芋で手作りした「こんにゃく」が人気商品になっている。

Yさんの自宅が宇部市と小野田市の境なので、路面が凍結する日は前もって休みを伝え、農園は凍結シフトに変える。今のところ、このシフトで賄えているので良いが、代わりをお願いするパートさんも高齢に差し掛かっている。

Yさんは「雪の日はお休み」という約束はつくりたくないが、渋滞と凍結道路のリスクは私自身避けたいのである。

明日以降の予定を電話で伝えても良かったが、有帆朝市に便が出来、皆さんの暖かい会話に混じりながら、週末の予定をお伝えしようと思う。

朝市会のメンバーとワイワイ話しながら、農園作業をご理解いただけると幸いである。

あだちまさし。

切れかけたご縁の糸

「今年からタマゴはスーパーで買いますから、次回からタマゴは結構です。」

15年以上、毎週水曜日にお届けさせているお客さま。東広島に住む友人Kの奥さまのお母さんからである。ご立腹の電話はピシャリと切れ、年明けから後味の悪い短い会話になった。事情は少し察したが、私自身も疲れた心と体に痛く堪え「仕方がない」と諦めの心が先に湧き出てしまった。本来ならばお詫びが先なのだが。

正月3日は配達をお休みすることをお伝えしていたつもりが漏れがあったかもしれない。年末に追加注文を受け切れなかったお客さまには正月2日にまとめて配達させて頂いたが、その案内も忘れていたかもしれない。行き違いでタマゴ不足のストレスをお母さんにかけてしまった様子だった。

電話の感じだと、私の不行き届きで、もしかすると今まで結んでもらった「ご縁の糸」が切れてしまうかもしれないと感じ、重たい心を引きずりながらの第2週目、今年初めての水曜日配達便を迎えることとなる。

毎週水曜日は小野田市内を中心に80軒のお客さまにタマゴをお届けしている。いつもなら車にタマゴを積み込み、気合を入れてエンジンをかけるが、先日のピシャリ電話で「12月分の集金だけで結構です」と頼まれおり、やはり心は曇り模様。こんな時はミスがありがちなので後戻りして、余分にタマゴを2パック載せて出発した。

学生時代の友人Kから結婚披露宴の案内が届いたのは農園で仕事を始めて間もない頃。広島市内で知り合った年下の彼女が宇部市出身と聞いて不思議な縁を感じた。披露宴当日は半日仕事をして広島市内の会場へ向った。短い時間ながら久しぶりの休日と昼間から大いに酒が飲めるという開放感で大いに心を躍らせて。

「新婦が宇部出身」と不思議な縁を感じていたので、最初に新婦のご両親にお酌に行った。手短に挨拶を済ませて、親族が座られるテーブルを後にしようとすると同じテーブルに見覚えのある顔がある。お互いにいつもと違う服装で、場所は広島。すぐには気付かなかったが毎週タマゴをお届けしている奥さまがキョトンと私を眺めて座っておられる。新婦の叔母にあたると聞き、知らず知らずに頂いていたご縁に驚き、偶然の悦びに身をまかせて、披露宴とは場違いな「タマゴ談義」に花を咲かせた。酒の勢いも手伝い、農園やタマゴのことを大きな声で自分勝手に語ったと思う。

一週間後、新婚旅行帰りに友人夫婦が、お父さん、お母さんを伴い農園を訪問してくれた。
披露宴会場で熱く語った「タマゴ談義」がお母さんの心に少し響いたようで「働く姿が見たい」と嬉しい来園。運動場で遊ぶ鶏を見ながらのお母さんからの質問はどれも的確で、日頃から食材にこだわり調理されている姿勢が想像できた。その日から17年ぐらいのお付き合いになる。

温和なお父さんは、やさしい口調で農園作業を労って下さり、チャキチャキのお母さんはタマゴ宣伝部長のような働きで、職場の同僚、ご自身が通われている料理教室の友人など多くの方に農園をご紹介下さり、その都度、タマゴとお客さまの縁を切らさないようと「ご縁の糸」をしっかり結びつけて下さった。

ハンドルを握りながら、今までことを思い出しご自宅へ着いたのは正午前。とにかく素直な気持ちでお詫びしようと玄関のチャイムを押す。

後味が悪い電話の後だったのでお母さんも気まずい表情をされておれたが、私の不行き届きをお詫びし、年末年始にタマゴが少なくて困ったという話を一つ一つ聞かせて頂く、正月の台所に立つ主婦の忙しさを想像しながら申し訳ない気持ちでお詫びしながら頭を下げる。

それに加えて、友人の一人息子である中学2年生が一人で里帰りし9日間滞在したようである。食べ盛りの孫が「腹が減った」と催促するので、何かつくってやろうとするとタマゴがなく、とうとうスーパーで2パック購入したとのことである。我が家の次男も中学2年生、9日間も家でゴロゴロされると相当ストレスが溜まる。一度や二度、正面衝突しても不思議ではない。そんな場面を想像しながら、父親である友人に代わり、もうひとつ頭を下げた。

しかし、孫の空腹を満たすために購入したタマゴの味が「何かしっくりこない」と言われ、このあたりから話しの風向きが変わり始めた。あなたと付き合い始めて正月にタマゴのことでこんなにストレスを感じたことがなかったと、もうひとつチクリと言われ、意地悪なことばかり言って悪かったけど、と前置きしながら「来週からキチンと届けて下さる?」と問われ、今度はお礼を申し上げて頭を下げた。別れ際に余分のタマゴがないかと尋ねられ、出掛けに余分に積み込んだ2パックをお渡しし、冷たい小雪が舞う玄関を後にする。

切れかけたご縁の糸をタマゴの味で繋いで頂いた。このような間違いは日常のお客さまと取引の中で少なからずあると思うが、親身になって苦言を呈して下さったお母さんに感謝し、ひとつひとつの仕事を丁寧にしなければと気持ちを引き締めた。

あだちまさし。

霜を履みて堅氷至る

昨日の朝は大霜。気温マイナス3℃。前日から予測できていたので凍結防止の排水。排水口からポタポタ落とした水は氷柱になるが鶏舎の事故なく。

霜柱をジャリジャリ踏んで歩きながらFさんと朝の採卵をする。東の空が明るくなってくる時間帯が放射冷却で一気に体感温度が低下する。

園内で使うオンボロのカルディナのエンジンはかけたままで、採卵したタマゴを車に積み込む度に腰をかがめて、寒さでちぎれそうな指先をカルディナのマフラーにあてながら、交互に暖をとる。

今朝の気温は5度。昨夜からシトシト降った雨で湿度高め。

夏場の湿度高めは鶏に堪えるようだが、冬場の湿度の高い日は鶏舎の中で機嫌良く過ごしている。朝から鳴き声も穏やかなのである。

年末年始の作業の負担が体にジワジワと堪えていると感じ、こんな気持ちになると、全てのことに言い訳したくなり、些細なことでトゲトゲと人にあたってしまいがち。

それに加えて、気候が不純なので憂鬱な気持ちが追い討ちをかける。

木曜日、金曜日のマイカー出勤は厳しそうなので、コロコロと変わる予報を見ながら、園内作業と配達の段取りをイメージ。

選別パートのF井さんとYさんは農園の仕事以外で、代々からの土地で稲作や農業を営んでおられ、作業の手を動かしながら聞かせていただく「ちょっとした話」は興味深い。

幼いころから地元で育ち、時代や自然の移り変わりを肌で感じながら、自分で出来る精一杯の仕事を営んでこられた「道のり」を感じることが出来るから。

温暖化や異常気象という単語をよく耳にするので、昔と今を、それぞれお二人が感じている話しや苦労話を聞き、自分が立っている時代と、これから進んでいく僅かな光を見出したく、作業のペースを少し落としながら耳を傾ける。

今日の会話の中で、Fさんが「霜がえし」という言葉を使われた。

気候が安定しないので、昔、父から聞いた言葉は今の時代にはあてはまらないかもしれないと思うけどと後付し、説明してくださった。

先ほどまでネットで調べるものの該当する言葉はなかったが、以下のような「ことわざ」にたどり着き、厳寒を迎える「こころづもり」ができた。

霜を履みて堅氷至る(しもをふみてけんぴょういたる)
.
【意味】霜を踏んで歩く時期が過ぎると、やがて硬い氷が張る寒い季節が訪れるということから、何かが起きる前の小さな兆候を見逃がすと、やがて大きな災難に見舞われることがあるということ。大事に至る前に前兆に気づくようにとの戒めのことば

連休開けは寒さ厳しい予報

この冬、天気予報が不安定。週間天気や翌日の気温予報も朝と夕方では違った数値を指す。

朝令暮改を繰り返す予報を携帯でため息まじりに確認する。明日の最低気温は今朝の時点ではマイナス1℃。夕方確認するとマイナス2℃。

天気は晴れとなっているので、鶏舎の凍結防止で排水をする。朝の時点では「ポッタポッタ」と考えていたが、夕方の時点でマイナス修正予報なので「ポトポトポト」具合に変え蛇口を緩めてまわった。

だいたい夜明け前の冷え込みがきつくなるのだが、今年は気温の実況値を見ると夜中にグッと冷え込む日が何度かあり、予想を上回る冷え込みで送水管が一度破損した。

昨年の12月28日。大忙しの年末作業が山済みの日。

前日の予報ではマイナス二℃予報だったので、多少の凍結は覚悟の上で「ポッタポッタ」の具合で蛇口をゆるめ農園を後にしたが、翌朝、ほとんどの鶏舎が凍結し、深刻な凍結具合の鶏舎が2箇所ほど。

朝の作業をしていても、指先がちぎれるように冷たく、いくら体を動かしても体が温まらない。前日からの実況値を確認すると日付が変わる頃にマイナス五℃まで下がり、明け方までマイナス三℃だった。

木曜日は農園の仕事を済ませ、かなりのボリュームの配達をするが、配達に出掛ける前に大きな凍結破裂が見つかり、仕事を終え帰宅したFさんを呼び出し、2時間近く水周りの修理をしてから配達に出掛け、最後にタマゴをお届けしたのが20時半ごろだった。

一昨日の朝の冷え込みを想定外。前日の予報では最低気温2度。夜中の天気は曇りで、雪が降るとの予報で蛇口は閉めたままで農園を後にしたが、翌朝は「大霜」。

農園に向う途中、夜空にピカピカ光る星空と満月を眺めながらの運転。心の中では「聞いてないよぉ」と呟きながらアクセルを踏んだ。

案の定、鶏舎の送水管が凍結。実況値を確認すると午前三時がマイナス三℃。前後の追い込むような冷え込みがなかったので事故はなかったが、昼前にホッとした瞬間、自分の体が「溶ける」ような感覚を覚えた。

連休明けから冷え込みが厳しいと騒がしい。週間天気を確認すると来週水曜日から冷え込みが厳しくなり、木曜日の朝はマイナス6℃。最高気温は0℃。

予報が当たれば、鶏舎の水が一旦凍結すると一日中ゆるむことはないと思う。

「ポトポトポト」から「チョロチョロ」の排水をしなければいけないので、仕事をしながら井戸の水位を確認し、4000リットルほどを6時間かけて灌水ポンプで散水した。

暖冬も困るが、ほどほどの想定内の冷え込みで「おかげ」がいただけると有り難い。

あだちまさし。

柳屋の千秋楽

365日、農園の仕事を終え、規格外のタマゴを納品させていただく吉部の仕出し屋「柳屋」さん。

11月下旬ごろから仕出しに加え、二階の座敷に宴会予約が入り大忙し。

年末29日からは、オードブル、刺身、おせち料理と配達やら、受け取りやらの豪華料理がカウンターに並び、表も裏もテンヤワンヤの忙しさを毎日、横目に見ながらコツコツとタマゴを納めさせていただく。

年末になると厨房に張られた大きな白い紙に予約を日ごとに書き出され、受け取り時間や配達指定時間など細かく記載されている。

毎年、口癖のように「出初式」までが年末年始、繁忙期のピーク。

出初式は毎年、一番初めの土曜日。柳屋の大きな予定表の第一日曜には、赤いペンで「千秋楽」と書いてある。

Fさんが農園で働きはじめて7年目。彼は地元の消防団に所属しており、出初式には休みをだすので、農園内の作業も出初式を中心に交代で休暇を与える。

年始の配達を休みにしながら、生産や売り上げは2倍にならないものの、現場で働く時間は2倍以上になる。

まぁ、これは仕方ない。

明日は「出初式」。Fさんは消防団の制服に身を包み行進。

私は、農園内の作業をしながら「千秋楽」を迎える。やっと新しい年を迎えた実感が湧いてきた。

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営む

「営む」

○意味:営むとは、忙しく仕事をする。生活のために仕事をする。経営する。職業としてする。神事・仏事を行う支度をする。
○語源:営むは「暇がない」「忙しい」という意味の形容詞「いとなし(暇無し)」の語幹に、動詞の作る語尾「む」が付いた語で、元々は「忙しく物事をする」「せっせと務める」という意味であった。怠ることなく物事に務める意味から、営むは「執り行う」「準備する」「経営する」という意味を生じた。  語源由来辞典より

師走。今年も残すところ10日ほどになった。
大晦日までのタマゴの出荷予定が埋まった。定期のご予約以外で農園に買い求めに来られるお客さまは、いつも鶏の鳴き声などを聞きながら世間話をし、現場の状況を理解して下さっているので、年末の二日間に受け取りが集中する。それに加えて、年末の繁忙期を理解して下さる定期予約のお客さまにお届け日を少し後にして頂き、やはり年末2日間に集中させて師走の配達予定を立てる。こんな感じで一年の仕事を終え、紅白歌合戦が始まるころには、毎年バタンキュウになる。

支えて下さるお客さまがあっての仕事なので、ただただ感謝の「営み」。

鶏にお客さまに感謝して、この時期は「毎日2個ずつお願いします」と深く頭を下げても無理な話なので、生産に弾力を持たせながら、生産の上限のピークを、この時期に合わせながら日々の仕事をこなしていく。

近年、養鶏業の一戸あたりの飼育羽数は年々増加している。少羽数の業者は年々淘汰されていき、薄利多売の過当競争が続いている。この流れに飲まれないよう仕事を進めているが、周囲の環境は年々厳しくなる。

年末年始は、飼料会社、それを運ぶ運搬会社、梱包資材の仕入先、廃鶏を出荷する食肉処理場の発注、予約をするのは、大きなロットが優先されるので、かなり神経を使う作業になってきた。その算段を考えながらの年末作業は、何度経験しても慣れないもので「忙」の一字が常に頭について回る。

ついつい「忙しい」という言葉を口に出しそうになるが、それはグッと堪える。鶏は一日2個タマゴを産まないわけで、気忙しくなるのは自分の「準備不足」だから。

お客さまから「忙しそうですね」と言われると、自分の「経営する」という努力不足を感じながら立ち振る舞いを見直すと、少し恥ずかしい気持ちになったりする。

毎年、この時期「気忙しさ」を後押しする要因は自分で解決できることがひとつ。今年は、自分の力で解決できない要因が、もうひとつ加わった。

12月11日、気象庁から「ラニーニャ現象が発生している」と速報が出た。詳しいことはよく分からないが、赤道付近の海水温が低下して、日本付近の影響としては西高東低の気圧配置が強まり、この冬は気温が低くなる傾向が予報された。11月に感じた少雨や日照不足も、この現象が原因と書かれてあった。小野湖にはたっぷり水があるが、農園の側を流れる厚東川の支流は12月に入って日に日に水位が下がっている。鶏の飲水の確保、凍結防止の排水などで、これから春先まで「水の心配」が耐えないと腹をくくった。

正常ではない自然現象だが、これは自分の力では、何ともならないことなので「準備する」気持ちを常に怠らないようにするだけしかない。あとは、何とか仕事に差し障りのないよう祈るのみ。

もう一つ「気忙しさ」の要因は自分で解決できること。それは、鶏の産卵時間前倒し。鶏の産卵は、気温にも左右されるが、一番大切にしなければいけないのは「日長時間管理」

明日は「冬至」。暦上、一年で一番日長が短くなる日。朝6時半ごろ、ゆっくりと東の空が明るくなり、夕方4時くらいから西に日が沈みはじめ、5時半ごろにはドップリと暗くなる。

夏の気温の上昇や、冬の厳しい寒さは様々な環境で変化して来るが、地球の回る速度は、今のところ大きく変わっていないと思う。たぶん。

鶏が正常な産卵活動をするには15時間前後の日中の活動が適正とされている。朝、目を覚まして、夕暮れ時に各々が好みの場所につき、羽の下の脇に頭を突っ込んで就寝するまでの時間を担保してやるのが私たちの仕事。

鶏を冬至に向って徐々に早起きさせ、日長が伸びる夏至に向って鶏の活動時間を適正に保ってやることで、産卵率を維持し、日々、お客さまにタマゴをお届けできるよう気を配る。

鶏は15時間の活動中、今の季節だと、起床すると夜の寒さで消費したカロリーを補うべく餌を食べ産卵。日中は日差しを求めながら、体を寄せあって暖をとり、砂浴びをする。時折、小競り合いをしながらも体を動かし、夕暮れ間近になると忙しなく腹を満たして就寝。その営みを繰り返す。

鶏の起床時間は午前3時なので、産卵時間が加速してくると、産卵数は2倍にならないものの、寒い冬、早朝から「辛抱」と「感謝」の採卵作業。この営みが春先まで続く。

自分の力で出来ることには「せっせと務め」。あとのことは、より良いお繰り合わせをいただけるよう「しっかりと祈る」しかない。無事に年内の予定が滞りなく進んでいくようお願いいたします。

あだちまさし。

キャッチボール

11月最終日。今月、日に日に早くなる産卵時間をつかまえるのに苦心した。

日長が短くなる時期、朝の点灯時間を早めて、鶏の適切な活動時間をつくり、産卵を促す。2月くらいまで寒い朝の辛抱が続く。

こんな朝の忙しさが手伝ってか、Fさんからのショートメールの数が少しずつ増えてきた。

彼は7時に出勤して来るので、それまでに私がかなりの数を採卵し終えているわけだが、何となく夕暮れ時に家庭で孤独感を感じている様子だ。

鶏が一日、2個タマゴを産むわけではないが、朝の産卵ラッシュアワーは順序を決め、テキパキと採卵しないとタマゴの波に飲まれてしまう。

彼が、その「波」に飲まれないように、前倒しに仕事を進めるが、彼にとっては少し「プレッシャー」になる時期でもある。夏場に出来ない採卵以外の仕事を進めてくれれば良いと私は割り切っているが、何となく職場でも「申し訳なさ」を感じるのであろう。

昨年までは、この時期、早出をさせ、午前中の配達に出掛けると、だいたい8時半くらいに「もう駄目です」とメールがくる。

押したり引いたりしながら、お互いに頑張ってきたので、彼からのメールは出来るだけコマ目に返信するようにしている。というのも、私の方から「いつでも、どんなことでもメールしてエエよ」伝えているので。

19時ごろ彼からのメールが着信する。私がこの時間、どこに居て、何をしてるか彼は把握している。

「どうかしたか?」と短い返信をし、5分ほど待って返信がないので「何か気がかりなことでもあるか?」と再びメールを送った。

それから返信があり、彼の心に刺さっている「トゲ」が何となく把握でき、何度かメールのキャッチボールをポツポツする。

でも、こうだ。でも、ああじゃないか。というメールに返信しながら、最後に「それはあなたの考えすぎかもしれません。安心して下さい。それは私が神に誓って断言します」と返信して、今夜のキャッチボールを終えた。

島原での勤務時代、障害がある子どもさんと共に生活する家庭に多く触れる機会があった。

当時は若さもあり、自分が独身だったことも手伝ってか、今では考えられないストレートな意見をぶつけ、かなり迷惑な存在だったと思う。ただ、ストレートにぶつかることで、貴重な体験も数多くさせき、多くを学ばせていたと感謝している。

自分自身、子どもを授かり、家庭を持つ中で、様々な考え方の「子育て観」に、家内の話を通じて触れてきた。なんとなく、正解はどこにもないような。

そんな時、島原で出会った家族のカタチに照らし合わせながら、いつのときも、今、自分ができることを考えることが多かった。

メールでFさんの家庭への不満を感じ、時折、お母さんやお姉さんの話を伺ったこともある。

「もっとこうした方が・・・」という自分の考え方を、以前のようにストレートに伝えずに、深い干渉をなるべく避けて、彼の家族のあり方を6年ほど見守ってきた。

決して、家庭への深い干渉を恐れたわけでなく、私と彼は雇用関係にあり、私が果たすべき責任、彼が農園でやるべき役割の歯車がキチンと噛み合えば、彼が抱える問題の糸口が見つかると信じて。

明日、彼が元気に出勤してくれることを祈りながら、寝る。

あだちまさし。

先を楽しめ

今日、44歳の節目を迎えた。

30歳すぎてから自分の年齢に無頓着だったが、今日は日曜日ということもあり、黙々と作業場で一人仕事をしながら、今までの自分のことを少し思い返したりしてみた。

私の誕生日の記憶といえば「もちつき」

家族で参拝していた金光教の教会の秋季大祭が14日で、12日が「もちつき」。

ライトに照らされた教会広場で信者さんと一緒に、紅白餅をついて、丸めるのが誕生日の恒例行事であった。おそらく高校を卒業して宇部を離れるまでは、毎年、賑やかに11月12日を過ごしていたように思う。

今の仕事をはじめて教会との関わり方は少し変わったが、祖母が亡くなり、妹の嫁ぎ先である太秦教会のご霊前に奉っていただいたので、金光教教徒となり、我が家の柱は「金光教」となった。

物心がつく前から教会に参拝していたが「我が家の柱」と考えると、自分自身、金光教への心の向け方が少し変わってきたように感じる。

私なりに理解している「金光大神天地金乃神」というのは、氏子あっての神、神あっての氏子「あいよかけよ」で立ち行く神様だと頂いている。

子供たちは教会へ参拝する習慣はないが、いつかは伝えなければいけないと思い、祖母が他界してから、「天地は語る」という、み教えを現代語訳されたハンドブックを鞄に入れている。心を静めてページを開くと、心に「すぅー」っと浸みる教えの数々が並んでいる。

44歳の誕生日、世間でいうと「厄」の期間を通過してきた。心を静めて、昼休みにハンドブックを開き、パラパラとページをめくる。日柄方角を気にしない金光さまの、ある教えが胸に浸みる。

信心して神に取りすがっていたら、縁起を気にすることはない。四は死に通じると言うが、それは悪い方へ取るからである。四なら幸せの「し」に取れ、よいの「よ」に取れ。みな、よい方へ取って信心すれば、いっさいおかげにしてくださる。

一生に一度の「4」が二つ並ぶ誕生日、良い方にとると、最高の誕生日でもある。

まぁ、自分勝手な解釈である。しかし「良い方へとる」という習慣があると心が穏やかになるのは事実。

妹の嫁ぎ先の太秦教会では元日祭で、み教えを短冊状の和紙に筆書きし、おみくじの様に参拝された信者さんが頂いて帰られる習慣がある。何年前だったか忘れたが、正月に家族分の「ご神訓くじ」を送ってもらい、子供たちと一緒に開いてみた。

私は引き当てた「み教え」が、当時、自分の心に浸みて事務所のパソコンの前に貼り付けている。

「悪いことを言って待つなよ。先を楽しめ。」

少し問題を抱えると心に不平へ不満を抱えることが多い私だが「先を楽しめ」という気持ちで、今日という節目に感謝し、明日から、また前を向いていきたい。
あだちまさし。