溶けるような暑さ

農園の東側にある岩郷山から太陽がのぼり、午前中の東側から斜めにあたる日差しが一番体に堪える。

今日は祝日なのでIさんが給餌をはじめる9時すぎは全身に灼熱の太陽が斜めからあたり少し体を動かすだけで汗が滝のように流れ出す。

終日ほぼ無風。溶けるような暑さ。

私は一番遠くの鶏舎で採卵をしていたので、大きく右手振って彼女に挨拶をし、ゼスチャーで「給餌は少なめ」と伝え、ウンウンと頭を縦に下げて「了解」したの合図。

暑さで鶏の食欲も落ち、餌箱に食べ残しが目立ち始めた。当然、産卵も下がり気味。適正量を食べて何とか暑さ乗り切らせたい。

早朝の涼しい時間帯にしっかり摂取できるよう、今朝から15分程度、照明の点灯時間早めた。

想像以上の暑さが一週間先まで続きそうなので、不安をかきたてられるような感覚が常に付き纏うが汗を流しながら辛抱するしかない。

祝日運行のバスは農園の作業時間と少々ズレを生じる。少し前倒しに仕事を済まさせ帰宅するIさんを助手席に乗せて農園を配達へ出る。

配達途中、船木のセブンに立ち寄り、好きなアイスを選ぶように促し彼女が選んだものは「プレミアム」と冠のつく300円のソフトクリーム。

小さく頭を下げ、そそくさと助手席にもどった彼女は美味しそうにアイスを舐めはじめる。

私はドリップコーヒーがカップに落ちるまで、その様子を店内から眺めた。

あだちまさし。

つめあと

最高気温33度。うだるような暑さの一日。

梅雨明けから一気に気温が上昇し、3日前から生産が下がる。先月まで朝夕が涼しく過ごしやすかったため急降下。

おそらく今が底だと思いたいが、生産の把握に神経を使う日々が続きそうだ。

今朝は近隣の農家のご婦人方が鶏糞を取りに来園された。夏野菜の追肥と冬野菜の元肥に使われるとのことである。

積込み作業を終えられたご婦人方と木陰で畑の作物の様子を聞かせて頂き、私は鶏の暑さ対策などの話しをさせて頂く。

お互いに猛暑でも日々の作業があり、次の季節への準備がある。農家さんの話は、いつも私の肥やしになる。

連日伝えられる「豪雨被害」を新聞から吸収する。小さな記事ではあるが農産物の被害状況はかなり深刻。

猛暑で生産量が下がる中、被害状況の正確な把握は困難を極めるだろう思う。

昨日、金曜日の定期便で光市まで走った。

快晴の188号線。右手には笠戸島が見える。普段は海岸線を走る片側2車線の道路は流れもよく気持ちが良いが、一週間前の豪雨の大きな爪痕を目の当りにする。

虹ヶ浜の手前「下松市恋ヶ浜」付近、左の山が土砂崩れで崩落。山陽本線と道路に流れた土砂は取り除かれていたが、本格的な復旧には時間がかかりそうだった。

島田川沿いを上流へ向う際、所々で川が越水した痕や小さな土砂崩れをいくつも見かけた。

束荷(つかり)のテニスクラブへは通行止めを迂回しながら配達。

小川に架かる小さな橋のガードレールには流れてきた枝や草が引っかかり、その様子から氾濫水位がよくわかった。

氾濫した川は護岸が崩れたところもあり、水田に水没した形跡がある。被害の大きい水田は畔が流されて干上がっているところもあった。

毎週、目にしていた光景に残る災害の爪痕から想像以上の豪雨の恐ろしさに胸が痛み、自分の生活も災害と隣り合わせにあることを強く感じた。

あだちまさし。

雨あがる

「平成30年7月豪雨」と命名された雨が上がった。

6月末から梅雨前線の停滞がはじまり、7月3日には台風7号が接近、昨日までの長雨で土砂災害の不安を強く感じた。

夕方「梅雨明け」が発表されたが、報道される豪雨被害の状況を見ると心は晴れない。

先週金曜日、7月6日は予定どおり県内東部へ車を走らせた。

農園を出発する前に聴覚障害があるIさんの通勤途中の安全確保をして、いつも通りの最低限の作業指示だけ。

運転中、ラジオは着けず、宇部市役所から入る防災メールとFさんが送信してくる農園の状況だけを頼りに大雨の中、足早に配達をこなす。

前日からの降水予報は殆ど当たっていた。夕方にかけて大雨を降らせる雨雲がかかる予報が気がかりだったが、活発な活動をする前線がわずか東に逸れたので大きな被害が出ずに済んだ。

正午ごろから14時まで、下松、周南市内で降り始めの大雨にあっていただけに、自分だけ安堵することに後ろめたさを感じた。

明日予定していた鶏の出荷も予定どおり。出荷先の福岡県久留米市の工場と週末に連絡がとれず心配したが、さきほど段取りを済ませた。

小倉東〜門司が通行止めだが、ほぼ定刻どおりに出荷出来そうだ。

豪雨被害の状況によっては、今後、どんな支障があるか不安だが、何とか日常が取り戻せそうな気がしてきた。

止まることがない農園の日常が、どれだけ多くの方に支えられているか実感した今回の豪雨。

梅雨明けとともに、しっかりと胸に刻んでおきたい。被害があった地域の方々が一日も早く日常が取り戻せることを心から祈りたいと思う。

あだちまさし。

外は雨、内は汗

梅雨末期の豪雨、2日目。昨日は終日カッパ。夜干しして本日も朝からカッパ。

Fさんが出勤して来るまでの一時間、外は雨、内は汗で水分をカッパが水分を含んでグッタリ。

ちょうど産卵ピーク時間と激しい雨を降らせる雨雲の通過時間が重なり9時ごろまでは大変な仕事になる。

昨日から雨の影響で給餌を止めたので鶏舎内の餌も底をつきはじめ、鶏が嘴で空の餌箱をつつく、コツコツという音が雨音に混じる。

台風7号の通過にともない、来週はじめまで雨が続きそうなので、自分の仕事は後回しにして給餌の手伝いを1時間ほど。

Fさんが車に餌を入れたバケツを15個積み込み、Iさんが鶏舎内の餌箱へ運ぶ。飼料タンクから鶏舎までの往復作業である。

私は二人の中間で作業が早く進むようバケツリレーの手伝い。久しぶりの給餌作業だ。

一人で進める作業の3倍のスピードで進むので、二日分の給餌を50分ほどで終えることができた。

自分が作業のペースを作るつもりでリレーの真ん中に入ったが、顔色一つ変えずに淡々と進める二人に対し、私ひとりだけ息があがる。

二人に作業を教えたのは私だが、日々の積み重ねでつけた体力と要領の差ができてしまった。

コツコツと積み重ねる時間の大切さを改めて感じ、そんな二人に感謝しながら息を切らした。

朝6時30分に防災メールが入りはじめ、大雨、洪水、竜巻、避難勧告など10件。先ほど全て解除になった。

外は雨、内は汗の一日。ありがたい気持ちで作業を無事終えることができました。

あだちまさし。

曲がったキュウリ

夏を感じさせる一日。最高気温30度。

汗をかきながら農園の作業を終えて、配達の途中「栽培屋さと」のサトちゃん宅へ立ち寄った。

収穫したキュウリが並べられた作業場で冷たい炭酸水をご馳走になりながら30分ほど実のある会話をさせてもらった。

自家消費用と前置きして「曲がったきゅうり」のお裾分けを頂き、野菜とタマゴの規格外の話題。

味や鮮度には問題ないものの、店頭で販売が難しい規格外はつきもので、何かと生産者の頭を悩まさせるものだ。

規格外を販売する先を確保するのも大事だが、これを減少させていく努力は絶えず必要だと感じている。

野菜の場合もそうだと思うが、その答えは生産現場にあり、私の場合、鶏に聞いてみるしかないが鶏には言葉はない。

変化する季節のなか、ひとつひとつ問題点を手探りで探す仕事は大変だが、結果が少し見えはじめると作業意欲も増すものだと思う。

生産者の目線だと、味や鮮度に問題がないことをキチンと説明して販売すれば良いと錯覚しがちだが、日々、台所に立つ主婦の目線に立つと不揃いな野菜やタマゴは少々厄介モノであるに違いない。

野菜や生き物の恵みを商売とする私たちにとっては、ありがたく恵みを頂くこととは少々の矛盾を感じる規格外の商品だが、

生産者としての、こだわりを大事にしつつ、お客さまの立場を考え規格を安定させる努力は大事だと再確認した。

帰り際、20本ほどある不揃いキュウリの中から、小さくて曲がっているが艶の良いキュウリをサトちゃんが指さしながら「これ美味しいっすよ」と教えてくれた。

コレは、コレで、生産者でしか味わえない醍醐味(ちょっとオーバー?)で、ちょっとした優越感もあったりする。

あだちまさし

季節はずれの梅の花

今年、農園の梅の木もたくさん立派な実をつけた。

昨年末から徹底的な冬の寒さと水不足。もう春が来ないのではないかと心配したが、花を咲かせたのち、立派な実をつけた梅の木を見上げると多少の蒸し暑さも有り難いような気がしてくる。

毎年、農園で働く男性が裏山で収穫した梅の実を持参してくれるのが風物詩。口数が少なく、あまり感情を表に出さない彼は私と同じ年。働きはじめて7年目になる。

雨の合間をぬって母親と山で収穫した今年の梅は豊作で両手に抱えきれないほどの大きな袋入った梅の実と、昨年、母親が手作りした梅干しを添えて出勤してきた。社交辞令のような言葉はなく「どうぞ」と言って差し出す姿も例年どおり。

口数少ない彼と私たちの間を取り持つように母親が持たせる梅の実だが、彼が嫌々持って来ているかというと、そうではない様子で、両手を差し出す表情からは、今年も少しの明るさが窺える。

彼には心に感じた事を上手に言葉で伝えることが出来ない難がある。その分、様々な苦労と遠回りして農園で働くようになった。おそらく、母親も前になり、後になりながら同じ苦労を重ねてきたことだろう。

私は大きな袋に入った梅の実を受け取りながら、彼と母親の遠回りの時間に思いを重ね、いつもの会話より時間をかけて収穫の様子などをポツリポツリと聞かせてもらい、心から感謝の気持ちを伝えた。

彼は照れくさそうに「いえいえ」と顔の前で右手を振り、小さな笑顔の花を咲かせてくれる。こんな時の彼の笑顔は、満開の桜のような花ではなく、寒さに耐えながら蕾を膨らませ花を咲かせる梅の花のような笑顔だと私は感じる。

彼と共に辛抱の花を咲かせ、立派な実をつける事ができるよう心に願った。

あだちまさし

菖蒲の花をひとくちで

朝5時前、朝食と新聞を並べてカーテンを開ける。

朝日が差し込み、照明をつけずに新聞が読める季節になった。

照明を必要とせずに新聞の活字が読める明るさというのが、鶏の活動時間のひとつの目安である。

鶏は視野が確保できる明るさになると活動をはじめ、この明るさがなくなると体を休め睡眠する。

夏至まであと一時間ほど活動時間が長くなり、この時間を基準に日長管理をして産卵活動を促すのが生産者の仕事。

早朝の涼しい時間に農園作業を手伝い、小野田市内の配達へ出かけ、いつも暖かく出迎えて下さるウエスギのおばあちゃんから和菓子を土産に頂いた。

菖蒲の花を形どった和菓子を丁寧に紙に包み手渡して下さった。

農園へ戻り、翌日の出荷準備を終えて、草刈り機を担ぐ前に、その「菖蒲の花」をパクッと口に入れてから草刈りを始める。

運動場で鶏が遊ぶ姿を横目で確認しながら、日没近くまでアクセルを握って園内を移動しながら草刈り。

日没間近の19時半ごろ、名残惜しそうに運動場で遊んでいた数羽を竹箒で鶏舎に入れて本日の作業を終えた。

珍しく口にした和菓子の甘さが夕食まで腹の虫をおさえてくれて感謝した。

あだちまさし。

残したくないもの

昨日、一頭のイノシシを駆除した。体長50センチのウリボウなので一匹というべきか。

数日前に逃がしてやったウリボウが土曜日の日中、農園内で闊歩した。

追い払ってもきりがなかったので午後から覚悟を決めて、ネットまで追い詰めて止めを刺そうと棒切れを振り下ろしたがケツにあたり仕損じた。

すぐ手の届くところだったのに、なぜか気後れのようなもので手元が言うことを聞かなかった。

日曜日も早朝からウリボウが闊歩。見た目は愛くるしいが、ここまま居座られては困るので前日同様、ネットまで追い込み棒切れを用意する。

取り逃がしては厄介なので、Fさんにカゴを持たせ、私が叩いたところを生け捕りにして猟師に引き渡そうと作戦を変更して獲物に近づく。

生け捕りにするので、前日より肩の力を抜いて棒切れを振り下ろしたのだが、幸か不幸かウリボウの眉間にゴッツと当たり一発で絶命してしまった。

厄介な存在ではあるが棒切れを握る私の手には後味の悪さだけが残る。

昨年、本来、農園を担当していた猟友会の方から、近所の猟師に担当を引き継いでもらう際、役所の害獣担当者にも一役買ってもらいスムーズにことが運んだ。

当初は、これで大丈夫と安堵したが、野生動物が境界線を越えて人里に下りてくる理由を詳しく調べていくうちに駆除以外にも見直さなければいけないことに多々行き当たった。

山林の荒廃は私ひとりの力では何とも出来ないかもしれないが、意識しながら自然と付き合うことで、私に出来る何かがあるはずとも感じる。

駆除される動物も本望ではないだろう。そして、駆除の後味の悪さは後の人へは残したくないものある。

あだちまさし。

おいとま頂く

今日は終日、梅雨空。日照時間ほぼゼロ。

梅雨入りしてから中休みが続いていたが、ようやく梅雨らしい天気。湿度はやや高めだが気温20度前後と比較的過ごしやすかった。

この時期、厄介なのが雑草と鶏舎の害虫。どちらも自然に絶えることはない。

鶏につく害虫は2月ころから予防駆除をして繁殖を防ぐ。湿度と気温が上がってくると孵化速度が上がり手に負えなくなるから。

ケージ飼いと違い、日中は鶏自身も砂あびや毛づくろい等するので爆発的に増えることはないが放っておくことはできない。

雨が上がると蒸し暑くストレスが多い時間が増えるので、朝から作業のポイントを伝えてから配達に出掛けた。

配達と翌日の段取りを終え、鶏舎周りの草刈りを始めると草むらに茶色い陰がある。

何かの拍子で鶏が外へ出たのだろうと近づくとウリボウだった。鶏の2倍くらいでサッカーボールより少し大きめのイノシシの子どもだ。

警戒心がなく近づいても逃げない。手の届くところまで距離を縮めると私に気付き、ゆっくりと逃げ出した。

足元がフラフラ、かなり弱っているようだったので、ひと思いに撲殺しようか迷ったが、ウリボウが逃げるのに任せて、しばらく後をつけることに。

そのうち防獣ネットに足が絡まり倒れ込んだので、ネットをハサミで切って「おいとま」してもらった。

衰弱いたので長くはないだろうが、仮に大きく成長したとしても今日の恩は忘れないで欲しい・・・が無理な話だろう。

あだちまさし。

伐採される竹を見ながら

農園のご近所に竹を伐採する業者が入り出して一ヶ月がたった。

仲良くお付き合いさせて頂いている60代の農家さんが先代から相続された2?の裏山に重機が入り、伐採した竹を大きなトラックが搬出している。

一ヶ月作業をして、やっと半分程度の伐採が終わったそうだ。

一年前に「竹を資源に変える」という業者の説明会があり、伐採を希望された。時間をかけて測量や業者との打ち合わせ済ませて、ようやく作業開始。

伐採と聞くとチェーンソーでブンブン倒していくかと思いきや、そう簡単にはいかないものである。

もともと、先代が杉を植林して財産とする予定が、時代の移り変わりと共に木材の値段が変わり、農家の働き手の価値観も変わった。

手付かずになった人工林が竹に占領され、10年前からはイノシシも出没するように。必死で守ってこられた水田の被害も深刻化してきている。

農業が好きで後継者として吉部に残られたわけで、山が荒れてゆく景色に一番心を痛めておられるのはご本人だろう。

子育て、親の介護をしながらの稲作だけでは生計が立てられず、兼業農家という選択をするしか方法がなかったはずだ。

幸い、先代が後継者の間伐を助けるために山道をつくっていたのと、土地に関する書類を整備されていたことで、他の伐採希望者より作業の取り掛かりがスムーズに進んだとお聞きした。

伐採されて運び出される竹を見ながら、自然と暮らすことを自分の事として深く考える。

2日前の投書欄に下関市在住の60代女性の記事があり、目の前の風景と重なった。

あだちまさし。

「好きな里山なのに」

先日、熊が鹿のわなに入ったと聞き驚いた。その4、5日前、隣家のクリの木のそばを熊が歩いていたと聞いていた。

夫はタヌキだろうと言うので安心していたら、現実に熊がいたのでびっくり。熊はこの数年、近隣の町で出没したことがあったが、我が家の近くに出てくるとは思いもしなかった。

翌朝、隣の奥さんと見に行った。初めて見る野生の熊は興奮し、鋭い手のツメで土を掘り、わなの柵にかみついて逃げ出そうと必死の様子だ。鹿のわなだけに暴れた勢いで逃げられそうに感じた。怖いので少し離れた所から見ていた。

わなの持ち主が県に早く来てくれるよう連絡し、県の要請で猟友会の人が殺処分し、調査のため持ち帰った。ツキノワグマの雄だった。

我が家の周辺は、山の獣が何でもいる野生の王国になったような気がする。生きるだめに食べ物を探し回って出没した熊の最後に考えさせられた。

私が小学生の時代から杉、ヒノキの植林が盛んになった。両親が県林の植樹作業に度々、出掛けていたことを覚えている。

雑木林が少なくなって今、杉、ヒノキ林は大きく育っても手入れする人がいなくなり、山は荒れている。全て人がしてきたことだ。

新緑に染まったきれいな山を見つめていたら、ため息が出る。里山で育ち、里山に嫁いだ。私が大好きな里山なのになぜか悲しい。

今年の新緑の山は、私の心に反して特別な色合いをしている。

下関市・農業S・67歳

(2018.6.3 毎日新聞 女の気持ち)

野菜工房のレノファ弁当

昨日のJ2試合結果。山口2−2千葉。引き分け。レノファ山口、第17節を終わって順位を一つ下げ3位。

今シーズン開幕からお取引先の「野菜工房さま」がレノファ選手の弁当を受注されている。毎回ではないようだが、金曜日の朝、配達に伺った際に「今日もレノファ」という言葉をよく耳にするようになった。

八百屋と玉子屋が朝から交わす会話に「レノファ」という単語が入り、サッカーで地域が活性化していることを体感している。

一昨日、開店前の店舗で店長さんが一人で「レノファ弁当」を盛り付け中だった。キッチンに所狭しと並んだ弁当箱は完成間近。我が農園のタマゴも「ゆでタマゴ」にて左隅に鎮座している。

先ほどまで、早朝アルバイトで大学生の娘さんが手伝いに来ていたと聞き、親子の連携プレーで奮闘される姿が目に浮かぶ。

チームから質、量とも細かい指定がある弁当なので、家庭でも試作や作戦会議があったのではないだろうか。

野菜工房の弁当は、この春から予約販売に切り替えられた。ロスがない分、予算額いっぱいで「こだわり食材」を使った弁当づくりをされている。

レノファの予算額は存知あげないが、味とボリュームは間違いないはず。それに加えて「レノファ、レノファ」と笑顔でキッチンに立たれる店長さんの愛情もたっぷり詰まっている。

こんなカタチでJリーグと接点が出来るとは考えていなかったが、以前より選手やチームを身近に感じるようになった。

活性化していく地域の一員であることが嬉しい。

あだちまさし。

ちいさな自信

今朝、予定通りヒナが届き、飲水器の取替え作業を済ませた鶏舎に新しい群を入れた。

鶏舎への止水栓の取替え、10メートルの配管をL字状に壁沿って固定及び、排水口の取替え。

床への水漏れ防止に雨どいを配水管の下へ取り付けて、配管の上には鶏が上がらないような細工をする。

はじめて自分たちの手で、業者に依頼ぜず取り替えたのが3月末。今回が2回目の作業になる。

残り10鶏舎は取り替えなくてはいけないので、順番に進めていくと来年までかかるだろう。

目的は経費の削減と水漏れ事故防止。

自分の手で市販される材料を加工し取り替えることでのコストカット。事故防止については、今まで水漏れ事故で床が水浸しになった経験を踏まえた上で細工を施した。

まだまだ改善の余地はありそうだが、前回より作業時間は格段に早くなり、先が見えない作業の見通しが少しつかめた。

今回もFさんと一緒に進める作業。7割を二人で、残りの詰めは私が担当した。

経費削減、事故防止に加え、私の願いは一緒に作業をするFさんに「達成感」を味わってもらい、仕事に対する自信をつけて欲しかった。

焦る気持ちを抑えながら、私は助手に徹し、今、考えられること、出来ることは全て彼に任せながら作業を進める。

昨日は日没まで完成した配管を確認した。ひとりで終えた仕事以上に神経を使い確認作業をし、一晩、水圧がかかった状態で水漏れがないか早朝から再度確認。

そのことを悟られないよう、出勤してきた彼に確認作業をお願いする。

かなり入念に時間をかけて確認作業をした彼が「いまのところ完璧です」と気持ち良く報告してくれた。

彼の表情が明るかったので、私の心も晴れた。

達成感を感じてくれたか分からないが、多少の自信はつけてくれたと思う。

この作業を通じて生まれた芽を枯らさないよう自発的協力関係を育てていきたい。

遠回りで歩みが遅いかもしれないが、きっとお互いの力になると信じて。

あだちまさし。

梅雨入り

今朝、ひとりで採卵中にタマゴを落とした。

ひとトレー30個が勢いよく割れた。はじめてのことではないが、よくあることでもない。

汗がにじむほど体を動かしていたので気を抜いていたわけではなかったので、トレーを落とした自分が一番驚いた。

先週の中ごろ、遠くで暮らす知人が施設に入所したと知った。知人とはご高齢になられた恩師のことだ。

私に出来ることはなさそうだが、何とか面会に行く時間がとれないか、そんなことを数日考え続けていた。

お会いしたら何を話そうか。どんな話を喜ばれるか。何か食べたい物はあるだろうか。

あれこれと想いをめぐらせてはみたが、目の前の仕事と予定を見比べると時間をつくる余裕などなく数日かけて諦めた。

今まで離れていた時間を巻き戻すことはできないし、恩師が年老いて時間を止めることもできない。

わずかな時間をつくることができない自分の不甲斐無さに気持ちの折り合いをつけるのにも時間がかかった。

足元に落ちて割れたタマゴを見ながら、そんな思いも重なって心が締め付けられた。

夕方、防災から「梅雨入り」のメールが入る。

今日は雨の予報だったが、にわか雨。仕事に差し支えなかったことだけが有り難かった。

あだちまさし。

明日はシトシト

明日は終日シトシト雨になりそう。

近隣の水田では田植え準備のトラクターが忙しく働いていた。今週末が田植えのピークになりそうだ。

農園でも明日に備えてIさんに給餌の指示をメモして渡す。

「明日の雨は9時からお昼までがピークになりそうです。鶏舎の餌を切らさないようお願いします」

あとは「自分で考えて」というような彼女任せの簡単な指示をして、終日、自分の作業をすすめた。

昨日、彼女はバナナを2房抱えて出勤。一房が10本ほどある重そうなバナナを大事そうに持ってきた。

毎年楽しみにしている地域の祭りがあったようで「バナナの叩き売り」で買ったそうだ。ひと房500円だったと教えてくれた。

同じ聴覚障害がある兄も楽しみにしている様子で、彼は神輿を担いで祭りを盛り上げるのが恒例行事。

バナナの叩き売りがどんなものか私は見たことがないが、これを家族4人で楽しんでいるに違いない。

そんな光景を想像しただけで、何か私まで面白く、愉快な気持ちになる。

今朝、ありがたくバナナを食べようとしたところ、下側が黒くなり傷みかけているのに気がついた。

祭りから自宅へ持ち帰り、それを翌日、バスに乗ってわざわざ持参してくれたので無理もない。おまけに昨日も一昨日も良い天気だった。

夕食後、ミキサーでバナナジュースにして家族て無駄なく美味しくいただいた。

彼女がみんなを想って買ってきたバナナは格別な味でありがたかった。

あだちまさし。

たまご焼き弁当

12時45分。下松市「花岡八幡宮」で昼食。

金曜日は山口市から光市までのお得意さまへタマゴをお届けして、ここで一旦エンジンをとめる。だいたい今日も定刻どおり。

石段坂の参道の先には鎮守の森に囲まれたお宮が見えるが、私は正面の鳥居を右に曲がり車参道から参拝口近くの駐車場まで上がる。

疲労と空腹で頭が真っ白だが、歴史的にも由諸ある本殿で二つ拍手して拝礼を済ませて、左後方にある「願かけの御神馬」の顔を撫で、お手洗いを借用し一息つくのが最近の日課。

駐車場の側には、室町中期に建立された立派な多宝塔があり、その横には吉田松陰先生の坐像と辞世の句が二句添えられているが、このあたりは省いて弁当のフタを開ける。

弁当箱は手のひらサイズの黄色い2段式。子どもたち3人が保育園で使っていたものでフタのキャラクターは使い込んで擦れてしまった。

箸を握りながら一瞬だけ感慨のようなものが頭の中を過ぎるが、何しろ空腹なので一心不乱に飯を口に運ぶ。

朝が早い日は前日の夜におかず等を用意してもらい、出掛ける前に弁当箱へ自分で詰める。

上の段には白飯をサクッと入れ、真ん中に梅干をギュッと押し込む。下の段はおかず。今日はニンジンサラダ、ほうれん草のごま和え、ひじき煮、あと定番の「たまご焼き」。

それぞれを口に運びながら、真っ白だった頭の中が次第に活力を取り戻してくるのがわかる。これが金曜日のリフレッシュタイム。

今の仕事をはじめて、慌しく毎日を送っているようだが、自分自身が生産者となって初めて得る知識というのがたくさんある。

農園の営みを通じて様々な農家さんとご縁もいただき、お米や野菜などを生産する苦労にも知らず知らずのうちに触れてきた。

日頃、自分が口にしているものを生産者が作るには、どれほどの手間や知識、そしてお金が必要か。

そのことを理解して食物と向きあえるということは、今までの人生とくらべてグンと豊かなものかもしれない。きっとそうだ。

白飯とたまご焼きを頬張りながら「悪くない」とボンヤリ考えたりする。

あだちまさし。

ホオズキを食べた

「食用ホオズキ」の最後の一粒を名残惜しくほおばった。

沖縄県読谷村在住の同級生「ジュンコちゃん」がおみやげに持参してくれた珍しい代物である。

沖縄では道の駅で手ごろな価格で購入できるらしく生まれて初めて「ホオズキ」を口にした。

観賞用と違い殻がカサカサして、中にあるオレンジ色の果実を食用とする。大きさは丁度プチトマトほど、味も食感もトマトに似て酸味があり甘酸っぱい。

トマトとの大きな違いは「香り」。口に入れた時に優しい香りに包まれるのだ。味も香りも美味で癖になる。

ジュンコちゃんは6歳と3歳の二児の母親。ご主人は陶芸家のタマゴ。

大学時代、ワーキングホリデーで多くの国を渡り歩いて、日本の素晴らしさを再認識したという。そんな彼女が行き着いた先が沖縄の読谷村。

中学時代は親しくなかったが、スマホが普及する10年ほど前にSMSが同級生の間で流行り、それを通じて再開した。

年に数回帰省した際には、タマゴを買いに我が家を訪れて「ゆいまーるな風」と珍しいおみやげを持参してくれる。

食に深い関心があるようで、読谷村のおばぁの豆知識などをおみやげに添えてくれるのが嬉しい。

今回は急な連絡で会うことは出来なかったが、ホオズキのお礼に阿知須特産「くりまさるのピクルス」をあげた。

ジュンコちゃんが運んでくれる風に触れる度、いつか夫婦で読谷村へ孝行旅行に行きたいと夢が膨らむ。

あだちまさし。

豊かな森の恵みを守るには

ここ1週間くらいイノシシが鶏舎の周りを荒らしていない。

この間の鶏舎周辺の変化を思い返してみると、多少思いあたることもあるが、勝手な先入観で理解すると後で落胆するので今後も気長に観察したい。

昨年、イノシシが頻繁に出没するようになって、地元の方を中心に駆除や防獣の相談にあちこち足を運んだ。

駆除に関しては、従来お願いしていた猟師さんから、更に近所の猟師さんにバトンタッチしてもらい、今年に入って1頭捕獲できた。

捕獲できた頭数が多いか少ないかは別にして、今回から役所の駆除係にも相談できるようになったので一歩前進といったところだと感じる。

駆除や防獣の相談をしていくなか、小野の炭焼きさんから「森林の保全」について興味深い話を聞き大変勉強になった。

どれも短期間で結果が出るものではないが、先を見据えて取り組むべき大事なことだろう。

一週間前、この事に関する記事が掲載してあったので、指の運動も兼ねて備忘録とする。

あだちまさし。

2018.05.04 毎日新聞 社説 「みどりの日に考える 豊かな森の恵みを守るには」

群馬県みなかみ町の利根川源流域に「赤谷の森」呼ばれる面積約1万?の国有林がある。
林野庁と日本自然保護協会、地域の住民団体の3者が協働し、生物多様性の回復と持続可能な地域づくりに挑戦中だ。

その一環として、3000?ある人工林のうち、林道から遠いなど木材生産に適さない2000?を自然林に戻す取り組みが進む。

2015年と17年には、森に生息する絶滅危惧種のイヌワシの餌場にするため、スギの人工林計約3?を皆伐した。
伐採地は再植林せず、自然林に戻るのを待つことにした。

伐採地には狙い通り、ノウサギなどイヌワシの獲物が顔を出すようになった。
ミズナラなど地域本来の広葉樹の稚樹も生え始めている。

林業に向かない他の人工林も、間伐して広葉樹が入り込みやすい環境をつくるなどして、徐々に自然林に近づけていく計画だ。

(人工林を自然林に戻す)

木材の生産を前提に植林された人工林は、成長の過程で間伐などの適切な維持管理が欠かせない。

一方、地域本来の自然林が再生すれば生態系の回復につながり、間伐などをせずとも治山や水源涵養などの公益的機能も保てる。
今後の森林整備の一つのあり方だろう。

日本は国土面積の約3分の2(2500万?)を森林が占める。

ところが、1950年代半ばからの拡大造林政策で造られた私有人工林を中心に荒廃が懸念されている。

拡大造林では建材用などとしてスギやヒノキなどの針葉樹を植えた。
たが、木材の輸入自由化などの影響で国産材の価格や需要は低迷し、伐採期を迎えても手入れが行き届かないままの人工林が多い。
これでは公益的機能の発揮もおぼつかない。

そんな現状を踏まえ、政府が今国会で成立を目指しているのが、森林経営管理法案だ。

同法案は、森林の所有者に森林を育て、伐採し、造林する経営管理の責務があることを明記した。
所有者が適切に管理できていない森林は、一定の手続きを経て、所在地の市町村に経営管理を設定する。

林野庁によれば、経営管理権の設定が必要な私有人工林は400万?を超えるとみられているという。

このうち林業経営が成り立つとみられる私有林については、市町村が「意欲と能力のある林業経営者」に経営管理を委託する。
それ以外の私有林は市町村の管理下におき、将来的には自然林に戻していく。

市町村が管理する私有林の費用については、24年度から一人当たり1000円を住民税に上乗せして徴収する予定の森林環境税をあてる。

森林の公益的機能を考慮すれば、林業経営に適さない私有林の管理を市町村に委ねるという方向性は理解できる。
だが、課題は多い。

森林問題に熱心な市町村は多くない。
総務省の調査では、林業専従職員が不在か1人の市町村が全体の3分の2を占める。
実際の管理作業は森林組合などに委託することになるだろうが、林業従事者数は全国で5万人を割り、減少傾向が続く。

森林環境税の税収は年間620億円に上る。森林管理以外の使途について、国民的な議論が欠かせない。
多くの府県が森林整備などのための地方税を独自に課しており、役割分担を明確にする必要もある。

(川と海も一体で再生を)

こうした点を踏まえれば、森から発した川が海へと続くように、流域の自治体が連携して新税を有効活用し、森林再生に取り組むべきだ。

相互交流により、森林の重要性の理解が深まるし、山間部の自治体の人員不足を補う効果も期待できる。

宮城県気仙沼市でカキの養殖業を営む畠山重篤さんらは、気仙沼湾に注ぐ川の上流部でミズナラやブナなどの植樹を続けている。
鉄分を含む森林土壌の養分が川から海に運ばれ、植物プランクトンを増やし豊かな漁場を育むと考えられている。

「森は海の恋人」が合言葉の取り組みは今年で30周年。
東日本大震災で気仙沼の養殖業は大きな被害を受けたが、森の力のおかげもあり、よみがえることができたという。

さまざまな公益的機能を持つ日本の森林は、国民の共有財産だ。
豊かな森の恵みを守るには、その多面的な価値を再認識し、木材としての利用にばかりに偏らずに保全、活用を図っていかなければならない。

今日はみどりの日。
50年、100年先を見すえた森林政策が、今こそ求められている。

日本農業新聞

一昨日、美祢のM老人来園。月に数回タマゴをまとめて購入されるお客さま。

ご近所に、ゲートボールの友達にとタマゴを配って下さる有り難いお客さまで、来園される際には自家製の野菜と鶏舎の清掃に使う古新聞を持参される。

その古新聞が一般紙と「日本農業新聞」。農業新聞は我が家でも以前、定期購読していたが随分前に辞めた。

毎日届く時は、それほど熱心に目を通さなかったが、M老人が持参される古新聞は、いつもパラパラと目を通す。

一昨日も気になる見出し記事があり、農園でパラパラしたかったが、時間がなく自宅まで持ち帰ることにした。

せっかく持ち帰るので4月26日から5月4日をまとめて。

耳から仕入れて頭にストックしていた情報が、実際に読み込んで理解を深めることができた。

記事は切り抜きせず、気になる単語や文を手帳に書き出し、あとは必要な時にネットで検索したり、知人に尋ねたりしてみようと思う。

記事以外に、読者の投稿欄、書籍の紹介も意外に新鮮だった。

いつも購読している一般紙も日曜日には書籍の紹介があり、本屋に立ち寄る時間がないので楽しみにしているが、

農業新聞の週末に紹介される書籍は興味深いものが多かった。

3日かけて古新聞に隅々まで目を通したのち、倉庫の古新聞の定位置に保管。

定期購読している時は、これほど新聞に手垢をつけることはなかったと思うが、昨日から降り続く雨のおかげで手帳に貴重なメモがたくさん出来た。

満足した雨仕事。

あだちまさし。

若葉が茂る季節の雨

連休明け。野にも山にも若葉が茂る季節の雨。昨日から思いのほかよく降った。

連休中、通常の仕事に加えて鶏の出荷作業をした。3日の祝日に九州から業者を手配し出荷。

粘り強く交渉して処理の空きが出来たのが3日しかなく、ある程度の予想はしていたが体に少し疲れが残る。

朝から肩、腰、膝が重く痛い。

週3日の選別パートさん。月曜から水曜日まで3時間ほど選別の手伝いをしてもらう。

年齢も60半ばに差し掛かり、稲作と農園での作業の掛け持ちがお体には堪える時期に差し掛かっていると常々感じている。

例年5月の連休あたりから苗箱の準備をはじめられるので、月曜日の仕事効率が多少下がり気味だが口には出さない。

一緒に仕事をはじめて長くなるので、自分で目標を立てて選別作業をされている姿は私が一番よく知っている。

私は朝6時から採卵し作業場へタマゴを運ぶ、9時に選別パートさんが出勤し、10時ころから作業場に加わり選別とパック詰め。

農繁期を迎える時期の月曜日は朝の挨拶を済ませて、作業の手を動かしながら少し長めの「言葉のキャッチボール」をしながら作業のペースを上げていく。

効率が悪いようであるが、目の前に山積みしたタマゴを選別しながら手を動かし、言葉を投げ、相手の返す言葉に耳を傾ける。

休日の様子などを聞きながら、徐々に作業のペースを上げてもらい水曜日まで根気良くタマゴと向き合ってもらう。

昨日はご主人の運転でSLを追いかけながら島根までドライブをされたようだ。

パートさんの話を聞き、蒸気機関車が音をたて、煙を上げて走る光景を一緒に想像しながら作業の手を動かした。

私の疲れた体も癒されるようだった。

あだちまさし

ソフトクリーム日和

4月最終日。日中の気温上昇。晴れ。

好天続きの4月。日照時間も多かったようで、昨年の秋口から高騰が続いていた野菜の値段も落ち着きを取り戻し、

手軽に買えるようになった野菜たちで我が家の食卓と胃袋も潤った。

一方で気温は不安定に感じたのは私だけだろうか。朝晩の冷え込みがやけに厳しく、先週木曜日の朝は仕事中に息が白くなった。

そのせいか、鶏の食欲が例年以上に旺盛。4月中旬あたりの冷え込みで「秋」を感じ、寒い季節へ備えての食い込みだったのか?

先週末あたりから食欲も落ち着きを取り戻し胸を撫で下ろす。いくら野菜が安くなったとはいえ、あのペースで鶏が餌を食べると私たちが食えなくなるのである。

今日は祝日でバスの運行が変則的。Iさんの仕事終わりにバスが来ないので自宅まで送って行った。

いつものように助手席に彼女を座らせ、仕出し「柳屋」から配達をスタートし、こもれびの郷でソフトクリームをご馳走する。

これも、いつものパターン。助手席でコーンのお尻をシャリシャリと口の中に入れたところで彼女の自宅へ到着となる。

女性なので覗き込むわけにはいかないが、うまそうにソフトクリームを舐める彼女の姿を時々横目に見ながら運転。

いつものようにコーンを左手でクルクルと回しながらクリームの山をキレイに小さくしていく。夢中で口に運ぶ姿が微笑ましい。

自宅でお母さんに挨拶しようと車を降りたが仕事で留守。

彼女のお母さんも休日の仕事人である。今日も一日お疲れ様です。

あだちまさし。

心地よい余韻に浸った

慌しさと心地よさが入り混じる一週間をすごした。

連休前の慌しさ。月末と重なり資材や飼料などの発注作業。いつものことだが連休に入る業者に合わせて鶏の顔色を窺う気忙しさが続いた。

日長が延びていく時期はヒナの初産から産卵ピークに達する期間が短いため、作業が押し気味で突入した週明けから生産をつかまえるのに苦心する。

今月産卵をはじめる群が産卵ピークに達する前、生産と受注のバランスで少し時間が取れそうだったので家内と島原へ帰省する予定を立てていた。

本来なら4月15日あたりが生産的には都合が良かったが、子どもたちの都合が合わず見送った。

義父の命日も近いので何とか墓参りだけでもと思いたち、諦めかけていたが心と体に気合を入れて先週末、家内と長男の3人で出かけてきた。

土曜日の午後と日曜日の早朝出勤、休日出勤などをパートさんにお願いして、ほとんど日帰りではあるが車で往復。

年に一度あるかないかの帰省、それも瞬間移動のような弾丸日程である。

家内や実家のご家族には大変心苦しいが、日没前に何とか島原入りして墓参り。家内のご先祖さまに日頃のご無礼を心から詫びた。

島原には会いたい人、尋ねたい所がたくさんあるが家内を辛抱させているので私の都合を優先させることもできず、いつも辛抱修行のような往復になる。

有明海を渡り島原半島に入ると、窓から潮風入り磯の香りが車に充満して。この香りが心の奥の方をチクチクと刺激する。

なつかしい場所をいくつも通り過ぎながら家内の実家へ急ぐなか、有明町の国道沿いで大変お世話になった上司のお母さま「ヨツエさん」をお見かけした。

公私ともに大変お世話になったが15年以上もお会いしていないので、ちょっと車を止めて世間話というわけにはいかず後ろ髪を引かれる思いで通過。

夕暮れ時、足取りはゆっくりだったが、しっかりされていたようにお見受けした。おそらくお元気だろうと感じ安堵する。

往復、睡眠時間を除く、島原での滞在は5時間。とても短い時間だが、大変ありがたい充実したリフレッシュタイムをいただいた。

心地よい余韻に浸りながら慌しい一週間を乗り越えることができたことに感謝。

あだちまさし。

根気よく

新緑が美しく農園を彩る季節になった。小さな緑の点だった葉が少しずつ広がってきて緑の天井が出来上がる。

毎日の作業場で私の立ち位置から見えるのはウメ、カキ、サクラ、クリ、カエデ、ケヤキ、イチョウ、そしてホオ。

それぞれの木が次第に緑で覆われるようになり、木陰が出来始めるころにホオの高木に大きく美しい白い花が「パカッ」と開く。

朴の花が言葉に出来ないくらいの良い香りを放ちながら、新緑の風景が完成し、これを合図に雑草の生育も盛んになる。

そして「草刈り」が作業に加わる。

仕事の合間をみつけ草刈り機を担ぎ、園内を西へ東へと汗をかきながら草を刈っていき、刈り終わって振り向くと、また草が伸びるという時期が秋口まで続く。

農園での作業はシンプルな単純作業が多い。自分自身の能力を客観的に評価するのは難しいが、5年、10年と共に働く従業員が身につけてきた能力は少しずつ増えた。

それは歯を食いしばり根性と瞬発力で身に着けた能力ではなく、同じ作業の繰り返しの中、コツコツと根気よく続けることで身につけた熟練の能力だと思う。

こう書くと全てが完璧に出来ているようだが、私も含め、まだまだ行き届いてないところはたくさんある。

根気よく身につけた熟練した能力は決して折れることはないと信じて、まだまだ磨きをかけていきたい。

あだちまさし。

心暖まる筍のお裾分け

筍が有名な吉部。今年は豊作という話をよく耳にする。農園近くの筍加工場も今が最盛期。

普段は出入りのない加工場だが、この時期になると季節労働される方の車がたくさん並び、

工場の外に設置してある大きなダストボックスには次から次にベルトコンベアで運ばれる筍の皮がドッサリ山積みになる。

以前は小分けした真空パックで販売されていたが安価な中国産に押され、現在は一斗缶での業務用出荷が主になっているようだ。

昭和40年代の前半に筍加工場ができた当時は子どもが小遣い稼ぎに筍掘りをしたり、筍を収穫するため竹を植林する家もあったと教えてもらう。

こんな吉部の昔話をして下さるのはパートのF井さん。生まれも育ちも吉部で60年以上地域の移り変わりを肌で感じてこられた。

このF井さんが毎年「筍」のお裾分けを下さる。手間のかかる下茹でを済ませた状態で頂くので、すぐに「旬」を味わうことができる。

ご自宅の裏に竹林があるので自分で収穫されたものかと思いきや、お裾分け下さる筍は徳島県産である。

娘さんのご主人が徳島県出身。毎年、ご両親が掘りたての筍を吉部のF井さんへ宅配して下さる。ちょっと不思議な話。

両家顔合わせの会食で筍の話題になり、「私どもの口に入る前にイノシシが食べてしまいます」とF井さんが嘆いたところ、

イノシシ被害をひどく同情された主人のご両親が筍が一番美味しい時期に届けて下さるようになったそうだ。

今の時期、吉部で筍は珍しくないのだが、F井さんは徳島からの心遣いが嬉しく、荷物が届くと早速手間がかかる下茹でまで済ませて、ご近所に配られる。

毎年、こんな心温まる「筍」のお裾分けを頂き「旬」に触れる。

我が家でも、昨日はイイダコと一緒に炊いてもらい、今夜は筍ごはん。家族全員、笑顔でいただきました。

あだちまさし

耐性と泰然

休日明けのIさんとの交換ノートを開く。

いつものように家族とショッピングを楽しみ、夕食は「すきやき」と書かれている。アンダーラインを引き「いつもご馳走ですね」と返信した。

ノートには3日先までの天気予報とプロ野球の結果。昨日まで彼女が愛する巨人と我らが「広島カープ」が3連戦。2勝1敗で広島勝ち越し。

土曜日はテレビ中継があったので私も久しぶりに途中から試合観戦した。見ごたえのある好ゲームで手に汗握りながら。

ネットや新聞では「巨人連敗」が大きく取り上げれられるが「広島カープ」の強さをもっと賞賛してもらいたいと感じるのは私だけではないと思う。

しかしながら、今年のセリーグは混戦模様でノートのコメントにも力が入る。

プロ野球の結果とともにスポーツ面を賑わしているのが「二刀流」で大リーグ挑戦中の大谷選手。様々な角度から取り上げれる姿は脱帽することばかりである。

ネットやIさんのノートでスポーツニュースをチェックするのが忙しい日々。そんな中、私が一番興味があるのは「イチロー選手」の動向や言動。

昨年末から去就が取り沙汰され、3月にマリナーズ入団が発表されてからのコメントには興味深いものが多い。

経験を積み重ねてきたイチロー選手ならではコメントは深く心に響く言葉の力がある。とりわけ入団会見でのコメントは心に響いた。

あだちまさし。

以下、イチロー選手のコメントに関する記事抜粋。

「いろんなことを経験しました、この5年半。また(耐性)が強くなった、(耐性)とはいろんなことに耐える能力、これが明らかに強くなったと言うことです」

控え外野手の立場がそうさせたのだと言う。また、124日間にも及んだ「無職の日々」には、この言葉を使った。

「いろんなことを考えました。周りも心配してくれることはたくさん聞いたんですけど、僕自身としては(泰然)とした状態であったと思います。

(泰然)と言う状態はプレーヤーとしても、人間としても、常にそうでありたいと思う目指すべき状態であったので、そう言う自分に出会えたことはとても嬉しかったです」

身につけた「耐性」が「泰然」を生む。世界最多の4358安打を放つ孤高の天才は(経験が人を育てる)と言っているのだと感じた。

文殊の知恵のおかげ

県道230号線伊佐吉部山口線。

アクトビレッジおのを通過し小野湖へ注ぐ厚東川を右手に見ながら吉部に抜ける県道。ここが私の通勤路。

吉部稲荷手前の夫婦岩付近まで大型車が通行困難な狭い県道だが6時前には決まった車しか通行しない吉部への抜け道になっている。

今の時期は自生する藤が点在し紫色の花が目を楽しませてくれる。運転中、イノシシ、タヌキ、キジなど野生動物が出没するが、最近はなぜか野ウサギをよく見かける。

私が通勤中にすれ違うのは新聞配達。吉部側からは毎日新聞。小野側からは読売新聞。週末は釣り人の土地勘のない不慣れな車、あと小野の老人Nさん。

この老人、顎髭を蓄えた中々強面な風貌でノラリクラリと軽トラで早朝から付近を巡回する。

以前は農園にも度々遊びにきたが、地域の住人からは滅法評判が悪い。罠にかかった獲物を横取りするとか、畑の作物を持っていくなど噂話をアチコチで耳にする。

私はそれほど嫌悪感は持っていないが、農園へ顔を出すと作業場にドッカリと座り長話をはじめるので深い付き合いはしていない。

積雪が多い日も軽トラでの巡回は欠かさないので、狭い県道で離合する際に愛想笑いで朝の挨拶をするのが私の日課になっている。

今朝5時半ごろ、前方よりボートを牽引した四輪駆動が二台連なって走ってくるので左側に寄せて道を譲ったが、相手の車幅が広く、さらに左側へハンドルを切ると私の車の後輪が溝にはまった。

日頃なら自力で脱出できる浅い溝だが、昨日の大雨で溝に溜まった水分たっぷりの落ち葉でスリップし前輪までスッポリはまり身動きが取れなくなった。

四駆の釣り人2人が責任を感じ、精一杯の力で手伝ってくれたが私の車はビクとせず、付近で釣りをしている仲間を呼んでくれ応援をまつ。

この間、強面老人Nさんが通りかかり「こんな大きな車が入って来ると迷惑するいぃのぉ」とダミ声を張り上げ、釣り人を一瞥しながら車から降りてくる。

軽トラの荷台からゴソゴソと自然薯掘り用のスコップを取り出し老人も作業に加わった。内心、この人には借りを作りたくなったかがしょうがない。

そうこうする内に応援の釣り人8人が到着し、全員で車を持ち上げてもらい難なく脱出することができた。この間15分ほど。

自分のことの様に喜ぶ釣り人たちに丁寧にお礼し、老人には「すまんかったね」と小さく頭を下げた。

善意の集まりのような釣り人たちの盛り上がりに圧倒された強面老人は自然薯スコップを肩に担ぎ「文殊の知恵のおかげじゃ」と言い残しノラリクラリと帰っていかれた。

みなさんのおかげで今日一日の仕事を滞りなく終えることが出来ました。

ありがとうございます。

あだちまさし。

狭い出口

昨日、鶏の出荷を終えたので生産を掴まえる。減少した羽数に対して産卵がどうなのか。

一日の作業を終え、数日前からの冷え込みで少々マイナス傾向にあるが概ね順調な産卵。

ホッと胸を撫で下ろすと共に次の出荷のタイミングを考えはじめると頭が重たくなる。出口となる出荷業者との調整に神経を使う日がはじまるから。

ケージ飼いと違うので、朝から鶏を整列させて一羽ずつ産んだか、産んでないか点呼を取ることは出来ない。

「産卵率」でザックリ把握し「出来高」で予想した数が整っているか判断するが、ここで大事なのが「歩留まり」。

この歩留まりを強く意識しはじめ、それをコントロールする力がつきはじめたところで廃鶏出荷先の環境が激変した。

悩みの種の一つは出荷業者との距離の問題。近隣の業者が相次いで廃業している。持ち込み処理か、集荷処理かの交渉で頭を痛める。

もう一つは養鶏業の大規模化に伴う問題。養鶏業者は減少しているが、一戸あたりの飼育羽数が年々増加している。

これには様々な事情が関係しているので私の思いだけでは解決できない大きな問題を含んでいる。

大規模養鶏場とのタマゴの販売先や販売方法で住み分けは出来ているが、出口となる廃鶏業者は同じ。

膨大な廃鶏が集中する業者の繁忙期を窺いなが出荷サイクルを整えていく苦労は、これから先も楽になることはないだろう。

タマゴからはじまる「生産関係」の流れ。その速くて大きな波にのまれて、進むべき道を見失わないようにしなければならない。

あだちまさし。

みぞれが降った

昨夜から強風。寒がもどり(この時期に適切な表現か?)。

夕方の走行中、フロントガラスをビシャビシャとみぞれが音をたてた。

二ヶ月ほど前から懸案だった仕事が先週と今週で片付いた。ひとつは給水器の工事、もうひとつは鶏の出荷。

どちらも従来の方法と異なる手順と作業だったので、頭でイメージしたことがカタチになるか不安だったが、ほぼイメージどおりに終わった。

止まることがない毎日の中で、仕事にちょっと工夫をしたり、一歩踏み込んだりするのは少々苦痛を伴うが、

無事終わった達成感と充実感は踏み込まなければ味わうことが出来ないと今更ながら感じている。

一緒に仕事をすすめてくれた仲間が同じ気持ちを心から共有してくれていれが嬉しい。

農園の仕事を一つ一つ見ると同じ作業の繰り返しのようだが、簡単な作業を繰り返し続けることが出来る人にしか

忍耐力と熟練は身につかないように思う。

寒い一日だったが、充実感と疲労で心と体があたたまった。

あだちまさし。

捕って食うわけではない

昨日の日没前、鶏舎の近くでイノシシと鉢合わせ。正確に言うと昨日「も」。

私の想像が間違っていなければ先日捕獲したイノシシの兄弟。昨年、連れ立って姿を現していた2頭のうちの1頭だと思う。

体も大きくなり多少警戒心が強くなったのか鶏舎周辺を荒らした痕も玄人っぽく、そこら中にという訳ではなくなった。

防獣ネットから入る足あと、歩くパターン、あと逃げるパターン、そして目があった時の驚き方は秋口に出会ったウリボウと同じ。

昨年はネットをくぐる場所を補修してまわったが今回は少し対策を変えてみた。

現在、ネットの外側に箱ワナが仕掛けてあるのは3本の獣道が交差する場所。先日の1頭は、ここで捕獲した。

先週末、ワナの付近を丹念に草刈りをして、獣道や防獣ネット付近からワナに誘導するように小米を散布しイノシシの行動を観察する。

自分なりに仮説を立て、もしも小米を食べるようならワナへの誘導が可能、警戒して食べないようならネットをくぐり好みの場所へ近づくだろうと。

結果は後者。ただ、小米を散布したルートは避け、荒らした痕もかなり警戒心を強めた様子に手応えを感じた。

昨年は隣接する放棄地にある雑木林に住み着いているようだったので、今度は雑木林付近の境界を徹底的に草刈りして農園の内と外の輪郭をハッキリさせる。

この周辺には「ニラ」が生えているが、昨年はニラに近づくことがなかったので、ここだけは刈らずに残した。

今朝は3日ぶりに侵入した形跡を残していたが、さらに警戒心を強めて控えめに散歩している様子が伺える。

猟期も終わったので以前ほど猟師がワナを点検にくることはない。1頭だが農園での捕獲実績が出来たので依頼した私と依頼された猟師の面目もたった。

体は大きくなったが腹を空かせたイノシシが私の姿を見て逃げ出す後姿には少々心が痛む。

捕って食ってやろうと考えている訳ではない。お互いのテリトリーの線引きをハッキリさせたいだけ。

そんなことを考えながら、今日も時間をひねり出し3時間ほど草刈りをし、農園の輪郭をさらに刈り込んだ。

私の意図するところをイノシシが感じとってくれたら幸いである。

あだちまさし。

オメデタイのに心配

いつも以上にグイグイ仕事をすすめた一日。久しぶりに夕食前に帰宅。

今日は長男の入社式。帰宅後、どんな話をするのか興味があり、グイグイのおかげで雰囲気は察することができた。

会社を選んでいる過程は垣間見ていたが、それほど興味がないフリをしてきた。そもそも会社を選ぶまでの道のりを考えると感謝しかなかったというのが正直なところ。

自分で選んだ道なので、自分なりに歩んで行くことを信じて見守りたい。

とは言うものの、やはり心配。とにかく心配なのである。

あれこれ先回りすると本人も不安になるだろうから黙っているが、正直なところ、つまり心配。

先日、運転免許をとったばかり、車の運転をはじめたのは5日前。会社でご無礼などあっても親が代わって頭を下げることもできない。

今まで厳しく躾けてこなかったツケが私の心を不安にさせる。

「親思う心にまさる親心」というが、今頃になってのその気持ちがわかり、私自身も随分と両親に心配をかけたと反省したりもしてみる。

新しい出発を祝うような満開の桜。今年の桜は「そろそろ見ごろね」をすっ飛ばし一気に満開になった。

街中を花弁がピングで覆うが、この「一気に満開」というのが心に引っかかり、おめでたい気分が半減し不安な気持ちが過ぎったりもする。

昨年は夏の暑さが長引き、徹底的な冬の寒さは先日まで。息つく暇もなく桜が満開になり、次の季節がすぐそこまできている焦りを感じる。

こんな気持ちで桜を見るとピングが目に刺さるようだ・・・。ちょと大袈裟に心配しすぎか。

長男のことも、桜の満開も、私ひとりの力ではどうにも出来ない不安や心配だが、時節に任せて自分に出来ることを精一杯取り組むしかない。

金光さまのみ教えの中に「心配する心で信心せよ」とある。

心配や不安は人に向けることなく、まっすぐと神さんに向けられるような自分でありたい。

あだちまさし。

チャボとインコのツガイ

農園での仕事を済ませ配達へ出掛ける前に電話が鳴った。

農園の近所に住むという女性からだったが失礼ながら名前もお顔も存じ上げない方からの問い合わせ。

長い間、チャボのツガイを飼育しており、数日前に友人から頂いた別のチャボのツガイを同じ小屋に入れたところ、雄同士が激しい喧嘩をし、一羽の雄が血を流してひどく傷ついたということ。

ご自分なりに観察し、小屋に間仕切りを入れ古いツガイと新しいツガイを隔離して喧嘩は収まったが今後どうすれば良いかの相談だった。

忙しい時間帯だったのが、出血した鶏冠に消毒をした方が良いか等、真剣かつ熱心に尋ねられるので勢いに押されて私が知っている範囲内で鶏の性質をお答えした。

その後、伝染病予防などに質問が移り、少々話が長くなるのが覚悟で、蚊やハエが高温多湿で産卵から孵化の速度をあげる事を例えに挙げながら、同様の鶏を吸血する害虫の繁殖を教え、
害虫が繁殖した時の鶏の症状を見つける方法を3つアドバイスした。

害虫駆除をどうしたら良いかと畳み掛けるように質問されたので

思わず「害虫が増えるようでしたら私が殺虫剤を持って駆除に行きますから」と電話を切った。

飼育しているチャボを心底心配している様子が電話口から伝わり、思わぬ長電話になったが同じ鶏の命を預かる立場として共感できる話しだった。

防府市内へ入って一軒目のお客さまのお宅では昨年からインコを3羽飼育され、玄関で毎日放鳥されている。

ご主人の体が不自由になり出掛ける機会が減ったので、ご家庭での「癒し」をもとめて飼育を始められ、はじめは2羽のツガイだったが、なかなかカップルにならないので後からメスを1羽購入され3羽になった。

玄関先で顔を合わせる度にインコの自慢と季節ごとの鶏の様子を尋ねられるが、相槌に少しだけ毛が生えたほどの会話で済ませ毎週先へ急ぐ。

昨年の秋ごろだったが餌以外に様々な緑餌(りょくじ)を与えるが、なかなかインコが口をつけないと頭を抱えておられたので、鳥には手も歯もないので嘴でひっぱり、喉まで運びやすいものが良いのではとアドバイスしたことがあった。

いろいろな野菜や野草で試され行き着いた先が「豆苗」。鳥カゴの中にインコの餌と豆苗がひと袋据えてありインコが好んで食べている。ちょっと不思議な光景ではあるが。

今朝、配達へ伺った際、ご主人が神妙な面持ちで「最近、後から飼ったメスの羽がたくさん抜ける」と相談を受けた。

カゴに顔を近づけジックリ覗き込んで様子を見たが、かゆみを訴えるような仕草はないのでハダニではないし、好物の豆苗もいつものように短くなっているので食欲も問題なし。

おそらく日長が延び春を感じて「換羽」をはじめたのではないかとお伝えした。ここでもご主人の熱心さに押され、農園での鶏の日長管理を例えに少し長話になった。

参考書などで勉強したことはないが、鶏との生活が長くなり知らず知らずのうちに身についた自分の知識に気付く。

知っているからと言って、すべてが出来ているかというと、そうでもなく。そんな自分の姿勢も反省した。

勢いよく桜も満開になった。桜が散ると気温も上がり、鶏がもっとも苦手な高温多湿の時期を迎える。

また、ひと仕事増えるが、躓かないよう先手、先手で手を打たなければいけない。

あだちまさし。

皇居で学んだ「引き算」

ちょっと充実した日々を通過しているが気になる新聞記事があったので入力し備忘録とする。

あだちまさし。

○皇居で学んだ「引き算」

背の高いコック帽をかぶりフライパンを手にした男性に参加者の視線が注がれていた。

福島県のホテルで開かれたイベント。男性は宮内庁大膳課主厨長として「天皇の料理番」を務めた高橋恒雄さん(75)だ。
作り始めたのは、国賓をもてなす宮中晩さん会で腕を振るい、手間ひまかけた料理ではない。

同じ分量のみりんとしょうゆ、砂糖を煮詰めるだけで完成したのは万能だれ。
煮物、焼き物、炒め物、何にでも使えて常温で1年保存できる。
地元産の豚肉を焼いて万能だれをからめ、盛ったご飯に乗せれば豚丼のできあがりだ。

参加者から「こんなに簡単なの」と声が上がった。

素材を生かしきるコツを伝えることも。
「大根を食べきれずだめにしたことはありませんか。新鮮なうちに干せば保存が利き甘みも増します」

群馬県出身。栄養士の学校を出た後、天皇の料理番とて小説のモデルにもなった秋山徳蔵氏に声をかけられ宮内庁に。
50代半ばで総料理長にあたる主厨長になり、定年後も嘱託で3年勤めた。

東京の真ん中にありながら皇居は自然豊かだ。
散策で野草を見つけられた天皇、皇后両陛下から連絡が届くとフキノトウを天ぷらに、ツクシをつくだ煮にした。
「食材は無駄を出さないでくださいね」。
皇后さまから伝えられた言葉を今でも大切に守っている。

両陛下は被災地に何度も足を運んで被災者に寄り添ってこられた。
「お姿から学ばせていただいたことはたくさんあります」。
宮内庁を離れた高橋さんはボランティアとして東北の被災地を飛び回り、料理教室を開いたり、地元食材を生かしたレシピを考えたりしている。

宮中晩さん会で提供したのはできるだけ手をかけて食材にもこだわる「足し算」の料理だった。
一方、日常の料理で究極のおいしさを求めると、素材そのものの持ち味を生かす「引き算」になる。
家庭料理の調味料は最小限、調理法もシンプルでいいー。
料理番の仕事を通じてたどり着いた考え方だ。

幼稚園で子どもたちとニンジンピラフを作った時のこと。
バターで炒めたニンジンを米に加え、炊きあがったら軽く塩を振ってよくまぜるだけ。

「野菜嫌いだからきっと食べない」という母親たちの予想を裏切り、子どもたちは「宝石ご飯だ」と平らげた。

素材のことを思い、食べる人のことを思う。
そんな料理の原点を学んだ皇居では、春を告げるツクシが背を伸ばしているだろう。

1時間をひねり出す

雨の祝日。シトシト、ザァザァとよぉ降りました。

職場へお届けするお客さまは昨日の夕方に配達を済ませたので出発時間に余裕があったが、いつもより30分早く出かけた。

厚東川より東側のお客さまを前日に終えていたので40分ほど配達時間を短縮でき、あわせて約1時間をひねり出した。

凍結の後遺症で送水管にわずかな亀裂がある鶏舎が一つあり、応急処置で済ませてきたが、この補修作業に手をつけたかった。

各鶏舎には降下する水の圧力で送水、減圧タンクのフロートで鶏舎内の水量を調整している。

減圧タンクに水が入る前に止水栓があるが、先月の凍結で、この2つの間に目視でも確認しずらい小さな亀裂が入った。

減圧タンクより後なら水が漏れるか、漏れないかの小さな亀裂だが、降下圧が直接かかるので「ジワァッ」と水が漏れ鶏舎の床が不衛生になる。

亀裂が入った箇所の塩ビだけ取り替えれば水漏れは止まるが、今度の冬に備えて根本的な修理がしたくて作業が後手後手になっていた。

配達を終え、昼過ぎに農園へ戻り、パック詰め作業などを後回しにして、ひねり出した一時間を有効に使いFさんと修理した。

予定時間は少しオーバーしたが初めて使う材料もキチンと収まり、何とかカタチになった。

ひとりで修理しても良かったが、Fさんにも手伝ってもらったことで、彼の「経験値」も積み重ねることができた。

あだちまさし。

捕獲

今週から草刈りをはじめた。春の柔らかい草を2日で4時間ほどの体慣らし。

今朝、薄明るくなった草刈り済みの場所にイノシシの荒らした痕を発見して大きなため息が漏れる。

軽く舌打ちをして、鶏舎の奥に設置した「箱ワナ」に目を向けるとフタが落ち、中で激しく動く物陰が・・・。

近づいて確認すると鼻息荒いイノシシが1頭。鉄格子に頭から突進しながら必死の抵抗中である。

私が近づくと背中の毛を逆立て鼻息を荒くして威嚇してくるが、よく見るとさほど大きくなく体長約1メートル、30キロ程度のメスのイノシシ。

おそらく昨晩、鶏舎のまわりを荒らした犯人ではなかろうか。

掘り返した場所は昨年の秋に荒らした場所と同じ、ウリ坊より少し大きめで、悪さをしながらも多少愛嬌があったイノシシが冬を越えて大きくなったと推測する。

「痩せ細った」とまではいかないもののが、お世辞にも丸々太ったとは言えない肉づき。厳しい冬を山で耐えてすごし、昨年の記憶を辿りながら空腹を満たすため鶏舎に近づいてきたのだろう。

長引く寒さの冬だった。私も厳しい寒さの中での仕事が続いたのでイノシシの気持ちも痛いほどわかったが、猟師さんに「獲物がかかりました」と連絡を入れた。

9時すぎに二人の猟師さんが来園。

イノシシが暴れる箱ワナの格子の隙間から足を括るワイヤーを垂らし入れ、まずは右後足、そして右前足を括ってワナの天井に吊り上げる。

ちょうど私たちの方に腹を見せる形で吊り上げられ、猟師さんが喉元と肋骨の間にある頚動脈を慎重に確認してメスを入れた。

心臓の鼓動で押し上げられる血液が傷口から噴出し、ほどなくイノシシは絶命する。

この後、猟師さんが持ち帰り、腹を開き内臓を抜く。一晩ほど荒滝山の山水に漬けられ血抜きし、明日の午後から解体されることになる。

イノシシが繁殖する一方で、駆除を担当する猟友会のメンバーは年々減少している。農地への被害も甚大。

様々な思いが胸の中を交錯するなか、駆除を依頼した立場から一部始終を目に焼き付けた。

あだちまさし。

はたらく仲間

春が一気に到来。今朝は冷え込みを感じることなく園内仕事も快適。タマゴを満載して配達に出掛ける足取りも軽かった。

農園から2号線へ出るまでは見通しが良い道路が続く、2軒目の配達先へ伺うため側道に入ると右手の「はなっこりー畑」に農作業中の男性の姿あり。

午前8時前、昨日までは霜がおりて手先が凍る寒さを感じる時間帯。黙々と収穫作業をする「KAVU」のパケットハットが見える。

いつもお洒落な百姓スタイル、元気印の「ムラオカさん」である。僅かな時間だったが車を止めて「はなっこりー畑」で彼の話に耳を傾けた。

ムラオカさんは異業種から農業を志し、ご夫婦で「万農塾」に入塾。2年間の農業研修を経て、今年2月から新規就農されモリモリ仕事に精を出されている。

私より2つ年下の2児の父。見た目は若く、お洒落だが農業に対する「熱量かなり多め」のおじさん。昨年から鶏糞を使って下さるようになって、次第にお付き合いが深くなった。

2月の就農と同時に「邑岡農園」と書かれた爽やかな緑のシールが張られた野菜が楠こもれびの郷に並ぶようになった。

私もお客として陳列された野菜を目で確かめて購入し、彼が丹精込めて育てた野菜を我が家の食卓で有り難く試食させて頂いた。

どれも美味しく子どもたちも喜んで食べたが、なかでも「頂花蕾(ちょうからい)」は初めて食べてファンになった。

頂花蕾とは、山口県特産「はなっこりー」の株の先についた蕾(つぼみ)のこと。ちなみにスーパーの店頭で目にする「はなっこりー」は頂花蕾を摘んだ後に伸びてくる側枝。

はなっこりーはJAの共販品種だが、蕾は共販されない部分。今までは生産者しか食べることはなかったが、ごく最近、楠こもれびの郷に限って出荷が認められ市販されるようになったそうだ。

我が家では「ごま和え」で美味しく味わったが、ムラオカさんは炒めた方が美味と勧めてくれ、とりわけ茎と葉が美味いと実物を片手に力説された。

圃場で作物を目の前に生産者から聞く話は多いに説得があり、自分がタマゴの配達中であることをウッカリ忘れるところだった。

ムラオカさんをはじめ、農園と同じ地域で、私と同じ世代の後継者、あるいは新規就農者として農業に携わる方々と鶏糞がキッカケで交流をはじめて5年ぐらいになる。

今まで近くにいながら接点がなかった農家さんとの「友達の輪」も次第に広がってきつつある。

それ以前は「不要な物を処分する」感覚で地域の先輩の方々に鶏糞を委ねていたが、同世代の農家さんに必要とされるようになりはじめて多くを学びがあり、

私自身も季節の移り変わりを圃場の作物から感じ取る感覚が少しずつ身についてきた。

それぞれ立場は違うものの、同じ地域で汗を流して働く喜びや苦労を共感できる「はたらく仲間」は大変心強く、ありがたい存在でしかない。

あだちまさし。

白飯300グラム

冷たい風と小雨、かなり肌寒い農園作業を終えて配達に出掛けた。

山口フジの配達を済ませてセルフスタンド。給油中に山から吹き降ろしてくる風が猛烈に冷たい。盆地なので山との間には遮るものがない。

スタンドの店員に「ぶち寒いねぇ」と話しかけると「このあたりでは鳳翩おろしと呼んでます」と初めて聞く単語で返答があった。

「鳳翩おろし」と言われると吹き付ける風が一層冷たく感じ、聞くんじゃなかったと後悔する。

湯田温泉街を抜けて、開店前の「野菜工房」へ納品。

県内各地から開店前に有機野菜が宅急便で届き、店内で陳列をする店員さん、こだわり食材を使った弁当づくりをする店員さんが忙しく働かれている。

慌しい店内を取り仕切るのは「野菜のソムリエ」山本店長。忙しそうだったが朝の挨拶と最近の話題。

「今日の弁当はボチボチだけど、明日の朝が大忙し」とソムリエ店長。

レノファ山口から試合遠征の移動中に選手が食べる弁当の受注が入っているようである。日曜日は栃木SCとアウェーゲーム。

栄養管理をするトレーナーから細かい注文が入り、一人当たりの分量なども指定があるそうだ。

選手一人あたりの白飯が300グラムらしく、いつもの容器では間に合わないので大きな弁当箱を用意して栄養満点の料理の数々が詰め込まれる。

「もちろん、しんあい農園のタマゴもゆで卵にして入れますよ」とのことで、意外なところでJリーガーと接点が出来た。

3月11日(日)。J2リーグ第3節 VS 栃木SC戦は栃木グリーンスタジアムで14時キックオフ。

山口県産こだわり食材をタップリと詰め込んだ「野菜工房特製弁当」で胃袋を満たした選手の方々が活躍する姿が楽しみである。

あだちまさし。

きんかんの砂糖煮

朝食のヨーグルトに「きんかんの砂糖煮」を2つ添えた。

昨日の配達途中に有帆朝市に立ち寄り野菜と一緒に購入したもの。ビタミンが豊富でのどや風邪に良いと商品を受け取りながらセールストークを聞いた。

有帆朝市会のメンバーにはパートのYさんや、長いお付き合いになるタマゴのお客さま、定期的に鶏糞を取り来園されるご婦人も多くおられる。

旬の野菜の話や、野菜の生育状況、メンバーの年齢構成など、Yさんが農園で仕事をはじめられてから耳にする機会も増えて、耳から入れた情報で理解も深まったと感じていた。

朝市の近所に住まいがあるタマゴのお客さまにも、やはり耳から仕入れたオススメ商品を配達の際に宣伝させてもらったこともある。

私が有帆朝市に立ち寄ったのは今まで2回ほど。いずれもYさんに業務連絡があり、配達途中の僅かな時間に車を止めただけ。

朝市メンバーの皆さんが無農薬で野菜を栽培されているのも知っている、循環型農業を勉強され、実践されているご婦人がいることも知っていた。

しかしながら私たちとは商業規模が違うので、何となく心の何処かで「一線引いて」お付き合いしてきた自分がいたように思う。

ここ最近「心のゆとり」のなさが原因で起きたマイナス事案が次々とあり、落ち着きなく仕事をしている自分に少々嫌気がさすこと多かった。

昨日、朝市に何か目当ての野菜があったわけではないが、そんな自分のトゲトゲした気持ちを静めようと車を止めて、残りわずかになった野菜を眺め、勧められるままに加工品の試食をして、流れにまかせて買い物もした。

今年の冬は厳しい寒さで野菜の生育不良が続き、並べる商品が少ないため店じまいをするのが早いとYさんから聞いていた。

そんな中でも週二回、12年間休まず朝市を開催されている。厳しい気象条件を悲観するわけでもなく、声を大きくしてこだわりを押し付けるような売り方はされない。

メンバーのご婦人方は愛情を込めて育てた野菜が売れるのが心から嬉しいといった表情をされ、お客さまへのアプローチも自然と熱をおびている。

そんな朝市のテントの中は笑顔と活気があって、良い気分転換になり心地よい刺激を受けた。

あだちまさし。

名残惜しい送別会

午前さま。春の嵐の中、辛い朝をむかえた。

昨日は長男の卒業式。13時の式にはじまり、部員総出のお別れサッカー大会、19時から防府グランドホテルに場所を移し保護者会主催の送別会。

家内が行事に参加したので、私は日曜日の仕事を終え、下の二人の子どもを連れてホテルまで迎えに行った。

久しぶりの家庭サービスなので、あらかじめ調べておいた場所で安価な外食を楽しみ、甘い物まで子どもにサービスして、ホテルに到着したのが21時すぎ。

長男が高校に通いはじめて多くの方にお世話になったが一度も行事などに参加したことなく、最初で最後なのでサッカー部の監督さんにお礼の気持ちを伝えたかったが、

熱く充実した部活3年間の送別会が終わったのは23時半ごろだった。

大勢の部員から囲まれた監督さんに挨拶することは叶わなかったが、長男も家内も充実した表情だったので○として岐路についた。

長男の高校生活も終わり、夕食時に顔を合わせる時間も少し増えたので、少しずつ思い出話を聞かせてもらいたいと思う。

良き指導者、友人や今まで支えて下った多くの方々のおかげで無事卒業できた。

本人は気付いてないかもしれないが多くの方々のお祈り添え、お力添えもあった。ただただ心から感謝である。

私たち家族の新たなスタートラインも見えはじめた。

あだちまさし。

そろそろ原木椎茸も

「おぉーさぶ。さぶいぞなぁ」

お昼すぎ、翌日の朝市で販売するタマゴを受け取りに来られたTさんのご挨拶。

今朝も大霜で冷え込んだ。8時すぎ頃から太陽に照らされポカポカ陽気になると期待したが、午後から曇り。雲が日差しを遮るとまだまだ「さぶい」。

齢80歳を越えられたが地元では「しょうちゃん」と愛されるTさん。週2回、キチンとご注文があり、ご自分で受け取りに来園される。

稲作の傍ら、ご自分では食べきれない量の様々な野菜を栽培されている。週2回の朝市「おいでませ吉部」の売場が賑わいを切らさないための営みである。

椎茸の原木も毎年更新されるのには頭が下がる。道の駅などで「原木椎茸」をチラホラ見かけるようになったので椎茸の生育状況を少し尋ねた。

「だいしょ椎茸が出てきたが日が照らんので寒くて大きく肥らんいぃの」とのこと。おそらくアチコチから顔を出してはいるが収穫するには小さすぎるのだろう。

明日は気温が一段あがり春本番の陽気が期待される。その後、月曜日の明け方から雨の予報になっている。

おそらく明日の夕方は降雨前の椎茸を収穫、雨上がりには、また収穫と忙しくされるであろう。

週明け水曜日の「おいでませ吉部」にはTさんの収穫された原木椎茸が並びそう。

少しずつ暖かくなり、売場の野菜が活気を取り戻しつつある。

あだちまさし。

二日前の新聞より

「ごはんつぶ残したら目がつぶれるの?」と聞く子がいた。

私たちはお米の国に住んでいるからね。お米は日本人にとって特に大切な食べもので、それを粗末にするなんて、バチが当たると言われてきたんじゃよ。

食べものはみんな生きている、命あるもの。肉や魚も、お米や野菜も、私たちは食べることで、その命をいただいて生きている。だから感謝して残さないようにいただかないと、もったいない。

目がつぶれるというのは、ごはんを残したり食べものを粗末にしたら、命や本当に大切なものが見えなくなるということじゃ。

・・・と言いながら思い出した。節分過ぎに、あちこちから「もったいない、もったいない」という声が聞こえてきたことを。

売れ残った恵方巻きが大量に捨てられるのはあまりにもったいないと多くの人が言っていた。その一方で、恵方巻きは一日だけど、おにぎりは毎日もっとたくさん捨てられているのだと言う人もいた。

食べものが捨てられるのは、おにぎりでも恵方巻きでもなんでも、本当に一番もったいない。

「一粒残さず食べるべし」と言いながら、売れ残った大量ののり巻きやおにぎりのごはんを捨てるなんて、まるで大人の方が命の大切さが見えなくなっているんじゃなかろうか。それでは子どもたちに合わせる顔がないよ。

食べものを捨てることがなくなるようにするにはどうしたらいいのか、考えないといけないね。もったいない。

(もったいないばあさん日記より)

頼りになるひとり親方

昨夜は暴風雨。5〜8メートルの風。強風は今日の夕方まで続いた。

朝6時すぎ農園への橋を渡る途中で鶏舎の照明が点灯していないことに気がついた。

暴風雨だったので、雨が吹き込み何かしら不具合が起きていると感じ、配電盤を確認すると鶏舎の照明全体の半分をまとめるブレーカーが落ちていた。

台風や湿度が高い梅雨時期などに、たまにあることだが、この時期にこんなことは珍しい。

自分で予想できる事を考えながら手早く採卵を済ませ、8時前に頼りになる近所の電気博士の田中さんに電話をかけた。

今回の故障では5棟の鶏舎、その鶏舎では10群を飼育し、照明は朝4時前にタイマーで自動点灯するようになっている。

田中さんは農園の施工業者ではないが、電気関係のトラブルを10年ちかくお世話になっているので、だいだいの事情を掻い摘んで説明しただけで理解して下さる。

私の仕事量も理解して下さり、私も「ひとり親方」で電気工事をされる田中さんの仕事量もよく理解している。

「16時ごろだったら伺えます」と電話で回答をいただいたので、それまで出来る限りの仕事を済ませて、田中さんの仕事が日没までの僅かな時間で効率よく進むよう、私は助手になった。

まずは漏電、もしくは断線の箇所を見つけることから。一旦、鶏舎をひとつずつ絶縁したところで、リレーを確認していく。

幸い40分ほどで原因箇所が断定でき、今度はその鶏舎の照明器具の確認。どうなることかと心配した一日だったが、日没までに何とか復旧にこぎつけた。

鶏舎を立てる時には想定していなかったことが年を追うごとに増える。自分の力だけでは、どうにもならないことも多い。

私ども仕事を理解して下さる近隣の業者さんにはお世話になることが多く、その殆どが緊急工事。

電気工事の田中さんは同世代。水道工事の杉本さんも同世代。

いつも、いつも心からありがたい。

あだちまさし。

反芻

今朝、Fさんと顔を合わせ簡単に挨拶をし、昨日のドーナツの行方を尋ねた。

帰宅するなり一個は自分が食べて、残りは家族で分けたようだ。甥っ子のまぁくんは朝食代わりにチョコドーナツを食べて登校したと聞いた。

家庭での話題が少し膨らんだようで私も嬉しい気持ちで一日をスタートさせる。

配達の途中、昨夜、彼と話した内容を反芻しながら運転した。自分が投げた言葉と、それに答えた彼からのわずかな言葉。

仕事時間外なので、こうしなさい、ああしなさい、というような言葉は使わず、最近、仕事で感じたことを彼自身の言葉で表現できるような問いかけを心がけ、できるだけ時間をゆっくり使って会話をすすめる。

私の問いかけに対して「うーーーん。うーーーん。」と長い時間考え、「それは僕も考えながらやってます」とか割かし簡単な言葉で答えが返ってくる。

私も、その場では「そうよね」とか肯定しながら頷くが、翌日、彼が「うーーーん。」と考えながら発した言葉を、もう一度、反芻してみるのである。

お互いに理解したつもりだがら行き違いはないか。お互いの仕事に甘えはないか。頼んだ仕事に無理はなかったか。など。

私も「うーーーん。」という具合で反芻してみる。

この「うーーーん。」タイムは彼と共に仕事を進めていく上で、かなり重要な役割を占めている。

あだちまさし。

とにかくな1日

今朝は大霜。6時の気温−1℃。

−1℃って、こんなに寒かったかと自分の感覚を疑うぐらい冷たい朝の採卵作業。

指先が言うことをきかずタマゴを何度が落として割った。

餌入れをIさんが始める八時半までは一人作業なので、2度目の失敗までは自分に対して小さな舌打ちをするぐらいで済んだが、

3度目に落とした時に、冷たくなった指先で作業が思うように進まない苛立ちが爆発し「あぁぁーもぉぉぉ!!」と大きな声が口をついて出た。

大きな声に驚いた鶏舎の鶏が騒ぎ、何事か分からない隣の鶏舎の鶏もつられて騒ぐ、おまけに作業場でうたた寝していた犬まで吼えた。

とにかく寒い朝だった。

仕事を終え、年が明けてはじめてFさんと食事に行った。

いつもなら彼が食事をする様子を見ながら、私は酒を飲み、言葉をボツボツ投げるのだが、今夜は彼と同じように丼を持ち、飯と肉を交互に一心不乱で口に運んだ。

あまりにも勢い良く食べすぎて早々と店を後にし、時間があったのでフジグランでお土産を買うよう彼に勧めて、一緒にドーナツをゆっくり眺め買い物をした。

少しの気分転換になってくれれば嬉しいが、もしかすると、そうでもないかもしれない。

とにかく腹は一杯になったことだけは確か。

あだちまさし。

ダルマヤ

宇部で「だるまや」と言えば「うどん」

中央町にあった「だるまや食堂」を思い出す人が多いことと思う。

私も小さい頃、バスに乗って、たまにの祖母との買い物の昼食は決まってココのうどんだった。何を買い物したかは憶えていないが食堂の記憶だけは鮮明である。

一人で出歩くようになっても昭和の雰囲気が漂う食堂はいつも目に留まっていた。ドアのない店先には、いなりや巻き寿司が並ぶショーケース、その隣には看板ばあちゃんが座っている。

まわりの街並みが移り行くなか、長年、同じたたずまいの食堂は私たちに安心感を与えてくれていたが、5年前、隣接店の出火により全焼し、60年の歴史に幕を閉じた。

そんな歴史ある食堂のように「長く続いていくお店にしたい」と願いを込め、店主の上田麻樹さんが今月、宇部市中央町にオープンした「ダルマヤ」さん。

農園のタマゴを使った料理をメニューに加えて下さるとのことで、夕方、サンプルを持って打ち合わせをさせていただいた。

落ち着いた雰囲気のバーカウンターがある店内は、あまり人には教えずに独り占めしたいようなお洒落な空間だった。

タマゴを通じて、私どもも長いお付き合い、お引き立ていただけるよう心からお願い申し上げます。

あだちまさし。

○お酒とカフェ 「ダルマヤ」
 宇部市中央町2-2-12
 0836-34-6820

労働集約型日曜日

気温はボツボツ上がってきたが、今日は日差しを雲が遮り、割かし肌寒い一日になった。

10時に作業場のストーブを消したが、お昼から再度、作業場に暖をいれた。

労働集約型産業の日曜日。

あれやこれやと、やらなければいけない仕事があるが体は一つ。一緒に働くFさんの仕事もボリューム満点。

早起きし、朝の仕事を一時間ほど前倒しに進めたうえで、午後からの力仕事を少しだけシェアしてもらう。

スイッチボタンを押して眺めていると終わる仕事は一つもなく、常に体を動かしながら、頭の隅の方で様々なことを考える。

生産が少し上向き加減に転じてきた。昨年末のローテーションの不具合分を除けば、ほぼ順調に推移している。

この不具合分の遅れをいかに取り戻すかが、今後3ヶ月ぐらいの大きな課題になる。

鶏の産卵活動は、厳しい暑さや寒さで少なからず減少する。

餌を食べ、命を繋ぐ体力は維持しているものの、気候が厳しくなると、自然と命を保つことを体が最優先するので、産卵、つまり排卵活動を休止する。

これは生きて行く上で必要な「性」なので仕方がない。病気で産卵が低下するわけではないので、活動しやすい気候に戻ると産卵活動も正常化してくる。

今年の冬は特に厳しい寒さが続いたので、一進一退という状況が長く続いたが、日々の生産が安定するようになってきた。

卵殻の艶、大きさ、産卵時間の足並みも揃い出し、物は言わないが鶏の体調が上がってきていることを感じる。

農園の梅の蕾はまだまだ堅いが、膨らみは少しずつ大きくなってきている。

あだちまさし。

大難を小難に、小難を部なんに

一週間前、思いもよらない形で病院のお世話になった。しかも救急搬送で救急医療センターへ。

最後に病院へ行ったのは20年前かどうか、そのあたりも記憶があいまい。

病気知らずの健康体というよりは、医者嫌いの無精者で、今回、多くの方にご迷惑ご心配をおかけした。

この一週間、大難を小難に、小難を無難に取り計らい下さったと感じることが多かった。

専門の耳鼻科医師が院内におられ処置にあたって下さったこと、止血処置に5時間かかったが、仕事に大きく支障をあたえる時間でなかったこと、そんな偶然のタイミング。

もっとも、破裂した血管が鼻の中であったことは不幸中の幸いであったと強く感じる。

本日、術後の経過と血圧の診断を受けるべく、午前中に時間を頂いて通院したが、高血圧予防の範囲で最低限の処方を一ヶ月分していただいた。

今後も服用を続けることになるが、自分の心がけ次第で最低限の処方になると説明頂き、ひと安心した。

ただ、大きな厄を小さな厄に変えて頂いたと感じるのは「あぁよかった」という私の人間心が感じているわけで、

この度の出来事に、どんなお取り計らいがあったのが、静かに心の目を開き、心の耳を澄ませて、本当の意味での「人生の分岐点」に出来るよう、もっと心の深い所で感じていく必要があると思う。

そんな中、不思議に感じた事がひとつある。

一週間前の処置室で医師から、今後、内科検診を受けて、薬を処方されるようになるが「お酒はやめましょう」と言われ

「わかりました」と妙に素直に受け入れることができた。すぅっと言葉が腑に落ちる感じだった。

鋼鉄の意志を持って酒を止めるという感じでもなく、また、ところてんのような柔らかい決意とも違い、

どことなく、ふわぁっとしているが、すぅっと心の奥が納得するような感じで、気持ちが穏やかに晴れた。

今まで、どんな気持ちで酒を口まで運んでいたかは私にしか分からないはずだが、医師からの一言は、それを見透かしているような感じをうけた。

あだちまさし。

加速度的に

「○○の身内の者ですがタマゴの支払いは幾ら残っていますか」と配達中に問い合わせあり。

先月末、入院された一人暮らしのお婆さんの娘さんからの電話だった。

毎週2パックをお届けするようになって随分と長いお付き合いになる。

一人暮らしに2パックは多いだろうと何度か尋ねたことがあったが「娘の家族が遊びに来た時に土産代わりにするから」と笑顔で話されるので同じペースでお届けして来た。

ここ数年、配達日が整形外科への通院日と重なっているようで2、3ヶ月分をまとめてご集金させていただくようなリズムになっている。

几帳面な性格の方なので、支払いが滞ったこともなく、私から特に督促もせず。

お隣に住む民生委員さんもタマゴのお客さまなので、一人暮らしされているお婆さんの様子は二週間に一度くらいのペースでお聞きし心配はしてなかった。

先月、新聞配達員がポストに3日分の新聞が溜まったので様子がおかしいと民生委員さんへ連絡。電話をするが応答がないので訪問したところ、脱水状態で身動きが取れずにいるお婆さんを見つけ緊急搬送された。

幸い命に別状はなく、意識もしっかりしていたので一時入院し、体力が回復してから、今後のことは娘さんから民生委員さんに連絡が入ると聞いていた。

その今後のことが決まったので私にも電話があったのだろう。問われるままに金額をお伝えし、振込みされるとのことで送金先を後ほどと電話を切りかけたが、

お婆さんの容態が気になり尋ねると「施設に入るようになりましたから」と。私も、それ以上は立ち入ることなく電話を切った。

農園をはじめて、タマゴをお届けはじめた頃は想像もしていなかったが、一人暮らしの高齢者に関わる同じようなケースは度々遭遇するようになった。

家族のカタチも変化し、高齢者を取り巻く環境も様々。「少子高齢化」という単語を身をもって感じ、その進む速度は自分で想像している以上のものかもしれない。

あだちまさし。

女房床屋で丸刈り

朝6時の気温−0.5℃。夜明け頃は放射冷却で体感温度はグッと下がり、指先動かず。

日中は気温も上昇し春日和。昨夜は期待した雨がなく残念。

今日はFさんに休日出勤してもらい鶏舎の掃除と、床の発酵作業。

井戸から直接給水しながら動力噴霧器を使う予定が水位少なく、給水ホースが届かないので断念して、川から灌水ポンプで300?タンクに給水し、鶏舎まで中継する。

早朝から採卵で鶏舎をまわり、川辺に下ろしたポンプの給油、焼却炉に薪を入れたりと、あちこち行ったり来たりで腰とヒラメ筋が痛む。

夕食後、昨日予約を入れていた「女房床屋」でスッキリ丸刈りに。

長男が高校入学と同時に購入したバリカン。部活の規則で丸刈りが義務付けられていたので私も便乗した。

金も時間もなく、おまけに毛髪も少なくなったので私にとっては好都合であった。

次男が中学に入学し、女房床屋のお客は一時期3人だったが、長男の部活規則が緩和され高校2年から髪を伸ばしはじめたので、現在のお客は2人。

長男も来月いよいよ高校卒業。1月の全国大会が終わり、部活も引退して毎日羽根を伸ばしている。何事もなく卒業式が迎えられるよう祈るのみ。

自動車学校、バイト、友人との外食。今まで部活に費やしてきたエネルギーの全てを使って短い春を謳歌している。

今日は朝から自動車学校、美容室で髪を整え、夜は友人とラーメンを食べるという。

否定もしないし、肯定もしない。あまり口も出さないが、小遣いもやらない。

あだちまさし。

厳冬トンネルを抜けた

先週からボツボツ春の足音を感じるようになった。

この冬は異常気象を感じることが多かった。とにかく寒い、加えて日照不足に水不足。

なかなか生産が上向きに転ずることなくズルズルと時が流れる。

2月7日までは「徹底的な寒さ」。日中も0度以上に気温が上がらず鶏の飲水を凍結させないよう神経が張り詰める。

翌8日、予想気温を大きく下回る「容赦ない朝の冷え込み」。最低気温−8.3℃。凍結防止虚しく、ほとんどの鶏舎の送水管が凍結し、多くの破損事故が起きる。

焦る気持ちをおさえ、Fさんと二人で修理してまわったが、翌日、修理の不備が少しあり手直し。

私は何度も経験したが、さすがにFさんの「ガラスのハート」は、この事態を受け入れるのに時間がかかる。

凍結した送水管が緩んでくるのは気温が1℃くらいに上がってから、日当たりの良い場所から氷が融け始める。

細い送水管の中で融けはじめた氷が膨張し、この「氷のコブ」の行き場がなくなり、塩ビに亀裂が入り水漏れが発生するのである。

凍結防止の排水をしているので亀裂は小さく、水漏れが始まらないと目視で確認するのは難しい。

水の逃げ場所を確保するために排水蛇口をぬるま湯で最大に緩めて、気温上昇の予報を確認しながら、出来る仕事は前倒しに進める。

修理道具を用意し、昼前ごろから破損状況の見回り。氷が緩んだ飲水口「ニップル」から、喉がカラカラに渇いた鶏が一斉に集中するので、それを掻き分けながらニップル以外の箇所から水が出ていないか確認。

亀裂から漏れる水にも鶏が口を開け、舌を這わせながら殺到する。

その亀裂の幅をチェックして周り、被害の確認をしたところで鶏には申し訳ないが、一旦、全部の鶏舎へ流れる始水栓を止め、被害の大きい場所から優先的に保全工事をする。

作業を手伝うFさんには伝えなかったが、2月8日の破損事故は農園はじまって以来、最大級の事故で確保していた保全材料も底を尽きた。

2日かかりで保全作業をしたが、どうしても目視で確認できない亀裂が2箇所残った。

日中は鶏の飲水活動で漏れることがないが、夜中にジワッと滲んだ水が僅かに床に漏れ小さな水溜りができる。

当てずっぽうに切断作業は出来ず、鶏に「しばらく動くな」と言っても聞く耳はなし。

今日のひとり採卵作業で原因の箇所を突き止め、忙しかったが夜中に僅かに漏れていただろう箇所を保全作業。

おそらく、これで作業完了。となってほしい。

厳しい寒さが続き、辛い作業が続いた。私にも堪えたが、とりわけFさんの「ガラスのハート」がズタズタになった。

しかし、この経験が自分にとって「大きな収穫」だったと前向きに受け取れるよう彼へのフォローは大事であろう。

この冬の経験で、私も少しだけ辛抱強くなった気がする。

あだちまさし。

心あたりがある事案

昨夜、夜更かしをしたので辛い朝となった。

川へポンプを降ろし、Fさんと採卵、パック詰めをして、いつもより一時間遅れで配達へ出かけた。

赤崎神社のとなり「松原分校」が折り返し地点。ここで車の前後の荷物を入れ替える。

ちょうど、その最中に「アマゾン」からメールが入った。未納料金が発生している旨と「本日ご連絡なき場合は法的措置に入ります」と書かれ、

連絡先の電話番号「03−6709−0410 アマゾンジャパン相談係」とあり、心当たりはなかったが「法的措置」という言葉が気になり、忙しかったが電話をかけた。

電話口の男に淡々と「お名前と生年月日をお願いします」問われたので正直に答えたところ、少々待たされて

「○○というアダルトサイトの配信料が一年間未納になっており、遅延金を含めて26万円になっています」と淡々と語るのである。

身に覚えがないことだったが「26万円」に驚愕し「それは何かの間違いですよ。しかも26万円なんて持ってないし、しかも私の携帯はガラケーですよ、ガラケーからは見れないでしょ、そんなサイト」と声を荒げて畳み掛けた。

「故意にではなく、サイトのバナー広告をクリックしたガラケーのお客さまトラブルが最近、多発していますので、お客さまの過去一年間の接続状況を確認してから、こちらから折り返しご連絡いたします」と電話は切れた。

電話を切った途端に背中に寒いものが走り、膝がガクガクと震えた。声は荒げて反論したが「心あたりがある」。

つまり○○というサイトのバナー広告を見かけたことがある。といういうことは、そういった如何わしいサイトを覗いたことがある痛い腹があるのである。

ただ、私のガラケーからの閲覧は不可能であったが、それが一年前だったが記憶になく、不可抗力でバナー広告をクリックしたことがあるかもしれないと動悸が一段と早くなる。

お世話になっているドコモ店長の宮川さんに電話しようと思ったが、話の最中に「法的措置」があると困ると思い、相談係の男からの電話を待った。

折り返しの配達は気分もうつろ、26万円という額は私の判断だけでは右から左に動かせないので家内をどう説得するか落ち込み、26万円を貸してくれそうな友人の顔を思い浮かべながら返済計画などを考え憂鬱になる。

自分のスケベ心に反省し「どうぞ神さまお助け下さい」と土壇場の神頼みをしながら配達を続けた。

農園に帰るとボリュームある仕事が待っている。その後、相談係から電話はなかったが、こんな気持ちでは仕事ができないので宮川さんに電話するが留守電。

農園に帰り、顔では平静を装いながら重たい気持ちで作業を始めたところで、宮川さんから折り返しの着信があり、鶏舎の陰に隠れて、鶏にも盗み聞きされないよう背を向けて事情を説明した。

「実はアマゾンからメールがありまして・・・」と伝えると、メールは開いたんですか?電話をしたんですか?個人情報を伝えましたか?と早口で質問があり、事の顛末を伝えた。

宮川さんから「それは迷惑メールですよ」と言われ、放心で腰が砕ける。

今後の対応などをアドバイスしていただき、私の悪事は問われることはなかった。

私のスケベ心で家族に迷惑をかけることがなかったことに安堵し、ガラケーがある限り、ガラケーを愛し続けることを心に誓った。

あだちまさし。

心が慣れない仕事

私の仕事は鶏を飼育する畜産農家である。

たくさんのお客さまに支えられている鶏との営みで愛情を持って関わっているが、それはペットを可愛がるような愛情とは別である。

畜産農家で飼育される家畜は産業動物あるいは経済動物と言われる。

タマゴを産む鶏と、食肉になる鶏の飼育期間はそれぞれ違うが、いずれも費用対効果を計算された人間の生活を支えるための「命」。

日々、私たち人間のくらしを支えるために命を燃やしてもらい、その鶏の「寿命」を決めるのも生産者の仕事。

私たちの農園で生産し販売するタマゴの8割以上は対面販売。

気候条件による産卵状況をお客さまにご配慮いただきながらお届けさせていただいているので、需給バランスによって、私が鶏の「寿命」決める。

今日は鶏の出荷。様々な事情を勘案しながら、この群の「寿命」を切った。

また、淘汰される鶏を受け入れる食肉処理場を取り巻く環境も厳しくなっている。

必要に迫られて捕鳥作業を見直し、以前より随分短い時間で作業を終えられるようになったが、

「やったぁ終わった」という爽快感は余り伴わない、だからと言って涙ながらにお別れするような気分でもない複雑な「命」をいただく心境は未だに慣れない。

お客さまに喜んでいただけるタマゴを生産し、鮮度の良いタマゴをお届けするには、切っても切れない畜産農家である私たちの仕事なのである。

出荷作業は、かなり体力を使うので他人に丸投げしたいが、それはでは申し訳がないと常々感じている。

鶏の「寿命」を切ることには未だ慣れないが、この仕事に携わった以上、慣れない方が良いと最近は感じる。

どれだけ作業の効率が上がっても「命」をいただくことで生計を立てているのだから。

あだちまさし