月別アーカイブ: 2013年7月

陸亀のまるちゃん

配達さきでペットが飼われていることが多い。岡本家にはヤギのモモちゃん。犬や猫が一般的。かぶと虫40匹という異色もある。異色といえば水曜日の小野田市。自宅の居間で亀が放し飼いされている。陸亀の「まるちゃん」10数年部屋のなかで大きく成長した。水は飲まない。おもにドライフードに少しの野菜。冬は家のどこかで冬眠するらしい。亀がゴソゴソする家は珍しい。
日記の更新を自力で携帯電話からするようになった。今月はじめて更新の画像もうまく(岩田さんから遠隔サポートあり)できた。8月は呉明美さんと愛娘の美雨ちゃん。先日、在日チベット人、ヤンジンさん講演会の会場で撮らせていただいた。
暑かった7月。元気な心と身体でおえることができありがたし。

プランクトンとプラトン

農園の夏。8時ごろ網戸にすると心地よい風が山や川からそよいで熟睡できる。ところが昨夜はむし暑く、タオルで汗を拭きながら寝不足の一夜に名った。4時まえからニュースを聴きながらゴソゴソ動き、弁当と朝食ができたのは5時すぎ。7時配達スタートまえにシャワーをあびて着替えた。
湯田駅近くひとり暮らしのおばあさん。声をかけても返事がないから卵を勝手口に置いて、7月の集金1500円は来週いただこうと失礼した。それから約1時間後「ごめんね。庭の草取りで気が付かなかった。お支払いしますから寄ってください」と電話があった。そのお宅は駐車がむつかしいから、離れたらコンビニの隅に車を停めて走る「来週の集金でよいです」と言えと心のタヌキが台詞を教えてくれた。が「すぐ行きます!」と返事ができた。
効率、非効率。損益分岐点などと無駄を排除していくことが経営かもわからない。
そのおおきな無駄をしたのは前の仕事(市町村会議録調製)で照会があった宮崎県国富町と契約を交わした。宇部から当時は片道12時間。実に効率の悪い仕事を受けたのは単純な理由「山口県まで電話をしてくれ嬉しかった」から。その結果、宮崎県ほぼ全市町村との契約に至った。払いたいというばあちゃんの気持ちに沿うことがわたしの仕事だと理由をタヌキに教えてやった。
配達さきで日記についての話題もあった。酒を呑まずに日記を書いたことは1日もない。農園日記はきょうも「雲海」ストレートで書き終えた。
山田マリアがメインパーソナリティのラジオ番組「午後のマリアージュ」哲学が話題になり「プラトンが」と学者が話しをはじめたら「先生!プラトンはプランクトンの友達ですか!」
こんな楽しい人と呑んだら最高だろう。

太郎さん近況

ビーグル犬の太郎さん。歯肉炎の膿が頬の皮膚から外に出るほど悪化。一時は食べられないし食欲もなく、高齢(18歳)の命は夏場を越えることは難しいだろうと思いながら、唯一食べるパンを牛乳に浸して食べさせ続けた。生卵は食べないが火をとおせば食べるから毎朝2個、食べやすいよう砕いてパンに添えた。栄養が効いたのか皮膚からの膿がとまり、今は傷口が治り毛が生えている。牛スジや豚軟骨も時間をかけて自力で食べる。足は萎えてきている。朝夕、リードをつけてヨタヨタ散歩に時間をかける。太郎さんの生命力は力強い。
美祢市の山奥。ばあちゃんが玉のような汗をかいて掃除中。集金しながら雑談していたら、それがクセなのだろう、いきなりシャツをめくって顔の汗を拭いた。じぇじぇじぇ!乳が目の前にたれた!
呉善花氏(拓殖大学教授)が韓国から入国拒否された。日韓関係を日本よりで評論していることが原因らしい。

豪雨の日曜日

母は歩行器具を使い歩いて食事に向かった。朝食がおわり、土産の水羊羮を食べてくれた。山口市内に配達に向かった。途中の小郡は8時までの時間雨量100ミリの豪雨だったとラジオが報じた。花火大会が昨夜あった椹野川河川敷は濁流がゴウゴウ。昨夜活躍した大型発電機や投光器が流されていた。停電で信号機がとまっていた。
お昼すぎから雨足が少なくなったので1時間半草刈りをした。汗と雨でずぶ濡れ。けれども刈り終えたところはきれいで気持ちはよい。
昨夜、大阪猪飼野を舞台に、在日韓国・朝鮮人の戦後史を90分にまとめた番組がEテレで放映され観た(録画もした)韓国・朝鮮の名前を使わず日本名を使う人。正式な名前を使う人。その心の対比で番組がすすみ、在日として生きる人たち、それぞれの心境に理解が深まりよい番組だった。

アルミ缶回収

厚狭レインボー(精神ハンディ施設)がアルミ缶をつぶす仕事。それを売る利益とアルミ缶が活躍する。山口市NTT西日本からは毎週大量の協力がある。その他はおおむね毎日の配達先で一週間分をいただく。個人だから一軒あたりの数は多くないが軒数が多く、毎日たくさん回収している。夏場は残ったビールやジュースが腐り臭い。アリや虫が缶におり運転中アリに腕を噛まれて驚いたこともある。しかしこの苦労がわたしのボランティア。3週間サイクルで農園に山積みになったアルミ缶を施設からトラックで回収に来る。
土曜日。美祢市のプロパンガス会社。卵のお客さま以外の職員さん全員がアルミ缶に協力してくださる。彼らがプロパンガスを配達するとき、わたしと狭い山道で道を譲り合ったりしてきた顔なじみも協力理由のひとつ。きょうもたくさん事務所にアルミ缶があった。働いている彼らのもとに行き礼を言う。施設に協力の気持ちではじめた回収。それもあるけれどわたしと多くの人たちとの絆づくりになっている。
午後からトイレと風呂場の掃除に汗をかいた。
明日は母の朝食にお付き合い。足が弱り車椅子をレンタルする手続きがある。レンタル料金は毎月600円。いろいろ制度が支えているのだろう。ありがたい。

それほど田舎がよいか

書店に田舎暮らしをすすめる本がある。テレビ番組「人生の楽園」も田舎で人生が開花したような番組。農園で13年生活して、わたしは地域とかかわりをしない生き方をしている。理由は、わずらわしい。
夕方、わたしに用事があり女性が車で来た。それをわたしに興味本意で話題にする者「あんた貧乏しちょるそか」近くの商店で発泡酒を買ったことが伝わりそれを言わせている(いつも発泡酒を飲む)。農園に出入りするトラックがホコリを巻き上げて畳が汚れて困ると言う。だから地域のみなさんにわたしから挨拶はするけれど、それ以上の付き合いはしない。
金曜日は周南市まで走る。正午の周南市警察署の道路は確保された事件の容疑者が移送されマスコミ陣で混雑していた。もちろん罪はきちんと裁かれないといけない。けれども都会の人間関係は殺伐として、田舎の人々は穏やかに生きているようなマスコミ論調にわたしは違うといつも感じている。事件は過疎の限界集落でおきた。
朝、まるで風呂場にいるような湿度を感じていた。7時すぎに激しい雷雨になり、配達先の山口市内で車から出られない。連日の暑さに雨はスコール。熱帯気候になっているのではなかろうか。

映画ひまわり

連日35度で暑さに慣れてきた。
木曜日の最初は、8時まえのレストラン「うさぎ」。ランチ仕込みの前に正装のシェフ4名が予約弁当づくり。気持ちのよい緊張感がある。
大工の村上さんが在宅の理由はとんでもない暑さ。道具を握った指が硬直したので現場を離れたらしい。
南風泊「マルウオ冷凍」事務所はきょうも窓全開で冷房なし。
わたしも元気に木曜日を走りおえた。
1970年制作「ひまわり」をDVDでみた。今回で5回目。みる度に面白さがひろがる。新婚のイタリア夫婦。ロシアとの戦争が夫婦を別れさせる。夫は極寒の戦地で奇跡的にロシアの娘に助けられ、現地で所帯をもち子供をもうける。イタリアの妻はその所帯を探しあて対面。がく然として帰国。その後夫は単身イタリアに訪れ妻を訪ねる。妻には赤ん坊があった。
ここから先のストーリーは、男はいつも無責任な言動。女は冷静(現実的)
ソフィアローレンの勝ち気そうで、しかし細やかな女心。バックにながれる切ないテーマ音楽。名作だと思う。

朝から大爆笑!

難治性血管奇形という病気は、激痛に伴う歩行困難や内出血など原因不明の病。木曜日のお客さま、小月の東行庵のそば「しみず茶房」奥さまが、この難病を国の難病認定にしてほしいと立ち上がり、支援の会理事兼事務局次長をされている。ご自身もこの病と人生を歩んでこられた。県内だけでも多数この病と生きる子供がおり、その子供たちのためにも道をつけたいと働いておられる。月末に署名を持って厚生省を訪れるので、その署名を集めるお手伝いを半月した。きょうは集まった用紙の空欄を埋めるために説明しながら署名を集めた。明日持参。
今村さんを宅で失敗談が話題になった。今村さんは野球遠征の新潟ホテルで、夜中にトイレと思って廊下に出てオートロックがかかりパンツひとつで慌てたこと。それぐらいはわたしもでもある。しかし、極めつけを披露した。若いころ輸入雑誌のヌードが油性マジックで消された本があった。ひとが「鼻の脂でこすれば消える」と教えてくれた。コッソリやってみたら消えて、もともとの写真がバッチリ見えた。そのあと本をしまって真面目な顔で人に会ったら大爆笑された。わたしの鼻はインクで真っ黒だった。
民主党は菅・鳩山に敗戦責任を押し付ける。相変わらず責任がとれない体質。石井一氏が落選された。民主党のなかでは、委員長職務、とくに委員会議事さばきの公平さは一流だと思っていたからこれは残念。

暑さに負けない火曜日

3時に目が覚め、半に起き上がった。朝ごはんと弁当をつくらねばならない。犬には牛スジを煮込んでスープ。これをドッグフードに添えたら老犬の太郎も喜んで食べる。台所を磨きあげて火曜日をスタート。
暑い日こそ愚痴を言わずにキビキビ働くことが目標。配達さきでエレベーターは使わない「暑い」は言わない。それを守って元気に火曜日をおえた。満載のアルミ缶をさきほどおろした。
呉明美さんに、山口ロータリークラブから「観桜(かんおう)会・来春」でのコンサート(松田屋)をわたしを通して打診されていたことが、事務局へ卵の配達でととのった。お手伝いができてよかった。
家族で一週間、北海道旅行を満喫されたお宅がきょう最後の配達。乾燥した涼しい気候や海鮮三昧をお土産話で聞いた。なにより嬉しかったのは、子供たちがすべてお膳立てしてくれ家族が一緒に旅ができたことだと感じた。それぞれ幸せの価値観があるが羨ましい話しだった。

イノシン参上!

参議院選挙がおわった。気になるのは投票率。つまり政治について無関心の国民が多いこと。ここ10日ちかくでガソリン価格は8円ちかくも高騰した。他にも輸入原材料費の値上がりが家庭消費の商品の価格をあげている。そのことに不満がありながら政治に無関心な国民の多い国家は正常とはいえない。
高齢犬の太郎は寝てばかりで極度に足が萎えてきた。朝夕できるだけリードをつけて歩かせる。今朝5時に太郎と歩いたときカボチャとサツマイモの畑が荒らされていた。犯人はイノシン。たくさん実をつけはじめたカボチャがやられたと思ったら、そのカボチャにはまったく被害はなく、まだ赤子のチンチンぐらいのサツマイモを全滅させていた。去年も大量に実をつけたカボチャには興味がないようだった。サツマイモはもうやめよう。カボチャにしよう。
最近、ゴーヤがたくさん収穫できるようになった。今年もゴーヤ地獄がはじまる。

月一度の休み

体調が悪いのか、炎天下の作業のせいか1時から眠れないまま朝をむかえた。きょうは月に一度の休み。
5時前からきのう炎天下でやり遂げることができなかった薪づくりを90分かけて、汗をしっかり出して終わった。
汗をかいているあいだ、家内はいただいたウナギ、ダシ巻き卵、野菜煮物などを折り箱に入れ、ソーメン味噌汁と冷やした桃を準備してくれた。
シャワーをあびて簡単な朝食をすませて母の折り箱朝食を持参した。ウナギは好物だからたくさんいただいてくれた。桃も嬉しそうに食べてくれた。わたしが小さいころ、母が仕事を5時で終えて6時まえに戻り、風呂が無いから片道30分歩いて銭湯に行った。冬は洗髪した母の髪が氷になり、暗い道を腹をすかせて歩いた。それから夕飯の支度がはじまった。そんな日を辛く思う日もあった。ウナギを子供のように喜んで食べる老いた母を見て「ようも全力で、わたしをよう育ててくれた」と頭が下がった。
山口市に一ヶ所配達をしてから防府市に行った。昼は生ビールで天ぷら。午後から「真夏の方程式」をみた。とても面白い時間。月に一度の休みを満喫。

特別な7月20日

13年前のきょう。大勢仲間が集まってくださり農園がスタートした。歌手の梅原司平さんもお招きしてそれは盛会だった。それから志は高くあったが生活は厳しかった。辞めることもできない愚直でもコツコツ続けてきた。たくさんの方に応援していただいたおかげで13年をむかえた。数年さきには、もう一度あらたなことに向き合いたい心の元気もある。みなさんありがとうございます。

JR美祢駅前。毎月第三土曜日の朝は「軽トラ市」萩から長門を経由して8時半に着いた。ギラギラ炎天下のもと魚、野菜に果物などが9時の開店準備。人だかりは「加奈ちゃんのパン屋」たくさんの種類を並べているところ。集まった人たちからそれぞれのパンの特徴について質問。子供二人の世話もしながら加奈ちゃんスマイルで丁寧な接客ができる。ご年配女性二人が「お店はありませんか」の問いかけ「イベントで販売と自宅で教室をしています」この年配女性は、山口市維新公園の催事で加奈ちゃんパンを求め、とても美味しいからブログで調べて来た宇部のかた。会話を聞いてわたしも嬉しい。昨夜、黄正吉さんから「いま出雲。明日はパンを買いに行けません。ごめん」のメール。卵のお客さま何人かが来てくださる予定。遠くは小野田市から。わたしはいろいろ買い求めて卵の配達にもどった。
午後から薪をつくる作業をした。この時期、死んだ鶏は2日で焼かないと腐敗が激しい。したがって大量の薪が要る。35度の炎天下では1時間電動ノコを使うのがわたしの体力限界。
きのう給湯器が壊れた。中越地震の「ふく鍋隊」でご縁をいただきお付き合いがふかい下関市の金剛住器、木村社長にSOS。月曜日に新品取り付け。
薪づくりの汗は水風呂でサッパリ!

久留米の釣り人

昨夜「川の水量を教えてください」と電話。九州から多くの釣り人が、農園横の川にハヤ釣りに来る。筑後川のハヤは釣り尽くして佃煮をつくるためにここまで足を運ぶ。いつもワンボックスで家族連れの弁当持ちで来るかたと話をした。何度か川の水量が多かったり少なかったりで釣りにならないことがあったらしい。わたしの携帯電話番号を教えておいた。
今朝5時。草刈りの支度をしていたら佐賀ナンバーのワンボックスが到着。
新南陽市を往復し、小郡で散髪。ローソンの岩城さんとお会いした。河村隆子さんから教えていただき、毎朝鍵山先生語録の配信を拝読しています。短い時間ながら近々を語りあった。
4時すぎに農園の橋を渡るとき佐賀ナンバーとすれ違った。帰りぎわ農園に立ち寄り卵を買い求めて家内と話をしたらしい。7キロちかくハヤを釣ったと満足されていたらしい。
さきほど家内も帰り、これからの時間は犬たちが話し相手。明日は7時に萩。

哀れ月下美人

たったひと夜、甘いかおりが部屋中に漂うと聞いて育てた月下美人。先日からふたつのつぼみがついた。だいぶ大きくなったので、昨夜作業場に鉢を入れた。草刈りをするため今朝5時に作業場におりたら月下美人の花が咲き終わっていた。噂のかおりを体験したのは犬たち。
下関市を午前中に配達。南風泊市場の社長室に松村御大がおられ短時間でご挨拶ができた。12月に全国カルタ大会が下関市演武場で400名規模で開催される。もとカルタクィーン今村さんから「松村社長のご協力をいただきたい」と聞いていたのでその説明とお願い。
美祢に移動して加奈ちゃん。まだクーラー使わずに家族でいい汗かいていますと加奈ちゃんスマイル。土曜日は毎月恒例「美祢軽トラ市」パンをたくさん焼いて出店。秋にはラジオ局主催のパン教室講師に選ばれたと嬉しそう。
うどん「よしの」近々の日曜日に農園で歴史を肴に、牧君差し入れの瓶焼酎を呑もうと誘っていた返事「9月まで待ってくれ」理由は、夏休みにはいると家族連れが多く稼ぎどきになる。焼酎は腐らないから9月8日の夕方にやろう。藤野先生(高校教師)も誘っておいてくれ。だった。
お客さまから母に豪華な蒲焼き「うなぎ」を頂戴した。
黄正吉さんから先日のバイマーヤンジンさん講演会について礼を尽くしたお礼の言葉を電話でいただいた。
草刈りで始まった木曜日が終わった。

自力の日記になる

携帯電話(パソコンは農園に無い)で入力した日記は水元さん経由の岩田さんサーバーをかいして管理されている。
きのう夕方、彼女たち二人が来園。わたしの携帯電話でサーバーにアクセスすれば、あとは自動的に日記として文字と写真が管理されると教えていただいた。岩田さんのサーバーシステムがよく出来ているからわたしの簡単な操作で日記が継続できるようになった。きのう日記は試験的に彼女たちの指導で出来た。あたりまえではあるが、きょうからは自力でやらねばならない。
小野田市松原分校(支援学校)に着いたら、スクールバスの運転をされているTさんが来られた「今週で辞めます。お世話になりました」とトレードマークのキャップをとって頭を下げられた(まるで映画「あなたへ」の高倉健さん)毎週会話を交わし10年ちかくでお互いの人生を語りあった「70歳になりました」と言われ「お元気で」と両手で握手した。
きょうもヘトヘトに暑い水曜日。

ダニ騒動

きょうの山口市内の暑さは厳しかった。正午に駅から商店街までの並木通りを通過したが、歩いている人は少なかった。車のクーラーは冷えている実感がなかった。
マダニで人への被害が今年は出ている。農園周辺にもたくさんのダニが繁殖しており犬たちが痒くて落ち着かない。半月まえに予防薬を首に塗った。太郎とハッピーは効き目がはっきりあった。しかし健太には効き目がなく、夕方指でさがして小豆ほどのダニをとってやる。しかし朝には倍ほどに血を吸って大きくなったダニが目につく。きょうは前回と別の薬を買い首と胴に塗った。効果がなければ健太はしばらく放すまい。

朝の散歩コース

先日、在日チベット人のヤンジンさん講演で再会できた呉明美さんと愛娘の美雨ちゃんを携帯カメラで撮った。8月の農園日記に画像を使わせていただく了解をいただいた。彼女の実家は下関市内で「おうちレストランのテジョン(韓国料理店)」。今年11月が開店5周年の月になる。定休日の日曜日を20名ぐらいで貸切り、料理と酒と彼女のカヤグム演奏を楽しむ会を催したい。近々に日時など詳細を日記でアップします。
早朝から日射しが強い季節になった。毎朝のウォーキングは日陰が汗をかかなくてよい。農園近くの工業団地の坂道が8時ごろまでは日射しがあたらない。最近はこの坂道を4往復(約30分)歩いている。
井上酒店で「あかるい農村(鹿児島芋焼酎)5年古酒」を買った。しばらく楽しめる。

母の足が弱る

昨夜はハッピーが吠えて作業場に入ったヘビを知らせてくれた。手の入らない狭いところだったから殺した。
いつもは押し車に体をあずけてぼとぼと歩いている母が今朝は車イスに乗り、職員さんに押してもらい食堂に来た。できることがだんだん少なくなる。きのう次女の真砂恵が会いに来てくれたことを喜んでいた。ウナギが食べたいと言うから来週の日曜日はウナギを食べさせよう。
午後から草刈り。しっかり汗をかいた。毎日数羽は死ぬ鶏は2日おきに焼却しないと腐敗する気温になった。焼却用の薪をどんどんつくらねばならない。
今夜は真砂恵家族が夕食に来る。

黄正吉さんのお手伝い

大韓民国建国65年記念事業として、在日チベット人 バイマーヤンジン(歌手・大阪在住)を下関に招き、慶尚南道道民会の会長 黄正吉(ファン・ジョンギル)さんが会を催された。ヤンジンさんの講演と歌は以前聴いてすばらしさを知っている。黄さんの趣旨も理解したからチケット販売を手伝った。
卵のお客さまとお掃除関係者約20をお迎えした。全体で約200名は集まった。黄会長の挨拶ではじまり、宝塚トップスターのようなヤンジンさんは鮮やかなチベット民族衣装で、在日として両国を愛して暮らす日々を講演された。中国国立四川音楽大学声楽部で西洋オペラを専攻された実力の歌を数曲披露された。
下関の呉明美(オ・ミョンミ)さんが、2月に出産された愛娘の美雨(ミウ)ちゃんを抱いて来られた。彼女の実家は韓国料理店のテジョン。貸切りで料理と酒と彼女のカヤグム(韓国の琴)演奏と唄を楽しむ会を近い将来やりたいと立ち話ができた。
正吉さんの願いが叶いわたしもうれしい土曜日になった。

耳の穴が小さいか?

2ヶ月まえ、運転中の携帯電話使用で反則キップを切られた。すぐにドコモショップでイヤホン通話ができるものを買った。そのイヤホンがわたしの耳に入らない。痛いのを我慢しても入らない。しかたがないから通話時は指で押しあてて使うので片手運転になる。きのうドコモショップに行き「耳の穴に入るものがありませんか」と聞いたら、若い美人店員は笑いをこらえて「それしかありません」また反則金6千円払うのも腹立たしいから使える方法を考えた。耳に入れる器具のカバーを外せばよいとひらめいた。ゴムのカバーを外して、少し耳にあたるプラスチックは痛いが耳におさまった。
背骨がひとつ多いとか(座高の問題)いろいろ特殊なことがわたしにはある。
金曜日。周南市からの帰り道、ラグビーで鍛えた戦車体型の上田さん宅を訪ねた。立派に手入れが行き届いた庭に客間とわたしには別世界。けれども会話は老後を生きること。バブルの黄金時代を上田さんと呑んだ。いまは血糖値や血圧を気にしながらお互い生きている。政治に歴史などを教えていただける。
4時半にもどり、暑いけれども農園の仕事があり汗をしっかりかいた。いただきもの泡盛(12年古酒)を今夜は楽しみたい。

灼熱の厨房

水曜日の小野田市。建設会社の社員食堂。数十人の昼ごはんをまかなう女性が「朝から火を使うから暑いけど、外で働く社員の暑さを思えば、暑いは言えません!」
木曜日の最初はレストラン「うさぎ」オーナーシェフは日焼けで真っ赤。西長門リゾートのプライベートビーチで出張料理がお盆過ぎまである。ランチに間に合わせるため朝からビーチでの料理は体力が要ります。けれども料理を喜んでいただき、利益もあれば暑いなんか言えませんよ。
木曜日の最後は美祢市の「よしの」うどん店の夏は釜の湯と揚げ物の熱でたいへんです。まぁうどん店の宿命ですから。3時に閉店して夫婦はキャンディーをなめるのが日課。
わたしも「暑い」を言わないよう心がけての木曜日。
ラジオからわたしには理解できない言葉がポンポン出る「流行アナライズ」がどうしても気になり、信号待ちで電子辞書でひいて納得。日本語で表現できるのに。
昼間は暑くても、夜は涼しい農園に戻った。

不在者投票

高校2年の男子学生同士が先月、校内でケンカをした。その顛末がなぜか数日まえからラジオ、テレビや新聞で報じられた。退学か転校を加害者?の学生に求めて幕引きらしい。高校生のリンチやイジメでなく、わたしには高校生らしいケンカだったように感じてマスコミが騒ぎすぎのように思えてしかたがない。マスコミが人を裁く力になるほうがよほど不自然ではなかろうか。
11時間の開腹手術をされた今村さんが日に日に体力を回復され、今朝はこれから草刈りに行くと支度中だった。大学野球監督だったから炎天下の汗は気持ちがよいと高笑い。暑さにうつむいているわたしに「気合い」をもらった。
水曜日の配達をおわり不在者投票に立ち寄った。前回市長選の不在者投票で「足立さま」と声をかけていただいた女性がきょうも微笑んでくれたが会話はなかった。あとに続く人たちが日本人の誇りをもって生きていける世の中に一票を投じた。

亀の恩返し

きのう、涼しくなった夕方、草刈りを機械でやりにくい場所に除草剤を散布して歩いた。草むらがザワザワ動くので棒切れで確認したら亀甲模様が消え黒い甲羅の大きな亀。両手で持つと臭いかもわからないからバケツをとりに行き川まで運んで逃がした。相当長生きしているらしいから竜宮城かもわからないと思った。8時ごろ犬が激しく吠えるので窓をあけたらライトを点灯した車が来ていた「宅急便です!」と言う。階段をおりたら宅急便が作業場に入っていた。なんと牧クンだった「別府から大阪に向かう途中です。10分おじゃまします」仕事(高速道路メンテナンス)は順調で海外旅行ができるほど稼げている。短い時間で宮崎弁つかいまくりで近況を語った。わたしに宮崎の瓶入り芋焼酎。西君お供えに別府銘菓を置いて2時までに大阪に戻りたいと走り去った。上海で飲食店をはじめたが撤退。いろいろ大変な毎日を過ごしているから便りもないのだろうと案じていた。神戸の震災からの付き合いのなかで彼は一番スリムになっていたが元気いっぱいだった。
カメの恩返しは元気な牧クンとカメ入り焼酎。
暑い山口市内を走り終えて農園にもどったら35度。夏がはじまったばかりでこの暑さ。年々季節がきびしくなる。

梅雨あけ

おおきなアオダイショウを3匹殺したが、結果的につばめのヒナ4羽はヘビに食べられ守ることができなかった。もうあれだけおおきなヘビはいないだろうと思っていた。わたしの経験では、ヘビは種類ごとに住むエリアをわけているように思う。ここ4年マムシ、シマヘビ、ヤマカガシを見ていない。アオダイショウだけである。3匹も駆除したからマムシが出るのではないかと心配していた。きのう草刈り中に長いアオダイショウの脱け殻をふたつ見つけた。ネズミ対策にはヘビが有効。狭い場所のネズミの巣で育つ子供を食べる。
さらに強力なネズミ防衛軍が今朝あらわれた。前にいたのとは別のネコが太郎の小屋そばで寝ていた。居着いてくれたら助かる。
3月のイノシンだから冬ほどよい肉ではないが食べてくれんか。美祢で猟をするお客さまから丁寧にさばかれた肉をいただいた。よく脂がのっていた。
数年まえ挿し木した月下美人にふたつつぼみがついた。
梅雨明けになり真夏日の月曜日。元気におわった。

早朝はテレビと草刈り

戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか第1回「沖縄」昨夜のEテレ放映を録画して、3時からみた。基地問題を常に掲げて日本政府と相容れない沖縄に、わたしはますます疑問がうまれる。巨額の予算が振興に使われている。番組では予想どうり土地を基地に貸し出している住民の苦悩?がクローズアップされた。日本政府から土地借地料がいくら支払われているかの取材はなかった。地主は「基地は人殺しのためにある」と土地返還を訴え番組は終わった。
その主張だけで構成した番組はおかしい「基地は人の命をまもるためにある」という論調を、北朝鮮や中国が軍備拡大をするなかで、防衛省やアメリカ軍の立場も取材してこそ番組として成立するように思えた「9条」を唱えておれば平和ということはない。
4時半から7時まで、1ヶ月放置して、雨で伸び放題の隣接耕作放棄地の草刈りをハンマーナイフで刈り終えた。しっかり汗をかいた。
母にあいに行った。朝食を済ませ部屋でいろいろ会話ができた。会話の内容はトンチンカン。それでも生きておってくれるから嬉しい。

思いこみスパイラル

県セミナーパークで「会津と長州」の講演会がある。昨夜、いつものように携帯電話サイトから聴講申込をしたが、入力エラーで承認されない。難しい入力でもないのにできない。いつもは夢のなか9時すぎまでエラーを繰り返し頭が混乱したまま寝た。朝4時にはじめから入力したら申し込みが受け付けられた。昨夜はある箇所をわたしの思いこみでミスをしていた。
6時すぎ萩に出る前に念のため雨具と長靴を積んだ。早朝から地域では草刈りがはじまっていた。30分走ったいつものコンビニでドリップコーヒーを楽しんでいたら、冷たい風がふきはじめ暗雲が迫ってきた。携帯電話に防災メールが着信。わたしが向かう萩市・長門市と美祢市に大雨警報が出て、JR山陰本線と美祢線は不通になった。
息苦しさを感じる豪雨をついて萩市に入った。道路は各所で冠水。長門市も美祢市でもずっと雨のなかだった。農園、午後から雨があがり夕方までしっかり草刈りができた。
ポケットベルが発売された直後だから30年ほど前。真新しいポケベルを持って小郡ICから中国道にのり鹿野に向かった。仁保の巨大パラボラアンテナを眺めて「荷降峠SA」のトイレに立ち寄った。わたしの他に車はいなかった。山奥のSAは静寂。用を足して出ようとしたらピッピッと間近で音が出た。あのアンテナを見たせいか宇宙人が間近にいると思いこんだ。トイレの中で身をかがめて宇宙人が去るのを待った。ポケベルが最初に鳴った出来事。

日本語がわからん

昨夜、間違い電話の着信「○○さんの携帯でよろしかったでしょうか」大阪の車販売の若者?レジでも「千円からでよろしかったでしょうか」この「よろしかったでしょうか」がわたしは違和感がある。
今朝のニュース番組。スマホの盗撮アプリを知った女性は記者に「ふつうに驚きました!」この「ふつう」も理解できない。なんでもかんでも「やばい!」の一言も不快。
心を伝える言葉は大切に選んでほしいと思うのは歳のせいかもわからない。
今年はダニが異常発生している。毎日3頭の体をさわり小豆よりおおく育ったダニをとる。あまりの多さに駆除薬を買い皮膚につけた。これだけダニが多い歳ははじめて。
周南市からの帰り道。コーヒーもカフェインドリンクも効き目がない睡魔がきた。路肩に停めて約10分、夢をみていた。

きょうも豪雨

ガソリンスタンドの男性。まえから九州弁の片鱗がチラチラ聞こえた「九州はどちらですか」と尋ねてみた「中津(大分県)です」と笑顔でこたえた「わたしの食べ処は宝来軒でした」「あの店は昭和33年創業で中津の味です。よくご存知ですね!」駅前のハモ料理店や鶏唐揚げ店など中津談義で盛り上がった。「しかし、女性かよだきい(面倒)」と方言をつかうとガッカリですねと言うと「家内は今でも大分弁がぬけません」
午後、美祢市から大谷山荘に向かうころから激しい雨あしになった。道路が川になり運転は危ないと思い30分空き地に停めた。
最後の「よしの」から農園までの山越えは危険だと思い、50キロ規制の高速道路をひと区間利用した。
ハッピーは落雷で1日震えていたらしい。わたしが戻ったらしきりと甘えた。

想定内で驚かない

きのうむし暑くムカデを2匹散歩中に見た。こんな夜は部屋に出ても不思議ではないと思い寝た。
ムカデは部屋で繁殖しているとは思っていない。外から建物の壁の内側から入るか、あるいは外壁をのぼり部屋に入るか。小さいムカデはいない。出てくるのはジャンボサイズ。今年はすでに一匹殺した。
最近、むし暑い夜は出て当たり前、もちろん出ないほうが気持ち(願望)がよいから、出ないことを想定している。だから出たとき驚き慌てる。
1時にトイレに起きた。トイレのドアを開けたら白い洗面所に大きなムカデが動いた。想定内のことだから「やっぱり出たか」と慌てることもなく殺した。
例えば、運転をするとき物陰から人や車の飛び出しがあると想定しておけば、そのとき驚かず、慌てることは少ないと思う。
豪雨に落雷の荒天水曜日。完全装備で雨対策をしていたから、それほどたいへんな配達ではなかったが、通学の子供や道路工事の人たちはかわいそうなほどだった。宇部市の国道が1ヶ所冠水で通行止めで迂回した。
生体肺手術と同じ11時間の開腹手術をされた今村さん。やっと顔色が元にもどり、今朝は草刈機を担いでおられた。その姿が嬉しかった。

季節感はアルミ缶の数

ジメジメ感たっぷりの早朝40分散歩。目の前を特別おおきなムカデが横切った。山道だから殺す必要はない。そこから少しすすんだらまたムカデ。大きなアリが数で攻撃をしていた。しばらくファーブル状態で観察した。強力なムカデのアゴより、数に勝る弱いアゴのアリががぜん優勢だった。
湯田温泉のラーメン店に卵ひと箱と鶏ガラを納品。夕方から朝までが営業だから合鍵で入りスタッフに会ったことはない。テーブルのメモに目がとまった。深夜に交替のとき書いた乱雑な走り書き。とにかくお客さまを大切にせよ。わからないことは電話せよ。携帯電話番号が書かれていた。夜の街で懸命に生きる足跡をみた。
応援しているカヤグム奏者の呉明美さんから、2月にうまれた美雨ちゃんの写真ハガキが届いた。お祝いかたがた韓国料理店「テジョン」にまいりますとメールをした。
暑くなり毎日いただくアルミ缶の量が増えてきた。きょうも満載で農園に戻った。

朝はジリジリ午後はジトジト

朝はつよい陽射しが部屋に入るから雨戸をたてた。午後から雨になろうとは天気予報も知らせなかった。
ずっと歯茎の調子が悪く、一時は食べる意欲までなくなった高齢(18歳)ビーグルの太郎。ずいぶん痩せて弱ってきた。終日寝ているが腹這い。今年はダニが多く、毎夜犬の身体を指のアンテナで探す。駆除の薬はあるができるだけ使わない。
美容室は月曜日がお休み。山口市ニュースタイルの糸賀社長と弟子でパッションを経営の中井さんたちが、3週連続で美祢の「よしの」うどんに足を運ばれたようだ。ひたすら「うどん」に精進される夫婦(めおと)うどんのファンになってくださった。
元気に7月をスタートした。