六兵衛

朝6時。気温5度。晴れ。最高気温19度。

午前3時半、島原市有馬船津の家内の実家で仏壇に線香をあげ、三日月に見送られながら車のエンジンをかけた。

昨日、走って来た島原半島の道路をゆっくり走る。昔と変わった所、変わらない所、お世話になった方やお客さまの自宅前を。

今までは諫早ICまで高速か、南関ICまで高速、長洲港からフェリーで島原半島に入っていたが、毎月ヒナを島原半島へ納入する「茶髪ロンゲピアスの大男」から、深夜は佐賀から諫早湾の橋を渡るのが一番早いと何度も教えてもらった。

今度の帰省で初めて有明海を車を運転して渡る。諫早干拓堤防沿いに通る「雲仙多良シーライン」

昨日は夕日に見ながら気持ちよく渡った有明海を、三日月を右手に見ながら、彼と同様「ぶっ飛ばす」。207号線鹿島バイパスを過ぎるまで一度も信号にかからず、34号線佐賀バイパスを軽快に通過し、東脊振ICまでピッタリ2時間。

ぶっ飛ばして行き、ぶっ飛ばして帰るだけだが、佐賀平野が東から昇ってくる太陽で「朝焼け」になる光景は大変美しかった。

ヒナを運ぶ彼と同様、やはり高速を「ぶっ飛ばし」、自宅へ着いたのは7時すぎ。早朝から、いつもより少し多めの日曜作業をしてくれているFさんに電話をし、8時前に作業へ合流する。

今日が義父の三回忌の法要。

昨日、土曜仕事をジャンジャン片付けて、家内と長女を乗せて島原へ向けて車を飛ばした。

会いたい人、行きたい所、思い出がたくさんある島原半島。

2年前、義父が急逝し、仕事や子育てに追われる家内を少しでも多く帰省させていればと大いに悔やみ、私の短い思い出に浸ることが恥ずかしくなり、自分優先の「心の蓋」を一度閉めた。

ただ、ぶっ飛ばして行き、ぶっ飛ばして帰るだけでは寂しく、今回の帰省は15歳になった長女だけ同伴だったので、17年ぶりに、むかし通い詰めた「六兵衛」で3人夕食会をした。

店名は郷土料理「六兵衛」に由来しているが、私と家内が大好きなのはソレではなく。「もつ鍋」とコラーゲンとニンニクたっぷりメニュー。

以前とは違う新しい店内で、17年前と同じ「すじ煮込み」から。家内は当時と同じ作法で「ゆず胡椒」を入れ。手作り餃子や豆腐ステーキ、特製ニラとじ。

「うまい」と箸をすすめる長女を横目でニンマリと二人で眺めながらの17年ぶりの至福の時。長女は生まれて初めて「豚足」を胃袋におさめた。

〆の「ちゃんぽん麺」を投入した頃から、二代目店主が座敷に座ってくれ、食肉や農産物の長崎県内の流通事情を聞かせて頂き、私が取引がある山口県内の飲食店さまの動向などを意見交換し有意義な時間を過ごした。

家内の実家に気持ち良く帰り、六兵衛焼酎の残りを飲みながら、会うたびに小さくなる義母の話しを2時間弱ほどを聞き、古いアルバムを開きながら子育て苦労話も心の栄養になった。

振り返ると不思議な「ご縁」ばかりの島原半島だが、ひとつひとつの出会いに感謝しなければ。と・・・

あだちまさし

”六兵衛”とは、さつまいもを原料とする島原独特の麺料理である。
江戸時代に島原を飢饉が襲った際、深江村の名主だった六兵衛が、保存食のさつまいも粉を食べる方法として考案したことから、この名がつけられた。
日本では珍しい「押し出し麺」で、水を加えてこねたさつまいも粉に、山いもをつなぎに加えて生地を作り、「六兵衛おろし(突き)」という穴の開いた大型の鉄板で生地を押し出して作る。
黒褐色の短めの麺で、煮干し出汁ベースの醤油味の汁にねぎと一緒に入れて食べる。