足あと

6月ごろから隣接する耕作放棄地をイノシシが荒らすようになった。

農園の外周は魚網を再利用した「防獣ネット」で侵入を防いでいるが、7月の一番暑い時期、隣接する耕作放棄地の境界に新たな防獣ネットを50mほど。大量の汗をかきながら設置し、警戒心の強いイノシシから、しばらくの間、農園を守ることができた。

非常に神経質で警戒心の強い動物なので、普段より見慣れないものがあると避けるように行動するのである。

イノシシが掘り返しながら胃袋を満たす作業を続けると農地はデコボコになり、雨が降ると水溜りになる。そこに微生物なりミミズが湧き、更に水溜りが大きくなり沼のようなプールが出来ると、今度は体についたダニなどの寄生虫を落とすためにノタウチまわり、耕作放棄地はイノシシの格好の遊び場となる。今まで田畑だった農地が荒れていく様を多く目にしてきた。

ただ、イノシシも荒れていく山で腹を満たすことが出来ず仕方なく命をつなぐため、人里へ近づいてくるので、なるべくなら「防獣ネット」で「防ぐ」という段階でお互いのテリトリーを守りたいと考えて、彼らの行動や「足あと」を見守る日々。

ところが、8月下旬ごろ、腹を空かせて我慢できなくなった「ウリ坊」2頭、日没前にネットを破って侵入するようになった。朝から採卵し、パック詰めしたタマゴをお客さまに届けようと車に積み込み出発する頃に姿を見せ、追いかけると狼狽してネットにぶつかりながら、緩んだ隙間から逃げたり、時にはネットを噛みちぎり逃げる。

どこから侵入してくるのか明け方に獣道の「足あと」を確認し、ネットの補修をする。しかし、配達に出発しようと車のエンジンをかけると2頭のウリ坊が走り回るという「イタチゴッコ」がしばらく続いた。

鼻の先からシッポまでが30cmほどの縞模様のウリ坊。「こらぁー」と追いかけると瞬きしながら尻尾を振り、とても愛くるしいが一年半ほどで成獣になる。

一週間、足あとや行動パターンを観察しながら、猟師に相談した。ねぐらは川の傍にある雑木林。日中、姿は見せないが母親も一緒に住み着いているようだ。

ちょうど栗の実が落ちる少し前の時期、猟師曰く「腹を空かせて仕方がないウリ坊はすぐ捕まりますから」ということで、箱罠を設置して帰られた。

縦横90cm、奥行き180cmの鉄格子の箱のフタをワイヤーで吊り上げ、罠の奥にある「蹴り糸」に触れると留め金が外れ「ガシャン」とフタが落ちて御用になる仕組み。

イノシシをおびき寄せるため箱罠の床には米糠をまく。糠とは稲の一番栄養価が高い胚芽。これが好物。水分を含み発酵してくると酸っぱい匂いを漂わせ、そこに微生物が繁殖するとイノシシは食べたい衝動が我慢できなくなると猟師は力説して帰られた。

箱罠を仕掛けて、しばらく経った10月中旬、警戒心を少し解いたイノシシ親子が罠の近くに「足あと」と「傷跡」と残すようになり、数日後には一歩、一歩と糠を食べながら、仕掛けの「蹴り糸」に近づいてきた。

猟師に「足あと」などを確認してもらい「もう時間の問題ですから」とお墨付きを頂いた翌日の朝、罠のフタがガシャンと落ちる。

しかし、鉄格子の檻に獲物の姿なし。イタチか子タヌキが蹴り糸に触れ、格子の間から逃げたような「足あと」のみ。フタが落ちる大きな音を聞いたか、その場面に出くわしたか分からないが警戒したイノシシが近寄ることは少なくなった。

山が荒れて人里でイノシシの被害が相次ぐ話しは宇部市の北部で仕事をしていると耳にすることが多くある。

山が荒れる一つの原因としては、放置された人工針葉樹林。広葉樹を伐採しながらスギやヒノキを植林した山が、様々な問題を抱えながら間伐されず放置されている。近年、問題になっている花粉も、このあたりからではなかろうか。

針葉樹は落葉することなく大きくなるが、大木になったスギやヒノキに覆われた森は日照条件が悪く、下草などの「命」が育ち難い環境にあり、動物が好む木の実を落とす広葉樹のクヌギやコナラなどが生育し辛い環境を生み出すと聞いている。

広葉樹は、小さな「どんぐり」を落としながら、秋になると落葉し、年々、積み重なった腐葉土には微生物が繁殖し、山のダムと言われるような「治水力」も兼ね備えている。

針葉樹が真っ直ぐ根を張るのに対して、広葉樹は枝が横に広がるように根を伸ばすことから「治山」にも一役買っているそうだ。

このような大きな自然の営みに目を向けたとき、イノシシの「足あと」に一喜一憂する自分の存在を、とてつもなく小さく感じ、なんとも言えない気持ちになる。

あだちまさし。