切れかけたご縁の糸

「今年からタマゴはスーパーで買いますから、次回からタマゴは結構です。」

15年以上、毎週水曜日にお届けさせているお客さま。東広島に住む友人Kの奥さまのお母さんからである。ご立腹の電話はピシャリと切れ、年明けから後味の悪い短い会話になった。事情は少し察したが、私自身も疲れた心と体に痛く堪え「仕方がない」と諦めの心が先に湧き出てしまった。本来ならばお詫びが先なのだが。

正月3日は配達をお休みすることをお伝えしていたつもりが漏れがあったかもしれない。年末に追加注文を受け切れなかったお客さまには正月2日にまとめて配達させて頂いたが、その案内も忘れていたかもしれない。行き違いでタマゴ不足のストレスをお母さんにかけてしまった様子だった。

電話の感じだと、私の不行き届きで、もしかすると今まで結んでもらった「ご縁の糸」が切れてしまうかもしれないと感じ、重たい心を引きずりながらの第2週目、今年初めての水曜日配達便を迎えることとなる。

毎週水曜日は小野田市内を中心に80軒のお客さまにタマゴをお届けしている。いつもなら車にタマゴを積み込み、気合を入れてエンジンをかけるが、先日のピシャリ電話で「12月分の集金だけで結構です」と頼まれおり、やはり心は曇り模様。こんな時はミスがありがちなので後戻りして、余分にタマゴを2パック載せて出発した。

学生時代の友人Kから結婚披露宴の案内が届いたのは農園で仕事を始めて間もない頃。広島市内で知り合った年下の彼女が宇部市出身と聞いて不思議な縁を感じた。披露宴当日は半日仕事をして広島市内の会場へ向った。短い時間ながら久しぶりの休日と昼間から大いに酒が飲めるという開放感で大いに心を躍らせて。

「新婦が宇部出身」と不思議な縁を感じていたので、最初に新婦のご両親にお酌に行った。手短に挨拶を済ませて、親族が座られるテーブルを後にしようとすると同じテーブルに見覚えのある顔がある。お互いにいつもと違う服装で、場所は広島。すぐには気付かなかったが毎週タマゴをお届けしている奥さまがキョトンと私を眺めて座っておられる。新婦の叔母にあたると聞き、知らず知らずに頂いていたご縁に驚き、偶然の悦びに身をまかせて、披露宴とは場違いな「タマゴ談義」に花を咲かせた。酒の勢いも手伝い、農園やタマゴのことを大きな声で自分勝手に語ったと思う。

一週間後、新婚旅行帰りに友人夫婦が、お父さん、お母さんを伴い農園を訪問してくれた。
披露宴会場で熱く語った「タマゴ談義」がお母さんの心に少し響いたようで「働く姿が見たい」と嬉しい来園。運動場で遊ぶ鶏を見ながらのお母さんからの質問はどれも的確で、日頃から食材にこだわり調理されている姿勢が想像できた。その日から17年ぐらいのお付き合いになる。

温和なお父さんは、やさしい口調で農園作業を労って下さり、チャキチャキのお母さんはタマゴ宣伝部長のような働きで、職場の同僚、ご自身が通われている料理教室の友人など多くの方に農園をご紹介下さり、その都度、タマゴとお客さまの縁を切らさないようと「ご縁の糸」をしっかり結びつけて下さった。

ハンドルを握りながら、今までことを思い出しご自宅へ着いたのは正午前。とにかく素直な気持ちでお詫びしようと玄関のチャイムを押す。

後味が悪い電話の後だったのでお母さんも気まずい表情をされておれたが、私の不行き届きをお詫びし、年末年始にタマゴが少なくて困ったという話を一つ一つ聞かせて頂く、正月の台所に立つ主婦の忙しさを想像しながら申し訳ない気持ちでお詫びしながら頭を下げる。

それに加えて、友人の一人息子である中学2年生が一人で里帰りし9日間滞在したようである。食べ盛りの孫が「腹が減った」と催促するので、何かつくってやろうとするとタマゴがなく、とうとうスーパーで2パック購入したとのことである。我が家の次男も中学2年生、9日間も家でゴロゴロされると相当ストレスが溜まる。一度や二度、正面衝突しても不思議ではない。そんな場面を想像しながら、父親である友人に代わり、もうひとつ頭を下げた。

しかし、孫の空腹を満たすために購入したタマゴの味が「何かしっくりこない」と言われ、このあたりから話しの風向きが変わり始めた。あなたと付き合い始めて正月にタマゴのことでこんなにストレスを感じたことがなかったと、もうひとつチクリと言われ、意地悪なことばかり言って悪かったけど、と前置きしながら「来週からキチンと届けて下さる?」と問われ、今度はお礼を申し上げて頭を下げた。別れ際に余分のタマゴがないかと尋ねられ、出掛けに余分に積み込んだ2パックをお渡しし、冷たい小雪が舞う玄関を後にする。

切れかけたご縁の糸をタマゴの味で繋いで頂いた。このような間違いは日常のお客さまと取引の中で少なからずあると思うが、親身になって苦言を呈して下さったお母さんに感謝し、ひとつひとつの仕事を丁寧にしなければと気持ちを引き締めた。

あだちまさし。