皇居で学んだ「引き算」

ちょっと充実した日々を通過しているが気になる新聞記事があったので入力し備忘録とする。

あだちまさし。

○皇居で学んだ「引き算」

背の高いコック帽をかぶりフライパンを手にした男性に参加者の視線が注がれていた。

福島県のホテルで開かれたイベント。男性は宮内庁大膳課主厨長として「天皇の料理番」を務めた高橋恒雄さん(75)だ。
作り始めたのは、国賓をもてなす宮中晩さん会で腕を振るい、手間ひまかけた料理ではない。

同じ分量のみりんとしょうゆ、砂糖を煮詰めるだけで完成したのは万能だれ。
煮物、焼き物、炒め物、何にでも使えて常温で1年保存できる。
地元産の豚肉を焼いて万能だれをからめ、盛ったご飯に乗せれば豚丼のできあがりだ。

参加者から「こんなに簡単なの」と声が上がった。

素材を生かしきるコツを伝えることも。
「大根を食べきれずだめにしたことはありませんか。新鮮なうちに干せば保存が利き甘みも増します」

群馬県出身。栄養士の学校を出た後、天皇の料理番とて小説のモデルにもなった秋山徳蔵氏に声をかけられ宮内庁に。
50代半ばで総料理長にあたる主厨長になり、定年後も嘱託で3年勤めた。

東京の真ん中にありながら皇居は自然豊かだ。
散策で野草を見つけられた天皇、皇后両陛下から連絡が届くとフキノトウを天ぷらに、ツクシをつくだ煮にした。
「食材は無駄を出さないでくださいね」。
皇后さまから伝えられた言葉を今でも大切に守っている。

両陛下は被災地に何度も足を運んで被災者に寄り添ってこられた。
「お姿から学ばせていただいたことはたくさんあります」。
宮内庁を離れた高橋さんはボランティアとして東北の被災地を飛び回り、料理教室を開いたり、地元食材を生かしたレシピを考えたりしている。

宮中晩さん会で提供したのはできるだけ手をかけて食材にもこだわる「足し算」の料理だった。
一方、日常の料理で究極のおいしさを求めると、素材そのものの持ち味を生かす「引き算」になる。
家庭料理の調味料は最小限、調理法もシンプルでいいー。
料理番の仕事を通じてたどり着いた考え方だ。

幼稚園で子どもたちとニンジンピラフを作った時のこと。
バターで炒めたニンジンを米に加え、炊きあがったら軽く塩を振ってよくまぜるだけ。

「野菜嫌いだからきっと食べない」という母親たちの予想を裏切り、子どもたちは「宝石ご飯だ」と平らげた。

素材のことを思い、食べる人のことを思う。
そんな料理の原点を学んだ皇居では、春を告げるツクシが背を伸ばしているだろう。