文殊の知恵のおかげ

県道230号線伊佐吉部山口線。

アクトビレッジおのを通過し小野湖へ注ぐ厚東川を右手に見ながら吉部に抜ける県道。ここが私の通勤路。

吉部稲荷手前の夫婦岩付近まで大型車が通行困難な狭い県道だが6時前には決まった車しか通行しない吉部への抜け道になっている。

今の時期は自生する藤が点在し紫色の花が目を楽しませてくれる。運転中、イノシシ、タヌキ、キジなど野生動物が出没するが、最近はなぜか野ウサギをよく見かける。

私が通勤中にすれ違うのは新聞配達。吉部側からは毎日新聞。小野側からは読売新聞。週末は釣り人の土地勘のない不慣れな車、あと小野の老人Nさん。

この老人、顎髭を蓄えた中々強面な風貌でノラリクラリと軽トラで早朝から付近を巡回する。

以前は農園にも度々遊びにきたが、地域の住人からは滅法評判が悪い。罠にかかった獲物を横取りするとか、畑の作物を持っていくなど噂話をアチコチで耳にする。

私はそれほど嫌悪感は持っていないが、農園へ顔を出すと作業場にドッカリと座り長話をはじめるので深い付き合いはしていない。

積雪が多い日も軽トラでの巡回は欠かさないので、狭い県道で離合する際に愛想笑いで朝の挨拶をするのが私の日課になっている。

今朝5時半ごろ、前方よりボートを牽引した四輪駆動が二台連なって走ってくるので左側に寄せて道を譲ったが、相手の車幅が広く、さらに左側へハンドルを切ると私の車の後輪が溝にはまった。

日頃なら自力で脱出できる浅い溝だが、昨日の大雨で溝に溜まった水分たっぷりの落ち葉でスリップし前輪までスッポリはまり身動きが取れなくなった。

四駆の釣り人2人が責任を感じ、精一杯の力で手伝ってくれたが私の車はビクとせず、付近で釣りをしている仲間を呼んでくれ応援をまつ。

この間、強面老人Nさんが通りかかり「こんな大きな車が入って来ると迷惑するいぃのぉ」とダミ声を張り上げ、釣り人を一瞥しながら車から降りてくる。

軽トラの荷台からゴソゴソと自然薯掘り用のスコップを取り出し老人も作業に加わった。内心、この人には借りを作りたくなったかがしょうがない。

そうこうする内に応援の釣り人8人が到着し、全員で車を持ち上げてもらい難なく脱出することができた。この間15分ほど。

自分のことの様に喜ぶ釣り人たちに丁寧にお礼し、老人には「すまんかったね」と小さく頭を下げた。

善意の集まりのような釣り人たちの盛り上がりに圧倒された強面老人は自然薯スコップを肩に担ぎ「文殊の知恵のおかげじゃ」と言い残しノラリクラリと帰っていかれた。

みなさんのおかげで今日一日の仕事を滞りなく終えることが出来ました。

ありがとうございます。

あだちまさし。