市場

タマゴの出荷を仲介して頂くため青果市場に出入りしています。
毎週三回、仲卸業者へ納品し、そこから近隣の小売店の店頭にタマゴが並びます。
納品のため出入りする市場の風景から様々なことを考えます。

下関の百貨店、いわゆる「デパ地下」の八百屋にタマゴが並んでいます。テナントの入れ替わりで一旦途絶えましたが、後継で入店された八百屋が「対面販売」でお客さまからタマゴのリクエストを吸い上げられ、取引を再開していただきました。その際、仲卸を介してのルートをつくっていただき、市場に出入りするようになって十年くらいになります。

市場の近くを配達で通過する際に納品しますので、曜日によって納品時間は異なりますが、土曜日は深夜と早朝のあいだ、市場の一番活気がある時間帯に入ります。様々な事情から近年はずいぶんと取引量が減少してきていると聞いていますが、忙しく行き交うトラックやフォークリフトで活気がある場内を縫うようにして納品します。

場内ですれ違う業者さんは「おやした」という短く力強い声で挨拶されます。「おはようございまいした」が短くなった挨拶だと思いますが、鮮度を最優先にされる仕事の気概というんでしょうか。背筋がキュッと伸びるような、身が引き締まる心地よい緊張感が場内にはあります。

仲卸さんの仕事は、市場から仕入れた青果を仕分けし、個別の店舗へ配送するのが主な業務です。早朝の加工場の作業台の上には、たくさんの野菜や果物が積まれ、ベテランの女性従業員さんが手際よく個別に袋詰めして、店頭に並ぶ商品のカタチに調整されていきます。一見、簡単そうな作業ですが、それぞれ形の違う野菜を見栄え良く整えるのは経験と勘が必要な仕事です。

私たちも農園で生産しているタマゴをお客さまにお届けする際に、飼育方法やタマゴの味など「こだわり」をお伝えするのに多くの時間を使っていますが、一番大切にしているのは「鮮度」です。自分自身も消費者として、とかく価格の上がり下がりで右往左往しがちですが「あって当たり前」の便利さの裏には、物流に携わる多くの人の苦労があることの大切さを、夜明け前の市場風景が教えてくれます。

2023.9.28 あだちまさし

無為

ずいぶん前から「PHP」愛読しています。
心が元気になる雑誌で、値段もサイズもお手頃です。発売日にコンビニで買い求めていますが、はじめて手にしたのは、店頭で表紙の特集テーマが目にとまり購入したのが、きっかけだったように記憶しています。ですから、PHP研究所が松下幸之助の崇高な理念のもと設立されたと知ったのは、しばらく経ってのことでした。

テーマに沿っての著名人などの寄稿に、専門家からのアドバイスがあります。また、毎月の連載がいくつかありますが、ダウン症の書家、金澤翔子さんとお母さまの泰子さんの連載「魂の筆跡」は何度か読み返します。翔子さんの豪快な書に、泰子さんが文を添えられますが、障害がある我が子の母として、ときには書の師匠の視点から客観的に書かれる文章に共感することが多々あります。

今月の書は「無為」。あれだけ立派な書を書かれる翔子さんは、硬質の細字が苦手。それを歎きつつ、最近、彼女が鉛筆で書き始めた「般若心経」の様子に考察されます。一般的に、右脳は直感的、感覚的に優れ、左脳は分析的、論理的に優れていると言われます。そのようなことから、母親の視点で翔子さんの「左脳」の弱さを感じつつも、寸暇を惜しんで細字の練習する姿を、書の師匠として見守られます。

『何も求めずただ書く無為の作業に、左脳の強い人は耐えられないだろう。しかし、よーく見ると、遅々として気の遠くなるような時間経過の中で、少しずつ洗練されてきて、拙いけれど鉛筆の繊細な線質が素敵だ。まるで無駄と思えるけれど、無駄ではないと直向き(ひたむき)な姿を見て思う。』

鉛筆を握って練習に没頭する翔子さんの姿が目に浮かぶようで、泰子さんの視点に強く共感します。私も障害がある人と関わりながら、立場上、仕事の指示をすることはりますが、その「直向きさ」に心を動かされたことは少なくありません。

年々、厳しくなる夏の暑さに心を忘れそうになりますが、共に働く仲間の直向きさにふれる度に心を改め、いまは亡き恩師が「障害者に学ぶ」と、度々おっしゃっていたのを思い出します。この「心の改まり」が「学ぶ」ということではないか、そう今になって思います。

2023.8.28 あだちまさし

しなやかに

梅雨があけました。今月初旬の豪雨がうそのような猛暑日で「災害級の暑さ」という表現に、心が折れそうになります。

六月から七月に日付が変わる夜、県内のあちこちで線状降水帯が発生して、記録的な雨量を計測しました。ちょうど、周南市方面への配達と重なりましたので、水しぶきで息がつまるほどの大雨が降りしきる中、夜通しハンドルを握って帰路につきました。

道中のどこかで車のフロントカバーが吹き飛ばされているのを、ずいぶん後になって気づきました。「命さながら」と表現しても、決して大袈裟ではないような気がしています。

道路が冠水する直前の危ない場面に何度も遭遇しましたが、夜明け前に農園へ到着して初めて見る川の水量に愕然としました。ゴウゴウと音を立てる濁流に「木ノ瀬橋」の手前が浸水して、橋を車で渡ることができません。一段高い所にある農舎や鶏舎は無事でしたが、日頃は車で走る河川の管理道が一時的に冠水しました。

隣人のマコトさんによると、厚東川の護岸が完成して以来の増水ということで、昭和五十年あたりから護岸工事が始まっていますので、四十数年ぶりの水量だったのではないかと思います。十五年くらい前の豪雨で吉部のあちこちに床上浸水の被害がありましたので、支流が合流する部分の川幅の拡張工事がされていましたが、今回の記録的な雨量で残念ながら数軒が再度被災され、心が押しつぶされるようでした。

農園では、大雨の影響を受けながらも最低限の日常業務は支障なく終えることができたのですが、これほどまでの自然災害を目の当たりにすると「不幸中の幸い」的な言葉を使うのは何か不謹慎のような気もしています。各地で頻発する豪雨被害にも多く触れ、無事の安堵を確認し、励まし合うのが精一杯といった心境です。

人ごとには出来ない大きな自然の力にふれ、心を折ることなく、しなやかな心持ちで日常の仕事が続けられたことが少しの収穫でした。目には見えない心の筋力は幾分か強くなったように感じています。

2023.7.26 あだちまさし

副産物

何気なく口にした「インゲン豆の胡麻和え」の美味しさに驚きました。
先日、お客さまが庭先の家庭菜園で育てたインゲン豆をたくさんお裾分け下さり、我が家の食卓や弁当に、初夏の歯ごたえを運んでくれています。

年に二回ほど、タマゴの配達の際に鶏ふんを運んで欲しいと依頼され、土づくりに活用してされます。季節ごとに旬の野菜をお裾分け頂くのですが、今年頂いたインゲン豆は、シャキシャキした食感と独特の青臭さが心地よいというんでしょうか、ことのほか美味しく感じました。

ご主人が几帳面なご性格で、季節のタイミングを逃さない土づくりには、かなり手間暇をかけられます。土づくりに、タマゴの副産物も活用して下さり、収穫の喜びとともに頂く野菜から、私も心を豊かにしていただいています。

例年、五月と六月は鶏ふんを取りに来園される農家さんが少なくなります。
農繁期をむかえ、元肥の必要がなくなるのと、梅雨時期に差し掛かると雨の影響で出足がにぶくなります。加えて、農園でも草刈りなどの作業が増えますので、どうしても搬出が遅れがちになるのが、この季節です。

今年は作業の遅れを出さないために、受け取りが出来そうな農家さんを探して月初めから搬出に汗を流しました。

麦の収穫後、すぐに田植えをする農家さんが、わずかのタイミングで圃場に頒布できるというので運んで行き、有帆朝市会のご高齢のメンバーの方々が受け取りのご協力がいただけそうなので運ばせて頂きました。また、道中にある、ご家庭で野菜作りをされているタマゴのお客さまにも少し裾野をひろげてみました。

限られた時間のなかで、農家さんの息づかい感じ、貴重なお話から自然の営みを教えて頂く事は勉強になります。お金や時間だけでは計ることができない仕事に汗を流し、タマゴの副産物から、はたらく喜びの確かな手応えを感じることができました。

2023.6.27 あだちまさし

享受

手仕事上手なお客さまに、「蛍かご」を見せて頂きました。
昔ながらの手仕事の鮮やかと、柔らかい螺旋状と小麦色の艶が目を楽しませてくれます。吉部のほたる祭りに合わせて制作されていますが、地元のボランティアサークルの方々が、蛍の里で育つ子供たちに楽しんでもらいたいと願い、ワークショップを長年つづけてこられました。

一つのかごを作るのに六十本の麦わらが必要ですが、サークルの蛍かごづくりは、麦の栽培からはじまります。種をまき、麦ふみをし、かごづくりに夢中になる子供たちの笑顔を思い浮かべながら、大切に手作業で収穫されます。麦の品種は「六条大麦」が適しているそうで、独特の光沢がある風合いは、試行錯誤の結晶といえます。

蛍が舞う環境は、農業のもつ多面的機能と深く結びつきます。
山があるから川が生まれ、川からの水の流れが田畑を潤します。自然の循環から生まれたサークルの手仕事は、私たちにもわかりやすく自然を享受する心を教えてくれ、自分自身も、改めて農業に寄り添いながら仕事をすすめる大切さを感じます。大きな利益を得るために、規模を拡大してきた農業や畜産の難しさを日々感じていますので、小さな農業の持つ、自給や循環といった価値観を見直す動きが活発になる中、様々なことを考えるキッカケになります。

中国の古い教えには「農業は工業に如かず、工業は農業に如かず」とあります。
「如かず(しかず)」とは、「かなわない、及ばない」という意味です。また、ある思想家が社会を木に例えて「農は根、工は幹、商は枝」と書かれています。つまり、それぞれの役割が違うということが説かれてます。自然を生産への制約と考え、規模を拡大してきた農業や畜産は、自然を「めぐみ」の源泉として考え直す転換点に立っているように思えます。

来週末、コロナ禍の影響で中止になっていた「吉部の蛍まつり」が三年ぶりに開催されます。蛍かごの準備をされるサークルの方々の、蛍の舞う自然のなかで、ふつうに麦を育て、子供たちの笑顔をふうつに楽しむ、そんな自然に対する柔らかな視点に学ぶことは、とても有意義だと感じています。

2023.5.27 あだちまさし

花ひらく

農園には、仏教詩人・坂村真民先生の「念ずれば花ひらく」の詩碑があります。
世界に700以上ある詩碑。その542番碑に認定されています。

詩には、ただ念じて願うと花がひらく、夢が叶うというのではなく、何事も一生懸命祈るように努力すれば、自ら道が開けるという強い意味が込められていると聞いています。力強く書かれた一文字一文字に真民先生の奥深い「念」が感じられます。
「念」は、分解すると「今」と「心」からなります。過ぎた過去を悔やまず、未来を恐れず、いまを一生懸命生きる。いまを大切に生きないと花は開かない、こんな意味合いも重ねてあるように思います。

開園に際し、坂村真民先生が「朴の木」をこよなく愛されたことにちなんで、有志の方々が記念植樹して下さった朴の木は、見上げるほどの高さの巨木になりました。

毎年、新緑の季節の仕上げに開花をはじめる朴の木は、たくさんの枝の先に次々と大きな白い花を咲かせます。花自体は開花から数日で枯れてしまいますが、この花の魅力は甘い気品のある香りにあります。枝の先についた蕾が乳白色に色づきはじめ、開花の直前に最も香りが強くなります。次々とゆっくり開花していくことから、初夏をつげる季節、若葉のあいだを吹く優しい風とともに、しばらくの間、良い香りが心を癒してくれます。

今月、我が家の息子二人が、それぞれ人生の節目を迎えました。
いつものように慌しく通過した節目の日でしたが、少し立ち止まって人生を振り返ってみる時間をいただきました。父親らしいことが出来ていない後ろめたさはありますが、それぞれが自分の人生を自分で選んでいることの力強さと、親として幸せの余韻に浸りました。これからは親離れを心掛け、お互いに大人としての良い距離間をつかんでいきたいと思っています。

節目の日を通過して、今年は若葉の間を風がはこぶ、朴の花の香りをより一層心地よく感じ、真民先生の碑に刻まれた八文字の力強さをいつも以上に深く考えました。

2023.4.26 あだちまさし

意図

先週、春をつげる長い雨がふって、農園の桜が開花しました。
今年の桜の花は、やわらかくフワッと咲きましたので、キレイに咲き揃うか心配をしましたが、今日の午後あたりから満開の見ごろをむかえました。お客さまの来園が多い週末まで、心を和ませて欲しいと願っています。

鶏の産卵も季節によって変化します。産卵時間、産み落とすタマゴの様子や鶏の状態など季節によって様々です。今年は、ちょうど春分の日を境に季節が変わったように感じました。長かった寒い冬のトンネルをぬけて、束の間の安定期に入りました。

季節の変わり目は、私たちも体調をくずしがちで、先週の火曜日は、聴覚に障害があるミユキさんと二人仕事になりました。時計の針を刻むように淡々と仕事をこなす彼女に負けないように、わたしも二人分の仕事を精一杯こなしました。

彼女が農園で働きはじめて、もう少しで二十年になります。以前は電池が切れたように二、三日休むことがありましたが、ここ五年くらい前から欠勤はほとんどなく、バスで通勤してくる彼女が朝寝坊をして遅刻したことも、いままで一度もありません。決まった時間にキチンと出勤する彼女の姿は、農園に安心と安定をあたえてくれています。とりわけ、彼女が一人で担当している鶏への給餌については、日々の積み重ねで身に付けた仕事の正確さや、彼女の体力に誰もかないません。

障害に対する配慮を充分に出来ているか私自身に問い直すと、気恥ずかしさを感じることも多くあります。いろいろな失敗を重ねながらすすんできました。彼女自身が理解しようと、見よう見まねでつかんだポイントやコツに助けられている場面も日々の仕事のなかで増えてきました。

最近、彼女の積極的に取り組む姿勢に対して、私が欠けていた点に「意図」を伝えることへの配慮不足をよく感じます。より良い仕事を進めていくうえで、丁寧に意図を伝える粘り強さを私が持つこと大切だと思います。「そうだったんだ」という場面が増えるよう、共感や共有する気持ちをより深めていきたいと感じています。

2023.3.27 あだちまさし

愛ずる

連日、タマゴについて報道などで取沙汰されています。価格高騰、品薄という報道に触れ、多くのお客さまからご心配やお気遣いをいただき、ありがたく感じています。

昨年から押し寄せる物価高の波が直撃しています。とりわけ飼料につきましては、円安、原油高、戦争が重なり、上昇傾向に歯止めがきかない状況です。一方、年明けからの「品薄」による価格の押上げは、需要に対して供給が減少しているため。その原因は鳥インフルエンザ感染、その蔓延防止措置で多くの鶏を殺処分したためです。その数は約千四百万羽に上り、同じ業界に身をおいていますので絶えず心が締め付けられます。いずれも影響も受けていますが、主に飼料高騰が私たちを圧迫しています。

なぜトウモロコシを輸入に依存しているか。鳥インフルの発生や感染原因は別にして、なぜ膨大な数を飼育する巨大な養鶏場が必要なのか。価格の優等生として、大量生産するための歪みが露呈しつつあると思います。簡単には表現できないですが、様々な角度で、いのちを支える食の本質を見つめ直すことが大切ではないでしょうか。

【「本質を見る」ということ、「時間をかけて関わり合う」ということくらい、今の時代に欠けているものはないかもしれません。】と、生命誌研究館の名誉館長、中村桂子先生が著書で述べられています。長年のヒトゲノム研究の成果「ヒトもアリも同じゲノムでできている」という事実を踏まえ、いのちを大切にする視点は、心を広く豊かにしてくれます。

中村先生は、生きものに向き合う態度として「愛ずる【めずる】」という言葉を大切にされています。この言葉は、平安時代のお姫さまの話『蟲愛ずる姫君』から。毛虫をよく見ていると懸命に生きている姿がとても可愛くみえる、つまり「愛ずる」は表面の美しさに左右されるのではなく、時間をかけて本質を見ることから生まれる愛情と説明されています。

タマゴを生産していますと、今まで少しずつ歪んできた難しい問題の壁に当たることが多くあります。私たちと深く関わりがある農のあり方も含め、困難な状況を許容しつつも、本質を見つめ直しながら進んでいくのに、愛ずるという視点にヒントがあるのではないか、そう感じています。

2023.2.26 あだちまさし

心のずっと奥のほう

同級生のユキちゃんが亡くなって一年になります。
四十八歳。三人の子育ても最終コーナーに差し掛かったところ、生きる希望を最後まで諦めなかった彼女の気持ちに、今でも心を重ねます。

彼女とは、小学校、中学校でもよく同じクラスになりました。でも、私は彼女のことをよく知りません。記憶に残っているのは、ご両親がいつも学校の行事へ夫婦揃って来られていたこと。お父さんは、どこかの大学で音楽の先生ということはウワサで知っていました。音楽室に掛かっている肖像画のような目力強めのお父さんでした。家も近所でしたが、学校以外で彼女をあまり見かけなかったのは、ピアノの練習や習い事が忙しかったからではないかと、いまになって思います。

偶然の縁が重なって再会したのは十年くらい前。次男が所属しているサッカーチームに転校生ではいってきたのが彼女の長男Sくんでした。お姉ちゃんも我家の長女と同じクラスになり、家内も親しく付き合うようになったので、よく彼女の家庭の事を聞きました。シングルマザーで仕事と子育てを両立する彼女の一生懸命生きる姿は、私の想像をいつも越えていました。

もっと楽に生きられるのでは思うこともありましたが、たくさんの友人に囲まれて充実した様子が印象的でした。人にやさしく接する彼女は、周りの人に良い影響を与え続けたように思います。子育てに関して話をする機会はありませんでしたが、陽のあたるほうへ真っすぐ花を咲かせるような心配りが、ふんだんにあった家庭だったのではないでしょうか。

三人のお子さんがそれぞれの進学を控えたころ、重い病が見つかり、コロナ禍のなか面会もままならない病室で闘病する彼女のことを思うと、いつも胸が痛みました。

最近、柳田邦男さんの記事の中で次のような言葉を見つけました。
「大切な人を亡くした悲しみは乗り越えるとか乗り越えられないといったものではありません。時間が解決するなんていうのは嘘です。悲しみを受け入れて、悲しみを基盤にして生きていくことが大切です。」

一生懸命、つよく、やさしく生きた同級生のユキちゃんのことを、私は忘れることはないと思います。
2023.1.26 あだちまさし

大丈夫

ひさしぶりに穏やかな朝をむかえました。強い寒気で厳しい寒さが続いていましたが、今朝の気温は一度。湿度で肌寒さは感じません。鶏の産卵状況が下降線でしたが、やっと上向きへの手応えがあり安堵しています。十月から少雨傾向だったので、断続的に降り続いた冷たい雨と雪のおかげで農園周辺は潤いを取り戻しました。寒さが続くなか、年末年始の水不足での心配事から心は開放されました。

クリスマスと仕事納めを控えた週末。いつものように山口県東部に配達で車を走らせます。いつもより交通量は多く、椿峠を越えると残雪もありましたが、それほど運転に不安はなく、お客さまへのお届けが時間どおりできるかに気持ちは集中できました。

おおむね予定どおりの仕事を終えたのは二十一時頃、朝から働き通しだったので車を止めて仮眠しました。目が覚めると道路はトラックで混雑しています。雪の影響で高速道路が通行止め、そのあと悪いことは重なり、国道二号線が事故渋滞、警察から誘導されるままに進んだ旧道では大渋滞で二時間ちかくの足止めです。

年末の繁忙期、明日からの予定はいっぱいに詰まっています。止まった車中で、守れそうにない予定から順々にお詫びのメールをしましたが、時間の経過とともに心配事は一点に集中していきます。お詫びでは待ってくれない鶏の産卵です。季節柄、産卵ピークは早朝にやってきます。頼りにしている従業員の男性にもメールしました。

心に不安を抱える彼に過度の負担はかけたくありません。しかし、早朝の仕事の気忙しさを頼めるのは彼だけです。迷惑とは思いましたが、午前四時になるのを待って彼の自宅へ電話をしました。ご高齢のお母さんに、彼が心の準備ができるようにお願いするためです。意図が通じていることを確認しながら、事情を伝えたのちに、お母さんから「それであんたは大丈夫かね」と問われ、無事を伝えて会話を終えました。

ゆっくりと進む車列の中で、何度も「大丈夫かね」の声を思い出しました。今年一年、何が正解か簡単には分からない複雑な時代の流れのなかで、「大丈夫」と感じた事は少なかったように思います。不安ばかりに縛られずに、丈夫ないのちを頂いていることへの感謝に気持ちを切り替える、大丈夫へのスイッチを大切にしなければと思いをあらたにしています。

2022.12.26 あだちまさし

本来のはたらき

月に一度通う、かかりつけの処方箋薬局でのできごとです。
五、六人入ったら満員の小さな薬局の中には、長椅子があり静かに座って順番を待ちます。ガラスケースの向こう側の部屋には、数えきれないほどの薬が並んでいて、カシャンカシャンと薬を小分けする機械の音が絶えずします。

狭い店内ですから、薬剤師さんと患者さんのやりとりが耳にはいります。午前中はご高齢の患者さんが多く混みあいます。この日も、私の前に薬を受けとるご高齢の女性とのやりとりが少し聞こえました。

毎月のことのでしょうが、たくさんの薬を渡されながら、薬剤師がひとつひとつ説明をしていますが、「多すぎて、ようわからん…」と元気のない声で答えているのが聞こえます。私もそばで聞き耳をたてながら少し同情しましたが、薬剤師が、最後にと言って「骨粗しょう症」を補うビタミンとカルシウムの錠剤を手渡しました。

今まで、やや事務的口調だった薬剤師が、やさしい声で「日光浴と運動も大事ですよ」とつけ加えています。女性は小さく頷いて薬局をあとにしましたが、ビタミンの吸収やカルシウムのはたらきを助けるのには、お日様の下での運動が大事ということなのです。医学的な難しいことはわかりませんが、私もこのことは知っていました。と言いますのも、人も鶏も、この体の働きは一緒で、ある生産者の方から「骨粗しょう症」を例えにビタミンとカルシウムが、骨や卵殻をつくるのに補うはたらきを知ったからです。それと同時に、ハッとしたことを思い出します。

それまでは、産卵活動で不足するカルシウムを補うのに「かき殻」を、言われるままに少し余分に添加していました。飼料には、カルシウムを含め鶏が気持ちよく産卵できるように様々な栄養素が計算して配合しているにもかかわらずです。自分の心をジッと考えてみると、何か余分に与えることで、多く収穫が得られると思い込み、欲がはたらいていたのだと思います。ですから余分な添加はやめました。

お日様の下で運動をすること、つまり鶏の本来の活動に、なるべく制約を加えないのが、健康な鶏を育てるのに一番の近道だと考えました。命や自然のはたらきは、人知の越えたところで上手くバランスがとれるようにできていると信じることが、私の仕事が本質からずれないことだと考えています。

2022.11.28 あだちまさし

待って成長させてくれる分校

【「すぐに手を貸してしまうか」「できるまで待つか」松原分校は「待って成長させてくれる学校」です。】学校のホームページにある保護者の声からの引用である。 松原分校は、隣接する小中学校に併設する「知的障害特別支援学級」だけで運営する分校で、統廃合が進むなか、このような形の分校は全国でここだけになったそうだ。

分校に伺いはじめたのは、お客さまのご家庭で難病を患い訪問学習を受けていた女の子が縁だったと記憶している。ずいぶん前のことになるが、ご家庭に訪問されていた先生がタマゴの注文を取りまとめて下さり、以来、毎週職員室へ配達に伺っている。

古い校舎に、一周二百メートルに満たないトラックがある小さなグランド。背景には赤崎神社の森の緑が目にやさしく、青空とのコントラストが映画のセットを見ているような雰囲気があり、気持ちがあたたかくなる。こんな素敵な分校だが、山陽小野田市民でもその存在を知る人はそう多くはない。

現在の在校生は小中学生あわせて十五名。配達の際に、わずかな時間だが学校生活を垣間見る機会がある。なかでも運動会の練習風景には思わず頬がゆるむ。一人ひとりが個性をのびのび発揮している姿には、先生方の心ある指導のもと「待って成長させてくれる」ゆっくりとした時間が流れ、見ている側にも不思議な安心感をあたえてくれる。

一人ひとりの時間が大事にされる分校だが、残念なことに、近い将来、閉校になるという。三年前より新入生の受け入れは停止され、在校生が卒業するまでが期限ではないかという話なのだ。いままで農園の周辺でも過疎や少子化で学校の統合や廃校に触れてきたが、分校関係者の方々の寂しさは容易に想像できる。

最近、包括的という意味で、仲間はずれにしないと理解される「インクルーシブ」という言葉をよく耳にする。まだまだ現状ではハードルが高そうだが、今後、教育現場でも主流になってくるようだ。

一人ひとりに光があたり、待って成長させてくれる場所がなくならないことを切に願いたい。

2022.10.27 あだちまさし

台風十四号

九月十七日からの三連休を直撃した「台風十四号」が通過した。
翌日の地元紙には「大きな被害なし」と書かれていたが、農園の周辺では、収穫前の稲穂が悲しそうにグッタリ倒れている光景が散見される。被害を受けた水田は幾分かの補償があるようだが、行政の調査を順次済ませてからのこと。一週間後の今日、大雨に打たれる稲穂を見て、胸が痛んだ。

台風が接近する日曜日の午前中まで堆肥の搬出が慌しかった。今月は、稲刈りを控えた農家さんや、それに伴うライスセンターが繁忙期。加えて、お茶農家さんも茶葉の収穫が忙しいとのことで、受け取り農家さんを探すのに苦労した。幸い「有帆朝市会」の農家さんが二件、それと、ひと山向こう隣りの農業委員さんが汗を流して下さったおかげで、概ね予定どおりの出荷ができ安堵している。

農家さんと予定の擦り合わせでは、それぞれの抱える現状を聞かせていただき、農家の高齢化や担い手不足、土づくりに関する考え方の違いなど、その都度、深刻な壁にぶつかる。行政が掲げる目標と現実とのギャップは大きく不安は感じるが、来園され一緒に汗を流して下さる農家さんには暗さはない。年齢を重ねて生き生きと働かれる姿に刺激を受け、長年、自然に寄り添いながら辛抱で磨かれた「感性」には、心を洗われるような学びがある。

特に、今月は受け取り手が見つからず、数人の農家さんと貴重な意見交換ができたのが収穫だった。なかでも、近隣で重労働を緩和するために、堆肥を頒布する機械を導入する予定があることがわかり、ひとつ課題が解消できそうで嬉しかった。

台風一過の翌日。川向うの細く暗い県道に、強風で道幅いっぱいに落ちた枝を拾い集める隣人のマコトさんの姿があった。日頃道路を通行するのは、私も含めて、ごくわずか。歩いて通行するのは農園に通っている聴覚障害がある女性のみである。

小枝とはいえ、道路一面を埋め尽くす台風の副産物を、腰をおり汗を流して拾い集めるのは重労働であるが、公益を自分のこととして自然に取り組まれる「感性」が尊い。緑豊かな田園に吹く風、川を舞うホタルや、畔を彩る彼岸花も、こうした無償の働きが生み出す農産物なのだと、しみじみ思う。

2022.09.27 あだちまさし

受け身

朝夕は秋になった。といっても、ほんの数日前からである。
以前は、三十度を越える気温が予想されると、家畜保健所から鶏の飼育に注意するよう通知が入っていたが、いつ頃からかなくなった。温暖化による猛暑の夏は常態化している。

昨年同様、鶏が最も苦手とする高温多湿の梅雨が極端に短かったことが好影響だったのか、七月下旬までは順調すぎるぐらいの産卵率だったが、食欲が低下する夏場に高産卵を続けるのは「産み疲れ」引き起こす原因となる。熱帯夜が数日続いたお盆あたりから、一気に産卵が下降した。高温が定着した夏を乗り切るため、鶏の体質は日進月歩の品種改良がされているが、あるがままの平飼い飼育には適さないかもしれない。冷房で室温が一定に保たれる鶏舎なら別だが。

盆と正月は、鶏舎の中で働く二人にあたえる休暇を中心に仕事をシフトする。一カ月前ぐらいから別のパートさんに、ご家庭の予定などを聞き、配達などの予定と擦り合わせながら、ささやかな休暇を出す。自分自身の仕事も幾分かは考慮するが八月初旬の週末はハードな予定だった。

八月七日。一番の正念場となる日曜日。パートさんの体調にアクシデントがあり、急遽ひとり仕事となる。連絡を受けた早朝、一瞬のあいだ頭が真っ白になったが、すぐに気持ちを切り替えた。高温で産卵が低下しているとはいえ、鶏の羽数が少なくなったり、農場が狭くなったりすることはない。必然的に、動線と労働時間が限度いっぱいまで伸びるのである。ガッツリと受け身になった日曜日のひとり仕事。農学博士・宇根豊氏の言葉が脳裏をよぎる。

『感謝する気持ちは「受け身」の態度からしか生まれません。自分だけの力ではできないと自覚した時に、助けてくれる相手に感謝の気持ちを届けたくなります』

〈草木に花を咲かせ、実をつけることは人の力ではできない〉という、天地自然のはたらきに感謝する視点を説明した氏の言葉に、自分の身も心も重ねる。あらためてタマゴは自分の力でつくることはできないし、日々助けてくれる人手の有難さが身に沁みる。受け身になって思いを改める、そんな真夏の汗を流した。

2022.08.27 あだちまさし

研磨

昨日、熱中症警戒アラートが着信した。
記録的に早い梅雨明けから、7月に入って「戻り梅雨」のような悪天候が続いていた。朝晩は過ごしやすい気温が続き、鶏の産卵状況も順調。小野湖の渇水も、積乱雲が線状に並ぶ「線状降水帯」がもたらした大雨で節水制限も解除され、異常な気象ながらも心配事は一つ減った。いよいよ本格的な暑さが続く見通しで、これからは鶏の産卵状況の下降線から目が離せなくなり、くわえて、草刈り作業も辛抱の時期にさしかかってくる。

農園で頼りにしている男性は草刈り作業がお気に入り。空いた時間をつくっては草刈機を担いでくれる。「刈りたいけど草がのびてこん」との名言をずいぶん前につぶやいたことがあり、放っておくと本業とのバランスが入れ替わってしまうので、それはそれで多少注意が必要ではある。

私と違い、農家育ちの彼。口数は少ないものの、さまざまな農作業に自信を持っているようで、自主的にこなしてくれる作業には「活力」がみなぎっている。その取り掛かりや、作業をする姿は「やる気のバロメーター」でもあるので、多少のことには目をつぶり、気づかれないように遠くからそっと見守るようにしている。

ここ数年、私はお気に入りの「チップソー」で草刈りをしていたが、刃こぼれが不経済なので、研磨の手間が増えるが、農家のスタンダード「八枚刃」に代えてみようかと彼に何気ない打診をした。その翌日、頼んでもいない新品の「八枚刃」と、家庭で使用していた研磨機を持参してきて驚いた。このあたりが彼のわかりやすくもあり、難しいところでもある。

多くは語らないが研磨には自信があるようなので、黙ってそれに従い、使用済みの八枚刃の研磨を依頼する。表情は変えないが手際は良い、真剣なまなざしの奥には、やはり自信が伺える。その時間、私はそばであれこれを質問し、貴重なコミュニケーションの時間にもなる。「しめた」と思った。

今までも彼が持ち味を生かそうと、自主的に取り組んだことは幾つかあった。全部がうまくいった訳ではなく、失敗も重ねてきた。結果の善し悪しは別にして、お互いに認め合う時間は信頼関係を厚くしてくれる。得意な仕事で自信をふくらませて、それをテコにして活力も大きく育んでほしい。

2022.07.27 あだちまさし

長い箸

趣味を聞かれると「読書」というほど本は読まないが、何かと活字に触れると、気持ちが落ち着くような気がする。最近は、なかなかまとまった時間がとれないので、短編やエッセイ集などページをすすめやすい本を何冊か手が届くところへ置いている。

そんな中、数年前から長く手もとに置いているのが「座右の寓話(戸田智弘著)」。副題に「ものの見方が変わる」とあるように、寓話や童話の中にある教訓や真理を著者なりの解釈でわかりやすく説明されている。小さいころから知っている寓話などに隠れている心理や哲学を感じたとき、ポロッと目からウロコが落ちるような爽快感があり、そういったことに心が触れたとき、先人への尊敬を禁じ得ないのである。

最近、何度か読み返したのが「天国と地獄の長い箸」というはなし。
『地獄と天国の食堂も満員。向かい合って座っているテーブルの上には、おいしそうなご馳走がたくさん並んでいる。どちらの食堂にも決まりがあり、それは、たいへん長い箸で食事をしなければならないということだった。

地獄の食堂では、みんなが一生懸命に食べようとするのだが、あまりに箸が長いのでどうしても自分の口の中に食べ物が入らない。食べたいのに食べられない。おまけに、長い箸の先が隣の人を突いてしまう。食堂のいたるところでケンカが起きていた。

天国の食堂では、みんながおだやかな顔で食事を楽しんでいた。よく見ると、みんなが向かいの人の口へと食べものを運んでいた。こっち側に座っている人が向こう側に座っている人に食べさせてあげ、こっち側に座っている人は向かい側の人から食べさせてもらっていた。』

この寓話から著者は「奪い合うから足らなくなる」という心理を読み解いている。地獄の食堂には「自分のことしか考えていない」人間が集まっていて、一方で天国の食堂には「自分のことだけでなく他人のことも考える」人間が集まっている。

私たちは様々な他者のおかげで生きており、一人では生きていけないことを知ることが大切。自分一人で生きていると勘違いすることが、秩序や平和が乱れる原因であるような気がする。著者が読み解く「奪い合うから足らなくなり、分け合えば余る」の精神を絶えず忘れないにしなければと思う。 2022.06.27 あだちまさし

てまがえ

古い写真を見せてもらった。
農園周辺での田植え作業風景が収められている半世紀くらい前の写真だ。

晴天の水田に五、六人が横一列に並び腰を折って作業をされている。一目みて田植えと分かるが、よく考えてみると私自身はリアルタイムで触れたことがない風景である。圃場整備が進み、作業が機械によって効率化される時代の転換点にシャッターを押されたと聞いた。

集落の人たちが、お互いに労働力を交換しながら作業を進めることを「てまがえ」というそうだ。隣近所の良好で、にぎやかな人間関係があったのだろう。田植え作業のおわりには、集落の集会場の草刈りや井戸掃除も協力して済ませ、今も続いている「どろおとし」という直会が催される。

作業を共有し、共感し合える人たちで労苦を労い、秋の実りを願いながらの宴である。大きな自然のはたらきの中で毎年すすめられてきた営みのなかには、お互いさまの助け合いの精神が根付いている。多少の近所同士の摩擦はあっただろうが、よそを妬んだり、卑屈になったりはしなかったと想像できる。写真を見ながら、おおらかな農村風景にしみじみ浸る。

今年も農園ご近所では、農繁期を迎え農家さんが活気づいている。
春先から、鶏ふん堆肥を搬出して下さる方が何人か来園され、概ね要望どおりの数量を出荷できた。天候や作付けの状況を尋ねながら、私たちが袋詰めをし、農家さんにトラックで搬出してもらう。同じ重労働を共有して下さるのが心底ありがたい。

物価が高騰しているが、供給過剰の鶏ふんの店頭価格は安価である。同じ成分を補充するには、使い勝手の良い化成肥料もあるなか、無償というだけは農園には足を運んで下さらない。近隣で昔から続いてきた「てまがえ」のような気質に助けられて、私たちの営みも成り立っているように感じている。

本音で語り合える良い人間関係がひろがっていけばと願い、微力ではあるが秋の実りを祈りたいと思う。

2022.05.26 あだちまさし

葉もれび

新緑がきらきら光る。農園の近所にある筍加工場が出荷のピークを迎えたニュースが、今年もローカル紙の紙面を飾った。近隣の農家さんもイノシシと競争で掘り起こし、加工場へ持ち込んでいると聞く。例年、農園でもお裾分けを頂くが、なかでも上小野のシローさんが運んで下さる筍が新鮮で旨い。一年に一度、田植え前に、圃場に施す鶏ふんを取りに来園され、そのお礼というカタチで持ってこられるのだ。

よく手入れの行き届いた、ある方の竹林で掘り出してくると得意気に話される。そのある方とは農園にも縁が深い方で、上小野で稲作を営みながら、趣味と実益を兼ねて山仕事に精を出される地域の顔役だったが、残念ながら昨年お亡くなりになったと風の噂で聞いている。シローさんは長年、その山仕事の手伝いされていた。

適度に日照が届くよう竹林を間伐し、掘り起こした筍を持ち出しやすいよう山道も整えてあるそうだ。「傘をさして歩ける程度」それぐらいの間隔で、適度に竹を間引くのがポイントだと聞いたことがある。ゆらゆらと竹が静かに揺れて、時折、葉もれびが差し込む竹林は美しい。

シローさんも寄る年波には勝てず、袋詰めをした鶏ふんを運搬するのに少し時間がかかるようになった。足どりも重いようで心配もしたが、数日後に筍を持って来られる姿は例年通り。軽トラの荷台に乗せた、大小さまざまな朝採り筍を「お好きなだけどうぞ」という表情は得意気にきらきらと光っている。

山の仕事というのは、すぐに結果が報われるものではない。何年何十年と代々の土地を、権利を主張するのではなく、黙々と義務を果たしてこられた。その副産物である筍を今年も美味しくいただくことができた。

解剖学者の養老孟司さんが、日本の農業がもたらした恵み、それを守るために人々はどう行動すべきか、とのインタビューで答えた冒頭と、シローさんが意気揚々と帰られる後姿が重なった。

『農業の担い手は年寄りばかりってことになっていますが、農業をやっている年寄りが長生きしてるってことでしょ。なぜ誰もそう言わないんですかね。日常生活と体の動きとを結び付ければいいんですよ。農業のように。』

2022.04.27 あだちまさし

以心伝心

先日、ケーキから洋菓子、和菓子とお菓子なら何でも揃うフランチャイズ店に農園で働く二人と出掛けた。ちょっとした気分転換をかねてショッピング。

このお店、安価でたくさんの品揃えがあり、童話に出てくる「お菓子の国」のような店内が目を楽しませてくれる。二人を誘って度々利用するのは、いろいろな商品を手に取って、興味津々に買い物をする時に、農園では見せない表情が見られるのが嬉しいから。今回は、男性と私はホワイトデーの買い物。女性は自分へのご褒美。

二人が思い思いの商品をかごに入れ、レジにすすむ様子を店内の少し離れたところからそっと見届ける。店員がマニュアルどおりの対応で矢継ぎ早に話しかける。二人ともコミュニケーションにハンディを抱えるが、男性は首を縦や横に振りながら、聴覚に障害がある女性は身振り手振りで受け答えをしながら会計を済ませている。二人が無事に会計する姿を確認して、私もシュークリームの詰め合わせを二つ買い求める。駐車場で「お母さんに」と小指を立てながら伝えて、ご家庭へのお土産を各々に手渡し店を後にした。

昨年も同じ季節に同様の買い物で来店した。男性が大きく心のバランスを崩した時期でもあり、明るい店内でどことなく三人とも心に暗さを抱えながらだったことを思い出すと、お互いによく頑張ったなあとしみじみ。あれからちょうど一年になる。

昨年、一年で一番寒さが厳しい頃に、彼が心のバランスを崩し休みがちになった。私も仕事量が大幅に増え、冷静さを保つのがやっとのなかで、考えられる原因をさぐり出来る限りの言葉かけをしたりもした。仕事の負担が増えたのは彼女も同様で、彼に励ましの手紙を何度か書いてくれた。彼の回復を祈る気持ちは私と同じだっただろう。

出来る限りの時間をひねり出した。園内での仕事を通じて共感できる時間を増やし、改めて感じたのは、二人が私の意を汲みとり、柔軟に進めていた小さな仕事を見落としがちだったこと。行き届いてないことに目を奪われ、出来たことの評価が疎かになっていないか。そのことを当たり前で済まさないよう自分の心の感度を磨くことに注力した。

一年経ち、以前と変わらない日常に戻りつつあるなか、今に思うのは、彼の落ち込みの原因以前に、一番油断ならないのは自分の心だということ。常に誠意を持って丁寧に事を進めるには自分を見直すことがまず先だったように思う。

2022.03.27 あだちまさし

花言葉

今週初めから、冬の仕上げのような寒さが続いている。
今年は降雪がほとんどなく、乾燥した冷気が体の芯までこたえるような日が多い。今朝の気温マイナス六度。この冬一番の寒さになった。

「岡山おろし」という北西の風が殊の外冷たい。荒滝山のとなりにある岡山から吹き下ろす風が、川沿いに並ぶ鶏舎に滑り台を下るように真っすぐ降りてくる。同じ地域でも若干の気温差があるが、岡山おろしの影響で、低地に広がる農園の気温は二度くらい低い。ようやく週末からは気温が上がりそうだ。春の入口が待ち遠しい。

農園の白梅のつぼみはまだ固い。冬枯れの寒々とした景色だが、作業場に置いた小鉢には、ピンクの八重の花が咲き、少しだけ心と体に潤いを与えてくれている。

「お正月に眺めて下さい」と、配達先の湯田花園で頂いた西洋ツツジ・アザレア。年の瀬の気忙しさで、車に積み込んだ事を忘れるぐらいバタバタと配達を終えて帰ると、車の暖房が手伝ってか、店先で頂いた時のつぼみが花ひらき、健気なその姿に心ひかれた。以来、作業場で目の届くところに置いて共に過ごす。

日々、食べ物や生殖機会の確保に忙しく動き回る鶏と違って、植物は動かずに生きる。根から吸った水と葉っぱから吸収した二酸化炭素を材料に、太陽の光で光合成をしながら、ゆっくりと花を咲かせる。その様子の静かな移り変わりが、タマゴに囲まれて過ごす作業場での、ここ最近のささやかな癒しになっている。

「花がおわったら少し大きめ鉢に植え替えて下さい」そう付け加えて渡されたことを先日思い出した。例年、落ち着きなく年末年始を過ごし、疲れを引きずるように二月を迎え、あっという間にカレンダーの二枚目をめくる。寒さが厳しい季節、自分の力でどうにかなる事と、どうにもならない事が混乱しがちな時期でもある。

植え替え時期はまだ少し先になるが、気分転換に、アザレアの栽培方法や剪定のポイントなどを検索してみた。そこで、まず目に飛び込んだのが花言葉。「禁酒」と「自制心」。意味ありげに静かに花を咲かせる小鉢をひとり眺め、うーむと唸る。

2022.02.24 あだちまさし

名伯楽

島原の職場で、島原商業サッカー部出身で国体、インターハイに出場した経験がある底抜けに明るい先輩がいた。当時はスパルタで有名だった監督を、部員たちは隠語で「ダンプ」と呼んだそうである。先輩と飲みに行ったスナックで偶然に監督とお会いした際、隠語そのもの体格と、テレビでは感じることが出来ない風格と愛嬌を目の当たりにした。

その「ダンプ」こと、高校サッカー界の名将、小嶺先生が他界された。選手権の開催中、奇しくも次男が所属する高校が強豪「青森山田」と対戦する準決勝の直前のことだった。試合では、両チームが先生を追悼する喪章を巻いてプレーをし、相手チームのエースが鮮やかなゴールを決めた後、喪章を空に捧げるシーンには、私にとっても複雑な思いが交差する妙な感慨があった。

高校生活最後の大会で快進撃を続けるチームに、サポートメンバーで帯同した次男は、惜しくも選手として出場することは叶わなかったが、彼なりにチームを支えながら、これからの糧になるようなものを掴んだ大会ではなかっただろうか。

長男が小学校でサッカーをはじめてから十五年くらいになる。追っかけの真似ごとを続けてきた私たちにとっても一つの区切りである。他の保護者の方々のように十分な事はできなかったが、その時々の指導者の「熱」に触れることで貴重な経験をさせて頂いた。

一番長い期間、関わりを持った地元「西岐波サッカークラブ」には親子共々お育て頂いき、五年前に他界された古谷国光さんには大変お世話になった。五十年間、地域で少年サッカーの指導を通じて、子どもたちの心を育てることに尽力され、時代にあわせて少しずつアップデートされてきた経験を感じることができたのは幸運だったように思う。

古谷さんが、しばしば口にした「ハート」と「ファミリー」。「ハート」とは、人を育てる情熱であり、「ファミリー」とは、心を通い合わせた部員の育てられたという自覚から生まれる、育てようという働きの絆。地域や実績は違うものの、小嶺先生と同じ「人を育てる」という信念が根底で通じ合うところがあった。

島原半島の名伯楽のご冥福と、我が家の子どもたちにも「育てよう」という心が生まれることを静かに祈りたい。

2022.01.27 あだちまさし

あけぼの

細長くのびる土地に東を指すようにして鶏舎がならぶ。
一年で最も日中が短い時期、月明かりのなか採卵をはじめる。
寒さに耐える脂肪を増量して鶏の体は、夏場に比べるとどっしりと安定し、長く寒い夜を辛抱して産み落とすたまごは、いまが『旬』である。

例年どおりの慌しさだが、昨年のコロナ禍での年の瀬を考えると、この忙しさもありがたい。限られた数の卵を丁寧に集めながら、落ち込みを挽回しようとご商売で日々奮闘される方を思い、疲れた体に鞭を打つ。

息を切らし順番に鶏舎をまわる最中に、うっすらと夜が明け、東側の山々が次第に明るく照らされる朝焼けがとても美しい。きりきり舞いの一日のスタートだが一瞬だけ時間がとまったように心が和む。判を押したような鶏の産卵活動に心底感謝し、大きく深呼吸して乱れそうになった気持ちを整えるようにしている。

佐賀県唐津市で農業に従事する傍ら文筆活動を続ける、農民作家の山下惣一さんは近著で〈拡大よりも持続、成長よりも安定、競争よりも共生。昨日のような今日があり、今日のような明日があることが大事なのだ〉と述べている。

同じ第一次産業に身をおく立場として深く共感できる。大きい農業か小さい農業かは、それぞれの立場で永遠の課題であるように思うが、鶏のいのちの上で営みをしている私にとっても、営みに感謝する感性が麻痺してしまうことがあってはならないと、日々の繰り返しの仕事を通じて感じている。

ゆく年にまったく悔いがなく、くる年に一片の不安がないわけでない。
どこかの国で問題が起きると複雑に連鎖して、遠くの国民に跳ね返る時代に生きていることがコロナ禍で浮彫になった。まだまだ油断が出来ない状況が続いているが、気持ちを切らさず一年を送れたことだけは確かである。色々なことが起こった一年だったが、大きく変わらず過ごせたことが何よりの収穫だった。

起こってくることに全てに理由があるとすれば、うまくいかなかったことにも何らかの意味があるのだと思う。今日も夜明けとともに気持ちを新たにしたい。

2021.12.22 あだちまさし

親近感と緊張感

薄氷がはった。放射冷却で早朝の気温が氷点下に下がったためだ。
寒さが厳しい冬を長期予報が伝えていたが、小雪を過ぎた頃から現実味をおびてきた。これから予想気温と井戸水が気になるシーズンをむかえる。

農園の背後にある岩郷山から、厚東川へ染み出る山水のお裾分けを浅い井戸がひろっている。川が細くなるとともに井戸の水位も下がりがち。真冬の飲水の確保などの心痛が増す。近年は極寒の重労働に骨をおることが多かったが、今年は案外と水量が安定しているようだ。年始の残雪と八月の長雨で、岩郷山に「水の貯金」があるようだが、その残高を目で確かめることはできない。

農園の隣人である対岸のマコトさん宅も、長年、山の恵みで水をまかなって生活されてきたので、眼下を流れる水事情には精通されている。先日、細くなりはじめた川を眺めながら、冬の不安を打ちあけたところ「いまは水がのまえちょるから大丈夫」と、はじめて耳にする表現で答えが返ってきた。

「のまえる」というのは、大まかに表す水が滞留している様子。川の水位は低いが、ダムの放水量が少ないので、川の流れが止まっている状態をこう表現された。私は水位ばかりを気にしていたが、水面をよく眺めると赤や黄色の落葉が浮かんだまま漂っている。「のまえる」という言葉の響きに長年の経験を感じ、おおらかな共生感が心地よかった。それと同時に、わずかな水の恵みに感謝するか、その少なさを嘆くかの違いを諭されているようにも感じた。

自然の営みに感謝する視点で川を眺めたとき、天地の道理を説き「生きるヒント」を与えつづけて下さった師の言葉を思い出す。

『神様には、親しみと謹みが欠かせない。言いかえれば、親近感と緊張感をもっていなければならない、そうでないと信心にならない。この二つがかけるところには必ず自分流の理屈がでてくる』

非科学的だが、山の恵みである川の流れに、師の言葉を重ねてみると、どうにもならないことばかりに捉われて、ザワザワしている自分が小さく見えてくる。冬の厳しさに備える緊張感のなかにも、自然の営みに親近感を持てるようでなければと思う。

2021.11.26 あだちまさし

【かいり】

今月初め、某コンビニの新作スイーツ「ガトーショコラ」が発売から四日間で100万個売れたというニュースを少し複雑な思いで読んだ。おそらく圧倒的な数字なのだろうが、全国に無数にある店舗で一斉に販売され、SNSなどを介しながらブームが瞬時に拡散されるご時世に面食らう。

その某では、年末二十歳になる長女がバイトをしている。いつもの遅い夕食をバイト終わりの長女と食卓を囲みながら、店舗での仕事を聞き、持ち帰ったコンビニ弁当に箸をのばす。「農」に近い生産現場で働く身としては耳をふさぎたくなるような話もあるが、長女が嬉々として話すので黙って耳を傾けるようにしている。

二十年くらい前になるだろうか。毎週土曜日に和菓子屋のご主人がタマゴを買い求めに来店されていた。凛々しい顔立ちの初老の男性で物静かな方だったが、時世の流れをとらえる感覚の鋭さは少ない会話の中で感じていた。時々、直売所で顔を合わせると生産現場の仕事を労って下さるが、「農」の事を良く理解されているのが何より嬉しかった。

職人気質で口数もそれほど多くなかった主人が、当時コンビニで流行し始めたスイーツや和菓子を話題にし「これから大変になる」と危惧されていた事を長く覚えている。気軽に立ち寄ったコンビニで饅頭や大福を買われると和菓子屋への来店機会が少なくなると話されていたように記憶している。

タマゴが不足する時期は、しばしば和菓子屋へ配達させて頂くこともあった。どっしりした門構えの暖簾をくぐると、店舗の片隅に趣味で収集された骨董と囲炉裏があり、火鉢に掛けられた鉄瓶で湯を沸かし、常連さんにはお茶を振舞われていた。その囲炉裏での会話から私たちとのご縁ができたと後で知った。

ご主人が病で倒れ、お取引はなくなったが、私たち生産者にとっても、あの囲炉裏が「食」と「農」をつなぐ大事な役割をはたしていたように、いまさらながら深く感じている。そして、当時、心配されていたのは売上が下がることだけではなく、もっと大事な人と人のつながりを危惧されていたような気がしてならない。

コンビニで新商品のスイーツを見かける度に、凛々しい顔立ちの主人と囲炉裏を思い出し、懐かしく、そしてちょっと寂しい気持ちにもなる。

2021.10.25 あだちまさし

朝露

朝がくるのが待ち遠しい…いまの鶏の心理状態を言葉にすれば、こんな感じではないだろうか。

日長が短くなるとともに気温が下がってきた。夏場に落ちた鶏の体力が回復してくると産卵率が底堅く安定し、産卵時間のラッシュアワーも前倒しなる。秋の夜長と反比例するように早朝の仕事量が増えるのは例年のどおり。頭では理解できている事に、体力を近づけていく事へ難しさを感じるのも毎年同様である。おそらく、朝の採卵を担当する男性も同じ悩みを抱えていると思う。

十年くらい前から、日曜日は同学年の彼と二人で鶏舎内の仕事を分担してきた。色々と壁にぶつかり、仕事内容を見直し今日に至っている。淡々と仕事をすすめながら、できるだけリズムを崩さないように心掛けるのは、どちらかが手を緩めるとダイレクトに片方の負担が増えるから。

もうひとつ日曜日に大切にしているのが昼休み。理由(わけ)あって対人関係が苦手な彼は極端に口数も少ない。いつ頃から憶えてないが、その彼が日曜の昼食後に私の作業台の前へ「何か話せ」という恰好で黙って腰掛けるようになり、言葉のボールを投げるようになった。心の琴線にボールがあたると表情が緩み、ポツリポツリと会話が広がる。兼業農家で育った彼は中学生から家業を手伝い、稲作の経験がある。紆余曲折があり農園で働くようになったが、稲作や農機具の扱いには自信を持っていることを少ない言葉から知った。

今日の昼休みは、間近に迫った晩生の稲刈りの話題。早朝からは稲刈りはやらないという彼に理由を尋ねると「露があるから」とポツリ。コンバインに濡れた米が引っ付き、乾燥にも時間がかかるからと、またポツリ。言われてみれば当たり前のことである。素人の私には分からないだろうと彼が少し得気な表情を浮かべるのが嬉しかった。

座学ではなく経験から農を知る彼は、自然の働きを前にして人間の無力さを知り、その働きに謙虚さを持っているように思う。知らず知らずに身につけた習慣から、生きものの心をつかもうとする眼差しに、私は少なからず助けられていると感じている。

2021.9.26 あだちまさし

雨あがる

国連の『気候変動に関する政府間パネル』という組織。自分には縁遠く感じていたが、最新の報告書で、大雨、干ばつといった気象の極端現象は、温暖化と密接に関係していることを改めて強調した。〈温暖化が進めば降水量や乾燥現象の厳しさを、さらに強めると警告する〉との記事が目に留まった。

まさに、それに符合する今月の悪天候。先月からの高温から始まり、想定外の進路で台風9号が接近し、その後は十日間ほど大雨をともなった不安定な天候。宇部市防災課から携帯に入るメールを読み返すと、熱中症警戒アラート、避難勧告、大雨・洪水や土砂災害の警報の数々、あと時々刻々とコロナ感染者数の報告。受信ボックスに残るのは楽観できない事案ばかりである。

農園では高温による体調不良で鶏が低空飛行を続けていたが、大雨の前、一気に想定の限度いっぱいまで産卵率が下がった。情緒的とはいえない降雨のなか、大量の冷や汗をかきながらの気の抜けない日々を過ごした。幸い盆明けあたりから回復の兆しがあり、天候の回復とともに安堵で胸を撫でおろしている。

飼料メーカーや同業者の知人に状況を訊ねると、どこも同じ時期から体調不良を起こし「これまで経験したことがない下落幅」と口を揃えた。県内の畜産では牛の乳量が最も下がっているとのことだった。ビタミンを増量添加する方法もあったが、自分の体に置き換えて考えてみても、真夏の体が弱っている状態で豪華なご馳走はあまり効果がない。きっと鶏もそうだろうと感じ、気温の低下を辛抱強く待つしかなかった。

今年の梅雨は降雨が少なく、朝夕の涼しさも手伝って、比較的順調に産卵を続けていた。近隣の農家さんも、長雨前までは作物の生育がすこぶる良いと聞いていたので、「季節のわりに順調すぎた」、つまり「産み疲れ」と夏バテが重なっておきた大幅下落だったのではないだろうか。帳尻合わせをしたと思って、気持ちを切り替えていかなければならない。

農家さんと同じく、私たちも命を育む仕事である。厳しい気象条件のなかでも天地の恵みに感謝できる心の「しなやかさ」は失いたくないものである。

2021.8.28 あだちまさし

ダブルバインド

「朝令暮改はよくなか」と、島原で原先生にやさしく指摘されたことを長く記憶に留めている。

前に勤務していた知的障害がある人たちと働くプレス工場で、私が仕事の指示を出すことで現場が混乱することがしばしばあり、やる気ばかりが空回りして生産効率が上がらない苛立ちを酒の勢いで愚痴をこぼす私に対し、現場を見透かしたようにアドバイスしてくれた言葉である。

慌しく働くなかで「こうやって」と言いながら「やっぱりこうして」という指示を出してないか。また、障害がある人とゆっくりと視点を合わせ、その人なりの一生懸命に目を向けてみてはどうか。そう言いながら美味そうに焼酎をすすっていた原先生の姿を今でもよく思い出す。

農園で鶏とお客さまの間に立って仕事をしていると、一緒に働いてくれる仲間が地道な繰り返しを通して身につけたスキルと見落としてしまいそうになることがある。このコロナ禍で需要の先行きが不安定で急発進や急ブレーキを余儀なくされることもあり、仲間が困惑するようなメッセージを出していないか気を配ることが多くなったように思う。

毎週楽しみに心療内科医の海原純子先生のコラムを愛読しているが、その中で「ダブルバインド」という心理学用語を最近知った。親子関係や職場での上司と部下との間で、二つの相反するメッセージを同時に出すというものだ。

例えば職場で、急がなくていいですよ、あなたのペースで仕事をしてください、そう言われて自分のペースで仕事を進めていると「なんでまだ済んでいないんだ」と上司から叱責されるような矛盾した場面。極端な例えではあるが、このような場面は相手を混乱させ信頼関係を失う危険なものであると指摘される。

炎天下、猛暑のなかでの仕事が続いている。共に働く仲間の視点に合わせ、信頼関係を失わないよう姿勢を正したい。

2021.7.26 あだちまさし

心に寄り添う

最近、愛犬と朝の散歩が日課だった向かいの奥さまの姿を見かけなくなった。先日ご家族に長年愛されたビーグル犬が亡くなったからだ。私も毎朝慣れ親しんだ風景だけに、今でも車庫から見える犬小屋があった場所に目を向けると「あぁそうか…」と、小さくため息をつき、胸の奥の方ですきま風が吹くような寂しさを感じる。

我が家の息子と、向かいのご長男は同級生で来春に大学卒業予定。そのご長男が小学校入学前に住まいを新築し越してられ、子どもたちの縁で家族ぐるみで仲良くさせて頂いている。引っ越しして間もない頃、ご主人があれこれ悩んだ末にビーグルの子犬を購入された姿を思い出す。大きくなるにつれ、足がすうっと伸び、ビーグルらしからぬスタイルにご主人は苦笑いされたが、それはそれで唯一無二の愛嬌がある犬だった。

几帳面なご夫婦なので朝夕の散歩は欠かされたことがなく、早朝定時に愛犬と出かけられる姿は私にとっても当たり前の日常だった。ビーグルが亡くなって改めて様々な思い出がよみがえってくる。昨年暮れあたりから随分と弱々しい足取りになっていたが、人間の年齢に換算すると八十歳は過ぎていただろうか。ご家族は心に寄り添って育てられ、愛犬は寿命を全うしたように思う。

農園で放し飼いの鶏を前にして「鶏の寿命」をたずねられることがある。
のどかに運動場で遊ぶ鶏を前に、私たちの暮らしを支える経済動物なので寿命を全うさせられない理由を丁寧に説明させていただくように心がけている。

生産効率で決まる寿命だが、そればかりを優先して「さあ産め。今日も明日ももっと産め!」と鶏の尻を叩くように飼育しても良い成績は決して出ない。やはりペットを飼うのと同じか、それ以上に心に寄り添うように飼育しないと、言葉の通じない小さな命とはお互いに幸せになれないのである。

と、そう頭で分かってはいるものの時間や生産に追われ、失敗を繰り返しながら日々反省するのも事実である。日々の改まりを大切にし、鶏の心に寄り添うことを忘れないようにしたい。

2021.6.26 あだちまさし

ならわし

季節を早送りしているかのような梅雨入り。「例年より」や「記録的」という言葉が当たり前となってきた気候変動の今日このごろである。

吉部八幡宮の参道を突き当り、西側の山道を登っていく地域を「伊佐地」という。伊佐に向かって伸びる山道の頂上付近にお客さまがあり、毎週土曜日に急こう配の坂道を上る。山の斜面には一面に整備された水田が広がり、農繁期はきれいに畔草が刈られ整然と並ぶ田園風景はとても美しい。

先週末、梅雨の晴れ間を利用して田植えが盛んに行われていた。「初日の出が居間のコタツから拝める」というお客さまご自慢の自宅。縁側でタマゴの受け渡しをしながら、眼下の田植え作業が隅々まで一望できる。

我が家の飯米も近隣地域で百姓を営む友人から購入している。足繁く農園に堆肥を取りに来てくれる彼は新規就農者で、八年前から吉部で農業に従事している地域の貴重な人材だ。

水田に水を引く関係上、高い場所から順番に田植えがはじまる。品種も早生に適しているコシヒカリからはじまり、田植え時期をずらしながら、低い場所にむかって品種が晩生のヒノヒカリになるのが「ならわし」だと、彼から教わった。昭和の終わりから平成にかけて基盤整備事業が行われ、どこの水田にもトラクターなど農業機械が入れるようになったが、それ以前は、斜面に並ぶ棚田で農作業は随分と苦労が多かっただろうと語る。

同じ地域に異業種から新規就農した同世代の友人が数人いる。年々厳しくなる気象条件のなか、営農技術と売り上げを両立して向上させる難しさを聞かせてもらう。また、新たに地域へ参入し、先輩農家さんとの人間関係で一喜一憂している姿も目の当たりにしている。

担い手の減少と高齢化が加速する農業の現場では、デジタルでスマートな技術が求められている。一方で、自然の働きと先人の苦労に寄り添い、「ならわし」を守りながら引き継いでいく必要もあるのだろう。日々奮闘する農家さんの姿に学ばせてもらっている。

2021.5.25 あだちまさし

両輪

『穀雨【こくう】』この時期に降る雨は作物を育てる田畑を潤し、恵みをもたらすという。田植え前、農園周辺の風景が次第に賑やかになってきた。

年明けから適齢期に差し掛かった鶏の出荷が遅れ気味だ。堆肥の搬出が思うように進まなかったが、農繁期を控える農家さんとスケジュールをすり合わせ、何とか希望された量を急ピッチで搬出することが出来た。

一番多くの堆肥を施肥して下さるお茶農家さんは一番茶の収穫を控え、毎年三月から五月の間は受け取れないため、それに入れ替わるように稲作農家さん等が来園される。以前は、地域で仲介役をして下さる方が、各々の農家さんとの調整や運搬を肩代わりして下さっていたが、高齢化の影響で頼りにしていた方々が引退され、徐々に農家さんの顔ぶれも変わってきた。

全ての農家さんとの搬出の打ち合わせは私の仕事となり、仕事の合間を縫うように毎月数トンの袋詰めをし、天候や圃場の様子を想像しながら受け渡しの調整をする苦労は増えた。一方で、同じ地域で「命を育む」方々の息づかいを感じながらのやり取りには喜びもあり、着実に自分の糧となってきたように思う。

作物が必要とする窒素分を補うために化成肥料を使うのが主流となるなか、あえて、農園の堆肥を土づくりに役立てて下さる農家さんの存在は心強く、ありがたい限りである。

私たちが袋詰めで流した汗と同じ量の汗を流し、土づくりに堆肥を役立てて下さる農家さんには、効率だけを追い求めない作物への眼差しを感じる。また、時間と体力を使って土づくりをされる農家さんとの繋がりには、何かを生み出す「きっかけ」があると信じている。

同じ地域で農業を営む方々と足並みを揃え、環境と共生することは営みを続けていく上での理想の姿だ。たまごをお客さまへお届けして喜んで頂くことと、堆肥を利用して下さる農家さんと収穫の喜びを分かち合うことは、私たちが進んでいく上での「車の両輪」である。

2021.4.20 あだちまさし

葉わさび

吉部の山のテンカチから炭焼きさんが「葉わさび」を手土産に来園。
この炭焼きさん、もうすぐ古希を迎えられるが自分のことを「ボク」という。愛嬌ある独特の話し方で「葉わさび漬け」の作り方を伝授して下さった。

七十℃のお湯をかけ、百回振って、瓶にめんつゆと一緒に漬けるだけだが、お湯の温度など少し間違うと「グニャッとなって上手く起きんよ」と言う。ここでいう「起きる」とは、わさびのツンと鼻に抜けるような辛味が立たないということである。一緒に聞いていた農園のパートさんがチャレンジして、翌朝に完成したひと瓶をお裾分け頂いた。上手に起きた爽やかな辛味と旨味を白飯とともに堪能させて頂いた。

時々遊びに来て下る炭焼きさんとは十年来の付き合いになる。
よく日焼けした大きな体にTシャツと作業ズホン。短髪でおっとりした口調で語られるが、実は眼光がかなり鋭い。前職の立派な肩書は地元の人なら誰しも知っているが、初対面の人には「物好きの百姓」に見えるよう振舞っているふうにも感じる。

昔から、住まいのあるテンカチで庭イジリならぬ「山イジリ」に精を出されていたようで、葉わさびも「秘密基地」に、わさび田を作って栽培されているとの噂である。年の暮れに頂戴する自慢の「ゆず味噌」も絶品。鷹の爪で辛味が少し効かせてあるので、やはり飯の友には最高なのである。

退職して本格的に始められた製炭業も順調で、原料を伐採した後、どんぐりの苗木を植林していると聞いている。おそらく頭の中ではハッキリ十年後の山の姿がイメージされていることだろう。私がいつも刺激を受けるのは「大切な事に時間を使う」その仕事の姿勢である。

ちょっとした会話の中「それが自然の摂理じゃから」と、よく話される。
自然に逆らわず大切な事に時間を使うのが、ゆとりある豊かな生き方だと教えて下さっているようでもある。生産と納期ばかりに追われる私にとっては、ピリッと辛口の一言が、いつもありがたい。

2021.3.27 あだちまさし

「を知る 」

雲仙普賢岳の大火砕流に巻き込まれ、火山灰に埋まった車両が三十年ぶりに掘り起こされたニュースを見て、自分の思い出と重ね合わせてしみじみ思った。

普賢岳噴火がきっかけで島原市手をつなぐ育成会(知的障害者の親の会)にご縁をいただき、復興が進む島原市で十年くらいを過ごした。恩師の原先生をはじめ、先生を慕う情熱的で一風変わった先輩たち、育成会の心優しい保護者の方々、そして個性あふれる障害がある人たち。そんな面々に囲まれて、飾らず、あるがままに島原で充実した日々を送らせてもらった。

私が就職したのは、育成会が障害者の就労の場として設立したアイロンプレス工場で、地場産業の繊維会社で縫製されたカジュアルシャツを預かり、アイロンとたたみ仕上げの下請け作業が主な収入源だった。公的な助成を受けない運営だったので常に経営は厳しく、自虐的に「福祉界の虎の穴」などと言って必死に皆で汗を流したが、ただ辛かったかというと、そうでもなかった。

荒削りだが仕事を通じて、いろいろ経験もさせてもらった。わずかな給料の中から積立をして旅行や食事会に出かけたことや、週末に宿泊訓練と銘打って、作業場で障害がある従業員と寝食を共にして学んだことは、いまでは得難い貴重な経験だったように思う。

また、農園で壁にぶつかった時によく思い出すのが、虎の穴プレス工場の壁に、力強い字で書かれ、大きく掲げられていた理念と指導方針。『生きる喜びを 生きぬく力を』と『 を知る に学ぶ と共に生きる』の二つである。「生きる喜びを―」というのは、学力だけでなく社会の荒波の中で生きぬく力をつけ、生きる喜びを知るという理念であり、指導方針の「を、に、と」の前には「障害者」という言葉が入る。

なかでも「を知る」という言葉は度々思い出し、農園で共に働くコミュニケーションに困難を抱える二人と過ごす時間が長くなるにつれ、「知ったつもり」で毎日を過ごしていなかったか立ち止まって考えることも少なくない。

先月末から、頼りにしている共に働く男性が心と体のバランスを崩している。なかなか解決の糸口が見つからず、自分自身も心身ともに切羽詰まっているが、虎の穴の経験の中から何かしらヒントを見つけ出したいと思う。

2021.02.24 あだちまさし

雪解け

“辛抱の経験値が上がった”
寒波が峠を越えて解けはじめた雪を見ながら、そう感じた。

今月7日夕方から強い冬型の気圧配置となり、日中の気温が氷点下から上がらない状態が三日間続いた。農園の気温は−4℃から−6℃を行ったり来たり、断続的に雪が降り続く、今冬一番の寒気。大雪、風雪、低温注意報や警報の中での営みが身に浸みた。

養鶏は時を失わない鶏の特性を活かし、鶏に正しく時を刻ませるのが営みの要。つまり、正しく時を刻み産卵してもらわなくては営みが成り立たないし、その中で力強く鶏が育つ手助けするのが私たちの務めである。

まずは従業員の通勤の無事が頭から離れない。国道2号線から農園へまでは幾つかのルートがあるが、どの道路もアイスバーンが点在する危険な路面状態。今回ぐらいの寒気になると不要不急の外出を控える場所に農園はある。明け方から活動する鶏たちが産み落とす卵を、お客さまにお届けできる姿に整える作業は一人ではできない。

そして氷点下で一番の気がかり「水」。鶏たちの飲水確保である。凍結防止で排水口から糸状に流し続ける水が−3℃以下になると日中でも凍結をはじめるので、かなり注意が必要だ。水量が豊富ではない井戸水の水位ゲージに気を配りながらの排水は神経を擦り減らし、送水管の破裂や、長時間の凍結で飲水が止まった苦い経験も絶えず脳裏を過ぎる。

それに加えて、8日の金曜日は年始めのお得意さま周りで私は農園を離れると日没まで帰ってくることができない。自分が握るハンドルの不安を忘れるぐらい、様々なことが同時進行する三日間。年末年始の疲労が蓄積した体には堪えたが、幸い大きな事故もなく乗り越えることができた。また、平時の長い積み重ねの経験から、ハンディを持った仲間のそれぞれが換えの効かないノウハウを蓄えていることに改めて気付かされた事も大きな収穫だった。

雪解け水が、静かに、そして力強くゆっくりと井戸の水位を押し上げる様子を見ながら、体中から緊張感も解け、じわじわと「ありがたい」という気持ちに心が包まれた。

2021.01.25 あだちまさし

目には見えないもの

「鶏本来病なし」という書籍をずいぶん前に読んだことがある。
現在、飼育方法の主流となっているケージ飼いではなく、放し飼いや平飼いを推奨する内容で読書の記憶は今でも時々蘇る。なかでも、タイトルの「本来」と「病なし」という単語は印象的で心の支えとなっている。

鶏の伝染病を心配するお客さまから「おたくの鶏は土を食(は)むから大丈夫」と言われた事がある。土を食むのは鶏の本来の姿だ。鳥類の胃は筋肉で覆われている「砂肝」で、歯を持たない鳥は嘴で餌をつまんで丸呑みし、砂肝でゴリゴリと消化吸収していく。砂肝で咀嚼するには砂粒が必要不可欠で、これを体内に取り込むために大地をつつき、土を食むのが本来の姿なのだ。

このお客さまが言わんとしているのは、この土を取り込む際に良い菌も悪い菌も体に取り込むことから免疫力を持っているので「大丈夫」ということが言いたかったのだと思う。ただし、この免疫力とは目に見えないものである。

農園では平飼い飼育しているので一見ストレスフリーのように見えるが、ある程度の温度管理をしている最新式の鶏舎と比べ、猛暑極寒によるストレスは否めない。体力を維持温存するため産卵が低下することもしばしばあり、お客さまにはご迷惑をおかけしているが、気温が落ち着くと産卵も安定する。いまの時期、極寒に耐える様子を間近で観察していると、鶏が本来持っている自然に対する抵抗力と生命の力強さを肌で感じる。ただ、この抵抗力も目には見えないものである。

コロナ禍の嵐が吹き荒れるなか、見えないウイルスの脅威は世界中を駆け巡っている。それに加えて、先月初旬から鶏の悪性の伝染病が頻発し、感染防止という名のもとに現在までに三百万羽以上の鶏が国内で殺処分埋却された。連日の報道に触れ、見えない免疫力や抵抗力への安心感も一緒に埋もれてしまうような気がしてならない。

自分の無力さを感じるが、見えないウイルスの恐怖に押しつぶされないよう、今まで以上に自然の営みや鶏の息づかいに耳を澄ませ、目を凝らして、自然と共に生きている感謝の心は見失わないようにしたい。「感謝」という見えない杖を手に携えて前へ歩んでいきたいと思う。

2020.12.22 あだちまさし

背骨

僕が中学三年のとき、親友の一つ年下の弟シンジロウが悪性の骨肉腫のため急逝した。僕がはじめて経験した友人との辛く悲しい別れである。

親友の彼は古いコトバで言えば「番長」で、熱血漢で男気がある彼を慕う僕ら大勢は「中二病」のヤンチャ盛り。彼の家に入り浸っては思いつく限りの悪さに明け暮れていた頃、突然、弟のシンちゃんが自宅療養と入院を繰り返すようになり衰弱していった。「コツニクシュ」という病名は早い時期から知らされていたが、まさか一年足らずでシンちゃんの命を奪う病だとは想像すらしなかった。

番長と二人での下校中に「長くはない」と知らされた時のショック。受け容れ難い事実を知った上でシンちゃんを大勢で囲んでの食事会では、十五歳の僕たちは悲しみを堪えて笑顔をつくるのが精一杯だった。底が抜けたように泣いた葬儀で、棺を見送る際に流れた長渕剛が唄う「とんぼ」は、いま聴いても、生きたくても生きることが出来なかったシンちゃんを思い出させてくれ、シンちゃんの分まで「しっかり生きなければ」と背骨のあたりをグッと熱くさせてくれる。これは僕に限ったことではなく、中二病を一緒に過ごした仲間は多かれ少なかれそうだと思う。

僕は高校卒業以来、番長やご両親とは疎遠だったが、十数年前に子ども達のサッカーが縁で再会し、以前と同じようにお互いに行き来するようになった。以来、シンちゃんの仏前は僕のパワースポットとなり、ときどき仕事の合間をぬって、仏前で線香をあげるのが心のリフレッシュになっている。

ご両親と僕の歳の差には変わりがないが、生きることが叶わなかったシンちゃんにはもったいないぐらい、お互いにずいぶんと歳をとった。僕は当時のご両親の年齢を、僕の子ども達はシンちゃんの年齢を追い越した。ご両親の年齢を通過してみて感じるのは、シンちゃんが骨肉腫と診断されてから亡くなるまで、一年足らず間のご両親の苦しみや悲しみ。そして今まで毎日欠かさず語りかけられる姿を見て、親の強さとやさしさに魅せられたとき、やはり「しっかり生きなければ」と、背筋を正される思いがするのである。

今月十五日はシンちゃんの三十三回忌。いままでご両親や僕たちの心に生き続けてくれたことに感謝し、これからの行く末を光り照らして導いてくれるよう願って、花を供えた。

2020.11.25 あだちまさし

つっぺ

「つっぺじゃあいけんけぇね…」
そう呟きながら来園するのは、毎週水曜日と日曜日に開かれる朝市「おいでませ吉部」のオカダのカアチャン。朝市の前日に販売するタマゴを受けとりに来られる。

『つっぺ』とは、山口の方言で〈引き分け〉という意味で、商売でいうと差し引きゼロ。つまり儲けがないと自虐的に呟くカアチャンだが、そこに悲壮感はなく、いつも明るく元気の塊のような女性である。

「おいでませ吉部」は旧JA吉部の売店を借り受けて開かれる生産者直売所。農家さんが持ち寄った農産物、うどん等の軽食コーナーと手づくりの惣菜が調理、販売されている。賑わいは開店直後の朝6時ごろがピークで持ち寄られた農産品は早々に売り切れ、あとはお昼すぎまで軽食コーナーでぽつぽつと近隣の住民らが語らう田舎のオアシスだ。

毎月第一水曜日に販売される、手づくりの「吉部の米まんじゅう」はなかなかの逸品。原料は自慢の吉部米を天日干しのパウダー状にした米粉とかるかん粉、あと長芋に私たちのタマゴの卵白も使用していただいている。無添加で手づくりされる饅頭は『ふんわり、ふかふか、もちもち、しっとり』。大量生産では決して出せない「ぬくもり」の味がする。

直売所の厨房は五人の主婦で切り盛りされ、毎回、とにかく明るく賑やかで、私が一番年下というオカダのカアチャンは昭和二五年生まれ。最年長は八十歳を越えているが、みんなが口を揃えて「楽しい」という。

最近では、スーパーの生産者直売コーナーも当たり前となってきたが、「おいでませ吉部」には小さな朝市ながら、直売の最大の売りである「対面性」がしっかりと地域に根付いている。お客さまに喜んでもらえ、それを喜びとして農業生産や物づくりに励み、直売所を運営する。この好循環は大いに学ぶべきものがあるように感じている。

コロナ禍の混乱も「つっぺじゃけど楽しい」で乗り切るカアチャンたちはたくましい。

2020.10.26 あだちまさし

ヒートストレス

暑さが落ち着くという「処暑」が過ぎた。日長は確実に短くなっているので、朝夕に秋の虫から涼しさを感じるが、残暑というには厳しすぎる暑さが続いている。

鶏は様々な外的ストレスから調子を落とす。もの言わぬ鶏の変化は日頃の鶏舎での観察を通じての発見であり、また産卵成績から体調を感じとるのが常である。とりわけ、猛暑の夏は鶏にとって大きな負担となり、産卵率を低下させる引き金となる。

人間より平均体温が5度前後高く、毛皮のコートを脱ぐことができない鶏にとって、猛暑の夏は正念場。食欲不振から生命を維持する最低限の餌を食べるのが精一杯で、排卵活動である産卵までエネルギーがまわらなくなり、動物本能から産卵より命を優先することから産卵率が落ちるのだ。

私たちは発汗によって体温を一定に調整しているが、鶏には汗腺がなく汗をかいて体温を下げることができない。そのため、体の外と内から体温を下げるのが、鶏が命を守るための本来の姿である。鶏たちは涼を求めて、木陰や鶏舎内で風通しの良い日陰に移動して出来るだけ体温を上げない努力をする。体に空気があたるように羽根を広げて風通しを良くし、地面に穴を掘って冷たい土に触れて外から体温を下げる工夫をする。

体の内側から体温を下げる方法としては、多く水分を摂取することに加え、熱が体にこもらないように、呼吸量を増やすことで体外へ放出する。犬でもよく見られるような「ハァハァ」と浅く早い呼吸と、鳥類特有の「パンティング」と呼ばれるあえぎ声を出しながら空気を大きく吐き出す姿が多くみられるようになる。

このパンティングの鳴き声が独特で、ふだんは「クゥクゥ」とか「コッコッ」と静かに鳴きながら、穏やかな時間が流れる午後の昼下がりだが、気温が30度を超えてくると「ガァガァ」とか「カァー」という悲痛な鳴き声を出し、その響きには胸が痛む。

年々、夏の暑さは想定範囲を超えてくるが、夏が一生続くことはない。猛暑を乗り越えた鶏は何かしら大切な力を蓄えてくれるはずだ、そう信じる心だけは失いたくないと思う。私たちにとっても、あと少しの辛抱…。

2020.08.26 あだちまさし

良縁

農園の営みはさまざまなご縁の積み重ねで成り立っている。
せっかくの大切なご縁をうまく結ぶことが出来なかったり、それとは逆に、ふり返ってみると、意図せぬ所でお客さまの縁が幾重にも重なっていることもある。

先月、お客さまとの良縁を数々結んで下さった、末妹の嫁ぎ先のお義母さま“えっちゃん”が68歳でお亡くなりになった。15年前に大腸がんが見つかり、その後、何箇所かの転移も切除や抗がん剤治療で克服されてきた。いつも明るく、病を感じさせない姿から周囲に元気を与え続けられた。妹夫婦の子どもたち二人も、お婆ちゃんでなく“えっちゃん”と呼んでいたように、小柄で可愛らしいお義母さまだった。

開園当初から、毎週の定期予約で多くのお客さまにタマゴの配達を代行して下さっていたが、タマゴ行き先は妹にも詳しく話されることはなかったようだ。慎ましく、ごく自然な形で販路開拓にご協力いただいたことに感謝している。

いつも受け渡しの窓口は家内になっていたことから、私自身はそれほど深い間柄ではなかったのだが、ご縁を結んで頂いた馴染みの化粧品店は、私の受け持ちとして10年以上、毎週配達に伺っている。えっちゃんと同世代の店主からは常連さんをご紹介して頂き、何気ない会話のやりとりの中から、お客さまへのアプローチの方法など勉強になることも少なくない。

ちょうど、お義母さまの容態が悪くなりはじめた半年ほど前から、そのお人柄を「人の事を悪く言わない良い人よ」と店主からお聞きした。多くの友人との良好な人間関係の理由は、当たり前の積み重ねが自然にできる方だったからだと思う。直接、お礼をすることは叶わなかったが、蒔いていただいたご縁の種を枯らすことなく大切に育んでいきたい。

いまさらながらだが、妹は良い家庭にご縁を頂いたと思う。

2020.07.27 あだちまさし

3対1

6月11日、梅雨入り。雨の恵みへの感謝と鬱々した気分が葛藤する季節だ。

梅雨入り前、農園で働く男性から「きょう梅をもぎました」とメールが届いた。無表情で短い言葉から、彼の心の中の様子を想像するが私の日課になっている。「梅」というのは、自宅の裏山の梅の木で、毎年、彼の母親が梅干しを仕込むことから、収穫の手伝いをしたということ。また、その梅干しを私が楽しみにしているので、直訳すると「今年も食べるか?」ということである。

コミュニケーションに難しさを感じている彼に携帯電話を与えたのは5年前。それから毎日、言葉のキャッチボールが続いている。着信する内容のほとんどは、仕事や家庭で抱えている不安や不満が多いが、時々、ポツンと今回のようなメールがくる。明るく広がる話は大きく広げ、ネガティブなことは出来るだけポジティブな内容に変換して投げ返す。

クセのある短い言葉に、時折、ズバッと刺さる直球を織り交ぜながら投げ込んでくるメールには、私自身も無意識に目を背けていることも多くある。投げてくることに意義があるので、メールでは善し悪しは決めつけずに、ありのままの気持ちと、事実をしっかりと受け止めたいと心がけている。

最近、ある心療内科医のコラムのなかで、ポジティブ心理学の『3対1の理論』というものが紹介されていた。一点の曇りない状態を目指さなくてよい。ネガティブな気分が1あっても、ポジティブな気分が3の割合であればよいというものだ。ポジティブな感情というのは、ひとつではなく、感謝、平安、好奇心、わくわく感、充実感、自己肯定感などさまざま。日常の中で、憂鬱な気分がおこった時、その割合の3倍、ポジティブ感情をキープするのを目指すと心が健康的になるとされている。

心の中が雲ひとつなく晴天ばかりの人はいない。ネガティブな部分を認めた上で、ポジティブな感情比率を上げていけば良いと思う。その手助けになるようなキャッチボールでありたい。それは私自身や農園の比率を上げる働きに繋がってくると思うから。

明日からも梅雨空が続く。雨もまた「ありがたし」と前向きにとらえたい。

2020.06.28 あだちまさし

「こまつな」考

ある紙面の写真が目に留まった。
ハウス一面の収穫を待つ小松菜。車輪付きの台車に腰掛けて収穫作業をするフィリピン人技能実習生の女性。葉物野菜のハウス栽培が盛んな福岡県久留米市での作業風景である。

新型コロナウイルスが影響して、人手不足から農作物廃棄が一部の農家ではじまっているという。約100棟のハウスで小松菜を通年栽培し、一日600ケースを出荷している農業法人では、フィリピン人実習生9人を雇用し、作業を回しているが、新たに雇用する予定の実習生が入国制限で来日できなくなった。新たな労力を見越して生産していた小松菜の成長は止まらず、収穫期を過ぎたハウス18棟分の数?を廃棄したというのだ。

心に刺さったのは「廃棄」というフレーズもさることながら、「車輪付きの台車に一日中腰掛けて、収穫から包装、箱詰めまでこなす仕事は厳しく、日本人の成り手は少ない」という40歳経営者の切実な言葉である。コロナ禍で、身近な国内農業の抱える人手不足の問題が浮き彫りになった。

同様に養鶏業でも、5年ほど前から育雛業者や廃鶏業者から人手不足や離職者が多い現状を盛んに耳にするようになった。実際に鶏の出入口で外国人実習生を雇用していることから、農園の営みも、間接的には外国からの労働力に依存していることになる。自分では抵抗することの出来ない農業や畜産の大きな流れに、生きづらさを感じるようになったのは今に始まったことではない。

それぞれの規模によって働き方は異なるので、外国人実習生の是非を一概に否定することはできない。ただ、地道な繰り返しの作業を通じて、先人たちが培ってきた自然への観察力や洞察力、経験や勘も同時に失われていくような懸念がつきまとう。多少の辛抱はともなうが反復作業で育てた心と体があってこそ、生産者として自然の恵みに感謝する心や、働く喜びが得られると思うからだ。

同時に、そう考える自分は不器用な生き方をしているとも感じている。

2020.05.25 あだちまさし

巣ごもり

ツバメが巣ごもりをはじめたのは先月末。
例年、東南アジアで越冬したツバメが飛来し、農園の軒先に巣をかける。
つがいになるカップルを探しながら、巣をかける場所を物色する時期に盛んに飛び回り、爽やかな春の訪れを感じる。と、ともに作業場の中を飛び回るツバメの副産物に気をつかう季節でもある。

今年のツバメは、例年と違い昨年の巣に一直線に入った。短時間でリフォームを済ませ、めずらしく私たちの手をわずらわすことなく、行儀良く巣ごもりを始めたのだ。ツバメなりに世間の重苦しい空気を察したのかもしれないと自分勝手に想像した。

「密」を避けよ、と感染拡大防止を報道されるようになり、ウイルス流行当初から閑散としていた夜の街だったが、二週間前ぐらいから明かりと人がほとんど消えた。タマゴの得意先でも張り紙をして連休明けまで休業される店が増え、キャンセル分のタマゴを需要がある販売店やお客さまに納品のお願いをさせていただく時間を多く割くようになった。

いままで経験のない緊急事態に気苦労が絶えない日々が続く。日頃からお世話になっている飲食店の経営者さまや、顔見知りの従業員の方々の出口が見えない心痛を思うと、いつもと変わらぬ新緑が光る「疎」の風景も、どんよりと重く曇って見えたりするのである。

昨年から手元に置いて読み返している機関紙の中に、祖母がコツコツと投句した足跡が残っている。俳句の良し悪しなど全く分からないが、いまの季節や風景と重なる句を見つけると、陽だまりで目を伏せて七五七の指を折る祖母の姿がふと目に浮ぶ。私にとっては、口やかましく厳しい、どちらかというと四角いイメージだった祖母が、亡くなって五年経ち、だんだんと丸い思い出に変わってきたように感じている。

「子燕の餌待視線空にあり」
巣ごもりするツバメを眺めながら祖母に言問うすべはなくなったが、二十年前に詠んだ句と同様に、今年も農園にやさしい風景が訪れることを心待ちしている。

辛抱の日々が一日でも早く終息し、街に潤いと活気がもどってくることを切に願う。

2020.04.25 あだちまさし

開花発表

桜の花芽は、前年の夏には形成されて休眠状態に入っている。
花芽は冬に一定期間、冷たい空気にさらされると休眠状態から目覚めるが、これを“休眠打破”という。その後、春になって暖かくなると、日に日につぼみが開花に至る。

今週はじめ、農園の桜が開花した。外周を囲むように流れる厚東川の川岸に植えた20本のソメイヨシノが私たちの景色になって15年ぐらいになる。川に架かる「木ノ瀬橋」を渡って、一番目の桜が標本木。日没までたっぷりと太陽光があたり、枝ぶりもたくましい。その標本木の桜が5、6輪咲いた。農園の開花発表である。

開花発表を前に20本の桜の下草刈りを数日かけて行い、農園の玄関口がスッキリした。

こうしておくと、対岸から眺める、空の青さと、景色の緑、桜の薄桃色のコントラストが川の流れに映え、美しく目を癒してくれる。

私たち以外に標本木の開花を確認するのが、対岸に一軒だけのお隣さんご夫婦。市外に住む息子さんたち家族を招き、花見を催されるのが恒例行事となっている。満開が近づく週末のお昼から賑やかな宴がはじまり、夕方まで盛り上がる。対岸の軒先から眺める景色が一番の絶景なのだ。

今年は4月最初の週末あたりが見頃になりそうだと、一本一本のつぼみの膨らみ具合を確認しながら草刈機のアクセルを握る。薄っすらと緑色が残るように少し高めに揃えながら刈り取ると雑草が咲かせる青や紫、黄色といった花もキレイに見える。陽ざしが強い日にはタンポポが一斉に黄色い花を咲かすことも、こまめに草刈りするようになってから気づいた。

新型コロナウイルスの感染が広がり、一ヶ月前に想定された事態が次々と現実となるなか、日々の仕事を通じて、様々な人との“つながり”を深く考える。お客さまや、鶏の産卵前後でお世話になっている業者さまなど、実に多くの人の流通と消費の上に私たちの営みが成り立っていることを、非日常の現実から、いつも以上に肌で感じる。

日々、忙しく仕事をしていると、目の前の仕事や、自分のことだけで精一杯になりがちだが、もっと想像力を豊かに「共助の心」は失わないようにしたいものだと、今年はじめの下草刈りをしながら考えた。

2020.03.25 あだちまさし

根と幹

春一番が吹いた。令和初の天皇誕生日。宇部市の特産品のひとつである「小野茶」の生産者がふたりで来園。

現在、鶏ふん堆肥の多くを搬出して下さる農家さんである。昨年は、月平均2?の堆肥を、茶葉の窒素分を補うために追肥された。今年からは世代交代で後任へ引継ぎをいただき、6?の茶畑に今後も安定して施用して下さる。

さまざまな形態の農家さんが、鶏ふん堆肥を有機肥料として、土づくりに利用して下さっているが、大半の農家の施用時期が春先と秋口に集中する。それに対し、お茶の生産者は茶摘みの時期以外は通年快く引き受けて下さり、特に夏場の施用可能なのが強みで大変助かっている。

平飼い飼育の鶏ふんは、生ふんとは違い半完熟の堆肥状態で、必要とされる方へ無償で提供させていただいている。鶏が絶えず動き回る足元の堆肥は、微生物の働きもあり、ほぼ乾燥しているものの、発酵に関しては改善の余地はまだあるように感じる。搬出量が増えれば、敷料にするスクモや、発酵の際に混ぜ込む米ヌカを増やすことができ、よりマイルドな有機肥料として幅広く利用してもらえる可能性があるかもしれない。

通常の業務にくわえて、鶏ふんの発酵や袋詰めで汗を流すのは手間がかかるが、近隣の農家さんたちの本音に寄り添い、良い循環をつくっていくことは、私たちの営みの根幹でもある。深く広く根をはり、幹を太くすることは、きっと大きな力になってくると思う。

畜産には、あらゆる営みとつながり合い、水田や畑、山地まで土地の課題をプラスに変える力があると言われる。農業や畜産に携わる人であれば、頭ではわかっている持続可能な理想の形である。だが、良い循環をつくっていくのは頭で考えるほど容易ではないのも現実。その理想と現実が近づくよう、常に求め続ける姿勢を大事にしたい。

明日も鶏たちは元気にタマゴをうみ、そしてフンをするのである。

2020.2.23 あだちまさし

庚子か のえね

「大寒の朝に実家の井戸から汲み上げる水は、とてもありがたく美味しかった」
そう話されるのは、たまごのお客さまで市内にひとり暮らしされる七十代の女性。実家とは農園近くの山あいで随分前から空き家だという。

この時期、深々と冷え込む朝、根雪が静かに浸透する澄みきった水はさぞ美味しいだろうと想像する。寒さ厳しい農閑期に一年分の「寒もち」を数日かけてつく家庭も多かったと聞いている。寒さの頂上まで登りつめて、あとは春に向かって下っていく少しの安堵を感じる節目でもあった。

この女性が懐かしむ冬の景色や気候も様変わりした。今冬も暖冬で、いまのところ初雪は見ない。自然の営みは複雑なので温暖化の影響と簡単に結びつけるわけにはいかないが、気候変動時代を伝えるニュースが次々と流れるなか、この暖かさは心を灰色にする。

大寒は私たちの仕事にとっても一つの節目。年末の繁忙期、年始は従業員が交代で休みをとるので人手不足、毎日の生産量は変わらないが、どこか気忙しく「ありがたく感じる心」を見失いがちである。大寒の朝に産卵したたまごを食べると運気が上がると宣伝されることがあり、例年、開運たまごを求めるスポットのお客さまが来園されて、ひと段落といったところだ。

年末から、あたかかく穏やかな気候だったので不測の事態がなかったのが救いであった。心配していた水不足、水道管の凍結もなく、悩みの種であったイノシシの侵入被害も十一月下旬あたりから静かである。近隣に猟師が仕掛けている罠にも寄り付いた形跡が少ないという。暖冬の影響で、厳寒を耐える脂肪を蓄える必要がないせいか、山の中を歩くと、どんぐり等の食べ残しが目立つそうだ。

農事暦によれば、「庚子(かのえね)」の今年は、「天地自然の恵みが生い茂る」とある。山の中に落ちたどんぐりの実が静かに芽吹き下へと根をはっていくはたらきが、少しでも里山が活気を取り戻す力になってほしいと願う。

小さな自然の営みの力強さに目を向けると、曇りがかった暖かい冬のテッペンにひと筋の光が見えるような気がする。

2020.1.25 あだちまさし

心配するココロ

先週、農園のちかくに住むご婦人が亡くなられたとの噂を耳にした。

家族ぐるみで付き合いがあり、私も子供たちも年齢が近いので、高齢者が多い過疎地域においては最も若いグループに入る奥さまである。驚きを隠せず、動揺する心を落ち着かせながら一つひとつの事柄を聞くのが精一杯だったが、近親者のみで葬儀を済ませたということだけが妙に気にかかる。

顔見知りだった方が知らぬ間に亡くなっていたという話も少なくなく、高齢世帯が多くなってきた地域の「思いやり」で後になって知らせ受けることは今までにもあった。ただ今回は間柄からいって別である。つい先日も、長い立ち話で子供たちの近況をやりとりしたばかりだ。急いでお悔やみに掛け付けたいが、思春期の子供さんを抱えたご主人が閉門して喪に服される気持ちも痛いほど理解できた。

なにより職務上、聞き知った噂である。逸る気持ちを抑えて正式な知らせ待つことにしたが、寝ても覚めても奥さまの笑顔や、今までのあんな事こんな事が頭に浮ぶ。知らせが入るのを辛抱しきれずに、意を決めて弔問に伺おうとしたタイミングで、間違いだったことがわかった。不幸中の幸いの少し安堵と、数日間にわたって心配した心の余韻だけが胸の奥に残った。

結果的に取り越し苦労におわったが、もっと心に寄り添うような会話ができなかったかと後悔したり、何とか前向きな気持ちをつくって、出来るかぎりの励ましの言葉を考えたり、そして、残されたご家族のことを何度も自分と重ね合わせたりもした。ナントカなると思っていることが、一瞬でナントカならなくものだと、どうにもならない事までも深く考え込んだ。日頃、曇って見えにくくなっていた心の奥底を覗き込むような作業は、年末の「心の大そうじ」とでも言うべきか・・・。

日常の中で自分が頭で考えている一生懸命さや、家族への感謝の気持ちは、心の底にあるフタをはぐってみると、案外、まだまだ真剣さが足らない、独りよがりだったかもしれない、そう思えるキッカケをいただいた。この出来事をとおして感じた「心配するココロ」は今後も大切にしていきたい。

2019.12.24 あだちまさし

夏越し

山口市、湯田温泉の生花店「湯田花園」は中原中也記念館のすぐ近くにある。十年来のタマゴをお届けさせて頂くお客さまだ。

昨年の今ごろ、その生花店で店先に並んだシクラメンを購入した。花の名前と実物が私の頭で一致したのは四十歳をすぎてから。その程度の関心しかなかったが、あるお客さまが「やっぱり生きた花はいいわねぇ」と花を眺められる姿を見て、自分にも「いいわねぇ」という潤いが欲しいという衝動から発作的に買い求めた。

十二月の我が家は特に慌しさが増す。鶏に一日二つずつタマゴを産んで欲しいと無理な願望を抱きつつ、大晦日に向けて一気に時が過ぎる。一服の清涼剤になればと、白地にピンクの縁取りが美しい花が咲くシクラメンを選んで自宅に置いてみた。が、残念ながら、昨年の師走も潤いを感じる余裕がなかった。

底面給水鉢に水をやり、花がら摘みをして、あまり大きな感動や落胆もなく、ただ淡々と花と過ごし春が過ぎた。開花の勢いが落ちてきたが、葉は元気に茂らせているので、花屋の店主に尋ねたところ、「夏越しさせて、また花を咲かせてあげて下さい」と、休眠させずに夏越しさせる方法を教えて頂いた。

午前中の日差しがやさしくあたる、風の通る大きな木の下で育てるようとのことだったので、自宅から農園へ引越しさせ、大きなイチョウの根元、その東側に置いた。なんとか枯らさず無事に夏がすぎ、九月下旬あたりから葉を勢いよく茂らせるようなり、二十日ばかり前から霜がおりるようになったので夜は作業場に入れるようした。

日照不足の梅雨、猛暑の夏も、暴雨風を心配した台風の日も一緒に過ごした。農園で心が晴れたり、曇ったりした時も、私の側で、黙って小さな命の息づかいを感じさせてくれたシクラメンである。

本格的な冬の足音が聞こえる。露地で育ててきたので開花はまだ先になるという。毎日、茂らせていく葉にうつる葉脈からも、命の力強さを次第に感じるようになった。もしかすると、これが花と暮らす潤いかもしれないと思う。

2019.11.26 あだちまさし

共に生きる

嬉しいときや悲しいとき、壁にぶつかったときや、目の前に道が開けたときなど、心がグッと熱くなる瞬間に、今は亡き恩師の温かい眼差しとやさしい言葉を思い出す。

島原市で障害者福祉に生涯を捧げられた原留男先生の今日が一年祭である。農園で仕事をはじめてからは直接ご指導いただく機会はなかったが、最近、すぐ近くにおられるような錯覚を時々感じる。

普賢岳噴火が縁で18歳の冬に初めて先生とお会いした。漠然と将来に不安を抱き、何に対しても自信がなかったが、目線を合わせて語りかけられる先生の言葉が何故か心に浸みた。誰に対しても同じ姿勢でやさしく語りかけられる独特の「あたたかい間合い」の魅力に惹かれたからだと思う。

先日、偶然というか、必然というタイミングで、20年前に発行された機関紙の中から先生の講演録を見つけた。当時、原先生は70歳。障害児教育、障害者福祉に携わって48年目であったが、講演の中で、「共に生きる」とは易しいようで難しいと語られているのが印象的だった。分け隔てなく子どもたちと真摯に向き合われる先生のお人柄と現場での姿勢が思い出された。

難しいと前置きしたうえで、共に生きるには(共感・共有)を通じて得た信頼関係が必要と述べられている。相手の思いを自分の思いとして共に感じる「共感」する力。同じ悩みを共に持ち合う「共有」する力。共に感じあい、分かち合う中から生まれてくる信頼関係を築かなければ、障害がある人たちと共に生きることは難しいと述べられる。

「共に生きる」と言葉にすると簡単なようだが、本当の意味で心に寄り添い、心を通い合わせるには、常に求め続ける姿勢が大切だと感じた。人と人が繋がりあい、喜び助けあう福祉の原点であり、本来の姿かもしれないとも。

時を経ても、色褪せることなく変わらない原先生の想いに触れることができたことに感謝し、今後ともお導き下さるよう心から祈った。

2019.10.26 あだちまさし

台風一過

「台風ヨウジョウが忙しいけぇ、土曜は無理じゃぁ」
先週、木曜日の夜、来月でハタチになる長男がスマホ片手に大きな声で友人に断りを入れていた。台風接近で休日だったはずの土曜日が養生作業なったようだ。社会人2年目。現場の強風対策があるようだが、友人と話す声には張りがあり良い緊張感を持って仕事をしている様子が伺えた。

私は、聞き耳を立てながら新聞に視線を落とし、半人前のクセに偉そうなことを言うと「やや上から目線」で見下しつつも、そんな彼を少しだけ頼もしく感じた。

通り魔的に千葉県を通過し、甚大な被害をもたらした台風15号が記憶に新しいなか、17号の発生で警戒感が増した。農園でも鶏の産卵は止める事は出来ないので、風雨の中での日常業務に加え、台風養生が増える。大きな自然の力と、止まることない営みの狭間でジタバタしても始まらないので、淡々と台風情報を収集し、いつものように気持ちを落ち着けた。

最近、台風の進路や速度が以前と少し変わってきているのは温暖化の影響も無関係ではないようだ。気象予報が速く正確にキャッチでき、被害状況もリアルタイムで把握できるようになったが、今までの経験が当てにならなくなったのも事実である。

地球環境を守るため世界各国が足並みを揃える難しさを伝えるニュースや、異常な気象が常態化しつつあることを、日々、肌で感じてはいるものの、不自由なく便利な生活を送りながら、自分に出来ることを考えた時、いまの暮らしを制約していくことには戸惑いと、少しの気後れを感じる。

今日は移動性高気圧に覆われ、台風一過の爽やかな秋晴れ。
田んぼの畔にたくさんの彼岸花が咲く。青い空と黄色の稲穂に囲まれたコントラストに赤い曼珠沙華が映える。自然の営みを美しく「ありがたい」と感じる心は、小さな自分にも出来る事に、一歩を踏み出す勇気を与えてくれるように思う。

2019.09.24 あだちまさし

失敗は成功のもと

台風通過にともない秋雨前線が刺激され、まとまった雨が降り続いている。来園される農家さんからは、収穫が迫った稲穂の生育状況や、降り続く雨でコンバインを水田に入れられるか心配する声をよく耳にするようになった。

農繁期に入る農家さんと共に忙しくなるのが吉部農協で農機の販売や修理を一人で請け負われる営農担当者。普段は閑散とした倉庫に修理を待つ農機具が搬入され、稲刈り作業の途中で止まったコンバインの出張修理などで大忙しになる。一斉にはじまる収穫時期の不測の事態に備えて戦々恐々といった感じだ。

農園で鶏との営みを生業とする私たちも不測の事態はたくさん経験して、当然、たくさんモノも壊してきた。経験が浅い私が予測できないことを、縁あって共に働く障害がある人たちが理解し予測することは不可能で、突然おこるトラブルに動揺し、感情を抑えきれず叱責したこともある。後悔ばかりが先に立ち、お互いに心が壊れかけた苦い経験もした。

自然と隣り合わせの農園で、言葉の通じない鶏との営みには、未だ分からないこともあるが、彼らと失敗を重ねるうちに身につけた知識も少しずつ増えたように感じる。

モノが壊れる時には、いくつかパターンがあって、モノの道理が分からずに壊してしまう場合と、分かっているのに不注意から壊してしまう場合がある。前者は私の取扱い説明不十分。後者は仕事に対する「焦り」や「欲」が絡むことが多い。

仕事に対する焦りは、昼食前や終業間際などの仕事を早く終わらせたい時間帯に自分の能力以上の仕事を抱えた時に起こるトラブル。彼らの能力を超える仕事を不用意に与えてしまった責任は私にもあるので、共に反省しながら、いくつか失敗を乗り越えてきた。

一方、仕事を重ねてつけた自信から、もっとたくさんの仕事をしたいと欲が出てきた時の見極めが不十分で起きた失敗は、見逃すと大きな心の傷となり、こればかりは営農に頼んでも修理が不可能である。彼らが日常の仕事を通じて、少しずつ積み重ねた自信を見逃さず、自発的協力関係を失わないような言葉かけと、失敗を受け止める心の寛容さを持ちたいと常々思う。「失敗は成功のもと」だから。

2019.08.26 あだちまさし

こころの泡立ち

梅雨明け。これからが夏本番である。

例年、3月初旬ごろから、仕事の合間をみつけながら園内の草刈りはじめる。一日平均にすると一時間程度の肉体労働。農園の側を流れる厚東川の川土手までが私たちの責任範囲と決めている。

梅雨入りまでは農園全体の工程を2週間程度で刈り終える。この頃までは、刈り終えた農園の姿を見ると結構な充実感と達成感で心にゆとりも生まれ、やりきった仕事に自画自賛したい気持ちを抑えながらも、近隣の農家さんと「草刈り談義」に花をさかせる余裕もある。

心にゆとりがある時期は、少し高めに草刈りコードを走らせ、クローバーやカタバミを残しながら作業をする。花が弾けて、種を飛ばしながら横に広がるクローバーの白い花やカタバミの黄色や薄紫の花に目を細め、多少の疲れはあるが「こんな暮らしも悪くない」と、心の奥の方で喜んでいるのが自分でもわかる。

ある詩人が「楽天的な人はバラを見てトゲは見ない。悲観的な人はトゲばかりじっと見つめて、美しいバラの咲いていることに気づかない」と言ったそうだが、梅雨入り前と後では気持ちが一変する。

雑草がわずかに咲かせる小さな花がグングンと丈の長い緑に覆われ、元の荒れた休耕地の姿に逆戻りするのではないかという不安と悲壮感につつまれる。ブクブク、ザワザワと心が泡立ち、梅雨空の合間に日が射したりすると「また草が伸びる」とため息が漏れるのだ。

いくら刈っても振り向けば迫ってくる雑草に、草刈り機のアクセルも吹かし気味で大きな音を立てる。山に囲まれた農園を疎ましく感じ、高い湿度なかで緑の景色も滲んで見える。

そんなジメジメと汗がまとわりつく梅雨も明けた。ギラギラと輝く太陽の下で、仕事の合間の草刈りか、草刈りの合間の仕事かという作業も後半戦である。心の泡立ちを押さえて、心地よい汗を流したい。

日々、元気に働ける体に感謝しながら「コレもまたヨシ」と口笛まじりに夏を乗り切りたいものだ。

2019.07.25 あだちまさし