長い箸

趣味を聞かれると「読書」というほど本は読まないが、何かと活字に触れると、気持ちが落ち着くような気がする。最近は、なかなかまとまった時間がとれないので、短編やエッセイ集などページをすすめやすい本を何冊か手が届くところへ置いている。

そんな中、数年前から長く手もとに置いているのが「座右の寓話(戸田智弘著)」。副題に「ものの見方が変わる」とあるように、寓話や童話の中にある教訓や真理を著者なりの解釈でわかりやすく説明されている。小さいころから知っている寓話などに隠れている心理や哲学を感じたとき、ポロッと目からウロコが落ちるような爽快感があり、そういったことに心が触れたとき、先人への尊敬を禁じ得ないのである。

最近、何度か読み返したのが「天国と地獄の長い箸」というはなし。
『地獄と天国の食堂も満員。向かい合って座っているテーブルの上には、おいしそうなご馳走がたくさん並んでいる。どちらの食堂にも決まりがあり、それは、たいへん長い箸で食事をしなければならないということだった。

地獄の食堂では、みんなが一生懸命に食べようとするのだが、あまりに箸が長いのでどうしても自分の口の中に食べ物が入らない。食べたいのに食べられない。おまけに、長い箸の先が隣の人を突いてしまう。食堂のいたるところでケンカが起きていた。

天国の食堂では、みんながおだやかな顔で食事を楽しんでいた。よく見ると、みんなが向かいの人の口へと食べものを運んでいた。こっち側に座っている人が向こう側に座っている人に食べさせてあげ、こっち側に座っている人は向かい側の人から食べさせてもらっていた。』

この寓話から著者は「奪い合うから足らなくなる」という心理を読み解いている。地獄の食堂には「自分のことしか考えていない」人間が集まっていて、一方で天国の食堂には「自分のことだけでなく他人のことも考える」人間が集まっている。

私たちは様々な他者のおかげで生きており、一人では生きていけないことを知ることが大切。自分一人で生きていると勘違いすることが、秩序や平和が乱れる原因であるような気がする。著者が読み解く「奪い合うから足らなくなり、分け合えば余る」の精神を絶えず忘れないにしなければと思う。 2022.06.27 あだちまさし

てまがえ

古い写真を見せてもらった。
農園周辺での田植え作業風景が収められている半世紀くらい前の写真だ。

晴天の水田に五、六人が横一列に並び腰を折って作業をされている。一目みて田植えと分かるが、よく考えてみると私自身はリアルタイムで触れたことがない風景である。圃場整備が進み、作業が機械によって効率化される時代の転換点にシャッターを押されたと聞いた。

集落の人たちが、お互いに労働力を交換しながら作業を進めることを「てまがえ」というそうだ。隣近所の良好で、にぎやかな人間関係があったのだろう。田植え作業のおわりには、集落の集会場の草刈りや井戸掃除も協力して済ませ、今も続いている「どろおとし」という直会が催される。

作業を共有し、共感し合える人たちで労苦を労い、秋の実りを願いながらの宴である。大きな自然のはたらきの中で毎年すすめられてきた営みのなかには、お互いさまの助け合いの精神が根付いている。多少の近所同士の摩擦はあっただろうが、よそを妬んだり、卑屈になったりはしなかったと想像できる。写真を見ながら、おおらかな農村風景にしみじみ浸る。

今年も農園ご近所では、農繁期を迎え農家さんが活気づいている。
春先から、鶏ふん堆肥を搬出して下さる方が何人か来園され、概ね要望どおりの数量を出荷できた。天候や作付けの状況を尋ねながら、私たちが袋詰めをし、農家さんにトラックで搬出してもらう。同じ重労働を共有して下さるのが心底ありがたい。

物価が高騰しているが、供給過剰の鶏ふんの店頭価格は安価である。同じ成分を補充するには、使い勝手の良い化成肥料もあるなか、無償というだけは農園には足を運んで下さらない。近隣で昔から続いてきた「てまがえ」のような気質に助けられて、私たちの営みも成り立っているように感じている。

本音で語り合える良い人間関係がひろがっていけばと願い、微力ではあるが秋の実りを祈りたいと思う。

2022.05.26 あだちまさし

葉もれび

新緑がきらきら光る。農園の近所にある筍加工場が出荷のピークを迎えたニュースが、今年もローカル紙の紙面を飾った。近隣の農家さんもイノシシと競争で掘り起こし、加工場へ持ち込んでいると聞く。例年、農園でもお裾分けを頂くが、なかでも上小野のシローさんが運んで下さる筍が新鮮で旨い。一年に一度、田植え前に、圃場に施す鶏ふんを取りに来園され、そのお礼というカタチで持ってこられるのだ。

よく手入れの行き届いた、ある方の竹林で掘り出してくると得意気に話される。そのある方とは農園にも縁が深い方で、上小野で稲作を営みながら、趣味と実益を兼ねて山仕事に精を出される地域の顔役だったが、残念ながら昨年お亡くなりになったと風の噂で聞いている。シローさんは長年、その山仕事の手伝いされていた。

適度に日照が届くよう竹林を間伐し、掘り起こした筍を持ち出しやすいよう山道も整えてあるそうだ。「傘をさして歩ける程度」それぐらいの間隔で、適度に竹を間引くのがポイントだと聞いたことがある。ゆらゆらと竹が静かに揺れて、時折、葉もれびが差し込む竹林は美しい。

シローさんも寄る年波には勝てず、袋詰めをした鶏ふんを運搬するのに少し時間がかかるようになった。足どりも重いようで心配もしたが、数日後に筍を持って来られる姿は例年通り。軽トラの荷台に乗せた、大小さまざまな朝採り筍を「お好きなだけどうぞ」という表情は得意気にきらきらと光っている。

山の仕事というのは、すぐに結果が報われるものではない。何年何十年と代々の土地を、権利を主張するのではなく、黙々と義務を果たしてこられた。その副産物である筍を今年も美味しくいただくことができた。

解剖学者の養老孟司さんが、日本の農業がもたらした恵み、それを守るために人々はどう行動すべきか、とのインタビューで答えた冒頭と、シローさんが意気揚々と帰られる後姿が重なった。

『農業の担い手は年寄りばかりってことになっていますが、農業をやっている年寄りが長生きしてるってことでしょ。なぜ誰もそう言わないんですかね。日常生活と体の動きとを結び付ければいいんですよ。農業のように。』

2022.04.27 あだちまさし

以心伝心

先日、ケーキから洋菓子、和菓子とお菓子なら何でも揃うフランチャイズ店に農園で働く二人と出掛けた。ちょっとした気分転換をかねてショッピング。

このお店、安価でたくさんの品揃えがあり、童話に出てくる「お菓子の国」のような店内が目を楽しませてくれる。二人を誘って度々利用するのは、いろいろな商品を手に取って、興味津々に買い物をする時に、農園では見せない表情が見られるのが嬉しいから。今回は、男性と私はホワイトデーの買い物。女性は自分へのご褒美。

二人が思い思いの商品をかごに入れ、レジにすすむ様子を店内の少し離れたところからそっと見届ける。店員がマニュアルどおりの対応で矢継ぎ早に話しかける。二人ともコミュニケーションにハンディを抱えるが、男性は首を縦や横に振りながら、聴覚に障害がある女性は身振り手振りで受け答えをしながら会計を済ませている。二人が無事に会計する姿を確認して、私もシュークリームの詰め合わせを二つ買い求める。駐車場で「お母さんに」と小指を立てながら伝えて、ご家庭へのお土産を各々に手渡し店を後にした。

昨年も同じ季節に同様の買い物で来店した。男性が大きく心のバランスを崩した時期でもあり、明るい店内でどことなく三人とも心に暗さを抱えながらだったことを思い出すと、お互いによく頑張ったなあとしみじみ。あれからちょうど一年になる。

昨年、一年で一番寒さが厳しい頃に、彼が心のバランスを崩し休みがちになった。私も仕事量が大幅に増え、冷静さを保つのがやっとのなかで、考えられる原因をさぐり出来る限りの言葉かけをしたりもした。仕事の負担が増えたのは彼女も同様で、彼に励ましの手紙を何度か書いてくれた。彼の回復を祈る気持ちは私と同じだっただろう。

出来る限りの時間をひねり出した。園内での仕事を通じて共感できる時間を増やし、改めて感じたのは、二人が私の意を汲みとり、柔軟に進めていた小さな仕事を見落としがちだったこと。行き届いてないことに目を奪われ、出来たことの評価が疎かになっていないか。そのことを当たり前で済まさないよう自分の心の感度を磨くことに注力した。

一年経ち、以前と変わらない日常に戻りつつあるなか、今に思うのは、彼の落ち込みの原因以前に、一番油断ならないのは自分の心だということ。常に誠意を持って丁寧に事を進めるには自分を見直すことがまず先だったように思う。

2022.03.27 あだちまさし

花言葉

今週初めから、冬の仕上げのような寒さが続いている。
今年は降雪がほとんどなく、乾燥した冷気が体の芯までこたえるような日が多い。今朝の気温マイナス六度。この冬一番の寒さになった。

「岡山おろし」という北西の風が殊の外冷たい。荒滝山のとなりにある岡山から吹き下ろす風が、川沿いに並ぶ鶏舎に滑り台を下るように真っすぐ降りてくる。同じ地域でも若干の気温差があるが、岡山おろしの影響で、低地に広がる農園の気温は二度くらい低い。ようやく週末からは気温が上がりそうだ。春の入口が待ち遠しい。

農園の白梅のつぼみはまだ固い。冬枯れの寒々とした景色だが、作業場に置いた小鉢には、ピンクの八重の花が咲き、少しだけ心と体に潤いを与えてくれている。

「お正月に眺めて下さい」と、配達先の湯田花園で頂いた西洋ツツジ・アザレア。年の瀬の気忙しさで、車に積み込んだ事を忘れるぐらいバタバタと配達を終えて帰ると、車の暖房が手伝ってか、店先で頂いた時のつぼみが花ひらき、健気なその姿に心ひかれた。以来、作業場で目の届くところに置いて共に過ごす。

日々、食べ物や生殖機会の確保に忙しく動き回る鶏と違って、植物は動かずに生きる。根から吸った水と葉っぱから吸収した二酸化炭素を材料に、太陽の光で光合成をしながら、ゆっくりと花を咲かせる。その様子の静かな移り変わりが、タマゴに囲まれて過ごす作業場での、ここ最近のささやかな癒しになっている。

「花がおわったら少し大きめ鉢に植え替えて下さい」そう付け加えて渡されたことを先日思い出した。例年、落ち着きなく年末年始を過ごし、疲れを引きずるように二月を迎え、あっという間にカレンダーの二枚目をめくる。寒さが厳しい季節、自分の力でどうにかなる事と、どうにもならない事が混乱しがちな時期でもある。

植え替え時期はまだ少し先になるが、気分転換に、アザレアの栽培方法や剪定のポイントなどを検索してみた。そこで、まず目に飛び込んだのが花言葉。「禁酒」と「自制心」。意味ありげに静かに花を咲かせる小鉢をひとり眺め、うーむと唸る。

2022.02.24 あだちまさし

名伯楽

島原の職場で、島原商業サッカー部出身で国体、インターハイに出場した経験がある底抜けに明るい先輩がいた。当時はスパルタで有名だった監督を、部員たちは隠語で「ダンプ」と呼んだそうである。先輩と飲みに行ったスナックで偶然に監督とお会いした際、隠語そのもの体格と、テレビでは感じることが出来ない風格と愛嬌を目の当たりにした。

その「ダンプ」こと、高校サッカー界の名将、小嶺先生が他界された。選手権の開催中、奇しくも次男が所属する高校が強豪「青森山田」と対戦する準決勝の直前のことだった。試合では、両チームが先生を追悼する喪章を巻いてプレーをし、相手チームのエースが鮮やかなゴールを決めた後、喪章を空に捧げるシーンには、私にとっても複雑な思いが交差する妙な感慨があった。

高校生活最後の大会で快進撃を続けるチームに、サポートメンバーで帯同した次男は、惜しくも選手として出場することは叶わなかったが、彼なりにチームを支えながら、これからの糧になるようなものを掴んだ大会ではなかっただろうか。

長男が小学校でサッカーをはじめてから十五年くらいになる。追っかけの真似ごとを続けてきた私たちにとっても一つの区切りである。他の保護者の方々のように十分な事はできなかったが、その時々の指導者の「熱」に触れることで貴重な経験をさせて頂いた。

一番長い期間、関わりを持った地元「西岐波サッカークラブ」には親子共々お育て頂いき、五年前に他界された古谷国光さんには大変お世話になった。五十年間、地域で少年サッカーの指導を通じて、子どもたちの心を育てることに尽力され、時代にあわせて少しずつアップデートされてきた経験を感じることができたのは幸運だったように思う。

古谷さんが、しばしば口にした「ハート」と「ファミリー」。「ハート」とは、人を育てる情熱であり、「ファミリー」とは、心を通い合わせた部員の育てられたという自覚から生まれる、育てようという働きの絆。地域や実績は違うものの、小嶺先生と同じ「人を育てる」という信念が根底で通じ合うところがあった。

島原半島の名伯楽のご冥福と、我が家の子どもたちにも「育てよう」という心が生まれることを静かに祈りたい。

2022.01.27 あだちまさし

あけぼの

細長くのびる土地に東を指すようにして鶏舎がならぶ。
一年で最も日中が短い時期、月明かりのなか採卵をはじめる。
寒さに耐える脂肪を増量して鶏の体は、夏場に比べるとどっしりと安定し、長く寒い夜を辛抱して産み落とすたまごは、いまが『旬』である。

例年どおりの慌しさだが、昨年のコロナ禍での年の瀬を考えると、この忙しさもありがたい。限られた数の卵を丁寧に集めながら、落ち込みを挽回しようとご商売で日々奮闘される方を思い、疲れた体に鞭を打つ。

息を切らし順番に鶏舎をまわる最中に、うっすらと夜が明け、東側の山々が次第に明るく照らされる朝焼けがとても美しい。きりきり舞いの一日のスタートだが一瞬だけ時間がとまったように心が和む。判を押したような鶏の産卵活動に心底感謝し、大きく深呼吸して乱れそうになった気持ちを整えるようにしている。

佐賀県唐津市で農業に従事する傍ら文筆活動を続ける、農民作家の山下惣一さんは近著で〈拡大よりも持続、成長よりも安定、競争よりも共生。昨日のような今日があり、今日のような明日があることが大事なのだ〉と述べている。

同じ第一次産業に身をおく立場として深く共感できる。大きい農業か小さい農業かは、それぞれの立場で永遠の課題であるように思うが、鶏のいのちの上で営みをしている私にとっても、営みに感謝する感性が麻痺してしまうことがあってはならないと、日々の繰り返しの仕事を通じて感じている。

ゆく年にまったく悔いがなく、くる年に一片の不安がないわけでない。
どこかの国で問題が起きると複雑に連鎖して、遠くの国民に跳ね返る時代に生きていることがコロナ禍で浮彫になった。まだまだ油断が出来ない状況が続いているが、気持ちを切らさず一年を送れたことだけは確かである。色々なことが起こった一年だったが、大きく変わらず過ごせたことが何よりの収穫だった。

起こってくることに全てに理由があるとすれば、うまくいかなかったことにも何らかの意味があるのだと思う。今日も夜明けとともに気持ちを新たにしたい。

2021.12.22 あだちまさし

親近感と緊張感

薄氷がはった。放射冷却で早朝の気温が氷点下に下がったためだ。
寒さが厳しい冬を長期予報が伝えていたが、小雪を過ぎた頃から現実味をおびてきた。これから予想気温と井戸水が気になるシーズンをむかえる。

農園の背後にある岩郷山から、厚東川へ染み出る山水のお裾分けを浅い井戸がひろっている。川が細くなるとともに井戸の水位も下がりがち。真冬の飲水の確保などの心痛が増す。近年は極寒の重労働に骨をおることが多かったが、今年は案外と水量が安定しているようだ。年始の残雪と八月の長雨で、岩郷山に「水の貯金」があるようだが、その残高を目で確かめることはできない。

農園の隣人である対岸のマコトさん宅も、長年、山の恵みで水をまかなって生活されてきたので、眼下を流れる水事情には精通されている。先日、細くなりはじめた川を眺めながら、冬の不安を打ちあけたところ「いまは水がのまえちょるから大丈夫」と、はじめて耳にする表現で答えが返ってきた。

「のまえる」というのは、大まかに表す水が滞留している様子。川の水位は低いが、ダムの放水量が少ないので、川の流れが止まっている状態をこう表現された。私は水位ばかりを気にしていたが、水面をよく眺めると赤や黄色の落葉が浮かんだまま漂っている。「のまえる」という言葉の響きに長年の経験を感じ、おおらかな共生感が心地よかった。それと同時に、わずかな水の恵みに感謝するか、その少なさを嘆くかの違いを諭されているようにも感じた。

自然の営みに感謝する視点で川を眺めたとき、天地の道理を説き「生きるヒント」を与えつづけて下さった師の言葉を思い出す。

『神様には、親しみと謹みが欠かせない。言いかえれば、親近感と緊張感をもっていなければならない、そうでないと信心にならない。この二つがかけるところには必ず自分流の理屈がでてくる』

非科学的だが、山の恵みである川の流れに、師の言葉を重ねてみると、どうにもならないことばかりに捉われて、ザワザワしている自分が小さく見えてくる。冬の厳しさに備える緊張感のなかにも、自然の営みに親近感を持てるようでなければと思う。

2021.11.26 あだちまさし

【かいり】

今月初め、某コンビニの新作スイーツ「ガトーショコラ」が発売から四日間で100万個売れたというニュースを少し複雑な思いで読んだ。おそらく圧倒的な数字なのだろうが、全国に無数にある店舗で一斉に販売され、SNSなどを介しながらブームが瞬時に拡散されるご時世に面食らう。

その某では、年末二十歳になる長女がバイトをしている。いつもの遅い夕食をバイト終わりの長女と食卓を囲みながら、店舗での仕事を聞き、持ち帰ったコンビニ弁当に箸をのばす。「農」に近い生産現場で働く身としては耳をふさぎたくなるような話もあるが、長女が嬉々として話すので黙って耳を傾けるようにしている。

二十年くらい前になるだろうか。毎週土曜日に和菓子屋のご主人がタマゴを買い求めに来店されていた。凛々しい顔立ちの初老の男性で物静かな方だったが、時世の流れをとらえる感覚の鋭さは少ない会話の中で感じていた。時々、直売所で顔を合わせると生産現場の仕事を労って下さるが、「農」の事を良く理解されているのが何より嬉しかった。

職人気質で口数もそれほど多くなかった主人が、当時コンビニで流行し始めたスイーツや和菓子を話題にし「これから大変になる」と危惧されていた事を長く覚えている。気軽に立ち寄ったコンビニで饅頭や大福を買われると和菓子屋への来店機会が少なくなると話されていたように記憶している。

タマゴが不足する時期は、しばしば和菓子屋へ配達させて頂くこともあった。どっしりした門構えの暖簾をくぐると、店舗の片隅に趣味で収集された骨董と囲炉裏があり、火鉢に掛けられた鉄瓶で湯を沸かし、常連さんにはお茶を振舞われていた。その囲炉裏での会話から私たちとのご縁ができたと後で知った。

ご主人が病で倒れ、お取引はなくなったが、私たち生産者にとっても、あの囲炉裏が「食」と「農」をつなぐ大事な役割をはたしていたように、いまさらながら深く感じている。そして、当時、心配されていたのは売上が下がることだけではなく、もっと大事な人と人のつながりを危惧されていたような気がしてならない。

コンビニで新商品のスイーツを見かける度に、凛々しい顔立ちの主人と囲炉裏を思い出し、懐かしく、そしてちょっと寂しい気持ちにもなる。

2021.10.25 あだちまさし

朝露

朝がくるのが待ち遠しい…いまの鶏の心理状態を言葉にすれば、こんな感じではないだろうか。

日長が短くなるとともに気温が下がってきた。夏場に落ちた鶏の体力が回復してくると産卵率が底堅く安定し、産卵時間のラッシュアワーも前倒しなる。秋の夜長と反比例するように早朝の仕事量が増えるのは例年のどおり。頭では理解できている事に、体力を近づけていく事へ難しさを感じるのも毎年同様である。おそらく、朝の採卵を担当する男性も同じ悩みを抱えていると思う。

十年くらい前から、日曜日は同学年の彼と二人で鶏舎内の仕事を分担してきた。色々と壁にぶつかり、仕事内容を見直し今日に至っている。淡々と仕事をすすめながら、できるだけリズムを崩さないように心掛けるのは、どちらかが手を緩めるとダイレクトに片方の負担が増えるから。

もうひとつ日曜日に大切にしているのが昼休み。理由(わけ)あって対人関係が苦手な彼は極端に口数も少ない。いつ頃から憶えてないが、その彼が日曜の昼食後に私の作業台の前へ「何か話せ」という恰好で黙って腰掛けるようになり、言葉のボールを投げるようになった。心の琴線にボールがあたると表情が緩み、ポツリポツリと会話が広がる。兼業農家で育った彼は中学生から家業を手伝い、稲作の経験がある。紆余曲折があり農園で働くようになったが、稲作や農機具の扱いには自信を持っていることを少ない言葉から知った。

今日の昼休みは、間近に迫った晩生の稲刈りの話題。早朝からは稲刈りはやらないという彼に理由を尋ねると「露があるから」とポツリ。コンバインに濡れた米が引っ付き、乾燥にも時間がかかるからと、またポツリ。言われてみれば当たり前のことである。素人の私には分からないだろうと彼が少し得気な表情を浮かべるのが嬉しかった。

座学ではなく経験から農を知る彼は、自然の働きを前にして人間の無力さを知り、その働きに謙虚さを持っているように思う。知らず知らずに身につけた習慣から、生きものの心をつかもうとする眼差しに、私は少なからず助けられていると感じている。

2021.9.26 あだちまさし

雨あがる

国連の『気候変動に関する政府間パネル』という組織。自分には縁遠く感じていたが、最新の報告書で、大雨、干ばつといった気象の極端現象は、温暖化と密接に関係していることを改めて強調した。〈温暖化が進めば降水量や乾燥現象の厳しさを、さらに強めると警告する〉との記事が目に留まった。

まさに、それに符合する今月の悪天候。先月からの高温から始まり、想定外の進路で台風9号が接近し、その後は十日間ほど大雨をともなった不安定な天候。宇部市防災課から携帯に入るメールを読み返すと、熱中症警戒アラート、避難勧告、大雨・洪水や土砂災害の警報の数々、あと時々刻々とコロナ感染者数の報告。受信ボックスに残るのは楽観できない事案ばかりである。

農園では高温による体調不良で鶏が低空飛行を続けていたが、大雨の前、一気に想定の限度いっぱいまで産卵率が下がった。情緒的とはいえない降雨のなか、大量の冷や汗をかきながらの気の抜けない日々を過ごした。幸い盆明けあたりから回復の兆しがあり、天候の回復とともに安堵で胸を撫でおろしている。

飼料メーカーや同業者の知人に状況を訊ねると、どこも同じ時期から体調不良を起こし「これまで経験したことがない下落幅」と口を揃えた。県内の畜産では牛の乳量が最も下がっているとのことだった。ビタミンを増量添加する方法もあったが、自分の体に置き換えて考えてみても、真夏の体が弱っている状態で豪華なご馳走はあまり効果がない。きっと鶏もそうだろうと感じ、気温の低下を辛抱強く待つしかなかった。

今年の梅雨は降雨が少なく、朝夕の涼しさも手伝って、比較的順調に産卵を続けていた。近隣の農家さんも、長雨前までは作物の生育がすこぶる良いと聞いていたので、「季節のわりに順調すぎた」、つまり「産み疲れ」と夏バテが重なっておきた大幅下落だったのではないだろうか。帳尻合わせをしたと思って、気持ちを切り替えていかなければならない。

農家さんと同じく、私たちも命を育む仕事である。厳しい気象条件のなかでも天地の恵みに感謝できる心の「しなやかさ」は失いたくないものである。

2021.8.28 あだちまさし

ダブルバインド

「朝令暮改はよくなか」と、島原で原先生にやさしく指摘されたことを長く記憶に留めている。

前に勤務していた知的障害がある人たちと働くプレス工場で、私が仕事の指示を出すことで現場が混乱することがしばしばあり、やる気ばかりが空回りして生産効率が上がらない苛立ちを酒の勢いで愚痴をこぼす私に対し、現場を見透かしたようにアドバイスしてくれた言葉である。

慌しく働くなかで「こうやって」と言いながら「やっぱりこうして」という指示を出してないか。また、障害がある人とゆっくりと視点を合わせ、その人なりの一生懸命に目を向けてみてはどうか。そう言いながら美味そうに焼酎をすすっていた原先生の姿を今でもよく思い出す。

農園で鶏とお客さまの間に立って仕事をしていると、一緒に働いてくれる仲間が地道な繰り返しを通して身につけたスキルと見落としてしまいそうになることがある。このコロナ禍で需要の先行きが不安定で急発進や急ブレーキを余儀なくされることもあり、仲間が困惑するようなメッセージを出していないか気を配ることが多くなったように思う。

毎週楽しみに心療内科医の海原純子先生のコラムを愛読しているが、その中で「ダブルバインド」という心理学用語を最近知った。親子関係や職場での上司と部下との間で、二つの相反するメッセージを同時に出すというものだ。

例えば職場で、急がなくていいですよ、あなたのペースで仕事をしてください、そう言われて自分のペースで仕事を進めていると「なんでまだ済んでいないんだ」と上司から叱責されるような矛盾した場面。極端な例えではあるが、このような場面は相手を混乱させ信頼関係を失う危険なものであると指摘される。

炎天下、猛暑のなかでの仕事が続いている。共に働く仲間の視点に合わせ、信頼関係を失わないよう姿勢を正したい。

2021.7.26 あだちまさし

心に寄り添う

最近、愛犬と朝の散歩が日課だった向かいの奥さまの姿を見かけなくなった。先日ご家族に長年愛されたビーグル犬が亡くなったからだ。私も毎朝慣れ親しんだ風景だけに、今でも車庫から見える犬小屋があった場所に目を向けると「あぁそうか…」と、小さくため息をつき、胸の奥の方ですきま風が吹くような寂しさを感じる。

我が家の息子と、向かいのご長男は同級生で来春に大学卒業予定。そのご長男が小学校入学前に住まいを新築し越してられ、子どもたちの縁で家族ぐるみで仲良くさせて頂いている。引っ越しして間もない頃、ご主人があれこれ悩んだ末にビーグルの子犬を購入された姿を思い出す。大きくなるにつれ、足がすうっと伸び、ビーグルらしからぬスタイルにご主人は苦笑いされたが、それはそれで唯一無二の愛嬌がある犬だった。

几帳面なご夫婦なので朝夕の散歩は欠かされたことがなく、早朝定時に愛犬と出かけられる姿は私にとっても当たり前の日常だった。ビーグルが亡くなって改めて様々な思い出がよみがえってくる。昨年暮れあたりから随分と弱々しい足取りになっていたが、人間の年齢に換算すると八十歳は過ぎていただろうか。ご家族は心に寄り添って育てられ、愛犬は寿命を全うしたように思う。

農園で放し飼いの鶏を前にして「鶏の寿命」をたずねられることがある。
のどかに運動場で遊ぶ鶏を前に、私たちの暮らしを支える経済動物なので寿命を全うさせられない理由を丁寧に説明させていただくように心がけている。

生産効率で決まる寿命だが、そればかりを優先して「さあ産め。今日も明日ももっと産め!」と鶏の尻を叩くように飼育しても良い成績は決して出ない。やはりペットを飼うのと同じか、それ以上に心に寄り添うように飼育しないと、言葉の通じない小さな命とはお互いに幸せになれないのである。

と、そう頭で分かってはいるものの時間や生産に追われ、失敗を繰り返しながら日々反省するのも事実である。日々の改まりを大切にし、鶏の心に寄り添うことを忘れないようにしたい。

2021.6.26 あだちまさし

ならわし

季節を早送りしているかのような梅雨入り。「例年より」や「記録的」という言葉が当たり前となってきた気候変動の今日このごろである。

吉部八幡宮の参道を突き当り、西側の山道を登っていく地域を「伊佐地」という。伊佐に向かって伸びる山道の頂上付近にお客さまがあり、毎週土曜日に急こう配の坂道を上る。山の斜面には一面に整備された水田が広がり、農繁期はきれいに畔草が刈られ整然と並ぶ田園風景はとても美しい。

先週末、梅雨の晴れ間を利用して田植えが盛んに行われていた。「初日の出が居間のコタツから拝める」というお客さまご自慢の自宅。縁側でタマゴの受け渡しをしながら、眼下の田植え作業が隅々まで一望できる。

我が家の飯米も近隣地域で百姓を営む友人から購入している。足繁く農園に堆肥を取りに来てくれる彼は新規就農者で、八年前から吉部で農業に従事している地域の貴重な人材だ。

水田に水を引く関係上、高い場所から順番に田植えがはじまる。品種も早生に適しているコシヒカリからはじまり、田植え時期をずらしながら、低い場所にむかって品種が晩生のヒノヒカリになるのが「ならわし」だと、彼から教わった。昭和の終わりから平成にかけて基盤整備事業が行われ、どこの水田にもトラクターなど農業機械が入れるようになったが、それ以前は、斜面に並ぶ棚田で農作業は随分と苦労が多かっただろうと語る。

同じ地域に異業種から新規就農した同世代の友人が数人いる。年々厳しくなる気象条件のなか、営農技術と売り上げを両立して向上させる難しさを聞かせてもらう。また、新たに地域へ参入し、先輩農家さんとの人間関係で一喜一憂している姿も目の当たりにしている。

担い手の減少と高齢化が加速する農業の現場では、デジタルでスマートな技術が求められている。一方で、自然の働きと先人の苦労に寄り添い、「ならわし」を守りながら引き継いでいく必要もあるのだろう。日々奮闘する農家さんの姿に学ばせてもらっている。

2021.5.25 あだちまさし

両輪

『穀雨【こくう】』この時期に降る雨は作物を育てる田畑を潤し、恵みをもたらすという。田植え前、農園周辺の風景が次第に賑やかになってきた。

年明けから適齢期に差し掛かった鶏の出荷が遅れ気味だ。堆肥の搬出が思うように進まなかったが、農繁期を控える農家さんとスケジュールをすり合わせ、何とか希望された量を急ピッチで搬出することが出来た。

一番多くの堆肥を施肥して下さるお茶農家さんは一番茶の収穫を控え、毎年三月から五月の間は受け取れないため、それに入れ替わるように稲作農家さん等が来園される。以前は、地域で仲介役をして下さる方が、各々の農家さんとの調整や運搬を肩代わりして下さっていたが、高齢化の影響で頼りにしていた方々が引退され、徐々に農家さんの顔ぶれも変わってきた。

全ての農家さんとの搬出の打ち合わせは私の仕事となり、仕事の合間を縫うように毎月数トンの袋詰めをし、天候や圃場の様子を想像しながら受け渡しの調整をする苦労は増えた。一方で、同じ地域で「命を育む」方々の息づかいを感じながらのやり取りには喜びもあり、着実に自分の糧となってきたように思う。

作物が必要とする窒素分を補うために化成肥料を使うのが主流となるなか、あえて、農園の堆肥を土づくりに役立てて下さる農家さんの存在は心強く、ありがたい限りである。

私たちが袋詰めで流した汗と同じ量の汗を流し、土づくりに堆肥を役立てて下さる農家さんには、効率だけを追い求めない作物への眼差しを感じる。また、時間と体力を使って土づくりをされる農家さんとの繋がりには、何かを生み出す「きっかけ」があると信じている。

同じ地域で農業を営む方々と足並みを揃え、環境と共生することは営みを続けていく上での理想の姿だ。たまごをお客さまへお届けして喜んで頂くことと、堆肥を利用して下さる農家さんと収穫の喜びを分かち合うことは、私たちが進んでいく上での「車の両輪」である。

2021.4.20 あだちまさし

葉わさび

吉部の山のテンカチから炭焼きさんが「葉わさび」を手土産に来園。
この炭焼きさん、もうすぐ古希を迎えられるが自分のことを「ボク」という。愛嬌ある独特の話し方で「葉わさび漬け」の作り方を伝授して下さった。

七十℃のお湯をかけ、百回振って、瓶にめんつゆと一緒に漬けるだけだが、お湯の温度など少し間違うと「グニャッとなって上手く起きんよ」と言う。ここでいう「起きる」とは、わさびのツンと鼻に抜けるような辛味が立たないということである。一緒に聞いていた農園のパートさんがチャレンジして、翌朝に完成したひと瓶をお裾分け頂いた。上手に起きた爽やかな辛味と旨味を白飯とともに堪能させて頂いた。

時々遊びに来て下る炭焼きさんとは十年来の付き合いになる。
よく日焼けした大きな体にTシャツと作業ズホン。短髪でおっとりした口調で語られるが、実は眼光がかなり鋭い。前職の立派な肩書は地元の人なら誰しも知っているが、初対面の人には「物好きの百姓」に見えるよう振舞っているふうにも感じる。

昔から、住まいのあるテンカチで庭イジリならぬ「山イジリ」に精を出されていたようで、葉わさびも「秘密基地」に、わさび田を作って栽培されているとの噂である。年の暮れに頂戴する自慢の「ゆず味噌」も絶品。鷹の爪で辛味が少し効かせてあるので、やはり飯の友には最高なのである。

退職して本格的に始められた製炭業も順調で、原料を伐採した後、どんぐりの苗木を植林していると聞いている。おそらく頭の中ではハッキリ十年後の山の姿がイメージされていることだろう。私がいつも刺激を受けるのは「大切な事に時間を使う」その仕事の姿勢である。

ちょっとした会話の中「それが自然の摂理じゃから」と、よく話される。
自然に逆らわず大切な事に時間を使うのが、ゆとりある豊かな生き方だと教えて下さっているようでもある。生産と納期ばかりに追われる私にとっては、ピリッと辛口の一言が、いつもありがたい。

2021.3.27 あだちまさし

「を知る 」

雲仙普賢岳の大火砕流に巻き込まれ、火山灰に埋まった車両が三十年ぶりに掘り起こされたニュースを見て、自分の思い出と重ね合わせてしみじみ思った。

普賢岳噴火がきっかけで島原市手をつなぐ育成会(知的障害者の親の会)にご縁をいただき、復興が進む島原市で十年くらいを過ごした。恩師の原先生をはじめ、先生を慕う情熱的で一風変わった先輩たち、育成会の心優しい保護者の方々、そして個性あふれる障害がある人たち。そんな面々に囲まれて、飾らず、あるがままに島原で充実した日々を送らせてもらった。

私が就職したのは、育成会が障害者の就労の場として設立したアイロンプレス工場で、地場産業の繊維会社で縫製されたカジュアルシャツを預かり、アイロンとたたみ仕上げの下請け作業が主な収入源だった。公的な助成を受けない運営だったので常に経営は厳しく、自虐的に「福祉界の虎の穴」などと言って必死に皆で汗を流したが、ただ辛かったかというと、そうでもなかった。

荒削りだが仕事を通じて、いろいろ経験もさせてもらった。わずかな給料の中から積立をして旅行や食事会に出かけたことや、週末に宿泊訓練と銘打って、作業場で障害がある従業員と寝食を共にして学んだことは、いまでは得難い貴重な経験だったように思う。

また、農園で壁にぶつかった時によく思い出すのが、虎の穴プレス工場の壁に、力強い字で書かれ、大きく掲げられていた理念と指導方針。『生きる喜びを 生きぬく力を』と『 を知る に学ぶ と共に生きる』の二つである。「生きる喜びを―」というのは、学力だけでなく社会の荒波の中で生きぬく力をつけ、生きる喜びを知るという理念であり、指導方針の「を、に、と」の前には「障害者」という言葉が入る。

なかでも「を知る」という言葉は度々思い出し、農園で共に働くコミュニケーションに困難を抱える二人と過ごす時間が長くなるにつれ、「知ったつもり」で毎日を過ごしていなかったか立ち止まって考えることも少なくない。

先月末から、頼りにしている共に働く男性が心と体のバランスを崩している。なかなか解決の糸口が見つからず、自分自身も心身ともに切羽詰まっているが、虎の穴の経験の中から何かしらヒントを見つけ出したいと思う。

2021.02.24 あだちまさし

雪解け

“辛抱の経験値が上がった”
寒波が峠を越えて解けはじめた雪を見ながら、そう感じた。

今月7日夕方から強い冬型の気圧配置となり、日中の気温が氷点下から上がらない状態が三日間続いた。農園の気温は−4℃から−6℃を行ったり来たり、断続的に雪が降り続く、今冬一番の寒気。大雪、風雪、低温注意報や警報の中での営みが身に浸みた。

養鶏は時を失わない鶏の特性を活かし、鶏に正しく時を刻ませるのが営みの要。つまり、正しく時を刻み産卵してもらわなくては営みが成り立たないし、その中で力強く鶏が育つ手助けするのが私たちの務めである。

まずは従業員の通勤の無事が頭から離れない。国道2号線から農園へまでは幾つかのルートがあるが、どの道路もアイスバーンが点在する危険な路面状態。今回ぐらいの寒気になると不要不急の外出を控える場所に農園はある。明け方から活動する鶏たちが産み落とす卵を、お客さまにお届けできる姿に整える作業は一人ではできない。

そして氷点下で一番の気がかり「水」。鶏たちの飲水確保である。凍結防止で排水口から糸状に流し続ける水が−3℃以下になると日中でも凍結をはじめるので、かなり注意が必要だ。水量が豊富ではない井戸水の水位ゲージに気を配りながらの排水は神経を擦り減らし、送水管の破裂や、長時間の凍結で飲水が止まった苦い経験も絶えず脳裏を過ぎる。

それに加えて、8日の金曜日は年始めのお得意さま周りで私は農園を離れると日没まで帰ってくることができない。自分が握るハンドルの不安を忘れるぐらい、様々なことが同時進行する三日間。年末年始の疲労が蓄積した体には堪えたが、幸い大きな事故もなく乗り越えることができた。また、平時の長い積み重ねの経験から、ハンディを持った仲間のそれぞれが換えの効かないノウハウを蓄えていることに改めて気付かされた事も大きな収穫だった。

雪解け水が、静かに、そして力強くゆっくりと井戸の水位を押し上げる様子を見ながら、体中から緊張感も解け、じわじわと「ありがたい」という気持ちに心が包まれた。

2021.01.25 あだちまさし

目には見えないもの

「鶏本来病なし」という書籍をずいぶん前に読んだことがある。
現在、飼育方法の主流となっているケージ飼いではなく、放し飼いや平飼いを推奨する内容で読書の記憶は今でも時々蘇る。なかでも、タイトルの「本来」と「病なし」という単語は印象的で心の支えとなっている。

鶏の伝染病を心配するお客さまから「おたくの鶏は土を食(は)むから大丈夫」と言われた事がある。土を食むのは鶏の本来の姿だ。鳥類の胃は筋肉で覆われている「砂肝」で、歯を持たない鳥は嘴で餌をつまんで丸呑みし、砂肝でゴリゴリと消化吸収していく。砂肝で咀嚼するには砂粒が必要不可欠で、これを体内に取り込むために大地をつつき、土を食むのが本来の姿なのだ。

このお客さまが言わんとしているのは、この土を取り込む際に良い菌も悪い菌も体に取り込むことから免疫力を持っているので「大丈夫」ということが言いたかったのだと思う。ただし、この免疫力とは目に見えないものである。

農園では平飼い飼育しているので一見ストレスフリーのように見えるが、ある程度の温度管理をしている最新式の鶏舎と比べ、猛暑極寒によるストレスは否めない。体力を維持温存するため産卵が低下することもしばしばあり、お客さまにはご迷惑をおかけしているが、気温が落ち着くと産卵も安定する。いまの時期、極寒に耐える様子を間近で観察していると、鶏が本来持っている自然に対する抵抗力と生命の力強さを肌で感じる。ただ、この抵抗力も目には見えないものである。

コロナ禍の嵐が吹き荒れるなか、見えないウイルスの脅威は世界中を駆け巡っている。それに加えて、先月初旬から鶏の悪性の伝染病が頻発し、感染防止という名のもとに現在までに三百万羽以上の鶏が国内で殺処分埋却された。連日の報道に触れ、見えない免疫力や抵抗力への安心感も一緒に埋もれてしまうような気がしてならない。

自分の無力さを感じるが、見えないウイルスの恐怖に押しつぶされないよう、今まで以上に自然の営みや鶏の息づかいに耳を澄ませ、目を凝らして、自然と共に生きている感謝の心は見失わないようにしたい。「感謝」という見えない杖を手に携えて前へ歩んでいきたいと思う。

2020.12.22 あだちまさし

背骨

僕が中学三年のとき、親友の一つ年下の弟シンジロウが悪性の骨肉腫のため急逝した。僕がはじめて経験した友人との辛く悲しい別れである。

親友の彼は古いコトバで言えば「番長」で、熱血漢で男気がある彼を慕う僕ら大勢は「中二病」のヤンチャ盛り。彼の家に入り浸っては思いつく限りの悪さに明け暮れていた頃、突然、弟のシンちゃんが自宅療養と入院を繰り返すようになり衰弱していった。「コツニクシュ」という病名は早い時期から知らされていたが、まさか一年足らずでシンちゃんの命を奪う病だとは想像すらしなかった。

番長と二人での下校中に「長くはない」と知らされた時のショック。受け容れ難い事実を知った上でシンちゃんを大勢で囲んでの食事会では、十五歳の僕たちは悲しみを堪えて笑顔をつくるのが精一杯だった。底が抜けたように泣いた葬儀で、棺を見送る際に流れた長渕剛が唄う「とんぼ」は、いま聴いても、生きたくても生きることが出来なかったシンちゃんを思い出させてくれ、シンちゃんの分まで「しっかり生きなければ」と背骨のあたりをグッと熱くさせてくれる。これは僕に限ったことではなく、中二病を一緒に過ごした仲間は多かれ少なかれそうだと思う。

僕は高校卒業以来、番長やご両親とは疎遠だったが、十数年前に子ども達のサッカーが縁で再会し、以前と同じようにお互いに行き来するようになった。以来、シンちゃんの仏前は僕のパワースポットとなり、ときどき仕事の合間をぬって、仏前で線香をあげるのが心のリフレッシュになっている。

ご両親と僕の歳の差には変わりがないが、生きることが叶わなかったシンちゃんにはもったいないぐらい、お互いにずいぶんと歳をとった。僕は当時のご両親の年齢を、僕の子ども達はシンちゃんの年齢を追い越した。ご両親の年齢を通過してみて感じるのは、シンちゃんが骨肉腫と診断されてから亡くなるまで、一年足らず間のご両親の苦しみや悲しみ。そして今まで毎日欠かさず語りかけられる姿を見て、親の強さとやさしさに魅せられたとき、やはり「しっかり生きなければ」と、背筋を正される思いがするのである。

今月十五日はシンちゃんの三十三回忌。いままでご両親や僕たちの心に生き続けてくれたことに感謝し、これからの行く末を光り照らして導いてくれるよう願って、花を供えた。

2020.11.25 あだちまさし

つっぺ

「つっぺじゃあいけんけぇね…」
そう呟きながら来園するのは、毎週水曜日と日曜日に開かれる朝市「おいでませ吉部」のオカダのカアチャン。朝市の前日に販売するタマゴを受けとりに来られる。

『つっぺ』とは、山口の方言で〈引き分け〉という意味で、商売でいうと差し引きゼロ。つまり儲けがないと自虐的に呟くカアチャンだが、そこに悲壮感はなく、いつも明るく元気の塊のような女性である。

「おいでませ吉部」は旧JA吉部の売店を借り受けて開かれる生産者直売所。農家さんが持ち寄った農産物、うどん等の軽食コーナーと手づくりの惣菜が調理、販売されている。賑わいは開店直後の朝6時ごろがピークで持ち寄られた農産品は早々に売り切れ、あとはお昼すぎまで軽食コーナーでぽつぽつと近隣の住民らが語らう田舎のオアシスだ。

毎月第一水曜日に販売される、手づくりの「吉部の米まんじゅう」はなかなかの逸品。原料は自慢の吉部米を天日干しのパウダー状にした米粉とかるかん粉、あと長芋に私たちのタマゴの卵白も使用していただいている。無添加で手づくりされる饅頭は『ふんわり、ふかふか、もちもち、しっとり』。大量生産では決して出せない「ぬくもり」の味がする。

直売所の厨房は五人の主婦で切り盛りされ、毎回、とにかく明るく賑やかで、私が一番年下というオカダのカアチャンは昭和二五年生まれ。最年長は八十歳を越えているが、みんなが口を揃えて「楽しい」という。

最近では、スーパーの生産者直売コーナーも当たり前となってきたが、「おいでませ吉部」には小さな朝市ながら、直売の最大の売りである「対面性」がしっかりと地域に根付いている。お客さまに喜んでもらえ、それを喜びとして農業生産や物づくりに励み、直売所を運営する。この好循環は大いに学ぶべきものがあるように感じている。

コロナ禍の混乱も「つっぺじゃけど楽しい」で乗り切るカアチャンたちはたくましい。

2020.10.26 あだちまさし

ヒートストレス

暑さが落ち着くという「処暑」が過ぎた。日長は確実に短くなっているので、朝夕に秋の虫から涼しさを感じるが、残暑というには厳しすぎる暑さが続いている。

鶏は様々な外的ストレスから調子を落とす。もの言わぬ鶏の変化は日頃の鶏舎での観察を通じての発見であり、また産卵成績から体調を感じとるのが常である。とりわけ、猛暑の夏は鶏にとって大きな負担となり、産卵率を低下させる引き金となる。

人間より平均体温が5度前後高く、毛皮のコートを脱ぐことができない鶏にとって、猛暑の夏は正念場。食欲不振から生命を維持する最低限の餌を食べるのが精一杯で、排卵活動である産卵までエネルギーがまわらなくなり、動物本能から産卵より命を優先することから産卵率が落ちるのだ。

私たちは発汗によって体温を一定に調整しているが、鶏には汗腺がなく汗をかいて体温を下げることができない。そのため、体の外と内から体温を下げるのが、鶏が命を守るための本来の姿である。鶏たちは涼を求めて、木陰や鶏舎内で風通しの良い日陰に移動して出来るだけ体温を上げない努力をする。体に空気があたるように羽根を広げて風通しを良くし、地面に穴を掘って冷たい土に触れて外から体温を下げる工夫をする。

体の内側から体温を下げる方法としては、多く水分を摂取することに加え、熱が体にこもらないように、呼吸量を増やすことで体外へ放出する。犬でもよく見られるような「ハァハァ」と浅く早い呼吸と、鳥類特有の「パンティング」と呼ばれるあえぎ声を出しながら空気を大きく吐き出す姿が多くみられるようになる。

このパンティングの鳴き声が独特で、ふだんは「クゥクゥ」とか「コッコッ」と静かに鳴きながら、穏やかな時間が流れる午後の昼下がりだが、気温が30度を超えてくると「ガァガァ」とか「カァー」という悲痛な鳴き声を出し、その響きには胸が痛む。

年々、夏の暑さは想定範囲を超えてくるが、夏が一生続くことはない。猛暑を乗り越えた鶏は何かしら大切な力を蓄えてくれるはずだ、そう信じる心だけは失いたくないと思う。私たちにとっても、あと少しの辛抱…。

2020.08.26 あだちまさし

良縁

農園の営みはさまざまなご縁の積み重ねで成り立っている。
せっかくの大切なご縁をうまく結ぶことが出来なかったり、それとは逆に、ふり返ってみると、意図せぬ所でお客さまの縁が幾重にも重なっていることもある。

先月、お客さまとの良縁を数々結んで下さった、末妹の嫁ぎ先のお義母さま“えっちゃん”が68歳でお亡くなりになった。15年前に大腸がんが見つかり、その後、何箇所かの転移も切除や抗がん剤治療で克服されてきた。いつも明るく、病を感じさせない姿から周囲に元気を与え続けられた。妹夫婦の子どもたち二人も、お婆ちゃんでなく“えっちゃん”と呼んでいたように、小柄で可愛らしいお義母さまだった。

開園当初から、毎週の定期予約で多くのお客さまにタマゴの配達を代行して下さっていたが、タマゴ行き先は妹にも詳しく話されることはなかったようだ。慎ましく、ごく自然な形で販路開拓にご協力いただいたことに感謝している。

いつも受け渡しの窓口は家内になっていたことから、私自身はそれほど深い間柄ではなかったのだが、ご縁を結んで頂いた馴染みの化粧品店は、私の受け持ちとして10年以上、毎週配達に伺っている。えっちゃんと同世代の店主からは常連さんをご紹介して頂き、何気ない会話のやりとりの中から、お客さまへのアプローチの方法など勉強になることも少なくない。

ちょうど、お義母さまの容態が悪くなりはじめた半年ほど前から、そのお人柄を「人の事を悪く言わない良い人よ」と店主からお聞きした。多くの友人との良好な人間関係の理由は、当たり前の積み重ねが自然にできる方だったからだと思う。直接、お礼をすることは叶わなかったが、蒔いていただいたご縁の種を枯らすことなく大切に育んでいきたい。

いまさらながらだが、妹は良い家庭にご縁を頂いたと思う。

2020.07.27 あだちまさし

3対1

6月11日、梅雨入り。雨の恵みへの感謝と鬱々した気分が葛藤する季節だ。

梅雨入り前、農園で働く男性から「きょう梅をもぎました」とメールが届いた。無表情で短い言葉から、彼の心の中の様子を想像するが私の日課になっている。「梅」というのは、自宅の裏山の梅の木で、毎年、彼の母親が梅干しを仕込むことから、収穫の手伝いをしたということ。また、その梅干しを私が楽しみにしているので、直訳すると「今年も食べるか?」ということである。

コミュニケーションに難しさを感じている彼に携帯電話を与えたのは5年前。それから毎日、言葉のキャッチボールが続いている。着信する内容のほとんどは、仕事や家庭で抱えている不安や不満が多いが、時々、ポツンと今回のようなメールがくる。明るく広がる話は大きく広げ、ネガティブなことは出来るだけポジティブな内容に変換して投げ返す。

クセのある短い言葉に、時折、ズバッと刺さる直球を織り交ぜながら投げ込んでくるメールには、私自身も無意識に目を背けていることも多くある。投げてくることに意義があるので、メールでは善し悪しは決めつけずに、ありのままの気持ちと、事実をしっかりと受け止めたいと心がけている。

最近、ある心療内科医のコラムのなかで、ポジティブ心理学の『3対1の理論』というものが紹介されていた。一点の曇りない状態を目指さなくてよい。ネガティブな気分が1あっても、ポジティブな気分が3の割合であればよいというものだ。ポジティブな感情というのは、ひとつではなく、感謝、平安、好奇心、わくわく感、充実感、自己肯定感などさまざま。日常の中で、憂鬱な気分がおこった時、その割合の3倍、ポジティブ感情をキープするのを目指すと心が健康的になるとされている。

心の中が雲ひとつなく晴天ばかりの人はいない。ネガティブな部分を認めた上で、ポジティブな感情比率を上げていけば良いと思う。その手助けになるようなキャッチボールでありたい。それは私自身や農園の比率を上げる働きに繋がってくると思うから。

明日からも梅雨空が続く。雨もまた「ありがたし」と前向きにとらえたい。

2020.06.28 あだちまさし

「こまつな」考

ある紙面の写真が目に留まった。
ハウス一面の収穫を待つ小松菜。車輪付きの台車に腰掛けて収穫作業をするフィリピン人技能実習生の女性。葉物野菜のハウス栽培が盛んな福岡県久留米市での作業風景である。

新型コロナウイルスが影響して、人手不足から農作物廃棄が一部の農家ではじまっているという。約100棟のハウスで小松菜を通年栽培し、一日600ケースを出荷している農業法人では、フィリピン人実習生9人を雇用し、作業を回しているが、新たに雇用する予定の実習生が入国制限で来日できなくなった。新たな労力を見越して生産していた小松菜の成長は止まらず、収穫期を過ぎたハウス18棟分の数?を廃棄したというのだ。

心に刺さったのは「廃棄」というフレーズもさることながら、「車輪付きの台車に一日中腰掛けて、収穫から包装、箱詰めまでこなす仕事は厳しく、日本人の成り手は少ない」という40歳経営者の切実な言葉である。コロナ禍で、身近な国内農業の抱える人手不足の問題が浮き彫りになった。

同様に養鶏業でも、5年ほど前から育雛業者や廃鶏業者から人手不足や離職者が多い現状を盛んに耳にするようになった。実際に鶏の出入口で外国人実習生を雇用していることから、農園の営みも、間接的には外国からの労働力に依存していることになる。自分では抵抗することの出来ない農業や畜産の大きな流れに、生きづらさを感じるようになったのは今に始まったことではない。

それぞれの規模によって働き方は異なるので、外国人実習生の是非を一概に否定することはできない。ただ、地道な繰り返しの作業を通じて、先人たちが培ってきた自然への観察力や洞察力、経験や勘も同時に失われていくような懸念がつきまとう。多少の辛抱はともなうが反復作業で育てた心と体があってこそ、生産者として自然の恵みに感謝する心や、働く喜びが得られると思うからだ。

同時に、そう考える自分は不器用な生き方をしているとも感じている。

2020.05.25 あだちまさし

巣ごもり

ツバメが巣ごもりをはじめたのは先月末。
例年、東南アジアで越冬したツバメが飛来し、農園の軒先に巣をかける。
つがいになるカップルを探しながら、巣をかける場所を物色する時期に盛んに飛び回り、爽やかな春の訪れを感じる。と、ともに作業場の中を飛び回るツバメの副産物に気をつかう季節でもある。

今年のツバメは、例年と違い昨年の巣に一直線に入った。短時間でリフォームを済ませ、めずらしく私たちの手をわずらわすことなく、行儀良く巣ごもりを始めたのだ。ツバメなりに世間の重苦しい空気を察したのかもしれないと自分勝手に想像した。

「密」を避けよ、と感染拡大防止を報道されるようになり、ウイルス流行当初から閑散としていた夜の街だったが、二週間前ぐらいから明かりと人がほとんど消えた。タマゴの得意先でも張り紙をして連休明けまで休業される店が増え、キャンセル分のタマゴを需要がある販売店やお客さまに納品のお願いをさせていただく時間を多く割くようになった。

いままで経験のない緊急事態に気苦労が絶えない日々が続く。日頃からお世話になっている飲食店の経営者さまや、顔見知りの従業員の方々の出口が見えない心痛を思うと、いつもと変わらぬ新緑が光る「疎」の風景も、どんよりと重く曇って見えたりするのである。

昨年から手元に置いて読み返している機関紙の中に、祖母がコツコツと投句した足跡が残っている。俳句の良し悪しなど全く分からないが、いまの季節や風景と重なる句を見つけると、陽だまりで目を伏せて七五七の指を折る祖母の姿がふと目に浮ぶ。私にとっては、口やかましく厳しい、どちらかというと四角いイメージだった祖母が、亡くなって五年経ち、だんだんと丸い思い出に変わってきたように感じている。

「子燕の餌待視線空にあり」
巣ごもりするツバメを眺めながら祖母に言問うすべはなくなったが、二十年前に詠んだ句と同様に、今年も農園にやさしい風景が訪れることを心待ちしている。

辛抱の日々が一日でも早く終息し、街に潤いと活気がもどってくることを切に願う。

2020.04.25 あだちまさし

開花発表

桜の花芽は、前年の夏には形成されて休眠状態に入っている。
花芽は冬に一定期間、冷たい空気にさらされると休眠状態から目覚めるが、これを“休眠打破”という。その後、春になって暖かくなると、日に日につぼみが開花に至る。

今週はじめ、農園の桜が開花した。外周を囲むように流れる厚東川の川岸に植えた20本のソメイヨシノが私たちの景色になって15年ぐらいになる。川に架かる「木ノ瀬橋」を渡って、一番目の桜が標本木。日没までたっぷりと太陽光があたり、枝ぶりもたくましい。その標本木の桜が5、6輪咲いた。農園の開花発表である。

開花発表を前に20本の桜の下草刈りを数日かけて行い、農園の玄関口がスッキリした。

こうしておくと、対岸から眺める、空の青さと、景色の緑、桜の薄桃色のコントラストが川の流れに映え、美しく目を癒してくれる。

私たち以外に標本木の開花を確認するのが、対岸に一軒だけのお隣さんご夫婦。市外に住む息子さんたち家族を招き、花見を催されるのが恒例行事となっている。満開が近づく週末のお昼から賑やかな宴がはじまり、夕方まで盛り上がる。対岸の軒先から眺める景色が一番の絶景なのだ。

今年は4月最初の週末あたりが見頃になりそうだと、一本一本のつぼみの膨らみ具合を確認しながら草刈機のアクセルを握る。薄っすらと緑色が残るように少し高めに揃えながら刈り取ると雑草が咲かせる青や紫、黄色といった花もキレイに見える。陽ざしが強い日にはタンポポが一斉に黄色い花を咲かすことも、こまめに草刈りするようになってから気づいた。

新型コロナウイルスの感染が広がり、一ヶ月前に想定された事態が次々と現実となるなか、日々の仕事を通じて、様々な人との“つながり”を深く考える。お客さまや、鶏の産卵前後でお世話になっている業者さまなど、実に多くの人の流通と消費の上に私たちの営みが成り立っていることを、非日常の現実から、いつも以上に肌で感じる。

日々、忙しく仕事をしていると、目の前の仕事や、自分のことだけで精一杯になりがちだが、もっと想像力を豊かに「共助の心」は失わないようにしたいものだと、今年はじめの下草刈りをしながら考えた。

2020.03.25 あだちまさし

根と幹

春一番が吹いた。令和初の天皇誕生日。宇部市の特産品のひとつである「小野茶」の生産者がふたりで来園。

現在、鶏ふん堆肥の多くを搬出して下さる農家さんである。昨年は、月平均2?の堆肥を、茶葉の窒素分を補うために追肥された。今年からは世代交代で後任へ引継ぎをいただき、6?の茶畑に今後も安定して施用して下さる。

さまざまな形態の農家さんが、鶏ふん堆肥を有機肥料として、土づくりに利用して下さっているが、大半の農家の施用時期が春先と秋口に集中する。それに対し、お茶の生産者は茶摘みの時期以外は通年快く引き受けて下さり、特に夏場の施用可能なのが強みで大変助かっている。

平飼い飼育の鶏ふんは、生ふんとは違い半完熟の堆肥状態で、必要とされる方へ無償で提供させていただいている。鶏が絶えず動き回る足元の堆肥は、微生物の働きもあり、ほぼ乾燥しているものの、発酵に関しては改善の余地はまだあるように感じる。搬出量が増えれば、敷料にするスクモや、発酵の際に混ぜ込む米ヌカを増やすことができ、よりマイルドな有機肥料として幅広く利用してもらえる可能性があるかもしれない。

通常の業務にくわえて、鶏ふんの発酵や袋詰めで汗を流すのは手間がかかるが、近隣の農家さんたちの本音に寄り添い、良い循環をつくっていくことは、私たちの営みの根幹でもある。深く広く根をはり、幹を太くすることは、きっと大きな力になってくると思う。

畜産には、あらゆる営みとつながり合い、水田や畑、山地まで土地の課題をプラスに変える力があると言われる。農業や畜産に携わる人であれば、頭ではわかっている持続可能な理想の形である。だが、良い循環をつくっていくのは頭で考えるほど容易ではないのも現実。その理想と現実が近づくよう、常に求め続ける姿勢を大事にしたい。

明日も鶏たちは元気にタマゴをうみ、そしてフンをするのである。

2020.2.23 あだちまさし

庚子か のえね

「大寒の朝に実家の井戸から汲み上げる水は、とてもありがたく美味しかった」
そう話されるのは、たまごのお客さまで市内にひとり暮らしされる七十代の女性。実家とは農園近くの山あいで随分前から空き家だという。

この時期、深々と冷え込む朝、根雪が静かに浸透する澄みきった水はさぞ美味しいだろうと想像する。寒さ厳しい農閑期に一年分の「寒もち」を数日かけてつく家庭も多かったと聞いている。寒さの頂上まで登りつめて、あとは春に向かって下っていく少しの安堵を感じる節目でもあった。

この女性が懐かしむ冬の景色や気候も様変わりした。今冬も暖冬で、いまのところ初雪は見ない。自然の営みは複雑なので温暖化の影響と簡単に結びつけるわけにはいかないが、気候変動時代を伝えるニュースが次々と流れるなか、この暖かさは心を灰色にする。

大寒は私たちの仕事にとっても一つの節目。年末の繁忙期、年始は従業員が交代で休みをとるので人手不足、毎日の生産量は変わらないが、どこか気忙しく「ありがたく感じる心」を見失いがちである。大寒の朝に産卵したたまごを食べると運気が上がると宣伝されることがあり、例年、開運たまごを求めるスポットのお客さまが来園されて、ひと段落といったところだ。

年末から、あたかかく穏やかな気候だったので不測の事態がなかったのが救いであった。心配していた水不足、水道管の凍結もなく、悩みの種であったイノシシの侵入被害も十一月下旬あたりから静かである。近隣に猟師が仕掛けている罠にも寄り付いた形跡が少ないという。暖冬の影響で、厳寒を耐える脂肪を蓄える必要がないせいか、山の中を歩くと、どんぐり等の食べ残しが目立つそうだ。

農事暦によれば、「庚子(かのえね)」の今年は、「天地自然の恵みが生い茂る」とある。山の中に落ちたどんぐりの実が静かに芽吹き下へと根をはっていくはたらきが、少しでも里山が活気を取り戻す力になってほしいと願う。

小さな自然の営みの力強さに目を向けると、曇りがかった暖かい冬のテッペンにひと筋の光が見えるような気がする。

2020.1.25 あだちまさし

心配するココロ

先週、農園のちかくに住むご婦人が亡くなられたとの噂を耳にした。

家族ぐるみで付き合いがあり、私も子供たちも年齢が近いので、高齢者が多い過疎地域においては最も若いグループに入る奥さまである。驚きを隠せず、動揺する心を落ち着かせながら一つひとつの事柄を聞くのが精一杯だったが、近親者のみで葬儀を済ませたということだけが妙に気にかかる。

顔見知りだった方が知らぬ間に亡くなっていたという話も少なくなく、高齢世帯が多くなってきた地域の「思いやり」で後になって知らせ受けることは今までにもあった。ただ今回は間柄からいって別である。つい先日も、長い立ち話で子供たちの近況をやりとりしたばかりだ。急いでお悔やみに掛け付けたいが、思春期の子供さんを抱えたご主人が閉門して喪に服される気持ちも痛いほど理解できた。

なにより職務上、聞き知った噂である。逸る気持ちを抑えて正式な知らせ待つことにしたが、寝ても覚めても奥さまの笑顔や、今までのあんな事こんな事が頭に浮ぶ。知らせが入るのを辛抱しきれずに、意を決めて弔問に伺おうとしたタイミングで、間違いだったことがわかった。不幸中の幸いの少し安堵と、数日間にわたって心配した心の余韻だけが胸の奥に残った。

結果的に取り越し苦労におわったが、もっと心に寄り添うような会話ができなかったかと後悔したり、何とか前向きな気持ちをつくって、出来るかぎりの励ましの言葉を考えたり、そして、残されたご家族のことを何度も自分と重ね合わせたりもした。ナントカなると思っていることが、一瞬でナントカならなくものだと、どうにもならない事までも深く考え込んだ。日頃、曇って見えにくくなっていた心の奥底を覗き込むような作業は、年末の「心の大そうじ」とでも言うべきか・・・。

日常の中で自分が頭で考えている一生懸命さや、家族への感謝の気持ちは、心の底にあるフタをはぐってみると、案外、まだまだ真剣さが足らない、独りよがりだったかもしれない、そう思えるキッカケをいただいた。この出来事をとおして感じた「心配するココロ」は今後も大切にしていきたい。

2019.12.24 あだちまさし

夏越し

山口市、湯田温泉の生花店「湯田花園」は中原中也記念館のすぐ近くにある。十年来のタマゴをお届けさせて頂くお客さまだ。

昨年の今ごろ、その生花店で店先に並んだシクラメンを購入した。花の名前と実物が私の頭で一致したのは四十歳をすぎてから。その程度の関心しかなかったが、あるお客さまが「やっぱり生きた花はいいわねぇ」と花を眺められる姿を見て、自分にも「いいわねぇ」という潤いが欲しいという衝動から発作的に買い求めた。

十二月の我が家は特に慌しさが増す。鶏に一日二つずつタマゴを産んで欲しいと無理な願望を抱きつつ、大晦日に向けて一気に時が過ぎる。一服の清涼剤になればと、白地にピンクの縁取りが美しい花が咲くシクラメンを選んで自宅に置いてみた。が、残念ながら、昨年の師走も潤いを感じる余裕がなかった。

底面給水鉢に水をやり、花がら摘みをして、あまり大きな感動や落胆もなく、ただ淡々と花と過ごし春が過ぎた。開花の勢いが落ちてきたが、葉は元気に茂らせているので、花屋の店主に尋ねたところ、「夏越しさせて、また花を咲かせてあげて下さい」と、休眠させずに夏越しさせる方法を教えて頂いた。

午前中の日差しがやさしくあたる、風の通る大きな木の下で育てるようとのことだったので、自宅から農園へ引越しさせ、大きなイチョウの根元、その東側に置いた。なんとか枯らさず無事に夏がすぎ、九月下旬あたりから葉を勢いよく茂らせるようなり、二十日ばかり前から霜がおりるようになったので夜は作業場に入れるようした。

日照不足の梅雨、猛暑の夏も、暴雨風を心配した台風の日も一緒に過ごした。農園で心が晴れたり、曇ったりした時も、私の側で、黙って小さな命の息づかいを感じさせてくれたシクラメンである。

本格的な冬の足音が聞こえる。露地で育ててきたので開花はまだ先になるという。毎日、茂らせていく葉にうつる葉脈からも、命の力強さを次第に感じるようになった。もしかすると、これが花と暮らす潤いかもしれないと思う。

2019.11.26 あだちまさし

共に生きる

嬉しいときや悲しいとき、壁にぶつかったときや、目の前に道が開けたときなど、心がグッと熱くなる瞬間に、今は亡き恩師の温かい眼差しとやさしい言葉を思い出す。

島原市で障害者福祉に生涯を捧げられた原留男先生の今日が一年祭である。農園で仕事をはじめてからは直接ご指導いただく機会はなかったが、最近、すぐ近くにおられるような錯覚を時々感じる。

普賢岳噴火が縁で18歳の冬に初めて先生とお会いした。漠然と将来に不安を抱き、何に対しても自信がなかったが、目線を合わせて語りかけられる先生の言葉が何故か心に浸みた。誰に対しても同じ姿勢でやさしく語りかけられる独特の「あたたかい間合い」の魅力に惹かれたからだと思う。

先日、偶然というか、必然というタイミングで、20年前に発行された機関紙の中から先生の講演録を見つけた。当時、原先生は70歳。障害児教育、障害者福祉に携わって48年目であったが、講演の中で、「共に生きる」とは易しいようで難しいと語られているのが印象的だった。分け隔てなく子どもたちと真摯に向き合われる先生のお人柄と現場での姿勢が思い出された。

難しいと前置きしたうえで、共に生きるには(共感・共有)を通じて得た信頼関係が必要と述べられている。相手の思いを自分の思いとして共に感じる「共感」する力。同じ悩みを共に持ち合う「共有」する力。共に感じあい、分かち合う中から生まれてくる信頼関係を築かなければ、障害がある人たちと共に生きることは難しいと述べられる。

「共に生きる」と言葉にすると簡単なようだが、本当の意味で心に寄り添い、心を通い合わせるには、常に求め続ける姿勢が大切だと感じた。人と人が繋がりあい、喜び助けあう福祉の原点であり、本来の姿かもしれないとも。

時を経ても、色褪せることなく変わらない原先生の想いに触れることができたことに感謝し、今後ともお導き下さるよう心から祈った。

2019.10.26 あだちまさし

台風一過

「台風ヨウジョウが忙しいけぇ、土曜は無理じゃぁ」
先週、木曜日の夜、来月でハタチになる長男がスマホ片手に大きな声で友人に断りを入れていた。台風接近で休日だったはずの土曜日が養生作業なったようだ。社会人2年目。現場の強風対策があるようだが、友人と話す声には張りがあり良い緊張感を持って仕事をしている様子が伺えた。

私は、聞き耳を立てながら新聞に視線を落とし、半人前のクセに偉そうなことを言うと「やや上から目線」で見下しつつも、そんな彼を少しだけ頼もしく感じた。

通り魔的に千葉県を通過し、甚大な被害をもたらした台風15号が記憶に新しいなか、17号の発生で警戒感が増した。農園でも鶏の産卵は止める事は出来ないので、風雨の中での日常業務に加え、台風養生が増える。大きな自然の力と、止まることない営みの狭間でジタバタしても始まらないので、淡々と台風情報を収集し、いつものように気持ちを落ち着けた。

最近、台風の進路や速度が以前と少し変わってきているのは温暖化の影響も無関係ではないようだ。気象予報が速く正確にキャッチでき、被害状況もリアルタイムで把握できるようになったが、今までの経験が当てにならなくなったのも事実である。

地球環境を守るため世界各国が足並みを揃える難しさを伝えるニュースや、異常な気象が常態化しつつあることを、日々、肌で感じてはいるものの、不自由なく便利な生活を送りながら、自分に出来ることを考えた時、いまの暮らしを制約していくことには戸惑いと、少しの気後れを感じる。

今日は移動性高気圧に覆われ、台風一過の爽やかな秋晴れ。
田んぼの畔にたくさんの彼岸花が咲く。青い空と黄色の稲穂に囲まれたコントラストに赤い曼珠沙華が映える。自然の営みを美しく「ありがたい」と感じる心は、小さな自分にも出来る事に、一歩を踏み出す勇気を与えてくれるように思う。

2019.09.24 あだちまさし

失敗は成功のもと

台風通過にともない秋雨前線が刺激され、まとまった雨が降り続いている。来園される農家さんからは、収穫が迫った稲穂の生育状況や、降り続く雨でコンバインを水田に入れられるか心配する声をよく耳にするようになった。

農繁期に入る農家さんと共に忙しくなるのが吉部農協で農機の販売や修理を一人で請け負われる営農担当者。普段は閑散とした倉庫に修理を待つ農機具が搬入され、稲刈り作業の途中で止まったコンバインの出張修理などで大忙しになる。一斉にはじまる収穫時期の不測の事態に備えて戦々恐々といった感じだ。

農園で鶏との営みを生業とする私たちも不測の事態はたくさん経験して、当然、たくさんモノも壊してきた。経験が浅い私が予測できないことを、縁あって共に働く障害がある人たちが理解し予測することは不可能で、突然おこるトラブルに動揺し、感情を抑えきれず叱責したこともある。後悔ばかりが先に立ち、お互いに心が壊れかけた苦い経験もした。

自然と隣り合わせの農園で、言葉の通じない鶏との営みには、未だ分からないこともあるが、彼らと失敗を重ねるうちに身につけた知識も少しずつ増えたように感じる。

モノが壊れる時には、いくつかパターンがあって、モノの道理が分からずに壊してしまう場合と、分かっているのに不注意から壊してしまう場合がある。前者は私の取扱い説明不十分。後者は仕事に対する「焦り」や「欲」が絡むことが多い。

仕事に対する焦りは、昼食前や終業間際などの仕事を早く終わらせたい時間帯に自分の能力以上の仕事を抱えた時に起こるトラブル。彼らの能力を超える仕事を不用意に与えてしまった責任は私にもあるので、共に反省しながら、いくつか失敗を乗り越えてきた。

一方、仕事を重ねてつけた自信から、もっとたくさんの仕事をしたいと欲が出てきた時の見極めが不十分で起きた失敗は、見逃すと大きな心の傷となり、こればかりは営農に頼んでも修理が不可能である。彼らが日常の仕事を通じて、少しずつ積み重ねた自信を見逃さず、自発的協力関係を失わないような言葉かけと、失敗を受け止める心の寛容さを持ちたいと常々思う。「失敗は成功のもと」だから。

2019.08.26 あだちまさし

こころの泡立ち

梅雨明け。これからが夏本番である。

例年、3月初旬ごろから、仕事の合間をみつけながら園内の草刈りはじめる。一日平均にすると一時間程度の肉体労働。農園の側を流れる厚東川の川土手までが私たちの責任範囲と決めている。

梅雨入りまでは農園全体の工程を2週間程度で刈り終える。この頃までは、刈り終えた農園の姿を見ると結構な充実感と達成感で心にゆとりも生まれ、やりきった仕事に自画自賛したい気持ちを抑えながらも、近隣の農家さんと「草刈り談義」に花をさかせる余裕もある。

心にゆとりがある時期は、少し高めに草刈りコードを走らせ、クローバーやカタバミを残しながら作業をする。花が弾けて、種を飛ばしながら横に広がるクローバーの白い花やカタバミの黄色や薄紫の花に目を細め、多少の疲れはあるが「こんな暮らしも悪くない」と、心の奥の方で喜んでいるのが自分でもわかる。

ある詩人が「楽天的な人はバラを見てトゲは見ない。悲観的な人はトゲばかりじっと見つめて、美しいバラの咲いていることに気づかない」と言ったそうだが、梅雨入り前と後では気持ちが一変する。

雑草がわずかに咲かせる小さな花がグングンと丈の長い緑に覆われ、元の荒れた休耕地の姿に逆戻りするのではないかという不安と悲壮感につつまれる。ブクブク、ザワザワと心が泡立ち、梅雨空の合間に日が射したりすると「また草が伸びる」とため息が漏れるのだ。

いくら刈っても振り向けば迫ってくる雑草に、草刈り機のアクセルも吹かし気味で大きな音を立てる。山に囲まれた農園を疎ましく感じ、高い湿度なかで緑の景色も滲んで見える。

そんなジメジメと汗がまとわりつく梅雨も明けた。ギラギラと輝く太陽の下で、仕事の合間の草刈りか、草刈りの合間の仕事かという作業も後半戦である。心の泡立ちを押さえて、心地よい汗を流したい。

日々、元気に働ける体に感謝しながら「コレもまたヨシ」と口笛まじりに夏を乗り切りたいものだ。

2019.07.25 あだちまさし

「なつぞら」と開拓精神

いつもより早起きして、パソコンのキーボードをたたく。

NHK連続テレビ小説「なつぞら」の放送にあわせて、農業新聞で「北の酪農ヒストリー」という週一回の連載が始まった。内容はドラマの舞台である北海道の開拓や酪農の歴史について。この記事を入力してパートさんへ毎週配布している。

農園で10年来働いて下さっているパートさんのご長男がドラマの制作に携わっていると聞き、放送は見ていない私も興味を持った。ご長男はアニメーターとして活躍中。撮影ではアニメ制作の立場から出演者への演技指導をサポートされたようだ。

農業新聞の連載を通じて、ドラマのテーマにもなっている「開拓精神」について、脚本担当の大森氏は「目の前のことをやっていくのが開拓。それが積み重なって形になる。そんな未来へのつながりを書いてみたい」と述べている。開拓者の生き様に触れることは、私にとっても大変刺激になる

ドラマの舞台である北海道は酪農王国として有名ですが、その種が蒔かれたのは明治初期で一人の米国人が政府から招かれ100頭余りの牛で牧場をスタートさせました。ここでバターやチーズ、ハム作りも指導します。この牧場に牧夫として雇われた日本人が二人の仲間と共に酪農普及の先駆者となりました。

普及の契機となったのは大正2年の大冷害です。3人は開拓者救済のため「どんな寒い年でも草だけは生える。草があれば牛が飼える。牛を飼えば排せつ物を土に戻し、良い土ができる。これを繰り返す酪農を取り入れなければ、冷害は克服できない」と、道庁に提言します。先駆者の3人はキリスト教徒で「神を愛し、人を愛し、土を愛する」という三愛精神が源にあるようです。

現在の優雅な酪農風景は、開拓者たちが北海道の厳しい自然と共生してきた歴史の証だと胸が熱くなり感動します。今朝、11枚目の「北の酪農ヒストリー」をプリントしながら、また一つ、開拓精神を学んだ。

2019.06.24 あだちまさし

親先生

「祈って下さっている先生がいる」私は、この安心感のうえに今日までお育ていただいた。

私を含め、多くの信者さんの立ち行きを一心に祈り続けられた金光教宇部東教会の立川和正先生が5月9日ご帰幽された。

心の準備はしてきたつもりだが、ご祈念される和正先生の後姿を思い出すと寂しさが募る。

我が家は金光教を信心させていだいている。ご神縁を頂いたのは宇部東教会で、私は母親の胎内に命を授かった時から先生に祈られてきた。

教会のご神前と広前の間にはつい立で仕切った小さな机がある。これを、神と人とをつなぐ「お結界」といい、教祖さまのお手代わりである先生は、日々、そこに座り、参拝者の悩みや、さまざまな願いを聞き取り、参拝者の心に寄り添い祈られ、「み教え」に基づいた生き方、ご理解をわかりやすく説いて下さる。これが金光教の営みの中心である「お取次」という。

身の上相談やカウンセリングと似ているようで少し違い、祈祷で痛いところが治るのとも違う。語弊があるかもしれないが、静かに心を神様に向け、先生と共に祈り、天地の摂理や有り難さを気付かせて頂くのが「お取次を頂く」ことだと、自分なり解釈している。

私は、和正先生のお取次から「生きるヒント」を数多く与えていただいた。それは「こうしなさい」という押し付けではなく、いつも温かく見守り、一心に助かりを祈る後姿で教え導いて下さった。

和正先生への感謝の気持ちを忘れることなく、「育てられた」という自覚を強く持ち続けることで、私にできる働きが見えてくると思う。御霊さまになられてもお導き頂けるよう、これからも祈りすがっていきたい。

2019.05.26 あだちまさし。

アニマルウェルフェア

太陽の光が明るさと強さを増す。初夏も近い。

季節の変わり目は鶏の飼育にとって注意が必要だ。特に、春と秋の入口にあたる時期に「悪癖(あくへき)」が発生しやすい。鶏は群の中で順列をつけたがる性格あるので、ちょっとしたストレスから力関係が崩れると「尻つつき」という問題行動が起こる。

産卵中の鶏の尻を別の鶏が嘴(くちばし)で突き、出血する。血液に反応するように行動がエスカレートし、群の中で、その悪癖が伝播して事故が広がるのだ。ストレスの原因は様々だが、寒暖差と日長変化で個々の鶏に生じる体調の差が引き金となることが多い。

農園の鶏は行動に制限を設けない平飼い飼育のため、一旦、この悪癖が広がりはじめると収拾するのに時間がかかる。最近は、経験を通してストレスの芽を摘んできたが、先月あたりから所々で尻つつきを見かけて頭を抱える。おそらく、今年の「春の入口」を見極める観察不足だろう。何が原因だったのか、鶏の声なき声に耳を澄ませ、黙考する日々が続いている。

「アニマルウェルフェア(Animal Welfare )」という欧州発の概念がある。家畜福祉や動物福祉と訳される。感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な生活ができる飼育方法を目指す畜産の考え方である。

私たちも、この考え方に近い想いでストレスフリーの環境を整えてきたが、すべてのストレスを回避するためには、まだ配慮が足りないことがあるのだろう。日々の仕事に追われ、鶏に心を寄り添わせることをおろそかにしていなかったか、もう一度、自問しなければならない。経済動物だからと心の中で切り捨ててはいないか。日々、心を改まる必要がある。

鶏は共に働く同僚であり、大切な仲間だから。

2019.04.21 あだちまさし

桜でんぶ

宇部市北部にあたる吉部は船木街道に沿って発達した宿場町で、今でも街なみに昔の面影が残る。その一角にあるのが「仕出し 柳屋」

農園も開園当初から大変有り難いお取引を頂いている。というのも、規格外のタマゴを365日快く引き受けて下さり、毎日の仕事終りに不揃いタマゴをトレーにのせて運ぶのが私の日課である。

そんな仕事柄から、目に映る宴席、慶弔事の仕出し料理から季節の移り変わりを楽しませてもらっている。特に繁忙を極めるのが年末年始。元日からおせち料理の受取で賑わう店内と、活気溢れる板場の空気から元気のお裾分けをいただけるのが嬉しい。

板場は女将さんの家族と近隣から通う従業員の主婦の方々で切り盛りされるが、ご高齢になられた今も現役で板場を支える女将さんの細かな気配りが、地域に安心感を与え、愛される理由と思う。

柳屋の仕出しに付き物なのが「巻き寿司」。これが、ことのほか美味い。「おふくろの味」とか「昔ながらの味」というフレーズがしっくりくる。頬張ると口の中にホッと安心感が広がるのだ。

見た目は普通の巻き寿司。寿司飯に具材をはさみ、米ひと粒ずつの空気を適度にキュッと抜きながら海苔で巻いたもの。具材は玉子、きゅうり、かんぴょう、しいたけ煮、あと「おぼろ」。柳屋でいう「おぼろ」とはエソのすり身、いわゆる「桜でんぶ」のこと。これが昔から女将さんの手作りで良い旨みになっていると馴染みのお客さまに評判が良い。

トロ箱で運ばれてきたエソを蒸して、砂糖と塩で味を整えながら炒り煮し、食紅で桜色に染め、出来上がったそぼろを冷ましながら小骨を取り除き仕上げる。これが結構な手間がかかる作業。タマゴを届けた際に、桜色のおぼろをバットに広げ、従業員総出で小骨に目を凝らす姿を何度も見せてもらった。

安価な市販食材を使わず、手間隙を惜しまない「桜でんぶ」作りには、女将さんの心意気が光る。昔ながらの細かな気配りがギュッと巻かれた「柳屋の巻き寿司」を、多くの人に胸を張ってお勧めしたい。

2019.03.24 あだちまさし。

命を食に変える

猟師が設置した箱罠のフタが落ち、大きな猪が御用となった。

体重80キロ、繁殖期の肥えたメス。これぐらいの大きさになると人間を威嚇して暴れるとガシャンガシャンと罠が軋み壊れそうで近寄り難い。

日頃、大きく口を開けて存在感がある箱罠だが、それが小さく見えるほどの大きな猪に私の鼻息も荒くなり、体の芯がグッと熱くなる。

一昨年の秋に罠を設置してから25頭目。昨年、柿の実が落ち始める時期に小物が一気に頭数を稼ぎ、今回が一番の大物だ。

農園の周辺を荒らされる頻度と範囲が多くなり、以前は猟師に任せきりの捕獲だったが積極的に協力するようになった。とはいえ、私に出来ることは早朝に確認した足あとや荒らされた場所から行動範囲を進言するぐらいの子供の使い程度だが。

以前より、猪の行動を深く考察するようになり、私の心境にも多少の変化がある。猪に荒らされて苛立ちや落胆するだけだった感情に「哀れむ」という感情が混じるようになった。

人が手を加えた自然の影響で腹を満たすことが出来ない猪を哀れむ気持ちと、天敵がない猪の頭数バランスを取るには人が捕獲するしか方法がないという現実。

自然と隣り合わせに農園を営んでいるので、共存するには、半ば諦めのような「開き直り」と「小さな覚悟」が心の中に生まれた。

本来、野山を駆け回る猪は「大地の豊かさ」の象徴のような動物で、昔から人の命を支えてきた。そして、全ての食べ物は生き物の命であり、それを恵みに変えるには、常に人の営みがある。

猟師の到着を待つ捕獲された大きな猪を前にして、命を食に変える尊さと食べることへの責任を考えた。

2019.02.20 あだちまさし

寒たまご

寒晴。天気が良いと空がとても青く、そして深く見えた。

昨夜は大きな満月で穏やかに晴れた。暖冬とはいえ、今は寒中。今朝の気温-1℃。地表の温度は更に下がり真っ白な霜に覆われた。足の裏から体温が奪われ、ジンジンと手の指先が冷える。

寒さが厳しく春に向う時期は早朝から鶏の産卵が活発だが、追われるように採卵をすすめる手が冷えて動かず思うように仕事がはかどらない。やり場のない寒さに耐えかねて、すぐそばの鶏を抱き寄せ、羽根の下に両手を入れて鶏の体温で指先をほぐす。

鶏の脇の温もりで次第に感覚を取り戻す指の先に鶏の小さな鼓動を感じると、寒さと忙しさで押し潰されそうだった心にも、鶏の恩恵に感謝する気持ちも取り戻しながら、寒中の朝、採卵作業を続ける。

小寒から立春の前日までに産まれた卵を「寒たまご」といい、昔は鶏が寒さに耐えて産み落とす卵が滋養に富んでいると喜ばれ、特に大寒の朝に産まれた卵を食べると無病息災で一年間、過ごせると珍重されたようだ。最近では、風水占いで運気が上がり、金運にも恵まれると宣伝されることもあって、私たちの農園にも早くから予約注文をいただく。

日々、鶏の息づかいを肌で感じると、寒たまごが滋養に富んでいるというのはよく理解できる。卵の中身もグッと引き締まり、濃厚卵白の盛り上がりと、黄身の張りや弾力も増すので、味わいもより一層、濃厚に感じることができる。今が「タマゴの旬」なのである。

金運に恵まれるかは定かではないが、生産者である私たちにとって、寒さに耐えながら変わらず恩恵を与えてくれる鶏たちへの感謝を絶えず忘れないことが、案外、運気を上げる近道かもしれないと感じる。

2019.01.23 あだちまさし。

黒豆

冬至が過ぎた。この日を境に一陽来復で日脚が少しずつ伸び、鶏の産卵活動が上向きになってくる。

本格的な寒さの訪れもこの時期から。鶏は寒さで消耗する体力を取り戻そうと食欲が増す。つまり給餌量も増える。これから春まで厳しい寒さの早朝仕事。私たちにとっては、ちょっとした「寒行期間」になる。

鶏のことを何も知らずにはじめた仕事なので、年を重ね、経験で学びながら前へ進んできた。しかし、四季は一年に一度。わずかな積み重ねでしかない。

この少ない経験から得た知識を根底からひっくり返すような異常気象に今年は多く見舞われた。特に年明けからの厳寒に加えての少雨による水不足が私たちにとっては深刻だった。

気力と体力の限界を感じるなか、私生活を見直そうと考えて、思い切って「酒」をやめた。日々の改まりを大事にする習慣を大切にして、晩酌への執着を「朝食」へ切り替えてみた。

毎朝、味噌汁をつくり、前日に用意したおかずを小さな皿に盛りつけ、それにヨーグルト。その上に「黒豆」をひとさじのせる。昨年末に知人から頂いた黒豆煮の瓶詰めが正月をすぎて、家族から忘れられようとしていたが、これを毎日の朝食に添えることにした。

以前は正月にしか口に運ばなかった「黒豆」を「心のスイッチ」にして毎朝いただく。休みなく続く営みを正月のような気持ちで嬉しく迎えられるよう願いを込めて。

明日も朝食の「黒豆」とともに、また新しい朝がくる。

あだちまさし。

鐘と撞木

「まぁだ若かかけん。がんばらにゃあ」そう言って原留男先生が励まして下さったのは2年前。以前と変わらぬ少し擦れた声の、やさしく包み込まれるような島原訛りが耳から離れない。私にとっては、これが先生との最後の会話になった。島原市で障害者福祉に生涯を捧げられ、先月末、91歳で静かにお国替えされた。まだまだ学ばせて頂きたかったが、その術がなくなった。

昭和27年、原先生が赴任された島原第三小学校の3年1組で偶然出会った二人の知的障害がある生徒がライフワークの始まりである。子どもたちの持つ不思議な魅力に引きつけられ歩みを共にされてきた。昭和41年、現在の「島原市手をつなぐ育成会」の前身である育成会を組織される。障害者やその家族へ対する差別や偏見が平然とまかり通る時代、真っ暗な夜道の中を、小さなあかりを手に携えながら、前になり、後になりながら歩まれた活動の功績は、半世紀経った現在の育成会の姿を見れば一目瞭然である。

私は普賢岳の噴火と共に島原とご縁が出来、原先生とはじめて出会った。平成4年2月、育成会の大きな願いであった通所厚生施設「松光学園」の設立認可が得られた日と重なる。原先生が長年貫かれてきた「共に生きる」姿勢と、身にまとわれている積陰徳の不思議な魔法の虜になり、共に働く仲間に加えていただいた。

原先生が松光学園の園長として発行された機関紙に、こう書かれている。

― 鐘、しゅ木。この二つのうち、どちらが欠けても鐘はなりません。
施設利用者(子ども達)と職員は鐘としゅ木の関係ではないかと思います。どちらが欠けても鐘は鳴らない。響き合うことは出来ません。私達は、利用者と共に、鐘になったり、しゅ木になったりして、常に響き合える毎日を過ごすことが大切だと思います。響き合える毎日こそが、共生(共に生きる)であり、共育(共に育つ)ではないかと思います。又、それは共働(共に働く)であり、共汗(共に汗する)ではないでしょうか。
このような鐘、しゅ木になりたい。―

原先生の現場での立ち振る舞い、一緒に酒を酌み交わしながら「嬉しゅうして」と笑顔で語られる子どもたちへの愛情が思い出される。共に鐘となり、撞木となって命を響かせあった時間、その鐘の音の余韻を見失わないよう、これからも私は前を向いていきたい。
原留男先生、ありがとうございます。

あだちまさし。

地域に根をはる

1億8195万羽。最新の畜産統計による国内の採卵鶏の総羽数だ。前年比で3%増加している。年々、養鶏場が減少するのに対し、飼育規模の大型化が加速している。全体のうち10万羽以上の養鶏場が8割を占める。その要因は定かだが、あえて触れないでおく。

養鶏には孵卵・育雛・採卵・食肉処理の流れがある。鶏卵を生産するには不可欠な連携で、一見すると工業的だが「命と鮮度」を無駄にしないための流れ作業になっているが。自分たちの利益だけで採卵だけが大型化することで前後の流れを悪化させている。

特に採卵鶏専用の食肉処理場に大きな負担がかかる。一度に押し寄せる廃鶏の羽数も膨大になり、現場で働く人たちの苦労は増すばかりで、「働き方改革」という聞こえが良い言葉が人手不足に追い討ちをかけている。

私たちは「新鮮・安全」をモットーに独自のルートでタマゴを販売しているが、こうした大型化の流れに押し潰されないように気を使うのが常に悩みの種になっている。少し暗い話になった。

最近、この大型化の流れに難渋する一方で、平飼い特有である「糞」が好循環の明るい兆しを見せつつある。

ケージ飼いでは糞がポタポタと生で落ちるが、農園の鶏舎では鶏が歩きまわり、遊ぶことで、糠床を掻き混ぜるようして微生物の力でバランスを保っている。鶏を出荷すると、糠床のような糞に米ぬかを混ぜ込み、水分をあたえて耕運機で発酵させて堆肥にする。完熟ではないが割と良質な堆肥が出来、好んで利用して下さる農家さんが少しずつ増えてきた。

良いお取り計らいを頂き、足を運んで下さる農家さんの顔ぶれが自然と若返りをしているのも嬉しいかぎりで元気が出る。

先日、熱心な方が持ち帰った堆肥を「成分分析」に出したと知らせてくれた。結果がどうであれ、一歩踏み込んだ取り組みをして下さる姿勢が心強い。農園で行う発酵作業は自分たちの経験と勘だけを頼りにしてきたので、まだまだ良い堆肥にする伸び代がありそうだ。

化成肥料と違い、成果がでるまで時間がかかるが、農家さんが四季の作物を丹精込めて育てるのと、鶏を平飼いで飼育するのは営みに通じるものがある。ゆっくりと時間をかけて良い作物をつくってもらいたい。

堆肥で農家さんとつながるのは畜産の本来の姿だ。健康な鶏は良いタマゴを産み、立派な糞もする。堆肥を通じて地域に根をはる。これは大型養鶏には真似できない強みだと信じて取り組みを深めていきたい。

あだちまさし。

秋思

ハッピーマンデーの夜。数日前、大きなスーツケースを抱えて出かけた長男が未だに帰宅せず。金曜日の夜に宇部空港から飛び立ち連休を満喫中だ。帰りを待ちながら、自分の連休の思い出にボンヤリふける。

いまの生活に「慣れた」というと多少強がりになるかもしれない。休日の家族サービスとは無縁で子どもたちには随分と迷惑をかけた。知らぬ間に大きく成長してしまい後ろめたさと、自分の甲斐性のなさに時折、嫌気がさす。

3人の子どもたちは、こんな父親に早々から愛想をつかし、スポーツにのめり込んだ。長男、次男はサッカー。長女はテニス。サッカーの練習や試合は時々足を運び、息子たちがボールを蹴る姿を見たが、長女がプレーをする姿は一度も見たことがない。これが後ろめたさに一層拍車をかける。

夕食時に部活や試合の様子を話してくれるが、私にはスポーツに打ち込んだ経験がなくアドバイスする言葉が見当たらないので、ただ黙って耳を傾ける。中学生になるとスポーツを語る内容が深くなり、話についていけてないのが正直なところ。それに加え、子どもたちを少しは唸らせたいという「父親の変なプライド」が邪魔をして口を開くのを躊躇してしまうことも多々あるからだ。

こんな気持ちを抱え、子どもたちが未読であろうスポーツ記事を新聞やネットで拾い読みし、家族の知らないところで予備知識を仕入れることに心血を注ぐ。父親としての涙ぐましい努力・・・と、私はそう思っている。

そんな中、最近、気になっているのが全米OPを制覇した大阪なおみ選手。純粋無垢で愛嬌あるコメントの中には刺激が多くある。昨年10月、彼女が自分の弱さついて語っている記事が目にとまった。

「私はテニスをするうえでは自分に厳しすぎるって指摘されるんです。試合中、もっといいプレーが出来たのに、ってイライラしてしまう。気分を切り替えてプレーした方がいいんだよってアドバイスもらっています」

テニスでは、こと試合中に限って言えば自分に厳しいことはプラスに働くとは限らないそうだ。くよくよしていると次のポイントに影響してしまうからだ。全米OPの決勝戦。20歳の彼女がブーイング渦巻くコートでも終始落ち着き、自分のプレーに集中する姿は1年間の「心の成長」の証だろうと感動した。

私も秋思に浸ってばかりではいけないと眠たい目をこする。

あだちまさし。

心に聴診器をあてる

終日、強い北風が吹いた。風見鶏が勢いよく回り、Tシャツ一枚では肌寒かった。先週の降雨で貯水の心配が消えて、季節が一気にすすむ。

季節の移り変わりが急激に訪れるのは今年に始まったことではないので、自分の力ではどうにも出来ないことは静かに受け止め、自然の恵みに感謝して毎日を送りたい。

今年、予想外の暑さで大きく生産を落とした。予約がこなせるか不安な毎日を送りながら、少しでも早く産卵低下を把握しようと鶏舎に入る時間を増やした。

もともと余るほどの時間がないわけで、何の時間を削り、どう時間を捻出するか、日々考えながら、焦りを抑えて夕方にゆっくり各鶏舎をまわる。

自分のリズムは未だ掴めずにいるが、鶏の息遣いを感じ、午前中では気付けない新しい発見がいくつかあった。

このことは時間が経つにつれ農園にとってプラスになってくるはずだが、私が鶏舎に入る時間を増やしたことがFさんにとってはプレッシャーになっているようだ。

私が行う確認作業を「荒探し」に感じて心が締め付けられるようである。8月中旬からショートメールを送ってくる回数が増えてきたのは心が不安定な表れからだろう。

彼が残してしまう仕事があるのは以前から知っていた。そこは咎めずに付き合ってきたので、いまさら指摘するつもりはなかった。

ただ、そこに居心地の悪さを感じるということは痛い脛があるということだろう。彼のこういう正直さは実を言うと嫌いではない。

鶏舎の中で鶏と向き合うものとして、よく理解できるし、多分に私もそういった弱さを持っているからだろう。

何度も着信するショートメールに丁寧に返信をする。彼の心に聴診器をあてるように言葉を選びながら聞き取り作業をし、彼が感じる「嫌な仕事」に共に向き合っていく。

同じ鶏舎で仕事をする彼の「嫌」と感じることは、私にとっても悩みの種でもある。「嫌」に向き合うのはお互いに辛い。

上手な言葉を使って彼の気持ちを搾取しないように心を配りながらメールのやりとり。出来る限り彼の気持ちを汲み上げて自分の弱さにも向き合いたい。

きっと大きな収穫があると信じているから。

あだちまさし。

朝食を楽しみに寝る秋白し

朝食を楽しみに寝る秋白し  冨士眞奈美
(2018.08.18 毎日新聞 季語刻々)

「高温注意情報」着信なし。連日続いた最高気温35度以上となる注意喚起を促すメールが今日はなかった。

明日の夜から雨の予報である。今回は空振りなしと祈りたい。

高温で一気に下がった産卵率がお盆明けの数日間の涼しさで少し上昇し、先週末から低空飛行に戻った。

ものを言わない鶏の体調は息遣いや食欲、その結果である産卵などから観察するが、涼しさで上昇の兆しが見えたことで信じていたことに自信が持て、気持ちが幾分か楽になる。

あと一息の辛抱といったところか。そうであって欲しい。

朝食を食べたり食べなかったりしていたが、半年ほど前から決まった時間に同じ量を食べるようなった。

「楽しみ」とまではいかないが、朝の決まったことを淡々とこなし飯を口に運んでいる。

白飯、みそ汁、ヨーグルト、梅干し1個、らっきょう3つ、黒豆小さじ1、高野豆腐ふくめ煮。このメニューを毎朝繰り返す。

夕食後、小鍋に「いりこと昆布」をつけて就寝、朝から弱火にかけてだしをとりながら配膳して朝食を食う。

みそ汁の具は豆腐、油あげ、干ししいたけ。椀に刻み葱と干し海苔を入れ、これに出来上がった汁を注ぐ。

それほど楽しみという訳ではないが、椀から湯気と一緒に海苔の良い香りがたつと、自然と腹が「ぐぅ」となる。

頭では淡々とこなしているつもりだが、なぜか腹の虫が反応するのだ。最近、この習慣が朝の楽しみになりつつあると感じている。

秋の兆しが待ち遠しい。

あだちまさし。

釜焚き塩

久しぶりに雨が降った。雷鳴が遠くから聞こえ、真っ黒い雲に覆われ短い時間にザッときた。

恵みの雨ほどではないが砂埃が雨で洗われて山の緑と空の青さがクッキリして雨上がりの匂いに心地よさを感じた。

今年は梅雨明けが早く厳しい暑さが長く続いている。最高気温が体温を上回る日も少なくなく「酷暑」とか「災害」という単語で暑さを表現された。

鶏は暑さに弱いので食欲不振から体力を落とし産卵率が下がる。命をつなぐ最低限の栄養を採るのが精一杯で排卵活動である産卵を止めるからだ。

産卵量の落ち込みに備えて考えられる調整はしているが、例年、これが思うようにならずお客さまにご迷惑をおかけしている。

タマゴは鮮度が一番なので、高温が続く時期には過剰な在庫は持たずに出来るだけ早くお客さまへお届けしたい。

そんな私たちの思いと、暑さに耐えて産卵する鶏の間に溝が生じるのだが、7月中旬以降の猛烈な暑さは想定の範囲を大きく超えた。

いつも以上に遅配やお断りの電話をする回数も増え、途方に暮れていたが、ここ数日は産卵数が回復傾向にあり少し安堵している。

鶏の産卵には「日長」が大切。夏至の日長時間が産卵活動に最適とされているので、日没が早くなる分、起床を早くして活動時間を確保する。

したがって夜明け前の涼しい時間に餌をコツコツと食べて産卵に必要な体力を取り戻しつつあるからだろう。

目立った死鶏は出さずに酷暑の山は越えたので、ここから鶏の底力を信じて辛抱強く回復を待ちたい。

先日、作業を労って下さるお客さまから、熱中症予防に役立てて下さいと「塩」をいただいた。

長門市油谷湾の海水でつくった「釜焚き塩」で、袋には「春塩」とあり、3月〜5月の海水の塩で出来上がりまで1カ月を要すると書かれている。

「天日」とか「釜焚き」というフレーズが如何にも暑そうで、この時期の作業が過酷なことは容易に想像できる。

四季の塩がある事と、同じ県内で塩づくりにこだわる方の存在を知り、心が元気になる。

素材の味を引き立てるシンプルな料理で味わって欲しいと書き添えてあり、「塩むすび」や「ゆでたまご」にと勧めて下さった。

まだ口にしてないが、残りの暑さを乗り越えられるように祈り、神棚に「釜焚きの塩」を供えた。

あだちまさし。

台風12号迷走

異例のコースを進む台風12号。明日は屋久島付近で回転するという。

日本列島を東から西へ縦断するとの予報を受け、二日前から台風対策。鶏舎の雨戸を閉めたり、暴風養生などを施す。

台風通過をうけ、今朝は養生解除をしながらの採卵作業をスタート。

雨戸を開けた鶏舎には緑陰から風が吹き込み、運動場に放した鶏たちは夜の冷気が残る場所で地面に穴を掘りながら砂浴びをし体を冷やす。

二日前の夕方から気温が少し下がったので幾分か食欲が増したようだ。産卵の回復を祈るばかり。

気温が上昇する前にと、いつもより早めに仕事に取り掛かったが、農園をひと周りした頃、私を照りつける日差しはジリジリムシムシと容赦がない。

日差しに加えて湿度が高い一日で、やはり今日も汗にまみれた。

温暖化の影響なのか、これまでの常識を超えた異常気象が頻発している。

地球規模で起きる気候変動を抑えることは大変難しい。

体が資本なので、健康を維持し、明日に備えたいと思う。

あだちまさし。

猛暑がつづく

最高気温36.7度。晴れ。猛暑日。

連日、危険な暑さが続いている。さすがに鶏たちも限界を超えたという感じである。

先週19日(木)は37度を記録した。県内の最高気温を更新したとか、しないとか。配達先でも暑さの話題でもちきり。

木曜日の夜から金曜日の朝にかけて、熱中症と見られる死鶏が出た。

予報では暑さがしばらく続きそうだったので、毎朝、不安な気持ちで鶏舎に入るが、その後は落ち着いている。今朝は死鶏ゼロ。

ただ元気一杯かというと、そうではなく、暑さを必死で堪えているといったところだろう。

食欲が落ち、命をつなぐ最低限の餌しか体が受け付けていないようなので、当然、産卵率も落ちる。梅雨明けに下降したラインから、更に一段下がったようだ。

今夜は多少、風が吹いているので少しは持ち直してくれると思う。

鶏の体調も心配だが、農園で働く私たちの体力も日々、暑さに奪われていくのがわかる。

日々、最低限の仕事をこなすのが精一杯だが気持ちを切らさず乗り切りたい。

日頃、テレビは見ないが、この暑さで新聞もパラパラと虚ろにめくるだけという日が続いている。

そんな中、携帯でチェックする猛暑に関する天気ニュースが日ごとに増えるのが不気

今年が特別であって欲しいという願いを込めて、チェックしたニュースの見出しを備忘録とする。

あだちまさし。

07.15 18:12 日本気象協会
7月前半で猛暑日180地点越え。24年ぶり。

0716 07:11 日本気象協会
16日 海の日 命を奪う猛暑続く

0717 19:12 日本気象協会
あす40度近い暑さも 7月末にかけ高温

0718 17:11 日本気象協会
国内最高気温41度に迫る 危険な暑さ長期戦

0719 19:12 日本気象協会
猛暑の峠越えるも雷雨増加? 1カ月予報

0720 12:12 日本気象協会
週間天気 続く危険な暑さ 沖縄には台風

0721 07:08 朝日新聞デジタル
各地で猛暑、原因は重なる高気圧 8月上旬にかけ警戒を

※猛暑のメカニズム 二つの高気圧の強まりで暖かい空気が地上へ圧縮される。
上空15000m付近「チベット高気圧の張り出し。上空5000m付近「太平洋高気圧の強まり」

0721 15:00 時事通信社
続く猛暑、熱中症に懸念「今まさに注意を」 死者一千人越えの年も

0722 18:12 日本気象協会
猛暑のトンネル 出口はまだ

0723 07:11 日本気象協会
23日「大暑」東京都心で今年最高の暑さか

0723 11:11 日本気象協会
東海 40度越えの所も 熱中症最大級の警戒

0723 14:55 朝日新聞デジタル
埼玉・熊谷で史上最高41.1度 気象庁「災害と認識」

0723 18:25 朝日新聞デジタル
「悪名高い高温多湿」日本の猛暑、海外メディアも速報

0723 21:43 毎日新聞
猛暑:気象庁「災害と認識」熱中症死の疑い6日で90人超

0723 21:43 毎日新聞
猛暑:キャベツ、レタスなど葉物野菜が値上がり

0724 07:11 日本気象協会
24日 猛烈な暑さに加え、湿気タップリ

0724 11:33 毎日新聞
熱中症:搬送者2万2647人 16日〜22日 消防庁

0724 15:11 日本気象協会
この暑さ、災害級 熱中症搬送者が激増

0724 17:11 日本気象協会
福岡・久留米 猛暑日16日連続!

※7月としては1977年の統計開始以来、最長の猛暑日連続記録を更新中

0724 18:23 毎日新聞
猛暑:熱中症、救急搬送「屋内」最多死者最高の65人

0724 19:21 朝日新聞デジタル
猛暑、農業も被害 畑のレタス腐敗、キャベツ小さいまま

※斉藤健・農水相は24日の閣議後会見で「今後、高温、干ばつによる農作物への影響が懸念される」と話した。