夏越し

山口市、湯田温泉の生花店「湯田花園」は中原中也記念館のすぐ近くにある。十年来のタマゴをお届けさせて頂くお客さまだ。

昨年の今ごろ、その生花店で店先に並んだシクラメンを購入した。花の名前と実物が私の頭で一致したのは四十歳をすぎてから。その程度の関心しかなかったが、あるお客さまが「やっぱり生きた花はいいわねぇ」と花を眺められる姿を見て、自分にも「いいわねぇ」という潤いが欲しいという衝動から発作的に買い求めた。

十二月の我が家は特に慌しさが増す。鶏に一日二つずつタマゴを産んで欲しいと無理な願望を抱きつつ、大晦日に向けて一気に時が過ぎる。一服の清涼剤になればと、白地にピンクの縁取りが美しい花が咲くシクラメンを選んで自宅に置いてみた。が、残念ながら、昨年の師走も潤いを感じる余裕がなかった。

底面給水鉢に水をやり、花がら摘みをして、あまり大きな感動や落胆もなく、ただ淡々と花と過ごし春が過ぎた。開花の勢いが落ちてきたが、葉は元気に茂らせているので、花屋の店主に尋ねたところ、「夏越しさせて、また花を咲かせてあげて下さい」と、休眠させずに夏越しさせる方法を教えて頂いた。

午前中の日差しがやさしくあたる、風の通る大きな木の下で育てるようとのことだったので、自宅から農園へ引越しさせ、大きなイチョウの根元、その東側に置いた。なんとか枯らさず無事に夏がすぎ、九月下旬あたりから葉を勢いよく茂らせるようなり、二十日ばかり前から霜がおりるようになったので夜は作業場に入れるようした。

日照不足の梅雨、猛暑の夏も、暴雨風を心配した台風の日も一緒に過ごした。農園で心が晴れたり、曇ったりした時も、私の側で、黙って小さな命の息づかいを感じさせてくれたシクラメンである。

本格的な冬の足音が聞こえる。露地で育ててきたので開花はまだ先になるという。毎日、茂らせていく葉にうつる葉脈からも、命の力強さを次第に感じるようになった。もしかすると、これが花と暮らす潤いかもしれないと思う。

2019.11.26 あだちまさし