JAG07563 六さん 4月8日しんあい農園日記

4月4日、長崎県島原市から長男(正志)家族が帰ってきて同居になった。7年前、私立の福祉作業所に就職して福祉の道を志したが、主な仕事の発注先である縫製工場が不況で倒産。そのあおりで作業所も閉鎖になった。銀行でも倒産するご時世なのでやむおえないことかも知れない。

3月、正志は一時帰省して、下関市長府の「田中食鶏」に10日ほど鶏の解体を勉強に通った。農園の鶏はマニュアルどうり(生後500日)でいけばこの7月には、最初に入れた180羽を入れ換える時期に達する。産業廃棄物として捨てるより、お肉としてみなさんに喜ばれることを商売抜きでも考えてやらないと鶏に申し訳がない。その研修を彼は終えている。

一年間、日曜はわたしひとりで農園の仕事をしてきた。最近では鶏の数は2000羽になり、午後1時のお店を開けるために家内がタマゴを取りに来る12時前までに1400個近いタマゴを集めて検査をして梱包しておく作業は、ほとんど小走りで動かないと間に合わないぐらいの限界にきていた。ふだんはタクロウ君、D君とわたしと3人でちょうどいい仕事であるから。

その長男が朝7時半に農園に来てくれた。1馬力が2馬力になった。それは気分が楽だった。倒産して帰省したと考えると確かにマイナスであるが、農園にとってはお肉のことや、日曜のこと、お店の営業面を考えるとプラスである。

息子の嫁(敦子さん)が食器棚を農園に寄贈してくれた。中身の食器もそのままで。それを流しと冷蔵庫の間にはめ込んだらそれはピッタリ収まった。まるでここに収まるのが当然という感じである。その食器の整理に夕方来てくれ我が部屋が機能的になった。

午後6時からタクロウ君、D君、吉部神社の藤野先生(50回お掃除で会場をお借りした県鴻城高校教師)と息子家族で炭をおこして焼肉パーティーをした。タクロウ君とD君は「最高に腹をすかしてきました」というぐらいで、約3キロ近い肉がほとんどなくなった。

9時過ぎ、みなさんを見送って風呂にはいったら酔いがまわりダウンした。

01/04/09(月) 05:42 六さん(JAG07563)

 

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