JAG07563 六さん 5月10日しんあい農園日記


一年前、山の手線で線路に転落した人を救おうと自らの命をなくされた方がいた。三浦綾子の塩狩峠ではブレーキが故障した列車に自らの身体を投げ出して停めた。昭和17年2月3日、水没がはじまる長生(ちょうせい)炭坑に「責任上、わたしは行く」と入られ184名の犠牲者のひとりになられた江本さん(当時30歳) そのような尊い人がおられるのに、今回の中国でおきた亡命事件で映像に出た日本総領事館の男3名の態度には失望した。治外法権とか、政治的なことは抜きに。

命をかけて救いを求める子供連れの5名。あの必死の様子をただ傍観している。あの場面は人として当然アクションをおこして当然の場面である。政治家でも、官僚でも誰でも、肩書きもあるが、その前に人間である。ほんとうにだらしがないことを世界中に露呈した。

朝は大雨だった。早朝、大工の村上さんが下関から来られた。わたしは雨具と長靴で仕事をはじめていた「基礎の生コンを入れるかどうか、7時半までならばキャンセルできる」と雨のなか腕を組んで思案されていた「よし!やろう」と決断 され、手伝いの人が来られるまで雨具をつけてぬかるみの泥と格闘されていた。しばらくすると雨具も脱いでタオルを頭にかぶって仕事が続いていた。これが男の仕事だと思った。

5時前に配達を終えて農園に戻った。重兼君は4時20分に帰り、タクロウ君は4時半に通学。西君がどこにいるかさがしたら便所にいた。四つんばいで床に雑巾をかけていた。わたしは、この姿勢ができるまで時間がかかった。雨の土足で汚れた床がきれいになった。

井辻さんの名著「夫婦の会話」を、山口県立大学図書館に寄贈しておいた(ё_ё)

02/05/10(金) 17:37 六さん(JAG07563)

 


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