秋山好古尊敬


きのうBSで秋山好古の生涯をNHK四国が制作した番組を紹介した。それは日露戦争で活躍されたその後がメインだった。
功績を元帥に推挙されたが断り、単身四国の小さな中学校の校長となった。家族は東京で別居されたのは、日露の戦で殉死した兵士たちに対して、指揮官だったものとして幸せな生活はできなかった。質素を旨とした校長生活。軍事教練は、子供は兵隊ではないという信念で最低の時間にした。
驚いたのは修学旅行で朝鮮に行き生徒に植民地政策をみせ、生徒の感想にははやく独立させたほうがよいという内容があった。糖尿が悪化し東京陸軍病院で片足切断のあと亡くなる。その臨終のとき奥様が言い遺すことはないか問うたらひとこと「ない」。この言葉に涙があふれる感動をした。
きょう本屋で好古の本を探しあてたが終戦までの武勇伝までが目次に出ていたので買わなかった。死ぬとき「ない」といえる毎日を生きたい。