月別アーカイブ: 2013年6月

半年がおわる

3時に起きて、昨夜録画の高橋真梨子をみてから活動開始。5時半、薄暗いけれど軽四ダンプと小型ユンボにスコップを使い農園までの砂利道のくぼみを採石で埋めた。梅雨の長雨でくぼみに水がたまり、そこをタイヤが通過するとどんどん削られる。7時までに道は整った。
午後からは、使い放題に酷使した草刈機などの掃除と点検。いつでもフル稼働できるよう燃料を入れておいた。昨年末、凍結で事故をしてたいへんな1日を過ごした。その教訓は、何事もない1日こそがありがたい。
ウキウキするようなこと。大儲けもなく半年を無事におえた。母も寝たきりにならずに会話も出来ている。感謝で半年をおえた。

今夜は熟睡

草刈りは1ヶ月サイクルでよいが、今回は長雨のため20日でかなり雑草が成長した。
3時に起きてゴソゴソ動き始め、4時すぎに作業服でおりた。まだ外は暗い。犬の世話をしているとぼんやり見えるようになったのが5時前。正式名称「ハンマーナイフ」ゴムのキャタピラーで動き、前に鋼鉄の刃がたくさんあり、回転して草を刈る強力な草刈気機。エンジンを始動させて草むらを進んだ。わたしは操作をしながら歩く。90分でかなりきれいになった。完全に草刈りするまでは機械の掃除はおいておく。
朝食をすませ金曜日のスタート。いつもの山道ウォーキングを40分。
周南市を走り終えて、農園にもどり、あめ玉を3つ口にほうり込んでまた草刈り。2時間やって体力の限界でやめた。
明日は萩からもどり半日草刈りをやる。
草刈りは、便器磨きと同じで、やり終えてきれいな面積をみる楽しみと達成感がある。

参議院選挙に思う

はぁ、家に帰る道を忘れたからここにおる。
母が家内につぶやいたと聞いた。あれだけ帰りたかった家の母の部屋を思い出すことができなくなった。いま関心があるのは食べることだけになった。
参議院選挙が動きはじめた。自民党・共産党に幸福実現党がたつらしい。民主党は候補擁立ができなかった。わたしは勝ち負けより、政党の主張をすることが大切と思う。そして有権者に選択肢をひろげることだと思う「再び地域から」と民主党の看板がさびしく立っている。盛り上がらない選挙になろう。
1月末から使いはじめた配達の軽四が28000キロ走った。下関トヨタでオイル交換をおえた。

沖縄がわからない

23日が沖縄戦終結とされている。朝の番組「視点論点」に元沖縄県知事 大田昌秀氏が出て10分語ったが、わたしには理解が出来なかった。
沖縄が琉球の時代、薩摩に侵略されて以後、大和(日本)の捨て石にいつの時代もなった。特にサンフランシスコ講和の昭和26年、沖縄だけがアメリカ統治として残された。大田実海軍中将が6月23日、行方不明の沖縄県知事にかわり「沖縄県民かく戦えり」の大本営への打電を最後に自決された。沖縄県民へ格段の高配を願う電文は知られている。それをも引用し、沖縄はまったく冷遇され続けている。だから日本から独立も視野に入れながら。といつもの持論を展開した。
本土復帰直後、わたしは戦没者遺骨収集奉仕で沖縄に通った。沖縄タイムズ社発行の「鉄の暴風雨」という沖縄戦の写真集が空港や土産物売場に必ずあった。沖縄の敵は米軍より日本軍という意図で本は構成されていた。日本兵に強要され集団自決に追いやられた。日本軍が住民の食料を奪った。そういう記述だった。
復帰した沖縄は酒・タバコに米をはじめたくさんのものを対象に優遇税制があり、沖縄全土が免税店状態で住民が喜んでいたのは日本政府の格段の配慮でしかない。
収集した遺骨を沖縄タイムズや琉球新報は「過去に収集した遺骨の残りを集めている」と報じた記事に驚いた。それは、復帰前に厚生省から多額の予算が遺骨の収集に沖縄に投じられ「終わった」という沖縄からのシナリオがあるから、その予算は目的どおりにつかわれたのか?まだ完全な一体のご遺骨がたくさん出ては面目がたたないやからがマスコミを操っていると感じた。
サイパンやテニアンなど多くの島で日本人が自決をされた。広島や長崎をはじめ全国が無差別爆撃を受けた。戦争は二度とあってはならない。
しかし、ことさら沖縄戦を挙げて、独立まで言及することに唖然とした。
いつも沖縄が見えにくい。

宇部市長選おわり

市長選挙の開票結果が気になり、昨夜は11時まで起きていた。わたしが一票を投じた候補が当選されたので安心して眠りについた。
月曜日を走り終えて4時に農園に戻った。シャワーでさっぱりして冷たいビールの誘惑を経ちきり、草刈りを1時間やった。刈り終えた面積を見たら「やってよかった」と満足感がある。迷ったら楽でないほうをやれば間違いない。

ゆっくり日曜日

盆・正月も休まず働いてきた。先月から、月に一回夫婦で休む日曜日をつくった。ふたり分の仕事をカバーすることで仕事の改善を計り、ゆくゆくはふたりが辞めても支障のない農園経営を正志が考える手始めとしてが目的。
家内がカボチャなどで母の朝食を用意して、8時に母の部屋についた。食堂はキャンセルして部屋食をゆっくり楽しんでもらった。
山口市内の配達を一件済ませて萩市シーマートに魚を買いに行った。大きなアイナメと釣りの大型アジなどを、今夜の刺身に買い求めた。
「旧田中別邸(田中義一)」を訪ねた。日露戦争に従軍し、昭和2年に総理大臣に就任された萩の英雄と承知している。広い屋敷を地域ボランティアのおばちゃんが懇切丁寧に案内してくれた。地域の誇りを伝えたい気持ちがよくわかり頭が下がる。100円の料金でしっかり案内してくれて、庭でとれた甘夏をくださった。萩の観光で丁寧にガイドしてくれるところはここだろう。
三見道の駅に立ち寄り野菜の買い物。
お昼は青海島の民宿まで足をのばして、サザエ、アワビにイカを安く食べることができ、生ビール2杯呑んだ。湯本の西京で風呂に入り日曜日が終わった。帰りに美祢市「よしの」に立ち寄りお茶をいただいた。

雨がやんだら

久しぶりのお日さま。来週はふたたび雨の日が多くなる予報。
早朝からお昼までの配達をしながら、午後から寝ようか、それとも働こうかと迷った。
結局、この雨でどんどん伸びて気になる雑草に草刈機をかついで向き合うことにした。
県道から農園に向かう山の斜面沿いの道に竹や雑草が倒れて道幅を狭くしている。
川の堤防下から色々な雑木が成長して、堤防の高さに達している。それにツタが巻きついて堤防に伸びてきた。草刈機に鋼鉄チップの刃をつけて、竹も木もバリバリ倒した。約2時間半できれいになった。とにかくむし暑く相当汗をかいた。
昼寝をしなくてよかった。

言葉で伝える

新規のお宅をさがして行く最初は時間がかかる。パソコンやナビ情報はあてにならないケースがある。電話で場所を聞く力が試される。電話で家の特徴。なければ近所の特徴ある家。車の車種や色などが聞き出せたら早い。現場では宅配さんか郵便配達職員か水道など検針業務の人がいたら早い。
農園をさがして来る人から「迷っています」と電話を受けたら「何が見えますか?」と尋ねると場所が特定できる。しかし、夜に迷った人に「何が見えますか」と尋ねたとき「えーっと、星が見えます」の返事には教えようがなかった。
3日連続の雨。洪水警報の下松市から新南陽市を走り終えてもどった。
今朝はJR湯田駅の近くに新規の配達をした「トヨタのエスティマがあります」で一発でわかった。

金魚の飼いかた

今村さんのお宅には川や池の生き物が飼育されている。部屋や屋外いろいろの水槽などがあり見せていただいた。驚いたことは水がとてもきれい。酸素のポンプや浄化設備はない。糞とコケに悩まされるがここは放置したまま。そのメカニズムは園芸用の「赤玉土(中)」を水草が植えられるほどの高さで敷き詰める。水草を数本植えて巻き貝(小型のタニシ)を入れる。手に入ればエビも。これで自然環境が完成し、糞もコケも酸素も大丈夫。わたしの推理では赤玉土の細かい穴にバクテリアが住み着いていると思う。
木曜日の彦島、Yさんのお宅も人工的なことはやらないでも、メダカが瓶のなかで繁殖している。蒸発した水を補うだけらしい。
2日続きの雨。ゴウゴウと音をたてる川に囲まれた農園に250キロを10時間で走り終えてもどった。