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「を知る 」

雲仙普賢岳の大火砕流に巻き込まれ、火山灰に埋まった車両が三十年ぶりに掘り起こされたニュースを見て、自分の思い出と重ね合わせてしみじみ思った。

普賢岳噴火がきっかけで島原市手をつなぐ育成会(知的障害者の親の会)にご縁をいただき、復興が進む島原市で十年くらいを過ごした。恩師の原先生をはじめ、先生を慕う情熱的で一風変わった先輩たち、育成会の心優しい保護者の方々、そして個性あふれる障害がある人たち。そんな面々に囲まれて、飾らず、あるがままに島原で充実した日々を送らせてもらった。

私が就職したのは、育成会が障害者の就労の場として設立したアイロンプレス工場で、地場産業の繊維会社で縫製されたカジュアルシャツを預かり、アイロンとたたみ仕上げの下請け作業が主な収入源だった。公的な助成を受けない運営だったので常に経営は厳しく、自虐的に「福祉界の虎の穴」などと言って必死に皆で汗を流したが、ただ辛かったかというと、そうでもなかった。

荒削りだが仕事を通じて、いろいろ経験もさせてもらった。わずかな給料の中から積立をして旅行や食事会に出かけたことや、週末に宿泊訓練と銘打って、作業場で障害がある従業員と寝食を共にして学んだことは、いまでは得難い貴重な経験だったように思う。

また、農園で壁にぶつかった時によく思い出すのが、虎の穴プレス工場の壁に、力強い字で書かれ、大きく掲げられていた理念と指導方針。『生きる喜びを 生きぬく力を』と『 を知る に学ぶ と共に生きる』の二つである。「生きる喜びを―」というのは、学力だけでなく社会の荒波の中で生きぬく力をつけ、生きる喜びを知るという理念であり、指導方針の「を、に、と」の前には「障害者」という言葉が入る。

なかでも「を知る」という言葉は度々思い出し、農園で共に働くコミュニケーションに困難を抱える二人と過ごす時間が長くなるにつれ、「知ったつもり」で毎日を過ごしていなかったか立ち止まって考えることも少なくない。

先月末から、頼りにしている共に働く男性が心と体のバランスを崩している。なかなか解決の糸口が見つからず、自分自身も心身ともに切羽詰まっているが、虎の穴の経験の中から何かしらヒントを見つけ出したいと思う。

2021.02.24 あだちまさし