月別アーカイブ: 2018年2月

反芻

今朝、Fさんと顔を合わせ簡単に挨拶をし、昨日のドーナツの行方を尋ねた。

帰宅するなり一個は自分が食べて、残りは家族で分けたようだ。甥っ子のまぁくんは朝食代わりにチョコドーナツを食べて登校したと聞いた。

家庭での話題が少し膨らんだようで私も嬉しい気持ちで一日をスタートさせる。

配達の途中、昨夜、彼と話した内容を反芻しながら運転した。自分が投げた言葉と、それに答えた彼からのわずかな言葉。

仕事時間外なので、こうしなさい、ああしなさい、というような言葉は使わず、最近、仕事で感じたことを彼自身の言葉で表現できるような問いかけを心がけ、できるだけ時間をゆっくり使って会話をすすめる。

私の問いかけに対して「うーーーん。うーーーん。」と長い時間考え、「それは僕も考えながらやってます」とか割かし簡単な言葉で答えが返ってくる。

私も、その場では「そうよね」とか肯定しながら頷くが、翌日、彼が「うーーーん。」と考えながら発した言葉を、もう一度、反芻してみるのである。

お互いに理解したつもりだがら行き違いはないか。お互いの仕事に甘えはないか。頼んだ仕事に無理はなかったか。など。

私も「うーーーん。」という具合で反芻してみる。

この「うーーーん。」タイムは彼と共に仕事を進めていく上で、かなり重要な役割を占めている。

あだちまさし。

とにかくな1日

今朝は大霜。6時の気温−1℃。

−1℃って、こんなに寒かったかと自分の感覚を疑うぐらい冷たい朝の採卵作業。

指先が言うことをきかずタマゴを何度が落として割った。

餌入れをIさんが始める八時半までは一人作業なので、2度目の失敗までは自分に対して小さな舌打ちをするぐらいで済んだが、

3度目に落とした時に、冷たくなった指先で作業が思うように進まない苛立ちが爆発し「あぁぁーもぉぉぉ!!」と大きな声が口をついて出た。

大きな声に驚いた鶏舎の鶏が騒ぎ、何事か分からない隣の鶏舎の鶏もつられて騒ぐ、おまけに作業場でうたた寝していた犬まで吼えた。

とにかく寒い朝だった。

仕事を終え、年が明けてはじめてFさんと食事に行った。

いつもなら彼が食事をする様子を見ながら、私は酒を飲み、言葉をボツボツ投げるのだが、今夜は彼と同じように丼を持ち、飯と肉を交互に一心不乱で口に運んだ。

あまりにも勢い良く食べすぎて早々と店を後にし、時間があったのでフジグランでお土産を買うよう彼に勧めて、一緒にドーナツをゆっくり眺め買い物をした。

少しの気分転換になってくれれば嬉しいが、もしかすると、そうでもないかもしれない。

とにかく腹は一杯になったことだけは確か。

あだちまさし。

ダルマヤ

宇部で「だるまや」と言えば「うどん」

中央町にあった「だるまや食堂」を思い出す人が多いことと思う。

私も小さい頃、バスに乗って、たまにの祖母との買い物の昼食は決まってココのうどんだった。何を買い物したかは憶えていないが食堂の記憶だけは鮮明である。

一人で出歩くようになっても昭和の雰囲気が漂う食堂はいつも目に留まっていた。ドアのない店先には、いなりや巻き寿司が並ぶショーケース、その隣には看板ばあちゃんが座っている。

まわりの街並みが移り行くなか、長年、同じたたずまいの食堂は私たちに安心感を与えてくれていたが、5年前、隣接店の出火により全焼し、60年の歴史に幕を閉じた。

そんな歴史ある食堂のように「長く続いていくお店にしたい」と願いを込め、店主の上田麻樹さんが今月、宇部市中央町にオープンした「ダルマヤ」さん。

農園のタマゴを使った料理をメニューに加えて下さるとのことで、夕方、サンプルを持って打ち合わせをさせていただいた。

落ち着いた雰囲気のバーカウンターがある店内は、あまり人には教えずに独り占めしたいようなお洒落な空間だった。

タマゴを通じて、私どもも長いお付き合い、お引き立ていただけるよう心からお願い申し上げます。

あだちまさし。

○お酒とカフェ 「ダルマヤ」
 宇部市中央町2-2-12
 0836-34-6820

労働集約型日曜日

気温はボツボツ上がってきたが、今日は日差しを雲が遮り、割かし肌寒い一日になった。

10時に作業場のストーブを消したが、お昼から再度、作業場に暖をいれた。

労働集約型産業の日曜日。

あれやこれやと、やらなければいけない仕事があるが体は一つ。一緒に働くFさんの仕事もボリューム満点。

早起きし、朝の仕事を一時間ほど前倒しに進めたうえで、午後からの力仕事を少しだけシェアしてもらう。

スイッチボタンを押して眺めていると終わる仕事は一つもなく、常に体を動かしながら、頭の隅の方で様々なことを考える。

生産が少し上向き加減に転じてきた。昨年末のローテーションの不具合分を除けば、ほぼ順調に推移している。

この不具合分の遅れをいかに取り戻すかが、今後3ヶ月ぐらいの大きな課題になる。

鶏の産卵活動は、厳しい暑さや寒さで少なからず減少する。

餌を食べ、命を繋ぐ体力は維持しているものの、気候が厳しくなると、自然と命を保つことを体が最優先するので、産卵、つまり排卵活動を休止する。

これは生きて行く上で必要な「性」なので仕方がない。病気で産卵が低下するわけではないので、活動しやすい気候に戻ると産卵活動も正常化してくる。

今年の冬は特に厳しい寒さが続いたので、一進一退という状況が長く続いたが、日々の生産が安定するようになってきた。

卵殻の艶、大きさ、産卵時間の足並みも揃い出し、物は言わないが鶏の体調が上がってきていることを感じる。

農園の梅の蕾はまだまだ堅いが、膨らみは少しずつ大きくなってきている。

あだちまさし。

大難を小難に、小難を無難に

一週間前、思いもよらない形で病院のお世話になった。しかも救急搬送で救急医療センターへ。

最後に病院へ行ったのは20年前かどうか、そのあたりも記憶があいまい。

病気知らずの健康体というよりは、医者嫌いの無精者で、今回、多くの方にご迷惑ご心配をおかけした。

この一週間、大難を小難に、小難を無難に取り計らい下さったと感じることが多かった。

専門の耳鼻科医師が院内におられ処置にあたって下さったこと、止血処置に5時間かかったが、仕事に大きく支障をあたえる時間でなかったこと、そんな偶然のタイミング。

もっとも、破裂した血管が鼻の中であったことは不幸中の幸いであったと強く感じる。

本日、術後の経過と血圧の診断を受けるべく、午前中に時間を頂いて通院したが、高血圧予防の範囲で最低限の処方を一ヶ月分していただいた。

今後も服用を続けることになるが、自分の心がけ次第で最低限の処方になると説明頂き、ひと安心した。

ただ、大きな厄を小さな厄に変えて頂いたと感じるのは「あぁよかった」という私の人間心が感じているわけで、

この度の出来事に、どんなお取り計らいがあったのが、静かに心の目を開き、心の耳を澄ませて、本当の意味での「人生の分岐点」に出来るよう、もっと心の深い所で感じていく必要があると思う。

そんな中、不思議に感じた事がひとつある。

一週間前の処置室で医師から、今後、内科検診を受けて、薬を処方されるようになるが「お酒はやめましょう」と言われ

「わかりました」と妙に素直に受け入れることができた。すぅっと言葉が腑に落ちる感じだった。

鋼鉄の意志を持って酒を止めるという感じでもなく、また、ところてんのような柔らかい決意とも違い、

どことなく、ふわぁっとしているが、すぅっと心の奥が納得するような感じで、気持ちが穏やかに晴れた。

今まで、どんな気持ちで酒を口まで運んでいたかは私にしか分からないはずだが、医師からの一言は、それを見透かしているような感じをうけた。

あだちまさし。

大難を小難に、小難を部なんに

一週間前、思いもよらない形で病院のお世話になった。しかも救急搬送で救急医療センターへ。

最後に病院へ行ったのは20年前かどうか、そのあたりも記憶があいまい。

病気知らずの健康体というよりは、医者嫌いの無精者で、今回、多くの方にご迷惑ご心配をおかけした。

この一週間、大難を小難に、小難を無難に取り計らい下さったと感じることが多かった。

専門の耳鼻科医師が院内におられ処置にあたって下さったこと、止血処置に5時間かかったが、仕事に大きく支障をあたえる時間でなかったこと、そんな偶然のタイミング。

もっとも、破裂した血管が鼻の中であったことは不幸中の幸いであったと強く感じる。

本日、術後の経過と血圧の診断を受けるべく、午前中に時間を頂いて通院したが、高血圧予防の範囲で最低限の処方を一ヶ月分していただいた。

今後も服用を続けることになるが、自分の心がけ次第で最低限の処方になると説明頂き、ひと安心した。

ただ、大きな厄を小さな厄に変えて頂いたと感じるのは「あぁよかった」という私の人間心が感じているわけで、

この度の出来事に、どんなお取り計らいがあったのが、静かに心の目を開き、心の耳を澄ませて、本当の意味での「人生の分岐点」に出来るよう、もっと心の深い所で感じていく必要があると思う。

そんな中、不思議に感じた事がひとつある。

一週間前の処置室で医師から、今後、内科検診を受けて、薬を処方されるようになるが「お酒はやめましょう」と言われ

「わかりました」と妙に素直に受け入れることができた。すぅっと言葉が腑に落ちる感じだった。

鋼鉄の意志を持って酒を止めるという感じでもなく、また、ところてんのような柔らかい決意とも違い、

どことなく、ふわぁっとしているが、すぅっと心の奥が納得するような感じで、気持ちが穏やかに晴れた。

今まで、どんな気持ちで酒を口まで運んでいたかは私にしか分からないはずだが、医師からの一言は、それを見透かしているような感じをうけた。

あだちまさし。

加速度的に

「○○の身内の者ですがタマゴの支払いは幾ら残っていますか」と配達中に問い合わせあり。

先月末、入院された一人暮らしのお婆さんの娘さんからの電話だった。

毎週2パックをお届けするようになって随分と長いお付き合いになる。

一人暮らしに2パックは多いだろうと何度か尋ねたことがあったが「娘の家族が遊びに来た時に土産代わりにするから」と笑顔で話されるので同じペースでお届けして来た。

ここ数年、配達日が整形外科への通院日と重なっているようで2、3ヶ月分をまとめてご集金させていただくようなリズムになっている。

几帳面な性格の方なので、支払いが滞ったこともなく、私から特に督促もせず。

お隣に住む民生委員さんもタマゴのお客さまなので、一人暮らしされているお婆さんの様子は二週間に一度くらいのペースでお聞きし心配はしてなかった。

先月、新聞配達員がポストに3日分の新聞が溜まったので様子がおかしいと民生委員さんへ連絡。電話をするが応答がないので訪問したところ、脱水状態で身動きが取れずにいるお婆さんを見つけ緊急搬送された。

幸い命に別状はなく、意識もしっかりしていたので一時入院し、体力が回復してから、今後のことは娘さんから民生委員さんに連絡が入ると聞いていた。

その今後のことが決まったので私にも電話があったのだろう。問われるままに金額をお伝えし、振込みされるとのことで送金先を後ほどと電話を切りかけたが、

お婆さんの容態が気になり尋ねると「施設に入るようになりましたから」と。私も、それ以上は立ち入ることなく電話を切った。

農園をはじめて、タマゴをお届けはじめた頃は想像もしていなかったが、一人暮らしの高齢者に関わる同じようなケースは度々遭遇するようになった。

家族のカタチも変化し、高齢者を取り巻く環境も様々。「少子高齢化」という単語を身をもって感じ、その進む速度は自分で想像している以上のものかもしれない。

あだちまさし。

女房床屋で丸刈り

朝6時の気温−0.5℃。夜明け頃は放射冷却で体感温度はグッと下がり、指先動かず。

日中は気温も上昇し春日和。昨夜は期待した雨がなく残念。

今日はFさんに休日出勤してもらい鶏舎の掃除と、床の発酵作業。

井戸から直接給水しながら動力噴霧器を使う予定が水位少なく、給水ホースが届かないので断念して、川から灌水ポンプで300?タンクに給水し、鶏舎まで中継する。

早朝から採卵で鶏舎をまわり、川辺に下ろしたポンプの給油、焼却炉に薪を入れたりと、あちこち行ったり来たりで腰とヒラメ筋が痛む。

夕食後、昨日予約を入れていた「女房床屋」でスッキリ丸刈りに。

長男が高校入学と同時に購入したバリカン。部活の規則で丸刈りが義務付けられていたので私も便乗した。

金も時間もなく、おまけに毛髪も少なくなったので私にとっては好都合であった。

次男が中学に入学し、女房床屋のお客は一時期3人だったが、長男の部活規則が緩和され高校2年から髪を伸ばしはじめたので、現在のお客は2人。

長男も来月いよいよ高校卒業。1月の全国大会が終わり、部活も引退して毎日羽根を伸ばしている。何事もなく卒業式が迎えられるよう祈るのみ。

自動車学校、バイト、友人との外食。今まで部活に費やしてきたエネルギーの全てを使って短い春を謳歌している。

今日は朝から自動車学校、美容室で髪を整え、夜は友人とラーメンを食べるという。

否定もしないし、肯定もしない。あまり口も出さないが、小遣いもやらない。

あだちまさし。

厳冬トンネルを抜けた

先週からボツボツ春の足音を感じるようになった。

この冬は異常気象を感じることが多かった。とにかく寒い、加えて日照不足に水不足。

なかなか生産が上向きに転ずることなくズルズルと時が流れる。

2月7日までは「徹底的な寒さ」。日中も0度以上に気温が上がらず鶏の飲水を凍結させないよう神経が張り詰める。

翌8日、予想気温を大きく下回る「容赦ない朝の冷え込み」。最低気温−8.3℃。凍結防止虚しく、ほとんどの鶏舎の送水管が凍結し、多くの破損事故が起きる。

焦る気持ちをおさえ、Fさんと二人で修理してまわったが、翌日、修理の不備が少しあり手直し。

私は何度も経験したが、さすがにFさんの「ガラスのハート」は、この事態を受け入れるのに時間がかかる。

凍結した送水管が緩んでくるのは気温が1℃くらいに上がってから、日当たりの良い場所から氷が融け始める。

細い送水管の中で融けはじめた氷が膨張し、この「氷のコブ」の行き場がなくなり、塩ビに亀裂が入り水漏れが発生するのである。

凍結防止の排水をしているので亀裂は小さく、水漏れが始まらないと目視で確認するのは難しい。

水の逃げ場所を確保するために排水蛇口をぬるま湯で最大に緩めて、気温上昇の予報を確認しながら、出来る仕事は前倒しに進める。

修理道具を用意し、昼前ごろから破損状況の見回り。氷が緩んだ飲水口「ニップル」から、喉がカラカラに渇いた鶏が一斉に集中するので、それを掻き分けながらニップル以外の箇所から水が出ていないか確認。

亀裂から漏れる水にも鶏が口を開け、舌を這わせながら殺到する。

その亀裂の幅をチェックして周り、被害の確認をしたところで鶏には申し訳ないが、一旦、全部の鶏舎へ流れる始水栓を止め、被害の大きい場所から優先的に保全工事をする。

作業を手伝うFさんには伝えなかったが、2月8日の破損事故は農園はじまって以来、最大級の事故で確保していた保全材料も底を尽きた。

2日かかりで保全作業をしたが、どうしても目視で確認できない亀裂が2箇所残った。

日中は鶏の飲水活動で漏れることがないが、夜中にジワッと滲んだ水が僅かに床に漏れ小さな水溜りができる。

当てずっぽうに切断作業は出来ず、鶏に「しばらく動くな」と言っても聞く耳はなし。

今日のひとり採卵作業で原因の箇所を突き止め、忙しかったが夜中に僅かに漏れていただろう箇所を保全作業。

おそらく、これで作業完了。となってほしい。

厳しい寒さが続き、辛い作業が続いた。私にも堪えたが、とりわけFさんの「ガラスのハート」がズタズタになった。

しかし、この経験が自分にとって「大きな収穫」だったと前向きに受け取れるよう彼へのフォローは大事であろう。

この冬の経験で、私も少しだけ辛抱強くなった気がする。

あだちまさし。

心あたりがある事案

昨夜、夜更かしをしたので辛い朝となった。

川へポンプを降ろし、Fさんと採卵、パック詰めをして、いつもより一時間遅れで配達へ出かけた。

赤崎神社のとなり「松原分校」が折り返し地点。ここで車の前後の荷物を入れ替える。

ちょうど、その最中に「アマゾン」からメールが入った。未納料金が発生している旨と「本日ご連絡なき場合は法的措置に入ります」と書かれ、

連絡先の電話番号「03−6709−0410 アマゾンジャパン相談係」とあり、心当たりはなかったが「法的措置」という言葉が気になり、忙しかったが電話をかけた。

電話口の男に淡々と「お名前と生年月日をお願いします」問われたので正直に答えたところ、少々待たされて

「○○というアダルトサイトの配信料が一年間未納になっており、遅延金を含めて26万円になっています」と淡々と語るのである。

身に覚えがないことだったが「26万円」に驚愕し「それは何かの間違いですよ。しかも26万円なんて持ってないし、しかも私の携帯はガラケーですよ、ガラケーからは見れないでしょ、そんなサイト」と声を荒げて畳み掛けた。

「故意にではなく、サイトのバナー広告をクリックしたガラケーのお客さまトラブルが最近、多発していますので、お客さまの過去一年間の接続状況を確認してから、こちらから折り返しご連絡いたします」と電話は切れた。

電話を切った途端に背中に寒いものが走り、膝がガクガクと震えた。声は荒げて反論したが「心あたりがある」。

つまり○○というサイトのバナー広告を見かけたことがある。といういうことは、そういった如何わしいサイトを覗いたことがある痛い腹があるのである。

ただ、私のガラケーからの閲覧は不可能であったが、それが一年前だったが記憶になく、不可抗力でバナー広告をクリックしたことがあるかもしれないと動悸が一段と早くなる。

お世話になっているドコモ店長の宮川さんに電話しようと思ったが、話の最中に「法的措置」があると困ると思い、相談係の男からの電話を待った。

折り返しの配達は気分もうつろ、26万円という額は私の判断だけでは右から左に動かせないので家内をどう説得するか落ち込み、26万円を貸してくれそうな友人の顔を思い浮かべながら返済計画などを考え憂鬱になる。

自分のスケベ心に反省し「どうぞ神さまお助け下さい」と土壇場の神頼みをしながら配達を続けた。

農園に帰るとボリュームある仕事が待っている。その後、相談係から電話はなかったが、こんな気持ちでは仕事ができないので宮川さんに電話するが留守電。

農園に帰り、顔では平静を装いながら重たい気持ちで作業を始めたところで、宮川さんから折り返しの着信があり、鶏舎の陰に隠れて、鶏にも盗み聞きされないよう背を向けて事情を説明した。

「実はアマゾンからメールがありまして・・・」と伝えると、メールは開いたんですか?電話をしたんですか?個人情報を伝えましたか?と早口で質問があり、事の顛末を伝えた。

宮川さんから「それは迷惑メールですよ」と言われ、放心で腰が砕ける。

今後の対応などをアドバイスしていただき、私の悪事は問われることはなかった。

私のスケベ心で家族に迷惑をかけることがなかったことに安堵し、ガラケーがある限り、ガラケーを愛し続けることを心に誓った。

あだちまさし。

心が慣れない仕事

私の仕事は鶏を飼育する畜産農家である。

たくさんのお客さまに支えられている鶏との営みで愛情を持って関わっているが、それはペットを可愛がるような愛情とは別である。

畜産農家で飼育される家畜は産業動物あるいは経済動物と言われる。

タマゴを産む鶏と、食肉になる鶏の飼育期間はそれぞれ違うが、いずれも費用対効果を計算された人間の生活を支えるための「命」。

日々、私たち人間のくらしを支えるために命を燃やしてもらい、その鶏の「寿命」を決めるのも生産者の仕事。

私たちの農園で生産し販売するタマゴの8割以上は対面販売。

気候条件による産卵状況をお客さまにご配慮いただきながらお届けさせていただいているので、需給バランスによって、私が鶏の「寿命」決める。

今日は鶏の出荷。様々な事情を勘案しながら、この群の「寿命」を切った。

また、淘汰される鶏を受け入れる食肉処理場を取り巻く環境も厳しくなっている。

必要に迫られて捕鳥作業を見直し、以前より随分短い時間で作業を終えられるようになったが、

「やったぁ終わった」という爽快感は余り伴わない、だからと言って涙ながらにお別れするような気分でもない複雑な「命」をいただく心境は未だに慣れない。

お客さまに喜んでいただけるタマゴを生産し、鮮度の良いタマゴをお届けするには、切っても切れない畜産農家である私たちの仕事なのである。

出荷作業は、かなり体力を使うので他人に丸投げしたいが、それはでは申し訳がないと常々感じている。

鶏の「寿命」を切ることには未だ慣れないが、この仕事に携わった以上、慣れない方が良いと最近は感じる。

どれだけ作業の効率が上がっても「命」をいただくことで生計を立てているのだから。

あだちまさし

声なき声

久しぶりに冷え込み少なく穏やかな朝。昨日は、氷点下6度の朝で満月が照らすキンキンの冷え込みだったが。

お客さまから「寒さで鶏は大丈夫か」とご心配いただく、今年の冬は寒さが厳しいので、例年より多めの声をかけて頂いている。

産卵率や歩留まりの悪さは若干否めないものの、日長が伸びて行く季節は産卵状況が向上する。

比較的、若い鶏がの群に大きな「二黄卵」をポツポツと混じり、初産が早く、産卵ピークに到達する期間が早い。

ありがたいことではあるが、季節の変わり目は「事故」が多い、秋口はベテランならでは事故が多く、春口は若い群に「事故」が多い。

日長が伸び、タマゴを産みたくなった若鶏が一斉に好みの巣箱に入りたがり、ラッシュアワーで一番先に入った鶏が出口を失い「圧死」することがある。

1月中旬から産卵をはじめた群の久しぶりにラッシュアワー事故あり、気がかりな毎朝の採卵作業。

「何でこうなる?」と鶏の行動に苛立ちを感じることが多々あるが、声なき声は「先回り」して耳を澄ませるしかない。

ひとつヒントが浮かび、試してみると、うまくいかない。サジを投げたくなるような経験も数え切れない。

人の心で「これなら良いだろう」と思うことでも、鶏との意思疎通は難しいのである。

かなり遠回りの人生を歩んでいると感じることがある。鶏や自然の道理を知らないままに始めた仕事なので。

よく耳にする「壁に当たる」という感覚を、毎日の気忙しさの中で見落とし、知らず知らずに四方が壁になっていることも多い。

2月は3日ほど少ないのでカレンダーをみながら、作業の予定を立てると少々胸が詰まるが。

春はすぐそこなので、顔を晴って前を向いて仕事に取り組みたい。

あだちまさし。