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朝露

朝がくるのが待ち遠しい…いまの鶏の心理状態を言葉にすれば、こんな感じではないだろうか。

日長が短くなるとともに気温が下がってきた。夏場に落ちた鶏の体力が回復してくると産卵率が底堅く安定し、産卵時間のラッシュアワーも前倒しなる。秋の夜長と反比例するように早朝の仕事量が増えるのは例年のどおり。頭では理解できている事に、体力を近づけていく事へ難しさを感じるのも毎年同様である。おそらく、朝の採卵を担当する男性も同じ悩みを抱えていると思う。

十年くらい前から、日曜日は同学年の彼と二人で鶏舎内の仕事を分担してきた。色々と壁にぶつかり、仕事内容を見直し今日に至っている。淡々と仕事をすすめながら、できるだけリズムを崩さないように心掛けるのは、どちらかが手を緩めるとダイレクトに片方の負担が増えるから。

もうひとつ日曜日に大切にしているのが昼休み。理由(わけ)あって対人関係が苦手な彼は極端に口数も少ない。いつ頃から憶えてないが、その彼が日曜の昼食後に私の作業台の前へ「何か話せ」という恰好で黙って腰掛けるようになり、言葉のボールを投げるようになった。心の琴線にボールがあたると表情が緩み、ポツリポツリと会話が広がる。兼業農家で育った彼は中学生から家業を手伝い、稲作の経験がある。紆余曲折があり農園で働くようになったが、稲作や農機具の扱いには自信を持っていることを少ない言葉から知った。

今日の昼休みは、間近に迫った晩生の稲刈りの話題。早朝からは稲刈りはやらないという彼に理由を尋ねると「露があるから」とポツリ。コンバインに濡れた米が引っ付き、乾燥にも時間がかかるからと、またポツリ。言われてみれば当たり前のことである。素人の私には分からないだろうと彼が少し得気な表情を浮かべるのが嬉しかった。

座学ではなく経験から農を知る彼は、自然の働きを前にして人間の無力さを知り、その働きに謙虚さを持っているように思う。知らず知らずに身につけた習慣から、生きものの心をつかもうとする眼差しに、私は少なからず助けられていると感じている。

2021.9.26 あだちまさし