月別アーカイブ: 2020年12月

目には見えないもの

「鶏本来病なし」という書籍をずいぶん前に読んだことがある。
現在、飼育方法の主流となっているケージ飼いではなく、放し飼いや平飼いを推奨する内容で読書の記憶は今でも時々蘇る。なかでも、タイトルの「本来」と「病なし」という単語は印象的で心の支えとなっている。

鶏の伝染病を心配するお客さまから「おたくの鶏は土を食(は)むから大丈夫」と言われた事がある。土を食むのは鶏の本来の姿だ。鳥類の胃は筋肉で覆われている「砂肝」で、歯を持たない鳥は嘴で餌をつまんで丸呑みし、砂肝でゴリゴリと消化吸収していく。砂肝で咀嚼するには砂粒が必要不可欠で、これを体内に取り込むために大地をつつき、土を食むのが本来の姿なのだ。

このお客さまが言わんとしているのは、この土を取り込む際に良い菌も悪い菌も体に取り込むことから免疫力を持っているので「大丈夫」ということが言いたかったのだと思う。ただし、この免疫力とは目に見えないものである。

農園では平飼い飼育しているので一見ストレスフリーのように見えるが、ある程度の温度管理をしている最新式の鶏舎と比べ、猛暑極寒によるストレスは否めない。体力を維持温存するため産卵が低下することもしばしばあり、お客さまにはご迷惑をおかけしているが、気温が落ち着くと産卵も安定する。いまの時期、極寒に耐える様子を間近で観察していると、鶏が本来持っている自然に対する抵抗力と生命の力強さを肌で感じる。ただ、この抵抗力も目には見えないものである。

コロナ禍の嵐が吹き荒れるなか、見えないウイルスの脅威は世界中を駆け巡っている。それに加えて、先月初旬から鶏の悪性の伝染病が頻発し、感染防止という名のもとに現在までに三百万羽以上の鶏が国内で殺処分埋却された。連日の報道に触れ、見えない免疫力や抵抗力への安心感も一緒に埋もれてしまうような気がしてならない。

自分の無力さを感じるが、見えないウイルスの恐怖に押しつぶされないよう、今まで以上に自然の営みや鶏の息づかいに耳を澄ませ、目を凝らして、自然と共に生きている感謝の心は見失わないようにしたい。「感謝」という見えない杖を手に携えて前へ歩んでいきたいと思う。

2020.12.22 あだちまさし