アルミ缶の回収

今朝も歩いた。歩きながら母との思い出がうかんでくる。
きょうは公務員ボーナスが巷の話題になる。母の身分は、用務員でも国家公務員。今でこそ憧れの公務員かもわからないが、わたしを育てる時代の国家公務員は安月給(母はいつも俸給と言う)。人事院勧告で半年ほど前から昇給(遡及適用)のラジオニュースに喜んだ。日曜日や盆正月の仕事(日直)は、お金を払ってまで同僚から権利を譲ってもらい、わたしは宿直室が遊び場になった。野球の道具は買ってもらえないから図書館の本を読む楽しみは覚えた。
母はわたしを懸命に育ててくれた。
先週の火曜日。昨年ご主人を亡くされたばあちゃん(80歳すぎ)との会話で、ばあちゃんの反応に違和感があった。今朝は長女が来ていた。あの日、ろれつがまわらなくなりタクシーで病院に行ったら入院。会話と若干の機能障害が残る。
午後3時。平川のスーパーマーケットに立ち寄り夕飯と明朝の買い物をしていたら「足立さん」と美人が声をかけた。美祢の黄正吉さん奥さま「市内で入院の義母が食べたいものがありお買い物です」と。正吉ご主人は車で待っておられる。
老いていく親の世話が、育てあげてくれた子供の役割。
わたし夫婦は、それを卒業して届けもの書類の記入の毎日。
アルミ缶の回収。この時期から臭いとハエなどが煩わしい。きょうも飲み残しのビールが車内にこぼれた。この回収で生きる糧を得ることができる施設の人がいるから辛抱できる。農園にもどり車内の掃除。