ダブルバインド

「朝令暮改はよくなか」と、島原で原先生にやさしく指摘されたことを長く記憶に留めている。

前に勤務していた知的障害がある人たちと働くプレス工場で、私が仕事の指示を出すことで現場が混乱することがしばしばあり、やる気ばかりが空回りして生産効率が上がらない苛立ちを酒の勢いで愚痴をこぼす私に対し、現場を見透かしたようにアドバイスしてくれた言葉である。

慌しく働くなかで「こうやって」と言いながら「やっぱりこうして」という指示を出してないか。また、障害がある人とゆっくりと視点を合わせ、その人なりの一生懸命に目を向けてみてはどうか。そう言いながら美味そうに焼酎をすすっていた原先生の姿を今でもよく思い出す。

農園で鶏とお客さまの間に立って仕事をしていると、一緒に働いてくれる仲間が地道な繰り返しを通して身につけたスキルと見落としてしまいそうになることがある。このコロナ禍で需要の先行きが不安定で急発進や急ブレーキを余儀なくされることもあり、仲間が困惑するようなメッセージを出していないか気を配ることが多くなったように思う。

毎週楽しみに心療内科医の海原純子先生のコラムを愛読しているが、その中で「ダブルバインド」という心理学用語を最近知った。親子関係や職場での上司と部下との間で、二つの相反するメッセージを同時に出すというものだ。

例えば職場で、急がなくていいですよ、あなたのペースで仕事をしてください、そう言われて自分のペースで仕事を進めていると「なんでまだ済んでいないんだ」と上司から叱責されるような矛盾した場面。極端な例えではあるが、このような場面は相手を混乱させ信頼関係を失う危険なものであると指摘される。

炎天下、猛暑のなかでの仕事が続いている。共に働く仲間の視点に合わせ、信頼関係を失わないよう姿勢を正したい。

2021.7.26 あだちまさし