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爆風

「近ごろモノ忘れが多くてやれん」長いお付き合いになるFさんが口癖のようにボヤきます。「それぐらいが年相応でちょうどエエよ」こんなふうに私が言葉を返すのも挨拶がわりになりました。

旧小野田市の西の端にFさんのご自宅に伺うようになって十五年くらいになるでしょうか。御年九十六歳。奥さまは施設に入所されているので、現在は娘さんと二人暮らし。私が伺うお客さまのなかで最高齢です。普段の会話では年齢を意識しないぐらい元気ですが、さすがに長年続けてこられた稲作は一昨年引退されました。
配達日には「いつ来るかの?」と携帯電話に必ず着信があります。といいますのもお届けしたタマゴをご近所でシャアされていますので、受け取りした後、ご自分の運転でタマゴを配って回られるからです。昨年、九十五歳で運転免許をサラッと更新されたのには驚きました。

先日のお届けの際にいつものように短い近況をやりとり。中東情勢でお互いの暮らしへの影響を話している時のことです。唐突に「爆弾が落ちた時の爆風はすごいけぇの」とポツンと言われてハッとしました。生まれてから現在まで今のお住まいです。先の戦争の空襲で近所に爆弾が落ちた時の様子をお聞きしました。

昭和二十年三月三日。飛来した一機のB29が五百ポンドの爆弾を八発投下し、雲で視界が悪かったせいか攻撃目標がない縄地ヶ鼻付近に着弾しました。漁家一軒破壊、死者二名と記録にあります。県内へのはじめて空襲で広島と長崎へ原爆が投下される少し前のこと。縄地ヶ鼻公園内には着弾で出来たクレーターが保存してあります。

当時、中学生ぐらいだったFさんは空襲警報を聞き、父親とともに農耕用に飼育していた馬を引っ張って避難しましたが、爆風でたくさんの魚が沖に打ち上げられていることを知り、あわててバケツを片手に捕りに行ったそうです。ところが爆風で打ち上げられた魚のほとんどは骨がぐちゃぐちゃに砕けて「食えたもんじゃなかった」と当時を振り返られます。

物価高に追い打ちをかけるような混沌とした状況が続きますが、先人の体験にふれると、まずは豊かな生活を享受していることに感謝しなければ、そう改めて感じます。

2026.3.29 あだちまさし