神さま・母も身近に

きのう3時予約のドコモ店に行くまえ、少し時間にゆとりがあったので松原酒店に立ち寄り。村上棟梁が店の仕事に来ていた。店内は全国の酒と焼酎がズラリ並び、それぞれ特徴のあるラベルが整列すると色彩的に壮観と感じた「白玉の露(芋焼酎)」を一本買った。
ドコモ店近くに菊川画廊があり店主がおられたから立ち寄り、芸術談義を傾聴。そこから菊川さんの生き方を垣間見て学ぶこと多々。
朝夕、犬たちが眠る場所をハッピーと歩く。犬たちの名前を呼んでいる。母もお国替えして半年。
命が終わることは、もう会うことができない悲しみは私の立場としてはある。
けれども、母や愛犬の立場になれば、命をおえることで、老いの様々な問題から解放され楽になった。
事故死などの解釈はわたしにはできないが、老いて迎える死は悲しむべきではないように思えてきた。
病院や施設に行かなければ会えなかった母が、いまは身近に感じる。
神さまも、お社に祀られているにしても、わたしの側で、わたしの立ち行きを心配されていると思うようになった。

元カルタクィーンが毎朝、ラジオ体操に公民館に通う。先日は、そのせいで厚着だった。

着ぶくれで ラジオ体操 公民館

万歩計6000歩