2日ぶん働いた


四国の菊間というところに勉強堂という煎餅屋を横山というおじいさんが営んでいた。神戸震災時に避難所に手伝いにこられた。運動場が活動の場で、朝から晩まで子供と握手をしては遊ばれた。詳しくうかがっていないが、南方の戦地で飢餓を体験されたようだった。あの握手にたくさんの子供に笑顔がうまれた。
明日は雨予報で、片付けたい仕事があり徳山から帰りは高速道路を利用した。上り線を走るトラックに「緊急物資」の文字があった。2時すぎのニュースに驚いた。3号炉に放水するハイパーレスキューの特殊車両がバッテリーあがり。次のニュースは総理が谷垣総裁に副総理と災害担当特命大臣を電話で頼み断られた。その電話で要請に驚いた。
さらに原発事故直後、政府に対してアメリカから廃炉を前提で支援提案があったが、政府と東京電力は、人命より炉を温存する道を選んでいたこと。自衛隊を当初から10万人動員すれば助かる命はあった。神戸で村山総理は姫路に駐屯する陸上自衛隊を使わなかった。
問題の言い訳はいつも「想定外」もうその言葉は聞き飽きた。320キロ走りおえて農園で夕暮れまで汗をかいて働いた。