原風景

「『食』とは、もともと『人を良くする』と書きます」今年十月に急逝された服部幸應氏を偲ぶ記事のなかで見つけました。料理評論家で教育者の服部氏は、食を通して人間教育を唱え続け、食育基本法の制定に尽力されました。

物が豊かな時代に生きていると、三度の食事は当たりまえのように考えがちです。ふだん、それほど意識をせずに、お腹がすくと口に食べ物を運んでいる自分がいますが、少し立ち止まって、食育という視点から自分自身の食を考えると、なつかしい風景を思い出します。

その風景とは、家族で参拝していた頃の教会で頂く食事のさまざまな場面です。春と秋の大祭の直会(なおらい)や、それぞれの季節行事の賑わいのなかでの食事、大祭前には餅つきをして、つきたての餅を頬張ったり、ご信者さんの輪の中で食事をする機会がたびたびありました。

私の祖母は大正生まれでしたが、祖母より年長の方もおられましたし、私より年下の弟や妹のような子もたくさんいました。何かを厳しく躾られたような記憶はありませんが、戦中戦後を生きてこられたご年配の方々が凛とした姿勢で箸をはこぶ場面の同じ時間、同じ場所にいたことだけも貴重な体験だったように感じています。

なかでも教会での青少年育成活動では、野外炊飯を通して多くのことを教わり、いまの自分に大きく影響をあたえています。コンビニやスーパーのない野外活動での炊事は、食べ物を無駄にせず、与えられたものを使い切る調理をします。何度も火加減などで失敗した経験から、創意工夫することも学習しました。

また、教会でも野外でも食事のまえと、おわりに手を合わせて短い祈りの時間があり、食事前には「食物はみな天地の神の作り与えたもう物ぞ。何を飲むにも食べるにも有り難く頂く心を忘れなよ。」と祈ってから箸を握ります。

「ありがたく頂く心」が、体と心をつなぐ食事のなつかしい記憶のそばに常にあります。いまは生産者として、食に携わる仕事をしていますが、うまく行くときも、そうでない時も大きな力のはたらきを忘れてはいけないと思っています。

2024.12.23 あだちまさし