幸せは平凡な毎日


わたしはなんでも失ってみて大切なことがわかる人間だと思う。農園生活をはじめた当初は退職金や貯めたお金もあり、機械類は手入れはしないでやりっ放し。故障したら修理に出すか新品を買う。生活費も苦しくなりやっと大切に使うことが身についた。
思うものがどんどん手に入るときは大切なことはわからない人生を過ごしていたように思う。
月曜日に自損事故をして、不幸中の幸いぐらいではない、わたしがこれから生きる糧をみつけたいと考えてきた。月曜日配達の商品と愛車を一瞬で失い。事故後の処理に夜まで多忙をきわめた。
毎日が判で押したように同じことの繰り返し。その平凡な毎日こそがわたしには最高の幸せであり、そのことに気がついていなかった。
下松の配達を済ませて母に会いに行った。わたしが死んだ夢を見て泣いたという。毎日神さまと会話ができるようになった。もう少し生きておれと言われた。
最後のオチは、もうじき女の赤ちゃんが生まれる。