しんあい農園日記」カテゴリーアーカイブ

六さんいよるしんあい農園日記

浜矩子おもしろかった

昨夜も「幸福論」の続きをみた。
アダム・スミス「富国論」を、国際経済学者 浜矩子さんが読みといた。そして経済学から幸福を「他人の傷みがわかる」と結論づけた。
「数楽の会」では数学を「情緒」と教えていただき、また頭がもだえる。

BS日テレ番組で、今村元かるたクィーンと埼玉県の小学生初段の女の子が登場。
埼玉県で催された白熱の試合を見せていただいた。今村さんの背後に応援者が映り、なんとなく宇部から横浜に転居した「えりちゃん」に似ていた。今朝の配達で応援の長い髪を聞いたら「あれは ねねです」昔の「じゅんとねね」のねねと親交が深く応援に来てくれたらしい。

万歩計12000歩

幸福論

Eテレ番組に無関心だったが「数楽の会」で脳に変化があり、番組チェクするようになった。毎週金曜日午後の高校歴史(日本史と世界史)は楽しみ。その内容で疑問が残ったら「よしの」で教えを乞う。
「100分de名著」例えば、中国古典の「菜根譚(さいこんたん)」数年前に勉強した。この本に詳しい方が、わたしのような初心者に理解できるよう番組内容を制作する。25分番組×4回で100分完結。短期集中決戦型のわたし向き。
今回、再放送「100分de幸福論」100分で4冊の名著を、幸福の視点で読んでみる。
2時に起きたのでしばらく再生した。
井原西鶴「好色一代男」今の貨幣価値で4000億円を一代で使いきる話し。
肉体交渉、女3742人。男725人。まさに酒池肉林の人生。それが果たして幸せか?
つまり、やりたい放題できる人生が幸せかを、哲学・経済など4名の学者が、専門分野の視点から「幸福」を述べる。
わたしが中学生のとき、自転車でひとり下関水族館まで行った(片道50キロ)。関門海峡を眼下にできる「クジラ館」ベンチで休憩していたら、60代ぐらいの夫婦らしきが隣のベンチに座りおにぎり弁当を食べはじめた。食べ終わると男が設置された望遠鏡にコインを入れて海峡を眺め「おい!」と女を呼んで自分が見てよかった風景を、コインが落ちるまで見せた。わたしは、その光景がいまでも脳裏に「幸せ夫婦」として残る。

今朝5時ごろ、神戸ナンバーの大型ワンボックスが2台橋を渡った。撮影機材がおろされて川釣り番組収録のようすに見えた。
まだカワウやサギが川に集まらないから、ワカサギ産卵の遡上はないからバスもいない。釣り番組の収録にはまだ早かろと、彼らを横目に6時半に農園を出た。
火曜日を終わり4時に橋を渡ったら、疲労困憊の神戸ナンバーが土手に座っていた。
これを「徒労」と辞書は教えるだろう。

数楽の会におもう

きのう日記でピッケルを話題にした。その解説が不足していた。

長生海底炭鉱の鉱業主は採炭現場を見てまわるとき、特注のピッケルを持ち、石炭層を調べた。ピッケルは権力のシンボルであった。鉱業主に気に入られた電気工のHさんは、このピッケルを拝領。自慢のお宝だった。

きのう「数楽の会」20数名の出席。年齢層は70代から10代。自己紹介も終了後の感想文もない。この一見まとまりのない集まりではあるが、約2時間「考える」共通の体験をする。その答えはそれぞれが出せばよい。
初めて参加の方から夕方「参加してよかった」今朝の岡本さん「下関掃除の会を終えて参加したから眠たい覚悟だったが目が覚めました」そのほかメールでも勉強になりました。日ごろ、考え方や行動をなんとなく大勢と共にしたり、マスコミ論調が正しいと思いこんだりする「クセ」に、藤野先生が「それでよいのか」と問いかける。そんなチャンスは日ごろはないから新鮮に聴講できる。

二宮金次郎像がわたしが小学生のとき校庭にあった。それが今は撤去されたらしい。柴を背負って本を読みながら歩く姿は「ながら」で教育上よくないらしい。お上は物事の本質を驚くほど見極める力がない。
数楽の会では、本質を見極める力がつくように思う。

今夜は録画した映画「レ・ミゼラブル」が楽しみ。

万歩計9000歩

肩の荷ひとつおり

昨夜は体調が悪く寝酒が効かない。ウィスキーを枕元において天井みながら長い夜になった。
持つ手があめ色に輝き、先がとがったピッケルがある。値打ちはわからないが「わざ物」の風格。
20数年前、長生炭鉱(S17年に海底炭鉱水没。犠牲者184名のうち130名ちかくが朝鮮人)7を調べはじめた。
海辺に昔の炭住が崩れかけてひと棟あり、その1軒にHさん老夫婦がお住まいだった。
電気工だった爺ちゃんは、水が漏れはじめた午前5時に、採掘先端部に緊急用電話を設置して、坑外に出た直後に出水事故が起きた。
つまり、2月3日当日を語れる人物だった。爺ちゃんとわたしの間柄を知ったKRYテレビ磯野恭子取締役が、カメラを持ち込み短い報道にした。
そのテレビ番組を、福岡県宮田町で偶然目にした秋さん(15歳で朝鮮から働きに来た)わたしをわが子のように慈しんでくれたHさん。すぐに局にHさんの居場所を尋ねたら「足立さんに聞いてくれ」その電話を受けて秋さんに会いに行った。事故後に長生炭鉱の便槽をもぐり逃げた。その時Hさんにだけ計画を打ち明けた「持って行け。捕まるな」とHさんお宅の現金を全部もらった(炭鉱は炭鉱でしか通用しない紙切れで支払いされていた)小倉の同胞を頼り行って大空襲。逃げて長崎の軍艦島。ここも逃げて延岡旭化成で防空壕の土方。日本人の奥さまを迎えたが貧困。心臓が悪い「爺ちゃんを連れて来る」と約束した。
カメラ動向でHさんと秋さんが抱き合う再会になった。
長生炭鉱をテーマに「海の鳴りのうた」1時間のドキュメンタリー番組ができた。その年のドキュメンタリー最優秀賞を受賞した。

爺ちゃん夫妻との関係は続いた。家内が夕食を多めにつくり届けるような。
爺ちゃんが亡くなった。婆ちゃんに聞いて長男がわかり連絡した。形ばかりのご葬儀を集会所で簡素に済ませた。長男が「世話になったから欲しいものがあればどうぞ」欲しい物があるわけがない。けれども爺ちゃんの宝物は、時の鉱業主から頂戴したピッケル。それを握って帰った。

このピッケルは、わたしには大きな意味があるが、わたしがなくなればゴミになる。
昨夜、考えたあげくに犠牲者の位牌を弔う寺に受けってもらえないかの結論。

二日酔いもなく、元気に起きて床波の西光寺に8時。ご住職にピッケルの事情を話してお預かりいただいた。
炭鉱事故がイデオロギー争いの場になり、本来の慰霊ができていない私見も申し上げた。ピッケルはどう扱われるかはわからないが、わたしの胸のなかは晴れた。

ぼつぼつ身辺整理の歳になった。

午後から藤野先生「数楽の会」
よかった感想は機会を得て日記でアップ。

花粉症か風邪か?

フロントガラスは凍てつき、外の水道は凍結。室内ガラスの結露とりは真冬なみに時間を要した。

風邪か花粉症かわからない。鼻水と強烈なくしゃみのため気力が満タンにならない。

萩市に下る雲雀峠は小雪。長門から美祢市を走り農園にもどり布団を敷いた。

きのう菊川さんと常盤公園を歩いてたくさん学べた。
彼のウォーキングは年間一定の時間スタートではないこと。
夜明け前から日が昇るまでのわずかな時間。空も地上も一瞬「色彩」のドラマがある。雨でも台風でも。決して同じ色はない。

画廊がなりわいだから作品についてお客さまからコメントを求められる。
それは料理を説明するようなもので、語れば語るほど事実から遠くなる。

人類が言葉をまだ使わない時代。世界に壁画が描かれている。考古学はそれを「後世に生活ぶりを伝える営み」と言うが、菊川さんは「獣の肉が食べたい祈り」だと説を唱えた。

20数年前、菊川さんと夜の街を飲み歩きをしながら夢を語った。それから彼は酒も煙草も絶ち、今はわたしのずいぶん前を胸をはって歩んでいる。

明日の朝、元気に起きたら菊川さんにあいに常盤公園へ行こう。

万歩計4000歩

3・11常盤公園

特別な一日にしたい朝。画廊の菊川さんは、10年休まず常盤公園を歩いている。先日、スタート地点と時間を聞いた。
5時半に農園を出てその場所をめざした。昨日の疲れはある。加えて眠たく寒い。特別な一日は布団の中では叶わない。
6時半過ぎ、朝日が東の空を明るくし始めたころ菊川さんの車が来た。歩きはじめた彼の背中に「菊川さん」と声をかけた。唐突なわたしの登場に驚かれた。
今朝は「無情」について歩きながら教えてもらいに来た。理由は、震災の日だから。
僕も今朝、ある新聞に手をあわせてからここに来た。
ある新聞とは、津波で全壊した自宅の前でトランペットをさげている女子高生。以来その写真を画廊に掲げていつも被災された方に思いを馳せていると菊川さん。

わたしが常盤公園に来た理由がわかり鳥肌がたった。

彼女のお母さんは陸前高田市職員。津波で死亡。父親と弟でこれから生きていく。自分の元気を出すためにZARDの曲「負けないで」を、全壊した自宅跡で吹いた姿を新聞カメラが撮り全国紙面に出した(この写真を菊川さんは掲げている)。

その紙面を見た東京フィルハーモニーのトランペット奏者が、彼女に交響楽団とステージで「負けないで」を演奏しないかと持ちかけた。
母の写真を抱いて上京。ステージに立つ足元は被災地を歩く登山靴。彼女の演奏に楽団員も涙をぬぐいながら演奏。終演後、観客のみなさんから「負けないで」と手を握られた。彼女の名前は佐々木るり。

震災からしばらくしてニュースの特集で彼女が紹介されすぐにビデオ録画をした。わたしがつけたDVDタイトルは「負けないで(10分)」
5年経った彼女はどうしているだろう。幸せでいてほしいと語りながら常盤公園を1時間歩いた。まさか「負けないで」が話題になろうとは思わなかった。

震災から3日後の朝8時のNHKラジオ。仙台放送局 相馬宏男アナウンサーが石巻市大川小学校の悲劇をニュースする場面で声が詰まり、ついに嗚咽になった。わたしは山口市に向かう車の運転が涙でできなくなり止めた。

生きていくなかで、自分ではどうしょうもできない「無情」を知ることがある。それでも生きなければならない。
1時間、菊川さんと歩きながら深い会話ができた。

万歩計12000歩

飲むか吸 うか

木曜日。11時間で250キロメートル走り終えて農園。腰をおろす前に小さいグラスに芋焼酎を注いで立ち飲み。体から仕事の疲れがとける。

今朝も長府の寺参りウォーキングが短時間ながらできた。

朝のラジオ番組。NHK「すっぴん(8時から昼まで)」アンカー才女、藤井彩子アナの軽妙な語り口と、日替わりパーソナリティーで勉強になったり笑ったりで楽しい。
来週火曜日の10時からアンコール放送。ケーシー高峰が1時間ある。前回は、対向車の人が見たら驚いたぐらい笑いながら運転した。また楽しめるから待ち遠しい。
母が味噌汁を「飲む」とは言わず「吸う」と私に教えた。わたしは「吸う」といまでも言葉にする。
けれども、テレビやラジオでは「飲む」になる。
どなたか答えをご教授ください。

明日は11日。なにか節目をつけたいと思う。

万歩計8000歩

少し寝不足水曜日

深夜2時前、山が騒がしいほど暴風で目がさめた。布団のなかで雨雲レーダーをチェックしたら響灘まで雨雲はきている。きのう夕方に露天掘り焼却炉に一輪車いっぱいの焼却物を燃やした。鉄板で火が枯れ草に飛ばないようにしているが、万一この風で山火事になればたいへんだから着替えて、ヘッドライトを点けて出た。鉄板四隅にコンクリートブロックを置いた。山の奥から動物(たぶんキツネ)の赤い目がわたしを見ていた。4時ごろから雨になり安心。

目がさめたからニュースをチェック。野球賭博と女子サッカー。
サッカーはあまり関心はない。けれども負けて選手と監督のギクシャク問題をマスコミに告げる態度はよくない。だからその程度の成績になった。
野球賭博問題は、今朝の「今村談義」でテーマになった。
今村さんが大学野球選手のとき、新入部員はどれほど遠くに見えた先輩にでも、大声で挨拶をする「しつけ」があった。あるとき満員電車で先輩に気がつかなかった。あとで先輩から新入部員全員が呼びだされ殴られた。
その教えは、野球はチームプレーだから、1人のミスは全体のミスになる。
先日「坊っちゃんスタジアム」に母校キャンプを見に行ったとき、選手の誰が先輩か後輩かわからない不思議さがあった。縦関係はなく横の世界だったと。
賭博に手を染めたら、ファンや仲間に背信になることが「わかっちょらん!」

テニスはルールもわからない。シャラポワがすべて認めて「もう一度チャンスをください」と会見した姿に「そうだ!」と思わせた。
12日、午後7時半からNHK総合テレビで「震災から5年 明日へのコンサート」番組がある。
詳しくは知らないが録画予約した。
震災直後、プリンセス プリンセスがバンド再結成した。日本縦断コンサートをやり、収益金はすべて東北に寄付をする旗をあげた。仙台市におもいを同じくしたミュージシャンたちとコンサートホールをつくり、そのこけら落とし。

万歩計8000歩

風が冷たい火曜日

昨夜仕掛けたネズミの好物、天ぷら6枚がそのまま朝を迎えた。天井裏は3日連続の静寂で安眠。きのう大きな熊ネズミ2匹がヨタヨタしており正志が処分したらしい。

暑かったから、今朝はヒートテック下着の上下はやめて薄着で農園を出た。風が冷たくなり雨用ヤッケをはおった。温度の調整と花粉に気を使う。

特に朝。ハッピーを散歩に連れ出そうと支度を済ませたら、ハッピーは立ち上がり尾を振りながら待っている。私の気持ちが読める名犬になったのかと思った。
今朝、その答えを合点した。私が支度をして、出る前につけているテレビかラジオをOFUにしたら散歩がはじまることを覚えた結果と理解できた。
規則正しい朝を過ごしているから犬は学習できた。

山口市内のおじいさん。心臓発作で救急搬送された。やっと自宅に戻られた。
前はペースメーカーで障害者割引を受ける知り合いを羨ましく思ったことが、家計のせいであった。
自分がペースメーカーをつけ障害者手帳を持ってみると嬉しくはないと。

ジンチョウゲは見えなくても香りは届く春になった。

万歩計13000歩

接触事故

天井裏のネズミ対決。カツオに殺鼠剤を混ぜてサラダ油をかけたメニューは、4ヶ所置いたその日の夕方、1ヵ所を食べ散らかした。まる二晩安眠できたから作戦成功かもわからない。
きょうネズミが大好きな天ぷら(練製品)を買い求め、薬を少量つけて(少量がよい)六ヶ所に置いた。
ネズミ駆除のご相談承ります。

午後1時前の小野田市。眠いからセブンイレブンのコーヒーを買いたいと思った。路地から大通りに出る。一旦停車をしたが、右側をよく見ていなかった。ゆっくり出たわたしの車の前を軽四が通過した。わたしの車のフロント右と相手の左後部が接触。わたしのほうは相手車両の塗料が白くつき、相手車両は塗料が落ちたところがキズついた。
確認不足のわたしに責任がある。事故処理と修理を申し出てお詫びした。ご婦人は「新しくない車で、キズはたいしたことはないから」それより先を急がれている様子。名刺を手渡してご婦人の連絡先をメモした。
配達をすませてお詫びの品を持ってご自宅を探し、ご迷惑をかけたお詫びと修理はさせてくれと申し上げた。
婦人はお母様の命日で墓参りの帰りだったらしい。わたしの車を心配してくださった。
あの時、自転車やバイクが相手だったらと思うと、これから特に慎重な運転をしなければと肝に命じた。

原木シイタケ発見!

(旧)旭村は全国まれな行政運営がされていた。佐々並地域と明木地域は山々で分断されていたが合併して「旭村」になった。現在ならばオンラインで2ヶ所の地域差はないが、当時は紙台帳の時代。あらゆる証明手続きは本庁になる。その理由で本庁と支所が2年交代する苦渋の結果になった。
わたしは議会会議録の仕事で村を訪問していたが、2ヶ所に議事堂(と呼ばれる部屋)が要る。すべて二世帯になるから行政コストは多額になる。現在は萩市になり旭村はない。
今朝、明木と佐々並にある道の駅に立ち寄った。原木シイタケが出始めて少し店頭にならび買い求めた。春は山奥の原木に訪れている。
萩市の「梅林公園」散策。あいにく小雨。紅白の梅が満開でイベント準備がはじまっていた。本やネットではわからない、間近に観察して発見することはある。例えば白梅、枝に紅梅も混じる木がたくさんあった。なんでも雑種が好きのでうれしく写真におさめた。
午後から農園作業場の掃除をはじめた。簡単に済ませる予定ではじめたが、掃除はやればやるほど結果が大きくなるから面白い。汗をかいて本気でやった。

万歩計7000歩

ネズミと対決

秋芳から萩市内に入る――萩有料道路料金所跡から下った右側に「萩梅林公園」がある。今朝の通過時に紅白の梅が満開。しかも下り坂道路から見下ろしアングルで絶景。
明日の天気は雨だが、満開の梅林観光に行こうと決めた。
来月3日は「堀内散策」みなさんに「萩博物館駐車場」を集合場所と案内しているので下見した。
陸軍大臣・内閣総理大臣など要職を歴任された田中義一像がそびえ「田中大将」と命名されていた。維新の地らしい落ち着きのある街並みも通過してみた。

同じく松陰先生門下生。内閣総理・陸軍の山県有朋像(乗馬)は市役所近くにある。萩市の銅像散策もよい。

ネズミが一匹、朝方天井裏を走る。そんなときはパンに殺鼠剤を少々つけて、外のコンクリート立ち上げの隅何ヵ所かに(ネズミはヒゲで壁など確認しながら移動の性質)置いたら効果が出るが、今回の敵はパンに興味をしめさない。サツマイモを輪切りにしてみたがダメ。
きょうは特別献立にした。カツオのダシガラにサラダ油をまぶして、そのなかに薬を混ぜた。ネズミは油揚や天ぷらなど油が好物。
一番気を使うことは愛犬が食べないこと。

万歩計7000歩

開いた口が聖火台

辺野古工事を中止の速報と、新国立競技場の設計図に聖火台がなかった報道。この2つの問題の本質は異なろうが、なにかやればつまずく今の日本は大丈夫なのかと疑問をもつ。巨額の税金むだ遣い。そして来年の増税。日本丸の舵取りが悪すぎる。

散髪経由の温泉(持世寺)全部着替えてさっぱり。ロング缶を寝酒に1時間昼寝。
ハッピーと長距離散歩のあとはトイレと部屋の掃除。

万歩計9000歩

ひな祭り

目がショボショボの花粉症。くしゃみと鼻水はまだない。農園の周囲は杉林で風がふくと花粉が舞う車のガラスは黄色になる。

木曜日は功山寺と、その近く万骨塔の参拝。今朝も石段をあがり手をあわせた。清々しさが「おかげ」
下関市内のお客さまで、金光教ご信者さん。毎週、お茶をいただきながら信神話をする。大阪阿倍野教会HPは、教会長が朝の参拝者に話された(教話)が文字起こしされ、午前中には「朝のみ教え要約」として拝読できる。そのことを紹介した。わたしは、ブックマークで毎日読ませていただくことが最近からはじまった。

つきあいはじめたボーイフレンドに、仕事で肩がこると話したら、クリスマスは磁気ネックレスを贈られ交際をやめたとラジオ。その男の気持ちを受けとめたらよいのにと笑えなかった。

ひな祭り 春の陽気に サングラス

万歩計9000歩

合格!

松山市「坊っちゃんスタジアム」でキャンプの専修大学野球部を見に行かれた今村さん。横浜のお孫さんに会いに行くときは菜園野菜満載で運転。今回の松山往復も自家用車。年齢が70歳だから驚く。
スタジアムの大きさと、ご自身監督時代と今の監督(今村さん教え子)の指導方法のちがいを、ふだんは私の話を聞き役だが、野球談義になると絶好調。わたしには絶好調(極めたもの)の話題がない。
Eテレで「書家 金澤翔子30歳 娘と母」が放映され録画。
30歳になり、お母さんと離れて自立する翔子ちゃんを映像にした内容だった。
自立したい娘と、自立を願う母。けれどもダウン症のハンディを持つ彼女に住まいを提供する理解ある大家はまれ。その親子の苦悩が理解できる番組構成だった。
あまりに感動したからDVDにコピーして今村さんに「ご覧になりませんか」と差し出したら、すでにご覧になりビデオデッキに保存してある。
特に般若心経を、初めの文字と最後の文字が、心と体のブレ(疲れ?)がない。書家として一流と評価された。DVDご覧になりたい方はお知らせください。
お昼前、ヤクルト配達中の真砂恵さんからメール着信「合格」
今朝、母と八幡宮に「合格できますように」とお願いした。わたしも春が来たように嬉しい気持ちになった。

積雪で3月スタート

91歳認知症の男性が徘徊中に、JR東海の電車にはねられ死亡した事故の最高裁判決があった。93歳の妻に監督責任を問う720万円の損害賠償を判決は棄却した。
政治家の不正には寛大。一方では「そもそも論」のような血も涙もない判決が出るようでは困る。よかった。

農園に自生している芝が雑草を押し退けて面積を拡げている。クローバーも雑草を駆逐して拡大している。
ならば、草刈りで汗を流すより、雑草の天敵を増やせばよいと思い、造園修行中の兵庫県の香山さんに問い合わせたら返信が届いた。
http://www.japr.or.jp/gijyutu/009.html

芝は雑草対策に使えそうとわかった。

寿司・割烹「浪花(HPは 下関 浪花検索)」さんから「すし屋のひとりごと」ハガキ通信が届いた。
シロウオとシラウオのちがいを教えていただいた。
シロウオはハゼ科の小魚で おどり食い。一方のシラウオは、サケ科の成魚で、徳川家康の大好物。浪花さんメニューでは卵とじ・唐揚げになっていると。
3月は積雪でスタートした。

万歩計11000歩

2月も元気に終わり

朝はさほど寒くはなかった。けれども岡本さん玄関には、わたし用の暖房ヒーターが赤々ついていた。お母さんと俳句談義。いまお題「春」に頭を駆使されていた。わたしの昨日「ウグイス初音」を披露したら疑問符顔。
お昼前に電話で「あのね。初音はウグイスのことだから、初音とウグイスは季語が重なりますよ」とご指導いただいた。感謝。
昨年末に前足を1本、イノシン猟の最中に失った犬が、飼い主とわたしの会話に反応して甘えた声を出した。何度か様子をうかがいに犬舎に行ったが包帯で横になっていた。
「元気になったか」と犬舎に行くと3本足で駆け寄り甘えてくれた。この回復力に飼い主も驚いていた。
今年の秋からの猟期は山に連れて行くらしい。それが猟犬にたいする愛情だと感じた。
2月を元気に終えたことを神様に御礼申し上げた。
雪が降りつづく。

ウグイス初音

長府にスポット配達があり早朝スタートした。侍町など風情を楽しみながら気持ちのよいウォーキングができた。
4月3日「萩堀内散策」をじっくり立案して案内を済ませた。20人ぐらいお集まりになると思う。
以前のわたしは、計画を進めるチームをつくり分業してすすめていた。組織をつくることが若いときから好きだった。
けれども人が集めれば、集まらない人を責めようとする私があった。あるとき参加できない理由を手紙でいただいた「自分の歩幅ですすみます」と。
その意味が、組織の人間関係や様々なしがらみで組織からはみ出た私が長年かかり理解できはじめた。
なにかを計画するとき、自力でできないことはやらない。
萩散策は、なにも無理なくすすめてきた。あとはお天気だけ。

午後から農園でスコップ仕事。どこからか上手なウグイスの初音がボリュームアップで聞こえた。

ウグイスの 初音とどきて 手がとまり

万歩計9000歩

萩ウォーキング

6時半。萩のスーパーマーケット「アトラス」に着いた。常茂恵旅館に7時半までに納める。さっそく着込んでウォーキング開始。冷たい風が吹き抜けるパチンコ店には、すでに10名以上が9時の開店待ち行列。消防署近くの魚屋も行列。雨や風の日は田町商店街アーケードを何度か往復する。
萩バスセンターに隣接したアーケード商店街は、バスが交通手段の時代が黄金期。宇部も炭鉱時代は「ちまきや前バス停」「中央バス停」はアーケード商店街の入り口だった。
バスの時代からマイカー時代に移りアーケード街は賑わいを失った。
田町アーケードから路地に入ると小さい酒場がたくさん。そのなかに金光教萩教会があった。外から手をあわせて遥拝。
昨夜の「新日本風土記」は、天孫降臨神話の宮崎県高千穂が舞台だった。わたしが大好きな場所のひとつがここ高千穂。昨年秋も高千穂神社参拝ができた。
番組のなかで農家の方が、秋の稲刈りの前に八百万の神様に御礼申し上げておられる姿があった。
農家の主「お米ができるまでは、太陽・水・気温など様々な神様のおかげで収穫ができます」
農家地域のお宅には、立派な仏壇と、火や水のなど神様のお札がある。
わたしも、先々のお寺や神社に手をあわせることが少しはできるようになった。
午後からやっぱり雨。やりたい仕事はあきらめて2時間の昼寝。

今朝はマイナス4度

金曜日は休養日ではあるが、土日にスコップ作業をするには天候に不安があり、午前中は飛び入りの配達をして、午後からミニユンボと軽四ダンプにスコップを使い農園内で汗をかいた。

配達を終えて農園に帰る途中、スーパーで今夜の魚などを買う。近くに酒ディスカウントがあったので立ち寄り。お客が空いたリットル・ボトル持ち込み「麦」とか「芋」と店員に空きボトルを手渡す。店員は重さの計量器を使い樽から入れる。店員に聞いてみた「ペットボトル持参したら一升いくらかね」店員は「空きボトルは店にある(無料)一升は1300円」それは安いと思った。芋や麦の銘柄を質問したら「わからん」と冷たくなった。
薩摩の白い波 という銘柄は「薩摩」と「白」「波」が大文字で表記され大特価「薩摩白波」と間違う人もあろう。社会勉強になった。
万歩計11000歩

花が好きになり

長府功山寺に車をおいて約20分歩くことにした。
功山寺から少し下った左に「笑山寺」がありお参りした。山門に寺の由緒が書いてあった。境内にはまだ新しい納骨堂がそびえて、側にペットの納骨堂も立派にそびえていた。
丸い石を13個積み上げた(韓国のお寺で見た)石塔が立派だった。

小野田市の西山君家族が農園を訪ねてくれるとき花がお土産。
昨年11月にいただいた立派なシクラメンはまだ勢いよく咲き誇っている。毎日の水やり、たまに液肥で世話をすることが楽しい。1年前にいただいたバラも新芽が出始めた。
大きな鉢を買い求めたとき、バラの土と腐葉土をあわせて買おうと思ったら、土も腐葉土も少量販売がない。
思いついたことは、農園のケヤキの下は腐葉土。おまけに鶏も糞をしている。
土も一緒に「ふるい」にかけたら鉢に使う最高のものができた。
シクラメンは来年も咲かせるよう作戦もできている。
岡本拓也さん宅でいただいた「エヒメアヤメ」も春に向かい元気がよい。
趣味に変化があらわれてきた。
木曜日を元気に終えた。今夜は冷えそう。

万歩計9000歩

善友通信休刊

鍵山先生が掃除で心を磨く運動を提唱されていることを知ったのは20年以上前。
広島市では、その会が発足しているとの情報を得て広島に行った。主宰されている人物は井辻栄輔(「広島のキムタク」検索で)さん。ウクレレ漫談・大男・大喰い・大酒飲み・ギャルが好き。本音で生きながら会社経営と掃除も真剣。
井辻さんの大きな尻について北京や上海まで掃除のお供。当時は先駆けのパソコン通信も習って身につけた。
以後「善友通信」が広島から届き続けていた。
今号(242号)で休刊の知らせが同封されていた。
平成11年12月。胡子大祭で暴走行為を続ける少年少女を集めて、市内の袋町公園トイレ掃除が催された。その運営は井辻さんと広島県警の岸本さん。わたしも参加した。この掃除で市内の暴走行為は終わった。
あの日の掃除は、掃除を妨害に来る者を想定して警備もあった。少年たちは不真面目だったが、本気で便器に向き合う大人たちに驚いていた。
「善友通信」は、井辻さん秘書が作成していたから、今でもそうだろうと思っていた。
それが、県警を退官された岸本さんがずっと引き継いで編集されて、事務所もされていたことを知った。
昨年末に、広島掃除に学ぶ会「400回」を終えて体調をくずされ先月他界された。
すぐに事務局と通信発行のめどが立たず「休刊」
「掃除に学ぶ会」の歴史を築いた方が、また一人去っていった。

万歩計13000歩

人間だもの過ちある

桂文枝師匠スキャンダル。最近は不倫や覚醒剤などの報道が多い。悪いことは悪いとしても、わたしはマスコミ報道姿勢に疑問がある。
人格を「悪」としてレッテルを貼る。本人更正の余地がないほど裁く。世論は踊らされて賑やかになる。家族を含め関係者までもが。大人の過ちは子供のように寛大にわたしも許せない。けれども、やり直せる道を残しておかなければならない。そう感じている。

昨夜は9時間熟睡できた。4時、元気に起床。朝のウォーキングもいつもと同じ内容。
いつか下関から長門市まで、海岸線100キロメートルを歩くことが目標。途中、野宿も楽しそう。
万歩計12000歩

眠気の午後

月曜日の弁天池水汲み(名水100選)は10数年続いている。
農園は5メートル掘れば岩盤に当たる。川底の荒々しい岩肌が地下の様子を見せている。農園設立時に水道を希望したが、農園は宇部市で水道管がある川向こうは当時は楠町。行政区をまたがる個人の計画は困難。
岩盤に井戸を掘る大事業になった。120メートルまで掘ったが水量はわずか。あと50メートル掘らしてくれと業者は言うが、支払いは300万円をこえており中断した。
近くの造園業者を呼んで、岩盤まで5メートル掘り、その半径を5メートルの穴をユンボで掘らせ、井がわ(井戸のセメント内径)を入れ周囲に砂や砂利で濾過装置にした。
山から大量の地下水が来る。この水をわたしと鶏の生活水にした。焼酎水割り、二日酔いの朝は何杯も生水を飲んだ。
あるとき「水質検査」に出したら飲み水不適格の通知が来た。大量の大腸菌がいた。以来、弁天池通いが恒例になった。
最近、美祢市長ヶ坪という場所に「長命水」と命名された地域で愛飲されている井戸にご縁ができた。
まろやかな舌触りで気にいっている。美祢市の水道水は秋吉台の石灰分が多かったり、カルキ臭が強いなどと、市民は好みの水を求めている。

きのう歩いた筋肉痛はない。けれども午後から眠気がつよかった。配達の帰りに楠温泉立ち寄り湯。
今夜は熟睡できそう。
万歩計8000歩

62000歩

美祢線、厚狭駅始発の長門市駅行き。美祢駅で6時58分に乗車、長門市駅に7時半到着。農園に向け歩き始めた。

昨年は東萩駅から農園まで10時間。4月に歩いた。
今回も50キロメートルぐらいの距離がある。誰のためでもなく、この距離に挑戦する気力と体力がまだあるかどうか。
長門市と美祢市の境にある「大ヶ峠トンネル(延長1100メートル・標高213メートル)」を10時半に通過した。
お昼前にコンビニに立ち寄り弁当を食べた以外、ほとんど止まらず歩いた。
農園到着は4時半。万歩計62000歩。
神さまと母に元気な命をいただいている御礼を申し上げた。

真砂恵さん長男は高校入試の日。

節こえて 大きく育て 孫入試

無情を教えてもらった

先日、若いママが一歳の女の子と農園見学に立ち寄ってくれた。話してみると加奈ちゃんパンのファンで農園を訪ねてくれたことがわかった。
加奈ちゃんにお礼メールを出しておいた。
今朝4時のメール着信は、徹夜でパンを焼いた加奈ちゃん「おいちゃーん」ではじまった。仮眠してからパンを門司まで届けに行くらしい。活躍が頼もしく嬉しい。

菊川画廊の主が松田正平先生に「また台風が接近して被害が心配ですね」と話すと「人間には迷惑でも、地球の営みとして大切なこと。台風で海がかき回され資源が再生する」
「けれども人命まで被害もある」と菊川さんが言うと「それを無情という」

きょう新聞に東北津波のがれきが海底に散乱しており、海中資源がたいへん豊かになっているという記事が目についた。

雨の配達を終わった。

ゆっくり金曜日

藤野先生の催し。3月13日 耕心の里を会場に「数楽の会」

わたしの企画。4月3日「萩 堀内散策」

この2件を具体的にしておきたい金曜日。
8時に岡本拓也さん訪問。両方の催しについてご協力をお願い。快諾いただいた。
宇部市内に走り菊川画廊。両方参加と今月中に松月院ご住職に「数楽」を誘いたいとお返事をいただく。
松原酒店訪問。両方参加のお返事をいただいた。

わたしも歩けば棒にあたる

3ヶ所で内容のある会話ができた。
特に菊川画廊は、10年以上、どんな日でも続けておられる常盤湖ウォーキング(6キロ)から戻られた直後だった。酒とタバコもウォーキング開始から絶って顔つきがとても穏やかに感じた。
わたしは、大好きな風景など「場所」がある。例えたら大分県にたくさんある石橋や、萩市三見の石橋。観光名称ではないが。
菊川さんが相づちを打った。彼は最近、国東半島と臼杵の石仏にあいに行った。作者は不明でも感激した。
画家の松田正平先生と運慶を見に行ったとき、運慶の名前つまりブランドで作品を見るようではつまらんと帰りに諭された。
名のある学者や評論家が推薦するから「よい」ではない。
わたしにとっての価値を見いだそうと、朝から会話が熱くなった。
よき仲間がたくさんあり幸せ者の私を感じた。
昼は缶2本で1時間の熟睡。

催し2件に関心あるかたは問い合わせください。

今夜は熱燗熟睡

今村さんご主人(70歳)に弟子のような女子高生がいた。もう進学されたのか最近はお目にかかることはない。
彼女は、今村奥さまの競技かるた修行生。集中力をどう養うかを模索していた時期に、野球監督だった今村さんが「授業に集中して、その力をつけたらどうか」彼女は力をつけたいから授業でトレーニングを重ねた。結果、成績が格段によくなった。以来、監督の弟子のように「この会は、ためになるから」と誘われたら来ていた。
人を育てることは監督の使命であり、的確な指導をされ、人が育っ場面を見せていただいた。

物忘れが多くなった。運転しながら「信号でとまったらメモ書き」と思いながら、それも忘れるから始末が悪い。
タブレットはラジオを聴いたり天気を調べたり助手席で活躍している。
「音声メモ」のアプリを使ってみたら便利。この頃は音声メモを駆使している。

木曜日を終えた。木曜日の新規お客さまが増えている。
わたしの体力いっぱい働いた。

今村談義は楽しい

BS番組(NHK)司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち「島国日本の叡知」「武士700年の遺産」二部構成で放映された。
坂の上雲 では近代化にむけて日本がひとつになり短い期間で成し遂げた。その原動力を司馬遼太郎が思索し「島国・叡知・武士」に答えを見いだした番組構成。わたしは「公に生きる」という明治の精神に深く共感した。
今村さんも番組をご覧になっていたので、寒風のなか裏口で感想を語りあった。
アサヒビール名誉顧問 中條さん著者「おじいちゃん戦争のことを教えて」をお借りした。著者は昭和2年生まれ。陸軍士官学校・学習院大学、大学では法律を専攻されていたと書かれていたので、極東軍事裁判についての持論を、お孫さんに宛てた文面から読んだ。早く読みたかったから配達途中で。
あの東京裁判は、裁判といえない理由が孫にわかるよう書かれていた。
北方四島もソ連だけではなくヤルタ会談に問題の緒はあると述べておられた。
歴史を正しく子供たちに伝える大切さを痛感した。

母の句 ノートの2月をあけてみた。わたしが農園生活で自宅に戻らないさびしさ。

仕事ゆえ 子と別離なり きょう大雪

万歩計11000歩

母の誕生日

おばあちゃん(母)誕生日。
大正生まれは、男も女も激動の歴史のなかを懸命に生きることを強いられた。
中国語ができた母は、大陸でなにをしたのか、陸軍獣医のわたしを認知した男性(明治生まれ)との思い出も合わせて一言も話さなかった。
焼夷弾の雨。宇部空襲のとき宇部港、保健所側にあった自宅(母20代で)は焼失。
33歳(1951年)わたしを出産、シングルマザー。山口大学工学部に奉職、わたしを育てあげるだけの人生を歩んだことは知っている。
大学にわたしを進学させるゆとりはなく、兵庫県の親戚(妹の主人)が役員をしていた松下電器下請け工場に母が就職を決めた。わたしが辛抱して働き、母は晩年に移住する気持ちを話してくれた「だから頑張ってくれ」と。母のレールを生きることが決められた。
母の夢を果たせないまま宇部に舞い戻った。
生活の見通しがないまま結婚。母は市営式場で一番安い(両家で50名)挙式になったがわたしは一円も蓄えがなかった。

事業を興して資金繰りの保証人はいつも母。黙って実印を預けてくれた。

昨年、息をひきとるまで驚くほど懸命に生きる姿を見せてくれた。施設と病院生活7年。がんも克服(がん保険受け取り)
誕生日や時々の節目に家内が農園御膳を冷めないよう工夫してくれた。
母がわたしを育てた苦労に報いたとはとうてい思えないが、精一杯の親孝行はできた。

母の誕生日。母を思いだした。母の俳句には到底およばない、母の句には心が描写されている。

息子の本日

襟たてた ふっくらスズメに 雪が舞い

万歩計12000歩

壬生神社に参拝

気象予報が少し外れて極寒にはならなかった朝。弁天池の水道も凍結を免れ勢いよく出た。水をいただいたあと、小雪が舞う寒風をついて、壬生神社まで徒歩参拝。

ぼつぼつ農園を引退したほうが正志に力がつくと思い、正志にはできれば年内に。と告げている。けれども具体的な動きはない。それを静観しながら「正志に力がつきますよう」神様にお願いする毎日。
きのう働いているF君が3月いっぱいで辞めますと告げた。
正志に力がつくように神様がお働きくださっている。
農園にとっては節目になる。この節目を越えて正志に力がつく。

美祢の猟師さんがひとりでイノシンを解体されていた。年末、猟で前足を一本失った犬を毎週見舞う。きょうは寒いのか小屋から出てこない「少ないが持って帰らんか」と生の脂身のよい部位をラップにくるんでくれた。クーラーボックスに頂戴した。
農園に戻るまえ楠温泉に立ち寄り温まり、着替えもした。

明日は母の誕生日。生きておれば97歳。農園祭壇に供える生花と果物を買った。

万歩計10000歩

春一番の日曜日

今朝の強い風が春一番。風に向かい川面すれすれを銀色に近い大型の鳥がグングン滑空したヤマセミと直感。橋の近くの木にとまった。橋を静かに歩きながら観察したら銀色の冠ヤマセミ。ハトに近い大きさが貫禄。
明朝の路面凍結が心配で岡本拓也さんに1日早く、午前中に配達させていただいた。

午後から機械類メンテナンス。4月から半年間大活躍する強力草刈機ハンマーナイフのエンジンオイル交換。ミニユンボのキャタピラーたるみの調整。
トイレと部屋など掃除で半日かかった。

明日から寒波がやってくる。

万歩計9000歩

恵みの雨

昨夜は雨音が激しい時間帯があり時おり眠りから覚めた。川の音もゴゥゴゥと聞こえた。
来週の早朝氷点下は木曜日まで続く、特に火曜日は最高気温1度と雪マーク予報。
農園内の水回りを凍結から守る排水には相当な井戸水が必要になる。水位があがる今回の雨はありがたい。
萩市と長門市の配達中は雨量が多かったが、美祢市に戻るころには小雨になった。

今夜は6時スタートの懇親会。15名の参加者になった。座長は松村御大。
家内の軽四に今村夫妻が往復同乗。農園はハッピーが警備?

万歩計9000歩

温泉ひさしぶり

木曜日の疲れを感じながら、祝日でお届けできなかった下関のお客さまに配達に向かった。
新下関近くの会社から始まるので、今朝も乃木神社参拝。今朝もガンゼキで境内を清掃される男性が二人。元気に挨拶を交わした。
その掃き清められたガンゼキ跡を歩くことはためらわれ、敷石を歩いて散策した。
大きな「さざれ石」が鎮座。旅順203高地から持ち帰った松。多くの戦死者(日露両軍)の血で染まった203高地の土など展示物がある。
地域の子供たちが武術の稽古ができる施設も境内横にある。

境内の ガンゼキ跡に 鳩の群れ

きれいなガンゼキの目に足を踏み入れることができないが、鳩の群れは平気で歩きまわり糞をする。

山口トヨタで配達が終わり、小月で散髪、船木の温泉立ち寄り。
ヘトヘトで戻った。
今夜はしっかり休み、明朝は萩。そして夕方は3連チャンで下関(交流会)

ねぇ、おいちゃん

建国記念日の木曜日。会社や商店など休みが多く、きょうのお届けができないお客さまは明日の金曜日に走る。きょう早く配達できればよい。そういう話しにはならない。長年わたしの配達時間は定刻を心がけている。
時間調整は、話しができそうなお客さまとゆっくり会話をはずませる。
加奈ちゃんは2時ごろご主人が子供サービスで小倉行き「ねぇ、おいちゃん」と加奈ちゃんが話題をきり出した。
最近テレビは見ないことにしている。報道番組を漫然と見ていたら、世の中の大切なことを見失うような気がする「最近の日本はおかしい」と。
きのう今村さんからお借りした本「おじいちゃん日本のことを教えて」を中途半端に読んだ理解を話した。
戦前の日本は、国があり国民があった。その国のルールの中で個人の自由があった。
戦後は、人権や自由が大手をふり「国」が見失われている。
本の受け売りをしてしまった。次回は、わたしの言葉で加奈ちゃんに向き合えるようにしたい。

朝、長府「乃木神社」にお参りした。ご祭神は乃木希典、当地では「乃木さん」の愛称で親しまれ乃木さん通りアーケードもある。学習院初代院長を明治天皇から仰せつかり学問の神様。
高校受験らしい男子二人が参道をすすみ、神殿に柏手を打った。

柏手に 力を込めて 受験生

明日も下関行き。
万歩計8000歩

寝坊したのは泡盛

昨夜は琉球泡盛をお湯割り飲みすぎた。起床が1時間遅れの5時になり、緊急時のチキンラーメンが朝ごはんになった。
冷え込みがきびしく、台所の水回りが凍結寸前でシャーベットが押し出された。

気持ちをしずめて八幡宮朝参り。早朝ウォーキングは15分で時間切れ。
今村夫妻と会話が楽しい水曜日。裏口で寒いけれどホットコーヒーで手もあたためながら。
ご主人から「読まれませんか」と一冊「おじいちゃん日本のことを教えて」
「おじいちゃん戦争のことを教えて」の2弾作品。
読みたいと思っていたからお借りした。万倉の護国神社にも書き物があった。敗戦国の日本を立ち上がれないように歴史を国民が学べない仕組みを連合国がつくった(憲法も)そういう意味からも読みたい。

小野田市名物「甘太郎」の大判焼きをお客さまからたくさん頂戴した。

万歩計10000歩

寒風の火曜日

体温を吹き飛ばす北風が一日止まなかった。
山口市内の山間地。寒風のなか、押し車で畑に来てクワを大地におろす老婆の姿は神々しくも見えた。

着ぶくれの 畑で老婆が 背をまるめ

一日走り終え農園に戻ると、愛犬が全身で喜びを伝えてくれる。とにかくキスをする。
昨年は、4月に東萩駅から農園まで50キロを歩いた。
長門市駅から農園まで計ってみたら同じ距離のコースがあった。今月中に10時間ウォーキングをやりたい。

万歩計11000歩

護国神社参拝

農園の土手に植えた桜は、数年前から「てんぐ巣病」が拡がりはじめた。対策は患部の枝を切ること。放置すれば木が枯れるらしい。きのう思いきって脚立を使ったり登ったり(高所恐怖症)してきれいにした。
川土手は砂利で造成されているから、木にとっては栄養分の少ない場所になる。毎年2月は寒肥えの鶏糞を根元なまく。

春を待つ 土手の桜に 寒肥えを

配達を済ませて戻り道、農園隣の集落「万倉(まぐら)」を歩いた。前から小高い場所に見える神社が気になり参拝した。
万倉護国神社だった。禁門の変19名・四境役12名・佐賀役2名・西南役4名・日清役6名・北清役1名・日露役11名・シベリア役2名・満州匪族討伐2名・日支事変13名・大東亜戦争132名。合計204名の御霊さまが祀られていた。この小さな集落で戦に倒れた人の多いことがわかった。おそらく一家に何人かはおられるだろう。
あらためて平和を生きているありがたさを感じた。
万歩計10000歩

作業の日曜日

愛犬は2階下足箱の(玄関)隅にマットを敷いて寝かしている。のら犬生活をしたわりには寒がり、農園が寒いのかもわからない。
午前2時。愛犬の大いびきで目が覚めた。
母が入院中は携帯電話の電源を切ることはなかったが、夜9時に自動で電源オフにセットしている。目が覚めたので電源を入れたら電話の着信履歴とメール。
メールは牧君。カトマンズのお寺で犬が数頭寝ている写真が添付されていた。日本だけでなく世界は彼の尺度では広くはないようだ。
早朝はうっすら雪。日ごろは気になりながら手をつけていない農園内の作業をやった。
午前中はユンボを使い、午後からはノコギリを使った。
ウォーキングはしていないが、長靴を履いて万歩計。
13000歩

酒屋が終わった

6時半。萩のスーパーマーケット「アトラス」から歩きはじめた。最近は40分コースが決まっている。最初は長州と会津を祭るお堂のお地蔵さま。
バスセンターからアーケードを歩くと挨拶をするお馴染みさんもできた。

立春初搾り91本を2日で配り終えた。
何人かの人から電話やメールで美味かったとお礼を頂戴した。
わたしは、配達した人全員が代金を用意されていたことが印象的だった。
酒をご案内して、配達して代金をいただくなかで、たくさん会話がはずむ。タマゴとはちがうベルトがかかり親近感が増した。儲けにはならないが。それでよい。

昼ごはんのあと、布団を敷いて本格的昼寝。2時間寝た。3時からゆっくり湯船で運転疲れを癒すことができた。
明日は農園で動くガソリン・ディーゼルエンジンのオイル交換をやる。

万歩計10000歩

きょうは酒屋に変身

日の出前から酒の配達に出た。きのうタマゴの配達で走った下関からまわることにした。
朝の渋滞。スマホを片手にニコニコしながら歩道を歩く女子高生。スカートの丈が相当短くおみ足がまぶしい。歩道の向こうに生徒指導らしき大きなホタテマン風の男がコート姿で仁王立ち。
画面を見ながら、笑いながのミニスカートは仁王立ちに衝突した「キャー!」と黄色い悲鳴。仁王立ちはミニスカートに形相険しく説教しているが、彼女はずっと笑顔で反省はない「行け」とばかりに道をあけたら、またスマホの画面をニコニコしながら見て歩いた。若さの勝利。

下関・小野田・宇部に山口市を走りほぼ全部の立春初搾りをお届けできた。

立春を 待って搾られ 縁起酒

万歩計7000歩

日本酒ヌーボー

今朝の長府住宅街。鳩や山鳥がたくさん路上で忙しい。よく見たら節分の豆が「鬼は外!」でばらまかれ食べ放題。

鳩たちが 豆食べ過ぎの 立春や

木曜日はウォーキングの時間がとれないハードスケジュール。功山寺と万骨塔の参拝で石段の登り降りぐらい。
酒屋の井上さんが「五橋 立春朝搾り」岩国の蔵元が今朝から搾る限定酒を手に入れるため、深夜から蔵元に行きラベル貼りを手伝い、神主のお祓いを受けた酒を運んでくる日本酒ヌーボー。
昨年、味わったら美味かった。タマゴのお客さまにご紹介したら91本の注文があり、井上さんが農園まで運んでくれた。
明日は仕事をしない金曜日。下関・小野田に山口市にお届けをする。
土曜日に長門市と美祢市。

家内が鯖をシメ鯖にしてくれたから、今夜は日本酒ヌーボー解禁。

万歩計8000歩

神様に気づかされた

八幡宮朝参り。だいたい6時半に境内下に車をとめて石段を上がり鳥居をくぐる。何年も前から地域のばあちゃんを石段で追い抜くことがある「おはようございます」と追い越しながら声をかけても、頭を少し下げるだけ。なんとなく気まずい相手と思っている。
今朝もばあちゃんが石段をよちよち手すりを頼りに上がっていた。案の定、わたしの挨拶に頭を下げた。
本殿参拝中に思った。いや神様から思わされた実感。それは、ばあちゃんは本日の第一声を神様にお供えされているのではないか。

ばあちゃんが 黙して会釈 朝参り

タマゴ代を支払いながら「ちょっきり(丁度)あるけぇ(から)」

先日は
「そねえな(そんな)ことしてもろうては、いけんだい(困る)」と。
わたしは地元言葉が大好きだから連発しながら配達をしている。
牧君の宮崎弁や林さんの広島弁もバリバリ。方言にはソフトに伝える力がある。

万歩計10000歩

萩観光が整う

山口市内の小学校。校門にはレールを走る重い門扉がある。わたしの用件は所定の場所に届けてすぐ出るから、開けた門扉をそのままにして出るときに閉めればよいかもわからないが、重い門扉を2度開閉している。それがルールだから。
今朝、小雨のなか門扉を開けていたら後続の車が1台来た。わたしが門を通過して、当然後続のドライバーが閉めるかと思ったら、わたしを追い越して校内に入った。ルール無視に気分はよくないが、降りて門扉を閉めに歩いた。所定の場所にタマゴを置いてエンジンをかけたら、若い奥さんが「子供の忘れ物を事務室に持ってきました。閉めずにごめんなさい」と頭を下げられた。
あの場面でクラクションを鳴らして「閉めなさい」と言わなくて良かった。このコツを身につけていこうと爽やかな気持ちになった。
4月3日。萩市の堀内界隈散策を計画している。観光ボランティアの方と打ち合わせが整った。
10時に萩博物館パーキング集合。約2時間歩いて武家屋敷などを案内していただく。周遊舟「萩八景」も運航しているから、解散後にオプション。田中邸などもオプション企画をする。
3日は、例年ならば桜が見ごろ、今年は早いかもわからない。
関心あるかたは案内状を請求してください。もちろん無料です。

万歩計12000歩

ツルの北帰行はじまる

この2〜3日で「戦場カメラマン」についての番組が複数あり興味深くみた。
過去に新潟の報道カメラマンがSNSで「シリア取材に行く」と発信して世論を騒がせた。わたしは「自己責任で行けばよい」と思い、政府は彼の旅券をおさえて止めた。
番組をみて感じたことは、身を挺して現場報道をする人があればこそ現場を身近に受け止めることができる。そこから世論がおきる。特に政治家は世論は無視できないから現場が動く。
日本人の中に戦争体験者が少なくなるなか、戦争を身近に引き寄せてくれるのは報道カメラマンだと感じた。

東北の災害では、たくさんの民間人も現地入りした。その人たちから被災地の生の様子が伝えられた。
たしかに自己責任ではあるが、それは赴く人の心構えで、まわりの人は感謝しなければならない。

ラジオで鹿児島県出水市で越冬を終えたツルたち一万数千羽が北帰行をはじめたと報じた。

春ちかし 出水のツルが 北帰行

タケノコが出た。やぶ椿が咲いたと早すぎる春の話題を耳にする。
万歩計8000歩

乃木神社参拝

配達で事故や脱輪に違反など様々経験している。脱輪2回と違反のうち1回は、わたしなりの理由があった。
新規の配達がそれである。限られた時間の中で地図やナビを頼りにお宅をさがす。一方通行や通学路など地図でわからないこともあり気持ちが焦る。焦りが運転にあらわれる。
下関安岡で配達を希望される方のお宅を、木曜日に配達しながらではなく、きょうわざわざさがしに行った。

気持ちのよい長府侍町や壇具川沿いウォーキングを楽しんだ。母が1歳のわたしを膝に抱いて座った(写真)こま犬に会いに乃木神社参拝。母が座ったこま犬に腰をおろしてみた。
境内の「乃木旧邸」看板は(邸)だが、狭い一間の小屋が再現されている。

乃木家家訓

幸を招く基は 朝晩に 先祖に向かひて 手をば合わせよ

白梅が1本あり花がついていた。

白梅が ほころび嬉し 乃木神社

タマゴ20個の配達に挨拶に来たわたしに驚かれたが、わたしの理由をご説明した。

午後から部屋とトイレ掃除に昼寝。

万歩計12000歩

鯨肉の思い出

寒い朝から抜け出し、今朝は窓の結露拭きをせずに済んだ。
けれども萩までの道。難所の雲雀峠道路わきには積雪があった。セブンカフェのホットであたたまりアトラス(スーパーマーケット)周辺を40分ウォーキング。万歩計を忘れた。
4月3日「堀内界隈散策」は、佐々木さん仲立ちの萩市観光部長が多忙のため、観光ガイド協会に案内を依頼したい。土曜日は電話が通じない。まぁボツボツ進めればよい。
菊ヶ浜駐車場に10時参集。徒歩にて堀内と寺町界隈散策。お昼前に現地解散。午後のオプション計画はある。
スーパーマーケットに、くじら・まめ・恵方巻き予約などが並びはじめた。新春近し。
捕鯨基地の下関が近いせいか、鯨肉は頻繁に食べさせられた。いまでは高級品の刺身。オバイケ。ウネの粕汁。焼き肉など自宅でさんざん食べさせられ、学校給食でも鯨の竜田揚げなど鯨メニューだったことを思い出した。

休養の金曜日

きょうも冷たい雨。
正志は山口・防府に周南を走るため5時に農園に着いて作業を始めた。8時前にはスタートする。
わたしは仕事はしない金曜日。昨夜から考えていたことを正志に相談した。
木曜日にわたしが走る距離は250キロ。配達件数も増えて嬉しい反面、体力的に無理をしている。さらにきのう「親戚から配達を頼まれた」と丁寧に書かれた地図を預かった。場所を確認して来週返事をすることにした。
正志に、木曜日から大谷山荘は走ってくれないかと。農園から往復90分はかかる「わかりました」と言ってはくれたが、その時間分の仕事はオーバーになる。正志が無理をするより、利益をあげて人を増やすところに気がついてほしい。
わたしはゆとりができたので新規の配達を引き受ける。
いずれは私も家内も仕事ができなくなるから、正志に力をつけてほしい。言うべきことは言ってきたので、もう口出しはやめた。

午前は持世寺温泉。昼から読書。ゆっくり体を休めることができた。

時代おくれの魚屋

寒波で凍結し、電気温水器が壊れた長府の方。自宅前の坂道、途中で車を放置した彦島の方。
スーパーマーケット敷地内のうどん「よしの」は、寒波前の土曜日に、日曜日は凍結で動けない予想で買い物客が駐車場いっぱい。日曜日のお店は臨時休業。
下関市内の鮮魚店。角島海域の鮮魚を主に仕入れている。先週は9キロの天然ブリと大きなサワラが何匹もあった。きょうは一匹も無い。
しけが続き大将のメガネにかなう魚がない。しかも値段が高い。魚市場で思案したあげく「休業」を決めた。奥さんは「休まんでも」と不機嫌。自信を持って商いをやりたいと大将は言う。宇部に「時代おくれの酒屋」が看板の店がある。ここにも「時代おくれの魚屋」があった。
寒波襲来で、大小あるにせよそれぞれドラマが展開した。

美祢市を済ませて農園まで。藤ヶ瀬峠は積雪があるかもわからないと思いながら、この山越えが最短だから走った。てっぺん付近はシャーベット状態だった。

万歩計7000歩

井戸水ピンチ脱出

寒波のあと、各地で水道管が破損して生活に支障が出ている。
高齢者や育児中の人たち、マンション住まいの人はより深刻と思う。
農園は、過去何度も寒波で水回りの破裂を経験している。業者に修理を頼めば、修理が殺到して日にちがかかるし費用も多額。指が冷たく痛くても自前で修理をする。その部材もストックしている。寒波のときホームセンターの部材は品切れも経験した。
鶏舎毎に配水があり、わたしの住居もトイレや風呂に台所と配水がある。
とにかく排水をしっかりしておけば凍ることはない。
けれども農園は井戸。まる3日も連続排水をしたので、井戸の水位は下がり赤ランプ。最悪になれば、川にポンプを据えて川の水をホースで井戸の周囲に散水する。
今回の寒波は雪を従えて来た。雪がとけたら水位は回復する。

雪解けが 井戸のピンチに しみわたり

1ヶ月毎の血圧測定で病院に行った。待合室で、前の仕事で出入りしていた印刷会社の営業マンとバッタリ。病院の印刷営業に来たらしい。もうじき70歳らしいがはつらつとされていた。しばらく昔話に花を咲かせた。
万歩計9000歩