今朝の強い風が春一番。風に向かい川面すれすれを銀色に近い大型の鳥がグングン滑空したヤマセミと直感。橋の近くの木にとまった。橋を静かに歩きながら観察したら銀色の冠ヤマセミ。ハトに近い大きさが貫禄。
明朝の路面凍結が心配で岡本拓也さんに1日早く、午前中に配達させていただいた。
午後から機械類メンテナンス。4月から半年間大活躍する強力草刈機ハンマーナイフのエンジンオイル交換。ミニユンボのキャタピラーたるみの調整。
トイレと部屋など掃除で半日かかった。
明日から寒波がやってくる。
万歩計9000歩
今朝の強い風が春一番。風に向かい川面すれすれを銀色に近い大型の鳥がグングン滑空したヤマセミと直感。橋の近くの木にとまった。橋を静かに歩きながら観察したら銀色の冠ヤマセミ。ハトに近い大きさが貫禄。
明朝の路面凍結が心配で岡本拓也さんに1日早く、午前中に配達させていただいた。
午後から機械類メンテナンス。4月から半年間大活躍する強力草刈機ハンマーナイフのエンジンオイル交換。ミニユンボのキャタピラーたるみの調整。
トイレと部屋など掃除で半日かかった。
明日から寒波がやってくる。
万歩計9000歩
昨夜は雨音が激しい時間帯があり時おり眠りから覚めた。川の音もゴゥゴゥと聞こえた。
来週の早朝氷点下は木曜日まで続く、特に火曜日は最高気温1度と雪マーク予報。
農園内の水回りを凍結から守る排水には相当な井戸水が必要になる。水位があがる今回の雨はありがたい。
萩市と長門市の配達中は雨量が多かったが、美祢市に戻るころには小雨になった。
今夜は6時スタートの懇親会。15名の参加者になった。座長は松村御大。
家内の軽四に今村夫妻が往復同乗。農園はハッピーが警備?
万歩計9000歩
木曜日の疲れを感じながら、祝日でお届けできなかった下関のお客さまに配達に向かった。
新下関近くの会社から始まるので、今朝も乃木神社参拝。今朝もガンゼキで境内を清掃される男性が二人。元気に挨拶を交わした。
その掃き清められたガンゼキ跡を歩くことはためらわれ、敷石を歩いて散策した。
大きな「さざれ石」が鎮座。旅順203高地から持ち帰った松。多くの戦死者(日露両軍)の血で染まった203高地の土など展示物がある。
地域の子供たちが武術の稽古ができる施設も境内横にある。
境内の ガンゼキ跡に 鳩の群れ
きれいなガンゼキの目に足を踏み入れることができないが、鳩の群れは平気で歩きまわり糞をする。
山口トヨタで配達が終わり、小月で散髪、船木の温泉立ち寄り。
ヘトヘトで戻った。
今夜はしっかり休み、明朝は萩。そして夕方は3連チャンで下関(交流会)
建国記念日の木曜日。会社や商店など休みが多く、きょうのお届けができないお客さまは明日の金曜日に走る。きょう早く配達できればよい。そういう話しにはならない。長年わたしの配達時間は定刻を心がけている。
時間調整は、話しができそうなお客さまとゆっくり会話をはずませる。
加奈ちゃんは2時ごろご主人が子供サービスで小倉行き「ねぇ、おいちゃん」と加奈ちゃんが話題をきり出した。
最近テレビは見ないことにしている。報道番組を漫然と見ていたら、世の中の大切なことを見失うような気がする「最近の日本はおかしい」と。
きのう今村さんからお借りした本「おじいちゃん日本のことを教えて」を中途半端に読んだ理解を話した。
戦前の日本は、国があり国民があった。その国のルールの中で個人の自由があった。
戦後は、人権や自由が大手をふり「国」が見失われている。
本の受け売りをしてしまった。次回は、わたしの言葉で加奈ちゃんに向き合えるようにしたい。
朝、長府「乃木神社」にお参りした。ご祭神は乃木希典、当地では「乃木さん」の愛称で親しまれ乃木さん通りアーケードもある。学習院初代院長を明治天皇から仰せつかり学問の神様。
高校受験らしい男子二人が参道をすすみ、神殿に柏手を打った。
柏手に 力を込めて 受験生
明日も下関行き。
万歩計8000歩
昨夜は琉球泡盛をお湯割り飲みすぎた。起床が1時間遅れの5時になり、緊急時のチキンラーメンが朝ごはんになった。
冷え込みがきびしく、台所の水回りが凍結寸前でシャーベットが押し出された。
気持ちをしずめて八幡宮朝参り。早朝ウォーキングは15分で時間切れ。
今村夫妻と会話が楽しい水曜日。裏口で寒いけれどホットコーヒーで手もあたためながら。
ご主人から「読まれませんか」と一冊「おじいちゃん日本のことを教えて」
「おじいちゃん戦争のことを教えて」の2弾作品。
読みたいと思っていたからお借りした。万倉の護国神社にも書き物があった。敗戦国の日本を立ち上がれないように歴史を国民が学べない仕組みを連合国がつくった(憲法も)そういう意味からも読みたい。
小野田市名物「甘太郎」の大判焼きをお客さまからたくさん頂戴した。
万歩計10000歩
体温を吹き飛ばす北風が一日止まなかった。
山口市内の山間地。寒風のなか、押し車で畑に来てクワを大地におろす老婆の姿は神々しくも見えた。
着ぶくれの 畑で老婆が 背をまるめ
一日走り終え農園に戻ると、愛犬が全身で喜びを伝えてくれる。とにかくキスをする。
昨年は、4月に東萩駅から農園まで50キロを歩いた。
長門市駅から農園まで計ってみたら同じ距離のコースがあった。今月中に10時間ウォーキングをやりたい。
万歩計11000歩
農園の土手に植えた桜は、数年前から「てんぐ巣病」が拡がりはじめた。対策は患部の枝を切ること。放置すれば木が枯れるらしい。きのう思いきって脚立を使ったり登ったり(高所恐怖症)してきれいにした。
川土手は砂利で造成されているから、木にとっては栄養分の少ない場所になる。毎年2月は寒肥えの鶏糞を根元なまく。
春を待つ 土手の桜に 寒肥えを
配達を済ませて戻り道、農園隣の集落「万倉(まぐら)」を歩いた。前から小高い場所に見える神社が気になり参拝した。
万倉護国神社だった。禁門の変19名・四境役12名・佐賀役2名・西南役4名・日清役6名・北清役1名・日露役11名・シベリア役2名・満州匪族討伐2名・日支事変13名・大東亜戦争132名。合計204名の御霊さまが祀られていた。この小さな集落で戦に倒れた人の多いことがわかった。おそらく一家に何人かはおられるだろう。
あらためて平和を生きているありがたさを感じた。
万歩計10000歩
愛犬は2階下足箱の(玄関)隅にマットを敷いて寝かしている。のら犬生活をしたわりには寒がり、農園が寒いのかもわからない。
午前2時。愛犬の大いびきで目が覚めた。
母が入院中は携帯電話の電源を切ることはなかったが、夜9時に自動で電源オフにセットしている。目が覚めたので電源を入れたら電話の着信履歴とメール。
メールは牧君。カトマンズのお寺で犬が数頭寝ている写真が添付されていた。日本だけでなく世界は彼の尺度では広くはないようだ。
早朝はうっすら雪。日ごろは気になりながら手をつけていない農園内の作業をやった。
午前中はユンボを使い、午後からはノコギリを使った。
ウォーキングはしていないが、長靴を履いて万歩計。
13000歩
6時半。萩のスーパーマーケット「アトラス」から歩きはじめた。最近は40分コースが決まっている。最初は長州と会津を祭るお堂のお地蔵さま。
バスセンターからアーケードを歩くと挨拶をするお馴染みさんもできた。
立春初搾り91本を2日で配り終えた。
何人かの人から電話やメールで美味かったとお礼を頂戴した。
わたしは、配達した人全員が代金を用意されていたことが印象的だった。
酒をご案内して、配達して代金をいただくなかで、たくさん会話がはずむ。タマゴとはちがうベルトがかかり親近感が増した。儲けにはならないが。それでよい。
昼ごはんのあと、布団を敷いて本格的昼寝。2時間寝た。3時からゆっくり湯船で運転疲れを癒すことができた。
明日は農園で動くガソリン・ディーゼルエンジンのオイル交換をやる。
万歩計10000歩
日の出前から酒の配達に出た。きのうタマゴの配達で走った下関からまわることにした。
朝の渋滞。スマホを片手にニコニコしながら歩道を歩く女子高生。スカートの丈が相当短くおみ足がまぶしい。歩道の向こうに生徒指導らしき大きなホタテマン風の男がコート姿で仁王立ち。
画面を見ながら、笑いながのミニスカートは仁王立ちに衝突した「キャー!」と黄色い悲鳴。仁王立ちはミニスカートに形相険しく説教しているが、彼女はずっと笑顔で反省はない「行け」とばかりに道をあけたら、またスマホの画面をニコニコしながら見て歩いた。若さの勝利。
下関・小野田・宇部に山口市を走りほぼ全部の立春初搾りをお届けできた。
立春を 待って搾られ 縁起酒
万歩計7000歩
今朝の長府住宅街。鳩や山鳥がたくさん路上で忙しい。よく見たら節分の豆が「鬼は外!」でばらまかれ食べ放題。
鳩たちが 豆食べ過ぎの 立春や
木曜日はウォーキングの時間がとれないハードスケジュール。功山寺と万骨塔の参拝で石段の登り降りぐらい。
酒屋の井上さんが「五橋 立春朝搾り」岩国の蔵元が今朝から搾る限定酒を手に入れるため、深夜から蔵元に行きラベル貼りを手伝い、神主のお祓いを受けた酒を運んでくる日本酒ヌーボー。
昨年、味わったら美味かった。タマゴのお客さまにご紹介したら91本の注文があり、井上さんが農園まで運んでくれた。
明日は仕事をしない金曜日。下関・小野田に山口市にお届けをする。
土曜日に長門市と美祢市。
家内が鯖をシメ鯖にしてくれたから、今夜は日本酒ヌーボー解禁。
万歩計8000歩
八幡宮朝参り。だいたい6時半に境内下に車をとめて石段を上がり鳥居をくぐる。何年も前から地域のばあちゃんを石段で追い抜くことがある「おはようございます」と追い越しながら声をかけても、頭を少し下げるだけ。なんとなく気まずい相手と思っている。
今朝もばあちゃんが石段をよちよち手すりを頼りに上がっていた。案の定、わたしの挨拶に頭を下げた。
本殿参拝中に思った。いや神様から思わされた実感。それは、ばあちゃんは本日の第一声を神様にお供えされているのではないか。
ばあちゃんが 黙して会釈 朝参り
タマゴ代を支払いながら「ちょっきり(丁度)あるけぇ(から)」
先日は
「そねえな(そんな)ことしてもろうては、いけんだい(困る)」と。
わたしは地元言葉が大好きだから連発しながら配達をしている。
牧君の宮崎弁や林さんの広島弁もバリバリ。方言にはソフトに伝える力がある。
万歩計10000歩
山口市内の小学校。校門にはレールを走る重い門扉がある。わたしの用件は所定の場所に届けてすぐ出るから、開けた門扉をそのままにして出るときに閉めればよいかもわからないが、重い門扉を2度開閉している。それがルールだから。
今朝、小雨のなか門扉を開けていたら後続の車が1台来た。わたしが門を通過して、当然後続のドライバーが閉めるかと思ったら、わたしを追い越して校内に入った。ルール無視に気分はよくないが、降りて門扉を閉めに歩いた。所定の場所にタマゴを置いてエンジンをかけたら、若い奥さんが「子供の忘れ物を事務室に持ってきました。閉めずにごめんなさい」と頭を下げられた。
あの場面でクラクションを鳴らして「閉めなさい」と言わなくて良かった。このコツを身につけていこうと爽やかな気持ちになった。
4月3日。萩市の堀内界隈散策を計画している。観光ボランティアの方と打ち合わせが整った。
10時に萩博物館パーキング集合。約2時間歩いて武家屋敷などを案内していただく。周遊舟「萩八景」も運航しているから、解散後にオプション。田中邸などもオプション企画をする。
3日は、例年ならば桜が見ごろ、今年は早いかもわからない。
関心あるかたは案内状を請求してください。もちろん無料です。
万歩計12000歩
この2〜3日で「戦場カメラマン」についての番組が複数あり興味深くみた。
過去に新潟の報道カメラマンがSNSで「シリア取材に行く」と発信して世論を騒がせた。わたしは「自己責任で行けばよい」と思い、政府は彼の旅券をおさえて止めた。
番組をみて感じたことは、身を挺して現場報道をする人があればこそ現場を身近に受け止めることができる。そこから世論がおきる。特に政治家は世論は無視できないから現場が動く。
日本人の中に戦争体験者が少なくなるなか、戦争を身近に引き寄せてくれるのは報道カメラマンだと感じた。
東北の災害では、たくさんの民間人も現地入りした。その人たちから被災地の生の様子が伝えられた。
たしかに自己責任ではあるが、それは赴く人の心構えで、まわりの人は感謝しなければならない。
ラジオで鹿児島県出水市で越冬を終えたツルたち一万数千羽が北帰行をはじめたと報じた。
春ちかし 出水のツルが 北帰行
タケノコが出た。やぶ椿が咲いたと早すぎる春の話題を耳にする。
万歩計8000歩
配達で事故や脱輪に違反など様々経験している。脱輪2回と違反のうち1回は、わたしなりの理由があった。
新規の配達がそれである。限られた時間の中で地図やナビを頼りにお宅をさがす。一方通行や通学路など地図でわからないこともあり気持ちが焦る。焦りが運転にあらわれる。
下関安岡で配達を希望される方のお宅を、木曜日に配達しながらではなく、きょうわざわざさがしに行った。
気持ちのよい長府侍町や壇具川沿いウォーキングを楽しんだ。母が1歳のわたしを膝に抱いて座った(写真)こま犬に会いに乃木神社参拝。母が座ったこま犬に腰をおろしてみた。
境内の「乃木旧邸」看板は(邸)だが、狭い一間の小屋が再現されている。
乃木家家訓
幸を招く基は 朝晩に 先祖に向かひて 手をば合わせよ
白梅が1本あり花がついていた。
白梅が ほころび嬉し 乃木神社
タマゴ20個の配達に挨拶に来たわたしに驚かれたが、わたしの理由をご説明した。
午後から部屋とトイレ掃除に昼寝。
万歩計12000歩
寒い朝から抜け出し、今朝は窓の結露拭きをせずに済んだ。
けれども萩までの道。難所の雲雀峠道路わきには積雪があった。セブンカフェのホットであたたまりアトラス(スーパーマーケット)周辺を40分ウォーキング。万歩計を忘れた。
4月3日「堀内界隈散策」は、佐々木さん仲立ちの萩市観光部長が多忙のため、観光ガイド協会に案内を依頼したい。土曜日は電話が通じない。まぁボツボツ進めればよい。
菊ヶ浜駐車場に10時参集。徒歩にて堀内と寺町界隈散策。お昼前に現地解散。午後のオプション計画はある。
スーパーマーケットに、くじら・まめ・恵方巻き予約などが並びはじめた。新春近し。
捕鯨基地の下関が近いせいか、鯨肉は頻繁に食べさせられた。いまでは高級品の刺身。オバイケ。ウネの粕汁。焼き肉など自宅でさんざん食べさせられ、学校給食でも鯨の竜田揚げなど鯨メニューだったことを思い出した。
きょうも冷たい雨。
正志は山口・防府に周南を走るため5時に農園に着いて作業を始めた。8時前にはスタートする。
わたしは仕事はしない金曜日。昨夜から考えていたことを正志に相談した。
木曜日にわたしが走る距離は250キロ。配達件数も増えて嬉しい反面、体力的に無理をしている。さらにきのう「親戚から配達を頼まれた」と丁寧に書かれた地図を預かった。場所を確認して来週返事をすることにした。
正志に、木曜日から大谷山荘は走ってくれないかと。農園から往復90分はかかる「わかりました」と言ってはくれたが、その時間分の仕事はオーバーになる。正志が無理をするより、利益をあげて人を増やすところに気がついてほしい。
わたしはゆとりができたので新規の配達を引き受ける。
いずれは私も家内も仕事ができなくなるから、正志に力をつけてほしい。言うべきことは言ってきたので、もう口出しはやめた。
午前は持世寺温泉。昼から読書。ゆっくり体を休めることができた。
寒波で凍結し、電気温水器が壊れた長府の方。自宅前の坂道、途中で車を放置した彦島の方。
スーパーマーケット敷地内のうどん「よしの」は、寒波前の土曜日に、日曜日は凍結で動けない予想で買い物客が駐車場いっぱい。日曜日のお店は臨時休業。
下関市内の鮮魚店。角島海域の鮮魚を主に仕入れている。先週は9キロの天然ブリと大きなサワラが何匹もあった。きょうは一匹も無い。
しけが続き大将のメガネにかなう魚がない。しかも値段が高い。魚市場で思案したあげく「休業」を決めた。奥さんは「休まんでも」と不機嫌。自信を持って商いをやりたいと大将は言う。宇部に「時代おくれの酒屋」が看板の店がある。ここにも「時代おくれの魚屋」があった。
寒波襲来で、大小あるにせよそれぞれドラマが展開した。
美祢市を済ませて農園まで。藤ヶ瀬峠は積雪があるかもわからないと思いながら、この山越えが最短だから走った。てっぺん付近はシャーベット状態だった。
万歩計7000歩
寒波のあと、各地で水道管が破損して生活に支障が出ている。
高齢者や育児中の人たち、マンション住まいの人はより深刻と思う。
農園は、過去何度も寒波で水回りの破裂を経験している。業者に修理を頼めば、修理が殺到して日にちがかかるし費用も多額。指が冷たく痛くても自前で修理をする。その部材もストックしている。寒波のときホームセンターの部材は品切れも経験した。
鶏舎毎に配水があり、わたしの住居もトイレや風呂に台所と配水がある。
とにかく排水をしっかりしておけば凍ることはない。
けれども農園は井戸。まる3日も連続排水をしたので、井戸の水位は下がり赤ランプ。最悪になれば、川にポンプを据えて川の水をホースで井戸の周囲に散水する。
今回の寒波は雪を従えて来た。雪がとけたら水位は回復する。
雪解けが 井戸のピンチに しみわたり
1ヶ月毎の血圧測定で病院に行った。待合室で、前の仕事で出入りしていた印刷会社の営業マンとバッタリ。病院の印刷営業に来たらしい。もうじき70歳らしいがはつらつとされていた。しばらく昔話に花を咲かせた。
万歩計9000歩
連日が寒かったので、今朝の冷え込みはこたえなかったが、小郡まで下りの峠(藤野先生通勤コース)が心配だった。農園を出る前に高速道路情報を画面で美祢東IC〜小郡ICは上下線走れることを確認。峠が渋滞なら高速移動を考えたが、峠はスイスイ下ることができた。
山口市内、住宅街には大雪でこしらえた、さまざまな雪の作品が見受けられた。
なかでも半分溶けて原型はとどめていないが、赤い南天の実がふたつ残って想像できた。
赤い目は 南天うめた 雪ウサギ
雪で帰宅困難者の家内が洗濯物をのせて橋を渡った。
万歩計10000歩
きのう岡本家に1日早い納品をさせていただき、今朝の圧雪のなか峠の往復は回避できた。
さらに圧雪の大谷山荘ルートは、エンジンブレーキが効く2速で走った。突然の積雪ではないから無謀なノーマルタイヤは走らない。積雪は多いが事故車両はなく走れた。美祢市の山間部は、ほとんど平地に車をとめて狭い道や、坂道を歩いて配達した。長靴で踏みしめる新雪がキュキュと、鳴き砂のように音を出した。
雪深く 徒歩の配達 雪が鳴く
解剖学者の養老孟司先生のラジオやテレビ番組はチェックしている。今月23日のラジオ放送は、なぜキリンの首が長い・ゾウの鼻が長いのかを、解剖学的な立場で解説されて、首や鼻のことがわかった。わかると嬉しい。30日(土曜日)午後1時からEテレ再放送。こころの時代 宗教・人生「自分を超えて」が養老孟司先生とわかり録画予約した。
万歩計10000歩
久しぶりの大雪。室内の窓サッシの結露が氷ついていた。
雪はどんどん積もり、気温はお昼に氷点下6度。
月曜日の岡本拓也さんお宅の配達は、峠越えがある。月曜日の朝、圧雪を走るより新雪を走ることにして、1日早い納品をお願いした。視界が遮られるぐらいの吹雪で走る車は少なくマイペース運転ができた。新山口駅発の東萩駅行き定期バスが雪だるまですれ違った。この荒天のなか雲雀峠を下る運転は神経をすり減らすだろう。
納品を済ませて散髪。早く戻らないと動かれないかもわからないぐらいの降雪。
午後から母遺品のノート一部に目を通した。年代は不明。1月24日の日記は、早朝にラジオで聴いた「心の時代」の感想で始まった。何事もよいほうに解釈しなければと自身に語っていた。末尾の一句。
竹やぶを ぬけて走る 受験生
母の心に刻まれた躍動感が、母の筆跡からよみがえる。
わたしの本日
豪雪に 竹が並んで 身をかがめ
万歩計3000歩
萩に向かう雲雀峠をぐねぐね下る頃から雨になった。日本海側は雨が多い。
長門市から山越えで美祢市に入ると雨はない。
眺めがよい場所に車をとめて30分ウォーキング。今朝は隆子さんから萩市防災メールを転送いただいた。今回の寒波は数十年に一度らしい。
寒風を歩きながら、早い動きの雲を眺め凍結の心配をした。
月曜日は、農園からひと山下り岡本拓也さんと防府市の配達がある。大渋滞かもわからないから「日曜日に配達させてください」とメールでお願いした。
月曜日の午後は、厚狭の妙徳寺の配達がある。
百年以上続いているお寺の行事「寒行」は、1月21日から2月10日まで、境内に置かれた大きな桶の水を副住職(34歳)が、早朝にした帯姿で頭からかぶる荒行。
境内のムシロに置かれた桶を見るたび、道を求める厳しさに、わたしまでも気合いが入る。
寒行や 桶の冷水 頭から
万歩計9000歩
湯田温泉の旅館。年に一度のご注文は「大寒たまご」きのう採卵400個のお届けは10時前。
旅館の近くに「温泉の杜」があり、風呂は10時がオープン。それにあわせて納品時間。
サウナやジャグジーに露天風呂で疲れを癒した。
昼はビールロング缶。布団を敷いて昼寝。体がまだ温かく熟睡。
日曜日の農園地域は、最低気温マイナス9度。最高気温マイナス4度。相当に厳しい寒波の襲来。たまごをどんどん採卵しなければ氷ついて割れる。
萩市掃除に学ぶ会が日曜日に開催。萩市観光部長が参加されると聞いて参加を決めた。4月に計画している、堀内地域散策にお力添えをいただきたい。
萩までの峠はガチガチのアイスバーンを予想できる。車の後部にコンクリートブロックとタイヤをたくさん載せて、冬タイヤが路面をつかむよう考えていた。
さきほど、萩掃除人の佐々木さんから「寒波で中止」の連絡を受けた。
明日は萩から長門・美祢市を走る土曜日。予報は雲雀峠も走れそう。
ストーブの お湯で熱燗 大寒波
万歩計6000歩
加奈ちゃん宅。いつもの2時に到着。パンレッスンらしく庭に2台の車は生徒さんだろう。寒いから戸締まり万全でも話し声と笑い声が音量たっぷり。
若い生徒さん3人と加奈ちゃんがとても楽しそうにパンづくり。周南市の生徒さん。
まだあたたかいメロンパンをいただき、加奈ちゃんとカメラにおさまった。ブログに載るらしい。
「よしの」夫婦(めおと)うどんは完売。
1週間いろいろ考えたことを交わし合い、思いの違いを認め合う。きょうは「安楽死」が殺人ほうじょに当たるかどうかを、我が身のこととして話を深めた。
縁起よし 大寒たまご 喜ばれ
万歩計8000歩
ドラッグストアに、ペットボトルのお茶を買いに寄った。広い店内に酒に食料品、生活雑貨などがある。酒のコーナーは高価な酒はないが、ふだん私が楽しむ庶民的な酒が並び安い。
規制緩和の政策で、津々浦々の風景が画一的になった。
氏神様は地域の心の柱。地域に生きる人たちと、酒屋、米屋に散髪屋。昔は鍛冶屋が地域の農業などを支えた。シャッター通りと、そこで果てていった商いを他人事のように言う。
リニア新幹線などインフラ整備に政治家は価値を感じている「時は金なり」果たしてそうなのか。20年ぐらい前の夏、内蒙古自治区(旧満州)のホロンバエル大草原を訪れた(松村御大から勧められた)
パオ生活の蒙古族には電気がない。日本時間で午後10時ごろ赤い夕陽が地平線に落ちたらファイヤーを囲み家族団らん。酒がはいると馬頭琴をかき鳴らし手拍子と歌声が草原に響いた。
これほど豊かな生活をしている人たちに出会い、利便性を追及する世界に生きていることが、幸せなのかと考えた。
積雪の影響で、朝は交通渋滞。焦ってトラブルを起こせばすぐ困る。迂回路を知っていても渋滞に加わりラジオを楽しんだ。
境内は 雪の静寂 朝参り
万歩計15000歩
一面の銀世界。長靴を履いてしっかり冬支度で歩いた。
今朝はコーヒーを飲んでスタート。そのコーヒーもあわせて5杯のコーヒーを飲んだ。
小雪が舞うなかでの配達「さぁコーヒーであたたまりなさい」と玄関コーヒー。ブラックとぶち甘い二種類。善意はいただいた。トイレと胸焼け。
今朝、ゴソゴソ引き出しをあけていると、古い携帯電話があった。充電器も。
接続して電源投入したらよみがえった。受信と送信ボックス。画像ファイルにブックマークなど生きていた。
画像をあけて7年前の携帯電話とわかった。5年前に死んだ「はなちゃん」の皮膚病初期(前足に包帯)の画像。農園犬デビューのハッピー。健太に太郎さんもたくさんあった。
元気な母は入院先での笑顔。
鶏舎でアオダイショウが大きなクマネズミに巻きつき、1日かけて呑み込んだ画像。
メールは当時にバックトゥーザフィーチャー。しばらく画面を楽しめた。
校庭は 子供が走り 雪合戦
万歩計12000歩
大寒の週らしく寒波の予報。日曜日の農園は氷点下7度。
岡本拓也さんのお母さんは「この冷え込みで寒餅がつける」とはりきっておられた。
寒餅や 待っていました 寒波来る
美祢の猟師さん。お宅に猟師が4人集まり2頭の猪を解体中。入院していた猟犬が犬舎に包帯姿で横になっていた。わたしを見つけて甘えた声を出した。
怪我をした状況をたずねた。犬が猪と格闘の最中、猪を撃った弾が猪の身体を貫通して犬の前足1本に命中した。膝から下がぶっ飛んだ。
闘争本能は持ち合わせているメス。3本の足だから猟には使えないが子は生める。
闘争本能に長けているから怪我をする。
吉部で開催していた会です。耕心の里は、新潟県糸魚川の奥にあるお寺の庫裏(お住まい)を、鍵山先生が私財を投じて山口市に移築された建物です。一見の価値はあります。
「数楽の会」開催
3月13日(日曜日)
山口市佐山131-1-1
朴の里(耕心の里)
2時半から4時まで
費用600円 会場費など
内容 日本の数学者 岡潔著「春宵(しゅんしょう)十話」を解説。
講師は藤野貴之先生
今回から吉部を離れ、鍵山先生文化財が会場です。数学と銘打っていますが、実は生き方を学ぶ楽しい時間です。
ご参加の方はお知らせください。
5年祭は、八幡宮祖霊殿と墓前で近親者が集い、西君の霊に心を寄せた。
直会は農園。家内が前日から仕込み、きのうは料理だけに1日を費やした。
西君の思い出話で座は和んだ。
心をひとつにした5年祭だった。西君はきっと喜んだ。
今朝5時46分。神戸の震災に思いをはせた。兵庫区浜山の金光教岬教会は震災当日半壊。福原教会長は家財の下敷きになりながらも怪我はなかった。その後の余震で全壊。
そこを拠点に約3ヶ月の奉仕に加わった。奉仕仲間の牧さんや香山さんとは現在までお付き合い。
善い面と反対の面が、事柄を変えながら毎日目の前で展開した。
福原先生と電話で近況を伝えあった。
朝、山口市のNTTにアルミ缶回収に行った。大量にあるから配達のついでにすると回数が増える。全部回収できた。
万歩計8000歩
土曜日は萩市内をウォーキング。
農園から萩市までは氷点下5度。萩市内は海のせいでプラス1度。大型商業施設「アトラス」に車を置いてスタートはまだ暗い7時。
今朝は明倫小学校界わいを40分歩いた。車に戻る途中、息をのむような場面に遭遇した。
萩市内に会津白虎隊を慰霊するお地蔵さんがある。と耳にしていた。それがあった。
場所は「JAあぶらんど萩」と明倫小学校の間の道。最初の三差路を右折してすぐの右側。JAのすぐ裏手。
萩88ヵ所の71番お堂、白虎隊士が自刃を遂げる場面の石版画は「忠臣義士」と題され説明文の末尾に「松平容保書」
会津の渡邉という方から「白虎隊士の供養をしていただいている事は、会津人として感謝の極みであります」と、お堂のお世話をしている唐樋町町内会に感謝状が届いていた。
とにかく掃除が行き届いて場の空気は凛と感じた。
来週から、できるだけこの場所はお参りしたい。
西正男さんの神様5年祭を、野村宮司ご祭主でお仕えいただいた。
祖霊殿 縁者集いて 5年祭
万歩計14000歩
小雨のなか傘をさしてウォーキング。明日は西君5年祭を宮司にお仕えいただく。
西君の笑顔を懐かしく思いだしながら歩いた。
幽世(かくりょ)の 御霊の友よ 安らかに
上の湯、一番風呂。浴槽からお湯が流れるタイルで、桶を枕に30分も夢のなか。疲れが洗い流された。
風呂あがり、休憩室のお茶をいただきながら思った。
貯えるお金はないが、食べて働き、酒もうまい。多少の心配事があるにしても、とても幸せな人生をおくっている。
不平を思わず生きる稽古をしなければと。
万歩計11000歩
西君、5年の命日。
あの日は金曜日。午後2時前ごろ防府市で家内からの第一報「川に西君が落ちて、いまレスキューが農園に着いた」小雪舞うなかを急いで帰路についたが、農園近くで赤色灯もサイレンも静かな救急車が宇部市内に向かっていた。西君が乗っている。
あの日の川は増水していた。きょうの川は水は少なく川底が出ている。あの日、川底が出ていたらと思う。
配達の途中で生花を買い、さきほど現場に供えた。お線香も。
16日。吉部八幡宮で5年祭をお仕えいただく。
菊川町内日(うつい)は田園風景がわたしは好きな場所。老人の地域で細々と家電の店を営む老夫婦がお客さま。
テレビとビデオのリモコンスイッチが不調で、先週注文した。農園のテレビとビデオはシャープ。シャープの受付部門は山口県から撤退しており、リモコンスイッチが届くまで時間がかかる。1週間に3回も経過のお電話をいただいた。
松琴堂に納品時に和菓子を家電店の奥さまに買った。
リモコンスイッチは入荷していた。3千円の領収書が添えられていた。丁寧な家電店が消えていく世相は、やっぱりよくない。
魚屋さんがお客さんのリクエストに応えて卵をたくさんご注文いただいている。
長崎のおおぶり鯖が6匹並んでいた「この鯖は脂がのっている」と。
店先の 光る寒鯖 ドヤ顔だ!
万歩計9000歩
2時半起床。5時、寒いから冷凍肉うどんを調理して卵とネギを入れて朝食。ハッピーと暗やみ散歩。
八幡宮の西君参拝。小雨のなか雨傘ウォーキング。
水曜日は今村談義が楽しみ。わたしは、先週のキジを胃袋におさめた顛末を聞きたかった。解体はネットで調べて羽根の処理。関節を外すやり方を、解説どおりにやった。キジ鍋は最高だったと笑顔。寒風の勝手口に椅子が三つ並び、真ん中がテーブル。今村さんもわたしも防寒着。奥さまが「鉄びんのお茶です」とテーブルに。指も身体もあたたまる。
勝手口 指までぬくい 接待茶
野球の試合で負けたとき、涙をだすほど悔しい選手は見込みがある。
きのう日記。古武術家の甲野善紀師。
負けてこそ 知るは己の未熟なり
負けたればこそ 開く戸もあり
逆境を逆手にとる名人は鍵山先生。野球も武術も経営も、負けを糧にできたら勝てる。
配達の途中、はじめての宝くじ売り場に立ち寄りロト6を3000円購入。しばらく夢の世界でウォーキング。
万歩計13000歩
湯田にNTTのビルがある。あるご縁で、わたしが取り組んでいるアルミ缶回収(精神ハンディの人の施設 厚狭レインボー事業協力)に賛同してくれた。企業が動くとパワーがある。独身寮から出るアルミ缶を洗浄して乾燥。それをビニール袋に入れたあと「来てください」とメールが届く。ご担当の方と会ったことはない。
きょうも大量のアルミ缶がガレージに山積み。積めるだけは持ち帰った。あとは数回にわけて回収する。
最近はアルミ缶の引き取り単価がよくなったようで、施設に集まるアルミ缶が減ったらしい。
支援学校のガードマンさんとお会いできた。小雨の校門。傘をさして数年ぶりの会話に花を咲かせた。快活なお人柄、はじめてご年齢を聞いた「昭和19年です」またお会いできる方と感じた。
Eテレ「短歌」を録画していた。
負けてこそ 知るは己の未熟なり
負けたればこそ 開く戸もあり
甲野善紀という古武術家の作品。ご本人が袴姿で日本刀をさげての出演。ご高齢とお見受けしたが、日本刀のさばき姿は目にもとまらなかった。
「負けてこそ」は、身につけたい。勝つことより意味がある。
成人式会場が報道された。
式典に 禁酒・禁煙 太文字で
万歩計13000歩
先週の木曜日「よしの」でいただいた鰹の出汁ガラ二袋(冷凍)をクーラーボックスに入れた。美祢の猟師さん愛犬3頭の餌になる。
着いたら犬舎に犬はいない。奥さんが「2頭、朝から猟に出ています」あとの1頭は?と聞いて驚いた。
年末の猟で大きなイノシンと格闘して、前足を1本失った。まだ入院中。
体重は15キログラムの中型犬ながらファイトは大型犬にひけをとらない。背中や腹に過去の傷痕があった。
わたしを見たらクンクン甘え声を出した。命があってよかったが、退院すれば不自由な姿に対面することになる。それは辛い。
ストーブの 石焼き芋に 楊枝刺し
鳴門金時芋が甘くなる。食べごろは楊枝で見きわめる。
万歩計10000歩
山口市内(フジグラン)で早朝ウォーキング。給油と灯油購入でガソリンスタンド。ガソリンは110円(リットル)灯油は50円(リットル)灯油の値下がりにびっくりした。
散髪を済ませて上の湯に立ち寄ったら入浴客の車が多くパスした。午後から来客のお茶菓子「栗饅頭」を買った(かるたクィーン推奨)。
松村御大、3日に新年ご挨拶にうかがったとき「今年は四国歩き遍路をやる」と言われた。お遍路理由はいろいろある中のひとつに「ふく様供養」もある。ならば、10年前に歩いた「ちびっこ遍路」の桂子ちゃんと農園で引き合わせる運びになったのが、きょうの午後。
御大夫妻と桂子ちゃん、家内とわたしで栗饅頭食べながら、当時使ったリュックや地図、雨具などをひろげて先達から解説を御大拝聴。
5月の「ツールド下関」を走る、その前に歩かれる。50日ぐらいかかろうから奥さまはバカンス楽しめばよい。
地域の消防団は活躍される。出初め式があり、凛々しい制服姿で詰所に集合され、後での楽しみビールのケースも並んでいる。
きびきびと 地域の守り 出初め式
万歩計10000歩
湯本温泉「大谷山荘」は、農園をはじめた当初から週に三回お届けしている。
スペシャルオリンピクスを立ち上げるとき、時の岩城小郡町長が協力くださった。わたしは会議録調整の仕事をしていたから町長が総務課長時代から面識があった。奥さまご実家が大谷山荘。
奥さまに「大谷山荘にタマゴを届けたい」とお願いしたことはない。けれども、農園の経営を案じた奥さまが紹介くださったと思う。大女将(奥さまの母)が「使わせてください」と農園に来られた。
以来15年以上、週三回が続いてありがたい。
通い続けるなかで小柄な大女将(会長)の働きぶりを目にしている。たいがい作業の服装で山野草を摘みに行き生け花を準備されたりの裏方仕事。出入り業者のなかには会長と知らずに横柄な態度をする者がいても「ご苦労さま」と会釈をされる。ある時、業者を呼び止められた場面に遭遇した。会話は聞こえないが、業者の身内を心配された様子に見えた。業者をそこに待たせて自宅にもどり不祝儀袋を持ち小走りで来られ渡された。
従業員にも業者にも頭を下げられる姿と、お掃除の鍵山先生がいつも重なる。
正月の納品時にご自宅(ごく普通の家)に20個のタマゴを持参してご挨拶とおもったがご不在。玄関わきに置いた。
昨夜「大谷でございます」と電話「どちらの大谷さまでしょうか」と聞いた「大谷山荘の大谷です」と、わざわざ20個のお礼だった。
これまで何度か岩城の奥さまを介して宿泊のお世話をしたことがある。その都度大女将から丁寧なお礼状をいただいた。
鍵山先生や大女将の生き方を手本にしなければと思った昨夜の出来事。
今朝は早めに萩市に向かい、夜明け前の萩を1時間ウォーキング。7時に四方から寺の鐘が打たれ、萩の音を感じた。
年末に牧さんが家内に「はい。五億円の誕生プレゼント」と年末ジャンボ宝くじの封筒をくれた。家内は神棚に奉り当選祈願。先日、売り場にチェクに行った。
夢はみた 年末ジャンボ さようなら
万歩計13000歩
年末、画廊の菊川さんから、山折哲雄師の講話CD8枚を拝借した。きょう10時にお返しに行く連絡をしていた。
7時から30分ウォーキング。小学生たちが元気よく登校していた。
小走りで 児童元気に 三学期
持世寺温泉「上の湯」8時半の一番風呂。昨年から止まっていたサウナ時計が復活。しっから汗をかいた。
菊川さんは10数年間、常盤公園(6キロメートル)をどんなお天気でも毎朝6時にスタートされている。歩き続けて体感できたことは、夜が明けてくるときの景色が美しいこと。コーヒー豆をひきながら近況を語られた。
毎月展覧会を催され、売れなかったら困るでしょうと聞いた。
その会話のやりとりで私が府に落ちたことは、真面目に精一杯やればなんとか道はつく。
鶏を100羽飼いはじめ、毎日100個ちかくのタマゴがとれ始めたとき、10個パックを毎日続けて買ってもらわなくてはならない困難だった。あの当時をどう切り抜けたのかわからない。
菊川さんも作品が売れるかどうかわからない画廊経営のなかで、自宅と画廊建築。子供の教育費と切り抜けたことはわからない。
とにかく毎日が真剣だった。
画廊を出て、松原酒店に立ち寄った「トイレ掃除をしていました」と店主が出てきた。新年のご挨拶。
福村さんのおかげで、リモコンスイッチの故障(デッキではない)が確認できたから、菊川町で小さい電気店を営まれる老夫婦、タマゴのお客さまにリモコンを注文した。
万歩計10000歩
今年の冬は人のインフルエンザが大流行しない。なんとなく今回予防接種を受けていないからこのまま推移してほしい。
韓国では鶏インフルエンザが流行しているが、日本での発生はまだない。
わたしはこの時期、毎年静電気のパチッ!に悩まされるが今年はまだパチッ!がない。
インフルエンザも静電気も、今年は適度の湿度があるからではないかと思う。
テレビとビデオデッキを操作するリモコンスイッチの調子が悪い。「ふくの里」の福村さんがなんでも詳しいからタブレットでリモコンを撮って行き相談した。頻繁に使うボタンの接触不良ではないか。それを調べる方法は、タブレットをカメラモードにして、カメラレンズに向けてリモコンボタンを押したら、正常はボタンはリモコンから発射される光がタブレット画面にうつる。接触不良なら光が出ない。
ビデオデッキを買い換える覚悟をしていたから、リモコンスイッチの買い換えで済めばありがたい。福村さんありがとう。
昨夜は家内が来て、魚ミンチで鍋。今朝はその残りに野菜をきざみ七草粥。
朝食は 昨夜の鍋が 七草に
万歩計8000歩
6時半。吉部八幡宮参拝。いつもどおり本殿で天津祝詞一巻奏上。一週間数々の御礼と縁ある方々が健やかにといつもの拝礼。今朝はご祭神さまにスッとお礼と願いが届いた実感がした。はじめての実感。
ウォーキングはフクロウ二羽に挨拶して40分。寒さは感じない。
やわらかな 朝日のぼりて 寒の入り
今村さん(元 専修大学野球監督70歳)と水曜日は会話でキャッチボール。子供時代の遊び方は共通点が多々。野鳥を山で捕まえて食べる、その仕掛け(はじきワナ)や、スズメを赤レンガ4枚で生け捕りにする仕掛け(レンガワナ)など。捕ったら食べた。
今村さんの近所にお届けしたら玄関先にオスのキジが獣に首をかまれて死んでいた。奥さんは大騒ぎすから「袋をください」と頼み、キジと散らかった羽根を片付けた「今朝、生ゴミですから」と受け取った。
今村さんに「まだ体温がある。放血はしてあるキジがありますが食べられますか」と聞いたら「喰う」すぐにカルタクィーンが「ゴミに出さないで」と電話。イタチは喉に食いつき血を吸う。農園で一晩で40羽の被害があった苦い思い出も喉だった。
さきほど今村さんが農園に自家製柿酢をお届けくださり、今夜は最高のキジ鍋にありつけます。とお礼まで言われた。
周東町にキジ繁殖場があり、一度買いに行った。一羽4000円ぐらいだった。
万歩計12000歩
わたしの仕事は、もちろん農園業務が本分。それとお客さまが「実はね」と前置きの話を聴くこと、わたしでお手伝いできる内容ならばお手伝いする。
11月に体調をくずして救急搬送されたじいちゃん。ばあちゃんはバスで病院に通って昼間は付き添う。
食事を含めて、じいちゃんの生活全般。病院の接し方が丁寧ではないと嘆かれた。
母も入院中、眠れないときは大部屋で周囲の患者の迷惑になる「ここは治療が目的で、介護施設ではありませんから」と、眠らない夜は家族が付き添うよう言い渡された。付き添いできなければベッドに縛ることもやむおえないと。
結局、そこでは夕方に睡眠導入剤を処方して、朝まで眠らせる処置になった。この処置で母はわたしが他人になり「帰れ!警察を呼ぶ」とまで意識が混乱した。最後は処方ミスで約3日昏睡に陥った。ケアマネージャーに「医療が整う施設に移してください」と頼んだ。それで母は母らしくなった。
ばあちゃん(80歳)に施設に入れることを考えなさいやと話し込んだ。
お昼は赤田神社参拝して境内で弁当。大きなツバキの木がワサワサ動く。よく見たら早咲きの花の蜜を求めたメジロ数羽。
早咲きの ツバキの枝を メジロ飛び
万歩計13000歩
山口市内の支援学校に4年前まで、火曜日の朝に配達があった。校門には警備会社の守衛さんが立っていた。
挨拶をしているうちに、そのガードマンは「日本たばこ産業」を定年後に警備会社再就職されたことがわかった。社会情勢の報道などを話したら持論を深く展開された。その根っこはモラロジー活動を積極的にされていると知った。
支援学校のお客さま(教師)が全員異動になり配達も終わった。
ところが、毎年その警備員さんから年賀状が届く。今年も「火曜日は守衛をしています」と。
もう新しいご縁より、昔からのご縁を大切に生きていきたいと思うから、毎年の文面に反応はしなかった。けれども4年も知らない顔はできない。明日の朝は校門に行く。
きのう、松村御大お宅にご挨拶に行ったとき、精悍な顔つきの男が家族で挨拶に来ており歓談中だった。唐戸魚市場の競り人で、今朝の初競りで一番競りの大役を背負う男。
御大夫妻が仲人をされた。農園をはじめたころ御大と若夫婦はこられていた。
御大に以前、競り場でトロ箱を歩きながら大金を動かす競り子時代を聞いたことがある。記憶では(酒)「競り場で踊るようなもの」と短く言われた。
今朝からラジオもテレビも南風泊(はえどまり)市場のトラフク初競り報道。
一番競りの松浦さんが、半袖シャツ姿でダミ声と鋭い目つきで競り場を仕切っていた。
初競りの かけ声響く 南風泊
万歩計10000歩
毎年、新年の3日は気持ちが引き締まる。
正月も鶏はおかまいなく餌を食べてタマゴを生んでくれる。年末までクリスマスやおせち料理で品薄で綱渡り、けれども大晦日を過ぎたら、生んだタマゴはたまる。元日は、それまでのお断りなどを宅配したりでなんとかなるが、2日と3日のタマゴが売れない。
農園をはじめてすぐの時期に、当時の唐戸魚市場の松村社長。寿司割烹浪花の荒川大将(お二人ともお掃除仲間)が「余るならなんとかする」と手を差し伸べてくださった。その手に甘えた。
以来、3日は約200キロ以上のタマゴを満載して下関に通っている。
お掃除の仲間とはいえ、このご厚情に今年も襟をただして仕事に励むことがわたしの責任と言い聞かせている。
浪花から南風泊魚市場にお届けして、松村御大ご自宅に年始ご挨拶。
今月で3年目の愛車が18万キロの走行メーターになった。
明日から仕事本番!
万歩計9000歩
元旦は、わたしだけ仕事をしなかった。
きょうから仕事始め。萩市を済ませて長門市。市役所に駐車して焼き鳥の街を30分ウォーキング。
「正明市(しょうみょういち)」の地名を見つけた。
母の故郷、出雲に蒸気機関車で行った。あの時は幼稚園ぐらいだった。帰りの山陰本線は益田駅で車両の半分から前が山口線で小郡駅向け。後方はそのまま山陰本線で下関駅向け。疲れて母と寝ていたのは後方車両だった。右手に山々ではなく、夜の日本海を見て母が慌てた。乗務員に助けを求めて降りたのは「長門市駅」けれど母は「正明市に来た」と言った。どんごろすに詰めた中海特産の赤貝や野焼かまぼこなどおお荷物を担ぎ、夜中の美祢線ホームで厚狭駅行きの列車を待った。厚狭から宇部駅まで山陽本線。宇部駅から琴芝駅まで宇部線。ホームにたどり着いたときバスはなく「つばめタクシー」で家に着いた。あの母がつぶやいた「正明市」を歩いた。
牧さんが「立ち寄ります」のメールがきのう届いた。立ち寄るなら昼ごはんを食べて行けと返信したら「悪友二人もおりますから」と折り返し。牧さんの友なら歓迎。3人で来るよう伝えた。
お昼前に宮崎弁が3人着いた。伊勢神宮から出雲大社を参拝して、農園を出たら大分県天ヶ瀬の高塚地蔵尊を拝んで久留米の大砲ラーメンに立ち寄り、それから宮崎に帰省する弾丸初詣の旅。わたしは日本酒、牧さんはビール。一人は昨夜の延長二日酔い。残りはハンドルキーパー。煮豚、かぼちゃサラダ、筑前煮、卵焼きに正月料理を並べしばし歓談。最後は特製肉うどん。
行列が 襟を立てます 福袋
万歩計9000歩
今年の大切な行事は、今月の西君5年祭。6月の母納骨(金光教太秦教会奥城)
吉部八幡宮。まだ薄暗いなかを老夫妻と階段ですれ違う「おめでとうございます」と交わした挨拶のダミ声で相手がわかった。農園をはじめた当初、廃鶏をくれないかと来たイノシン猟をする人。態度が横柄。あるときイノシン肉(見た目1キロ)を8千円で買ってくれと来た。追い返した。お宮の階段をよぼよぼ下りる姿に以前の勢いは失せていた。
ちびっこ遍路の桂子ちゃんが臨時の巫女に変身する秋穂「正八幡宮」参拝。国指定重要文化財と看板あり。太鼓橋を渡り長い参道の先に楼門、その奥に拝殿、さらに奥は本殿。巫女さん一人だったから「桂子ちゃんファン倶楽部の足立」と名乗り桂子ちゃんへのお年玉を預けた。境内を散策していたら桂子ちゃん巫女姿で登場。
美人の水元さんは、琴崎八幡宮で臨時巫女と昨夜のメール。
山口市小鯖(おさば)の鰐鳴(わになき)神社参拝。
参道両脇は彼岸花が群生するらしく、その季節に参拝したいと思った。境内には、昨夜から暖をとったであろう太い木が何本もくすぶっていた。
農園手前の約5キロで車をおりて、1時間ウォーキング。
お昼はコップ酒2杯。しっかり昼寝。
申年の 幸せ祈願 初詣
わたしの幸せは、ポルシェ願望ではない。
わたしの年齢や収入のなかで叶う精一杯の幸せ。
万歩計12000歩
農園にお祭りしている神様と母の霊さまに、大晦日の仕事がつつがなく終わらせていただきますようにと手をあわせて木曜日をスタートした。
配達キャンセルの飲食店など多く、かけ足配達すれば2時間早く晩酌をはじめられる気がした。その2時間は、日ごろゆっくり会話ができないから、相手の様子をみながら会話のベルトをかけた。
最近、豪華なガレージをつくられたお宅にご主人がおられた。愛車を拝見させていただいた。
今年購入のポルシェは、ボディーカラーに室内カラーなどたくさんオプション指示をして輸入されたらしい。隣に22年前のクラウンマジェスタ4WS。当時の価格で950万円したと話された。もう一台は大型キャンピングカー「道楽です」と。クルーザーもあるらしくマグロ釣りの道具がずらり並んでいた。宝くじが当たれば「俺だって」
いつもの木曜日に比べて30分早くゴールした。
母の葬儀と愛犬3頭も失う特別の1年が終わった。
確かなことは、周囲の皆さまからよくしていただいたこと。
大晦日 御礼込めて かしわ手を
万歩計8000歩
今朝は冷え込んだ。5時の外気は氷点下4度。3時から石油ストーブをつけても室内12度。冬の朝は結露拭きから始まる。
古新聞 結露の朝は さぁ出番
朝参り、暗い境内で宮司とバッタリ。話題は来月の西君5年祭。打ち合わせができた。
この7年、特に正月は母に農園御膳(生物は禁止)を届けて喜ぶ顔を見るのが新年スタートだった。
幼いころ母に叱られた記憶は、おせちのメイン(?)ハムとエビを母が居ないとき食べた「誰か来たらどうするかね」と。わが家に正月の客は1度もなかった。あの「誰か」を想像できる歳になった。
農園日記の写真。明日は1月の更新日。けれどもストックがない。わたしは写真を撮られることが好きではなく、真砂恵さんから先日も「お父さんの写真がない」と言われた。
明日の夕方には1月の写真更新をしなければならないから、今村さんに私の携帯を渡して一枚撮ってもらった。どうキャプションをつけようかと思案しながらの小野田市内。ラピス美容室の先生がお母さんを乗せて外出に出くわした。蝶ネクタイにサングラス。撮らせていただいた。これで自分を使わずに通過できる。
配達を終えて今年最後の温泉に立ち寄った。こみ合っていたがサウナ20分。今年の疲れが汗になった。
明日は下関から長門の木曜日。
万歩計12000歩
きのうウォーキングは、秋芳弁天池をスタートして壬生神社を見つけて、急な石段を上がり初参拝。800年ごろからこの地で地域のシンボル。
きょうのウォーキングはいつもの坂道30分。山口市吉敷の赤田神社(来年御遷座1300年)で弁当。その前に参拝した。周防四乃宮として由緒ある神様。わたしが赤田神社に参拝する理由は由緒ではない。側を流れる川は石がゴロゴロで傾斜がある。つまり、参拝中に川の音が耳に心地よい。くわえて、川の四季がはっきりわかり、特に秋は絶景。
弁当をいただきながら境内に氏子が集まり餅つきをしている様子を眺めた。
着ぶくれの 氏子賑やか 鏡つき
山口市から農園に戻り、美祢市にスポット配達。今夜は熟睡できる。
万歩計13000歩
来年2月4日。岩国の酒井酒造が例年恒例「立春朝搾り(720ml)を特別限定で売り出す。
特別の意味は、立春の早朝に搾りあがった生酒を、その日のうちに飲める。そのために県内20の酒屋が早朝から酒蔵に集いラベル貼りなど加勢して持ち帰る。
井上酒店もその酒屋メンバーで、今年はじめて酒ヌーボーを買い求めた。思い出にのこるフルーティな味だった。お客さまに案内して、当日は木曜日で配れないが金曜日にお届けして立春祝いの盃に、と狭い範囲でパンフレットを配った。
80本の申し込みがあり、井上さんに予約を済ませた「足立さんは儲かるかね」とお客さまから問われた。わたしは本業以外で儲けることはない。この企画は「わたしの心意気です」と返事をした。
小野田市郊外を走っていると、はるか向こうの田んぼに大型の鳥が歩いていた。車をとめて見たら、間違いなくコウノトリ。タブレットを持って草むらを歩き、ギリギリの距離まで迫り撮した。両足にブルーの足環をつけていた。これで宝くじが当たる希望がわいた。
夕方の魚を買いにスーパーに立ち寄り。正月用の食材がずらり。
店さきは 師走の季語が 花盛り
万歩計12000歩
お掃除ざんまい日曜日と決めていた。
片道40分のホームセンターで洗剤など購入。
来月、5年のお祭りをさせていただく西君の墓磨き。陽当たりの関係で青くコケのはえている面があった。墓地のなかで一番きれいな墓にしょうと力を込めた。墓前祭の前にもう一度の掃除。
屋根に布団を広げた。以前はたくさん泊客があったが、最近はほとんどハンドルキーパーを伴う。牧君はよく泊まってくれる。客布団を屋根一面に干した。部屋の掃除機。階段とトイレ掃除もしっかりできた。
広島掃除に学ぶ会の「快調」井辻さんから、恒例「年末挨拶ハガキ」をいただいた。
わたしが、掃除とパソコンに酒で騒ぐ伝道師が快調さん。
食べて、飲んで、スケベーは仮の姿、大内内蔵助。満州で生を受けたこともあり中国人に献身的。留学生のお世話と中国掃除に学ぶ会を長年、北京や上海でされている。わたしも2度参加して交流会乾杯の洗礼を浴びた。
ハガキ末尾に「Googleで(広島のキムタク)検索したら二番目に登場」と添え書きがあり、それは本当だった。巨漢なのに。
散髪をしたら頭が部屋の中でも寒い。
散髪し 部屋の中でも ニット帽
万歩計6000歩