しんあい農園日記」カテゴリーアーカイブ

六さんいよるしんあい農園日記

自分史1

2014年11月入力

宇部掃除に学ぶ会250回の会報に寄稿した内容を転載

お掃除にであうまえ、よい生き方の願望はありながら、ブレーキのない毎日を過ごしていた。心を定規にあてることができれば、まっすぐか、曲がっているのかわかる。その定規をさがして長年、著名な人の講演を聴いたりや著書を読んだりといろいろ試みたがすぐに取り組んでみようという内容はなかった。

便器を磨いて心も磨く会がある。誰から聞いたのかいまは覚えていない。それを体験してみたい好奇心に、どこで誰に会えばそれが叶うかアンテナをはっていたら、イエローハットに手がかりがあると知り、当時山口県から九州一帯にイエローハット店舗を展開されていた垣内社長を山口市に訪ねた。
そこで、広島掃除に学ぶ会が近々に鍵山先生(当時イエローハット社長)を広島市にお招きして講演会を開催されると日時を教えていただいた。

ひとり広島に行き、中国新聞社ホールで講演「箸よく盤水をまわす」箸で盤水の水をまわすと最初は水は動かないが、根気よく続けると盤水の水は回りだす。小さなことでも続ければ、やがておおきな力になる。トイレ掃除もひとりから始めて続けるうちに自分の生き方がかわり、そのことで会社や家庭もかわりはじめると感動的な講演を拝聴し、探していたものを見つけた気がした。心を磨く掃除をやると決めた。
講演会場で広島掃除の会代表の井辻さん(人生を楽しく生きる達人)が北京掃除に学ぶ会を案内され、その場で申し込みをした。

その後、山口市のイエローハット物流センターの貞方所長を訪ねてセンターで社員さんが毎朝行われる掃除に加えていただき、床やタイルに両手をついての掃除。歯ブラシやタオルをぞんぶんに使う掃除を体験するうちに、仲間を募り宇部で会をはじめたいと思うようになった。貞方所長に会をつくりたいと相談をした。宇部で会をはじめるには、参加者が増えても便器の数が足りる学校がよいと貞方所長からアドバイスをいただき、市内の学校いくつかを歩き掃除会場の提供をお願いしたが相手にもされなかった。理由は、学校の便器を磨くため外部の者を入れたことがない。しかも休日に鍵をあけることは職員の余計な仕事になる。生徒のトイレは生徒にさせる。教師のトイレは業者に委託されていた。

それでも借りなければはじまらない悩みを東岐波の磯村千代子先生(元小学校教師)に相談に行った「わかった!」とその足で東岐波小学校校長室に向かわれた。わたしも同席して校長から承諾を得た。それは運動場にある古い便所。運動会で使用するぐらいで掃除はされていない。鍵をあける必要はない。つまり勝手にやりなさいということである。

記念すべき「第一回宇部掃除に学ぶ会」は、菊川画廊の菊川さん。高山清さん。貞方所長。わたし夫婦の5名でスタートした。東岐波小学校のくみ取り便所は汚れておりたいへん苦労した記憶がある。
掃除をおえて間もなく、宇部市教育委員会の方から個人的な手紙が届いた。内容は、私たちが東岐波小学校で行ったことは非日常的すぎる行為である。という批判的なことだった。反論はせず無視をした。
当時、岐阜の大正村で全国の有志が鍵山先生を中心に掃除を発足してあまり日がたたない時期であり、いろいろな会合で掃除に対する地域の無理解を聞いていたから、その手紙に驚くことも立腹することもなく、むしろ噂どおりの反応があったことに達成感があった。

お湯を沸かすガスの大きな火口とアルミのずん胴鍋は垣内さんから寄贈いただいた。掃除会場まで参加者を誘導するたくさんの種類の看板(電柱に針金でつける)は広島市事業立地の佐古社長から寄贈いただいた。
毎月、東岐波小学校の便器に数名で向き合っているうちに体験してみたいという方があらわれるようになった。掃除が終わり体験発表もプログラムになり、その後の朝食は家内が担当になった。

ある団体の役職をいただき、定期的に会議に出るようになった。あるとき提案した「会議のまえ、短い時間でも会場周辺の清掃をしませんか」と。掃除が大切なことぐらいは知っていると言わんばかりの失笑をかった「知っている」と「やっている」のちがいをのべても無駄な空気だった。わたしも「知っている」の側に以前はいたから笑いは理解できた。

鍵山先生にはたくさんのご指導を頂戴した。それを言葉にすれば「謙虚」。わたしにまで深々と頭を下げられる。掃除に学ぶ会草創期の全国の志たかく生きておられる方々にも親しくしていただき会報「清風掃々」発刊メンバーにも加えていただいたことは人生の金メダルと思っている。

50回の記念掃除は、県鴻城高校を会場に盛大に催された。この会をもってわたしは宇部の会から離れ、農園でハンディを持つ人と鶏を飼うことに専念をはじめた。
以来約13年。自宅に戻らず農園で寝起きしている。食事の都度食器を洗い棚にしまう。台所は使う度に磨く。トイレと風呂も新品にちかい輝きが維持できている。
当たり前のことができるわたしにお掃除が育ててくれた。

宮川さんから依頼を受け、250回記念のお祝いに、わたしの思い出を書かせていただきました。
お掃除仲間のみなさんありがとうございます。
足立進

仁資さんええ男

佐々木仁資(じんすけ)さん。萩掃除の会重役。萩市から山間部にわけ入る限界集落で酒屋を営んでいる。
彼をほめる人はいても悪く言う人はいない好人物。ただ一人で五人分ぐらい会話がやかましい。
今月の萩散策は彼に初め相談を持ちかけた。ところがわたしの思うように運ばないから「相談はなかったことにしてくれ」と2月ごろ断り、観光協会を窓口に計画を進めた。
なんとも後味が悪い結果になった。赤崎小学校の掃除に参加するなら、前夜は農園に泊まらないかと電話で誘ったが煮えきらない返事(彼には事情があったことが後から知った)
今回、熊本震災「ふく鍋隊」に彼が参加したことを岡本拓也さんがフェィスブックにアップした。出発と解散は下関。むつみ村の山奥から家業返上で彼は行った。わたしは仕事をした。
昨夜、わたしの晩酌が終わるころ、まだろれつがしっかりしている時間に電話をした。
萩散策では少しわたしが言い過ぎた。そのお詫びもあわせて熊本行きの労をねぎらった。
いつもの下ネタ話しで始まり、おもしろ可笑しく会話ができた。お掃除仲間は兄弟のようだと感じた「また酒をさげて農園に行くから」で会話は幕になった。

今朝、きのう暴風雨で木々が散乱したお宮の参道を、西君の弟が掃き掃除。お互い会釈で気持ちがよかった。

明日から自分史を日記にアップする。

荒天の一日

強風と大雨はきのうからの天気予報。
5時半、タブレットで雨雲レーダーを確認したら響灘海上まで雨雲は来ていた。愛犬を連れ出し早めの散歩。帰りの橋を渡るころから小雨になった。

日中は強風でハンドルのようには走らず蛇行するよう。雨は瞬時に全身を濡らす。
3時過ぎに給油のセルフ。事務所から「雨水がガソリンタンクに吹き込むから止めたほうがええ」と声をかけられたが、ずぶ濡れになり給油をした。明日の早朝から走る燃料が底をついていた。
暖房と冷房を強風モードで使うと衣類は案外乾く。
ヘトヘトで4時に農園に戻った頃から雨があがり嵐が去った。
早めに布団にもぐり、明日の鋭気をたくわえたい。

加奈ちゃん応援団

タブレットをはじめて7月でまる2年。まだ不慣れなことはあるが日常使う「新聞」全国紙タダ読みは、辺野古なら沖縄。震災なら熊本とエリアを選べばより詳しい。
「天気」は国土交通省エックスバンドレーダーなど6つの気象がひとつ画面でわかる。
「アルバム」は分類できるアプリ。なかでも配達中に撮るシーンは徒然にと題して、わたしの記憶が整理できている。
ネットラジオ「らじる・らじる」は山間地域の移動には活躍。
マッピングは、新規お客さまに行くときにはナビゲーターになる。1ヶ月で5ギガバイトをこえたことはあまりない。
山口宇部経済新聞を今朝読んでいたら、加奈ちゃん「プチラボベーカリー」が、工房(じたく) での販売を始めた記事が加奈ちゃん写真入りで紹介されていた。スクリーンショットの画像添付で加奈ちゃん送信しておいた。先ほど「おいちゃん!メール」が着信。本日も完売でしたと。
プチラボベーカリー(検索)の応援お願いします。

公開できる自分史が章にして16ある。今月でわたしの農園日記を終わるので(継続は正志)、5日から日記に連載する。

皐月晴れでスタート

きのう夕暮れどきに川土手の草刈を済ませた。早朝は夜露が草におりて服や長靴に草刈機がたいへん汚れる。日中は日射しが強いからパス。
結果的に疲れていても夕暮れどきがよい。

今朝、屋根いっぱい布団をひろげて山口市内。用事を済ませてカボチャとゴーヤの苗を買いにホームセンターに行くと大混雑。
植えどきのキュウリやナスなどたくさんカゴに入れる人。カートに堆肥を山盛りの人。長蛇のレジ待ちは炎天下。きょうはポイント5倍も混雑の理由らしい。苗はまた買いにくることにした。

熊本被災地に赴いた「ふく鍋隊」はテレビやラジオで活躍が伝えられた。
松村御大と関係者13名(お掃除仲間多数)はふく300キロを内容に「ふく鍋」2000食を、きのう夕食と、きょうの昼食二回にわけて御船町の被災者みなさんにふるまわれた。

わたしは、神戸浜山小学校避難所で「ふく鍋隊」から1000食を被災者の人たちと同じようにいただいた。帰る場所がある私と、ぐちゃぐちゃの生活のみなさんとは、一杯の「ふく鍋汁」の受けとめかたはちがうかもわからない。
みなさんは一様に、下関を発ち一杯のふく汁をふるまいに駆けつけたその声援を「うまい!」と言った。心を味わうことがわかった。
熊本行きの仲間を誇らしく思った。

4月を終えて

今朝の萩行き。秋吉台周辺は3度と冷え込んだ。
連休に入り、萩市内のホテルや旅館。民宿まで滞在客の県外ナンバーで駐車場はいっぱいのようす。各地の催しに出かけるマイカーも早朝から多かった。

長年続けた「農園日記」は5月末でわたしは終止符。長男の正志がHPを継続。
わたしは個人HPを5月末までに立ち上げたいと思っている。
わたしは、日記を誰かに読んでもらいたからではなく、鍵山先生が提唱された、簡単なことを継続すれば、それがいつか力になる「凡事徹底」の実践としてやり続けている。

5月の農園日記では、30年ぐらい過去にさかのぼり、主な出来事を書き置いているものを公開できればと考えている。

■お笑いコーナー

農園地域は高齢者。バスは「ノンステップ」家内は「最近、ノンストップ」バスになったねぇ。

湯田温泉でゆっくり

仕事はしない金曜日。軽四ダンプは農園内の作業しか使わない。たまには走るとよいからダンプでお出かけ。
目には青空と新緑。耳にはヒバリやキジ。気持ちよい散歩を約1時間。
宇部市内。時代おくれの松原酒店。国旗が掲げてある。店主が開店前にもかかわらずおられた。郵便受けに投函する予定「数楽の会」案内を手渡し近況交換。
彼は明日の「ふく鍋隊」に参加する。わたしも多少の無理をすれば参加できたが、その無理をしないから店主を尊敬。
菊川画廊は不在。彼は酒と携帯電話にテレビに縁がない生活。けれども心は至近距離。郵便受けに数楽を投函。
ホームセンターでハッピーの買い物。ホームセンターの散策は勉強になる。ふだんはゆっくり歩けないから店内を観察。
この時期面白いのは草刈機コーナー。毎年アイデア商品が登場する。今年も便利そうな付属品が多数あり説明書を読んだ。
痛風の岡本先輩をガッツ体育館に訪ねた。今回はフェイスブックの心得を授かりに。
わたしには気がかりな点がふたつあり躊躇している。
ひとつは「リクエスト」を承認するか否かの、いわゆる「人」の選別。
ひとつは、相手が誰を承認しているかがわかる「覗き見的」機能。
岡本先輩の意見を聞かせていただいた。あとはFBをやるかどうかはわたしの判断。
岡本先輩も明日のふく鍋隊にバス運転で参加される。

湯田の温泉で生ビール昼食。ゆっくりお湯を楽しんだ。

■お笑いコーナー

T君。前の仕事で私の右腕力コブ。大分県の町役場を訪問したあと彼が「電話をします」とボックスに。
わたしは運転席で待った。T君が車に駆け足で戻り「早く走ってください!」と叫んだ。車を発進させて電話ボックスを見たら、ボックスの外で男が車をにらんでいる「なにがあったのか」とT君に聞いた。
彼は電話を終える前にオナラが出た。臭いは強烈だったらしい。受話器を置いたら、外で待っている人に気がついた。

気持ちのよい出来事

長府、美術館と長府庭園に隣接する、朝の騒音が届かない閑静な住宅街でめざすお宅に着いた。
10数年、毎週10個を歯科医院まで届けたが、高齢になり自宅の配達を希望される連絡があった。
とにかく一度、朝の渋滞の列になり行ってみてから配達するかどうかを決めたいと思った。
木曜日、早朝から200数十キロを走り、5時までにゴールしなければならないお得意先がある。
自宅の前でわたしの到着を待っておられた。開口一番は「配達してもらえますか」だった。渋滞のストレスを毎週味あうのは嫌でお断りする言葉を用意していた。
けれども、これだけ評価していただくお客さまにお断りは言えない「大丈夫ですよ」と返事をした。
わたしの車に手をあげて見送ってくださった。
気持ちのよい出来事になった。

■お笑いコーナー

某カルタクイーン。自宅に取材にきた記者に「どうぞ」とお茶を出した。取材が核心にせまったころ、クイーンはそのお茶を飲みながら熱弁だった。

帰り道に美祢の動物病院にマダニ対策の薬「フロントライン」を買いに立ち寄った。1ヶ月1700円。

今夜は疲れも手伝いよく眠れそう。

■お笑いコーナー

小雨の八幡宮朝参り。西君の弟さんが、石段下の参道を丁寧に掃き掃除をしていた。

木曜日、長府の歯科医院に長年10個届けてきた。昨夜奥さまから「高齢で病院は辞めました。できれば自宅に配達してくれないか」と電話をいただいた。地図検索をしたら美術館近くで、朝夕は渋滞する地域。けれども「安心ですから」と言われたから、明日は自宅まで届けて時間のかかり具合を試してみよう。

午前中、松村御大から「熊本ふく鍋隊」参加のお誘いを受けた。その日は、太秦教会大祭で家内がご用奉仕に出かけている。農園の仕事からわたしも抜けるとだいぶ無理を強いることになるから今回は辞退をメールでお伝えした。

■お笑い コーナー

中学生のとき、自宅でムカデに足を刺されて病院に行った。
治ったころ、学校図書室で放課後に読書していたら足の太ももにチクリと痛みを感じた。またムカデと。反射的にズボンを脱ぎ捨て、ズボンを足でドンドン踏みつけ、椅子の足でも激しく叩いた。周囲は人だかり。
恐る恐るポケットを見たら名札の安全ピン。パンツ騒動は全校の話題になった。

正誤表

■正誤表■
きのう「数楽の会」を6月14日とご案内しましたが、正しくは6月19日(日曜日)です。

呉 明美さんのお店は5月7日オープンですが素敵なHPができています。
「下関ソリナム」で是非ご覧ください。ランチは「おうちレストラン テジョン」のオモニが腕をふるわれると聞いています。本番ビビンバもありますよ。

大型連休をひかえて配達調整が忙しくなってきた。
すべてお客さまの都合に添えないが、精一杯の調整をはじめた。

1ヶ月前に紛失したガソリンのカードが、車の隙間に落ちていた。5千円の自腹返済が戻ってくる。

数楽の会

「数楽の会」開催決定
6月14日(日曜日)
午後2時から4時
会費 600円
講師 藤野貴之先生
耕心の里

内容 前回に続き、数学者 岡潔の昭和のベストセラー「春宵十話」を読みます。今回からの参加も大丈夫です。わたし関係者には案内書を郵送か手渡しします。問い合わせも受けます。
5月中ごろまでに申し込みください。

次回予告
森田真生先生(独立研究者 数学者 京都在住 東京大学出身)
数楽の会に以前お越しいただきました。著名なかたです。
7月10日 午後2時から4時 耕心の里

6月の数楽の会は、皆勤賞のわたしが欠席かもわからない。母の納骨で京都に行く予定。けれども間に合うよう調整はする。

前回、藤野先生が黙読より音読のほうが頭に入ると言われて、歎異抄NHKテキストは音読している。
確かに黙読すると、雑念が浮かび深まりがない。辞書を脇に置いて音読すると集中できた。けれども、音読する滑舌が非常に衰えた。
今月、萩散策を催した。参加者33名とわたしは関係あるが、みなさん同士横の関係はない。普通ならオリエンテーションで自己紹介となるがやらなかった。
それでも、みなさん楽しいと言われた。
読書や催し運営など、数楽の会がわたしの力になっている。
講座の受け取りかたは多様でよいと思う。要は脳みそを楽しく動かす2時間がよいと私は思う。

名水百選 弁天池にタンクを持参した。顔見知りの方が「地震のあと暫くは水が濁りましたが」で挨拶だった。
加奈ちゃん「おいちゃん!」メールは朝。
きのうパンの売上全額を熊本県に届ける方法をたずねる内容。
嬉しかった。すぐ返信した。

掃除徹底

朝食を済ませて掃除。トイレ・風呂・階段に部屋。風呂のビニールカーテンを漂白剤できれいにできた。

散髪と買い物とウォーキングで山口市内。農園生活で欠かせない朝の納豆。そのお気に入りが見当たらない。店員さんに尋ねたら「熊本工場が被災して製造が止まっている」商品が出てきたら買い続けよう。

明美さんと待ち合わせの3時。早めに農園を出て、関門海峡を露天風呂で眺めるマリン温泉が建物ごとなかった。

8月に二人目の出産わひかえて、5月7日にメッセージギフト・カフェ「ソリナム」を、リトル釜山 グリーンモールにオープンする呉 明美さんと改装中のお店でお会いした。玉子の商談をしながら、彼女の夢を聞かせてもらった。
しっかり応援したい。

農園は一服の絵画

萩に出る前に簡単な朝食をいただきながら思ったことは「今の幸せ」。
わたしが食事をとる位置から窓越しに新緑の山々を背景に、農園開設時にトレーラーで運んで、大型ユンボで植えたケヤキが枝いっぱいに絵画のような若葉をつけた。
開けた窓から、朴(お掃除仲間が記念植樹)の花が甘い香りを漂わせ、キジやウグイスがたくさん元気に鳴く。
私には日常の風景。人はこの非日常を求めて旅をしているのかもわからない。自然のなかで、毎日を過ごせること。これこそが幸せだと、農園生活17年にして実感できた。

戦争カメラマンが捕らえられたとき、さまざまな反応が巻きおこる。大別すると「自己責任」「尊い報道者」。今回、熊本地震でもマスコミの報道姿勢があれこれ論じらている。カメラが被災地の現状を報じるから惨状が伝わる。
一方では、報道の競いあいが過熱している指摘もある。

神戸の震災に身をおいたわたしが感じたことは。
倒壊家屋の生存者を確認するとき、上空でマスコミのヘリコプターがたくさん旋回し、その騒音はレスキューの障害だった。
阪神淡路の前に奥尻島や雲仙災害があり、復興道なかばでありながら、マスコミは新たな災害に向かった。
熊本報道に東北から関心が遠ざかるマスコミ対応になってほしくない。
伝える側と受けとる側には、越えられないものがある。

カヤグム(韓国伝統楽器 琴)奏者で歌姫の呉 明美(オ・ミョンミ)さんから久しぶりの電話があった。5月の連休明けにグリーンモール(下関 リトル釜山)商店街で、ランチと小物のお店を開店します。
明日の午後、開店準備中のお店に彼女を訪ねることにした。

早朝の草刈り

別府市の地鳴りが市民からのツイッター。わたしは神戸で数回それを体験した。地の底から不気味な音が聞こえると、この先なにが起きるのだろうかと恐怖を感じた。
観光都市だから「地鳴り」は報じられないほうが関係者にはよい。けれども正確な情報発信はされなければ。

土日のお天気予報がしゃんとしないから、疲れていても6時から9時半まで草刈りをした。10時過ぎには持世寺温泉。汗をながし全部着替えてさっぱり。
中越地震被災地に、下関「ふく鍋隊」が奉仕。わたしも仲間に加えてもらった。
仕事を済ませて、夕方7時に美祢ICからバス(大型キャンピングカー)に乗り込んだ直後から酒攻めに見舞われた。徳山通過は覚えているが、岩国通過の記憶がない。
朝6時に目があいた。新潟近く、左手に荒々しい日本海「新潟は近いの」と叫んで、一晩中眠れなかった人から「あんただけいや」と返された。
松村御大の陣頭指揮で「ふく鍋」被災者のみなさんに配りながら御大が「ぶち旨い!」を連発。配られた発泡スチロールのふく汁をばあちゃんがもってきて「どれが ぶち ですか」と問われて爆笑した。
帰りは、車内で新潟の酒を飲み続けた長い道のり、行きは「ふく鍋隊」帰りは「酒飲み隊」になって帰還した。

被災地を祈りながら

下関市内のお昼前、エリアメール「安岡の川氾濫情報」とにかく豪雨の1日。被災地にはつらい豪雨だったろう。
普賢岳災害のとき、金光教信徒会の月刊誌から取材要請を受けて島原市に赴いた。
金光教肥前島原教会の関係者を取材した。土砂崩れ危険地区に関係者のお宅があり、長靴に入るぐらい積もった火山灰を歩いて避難地域に足を踏み入れた。地域が避難をした直後に、クーラー室外機をアルミ目的で全家庭盗られていた。被災地はなんでもありの地域になる。
全国から届いた救援物資の仕分け現場では、履きふるした革靴や、古い背広に下着類。
熊本地震では、新品下着のサイズなど明記と発信されている。
神戸の避難所では、断水が解消したとたん、廊下に積み上げた命のペットボトルが邪魔になり捨てた。現場のニーズは刻々と変化するが、今はスマホで伝達ができる。
神戸避難所に数ヶ月滞在して(当初は千人)だんだん身についたことは、ボランティア(当時はその言葉はなかった)は、避難している人を掃除や食事に参加してもらえる雰囲気づくりと思うようになった。野菜がいろいろ届いたら、横になるより仕事のないおばちゃん達に、野菜はこれだけ、人数はこれだけ。なにが作れますか?と言えばワイワイが始まる。
震災直後は、自衛隊からいただいた赤飯缶詰めを少ないボランティアで携帯コンロを動員して温めて配った。あの現場ではサービスする側と受ける側の境はいらない。みんなが団子になってやればよかった。
避難所運営の力を身につけた人を全国で養成したらよい。

治まれば熊本から大分の温泉旅。

フェイスブック困惑

配達を済ませ農園にもどり、所用で山口市内を高速移動。陸上自衛隊旭川駐屯地のトラック車列が九州向け。災害二次派遣の旗印が頼もしい。
未曾有の自然災害は、県知事や首長が指揮をとらず、危機管理のスペシャリスト、自衛隊の指揮下で官公庁が動く仕組みになると被災地はより助かると思う。あの阪神淡路のとき姫路の陸自は即座に動けたが、時の村山総理の災害派遣要請がおくれた。

北海道・山形・秋田・九州新幹線の100円記念硬貨が本日出た。金融機関取り扱いとラジオが報じて銀行に立ち寄った。真砂恵さん次男(6歳)は新幹線マニア。
窓口に行ったら申込書を書くよう言われて、財布と老眼鏡を車に忘れて来たことに気がついた。
取りに行き窓口でかけた眼鏡は濃いサングラス。一瞬カウンターの女性がマジ顔になって、それから笑いをこらえた。

フェイスブック4日目にして壁にあたった。どんどん「もしかして友達」とか、わたしのプロフィールが駆け回り「友達申請」がくる。
まったく知らない人は無視できても、以前にお付き合いがあった方からの申請を無視はできない。
この歳になり、常々お付き合いする人は少なくしたい(わたしの葬儀を伝える人ぐらい)と思い、そうしてきたから困惑。
けれども、地域をこえてリアルタイムに交流できるツールとしては便利と思う。続けるかやめるかを決めなければ。

NHKラジオの午前は「すっぴん」その番組中に熊本県のリスナーから「生きるか死ぬかのときだから、静かな番組にしてほしい」とツイッター。アンカーの藤井彩子さんの困惑ぶりが伝わった。
わたしの正直な感想は「ならばラジオ聴くな」様々な境遇におかれて心の安定を失う人もおられる。朝8時からラジオは励まし続ける番組内容だった。

神戸の避難所に自衛隊給水車が、大渋滞のなかをやっと到着。地域のみなさんバケツなど持って長蛇。非情にもタンクが空になり自衛隊員が深々と頭を下げた。
誰ひとり文句を言わずに列がばらけた。

明日の雨。辛さに拍車がかかるだろう。

通潤橋健在!

阿蘇大橋は、熊本から走ると渡れば高森や高千穂。渡らず直進すれば阿蘇山を右手にみながら大分県。あの赤い鉄骨組みの橋が押し流された。
橋で気になったのは、熊本県・大分県にはたくさんの石橋がある。わたしは石橋が大好きで耶馬溪付近にはお気に入りが何ヵ所もある。
江戸時代に台地と台地に生活・農業用水を通す目的で「通潤橋」が私財で架けられた。ローマにもあった、石橋の水道が熊本県には現役で使われている。高さ75メートル、長さは20メートル。日本最大の水路橋。肥後の石工の技術が残る。水が漏れない石積みの水路は、聞くところによると、今でいう自閉症の人が石大工の指導で極めて精密に石を加工した産物らしい。
あの橋が崩落しないで健在な様子を知りほっとした。

美容のニュースタイル、糸賀社長のお母さんは現役で「大先生」と呼ばれ、宝塚風の93歳、書道家でもある。わたしにプレゼントで「凡事徹底(鍵山先生の言葉)」を書いてくださり、大きな額縁におさめてくださった。自宅にお礼に行ったら「下手ですが、心をこめて書きました」と。
難しいことより、簡単なこと、例えば履き物を揃える。挨拶を先にする。そんなことを徹底すればよい。
鍵山先生の格言はたくさんあるが、わたしにはこの四文字だけでよいと思ってきたから、特別に嬉しかった。

そのオスプレーが災害現場のライフラインになっている。配備反対をした野党はまだ反対を唱えるのか。

フエィスブックの操作不慣れでリクエストの何人様を消去しました。失礼お詫びします。

フエィスブック混乱

美祢市長と市議会議員選挙の投票が昨日行われ、深夜に開票結果が判明した。
きょうは、その美祢市を配達で走った。
地域の候補が当選すれば、美祢市全体のことよりも地域の要望を聞いてもらえと思う人。大所高所から市政を進めてくれる人が望ましいと話す人。
けれども45パーセント投票率。無関心が気になった。

7時前に岡本拓也さん宅に配達。前は痛風のご指導いただき、今は毎日1錠の痛風仲間。今回はフエィスブック。きのう午後に設定して一晩あけたら、すごい数の人たちの紹介が延々と届いた。
前の仕事・スペシャルオリンピックス・掃除・農園に金光教など。これをどうすればよいのか岡本先輩に尋ねた。
玄関で「岡本拓也」と「松村久」の、失礼があっても許してもらえるお二人を「承認」クリック。
お昼に見たら、ご両人の関係者(わたしには他人)の近況が続々と画面に出てきた。
しばらく「承認」はお二人のままで、未知の世界を覗いてみよう。
タブレット検索で、無料HPアプリ「クレヨン」を発見。インストールした。
農園日記の後継は、フエィスブックではなくHPかもわからない。

掃除に学ぶ会参加

車で約40分。小野田市赤崎小学校 掃除に学ぶ会に参加した。
農園をはじめて「会」に参加できなかった。きょうも参加出来ない理由をさがせばあった。赤崎小学校には敷地内に「支援学校 松原分校」がある。教職員さんから長年タマゴのご注文をいただいていること。もうひとつは黄 栄作さん長女の杏子ちゃんが赤崎小学校教員2年目という理由で参加申し込みをした。
18年ぶりに会のみなさんと便器に向き合い、初参加のような気持ちで手を動かした。
農園ひとり掃除もよい。子供たちと肩を並べてやる掃除はもっとよい。

長府の配達があったから、掃除を終えて下関。湯田温泉まで帰り、1時間の入浴。

午後2時。山口市内の大型ショッピングセンター内(Wi-Fi環境)で、わたし個人ホームページ作成を、桂子ちゃん友人に、桂子ちゃん同席でお手伝いしていただいた。
途中でホームページよりフエィスブックのほうが簡単となり、設定を済ませた。
「adachi.susumu足立進」でヒットします。まだ使い方は全くわかりませんが、みなさんからご指南いただきたいと思います。
来月には若葉マークで運転できるようお育てください。
タブレットは、日に数回しか見ませんからレスポンスは悪いと思います。よろしくお願いします。

昼食は、お掃除会場で浪花特製カレーをおいしくいただき充実の1日だった。

被災地は混乱だろう

昨夜から今朝にかけて地震情報が頻繁に鳴り、被災地映像を見ながら神戸を思い出した。
1月19日から4月末まで、兵庫区浜山小学校避難所でお手伝いをした。
ライフラインが寸断されると生活基盤を失う。わたしの体験ではトイレの問題が大変だった。汚物の清掃などをやりながら知恵が出て、プールの水を使うルールができた。
電気やガスが止まると、夜は暗く寒かった。
大渋滞の三ノ宮駅前で、救急車は来ないから自家用車の前と両側面に段ボール紙に「透析者搬送」と表示して警笛を鳴らしながら大阪方面に行く光景を目撃した。
食べ物が少なく、いつも空腹だった。洗面はできなかったから汚れた顔だった。
避難者約千人の中にお産間近の方がおり、どこかに移送された。
犬や猫。ペットの処遇には手をやいた。
自宅を失い、職場にも行けないストレスからなのか喧嘩をよく見た。
当初は命が助かりありがたい気持ちが、日にちが経つにつれ行政対応や自治会運営に不満があらわれた。

被災地では、おさまらない余震のなかで不安をつのらせておられる。なにかの方法で支援をさせていただく。

土曜日は半日かけて萩から長門・美祢市の配達をした。

熊本受難

携帯電話では、宇部市防災メール受信設定。
タブレットは、地震・豪雨・河川洪水など、それぞれレベルを選んで設定している。
昨夜は、タブレットのアラームが眠りから起こし、直後にゆっくり横揺れ(震度4)が来た。玄関(2階の靴を脱ぐ場所)マットを敷き、半室内犬は揺れに動揺していた。
テレビで各局報道をしばらく見て寝た。夜中だから現場の混乱だけ伝わり、被害はあまりわからなかった。生活の基本、大地が揺れることは大きな不安や恐怖になる。

朝の報道で甚大な被害が刻々と伝わりだした。あの美しい熊本城が無残な姿で映された。
天地の営みは人知の及ばざること。けれども、いつの自然災害でも直後から、学者やエキスパートが立派な解説をされる。それほどまでに予知は困難なのであろう。

夜明けから草刈り。土曜日の後半から日曜日は天気がくずれる予報。しっかり4時間、汗をかいた。
降圧剤が切れた。来週水曜日が受診。まぁええかと血圧計で計ったら150・90。シャワーを浴びて着替えて診察に行き薬(前回からジェネリック)をいただいた。

17日(日曜日)午後0時 yab山口朝日放送 「前川清の笑顔まんてんタビ好キ」は美祢市が今回の舞台。楽しみ。

エアコン初日!

朝6時から夕方5時まで走った木曜日。予定どおりの仕事ができたことを神様と母に拍手で御礼。
雨が降るたびに山々の新緑が力強く輝きを増す。
今朝、農園の橋を渡ったら茶色の野ウサギが目の前に飛び出した。犬の散歩でコロコロした小さい糞を見ていた。そのウサギかもわからない。
飼育されているウサギの多くは、餌をしっかり食べてメタボ。野ウサギはとてもスマート。後ろ足のキックで跳ねながら前を行き、途中で右手の斜面も跳びながらあがった。野生の力強さを見せてくれた。

タマゴを届けてくれますか?の電話やメールでしっかり確認しなければならない地名・名前や屋号。
木曜日の午後は、下関市内日。電話で「うない」と聞いて「漢字はどう書きますか」と尋ねた。
農園をはじめたころ。松村御大から「あの米店に話がつけてあるから」と言われ「あの、はどこですか」と聞いたら「あの米店じゃ!」(あの米店)が屋号だった。

午後から、今年初エアコンを入れた。雨が降り気温があがると雑草は遠慮なしで育っ。
明日は草刈りをやらねば。

万歩計9000歩

学びは楽しい

やはりコーヒーには煙草が一番あう。ロングピースに火を着けて。目が覚めた。2時。ああ夢でよかった。
しっかり起きたから録画「100分de名著 歎異妙第2回 悪人こそが救われる!」を見た。見終えて、車に置いていた藤野先生から頂戴したNHKテキストを取りに行き読んだ。
わたしなりの浅い解釈は。難儀を抱えて生きている人は、泳げない人が助けを求めるようなもので、だから救いの手は差し向けられる。

水曜日は朝参り。今村奥さま用におみくじ一枚買った。
今村奥さまは袴姿でメイクはバッチリ。カルタクィーンの正装で貫禄。これから市内の中学校にカルタ講義に出られるところだった。
ご主人、先日はじめてロト6を2本(400円)買われた。それが1万1千円当選したと笑顔。もう相当金額費やしても1万円当たったことはない。奥さまのおみくじは「大吉」。

配達を終えて温泉立ち寄り。湯船で思った。
今朝、録画を見てからテキストまで読んで、少しでも名著が理解できたことが嬉しかった。
藤野先生言われる「学びとは楽しいもの」に少し近づいた。

万歩計12000歩

足立企画は多忙

今朝は冷えた(6度)。疲れているのと寒さで布団から出たのが5時。犬は牛乳と生タマゴ。飼い主はパン・牛乳・バナナが緊急の朝食メニューになった。

火曜日は糸賀社長が、温かいほうじ茶で待ってくれる。萩散策に前日参加を伝えてくれ仲間入りされた。
「よかった」とほめていただいたから理由を尋ねた「ルールがないのかよかった」集合と解散時間は厳守したが、ガイドさんを紹介して「さぁ、まいりましょう」参加者自己紹介もなくだらだらと歩き始めた。
歩行に自信のない数名がおられたから、だらだら散策がよい。なんとなく、わたしが最後尾と前を行き来してだらだらをまとめた。

「また計画してくれんか」とアンコール。もし計画するなら高杉晋作の長府史跡巡り。少し足をのばして柳井の街並み。松月院に参り「生死」をご住職に導いていただく。色々な企画はある。

5月後半から7月前半の日曜日に「子供 採卵体験」を催すことに決めて、きょうから子供さん家庭に案内を配りはじめた。
まだ鶏の体温がのこるタマゴを採卵して持ち帰り、放し飼いの鶏を抱き上げる体験をさせようと思う。
関心ある方は問い合わせください。

万歩計12000歩

よう飲んだが元気!

庄原市会議員の林さんが取り組んでいるバイオマス発電。その内容を理解されながら、質問されながら傾聴された河村代議士。聴き終えてから各方面に、見解を確認の問い合わせ電話を何本もされた。

河村先生(73歳)は、文部科学大臣、内閣官房長官やたくさん要職を歴任されている。

宇部掃除に学ぶ会を立ち上げた20数年前、常盤公園の公衆トイレ掃除をしていた朝、ご夫妻で散歩中の目にとまり「この掃除の目的はなんですか」と足をとめられた。
アピールしたがり性格のわたしは、まるで鍵山先生と肩を並べておるぐらい得意満面で「便器を磨いて心を磨きます」と偉そうに。
以後、ご夫妻は便器仲間になった。
スペシャルオリンピックス山口創立では、隆子奥さまを代表に担いだ。
いろいろご夫妻との交流は深いが口利きを頼んだことはない。
なにより、奥さまと呼ぶ人は少ない「隆子さん」は我々掃除仲間。「奥さん」は秘書をはじめみなさんが「奥さま」とは言わない。その威張らないところが河村先生を支える内助。
ご長男や秘書も交えて和気あいあいの交流ができた。

6時半に林さんたち庄原組は発った。

飲み過ぎでも二日酔いはなく、元気に月曜日を終えた。

農園が交流の場になり

朝から日ごろはやりたくない鶏糞処理を、小型ユンボと軽四ダンプを使いやり終えた。
梅雨を迎える前に、不衛生にならないよう、やらねばならない臭い作業。
お昼前に、岡本拓也さんと長男 直也さん来園。農園で使う車両3台は山口トヨタでお世話になり、江口店長異動になり岡本直也さんに引き継いでもらい、その挨拶来園。

午後2時に広島県庄原から市議の林さん(私と金光教と掃除仲間)同僚市議が到着。4時に河村代議士夫妻とご長男が来園され、林さんが海外視察をされたエネルギー事情をテーマに交流。
勉強会を終えて農園御膳で歓談。充実の一日を終えた。

中尾市長の言葉

下関市長 中尾さん、前職は下関唐戸魚市場常務取締役。松村御大は専務から社長に就任された。
御大とのご縁で中尾常務とふたりで内蒙古自治区(旧満州)を1週間旅をさせていただいた。旅さきで奥さまご両親に旅の便りを書かれておられて人格を知った。

きょうたまたまFMラジオが下関電波を受けた。あす開催「維新海峡ウォーク番組」に市長が登場されていた。中尾市長らしい言葉と思いメモをした。

幸せのなかで不幸を探す人 不幸のなかで幸せを探す人

わたしは不幸を探すタイプかもわからない。よい示唆を受けた。

土曜日の仕事を終えて、鳥の声をたくさん聞きながらゴロゴロ。

犬のおかげで生活にリズムがうまれる。
懐中電灯なしで歩ける5時半を待ち犬にリードをつけて外に出た。瞬間、犬が車の下にすばやくもぐり込んだ。薬で死んだ熊ネズミをくわえて出てきた。
嗅覚で動物を瞬時に見つけ、抵抗しないから口から放した。防府市の草むら生活でしっかり野犬だった証を見た。

小郡で散髪を済ませ、9時に岡本拓也さん宅に到着。
雨後のタケノコにお母さんが手を焼いておられたから、何本か採らせていただき、体力あるだけタケノコ駆除をする申し出をしていた。昨夜はお母さんから喜びの電話「待ってますよ」をいただいた。
拓也さんはすでに留守。横浜のえりちゃんが「わたしも手伝います」と奥から出てきた。2日ほど山口市滞在で、昨夜は岡本家にホームステイだった。
明日は黄加津恵さんがご長男とタケノコ採りに来るようなので、楽しみは残しておいた。
フキを採り、岡本家の原木シイタケをお母さんが収穫され、たくさんお土産を車に積み、えりちゃんは耕心の里まで送りとどけた。

木曜日の疲れが腰に残り、缶2本を睡眠薬にしてしっかり寝た。

小野田市 西山将光夫妻から、長女の京花ちゃん一歳の家族写真ハガキをいただいた。幸せが伝わり嬉しい便り。

クレヨンママからは、先日の萩散策お礼メールをいただいた。

しばらくタケノコ料理が続く予感がする。

現場で考える力

豪雨の朝6時に配達スタート。ゴールの5時には小雨の木曜日。

先日、沖縄観光をされたお客さま「沖縄の高速道路は、米軍基地の利便を優先されており、地元の人には便利ではない。有事に備えたインフラだから地元は不便を強いられる」

以前に、トルコからギリシャの旅をされたお客さまは「日に何度も礼拝しなければならないほど貧困と思った」
司馬遼太郎や、民俗学の宮本常一も現場に身を置いて作品がうまれている。
現場に身を置いた人の感想は説得力がある。

日曜日の朝、Eテレで「宗教」番組があり録画して観ている。
ホームレスの人に寄り添う、小倉のキリスト教牧師か神父か?
大学在学中に、大阪釜ヶ崎でホームレスの人に関わり、その原点があり小倉でも継続されている。難儀な人と向きあわれ宗教家として、教えを実践される姿に尊いものを感じた。けれども、ホームレスでありながら生活保護が受けられる市民運動、大阪や小倉は「生きる権利」を獲得した。背後には組合と言う政治力がある。政治と宗教が互いの目的で手をとっているのだろうかと邪推した。

権利と義務はセットだと思う。

フクロウの真実

水曜日ウォーキングコース。お屋敷の門にフクロウが2羽住み着いている。カメラが趣味の糸賀社長が、山口市から2度も重い望遠レンズをさげて撮影に来られた。
2度目のあと電話があった「あれは置物ではないか」日にちが異なる2枚を拝見した。偽物には見えないが、位置が同じに見える。それと昼間なのに大きく瞳が輝いてみえる。
屋敷の主と今村さんが仲間と知ったので真偽をたずねてもらった。答えは「縁起かつぎの巧妙な置物」糸賀社長には悪いことをした。

長生炭鉱に由来するピッケル。わたしが死んだらゴミになる。水没事故で亡くなった朝鮮人のご位牌を安置して供養されている寺に足を運んだ。ピッケルを語れば物語がある。ご住職に扱いをお任せした。
宇部市長名で。ピッケルは石炭記念館で、歴史の伝承のため展示しますとお礼を頂戴した。あのピッケルは保存された。ご住職に感謝。
松村御大が四国を歩き遍路をされる日が近づいている。
1783年に四国八十八ヵ所を巡り、各霊場のお砂と御札を受けて、山口市秋穂に「秋穂八十八ヵ所」がうまれた。
そのど真ん中まで車で行き、その日歩けるだけ歩く、その繰り返しで霊場を参拝する計画をたてはじめた「巡礼手帖」で見ると広範囲になる。
祈りの足跡を歩んでみよう。

万歩計12000歩

歎異抄お もしろく

昨夜の録画「100分de名著 歎異抄(1)」を2時に再生した。理解したいから朝までに2度みた。
すると番組内容とかけはなれた気付きが生まれた。
わたしは若いころは「組織論や運動論」が好きで、組織をつくり、うまく人を操れば目的が達成できると思っていた。そのわたしが組織や運動では目的は達成できない論者に今はなっている。
尊敬している金光教教師は。例えば元旦の祭りはされない。その理由を尋ねた。
元旦の何時から祭りをする言えば、一番楽なのは教師じゃ。その時間だけ装束着けておきゃあええからの。
この教会は、元旦は家族で都合のよい時間に揃うて参るように教えられている。家族ごとに昨年の御礼、新しい年の願いをしておられる。家庭ごとに御礼も御願いもちがう。それに寄り添うのが宗教だと教えてもらった。そこには組織も運動もない場当たりのような印象を受けた。
法然も親鸞も、人が助かりさえすればよい。その仏の願いを具現化されたような感想をいだいた。

制服でマニュアルの笑顔と言葉で接客してもお客の満足度はあがらない。客に寄り添えば満足度はあがる。

火曜日のウォーキングは「十文字交差点」近くの山登り。とはいっても商業団地だから舗装はされている。
頂上には2つの企業が広大な敷地で営みをしている。
ひとつは、廃車を広域から集めて、部品再生と資源再生工場。役目を終えた廃車から燃料を抜き取り、使えるタイヤ・バンパーやガラスなど丁寧に外し、エンジンやボディーもアルミと鉄などにわけられる。
一方の会社は、ダイハツの軽自動車。新車の大規模基地。各地から北九州にフェリーで運ばれた様々な車種が陸送されている。
生まれた子供と同じように、たくさんの未来を持つ新車。役目を終えた廃車。どちらも「ありがたい」光景。

万歩計13000歩

嬉しくて寝不足

昨夜は体は疲れても気持ちは元気で目はパッチリ不思議なアンバランス。
その理由は、萩散策のほぼ全員から電話やメールで「よかった」「また計画をお願いします」と、リップサービスとしても嬉しく、心はおだてられ木に登った。
内容をふたつご紹介しておこう。最初は御歳70歳の今村さん。萩散策はたくさんされたと思う。
「初めて萩に行ったような気分でした」と。
数楽の藤野先生
「よい意味で統一感がなく、自由で良かったです(笑)学校とは真反対なので嬉しかったです。本来、学校もああいうのが理想ですね。」

2時に目がさめ新日本風土記「永平寺」を再生。雲水の日常もよかっかた。それ以上に感動したのは、祭事のご用奉仕に来られ、餅を切る役目のおばあさんが、餅に合掌されていた映像。餅になるまで、たくさんの人のご苦労を思えば手を合わさずにはおれない。涙をながされた。
わたしも、いつかは自然に手を合わせる人になれるだろうか。

岡本拓也さんのお母さん。竹やぶを昨年、業者に切ってもらわれた。けれども雨後のタケノコ。

もう要らぬ 雨後のタケノコ 威勢よし

万歩計9000歩

萩散策よ かった

歴史の面白さは多様な解釈が成り立つところにあると思う。

萩の堀内散策計画をたて周囲の皆さまにご案内した。萩ボランティア協会に「10名ぐらいで」とガイドをお願いして、参加者が増えた。
萩博物館、田中義一大将(陸軍大将・昭和2年内閣総理大臣)銅像前に参集したのは33名。ガイドの山根さんの挨拶は「なんと多いですね」わたしと皆さんとの関係(タマゴ・掃除・旧友・前の社員さんなど)はある。けれどもみなさんそれぞれの接点はないという団体。一人の遅刻や欠席もなく、晴れ女の力で傘なしで参集できた。
2時間(8000歩)の散策は、維新の足跡をたどり学びの楽しさ満喫だった。
特に江戸から明治にかけてのお雛様がたくさん一堂にきらびやかに揃った「旧久保田家」は、展示期間の最終日に間に合い有意義だった。
留守中に牧さんが来園。戦場カメラマン、ロバートキャパが、ノルマンディイ上陸作戦で使用した「Contax」の同型を、以前ヨーロッパの旅で古物商で見つけた。まだ使用可能という重たいカメラを「しばらく使ってください」と農園に置いて立ち去った。

萩散策のみなさんからお礼に添えて、次の企画を待っています。のメールや電話。
お天気に恵まれ、よい1日になったことを、神様と母にお礼申し上げた。

美祢は桜ポイント

司馬遼太郎「この国のかたち」で、ここが大切なところと感じているのは。
坂東武士の「名こそ惜しけれ」その武士道精神を司馬遼太郎は、世界に類をみない「人間の芸術品」と評している。 さらに立憲国家は、人々、個々の強い精神力が必要なのですと日本の未来に示唆をのこされている。

勝ちさえすればよい横綱相撲や、制度の網をくぐり生活保護に甘えるやから。そんな風潮がはびこれば国は傾いてしまう。

土曜日は美祢市。美祢は知る人ぞ知る桜の名所。黄正吉さんお宅から市役所まで、川の両岸にずらり桜並木。橋から眺めたら、重たいほどの花びらで絢爛豪華。散れば川面に花いかだ。
桜山公園や野球グラウンドいたる所が桜ポイント。ついでに葬儀場も桜会館。

スマホ持ち 桜トンネル みな笑顔

温泉立ちより

美祢市の山あいに毎週木曜日に10個をお届けしている。それは若い奥さまが子育てに使われるらしい。
きのう、おばあさんが出て来られ「嫁から生タマゴをもらい、ご飯にかけたら美味しかった」戦後、採卵養鶏(放し飼い)をされていた。ある夜に野犬数頭が鶏を全滅させて養鶏はやめた。けれども「あの当時の懐かしいタマゴの味がした」その感想を言いたくて待っておられた。来週から倍の20個になった。

ある中学校で先生方がまとめ買いをされていた。春の異動で転校される先生からの電話「異動先の山口市内の学校でも配達してもらえるか。毎週20個だけど」来週から配達することになった。
わたしの仕事は、コツコツ続けてやり甲斐がある。

きのう、わたしが早く着いて月末集金ができなかった下関市内の飲食店に9時に行った。オーナー几帳面な人柄から今朝がよいと判断。オーナー不在だったが女性スタッフが封筒に用意して待っていた。
帰り道、農園近くの温泉に立ち寄り運転疲れを流した。

午後の楽しみはEテレ高校講座「歴史」きょうは第一次世界大戦・第二次世界大戦・オスマントルコからパレスチナ。
映画「アラビアのロレンス(ぶち長編)」を3回も観たので理解ができた。

万歩計4000歩

日和山のツバメ

唐戸、カットイン・パラダイス(理容)の中山さんは手先が器用。鉛筆画教室主宰・畑仕事・看板や額縁製作など。なかでも刃物の研はハサミやカミソリを長年されているから腕はよい。
普通の包丁700円。刺身包丁1000円の研代で受けてくれと10年前にお願いして、わたしのお客さまの包丁をお願いしている。きょうの出来上がりは「よしの」奥さま依頼の2本。
加奈ちゃんが「やって」と差し出した包丁は柄が折れた代物。断ろうと思ったら、結婚のときご主人のお母さんから頂戴の一品と聞いたのでカットイン・パラダイスで手をあわせて柄の交換と研をお願いしてみることにした。
包丁研をご希望の方はわたしにどうぞ。

農園にはまだ来ていないツバメが、下関ではたくさん滑空していた。小さい体で海を渡り、それでも力強く舞う姿に「おまえも頑張れ」と励まされた。

ツバメらも 春を愛でるか 日和山

万歩計9000歩

年金か生活保護か

生活保護受給者のパチンコが大分県下で議論になっている。
生活保護を受ける人がパチンコ店に入れない(どこで見分ける?)そうなると煙草や酒まで規制するような風潮になりはしないかとわたしは思う。けれども、以下のような経験をした。

先日、風呂の休憩室でゴロゴロしていたら男性ふたりの会話が耳に届いた。
国民年金を受給しながらアルバイトをしていたが5月に手術入院をする。生活保護申請をすれば医療費は無償になるし、年金以上の収入になるから手続きをはじめた。離婚手続きをして二人で生活保護を受けたらよいと入れ知恵もあった。

年金受給より生活保護を選択する人が増えている。国家としての体裁が維持できない深刻な問題。

萩観光の企画にご参加の方が多くなりました。4月3日の天気予報は雨50パーセントです。晴れ女2名が参加ですから晴れると思います。

岡本拓也バス 松原・今村2名・草野・安川・徳重・黄
クレヨン組3名・濱谷3名・上田・廣田・木村2名・村上2名・緒方・松村・糸賀・河村・足立2

萩博物館駐車場10時集合です。ガイドは、萩観光ガイド協会の山根さん(男性)です。

朝のウォーキングでツクシの群生地を発見、あまりの春に車にもどりタブレットを持って一枚。

万歩計13000歩

Eテレコ マーシャル

100分de名著「歎異抄」について。

25分×4回。Eテレ番組です。4月の月曜日×4回 午後10時25分から10時50分で放映されます。
講師 釈 徹宗師
「数楽の会」藤野先生が山口講演を依頼されているようです。実現すれば「特別 数楽の会」になります。そのときは農園日記などでご案内いします。

若いとき背伸びをして、中国古典「菜根譚(さいこんたん)」を読み始め、すぐに挫折した。
数年前に100分名著で取り上げられ、ざっくりではあるが、敷居がわたし用に低くなり理解できた。Eテレは勉強嫌いのわたしには学びの場になっている。

ゴロゴロ朝寝坊はできない。今朝は2時過ぎに目が覚めた。もう一度寝ると即席ラーメンになる可能性を心配して、録画を4時までみて布団をあげた。
花粉症と眠気で目をショボショボの山口市を走り終えた。

万歩計12000歩

春めいて眠気

大鵬関は母が大好きだった。日曜日の夕方、コップ酒をやりやがら母とテレビ観戦した思い出もある。
昨年は下関市に巡業があり、朝8時から開始でも7時から力士がバスで着く様子から見た。
今場所も5時過ぎからはできるだけテレビの前に座った。そして千秋楽結びの一番。あっけなく終わりテレビを消した。
白鵬が、ではない。千秋楽の結びにふさわしくない取り組みと落胆した。
力士同士が、あの仕切り距離で音をたてて頭をぶつける迫力こそがわたしの相撲。

「司馬遼太郎からの問いかけ・没後20年 菜の花シンポジウム」がEテレであり見た。磯田道史先生の歴史観が好きで、先生がパネラーの1人であり、司馬遼太郎には複雑な気持ちがあるから。
司馬遼太郎作品は若いときからたくさん親しみ、主人公の生き方にたくさん教えられた。ところが乃木大将「殉死」では、乃木大将を愚将と評価しており司馬遼太郎ファンから下りた気持ちだった。
番組を見終わり「名こそ惜しけれ」「公に生きる」と日本人の生き方を評価し、これから生きる日本人への指針をのこされた偉業。わたしごときの乃木大将評価は軽すぎると思った。あらためて「殉死」を再読してみたい。

さきほど藤野先生が、来月からEテレではじまる「100分de名著 歎異抄(釈 徹宗)」のテキストをプレゼントに農園にこられた。悪人ですら極楽往生ができる と教えた親鸞。4月の楽しみがひとつ増えた「数楽」仲間に知らせておきたい。

草刈疲れの月曜日。眠気をコーヒーで乗りきった。

万歩計7000歩

3時間も昼寝

昨夜録画「精霊の守り人」を3時から楽しみ。6時半まで犬の散歩などゆっくり時間を過ごした。
徹底的に農園の草刈りをすれば約8時間。きょうは4時間、強力草刈機ハンマーナイフを主力で、普通の草刈機の2台を使い、シーズン初の草刈をやった。あと4時間は、隣接の耕作放棄地と川土手。つまり農園内は完全に刈った。
高圧洗浄で汚れを落とした。

昼ご飯に缶2本。疲れて眠くなり、毛布をかぶり横になったら3時間も熟睡。
年々、草刈が重労働になる。

万歩計10000歩

寒の戻り

農園は0度。新聞紙が活躍した窓の結露。
萩市に向かう秋吉台周辺は大霜の氷点下4度。

寒もどり 耐えて一輪 早や桜

長門市のコンビニで小休止。シートを倒してホットコーヒーを飲みながらタブレット新聞。隣に乗用車がとまり運転手は店内に急いだ。車内に愛玩犬が残され騒いでいた。運転手が戻ったとたん「コラーっ!」の罵声。犬がいたずらをやったように思えた。車内を逃げ回る犬に手をあげる。見たくないからコーヒーをやめてその場を逃げた。
嫌な場面を目にしたとき、わたしの姿を鏡で見たように最近思えてならない。
例えば手をあげられた今朝の犬。昨年死んだ健太は落雷が極度に恐く(銃声が苦手で農園引き取り猟犬)夜中の落雷に暴れたとき、しつけと思い手をあげた。暗やみで殴った健太の歯が手をえぐり消毒騒ぎをした。
つまり、タバコの投げ捨ても、酔って騒いで迷惑を周囲にかけたこともあるわたし。
鍵山先生もご自身をふりかえり「決定相」ではない「過程相」と教えてくださった。
過ちや恥ずかしいことを積み重ねて歳をとる。

万歩計8000歩

よく休めた金曜日

少子高齢化社会になり、年金制度や数々問題が提議される。「子供は何人は生んだほうがよい」と言う人まで出る。
生涯を独身で過ごし、年金を受けとることに異議を唱える論調もある。
しかしわたしは、制度を維持するために子供という発想には馴染めない。授かる命を制度と天秤にするように感じる。
もちろん、少子化社会がよいとは思わない。
さまざまな事情で独身の人や、子供が授からない人も幸せが実感できる国を目指してはどうだろうか。

先日録画した「日曜美術館」の内容がすばらしかったから、テレビは見ない菊川さんに差し上げようとDVDにコピーして農園を出た。
途中で松月院ご住職にお会いしたくなりアポなしで山門をくぐった。歓待してくださり、わたしの「無常」についての質問に詳しく教えてくださった。

菊川画廊に着いたら主は外出するところに遭遇。足止めしては申しわけないからDVDを差し上げ別れた。

農園帰り道に持世寺温泉立ち寄り。400円の公衆風呂に客がいないと聞いて大浴場の貸し切りでお湯を楽しんだ。湯上がりに隣の豆腐工房でまだあたたかい木綿豆腐を買った。お昼は豆腐でビール。
たっぷり昼寝。

万歩計5000歩

会話のベルト様々に

毎朝、配達スタートしてゴールするまでのお客さまの顔を思い浮かべながら必ず交わしたい会話を整理している。
例えば、先週インフルエンザでダウン奥さま。近々奥さま法事のお宅。加奈ちゃんパン教室。愛犬家。アルミ缶をいただくお宅など。理容・飲食・米屋・車屋・工務店に電器店・ブティックに農家など業種も多彩。だから配達は面白い。

下関市で工務店経営の木村社長。ご縁は中越地震に松村御大率いる「ふく鍋隊」に加えてもらい、新潟往復の車中で親しくなった。
木村さんが金光教ご信者さんとは知らなかった。木村さんが教会に参り「足立さんと知り合いました」と教会長に話した。教師とわたしは縁があり「足立さんの誕生日だからお祝いをされては」とアドレスで「足立さんおめでとう!」と木村さんから電話があり金光教が舞台になった。以来、毎週たくさんのご注文をいただいている。
今朝もお茶をいただきながら絹着せない会話。あまりに笑顔がよいから携帯カメラで一枚パチリ。4月の農家日記にご登場。

加奈ちゃんパン教室。焼きあがりの「春キャベツパン」のホカホカを「おいちゃん」といただいた。
充実の木曜日が終わった。

木村さんと会話の最中、涙腺がゆるいわたしは涙がでた。

すぐ涙 花粉のせいに できる時期

万歩計9000歩

小事は叶う大吉

八幡宮朝参り。宮司が大きな目を真っ赤にされていた。重症花粉症のせいだと話された。
お賽銭箱の横におみくじ販売機が鎮座している。そこに一枚未開封のくじが出ていた。
これは神様から「受けとれい」との意味と解釈して押しいただいた。「大吉」で願望は「小事は叶う」
そういえば先日、大願成就の祈りをこめて大枚1万円買ったロト6。日曜日に売り場でチェックしてもらった。受け取り金額は2千円。夢は1万円ぶん見た。

約20年前の刊行。コミック「日本の古典」古事記から始まり伊勢物語・徒然草などから東海道中膝栗毛までの18巻。今村奥さま蔵書にあった。とりあえず12巻目「好色五人女(井原西鶴)」をお借りした。興味あるものからスタート。

釣り人で賑やかになり、川土手はゴミが増える。マナーを憂いても解決しない。朝の愛犬散歩できれいにする。
万歩計12000歩

老化を感じる出来事

相手の顔は記憶のフィルムにはっきり出ていても名前が出てこない。
昨夜受けた電話の着信履歴はあるが内容が思い出せない朝。
配達先を素通りして農園に戻るまで気がつかない。
今回は、日曜日に山口市内まで給油に行き、農園のお金で1万円プリペイドを買い満タン。領収書を取りプリペイドを取り忘れた。きょう給油に行きカードがないことに気がついた。数千円をポケットマネーで補うことになった。
高齢者の「逆走」「ブレーキとアクセルの踏み間違い」など他人事ではないと痛感した。
朝は大霜の銀世界。外の水道は凍てついた。ヒートテック下着など冬支度で農園を出た。朝のウォーキングはそれでも寒かった。
ところがお昼の山口市内は暑い。半袖の人や日傘の人がいた。とうとう県立大学図書館に配達したあと「トイレで脱ぎます」とカウンターの女性職員にお断りして(女子大学生が多数)脱皮ができた。
山口市内は桜が咲き出したが農園はまだピンクのつぼみ。

万歩計12000歩

情報の危険性

昨夜の録画「NHKスペシャル 映像の世紀・あなたのワンカットが世界を変える」
人が国境を越え。情報やお金(納税)が国境を越える時代。国家や国民はどうなるのかを考えていたので、早起きして再生した。
報道機関が現場にカメラを持ち込み、メディアを通して伝えていた時代から、現場に遭遇した一般市民が映像を世界配信できるツールができた。その結果、政権を倒す市民革命が一枚の映像から導かれる。その歴史を動かした多くの「一枚」で番組は構成されていた。
このグローバル社会。意図的に世論操作をする目的でねつ造された映像やツイッター投稿は「テロ」になる。
映像の真相チェックは情報統制の国以外では困難。情報の海のなかで、大切な情報を見きわめる個人の力が要ると感じた。

氷点下には至らなかったが霜の朝。
振り替え休日の月曜日コース。日ごろはお会いできないご主人が在宅の配達先があり、得意なことや趣味の話題で話に花が咲いた。話は、成功より失敗談のほうがおもしろい。

万歩計10000歩

スコップの日曜日

6時前に愛犬と遠距離散歩。もどってトイレと風呂掃除をした。

ミニユンボと軽トラダンプにスコップを使い、農園内に雨がたまるヵ所を補修。
ミニユンボは10年ほど前に新車で購入。コマツの担当者は納車に来て操作説明は一切しなかった。それは、慣れなければ自在に使えないからだとわかった。
「山を切る」と土木工事の人が言う。山に道路を通すとき、急勾配のり面がつくられる。重機をどう使いこなして切るのか疑問だった。
長門市をきのう走っていたら、前方の急斜面にユンボが下を向いて作業していた。真っ逆さまに落ちる角度。通過しながら見たら、ユンボの後方に太いワイヤーが繋がれ、そのワイヤーを巻き取る大型重機が、ユンボの作業にあわせてワイヤーの長さを調整していた。ユンボのオペレーターは真下を見ながら山を切り開いていた。使い方をあらゆる方向で考えるのだろう。
あのユンボのエンジンオイルは、平地で使うレベルとはちがうからどう量を調整しているのか気になった。

お昼前に、山口市内に出て買い物と給油を済ませた。

午後からもスコップ仕事。3時に終わり洗車。
西君の墓参り。八幡宮参拝を済ませた。

農園桜のつぼみがふくらみはじめ、釣り人も増えた。

一日のスタートを掃除をすると気合いがはいる。

先祖に感謝

2日前に真砂恵さん家族(4名)は、長男高校入学祝で大阪観光に車で出ている。
きょう午後、家内の携帯に、実家の墓参りが終わりましたとメールが届いた。
家内の実家は兵庫県たつの市。山あいのへんぴな場所にある。三人姉妹は嫁に出たので家は空き家となった。
廃屋は地域の迷惑になるので解いて、空き地は地域に寄贈。その近くの山に家内先祖代々の墓はある。
真砂恵さん家族が、この時期にお線香をあげに参る気持ちがおきたことが嬉しい。なによりご先祖様が喜ばれたことだろう。

わたしの母は、太秦教会霊祭が昨日仕えられ、長女の照美さんが「わたしがお参りしておきます」と連絡があった。
農園では、母に花を供え、西君の場所にも花が供えられ。犬4頭(はなちゃん・太郎さん・健太に黄さんのクラちゃん)にも花を供えて手をあわせた。

天井裏のネズミは駆除した。約一週間、安眠できたが新顔が走りはじめた。前に比べ体重は少ない。
殺鼠剤を油揚やパンに少量つけて天井裏に置いても食べない。夜中に軽快な足音で走り腹がたつ。
すべての命と共生する意義を唱える人がいる。
わたしは、草むらでネズミの巣を見つけても、山道でムカデやマムシを見ても殺さない。けれども、わたしの生活エリアでは排除する。
殺鼠剤を木曜日に選んで帰り、風呂場から脚立を使い天井裏にキャップライトをつけて入り、数ヶ所にマニュアルどおり置いた。毒が強い即効性。
夜中にネズミの断末魔のような悲鳴が一回聞こえた。あれからネズミが走らない。ちかじか屋根裏に入りネズミを出さなければ。

土曜日の仕事を終えてお湯割り芋焼酎。
明日は西君の墓参りがメイン。

ゆっくり休息

天気予報どおり雨の朝。
湯田温泉「温泉の杜」でゆっくり風呂ざんまい。早い昼ごはんとグラスビールも館内。昼寝からさめたらサウナでひと汗。
ひさしぶりに「ゆっくり」の一日を過ごした。
農園に戻り、録りためた番組の中から「100分で名著 司馬遼太郎SP」をみた。

昨夜から気になっていた腰の痛みがだいぶやわらいだ。

気温が乱高下

小月ホースパーク(乗馬クラブ)は、未舗装の狭い道。その山奥をオーナーが切り開き、自宅と厩舎に馬場を作り、6〜7頭のきれいな馬がいる。
今朝7時に狭い道を配達に向かっていたら「競争馬搬送中」のトラックと行き合った。大阪で馬術競技会があり出発だった。
選手は高校生。母親が「足立さん」と親しげに声をかけた。真砂恵さん主人の親戚。嘱託で宇部市通訳の女性だった。
昨夜から真砂恵さん家族は、長男卒業旅行で大阪。そのこともご存知だった「気をつけて」と手をあげて別れた。
それから2時間後、ラジオ放送が中断され、山陽道の広島でトンネル事故ニュース。下りというから少し安心。時間的には現場近くにおり上下線通行止めの混乱に馬と一緒に苦労しているだろうと思った。

農園の朝は1℃。防寒着で6時に出て、戻ったら17℃。
明日は雨予報になった。朝風呂で疲れを流そうと思う。

万歩計9000歩