投稿者「進足立」のアーカイブ

牧君来園

NHKテレビ番組「ドキュメント72」は同じ場所にまる3日、カメラを据えてさまざまな角度で、その場所を通過する人たちにマイクを向けて、その場所を解明する。プライバシーにかかわる点も多くあり、マイクを向ける人の顔と言葉を撮る制作技術にいつも感心している。
高野山・比叡山・恐山が三大霊場(パワースポット)と言われる。
NHK総合テレビ。27日(金曜日)午前11時ニュースのあと「ドキュメント72 恐山 死者たちの場所」が再放送されまる。
イタコは死者を呼び寄せ、イタコの口を通して死者の思いを告げるらしい。ある芸能人が母親の霊を呼んでもらったら、イタコの口から出た名前は芸名「母ちゃん俺の名前は知らんとか!」そんなイタコの口よせなどの映像はいっさいなく、死者と向き合う人たちを正面からとりあげたよい番組だった。

きょうは新規のお客さまが2軒あった。夕方、牧君が来園今夜は泊まってくれる便りがあったので、なんとなく気ぜわしく山口市内を走った。
牧君とは神戸震災からのご縁だから20年になる。家内も夕食に腕を奮ってくれる。
さきほど「天宿温泉に到着」メールが届いた。ビールがうまかろう。

咳は治まった

起きる時間になってもなかなかその気にならないのは、体調が完全に治っていないせいかもわからない。
しっかり朝ごはんをいただき、30分歩いてから岡本さん宅に向かった。
月曜日も美祢市の配達がある。半月前に大型商業施設がオープンした。人口の過疎化が著しい美祢市に大型店が出てやっていけるのだろうかと野次馬目線で見ていた。今朝も軽四トラックが駐車場にたくさんとまっていた。「よしの」はスーパーマーケット駐車場のすみにある。このスーパーマーケットはおどろくほど駐車場が閑散としている。
大手の業者は、田舎の出店でも勝ちかたのマニュアルがあるのだろう。買い物に美祢市以外に行っていた客層まで呼び込んだのではなかろうか。
農園のガス器具は、ガスボンベの充填をしてくれる業者がなく、美祢市のガス店に運んで充填している。
そのガス店での立ち話「よしの」のスーパーマーケット入り口で大判焼き商いをするおじいさんがボンベの充填に来た「さっぱり売れなくなりました」
大手の進出は地元で商う人に深刻な影響をあたえる。
月曜日を走り終えた。少し疲れたように思うが咳もなかった。

体調は回復

8時に母の食事を持っていった。大好物のウナギ・キュウリなどの細い巻き寿司と素麺の味噌汁。奈良漬け。ヨーグルトを「おいしい」とほぼ完食してくれた。入れ歯を洗い、薬を飲ませると眠りにおちた。2〜3家内が職員さんにお願いして部屋を出た。
自宅に戻りたいとか、お金の心配など一切言わなくなり食べて寝るだけの毎日を送っている。
体調がほぼよくなった。少しだるいぐらい。約半月、咳と微熱が続いた。
午後から、そうとう成長した雑草エリアに草刈機(ハンマーナイフ)で入り、2時間汗をかいてきれいにした。
風呂で汗を流して、4時の宮川さん(宇部掃除の代表・ドコモ勤務)を待った。
タブレットについて教えていただき、来月の契約をお願いしてデモ機は返却した。

ネットラジオは最高

タブレットでネットラジオ。6時から7時までラジオ第2(教育)で歴史番組、今朝は軍師官兵衛の虚像と実像。官兵衛ありて秀吉があったことが理解できた。FMや第1(総合)を萩市に美祢市の山間部でも鮮明に聴くことができた。
午後は4時まで昼寝をしたりゆっくりした。自分史を携帯電話で入力し、誤字脱字に句読点など推敲をお願いしているお二人が、これまで荒削りに入力したものに朱筆を加えて、農園に持参してくださった。やはり相当の朱筆。
明日は母の朝食を農園で家内がつくるので今夜は泊まり。久しぶりに天宿温泉に行き身体が楽になった。

だいぶ体調回復

昨夜「麻黄湯」をいただき、今朝は体力がずいぶん回復した実感で起きた。
4時半から草刈り準備と犬の世話をはじめた。ガソリンと潤滑油の混合油を5リットルつくり、草刈機満タン(1リットル)残りは携行缶。いよいよ草刈りをはじめようとしたら不調。調べたら電気系統でわたしの手には負えないから断念。
金曜日のウォーキングもいつもの距離を歩いた。周南市を配達して夕方戻った。

6時ごろ外で仕事をしていたら今村ご主人さまが来園。
早朝、徳山港からアジ釣り乗り合い船で、伊方原発近く、水深60メートルでの釣りをされ帰り道。午後1時にアゴを折りしめた大型アジをクーラーから出し「食べてください」。タマゴを仕事にしていなければご縁はなかった大学野球界では著名な監督さん。
奥さま美智子さんは、福井県で先日開催された第26回全日本競技かるた選手権大会で、元名人や元クイーンを制して6年ぶり2度目の優勝(日本一)になられた。
ネットラジオ。早朝に能楽師が登場されていた。
能楽を演じるその日が決まれば、体調がどうであれ命がけで舞台に立つ。どうしても動けない状況のときは、完璧に代役をつとめる能楽師が控えている。
つまり、映画で言えば高倉健の代役が控えていると同じ。能楽師はいつも命懸けだと理解できた。

タブレットは相棒に

朝4時にタブレット起動。NHKネットラジオ「らじるらじる」を受信。鮮明な音質で、配達地域でカーラジオに雑音が入る地域や、山間地域でも、助手席のタブレットでラジオが楽しめた。
カーラジオなら、木曜日の下関は山口エリアと北九州エリアを使いわけるが、ネットラジオは全国ネット。つまり交通や気象、地域の話題は東京版になる。伊豆大島や小笠原の波の高さや、首都圏道路情報も聴くことになる。
わたしは長年、交通情報センター(中国地域)の田中えり子さんの「声」ファンで、週に2〜3回担当される、朝7時40分を楽しみにしている。朝だけはカーラジオになる。
朝4時から、農園に戻った夕方5時までタブレットを聴いて、使用したバッテリーは約40パーセント。
時々、ラジオを聴きながら地図情報も楽しんだからタブレットは相棒になれそう。
朝7時半、レストラン「うさぎ」は100個の弁当づくりに金刺オーナーシェフも忙しい。ランチにディナーと長い1日だろう。
社小屋の藤野先生が、学校に行く途中、農園にたちより、漢方薬「麻黄湯(顆粒)」を、わたしの咳止めに家内に預けてくださった。家内のメール。わざわざに嬉しい。
加奈ちゃんに配達。きょうはパン教室で生徒さん6人は若奥さま。うちお二人はタマゴのお客さま。お二人がタマゴの配達を希望され「メールします!」思わぬお客さまが増えた。
「よしの」は完売御礼の札がおりていた。わたしの咳を心配して奥さまが大きな梅干しをひとつ「食べなさい」わたしは酸っぱい味と甘い味が苦手だが、ご好意に逆らわずいただいた。
美祢市のドコモ店は閑散としていたので立ち寄りタブレット機能をいろいろ若い店員さんにご教授願った。
明日の朝は回復して、5時前から草刈りで、久しぶりに汗をかき、シャワーを浴びて金曜日を走りたい。

タブレット初体験

小雨の八幡宮朝参り。
まだ体調がはっきりしない、少し悪寒と咳。1週間以上も治らない。
春の海峡ウォーク。今年はネットエントリーだった。携帯電話Iモードに書き込んだがうまくできなかった。結局、真砂恵さんに頼むことになった。
いろいろ手続き「HPから」のアナウンスも増えた。ネットの環境を持たなくてはならないと思い始めた。
ドコモ勤務の宮川さんにお願いして、午後からドコモ店でタブレットの説明を受けた。宮川さんのご好意でデモ器を借りて農園にもどった。
大地真央と黒木瞳「人生の扉」や新井英一「清河への道」などサクサク出てきて驚いた。NHKネットラジオは鮮明な音質。地図情報も使いたい。
しばらく慣れてから使いはじめたい。

日本の品格

サッカーのサポーターが試合に負けたが、場内清掃をしたニュースが日本の品格をあげ世界に発信されている。まゆ毛を下げて微笑んでおられる鍵山先生を想像した。
平成10年2月。サンパウロ在住、カリスマ美容師と世界的にも著名だった飯島さんが、ブラジルにお掃除文化を伝えたいと鍵山先生におもいを伝えブラジル掃除に学ぶ会が開催された。
わたしは、前年創刊したお掃除の会冊子「清風掃々」の出版に関わり、ブラジル取材で同行し神奈川掃除の会、丸山さんと飯島さんの対談を催し、録音とカメラを担当した。(清風掃々2号に特集した)
サポーターが掃除に学ぶ会と関係があるかどうかはわからないが、以後もサンパウロで公園トイレ掃除は続いている。
ブラジルではトイレを掃除する人は職業として決まっており、なぜ企業家たちが素手で便器を磨くか理解されにくい。ましてや、自らの心までをも磨く力などわからない。けれども日本から24時間も飛行機で行き、応援したチームが負けても掃除をした日本人は誇れる。

今朝の産経新聞「荒川健一の関門味風土記」今回は「あわび」がテーマ。万葉集の一説を引用され「磯の鮑の片思い」解説されて本題に入る大将の文章。
最後は「寿司割烹 浪花」の鮑料理ふた品が添えられた。
体調がまだ元に戻らない。

詩人?が登場

きのう(15日)吉部八幡宮を会場に恒例の「社小屋」毎月、1日と15日は神道では神参りの日。野村宮司先唱で大祓をみなさんと唱和。説明できない清々しい気持ちになる。やった者しかわからない。
1時間半。数学教師でメタボの藤野先生が、最近の話題を読み解いて古事記の世界に誘うマジカル藤野節。
初代天皇は誰か?と問われたとき、わたしの背中で「神武」とつぶやいた男がいた。
酒屋の松原さんが「面白い男がおる」と、かねてより言っていた。脳性麻痺のハンディがあると聞いたので「松原さん。すみませんが彼を連れて農園で泊まってください。その前に社小屋に参加してから」それがスケジュールになった「神武」とつぶやいたのは面白いと言われた男。
四次元とか五次元の世界に藤野節で連れてゆかれ脳ミソがもつれたとき「時間ですから終わります」要は、余韻のなかから自分の力で結論を導くしかない。
このあと、藤野先生家族と宮司は、牧君お供えの赤福を西君墓前に供えに行かれたと、きょう知った。わたしは祖霊殿に供えてくださればと持参した。わたしも墓前に行けばよかった。
お宮から農園に戻ると、先日も来てくれた小野田市の西山夫妻が来てくれ、料理でてんてこ舞いの家内を奥さまが手伝っていた。
西山君とのメールのなかで「ホタル」を話題にしたら奥さまが見たい。それなら何度か農園で宴会で一緒だったホタテマン(松原酒店)が仲間と来るから、奥さまと来なさいよ。
豚肉ブロックを紅茶で煮た料理を家内がつくり、韓国ソースを西山奥さまが担当。鹿肉の竜田あげ。煮たまご。魚のカルパッチョに三種類ぐらい?の巻き寿司などで8時までビール・日本酒に焼酎を楽しく呑んだ。
西山夫妻とみんなでホタル見物ができた。夫妻を見送りした。
面白い男を主人公に飲みなおし。彼の名前は岡本。47歳。手足と会話が不自由。
福島から宇部市に避難した人のなかで自閉症の子供さんが数名おり、その支援をするグループに松原さんと席をおいている。
彼は童顔で印象として30代前半かと思った。ほんとうに旨そうな形相で酒を飲み、使いやすい自分の食器で食べる。松原さんは彼の言葉を理解しているが、わたしは慣れるまでに時間がかかった。
障がい者年金を糧に、前向きに生きる岡本さん「あなたの趣味は」と聞いたらリュックから茶封筒を出した。中には彼撮影の一枚に詩が添えられていた。
むかし、出張先の宮崎市の居酒屋にはいつも週刊誌を持って行き、話し相手もないから活字に目をおとして寝るための酒を呑んだ。ふと壁に目をやると「やっぱり ひとりは 寂しい」会社と家族のためだと自分に気合いを入れ、宮崎県だけでも年間40回は泊まったわたしの胸に山頭火の句がひびいた。
あの時と同じ気持ちになった。来月の農園日記ミニアルバムで岡本正彰さんをする。
彼の詩をひとつ

庭に積もった雪は 融けるとどこへゆくのか 東北の人の悲しみ苦しみを 一緒に連れ去ってほしい 僕のは いいから

就業するすべがないと彼は言うた。
金ではない。人の心をつかむ「詩」が岡本さんにはあるではないかと。
朝6時過ぎ、朝食をおえてふたりは帰り、わたしの月曜日がはじまった。

牧君登場!

昨夜8時過ぎ犬が騒いだので窓から見たら川のそばに車が停まっていた。ウナギ釣りと思ったら「こんばんは!」と暗がりから声がした。
どこから来たのかは聞かなかったが水戸ナンバーの乗用車から牧君(神戸避難所で仲良くなった宮崎弁)が降りた。西君へのお供え物をおいて鹿児島に向かおうとしたのを引き止め二階に上がらせた。10人以上の男たちをたばねて全国を渡り歩き稼いでいる。半袖からいつもの太い腕で元気そうだった。何歳になったか尋ねたら45歳になっていた。来年1月で神戸は20年。節々に彼は農園にあらわれ、48歳で亡くなった西君の仕事を手伝ったり、一緒に酒を飲んだり西君のよき相棒でもあった。いつも西君へ供え物をしてくれる。来年は神戸で香山君も交えて当時を語りたい。

咳は少し楽になり、朝ごはんはイサキを焼いておいしくいただけた。
母の朝食時間に間に合った。顔はやつれてはいないが、ジャムをつけた指をタオルで拭くとき先週より一段と細くなり、骨格見本のようになっていた。先週、もう歩くことはできない細い骨の足を見て、曲がった指と爪を見てかわいそうで胸がいたんだ。老いていくことはこういうこと。

このあと4時から恒例「社小屋」今回は藤野先生が講師。
そのあと数名がホタル見物に来られる。家内が忙しく台所。

善意のクレーム

4時セットの携帯電話目覚ましで起きた。昨夜はティシュ山をまくら元にきずくことはなかったが身体は重い。てきぱき動き、6時に萩市向けのスタートができた。
土曜日は、積み荷はたぶん鮮魚だろう保冷の4トンがアクセル全開、弾丸のように萩から出てくる。ノロノロ運転の車は容赦なく追い越す。ドライバーは割烹着のおばちゃん。今朝は雲雀峠ですれ違った。割烹着の運転は冬場の凍結でも弾丸運転。
萩の常茂恵旅館から、湯本の大谷山荘のあいだ、三隅で個人のお宅に配達がある。先週「タマゴにヒビがありました」のメモがあった。気持ちばかりのお詫びタマゴを添えていたがお会いしてお詫び申し上げようと思っていた。軽四トラックで農作業に出られるところに出くわした。ヒビのお詫びを申し上げたら、採ったばかりのトウモロコシをくださり「生産しておれば、クレームは必ずあります」と笑顔。善意のクレームもありだと思わされた。
昼前に農園に戻り、すぐに下関トヨタの江口店長が代車で来られた。明日の夕方まで愛車はブレーキ系統の修理。
3時まで昼寝を試みたが咳で果たせなかった。
明日の夜は、ホタルが観たいと数名来園。家内が紅茶で豚のブロックを煮ていたので味見で晩酌。私の食器を洗って帰った。
今夜しっかり休めたら体調はもどると思う。

タブレットを持つべきか

昨夜も咳が続き、おまけに鼻血まで出て寝不足で金曜日をむかえた。
松村御大から「体調はどうかね」の電話。糸賀社長から「僕のタブレットをあげようか」のメール。どちらも早朝。

えらくても仕事を休む選択肢はないから、いつもと同じ朝の作業をして6時半に農園を出た。
少し頭がおもいけれど、金曜日のウォーキングコースを40分。
山口市内で嬉しいことがあった。わたしがアルミ缶回収をしていることを知った奥さまが、どういうルールでわたしに渡せばよいかを問われた。

農園はラジオ電波のコンディションがよくない。ネットでラジオを快適に聴きたい。今年の「海峡ウォーク」はネット受け付けになり。娘にエントリーしてもらった。携帯電話のネット検索では不便なこともありタブレット端末を買うことを考えていた。すく買えばよいものを、腰が重いのはいくつかそうなる体験があった。
一昨年、日曜日の夕方に山口市内の配達が急にあり、その日は農園泊まる家内に「外食するか」と一緒に出た。
出るまえに市内の食べ処を携帯電話Iモードで検索した。
たいへん評判のよい書き込みの人気の店があり、予約したほうがよいとアドバイスまであったから予約した。
予約の時間、店内はわたし夫婦ふたり。愛想のない女性がメニューをテーブルに置いた。肉料理しかない。予約した者が店を出るわけにもいかないから注文した。ビールは1本だけしんみり飲んだ。支払いのときも客はいなかった。ネットで得る情報を信用してはならないことを体験した。
反面、利用の仕方しだいでは生活が便利になろうから、タブレットを理解するところからはじめてみる気になった。
来週、宮川さん(掃除仲間でドコモ店)にじっくり説明していただく予約をした。
金曜日を全部おえた。明朝は身体がおもければパンを焼いて牛乳(両方犬の餌用)元気ならば朝食つくろう。
今夜は熟睡できたらよいのだが。

きょうはえらかった

昨夜も咳と鼻水で睡眠不足。葛根湯、咳どめ薬にのど飴、すべて効かずまくら元はティシュが散乱して朝をむかえた。
動かれないほどでもなく、咳と寝不足に微熱ぐらいだから、時間をかけても安全運転で走り終えようと6時半にスタートした。
停めて休むことはなかったが、頭がボンヤリしてラジオも集中して聴いていなかった。
3時すぎに美祢の「よしの」に到着。お茶をいただきながら世間話。1週間まえの木曜日にオープンした大手資本の商業施設は、きょうもガードマンが立つほどの盛況を呈していた「よしの」は、これまで一人勝ちだったスーパーマーケットの敷地内にあり、駐車場は驚くほど閑散とし大手の資本力に屈服したように見えた。
「こんにちは!」と元気な声で加奈ちゃんが登場した。きょうは山口市内で販売があり、卵はご主人の実家に届けた「足立さんの車が見えたから」加奈ちゃんの自宅は「よしの」に近い。売れ残ったと数個のパンを吉野さんと二等分してカウンターに置いた。吉野の奥さまが「売れ残りですが」とオニギリとうどんを彼女に差し出した。これから家族の夕飯をつくり、明日は萩市で販売のパンを朝までに焼かねばならない「助かります!」と加奈ちゃんスマイル。疲れたわたしの肩を少し揉んでくれた。わが子のような気持ちがした。今夜こそしっかり眠りたい。
家内がニンニクを揚げている。

風邪が治らない

咳が一晩中出て、3時に寝ることはあきらめてテレビをつけた。林えいだい氏が出ている番組があった。
25年ぐらい前だった。吉田清治(検索されたらわかります)が、朝鮮半島で人間狩り(強制連行)を私はやった。という本を世に出しえらい騒動になった。結局その本はねつ造と本人も認めた。
林えいだい氏は筑豊のカメラマン。土門拳のような社会派カメラマンをめざしておられたように記憶している。吉田清治の人間狩りに触発されたのか、筑豊炭鉱で働く外国人を強制連行された人というフィルターで撮り作品を世に出した。
吉田清治が埋没して、林えいだい氏のことも私のアンテナに届かなくなった。
番組で闘病のなかで、特攻で散った若い命を世に問う姿勢が紹介された。えいだい氏の父親は氏神様を祀る宮司で、出征する若者に「どんなことがあっても帰ってこい」と祈願のあと話した。それが憲兵に伝わり2週間捕らえられた。自宅にもどったが2週間にわたる暴行で亡くなった。
その現場に立ち会ったから、えいだい氏はしぶとく戦争に向き合う姿勢がよく理解できた。父親の生き方で息子の生き方が定まる。私には反省ばかりが残った。
水曜日の楽しみは今村さんのお宅。毎週30分ぐらい会話のキャッチボール。今朝は奥さま「外食したあと、おいしくない」は言わないほうがよい。その一言がお店の経営に影響するのがネット時代。私の味ではなかった。ぐらいにとどめたほうがまるくおさまる。
ご主人に貸し出していた映画「劔岳(点の記)」の制作現場映像。返していただき、ご近所の山ガール(70歳ぐらいか?エベレストやキリマンジャロのつわもの)観られますかとビデオを差し出したら、なんと撮影のとき劔岳山小屋でふた晩泊まり監督や俳優さんと楽しい時間を過ごし、このメイキング映像は観ましたよ。

そのお宅の近所。老夫妻はもと小学校教師。表札の3番目「もも子」は猫。

猫といえば、今朝の朝参りで本殿に頭をたれていたら、真っ黒な猫が本殿奥から飛び出したときは驚いた。

今夜はしっかり寝なければ。

ネズミ駆除作戦

先週の木曜日。早朝の草刈りは肌寒さを感じた。それ以来、咳と微熱が治らない。
昨夜は疲れていたのか酔っていたのか、気がついたら今朝の3時。明るいまま床板で寝ていた。今夜は早く布団に入り疲れをとらなければならない。

ホームセンターの資材売り場にコンクリートブロックがある。穴が3つあいている。ブロックを鶏舎基礎のコンクリート部分に並べ、毎晩食パンをちぎって入れた。3ヵ所で合計9個の穴に入れたパンが一晩でネズミが完食するようになった。餌付けに成功。
昨夜からパンに微量の殺鼠剤をつけて置いた。朝見て歩くと完食。これを2週間ぐらい続けたらパンが残るようになる。つまり駆除したことになる。
ブロックの穴に置く理由は、鶏舎内に入れたら鶏がパンを食べる可能性がある。
タヌキやキツネにカラスなど、ネズミ以外の動物を殺すことがない。

糸賀社長が「面白かった」と読み終えた本をくださった。
「英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄」いわゆる反韓に反中が内容。
最近「そこまで言って委員会」(日曜日のテレビ番組)を観なくなった。論破できたら問題が解決するのか。慰安婦・南京・強制連行・靖国や東京裁判。たくさん主張がくい違う。双方がいくら時間を費やしても「わかった」にはならない。わたしも、それぞれ論点に思う気持ちはある。
けれども、それは、それとして。という曖昧なところからの友好関係は構築できないものか。

昨夜は盛会!

昨夜は楽しい歓談ができた。加奈ちゃんの子供二人は用意した「千と千尋の神隠し」を楽しんだ。8時はまだ薄暗い。けれど明日の仕事もあるからホタルをながめてお別れをした。

今朝は4時半から草刈り。6時までに全部が終わらず、配達スタート。
美祢でお客さまのTさんと出会った。自宅は長い坂道を歩いて行くので卵を渡してお金をいただき助かった。
Tさんのおじいさんは先日四十九日をされた。亡くなる数日前まえ、私も会話をかわした。つまり楽に往生されらしい。おばあさんは施設で長患い、床擦れがとても悪化していると。床擦れと聞いたら愛犬も最後は骨がみえるほどの傷口になった。その記憶がよみがえり、母も寝たきりになったから床擦れになれば私もつらいと思う。
小野田市で大判焼き(白あん)を買い、冷めないようにタオルで保温して農園に戻った。みゆきちゃんと家内が喜んだ。

残りの草刈りを、汗をしっかりかいてやり終えた。水圧ポンプを出してハンマーナイフをピカピカに掃除。

いま7時前、山から涼しい風が届きはじめた。

早朝から草刈り

5時から90分草刈りをした。
農園内にイノシンや獣が入らないように漁網をぐるりと張り巡らしている。その網周辺の草刈りを集中してやった。
ギョっと驚く光景は、その網におおきなヘビが何匹もかかって死んでいた。網から外すには手がかかる。放置した。
魚が少しでも体があたれば巻かれてしまう人間の知恵には驚いた。
山口市内の配達を済ませて母の面会「食べて寝るだけの毎日には飽きた」とポツリ。
下関トヨタまで高速移動した。冬タイヤの摩耗が限界をこえて、雨の日はかなり滑る、梅雨の運転が不安でタイヤ交換。ついでにオイルと車体点検。
所要時間は約1時間。車体点検で深刻なオイルのにじみが発見された。
新車からきょうまで約1年と半年。走行距離は約9万キロ。多少の不都合が出てもあたりまえ。土曜日から1泊でドッグ入りの予定になった。
夕方5時ごろから数名の大人と加奈ちゃんが子連れ参加で夕食会。8時に解散して、みなさんホタルを見物してお帰りの予定。

複葉機赤 とんぼ

今月「ミニアルバム」でご紹介させていただいた姫井ご夫妻。陶芸に関心があることがわかり、先月末に今村さんの作品が窯出しされたのでご両人を引き合わせるセッティングをした。といっても「お坊さんめくり」と「社小屋」で会っているから初対面ではない。
わたしが萩市から山口市に向かう時間に姫井夫妻が今村さん宅を訪れ焼き物談義で盛り上がったらしい。
午後1時にセミナーパークで今村さんと私は待ち合わせ。古川薫先生第二回「フランシスコザビエル」講話を聴講。
焼き物をいろいろ評価されご機嫌顔の今村さんと駐車場で合流。すると姫井奥さまから「いま、今村さんの器で食事をはじめます」とお礼メール。よいご縁ができて、わたしも嬉しい。

古川薫先生の90分。テーマの「フランシスコザビエル」から軌道を外れ、沖縄からはるか宮古島から最後の特攻に散った少年7名に今回もなった。しかし、今回もなった理由がわかりうなずいた。
古川先生は、東京の日立製作所で海軍練習機、通称「赤とんぼ」エンジン以外は木材と布の複葉機。この制作現場におられた。
終戦の数十日前、特攻機を失った宮古島守備軍は練習機に250キロ爆弾をくくりつけ若者を7名飛ばした。
命令した上官は戦後をのうのうと生きた。僕の分身 赤とんぼで散った若者に鎮魂の文章を書きます。来月から山口新聞で連載します。
どうも、あの特攻が最近は美化されていることに、僕はちがうと言いたい。
今回もテーマから逸れたが会場からおおきな拍手がおきた。

金曜日がおわり

6月3日から、毎日新聞で「いま靖国から(戦後70年に向けて)」の連載がはじまった。熟読したい。

きょうはフランス海岸線ノルマンディに連合国軍が上陸した日。先日から4夜連続でフランスが制作した記録映像がBSで放映され録画して観た。

当時、フランス10代の女性が「レジスタンス(人民の抵抗運動)」として、おもに情報収集(スパイ)をやりましたと証言された場面が印象的だった。海岸線にドイツ軍が構築する要塞の工事にたずさわる労働者にちかより、雑談の中からあらゆる情報を得て味方に知らせ、二重スパイを見つけたら殺しました。
上陸作戦は市民の緻密な情報に裏付けされて成し遂げられた。

ポーランドではパルチザンと呼ばれる市民が銃をとり蜂起し自国のまもりに就いた。
ベトナムではゲリラとよばれた農民が銃で抵抗した。

特にヨーロッパのように隣国との戦いで、国土・国民をまもる意識はたかく、日本は他国から侵略を受けて国土が戦場になった歴史は極めて少なく戦いは局地的。平和は周囲の海洋がまもってくれた。けれども、日本全土を射程範囲にする他国のミサイル。音速で飛来する戦闘機の時代になり、想定外では許されない緊張感のなかで平和を維持する仕組みと意識が求められるように思う。

金曜日のウォーキングは、山口市平川の大型商業施設のパーキング。
何年も同じ曜日。同じ時間を歩くと、ほぼ同じ朝の風景にであう。今朝も、ワンワン銀行から引き受けた2歳の雑種犬を訓練する老人と会話。投げたボールを全速力で追い、口にくわえて全速力で戻ってくる。しばらく雑談。
自販機のコーヒーを飲みながらタバコをくわえ、スマートホンをさわる若い女性もご常連。
清掃会社のみなさんとも挨拶する関係になった。

宝くじも うじき当たる

早朝、下関に向かって走っているとき今村さんからメール着信。
わたしの自宅すぐ近くのスーパーマーケットの宝くじ売り場で、ロト7 1等6億円の超高額当選が出ました!年末には近くで年末ジャンボ7億円も出た。当たりが身近に迫ってきた。

美祢市は午後2時過ぎに通過する。きょうは全国展開の大型商業施設が新装開店。過疎の美祢市に、よく集まったものだと思うほどの車が(軽トラック)駐車場を埋め、人混みが見えた。
焼きたてパン。不二家など美祢市には目新しい店舗がたくさん入っているらしい。
開店準備のスタッフが大勢動員されたのか「よしの」は大繁盛で早々に完売札をおろしたらしい。
既存の商店には打撃かもわからない。

エヒメ菖蒲の株をわけていただいた。さきほど、ふた鉢に植えた。

大浮世絵展

昨夜からの雨が朝も残り、雨具と長靴で朝参りから水曜日をスタートした。

県立美術館で開催中「大浮世絵展」は、いましか実物をみる機会ないから開催中に行こうとおもったが、盛況で特に土日は作品を間近にみることができないと行った方々から聞いていた。数日前に会場に電話で「いつ行けば混雑が避けられますか」と問い合わせたら、平日の開館直後か閉館まえ2時間は比較的ゆっくりできます。農園に早く戻れる水曜日だと思った。
かけ足で配達を終えて2時半にもどり山口市に向かった。
音声ガイドを借りて約90分、葛飾北斎・歌川広重・東洲斎写楽など有名な浮世絵を間近にみることができた。
芸術音痴のわたしが、名作のなかに雪の重さや、距離感などじゅうぶんに楽しめた。
特に江戸の場面は、山本一力さんが文字で描く江戸の風景と重なり至福の時間だった。

夕方7時は睡魔が

待った番組が昨夜録画できたので3時に起きてみた「D−Day壮絶なる戦い(前編)」
史上最大の作戦という映画になったノルマンディ上陸作戦。連合軍側の作戦検証番組。
前編は作戦までの経緯が実録フィルムで構成されていた。
わたしが納得できたことは、宣戦布告より早く真珠湾を攻撃したことは、日本側からすれば外交官の手違いぐらいに今でも言われている。しかし、アメリカをはじめ連合国にすれば卑怯な奇襲でしかない。
布告より攻撃がはやかった事実を、日本は、そうではあるが。ハル国務長官の、いわゆるハルノートはのめないから、土壇場の出来事のように正当化することもある。どうしても正当化するストーリーをつくりあげるから歴史認識が立場でもめる。今夜は後編を録画している。

15日は「社小屋」今月は16時から90分。吉部八幡宮で催される。講師は数学の藤野先生。
この学びの場は、第一に神参り。ふだん宮司にお祓いをしていただく機会はないけれど、必ずお祓いがある。
次が講師の内容になる。今回、藤野先生が何をテーマにされるかわからないが本気で聴く。本気で聴けば「なるほど」と府に落ちることはある。
お時間あるかたはご参加ください。参加費はお賽銭。問い合わせもわたしが受付ます。

梅雨入りしました

山口県は午前中に梅雨入りした。

月曜日は岡本拓也さんのお宅が最初の配達。岡本さん夫妻より仲のよい山羊の夫婦がいる。モンゴルのように放し飼いもされる。奥さん山羊が初めての懐妊らしく、出産予定の9月が待ち遠しいようす。

美祢市の会社に配達。外を歩く従業員さん、片手に金属バットを握っていた「猿の群れが来ています!」群れにバット1本ではかなわない。小郡から農園への山越え近道でも、猿の群れが道路を歩いている場面はよくある。猿が立ち去るまで停車する。

猟師さんのお宅に配達。先日キツネの子供が寄ってきた話をしたら。なにか病気で親が育児を放棄したのではないか。今年は山中でタヌキの皮膚病が流行している。
可愛くても触らないことが一番。そう諭された。

農園のハッピーは、防府市で野良犬生活。4年前の秋に子犬7頭とともに善意のみなさんに捕獲された。
農園に来たときは、育児に栄養を使い果たして7キロ。いまはモンローウォーク17キロ。身をけずって残飯をあさり子供を育てた。わが子を餓死させた人間。その罪に同情の余地はまったくない。

6月になった

4月17日にベッドから落ちた母。今回、容体は下り坂を続けている。今朝、電動ベッドをすこし起こしてパンを食べた。ふと足下をみたら爪が鳥のクチバシのように丸くなっていた。足は歩くことは無理とわかる細さになった。

視界が悪くなるほど黄砂が降り続く。みなさん困っているだろうと思ったら、喜んでいる人もいた。
ガソリンスタンドの洗車機は毎日フル回転。きょうも順番待ちは長蛇の列。売り上げは笑いがとまらない。らしい。わたしは黄砂がおさまって洗車をする。
午後からのび放題に成長した雑草のエリアに草刈機ではなく、ユンボを乗り入れてキャタピラーで踏みつぶした。この場所はイノシンが掘り返しているので、草刈機を走らすまえに平らにしておかないと土や石ころで機械が傷む。
ユンボは尻の真下にエンジンがあり、2時間乗っていると座席があつくなり、尻の岩盤浴状態を味わった。

水にながすテーブル

「朝まで生テレビ」をみた。
慰安婦問題について、日韓の論客が主張を戦わせた。しかし、わたしひは不毛な議論のように聞こえた。
戦後、とくに日本と韓国・中国は当時としては意を尽くして戦後保障協議をおこない、そのときは折り合い、つまり決着した。
けれども年月が経ち、決着をこと細かく、詳細に検証した側が、納得できない。それが論点になっている。

母親の妹は出雲市で生活をされていた。もう亡くなられたご主人は大和紡績工場の守衛をされていた。
50年以上もまえ、その社宅に母と一泊させてもらった。わたしと同級生の男の子がいた。
朝、ご飯が終わるとおじさんが、わたしと息子を呼び「一畑パークで遊んでおいで」と財布からお小遣いを二人にくれた。出雲市駅から一畑電鉄で一畑パークに行き1日を過ごした。その1日が楽しかったかどうか記憶はない。
夕方戻ったわたしに、おじさんが「すっちゃん(愛称)どうだったか」と感想を尋ねた「つまらんかった」と答えた場面は覚えている。おじさんの「そうか」と落胆の顔も。
おじさん横浜でご逝去の知らせで(すべて終えて)従兄弟に電話をした「覚えているかね、一畑薬師に行った昔を」彼は覚えていた「つまらんかった」と言った言葉は、今でもボクの「心のトゲ」いつも痛みを感じる。と告白した「進ちゃん、オヤジはわかっていると思うよ」と水にながしてくれた。

日韓や日中の戦後処理は当事者不在で、このままでは永遠に論争は終わらない。
経済や災害などで力を合わせていくべき隣国と「水にながす」そして環境や経済など発展的な「朝まで生テレビ」ができないものか。

眠気覚ましは大笑い

きょうは暑さで体力が衰えたのか、歳のせいか周南往復が眠くてたまらなかった。午前中にセブンのコーヒーを2杯飲んだが眠たい。下松花岡神社近くの木陰に停めてシートを倒したらすぐ夢のなか。起きたら30分経過していた。NHKラジオの全国番組に、周南市(金剛山てっぺん)「山芋祭」村田さん夫妻が登場されていた。松村御大のご紹介で親しくさせていただいている。

金曜日の午後、ラジオは、山田まりや「午後のまりやーじゅ」が楽しみ。前半は赤坂泰彦、後半は近田春夫が山田まりやと楽しい会話と音楽番組。
きょうは「失敗談」がテーマで、全国のリスナーから大笑いの失敗談が届いた。葬儀の焼香で火のついた炭を指でつまんだ失敗談。
山田まりやはデートで、見つめあったままストローを口に入れようとしたら鼻の穴に入った失敗談。
笑いは眠気覚ましになった。
わたしの失敗談金メダル級。絶対笑ってはいけない場面で高笑いをしたこと。
高校生のとき友人の母親が亡くなりご葬儀に参列した。読経の最中に前列からオナラが高らかに鳴った。決して笑ってはいけない場面だから懸命にうつむいてこらえた。
すると前列のおばさんが立ち上がり「すみません」と声をあげたから我慢が爆発して大笑いした。わたしの笑いにみなさんも大笑いでご唱和してくれた。

子供のキツネ登場!

木曜日は長丁場。けれども朝の草刈りはやらなければ。
5時からハンマーナイフという、ゴムのキャタピラーで動き、どうしょうもないぐらいにしげった草むらもグングン刈り進む。
エンジン音を轟かせていると小さい動物が私をめがけて走ってきた。エンジンをとめて抱き上げたのはキツネの子供。犬の豆柴に似ているが尾は大きい。
カゴに入れて草刈りしながら思案した。とにかく可愛い。けれども野生動物だから飼う選択肢は選べない。
可愛いから親はどこかで見ていると思い、カラスに狙われない場所に置いた。思い出に一枚撮しておいた。

下関市内のタクシー会社に配達。駐車場に停めたら年配の女性事務員さんがうろうろされていた。挨拶をしたら「わたしは、ここに何をしに来たのかわからなくなって」二人で大笑いになった。笑ったら思い出された「銀行に歩いて行くので、車に日傘をとりにきた」また大笑い!

高齢の室内犬「はなちゃん」はパートナーのおばあさんの言葉が理解できる。わたしの愛犬「はなちゃん」も言葉を理解していた。
おばあさんが「卵のおじちゃんが来たよ」と、わたしの到着を話したら、白内障で失明しているが小走りで玄関まで来た。おばあさんが「明日は、はなちゃんを病院に連れて行きます」とお腹の腫れを触ったら、病院がわかったようで小走りで家の奥に行った。

加奈ちゃん自宅のパン教室は盛況。よしのも「うどん完売」の札。
吉野さん、ご両親は健在。お父さんは91歳。毎週ゴルフ場通いをされる「困ったもんです」の困った意味は。
ゴルフも酒も付き合う仲間が一人もおらんようになった。
ビール大ビン4本ぐらいは平気と言われ、わたしもお付き合いは無理と思った。

手の内あかすな

起床は3時半。慌ただしい朝になった。きょうの配達のスタートは7時過ぎと決めた。
朝食と弁当をバタバタ済ませ、犬の世話など済ませて、5時半から農園周囲の耕作放棄地(地権者不明)、今年2度目の草刈りをはじめた。予定の約半分面積が7時に終わりシャワーをあびてスタート。吉部八幡宮に朝参り。
今村さん夫妻が待ってくださった。いつも30分ぐらい楽しい会話のキャッチボール。
念願の熊本城本丸御殿に行ったことを話題にしたら「完成したお祝いのこけら落としで、あの昭君乃間大広間でかるたが催され、わたしに出場依頼がきました」と奥さま。結果はどうでしたかと尋ねたら「もちろん勝ちました」
近年、棋士界の巨星、羽生善治棋士が名人戦をされた大広間の使いはじめが今村の奥さんとは!

9時から衆議院で集団的自衛権行使の集中審議がラジオで中継された。午後も聞いた。
武力行使について、事細かに事例を挙げて質疑が展開され、わたしは違和感を覚えた。
この質疑を他国が当然聴いている。いわば手の内を相手国にさらしている。戦闘機の接近事例や海保に対する中国公船の無礼は、ここまでやっても日本は手出しできない「防衛の縛り(法解釈)」を公表している。逆に、相手国のマニュアルはわからない。
手の内をあかさないのが「かるた」や「将棋」の常識であろう。
細かい対処方法は相手国に知らせず「なにをすかわからない」が一番重要。
陸自の戦車に方向指示器があるらしと以前聞いたが、いかにも日本らしい。
長妻議員が質問にたち、質疑をねじ曲げて年金問題をはじめた。場をわきまえない人柄に驚いた。

ホタルが飛びはじめた

昨夜、タマゴのご注文メールが届いていた。下関市の山岸さまお知り合いのMさま。
ご本人のお届けと、お知り合い会社経営の方へのプレゼント。その会社をさがして午後お届けした。わたしが名刺を差し出したら「宇部の西岐波かね!ボクも西岐波ですいね」ご年輩の社長が満面の笑み。聞いたら、わたしの自宅とは遠くない場所が実家。成り行きでわたしの素性(前職)を聞かれて「ぎじろくセンター」と言ったら「知っちょる」炎天下の長話になった。
わたしの善い評判はないが、悪い評判もないことで安堵した。
夕方、農園に戻ったら家内が木切れにヘビをのせて川に捨てに歩いていた。
健太(雑種の気合いが入らない猟犬。14歳ぐらい)を放したらヘビに食いついて、何度も頭を振って殺したらしい。白い健太の身体にヘビの血がついており、本人(犬)は得意げ。
例えば、魚が何十万個の産卵をしても、ほとんどが食物連鎖で上位のものに食べられる。このヘビは、もしかするとツバメのヒナを胃袋に入れた犯人かもわからない。
自然の営みは厳粛だとあらためて感じた。

夜、ホタルが飛び交いはじめた。

日が長くなった

昨夜は雨あしが激しく何度か目がさめた。昨日の疲れはすっかりとれた。熊本城から帰り道、菊水インターで降りてひと風呂浴びたのがよかった。

月曜日の朝一番は岡本拓也さん。先日、椎葉村から持ち帰ったミツバチの巣に日本ミツバチが入ったという話題など。わたしのすり減った冬タイヤを見て「雨ですべります。気をつけて」と見送られ、数百メートル走ったところで対向車が勢いよくきた。ブレーキを踏んだら、雪道のようにスーッと滑った。早いうちにタイヤを交換しなければ。

これから日が長くなり、地域のお百姓さんや会社帰りの人が8時まえでもタマゴを買いに来られる。それはありがたいが、農園でひとりの日が多く、一番困るのは入浴中の来客。犬は吠えるし、わたしが出ないからクラクションを鳴らす人もおりたいへんな状況になったことも何度かある。1日が長くなる季節をむかえた。

きょうから下関大丸の地下売り場に農園タマゴが復活した。

昭君之間よかった!

いつかは行きたい場所。そのなかでも距離的に実現可能な場所は、熊本城。明治の西南戦争で城が原因不明で炎上した(炎上の原因は諸説)。
天守閣は昭和の中頃再建され、何度か見事な石垣武者返しを見に行った。けれども6年前に再建された、豊臣秀頼公を招こうと忠義の加藤清正が、肥後の匠の技を結集した「昭君之間」を、写真や映像ではなく実際にみたい。ずっとその気持ちがあった。
今朝6時。昭君之間に向けて農園を出た。往復520キロメートル。5時前に農園に戻った。家内は帰りの高速道路出口から農園までの20キロを運転。わたしはコンビニでビールと唐揚げを買い、念願叶った祝杯は助手席。
池田屋ではじまった日本の変革は戊辰戦争から西南戦争で終わったようにわたしは感じている。
城内で「西南戦争遺跡展」があった。乃木希典・児玉源太郎・山県有朋ほかにも大勢の長州勢が熊本城を背景に西南の役を戦った足跡を見ることもできた。

ツバメ受難

ツバメのヒナが三羽ピィピィ鳴き出した。この声にヘビが反応してこれまで巣立つ前に食べられる。今年はヘビが嫌う薬品を買って巣のまわりに糊で付着させ、毎日木炭のタールを霧吹きでかけていた。
今朝、巣の中はカラになり親二羽が寂しそうにみえた。
ヘビも生きることに懸命。厳粛に自然は営まれる。

昨夜録画した「カティンの森」を昼から観た。ポーランド兵の大量虐殺現場を掘り起こし、すべての頭蓋骨は後頭部から撃たれ、両手はソ連式で縛られていた。この場面は生フィルムが使われた。ラストシーンは、実際もそうだったろうと思わせる描写に戦慄をおぼえた。
母の夕飯を家内がつくり持参した。会話が少ないからなのか「言葉が出ない」の連発。排尿の管を邪魔だからと引っ張る。ご機嫌不安定。
鯛のご飯に焼き物。茶碗蒸しは食べない。奈良漬けとヨーグルトは喜んだ。職員さん「お昼も食べる気がなかった」と。

5百グラムでも疲れた

早朝、金曜日の支度に階段を降りて作業場。蛍光灯を点けたら犬の近くに大きなムカデ。日ごろから想定内だから「おったか」ぐらいで踏みつけた。二階が騒がしい、同じとき家内も、台所で箸と思ったものが動いて大騒ぎ。わたしのムカデより大きいとは家内興奮の弁。これからしばらく騒動はあるかもわからない。

防府市。70歳まえだと思うご婦人が安いパック旅行で2泊の東京旅行をされたと言う。宇部空港発着。都内ホテル2泊。食事なしのフリータイムで3万円以内。
ディズニーランド・スカイツリーに箱根を満喫された土産話しを聞いた。確かに安い。
上京する機会があれば一番は国立博物館をゆっくり歩いてみたい。
毎朝歩いているけれど、少し負荷をかけてみようとスポーツ用品店で足のウェイトをみた。一番軽い片足5百グラム(両足1キログラム)。一番重いのは片足2キログラムまで品揃え。一番軽い5百グラムを買った。
それを足首につけて夕方から草刈りをしたら相当疲れた。

終わりよければ

Eテレ「敗者に学べ(彼らはなぜ負けたのか)」興味深く二度再生した。
勝者の歴史は人情話しも添えて立派に物語になっている。その敗者にスポットをあてた視点が面白かった。
わたしの感想は「出る杭は打たれる」
だから出ないほうがよいのではなく、打たれたときは「打たれるほどになった」と自覚すればよい。

木曜日を走り終え、きのうエンジン不調の草刈機のプラグを替えてエンジンが元気になった。けれども草刈りの元気がわかないので、風呂に入りビールで新聞のとき電話が鳴った。
下関大丸で長年にわたり農園タマゴを販売していただいた会社が3月で撤退した。とうぜん大丸地下売り場から農園タマゴも消えた。以後、たくさんのお客さまから「しんあい農園はないのですか」と売り場で尋ねられた。売り場と管理者のパイプがきょうつながり「お客さまの声をかなえたい。お取引をお願いします」と電話をいただいた。
1日の疲れがやわらいだ。1日の終わりよければ、1日すべてよし。

ディスカウント?

きのう、少し早く配達がすすみ時間調整をした。ほぼ定刻にお届けしているので、わたしの時間までに外出から戻られた話をたくさん聞いてきた。
ディスカウント酒屋に立ち寄った。驚きの連続プライスだった。魔王は2万数千円。森伊蔵は4万数千円。
井上酒店にいつもある「明るい農村(2千数百円)」が、なんと4千数百円。どこがディスカウントなのか疑問いっぱいで店を出た。
コーギー・ダルメシアン・愛玩犬。この3頭に長い配達のあいだに咬まれた。
コーギーは足。おばあさんに消毒液を借りて「若夫婦には言わないでください。犬が叱られます」
ダルメシアンは大型でシャツを破られた。翌週「すみませんでした」とシャツの高級品をいただいた。
室内犬が玄関に飛び降り足を噛んだ。翌週、菓子箱をいただき「今回でタマゴは止めさせてください」
犬は大好きだが、トラブルがあればお互い困るから犬とは距離をおくようにしている。
いつもお留守で置き場所が決めてある。その置き場所に大型愛犬(30キロ)が座っていた。もし犬がタマゴを食べたら困るので玄関に置いて、しばらく犬と遊んだ。
夕方お電話をいただいた「うちの犬は、絶対咬みませんから、タマゴはいつもの場所に置いてください。玄関のタマゴはカラスが食べました」お詫びをした。今度は犬が食べたと言われるかもわからない。

間渡瀬?かも

山口市内のバス停「あいわたせ」がきょうわかった!

山大正門を背にして湯田に向かうとき椹野川(ふしのがわ)手前のバス停が「あいわたせ」この意味が知りたくなり、山口市内のタマゴのお客さまに「ご存知ですか」と尋ね続けていた。
JR山口線「湯田駅(あいわたせ近く)」付近のおばあさんが「知ちょる」と笑った。
萩から嫁に来た昭和29年。義父が「今は橋があるが、平川(山大側)と、大歳(湯田側)の間、椹野川には渡し舟があった。小さい瀬を舟で往来した」と昔の話をされた。その渡し場が「あいわたせ」と「ばあちゃん、漢字ではどう書くかね」とさらに尋ねた「わからん」
山口市内を走りながら漢字を推理した。岸と岸の「間」。渡し場の「渡」に、川の瀬「瀬」わたしの推理は「間渡瀬」になった。

梅雨時期にはムカデが、それも特大級が毎年部屋に出てきて大騒動して殺す。
一昨年、洗面所の水滴を拭くタオルの下にうごめいたムカデをタオルの上から触った感触は忘れることができない。あれ以来、ムカデはいる。と常に想定して生活している。
つまり苦手なモノは部屋にはいない。この想定で生活をしたいが、雑木に囲まれた生活ではその想定は無理「いない」と決めても現実にムカデがいたら驚く「いる」と想定していると、夜中に発見しても「おったか」ぐらいになる。
数ヶ月前、道路工事で片側一車線。信号が往来を管理していた。わたし前方の信号が青になり走り出した。
このとき「青だから対向車は車はずはない」とは思わず、とぼけた人が来るかもしれないと想定していた。見通しがないカーブで軽トラが正面に現れた。しかし、それは想定内だったからギリギリ交わした。
自分に都合の悪いことを想定したくはないが、それもあるのが現実。

奥さんはべっぴんさん!

覚醒剤を使用したと芸能人が捕まり、うんざりするほどニュースで取り上げられる。
学校の校長や警察官が覚醒剤を使用したほうがよほど深刻だと思うが、これらは芸能人ほどの報道時間はない。その不満の延長には政治家の不祥事も(みんなの党)マスコミはお茶を濁している。つまり報道が担う責任がみえない。

先日、NHKラジオにクロマチックハーモニカ奏者の南里沙が1時間出演して、音域幅のひろいアコーディオンのような生演奏とインタビューがあった。
ガソリンスタンドの青年にそれを話題にしたら大喜び。4〜5年前に彼女のCDを買い、そのハーモニカも購入した。レパートリーも少しあるらしい。今度聴かせてくれるらしい。楽しみ。
9時ごろ家内から「弁当に箸を入れ忘れた」のメール。美祢の「よしの」に立ち寄り「箸をください」を理由に主の昨夜の感想を尋ねた。
主は読書家。日本の古代から現在までの歴史。西洋の歴史。あらゆるジャンルの本を読まれている。中国の甲骨文字も研究され漢字の成り立ちも話せば長い(生徒は苦痛)
能楽師 安田先生の「社小屋」には、うどん営業時間で「残念!」しかし、藤野先生のお誘いて直会(夕食)に吉野さん招かれ、安田先生と同席したらしいから感想を、うどんカウンターで隣に座り肩を寄せて聞いた。
「よかった」の連発で具体的にわからないが、まだ余韻の真っ最中。で、「藤野先生は痩せんといけん。奥さんはべっぴんさん。子供はよい育ちかた」
なかなか具体的なご感想を述べられた。箸をいただき失礼した。

下り坂の母

今朝は母のエプロン(食事がこぼれる)と部屋に置く芳香剤を持っていった。いつも監視できるようベッドの下にセンサーが設置され、廊下から見えるようドアが少し開けて固定された。階段を下りはじめた。

昨夜、松原酒店に電話をした。被災地が他の報道に比べて情報量が減った。減ればもう被災地は大丈夫かのように思う。
以前、松原さんと企画した会津の酒と喜多方ラーメンを飲んで食べて支援する企画を続けていこう。
拡がりをどうすればつくれるかを近々、農園で話し合うことにした。

昼にビールを飲んだら1時間も熟睡した。2時半から吉部八幡宮で「社小屋」講師は、今回で三度目の能楽師 安田 登先生。今回はバイオリニストの若い女性がご一緒。きょうのテーマは松尾芭蕉「おくのほそ道」わたしには未開のほそ道。
自己紹介がわりに「G線上のアリア」生演奏。本殿は太鼓の響きがよいからバイオリンは胸があつくなるぐらい、涙がでるほどよかった。
幽玄の「おくのほそ道」を汗をにじませた安田先生の舞いと語り、バイオリンのコラボレーションで最後は圧巻だった。
タマゴのお客さまがなん組か来られた。浪花の荒川さんは、午前の下関掃除を終えて来てくださった。お嬢さんが安田先生のファンで買い求められた著者「あわいの力」を「サインして」と託されてもいた。
わたしのアルミ缶回収の震源地、小野田の姫井さん夫妻も来られた。帰りに農園に寄られて歓談。来月の農園日記写真を一枚写した。

今夜は生鯨肉

6時にスタート。土曜日の配達をすませて11時すぎに農園に戻った。いつもならば缶ビールで昼寝が土曜日の楽しみ。けれども、軽く昼ごはんを済ませて下関に向かった。
きのう、下関市内のお客さまご紹介という飲食店から「よいタマゴと聞きました。少量でも配達できますか」とお電話をいただいた。ふつうなら「お願いします」とお返事をしてご注文の電話を待てばよいけれど、きのうの電話は仕事に前向きな勢いが伝わった。
雇われ調理人は、忙しければ不満顔をすることが多い。わたしが、木曜日の午前10時ごろのお届けでもよいでしょうかと尋ねたら「お店は夕方開店ですが、ボクは出ていますから大丈夫です!」お店オーナーではないが、発注などを任されている元気な若者だと感じた。
ご挨拶に行った。わざわざ行ったのでたいへん恐縮された思ったとおりの青年だった。気持ちのよい仕事ができると感じた。
3時すぎにもどり、最初に手がけたのはツバメの巣周辺に、木炭を焼くときにでるタール(木さく酢)を塗る作業。これはとても臭いからヘビが嫌うだろうと思った。ヒナが無事に巣立つようにできるだけの手をうつ。
それから草刈り。しっかり汗をかいた。
地域の仕出屋さんが鯨の生肉を差し入れてくださり、自宅に戻る前に家内が晩酌用につくってくれた。
子供の頃は鯨が定番料理で、夕方になると母が炭をおこして醤油につけて焼いてくれた。脂身のオバイケは酒粕で汁になり、あまりに鯨が多く鯨が嫌いになったが、いまは高級食材。今夜は生鯨で酒がすすみそう。

ツバメ誕生日

宇部市から不審者情報(鮮度は悪い)など携帯電話にメールが配信される。最近は住宅地に猿が出没したと時々着信する。農園地域では猿など群れで道路にいても、それは問題にはならないらしい。

クローズアップ現代で獣害が取りあげられた。おもに猿、鹿に猪。長野県では希少な高山植物が鹿に食い荒らされ、草を失った場所は雨で土が流される。まさに環境破壊。鹿が森林の木の皮を食べ立ち枯れする。
群れで出没する猿に手を焼き離農する人。熊が人に危害を加えるニュースも多くなった。
下松の花岡八幡宮近くに金曜日は配達する。老夫婦が百円野菜をつくられている「困った」じいちゃんがため息。畑に毎晩猪が出るようになり被害甚大。
農園もまだ毎夜猪が徘徊してミミズを探し地面を掘る。その場所は元に戻さないと草刈りができない。
駆除のため銃を所持するには警察がとりわけ厳しい。わたしも以前、宇部警察署に狩猟免許の相談に行ったとき「銃は許可が難しい。ワナの講習を受けたらどうか」と言われた。けれど、ワナで足を固定され暴れる猪。箱ワナに入った猪をどう処理してよいかわからない。今夜も猪が農園を徘徊する。

3Dプリンターの話題が新聞紙面を賑わす。理屈はなんとなく理解できても、わたしはプリンターといえばドット・インクジェット・感熱紙の世代だから、ピストルが造れたり、医学に貢献するものをプリンターと呼ばれても実感が伴わない。
先週は当たる予定のクジは見事にハズレた。家内は年末ジャンボを3千円買い、きのう売り場でチェックしてもらったら3千数百円になったらしい。
クジは人生で一度当たればよい信念で買い続ける。
ツバメのヒナがきょう誕生した証の卵のカラが落ちていた。

木曜日を終えた

下関トヨタでオイル交換(約40分時間ロス)を予約した木曜日。農園スタートを早くした。
浪花は定刻より30分早く着いた。調理場の水槽にピンク色の大きな鯛がおよいでいた。先日の産経新聞「荒川健一の関門味風土記」今回は「おこぜ」。タイトルが内容をひとことで表して「さすが!」
味の良さも器量の悪さも天下一品

昔は大島郡に渡るとき、大畠港から大畠の瀬戸をこえて小松港にフェリーが通った。大畠港の浮き桟橋で釣りをしていた子供が小さいハオコゼを釣った。港の子供は毒針を触らぬよう上手に針を外した。しかしサンダルで毒針を踏み抜いた。悲鳴をあげる子供を病院に運んだ。
わたしは仙崎で良型のバリを釣った。夕方自宅に戻りクーラーボックスから釣果を出しているときバリの毒針に指があたった。痛みに畳を転がった失敗がある。
おこぜの毒針も強烈だろう。

マレーシア航空・韓国フェリー事故・ウクライナ情勢・ナイジェリア女子生徒拉致・中国の暴挙数々・トルコ炭鉱事故など世界的に喜ばしい報道が少ない。日本では集団的自衛権論争。
困難な時代になったように思う。

血圧は合格点!

早朝の西君参拝。約40分歩いて水曜日ウォーミングアップ完了。
8時に今村さん。かるたクィン奥さまは京都。30分ちかく立ち話ができた。
今村さんお宅の横には大きな雑木林の山がある。新緑がまばゆい。今村さんのお風呂から、この山の四季を眺めることができるらしい。立ち話のあいだキジやウグイスが鳴く。この環境がご夫妻元気の源だと語られた。
わたしも、ほぼ毎日川面を滑空するカワセミや、ぐるり周囲の自然があるからリフレッシュができている。
私と今村さんの共通点を考えた。答えは、好き嫌いがハッキリしている。それがマイナスになることがあっても。
配達を終えて血圧定期検診。きょうは梅ちゃん先生に「いいですね」と合格点をいただいた。

山口市は夏でした

早朝の作業と朝食に弁当。このあたりまでは肌寒く、7時をこえたあたりから太陽がジリジリ暑くなりだした。
夕方4時の来客で気忙しい火曜日だったが、ニュースタイル(美容室)の糸賀社長はコーヒーをたてて待ってくださる。1週間ぶんのお互い近況をかわす時間。今朝は鍵山先生講演会が湯田であり、早朝6時に270名が聴講したと話された。
社長の書棚に、掃除の会雑誌「清風掃々」が何冊かあった。
全国のお掃除仲間の「情報誌」がほしいというリクエストに「やりましょう」と、わたしと高山君で取り組んだ。タイトルの「清風掃々」は、当時実践人の会、寺田清一先生が命名された。全国の顔ぶれは個性のかたまりで、出版に至るまで何度も会合を重ねた。
創刊号の次、2号を社長の書棚に見つけて「ください」とお願いした。2号のメインは、ブラジル掃除に学ぶ会特集。わたしはカメラと録音機をさげてサンパウロに行った。
代表の飯島さんの対談相手は神奈川の代表、カナケン社長の丸山さん。懐かしい2号を頂戴できた。
丸山さんはご高齢の紳士。我々が夜の街に出るとき「僕は疲れているからマッサージをホテルでやります」
夜中に戻ったら「足立さん、マッサージに地下に行ったら裸の金髪でした!」わたしは「で、どうでした」と尋ねて叱られた。

夕方の来客は「よしの」の主。はじめて草刈機を買ったが使い方がわからん。それで来られた。使い方は簡単だが、メンテナンスをしっかりご指導させていただいた。合気道4段も草刈り姿はへっぴり腰だった。

荒天の月曜日

昨夜の来客、西山夫婦(40歳)とあたたかい時間をすごせた。帰る二人を見送るとき頑張れよ!と手をふった。
昨夜から台風のような風。早朝から豪雨が加わり荒天の月曜日。万全の雨具でスタートした。
夕方、農園に戻るころ雨はあがった。長靴や雨具を干し、犬たちもしっかり運動させたので、わたしも早く休みたい。

母の日

毎週土曜日は、山口市内の宝くじ売り場でミニロト(5本)を千円買う。すでに二万円以上を購入して三千円を獲得した。割に合わないが「夢」もし一千万円手にしたらと思うとワクワクする。まさに夢を買う。
宝くじ売り場そばのセリフで給油する。給油のあと絵柄が揃えば大当たりで洗車券。スタッフは「1日で一回か二回の低確率に設定してある」。それが金曜日にファンファーレ音で当たった。
きのう土曜日。宝くじを買ったあとの給油でまたファンファーレ。どうやら今回は正夢になる。きっとなる。なれーっ!

自宅で母の朝食をつくり8時に家内と母のもとで合流。オムライス・肉ジャガ・味噌汁に奈良漬け・ヨーグルト。きのう夕食は食べなかったので栄養補助食品を食べさせたと説明を受けた。
歩くことができないから寝ているだけ。食欲があるはずがないと思った。
ベッドを起こし家内が食べさせると完食。入れ歯を洗い、9種類の薬を飲ませてわたしは山口市内に配達。家内は農園。
午後から焼却炉で使う薪づくり。暑くて汗をかいた。
夕方5時ごろ、小野田市から西山君夫婦が来てくれる。

レッド・バロン最高!

昨夜は録画しておいた「レッド・バロン」2時間10分を一気に観た。第一次世界大戦のドイツ空軍を背景に日本では武士道、西洋では騎士道。その騎士道でストーリーが展開された。軍服の男優に大人の女を演じた看護婦役の女優。さらに、これは実話にもとづいた作品とラストでわかった。久しぶりに、わたし好みの作品に出会った。

大谷山荘から美祢に向かうトンネルの峠。おびただしい血液が道路の左右いっぱいにひろがっていた。おそらく鹿だろう。衝突した車の損傷も大きいと思った。山間地の運転は動物に注意。

美祢の黄正吉さん。今朝もしぶい言葉「炭鉱のバラックの炭住で法事をする同胞の、セピア色の写真を見るとき、貧しくても心豊かに生きている」と思う「家族写真は、その家の宝物」
わたしは、言われる家族写真がない。だから返答に窮した。

午後から県セミナーパークで古川薫先生(直木賞作家・長州の歴史研究に長けておられる)
テーマは大内氏。百済、つまり朝鮮から大内氏ルーツは渡来している。じっくり拝聴する気で座ったが、はじめの30分は石垣島から出撃した特攻隊7名の話。中盤では満州事変になり、なんどか古川節を聴いているので、展開は想定していたが正直がっかり。
山口県を代表する歴史家ではあるが、89歳を担ぎ出すのはいかがなものか。歴史を語れる人材はいないのかと思った。ペア聴講だったのでお誘いした今村さんもお疲れ気味だった。

気に「どうでもよい」

山口大学を背にして湯田に向かう金曜日。橋の手前右側にバス停がある。毎週気になるバス停名は「あいわたせ」市内のお客さま何人かに名前の由来を尋ねたが不明。山口市交通局に尋ねたら「わからん」とは言わないだろうから電話してみよう。どうでもよいことが気になる。

さらにどうでもよいことがある。わたしは人のアクビを見ると必ずアクビがでる。対向車の人のアクビを見たらとたんに大きな口をあけてアクビをする。
最近わかったことは、犬のアクビを見てもわたしは反応している。どうでもよいことで1日が終わる。

周南市から帰り道で、母に赤いカーネーションの鉢植えを買った。病人に鉢植えは縁起が悪いジンクスは知っていて鉢にした。たくさんつぼみがあり部屋があかるくなる。
ジンクスで母の健康が左右されるとは思えない。それより今年のカーネーションをしっかり愛でてほしい。
農園から自宅に戻る家内に託した。

カラスも懸命

配達先がお留守のとき、どこにタマゴを置いておくかさまざまルールを決めている。
自転車のカゴに入れる。玄関ドアノブにかける。などはカラスの攻撃にあう。カラスは人の動きを観察しており、中身が食べ物かどうかは別にして好奇心でつついてみる。タマゴとわかれば、全部食べつくす。
けれども、お客さま曰く「足立さんとタマゴも覚えています」と言われた。確かに遠くの電柱から数羽のカラスがこちらを見ていた。まるでヒッチコックの世界。

下関のお客さまと親をみとる話題になった。お客さまの母は腰、両大腿骨を人工にされた。それから約5年、痛みなく歩くことができ亡くなられた。火葬場で人工骨をみたとき、思わず「ありがとうございました」と、痛みをから救ってくれた骨に手をあわせた。

わたしの母も70代で人工間接手術を受けた。10年で耐用年数。長生きしたが間接は16年経過している。
そのことに、わたしはお礼を申し上げることを忘れていた。

「よしの」で1週間、見たり読んだりした感想を述べあう、わたしの楽しみ。きょうも歴史に文化を語り、とくに「伝わる」が盛り上がった。落語や講演をライブ以外、録音再生や活字では伝わりにくい。音楽でも、やはりライブ。
今夜もしっかり眠れそう。

おお霜の朝

農園の建物は広島市の永本建設(お掃除仲間)に、書類申請から全部お任せした「住んでみたら良さがわかります」と細かい説明はされなかった。
今朝5時前の外気は2度。一面霜がおり車のガラスは凍っていた。けれども室温は18度で寒くはない。壁、天井に床。高気密高断熱とか言われたが、発泡スチロールのようなものを完成後、広島から業者が来て特殊な機械で注入した。窓ガラスはすべて二重になっているのは最近気がついた。
小野田市のお客さまが「今朝の室内温度は10度。暖房をいれましたいね」永本さんにお願いしてよかった。

八幡さま朝参り。本殿でいろいろ御礼。祖霊殿では西君に語りかけた。最後に「はなちゃん頼む」

水曜日の楽しみは今村夫妻との会話。今朝も30分ぐらい会話のキャッチボール。
前回の臨時社小屋に、今村ご主人と参加した女子高校生の話。
彼女はカルタで今村奥さまの弟子?学業は好きではない。あるときご主人がカルタ競技は1時間以上も集中力の維持が要る。授業の50分ぐらい集中する態度は、カルタの成果に必ず通じる。もと大学野球監督の一言が効いたのかどうかは不明。しかし、授業態度がよくなり成績もよくなり続けている。
18日の安田先生「臨時社小屋」にも監督同伴で参加らしい。
朝からよい話をうかがった。

古書店は楽しい

連休最終日の火曜日(山口市内)。配達お休みが多く、いつもより2時間以上早く戻れるが、わたしの定刻に合わせて外出をされるお客さまもあるので、いつもより会話の時間を増やして走り終えた。火曜日の定刻、4時前に農園着。
ブックオフで辞書や趣味の本をたくさん見る時間もあった。
山口県教育会発行「氏原大作全集」を発見。20代のころ出版に少し関わった思い出がある。狩猟に関する本もおもしろく、イノシン対策も豊富に見つけられた。ワナで仕留められた150キログラムのイノシンの巨体写真には驚いた。買う予定だった広辞苑は売れていた。
古書店は欲しいモノを決めて探せば宝の山。
明朝の農園地域は放射冷却が強まり4度の予報になった。