投稿者「進足立」のアーカイブ

昼寝90分

昨夜のタイガースは、青春時代に戻れて楽しめた。

今朝の萩行きは氷点下の場所はなく、肩の力をぬいて走れた。
昼前に山口市内で配達がおわり、土曜日恒例の「宝くじ」。ミニロトを千円買った。火曜日の夕方まで一等の夢(一千万円)をみる。

午後から小雨。眠くてしかたがないので昼寝にしたら90分も熟睡できた。
日曜日。いまは録画しないが「たかじんの・そこまで言って委員会」昭和から政界を、ある面牽引された、政治評論家の三宅久之さんの一生懸命が好きで。それと「やしき・たかじん」の本音トークが好きだった。
その「たかじん」追悼番組「そこまで逝って委員会」が午後からあり録画した。
今夜は、その再生で楽しもう。

太郎さん完治

糸賀社長が「読んでみんかね」と約30年前刊行「海軍軍令部(豊田穣)」を貸してくれた。400ページ以上の内容は、目次によると明治に創設された明治海軍から大東亜戦争終結までの海軍の歴史のように思う。読んでみたい。

中国・韓国がいまだに戦争時の日本を責める。南京大虐殺や慰安婦、最近は企業責任まで言及してうんざりする。
けれども、大陸派兵の食料は現地調達が常だったと思う。軍事作戦上重要な兵站が不十分な進軍だった。つまり行く先々の地域の住民から食料品などは搾取、軍票と呼ばれる軍用手形で表向きは買ったことにしている。しかし軍票は金にならない。
貧しい農村で家畜やたくわえた穀物などを盗られたら、とうぜん抗日運動になり住民はゲリラとなる。その住民、あるいは集落ごと日本軍は殺戮する。ベトナムソンミ村のように。
餓死者を多く出したインパール作戦の生還者は、敵の陣地コヒマを陥落させて、そこにある食料を奪いたかった。空腹をみたす戦だったと回想する。敵地目前まで接近したとき退却命令が届き、果てしないジャングルを敗走。おびただしい餓死者にあとから白骨街道よばれた。
食料補給のない戦をした国家の責任は、具体的にやはり謝罪が必要だと思う。兵士に罪はない。

周南市からさきほどもどった。一番気になる太郎さんの傷をみた。見えにくいほど、歯茎からの腫れが破れ、顔に傷ができたおかげで抗生物質を塗り込むことができて一週間。傷も腫れもほぼ完治した。根本的な治療ではないが、これで数ヶ月は大丈夫。パンと牛乳からかたいフードに明朝からもどす。

フルートちゃん

木曜日は小月「レストランうさぎ」が8時。いつも菊川から通う若いシェフが厨房で仕込み「きょう自宅に着くのは何時ですか」休憩をいれながら、ディナーが終わり後始末を済ませて帰れば10時は過ぎます。

下関を終えて菊川を通過している1時。前の車に「フルート吹きが乗っています」のステッカーが目にとまった。菊川とフルートのキーワードは、間違いなくフルートちゃん(掃除のご縁)。
農園ホタルの会や、いろいろ催しをするとき演奏してくれたフルート教室主宰。よそ行きの感じがしたから聞いたら「これからレストランうさぎでランチ」とのこと。彼女は農園日記を読んでおり、わたしが度々話題にあげる「よしの」のファンだとわかった。加奈ちゃんのパンも気にしていたのでパンフレットを渡した。再会の約束で別れた。

小月「しみず茶房」の奥さまが「カフェギャルリ とりのこ(美祢市)」で、来月3日に(内藤加奈 パンを楽しむ講座)がありますよ!と教えてくれた。加奈ちゃんの活躍はうれしい。

「よしの」でも奥さまが(とりのこ)加奈ちゃんを教えてくれた。

明日、金曜日の楽しみは、心まちにしていた「ザ・タイガース2013東京ドーム」がある。今回はフルメンバー。懐かしい歌を聞けばあの頃にタイムスリップできる。BSプレミアム午後9時。

朝参り水曜日

一昨年の12月3日。凍結で自損事故をして車もタマゴも大破。そして昨年のきょう新車(軽四ワンボックス)が納車された。交通違反はあったが事故はなくまる一年。64000キロ走った。

今朝の朝参りはお宮の石段がすべて凍るほど冷え込んだ。
わたしのお礼やお願いの内容に「無事一年走らせていただきました」と御礼申し上げた。
本殿脇の「心の玉手箱」をあけ、今月の一枚を頂戴した。その場で読ませていただいた。
8時に今村夫妻が寒いなか外でわたしを待っていてくださった。競技かるた・日体大「集団行動」など、一週間で感じたお互いの話題を30分立ち話。寒くても野球や相撲に競技かるたの世界で「この人あり」と呼ばれるお二人の生き方を話題のなかからいただける至福のとき。
一枚いただいた「心の玉手箱」ご主人に差し上げた。午後、ご主人からメール「涙がでました」わたしも涙がでた。歳を重ねるとなんででも涙がでる。

わたしと同級生のS路子さんは日本生命の古株。ずっと続けているわたし夫婦の保険内容を変更したいので農園に来てもらった。10数年ぶりの再会。お互い歳相応になったと笑った。

先日、小野田市から来た若夫婦の奥さまは、S路子さんの職場で保険外交をされていた。名刺は「朴」だった。結婚して子育てが終われば職場復帰したいと話していました。

太郎さん。わたしの治療が効いて腫れがひき膿がとまった。ただ過保護にわたしの気持ちがなり、牛乳など特別食でまるまる肥らせた。

はなちゃん命日

報道される、シリアや南スーダンの紛争。それはとても悲惨なことであっても、私も含め多くの日本人は無関心。距離がそうさせるのかもわからない。

きのう、中国からのPM2・5に関する注意喚起情報が行政から一斉配信された。これは身近な問題と受け止める。大陸からの偏西風は山口県に影響がある。

原発反対を唱えたら、いまは良識ある人になれる。近くに原発があり切実に反対の人。なんとなく世間にながされ反対の人もある。

なんとなくと思える人だとわたしが決めるのは。コンビニ・自販機にパチンコなどを減らせばよいと(悪のように)公言する人。
社会全体が電力によりかかり、便利さや快適を追い求めている。
リニア新幹線や伸び放題の線路に道路。電化生活が普及した。
つまり身を削る(不便OK)覚悟をしなければ反対にはならない。

政策をどう転換したら安全な電力で生活が営めるかを、マスコミは力を入れて国民に選択肢を伝える努力をしてほしい。

きょうは愛犬「はなちゃん」2年目の命日。朝、墓に線香を供え手をあわせた。おおきな声で名前を呼んだ。
いま思うと「はなちゃんが息をしていない」と家内が電話をくれたとき「よかった」とも思った。体重が半分以下になり、床擦れで骨が見えるまでになり、その苦痛から解放されたのだろうと思った。

生きる背骨

昨夜の新婚(昨年3月挙式)夫婦を精一杯で祝福する祝いの膳を用意した。
いまは帰化されたが、在日韓国人として結婚のハードルはあっただろう。以前、農園を訪ねては結婚願望が肴になった。ご縁は聞かなかったが「同胞」の気だてのよいあかるい奥さまとゴールできた。結婚式の写真も見せてくれた。民族衣装の正装はなかなかお似合い。
「で、子供は?」と聞いた「7月にうまれました。けれど低酸素で脳に障害があり、酸素器具をつけ医大です。意識もありません」
お祝い気分がブッ飛んで酔いがさめた。
母乳は奥さまが通い、看護婦が与える。それでも体重は平均的に成長している。いろいろ制度を利用しても毎月多額の医療費を支払う。
若い夫婦をなぐさめる言葉がなかった。

今朝、彼から「とてもよい時間でした。また行きます」とメールがあった。若い夫婦が、この出来事を受けても元気な気持ちを出せる「おかげ」がいただけるよう。私の祈りにくわえよう。

牧君が体調不良で療養中と正月のメールで知った。遠慮はいらないから私のところで療養しないかと誘ったが返信はなかった。
17日「来年、神戸の20年。現地で元気に再会しましょう」と出したメールにも返信がなかった。
過酷なマグロ船でも働いた屈強な彼から返信がないから心配していた。さきほど「きょうから職場復帰しました。来年の神戸を楽しみにしています」
短い着信にふかい安堵をした。

生きておるあいだ、たくさんの試練のなかで生きる背骨が強くなる。

母も太郎さんも強い

積雪予報が小雨の朝をむかえた。目が見えにくいまでに歯肉炎が悪化して腫れた太郎さん(19歳ビーグル)。小屋から出したら血と膿が出て顔を汚し、腫れは小さくなった。1年まえも同じ症状で出血した。この傷口に抗生剤塗り薬を毎日つけてよくなった。歯肉炎の治療は、高齢犬に麻酔は危険と獣医に言われ、わたしのオリジナル治療を施す。薬をつけるとき相当痛みがあるようで暴れる。
回復するまでドッグフードは食べにくいからパンと牛乳。缶詰めのやわらかいフードの特別食も用意している。
久しぶりに押し車で母は歩いて食堂を往復した。車椅子ばかりだたから足が萎えてしまったかと思っていたから嬉しかった。
母も太郎さんも、悪くなってから底力がわいてくるようだ。

午後から、豊田町の古民家在住。皮舟大工の肩書き男性と奥さまがタマゴを求めて来園。50代とは思えない若さを感じた。

夕方、小野田市の西山君が「嫁みせ」に来てくれることになった。家内が猪肉料理をはじめた。

ガスはなぜ臭い

農園をはじめるとき、ライフラインの電気、ガス、水道。加えて新聞と電話回線をお願いに行った。
ガスは地域に店がなく美祢市の河村プロパンにわたしが通うことを決めた。
水道は無理だと言われ、数百万円費やして井戸2本を掘った。
新聞は川向こうに新聞入れを設置したら入れてもよいと言われ断った。
電話回線は、電柱をわたしの負担で建てれば回線はつけると言われ断った。
幸い中国電力だけは快く川向こうからコンクリート電柱を3本建てて配電してくれた。

美祢市の河村プロパンに通いはじめ、社員さんが毎月5キロボンベを充填に来るわたしに関心を持ち「どこで生活されていますか」と尋ねられ、農園の生活を話した。それ以後タマゴの注文をされ、数も増えている。

今朝、お湯を沸かしているとプロパンガスの残量が少ない臭いがした。10数年使うと臭いでわかる。
土曜日は河村プロパンの配達。なぜ最後は臭いが変化するのか質問した。
ボンベにはプロパンガスとブタンガスが充填され、2種類の比重が違いブタンガスが重く、最後の臭いはブタンだと教えてもらった。
午後からトイレと風呂掃除。部屋の掃除をしっかりやった。
太郎さんの歯肉炎が悪化。数日で目の下の腫れが破れて膿が出ると思う。その傷口から治療をはじめる。
硬いものは食べられないからパンに牛乳をかけて3枚食べさせた。

神戸の17日

太郎さん顔の化膿が深刻で片方の目が見えにくい。その世話をしながら冷え込んだ5時46分。神戸の方向に手をあわせた。
4ヶ月滞在した、兵庫区浜山小学生避難所。「お手伝いしなければ」と、ご縁のままに行ったが、千数百名が教室や廊下で寒さのなかで食べ物と灯り、寝る場所もなく混乱の中に私も入った。
私は音楽室の利用を許されたが、食べ物と水などみなさんと同様に苦労した。
明確な指揮系統はなく、唯一「運営委員会」という、日頃はうとんじられているような10名近い若者が避難所を腕力で取り仕切った。
しばらくして、この地域の暴力団組長が、京都の病院に入院して受けていた治療をやめて手下を連れて避難所生活をはじめた。
この方の存在はおおきく避難所の治安はよくなった。紙オムツやミルクなど緊急に要るときは親分に頼むとすぐに調達できた。4月、避難所で亡くなられ私と牧君は組葬に参列した。
三田市の香山君にもたくさんお世話になった。
当時は腹が立つようなことが毎日たくさんあったが、19年も経つと忘れた。

忘れていないことは、様々な困難な場面で、困難に負けない勇気を出したふつうの人たちの言動。手のつけられないほど汚れたトイレに向き合った人たち。腐って食べることはできないオニギリを配ったおばちゃん。食べられないから罵声を浴びせた男たちに「つくってくれた人の心を受けとれんのか」と泣きながら叫んだ。その夜、食べるものはなかった。

きょう周南市を走っていたら、当時の仲間から電話「来年のきょうは神戸で必ず会いましょう」「元気に再会しましょう」と答えた。一年さきの元気がよくわからない年齢になった。

ダイヤの指輪

下関市内のタクシー本社は慌ただしかった。タマゴを事務所に運びながら耳にした原因は、お客がタクシーのなかで手袋をはずしたときダイヤの指輪が車内に落ちたようだと連絡があり、その対応だった。

美祢。加奈ちゃんの自宅ではパン教室。次男の慶ちゃんは、先日保育園の遊具から落下して足を骨折。ギブスをつけてお母さんに抱かれて出てきた。加奈ちゃん「心配したけど、骨折のおかげで慶ちゃんのそばに毎日おれるから、これもよかったと思います」彼女らしい前向きな言葉。

「競技かるた」の今村奥さまから

1月20日 月曜日夕方KRYの熱血TVでかるたの放送があります 録画して見てくださいませ

とご案内メールをいただいた。

一枚のハガキ

今朝は氷点下の霧雨。積雪より路面は危ない。アスファルトに水溜まりがあるから普通どおりに走る人がいる。しかし、湿り気の路面は歩けないほど凍てつき滑る。カーブで曲がりきれず2メートル下の田んぼに上手に着地した車。ガードレールに衝突した車を見た。

市町村議会会議録調製を目的に「ぎじろくセンター」を28歳で創業。わたし社長。従業員は家内だけ。わたしが契約して委託された議会録音テープ(当時はオープン・リール)を家内が聞き取り、原稿用紙に鉛筆で文字にする。それを議会事務局に校正に出し朱筆に従い、議会指定用紙に浄書するのが家内の仕事。わたしは実務はできなかった。浄書で間違うと「一字訂正二字挿入」などと足立の印鑑を押していた。
東芝が国産初の日本語ワードプロセッサJW10 を世に出した。定価650万円。削除や挿入が簡単にできて会議録には最適だとビジネスショーで感じたが高価で手が出なかった。半年して富士通がオアシス100を出した350万円。移動中の新幹線で読んだ週刊誌の記事で知った。カタログ請求ハガキもあったから広島駅で投函した。
しばらくして富士通の上田課長(当時・農園日記ミニアルバム先月の人)がカタログを下げて来て「一緒に勉強しませんか」と言った。おそらく山口県では一番初めのオアシスユーザーになった。

上田さんは出来ないことは「出来ません」とはっきり言う誠実な人柄で、あいまいな言葉で営業に来るOA関係の人とは違った。
会議録業界最初にワードプロセッサの製品を世に出し仕事はバブルの時代でもあり黄金時代をむかえた。
そして上田さんは「僕の中学同級生で、唐戸魚市場専務(当時・現会長)という足立さんと気があいそうな男がおるから紹介しましょう」で松村御大とご縁ができた。
昨夜、布団で昔を振り返り。あの一枚のハガキがわたしの人生を変えたことに気がついた。

西君3 年の命日

3年まえのきょうは金曜日。2時ごろ防府市内を走っているとき「西君が川に落ちていた!」と家内から手短な電話を受けた。無事を祈りつつ農園に戻るとき救急車とすれ違った。
山大医学部救命救急室に着いたとき、西君のストレッチャーは横に置かれ、火傷や怪我人の手当てで緊迫していた。だめだと思った。
人が助かる農園をめざして、西君も当初から仲間になり、仕事の手を抜くことはなく冬も夏も働いてくれた。
あの事故から農園の将来は息子の正志が夢をもって考えればよいと、わたしの気持ちは正直一歩後退した。

墓に花を供え手をあわせて思う気持ちは「西君すまんかった」
あの日は小雪が舞う寒さだった。川の中は冷たかったろうと詫びた。

嬉しいメール

月曜日の最初の配達は岡本拓也さん。ご親戚や地域のみなさんにタマゴを広めていただきたくさん届ける。そのタマゴは拓也さんが配達してくださる。
この季節、いつも早くから玄関にストーブをつけて、わたしが寒くないようにして待っておられる。わたしを応援してくださるあたたかさを感じる。

小野田市のお寺。わたしが届ける裏口に利口そうな柴犬がいる。最初のとき吠えないで近寄ったから咬まれるかと思った。そのうちわたしを無視して眠っているようになった。きょう寝ている犬の頭をなでているところを住職が見ておられ「お宅には犬がおるでしょう」この柴は犬が好きな人はわかり受け入れる。反対のときは激しく威嚇するらしい。名前は「団十郎」

黄栄作さんが「顔は恐いがええ青年ですから」と農園に連れてきた趙君。その後、何度も「泊まりに行っていいですか」と連絡をして農園で仕事や結婚のことなど胸のうちを語った。たまに「元気でやっています」と届いていたメールも途絶えていた。
3時ごろメール着信。趙君からだったから車をとめてすぐ読んだ。
嫁を連れていま農園に行きました。また嫁とおじゃまします。
寒さも、疲れもとんでしまう嬉しい便りだった。すぐに「家内の料理と酒はあるから」と返信した。

永遠の0

10時上映開始に、山口市内の仕事を済ませて宇部まで走ることは忙しかった。
15分前に指定席に座れた。映画館にあまりご縁がなく指定席まで係の女性が手をひいたのはおじいさん。後ろが騒がしいので振り返ると、家族に付き添われた車椅子のおじいさん。車椅子の場所がなく係の人が工夫された。わたしの少し前列に小学生らしき少年がひとりで座った。
待望の映画「永遠の0」がはじまった。
しばらく待ってレンタルビデオで観ようかとも思ったが、スクリーンに0式戦闘機が爆音をたてて飛び交う。まるで自分が空母に特攻しているような臨場感はビデオでは味わえない。
原作者の百田尚樹さんが泣きながら書き上げたと言われたラストシーン。涙をふかれる人が多くわたしもそうだった。
上映がおわり出口に向かうとき車椅子の方がハンカチを握っておられた。
「二百三高地」昔の映画だけど、山頂のロシア要塞に突撃だけしか作戦がなく、数年前に長府の乃木神社参拝でこの高地の土が展示されていた。戦のあとも雨がふると山から血が流れた。
磯村千代子先生から聞いた。戦死の通知があり戦後、戦死した兄嫁と弟が所帯をもった。数年して兄が復員して、それを喜ぶどころか家庭はどん底の不幸になった。
宇部空襲の日。わたしの母は焼夷弾の雨の中をあてもなく炎のなかを走った話は、幼いころよく聞いた。母は当時27歳。
沖縄戦没者遺骨収集奉仕に長年参加した。沖縄戦は4月から6月。私たちが収集するご遺骨からは暑さで腐敗した臭いはないが、20数万人の亡骸は凄惨を極めたことだろう。
歴史は血と涙でつづられる一面がある。

映画のあと昼ごはんを食べずに母にあいに行った。昼食で眠くなりまどろんで反応が悪い。

冬タイヤの交換。散髪をして朝食と弁当材料を買いにスーパーに行ったら(家内は法事で里帰り)昼ごはんを食べる時間がなかった。

フラット・ホーム?

朝6時。外気は氷点下1度。天気予報ほど冷え込まなかった。
けれども、萩までの道のり最低気温は氷点下3度。急な下り坂でしかもカーブの橋もある。路肩から半分落ちたトラックの引きあげもあった。
きのう凍結で横滑りが何度もあり緊張したが、今朝も横に何度も滑った。運転技術ではない気がした。タイヤは昨年5千キロ走行して、この12月にもう1度つけたブリザック。見た目のタイヤの山は悪くない。
山口市内のガソリンスタンド(家内のタイヤ購入)で「滑る」と尋ねた。4本とも「フラット・ホーム」という滑りのサインが出ている。雪道を普通タイヤで走っているようなものと言われた。
タイヤの磨耗「スリップ・サイン」は知っていたが、それは知らなかった。
愛車はトヨタでフリーメンテナンス契約をしている。故障・車検・オイル交換など日常整備それにタイヤもサービスになる。
下関トヨタの江口店長に事情を説明して電話を切った。30分して「冬タイヤが入手困難でしたがおさえました。明日の午後2時に小郡の本社で交換できます」

明日は、山口市内の配達を済ませて宇部の映画館まで走り「永遠の0」を観る予定。それから母を訪ねて、散髪に行って午後2時の予定にした。

路面凍結が厳しかった

氷点下2度。農園周囲の山々は雪化粧。6時半にスタートした。
冷え込みは大したことはないが、昨夜の雪で路面は凍てついており、小郡までの峠を下るときは緊張の連続。いつもは40分で着く山口市内のお客さまに、激しい渋滞で1時間半もかかった。
若いときから雪道を走ることは得意だと思っていたが、一昨年の凍結道路の自尊事故で完全に自信を失い、雪道初心者のようだった。
杏といっても連続ドラマの主人公ではない。防府市のお客さま愛犬の「杏ちゃん」。アキレス腱を切断して、人工の腱を手術で入れたが具合が悪く、別の器具を入れる手術をきょう午後からする。獣医さんもタマゴのお客さま。手術前、絶食させられオドオドしている杏ちゃんとしばらく遊んだ。盲目の黒柴「葉月」も元気で安心した。
雪で約1時間近く配達が遅れて、防府市から徳山まで高速道路で移動した。わたしの着くのを待って外出されるお客さまがあれば迷惑をかける。
ほぼ時間どおりに配達を終えた。

総理の靖国神社参拝。あるお客さまが
あれは中・韓を意図的に刺激し、反日をあおり日本国民に多少の危機意識をもたせ。防衛装備品のレベルをあげた。外圧をあえて増長させた総理の意図を感じる。

7億円!うらやましい

宇部で年末ジャンボ1等が出た!しかも前後賞合わせて7億円!

昨年から気になっていたことが現実になった。
喧嘩や自然に死ぬ鶏と生ゴミを、農園はじめて以来ずっと焼却炉で灰にしていた。燃料は近くのパレット工場から出る廃材。タダで持ち帰り電動ノコで刻み重宝していた。
昨年からパレットがプラスチック製品に変わりはじめた。そして年末、積み上げられたパレットはすべてプラスチックになった。廃材はもう出ない。
まだ1ヶ月ぐらい燃やせる廃材はあるが、これからどこで、無料で調達できるかを悩んでいた。
下関には建築関係の知り合いが何人もいる。けれども下関まで薪をとりに継続して通うことは最後の手だと思っていた。
木曜日の最後は美祢の「よしの」。ひらめいた!吉野さん実家は美祢で製材所を営んでいる。なんとか廃材を定期的にもらえるよう頼んでくださいと口添えをお願いした。よい結果になる期待をこめた。

レストラン「うさぎ」の若い料理人。今朝も8時前から仕込みをしていた「よい正月でしたか」と尋ねたら「年末にマイホームが完成しました」早朝から夜中まで、愚痴を言わずに働くたのもしい若者。
明日は周南市の金曜日。すでに大雪注意報が出ている。

冷たい雨の1日

水曜日は宮尾八幡宮参拝ではじまる。
昨夜も外れたミニロトが当たりますように。という願いではなく。1週間のお礼。そして、どんなことが起きても気持ちが萎えないことを願う。
1週間に一度でも、神様に心をむけると背筋がのびる。

正月明けでアルミ缶の回収が大繁盛。きのうもきょうも積み残しが出た。

小野田市内、理容店の奥さまがこの辺では有名な「甘太郎」の大判焼きを買って「レンジして農園の皆さまで」とたくさんいただいた。冷たい雨のなか気持ちがあたたかくなり、神さまありがとうございます。と無言のお礼も申し上げた。

宇部で大きな企業の会長さん。わたしになついているボーダーコリー犬。車を入れたら奥さまが毎回、すぐに出てこられる。それは犬の吠えかたでわたしがわかると教えていただいた。

明日から寒波襲来。運転はとくに気をつけよう。

ミニロトの火曜日

2週間前の年末「このまま動いたらいけません」と、血圧降下剤を処方され約40分で帰宅を許された。
タバコは5年以上やめている。塩分は特に気をつけている。毎日約1時間歩いている。朝食の納豆。3食たくさん野菜を食べている。
悪いと思うのは酒。それと1年以上、毎日2杯は飲むセブンイレブンのコーヒー。

コーヒーは眠気がどうにもならないときだけにした。酒は以前の半分(完全禁酒は寝付けない)にした。

それと、朝4時に必ず降圧剤を飲む。6時には安定しているから、今朝も配達前にしっかり歩いた。

火曜日は山口市内。糸賀社長がコーヒーをたてて待ってくださった。配達先のみなさん、なんとなく正月太りの印象を受けた。松村御大と中学同級生、石材店の奥さん「初セリで松村クンがテレビで見られないから残念」と。

今夜はミニロト宝くじの発表がある。みずほ銀行にこれからアクセス。当たりますように!

心ゆたかに月曜日

年末から変則的な仕事になっていたが、きょうから判でついたような、仕事がスタートした。一昨年の年末、凍結道路で自損事故をしたようなことがない、変わりのない平穏な仕事を続けることが、わたしはありがたい。

於福の木工所。事務所には若い奥さま。いつも「来週もおいしいタマゴをお願いします」と頭を下げられる。仕事はじめの今朝も同じ言葉をかけていただき嬉しかった。

美祢市の奥さま。毎年初めての配達には下関の銘菓をお年賀でいただく。

新年のご挨拶ができないお宅でも、わたし宛の短いメッセージが置かれていた。

小杉のばあちゃんは、回復してよく肥えた猫を抱えてわたしを待ってくれた。

心ゆたかに月曜日を終えた。

母が教えてくれる

調子の良し悪しが日によって大きく起伏する。今朝の母は自分の世界から出ることができない。わたしと会話が弾まなかった。
帰りぎわに手を握ったらジャムをつけていたのでタオルを絞って拭いた。

母が老いたようすを見て、遠くない将来わたしもそうなることを受け入れる心持ちになれた。身をもって教えてくれる。

農園全体は広すぎてできなかったが、遅まきながら鶏舎をふくめて最低限イノシンが入らないように漁網を張りめぐらした。その網の内側、イノシンがミミズをもとめて掘り返した場所を、午後からユンボで丁寧に整地をはじめた。とても短期間には終わらないが、春までに整地しないと草刈りができない。

明日から平常の仕事に戻れる。正月さよならの天宿温泉で身体を癒した。

萩市〜小郡ウォーク

2日の下関行き。納品を済ませて松村御大ご自宅に、新年ご挨拶にうかがった。
昨年11月の株主総会で社長職から会長になられた。
下関市認定三冠王(自転車・マラソン・ウォーク)の立派なメダルを拝見した。
今年は6月。益田市から広島市まで、中国山脈越え100キロウォークに挑戦する目標設定ができておられた。
わたしもご一緒できればよいけれど、30時間のレースと前後の時間をとることは、まだ農園の体制ではむつかしい。しかし、わたしもむつかしいことに挑戦したいと考えはじめた。
今朝の萩市行きは冷えていたものの、路面は乾燥しているから楽に走ることができた。高校生のとき、なにかの団体が催した小郡駅から東萩駅までのナイトウォークに参加したことを思い出した。
その距離がどれだけあるかは知らないが、夕方、バスで萩市まで行き一泊。早朝から小郡駅を目指して歩くことを決めた。これから足を鍛練して秋ごろにやろう。
土曜日は宝くじ。ロト6は当たる気がしなくなり、一等賞金一千万円の「ミニロト」に宗旨がえをした。今回の発表は7日夕方!
昨年、全国縦断した平原綾香コンサートのファイナルが午後からあった。今夜は再生で楽しめる。

タマゴ満載で走り終えた

年間で一番数多くのタマゴを載せる正月3日。下関市から美祢市まで配り終えて、わたしの正月おおきな仕事が済んだ。
美祢市「よしの」は、明日が仕事初め。ご夫婦で仕込みをあわただしくされていた。主人の勘と統計では「明日の来店はピークに達します」小麦粉をかたちにして、それがお客に支持される「技」は大したもの。
縁起の「大入袋」を浪花の荒川大将から今年も頂戴した。母に届けて喜ばせたい。

母が長生きをしてくれ、老いを重ねる姿をわたしに教えてくれている。毎月生きていく費用もよくわかった。これから、その道を歩むわたしの目印をつけていると思うようになった。

酒飲んで昼寝

大丸百貨店は10時が初売り。駐車場に入る長蛇の車が想像され、くわえて赤間神宮に亀山八幡宮。海響館(水族館)と混雑ポイントが周辺にある。
8時半に納品して混雑前に下関を離れる計画で動いた。荷受け場はわたしと同じであろう早めに大丸百貨店を出たいトラックが駐車スペースをうめ、Tシャツ姿のドライバーが汗をかいて荷物を運んでいる。

下関から豊田をまわり俵山経由で長門市の大谷山荘。ここもバックヤードは忙しさの頂点のようだった。

お昼すぎに農園にもどり日本酒コップ酒でお正月。
快晴を利用して屋根に布団を並べたころ酔いがまわり1時間の昼寝。

明日は、早朝から山口市の配達。いったん農園にもどり、午後1時に浪花お届け初荷。彦島の個人宅を数軒配達して、南風泊の唐戸魚市場が4日早朝の初セリで関係者に配る「お年玉子」を約2千個搬入がある。
明日からは昼間の酒は飲めない。

ゆったり元旦

母に届けるおせちを早朝から家内は用意。施設のみなさん朝食前に着いた。母は元旦がわかっていたのか化粧バッチリ。
電子レンジを借りてあたたかい雑煮もできた。種類が多くとても満足し箸がすすんだ「このイラクは美味しい」と「イクラ」をまちがえて爆笑になった。デザートの干し柿まで食べてくれた。家内が入れ歯を洗って朝食は終わった。

山口市内で一件配達を済ませ農園に戻る途中。約7キロ手前でわたしは降りて1時間かけて歩いて農園に戻った。

昼ごはんにコップ1杯半の冷や酒。これで元旦気分。みなさんは仕事をしていたが布団を敷いて3時間半も昼寝ができた。

加奈ちゃんから年始メール。今朝の山口新聞3段抜きで「パンを通じて笑顔増やす」のタイトルで加奈ちゃん写真入りで紹介記事。これは連載だと思う。この新聞画像が添付されていた。

明日の大丸百貨店初荷からわたしの仕事はスタート。

大晦日

今年の配達納めは山口市。

朝6時に血圧安全値にするには、4時に薬を飲めばよいことを、この一週間、時間帯ごとに血圧測定をして体得できた。
安全を数字で確め、防寒具をしっかり着て元気に歩き納めの1時間。

家内がブリ一本力強くさばいている。兵庫県の親戚から珍しい日本酒一升いただいた。

夕方から天宿温泉で一年の疲れを洗い流し、ブリを肴に今夜は日本酒。

母も私ら家族も一年健康のおかげをいただいたことを神様に御礼申し上げる大晦日。

仕事冥利を感じた

なんとなく気持ちが重い月曜日。先週、数日食べない猫とかかわり、獣医の電話番号と場所を教えたが死んでいたらばあちゃんをどう慰めたらよいか。その言葉がみつからない。
いつも猫が昼寝する場所に猫はいない「ばあちゃん!」と声をかけたら満面の笑みで出て「ありがとう。元気に猫はコタツで寝ている」獣医の診たては高齢による歯肉炎悪化。処置をし栄養点滴をしてもどったら日増しに回復して食欲もでた。ばあちゃんと喜びをわかちあった。

厚狭のお客さま。玄関に一対の可愛い人形がある。何度か「可愛いですね」と言った。年末の配達に行ったらお留守。紙袋にあの人形が入れてあり「よかったら連れて帰ってください」とメモがあった。嬉しくいただいた。ずっと宝物にしよう。
年末の挨拶をしながら1日を終わり、思ったことは人間関係で仕事ができる。
さきほど、お留守だった奥さまから電話がかかった。いつもより届ける数が多かった。その数に間違いがあったのではと予感した「墓参りで留守をし、ご挨拶できませんでした」とわざわざの電話だった。

お客さまからよくしていただき本当に嬉しい年末。明日の山口市で今年の配達は終わる。

母の苦労がわかる

母の部屋で朝食を済ませて戻るまで「大地の子」を読んでいた。
職員が車椅子を押して部屋に戻り、あとはわたしに任された。両手についたジャムを洗わせベッドに抱えて座らせた「なんの本かね」と聞くから答えると「山崎豊子は立派な人。満州から引き揚げた人は誰も苦労された。大地の子は新聞の連載で読んだ」とつぶやいた。
元旦朝食のリクエストは赤飯・きな粉餅・黒豆・雑煮だった。吉部八幡宮に初詣のあとお札も添えてリクエストにこたえよう。
「いま雪が降りよる」と言うと、しばらくして「覚えちょるかね。冬の夕方わたしと風呂屋に行き、帰りは洗った髪にツララが下がったいね」5時に仕事を終えて家にもどり、片道30分の風呂屋に通った。ツララやタオルが凍ったことより帰ってから夕飯の支度がはじまるから、寒いより空腹をよく覚えている「風呂が家にあったらえかったね」とつぶやく。母は1日労働をし風呂屋から戻って食事や家事をおそくまでしていた。
あらためて母のご苦労に頭がさがる思いになった。

わたしの人生におおきな影響をあたえてくれた恩人のひとり。広島の井辻栄輔さんから年末恒例のハガキが届いた。
Google「広島のキムタク」で検索すれば井辻さんが一番上で出てくるとコメントがあった。
もうぼつぼつ70歳も近いのに目標は「ギャルとグルメ」それと亡き妻の供養。巨体と笑顔と禿げ頭は健在らしい。
遊びも学びも達人。いつか遊びに行かなくては。

師走は渋滞

今年みたテレビ番組のなかで、あらゆる日本文化の最高峰をかたちにした「京都迎賓館」がわたしの心に残った最高峰になった。
1月3日。午前7時からNHK総合テレビで再放送される。

今朝の萩行きは、積雪・凍結を覚悟して早めに農園を出たが、想像した路面より状態がよく安全に走れた。
しかし「強風注意」の山陰道は、日本海から吹きつける強風にわたしの車はハンドルをとられる。遠回りの旧道、鎖峠を越えて長門市に出た。

土曜日のコースを済ませて農園にもどり、軽く食事を済ませて下関のスポット注文2件。600個の納品に出た。年末の買い物客で2号線は渋滞だった。

ロト6を5枚買った。発表の月曜日夕方まで億万長者の妄想に胸が高鳴る。

血圧事件

寒い金曜日をおえた。
水曜日に年末の血圧検査に行った。あまちゃん先生だった。
血圧が異常にたかく「とんぷく(即効性)」の降圧剤を飲み、さがるまで横になって帰宅の許可がでた。
農園に血圧測定器はあるが最近は、禁煙とウォーキングを続けているからと測っていなかった。
それから頻繁に測ってみると高いままだとわかり、今朝もう一度の受診予約が病院の都合で3時になった。
周南市から高速道路でもどり受診。あまちゃん先生は留守で男性医師。過去のカルテをじっくり見て「薬をかえます」体質で効き目がちがうが、この薬でさがるかどうか数日みてほしい。不安だったら、病院は正月で医師は交代勤務で対応はわからないが「かかりつけの者」と言えば善処できるから安心しなさい。

知らずに早朝の散歩を続けていたら大事になったかも知れない。薬が効いてさがればどんどん歩いてください。と言われた。

きょうで病院の今年がおわりときに、導かれるように助けていただいた神さまにお礼の気持ちをいだいた。

年末の混雑に疲れた

きょうは疲れた。
長丁場の下関にくわえて年末の交通混雑と道路工事。月末の集金を事務的に済ませないから会話もはずませた。
下関「あの米店」は、米店併設の炊飯釜で炊き上げて唐戸市場の回転寿司店などをささえている。
その寿司米でいなり寿司を昼前につくりレジ前に積み上げる。ひとパックに2個入り50円(安い!)先週、残り8パックを買い占め4パックを佳奈ちゃんの土産にしたら大喜び。家族でいなり寿司争奪戦になったと聞いた。
きょうもパックが山積みだった。400円で8パック買い、先週と同じ4パックを佳奈ちゃんの土産にした。
きょうは親子のパン教室を自宅でひらいたと笑顔がよかった。

明日は周南市。楽しみは午後1時からはじまるNHKラジオ「午後のまりあーじゅ」今回は赤坂泰彦・近田春夫のにぎやかツインDJで4時間生番組。アンカーの山田まりやのなま歌もあるらしい。

少年のような老人

今年納めの朝参り。一年のお礼をしっかり申し上げた。

今村夫妻は、横浜のお子さん家族と正月を過ごすため今夜愛車で出発。自家製野菜を満載するとニッコリ。70歳の老いを感じさせない。
奥さまは「5日にお坊さんめくり(カルタ遊び)」大会を小野田で開催されるから4日には戻る。先日「てじょん」でご縁ができたNHK記者 金倫衣(きむ・ゆに)さんに催しを連絡したら局から取材許可がおりて彼女が担当する。カルタを海外まで普及する今村さんはおお喜び。

今村さんの近所Kさん夫妻。いつもニコニコされ、わたしは「ただ者ではない」とアンテナをはっていた。今朝夫妻と会話をかわす時間があった。夫妻はともに小学校教師だった。
奥さまは地域の人たちに公民館で大正琴を教えておられる。
ご主人は、校長で定年をむかえ、町議を2期されいまは農業。最近レッスンを受けはじめたクラシックギターが楽しい80歳。笑顔が少年のよう。

麦焼酎「河童九千坊」が最近の晩酌。井上酒店に配達して一本買い求めた。
角打ち(酒屋で立ち飲み)がこの店でできるかと聞いた。酒屋で一度は角打ちを体験したかった。
以前はやっていた。近所の鉄工所などから仕事帰りの男が立ち寄り。黒板に飲んだ量と食べたピーナツなどを自己申告システム。
しかし、店の横で立ち小便。喧嘩もあり角打ちをやめるきっかけはパトカーまで動員の喧嘩。
息子さん(36歳)はAKB48のアルバムで「選んでレインボー」の作曲。井上トモノリだと鼻がグングン伸びた。
意外な音楽家。藤野先生と農園で飲もう。そのとき持参するビールを見せてくれた。酵母の威力で賞味期限は10年。その期限が切れて13年目のベルギー産。おもしろくなりそう。

タイムマシンで

クリスマスイブは洋菓子店やケンタッキーに車がならび、火曜日の山口市は時間がかかった。

自宅の整理に本腰を入れた家内が「これは要るだろう」と捨てないで農園にいろいろ思い出を運んでくる。
スナック「クレヨン」で垣内・井辻・河村と三大夜の帝王を招いて大騒ぎをした写真。庄原市から林さんが(今は怪しい市議)来て、ハイヒールが似合う佳奈ちゃんとコルクを焼いて顔に墨をつけた写真(この夜、佳奈ちゃんはお父さん自慢の松の盆栽に嘔吐し松は枯れた)

わたしと高山クンが取り組んだ最高峰は、日本を美しくする会機関誌「清風掃々」創刊号では産みの苦しみ(お歴々の意見多く)を味わった。次の2号は、ブラジル掃除に学ぶ会の飯島さんとサンパウロの公園便器を、現地若者はサンバを流して腰を振りながら便器を磨いた取材を、約30ページにわたが活字にしていた。ブラジルまで行ったわたしの目的は、リオのカーニバルでもイパネマビーチでもなかった。

そしてふたつの報告。ひとつは「45歳旬の旅」と題した宮崎市から熊本県阿蘇高森まで250キロ徒歩旅行のまとめ。牧クンが高鍋町でわざわざ私を探して撮ってくれた一枚もあり。
もうひとつは「内蒙古の旅」松村御大に「ええ所じゃ」と言われ。草原のホロンバエル。もう一度はゴビ砂漠を旅行した。記録の写真に蒙古族のひとが山羊を吊るして解体する写真を入れていた。

わたしなりに本気の足跡が発見できて嬉しい。真面目と不真面目の資料は農園から貸し出します。

天皇陛下傘寿の日

きょうは天皇陛下80歳のお祝いの日。

美祢の小杉地域。一番奥の高見のばあちゃんが外に出てわたしの到着を待っていた。顔つきがちがう。
相棒の猫が18日から餌を食べなくなった「どうすりゃえかろうか」わたしを頼っている。
関われば配達時間が遅れる。しかし「益はなくても意味はある」鍵山先生の言葉を思い出した。
美祢の動物病院。おそらく祝日で休診と思うが、電話をします。医者がおれば猫とばあちゃんをこれから連れて行く。帰りはタクシーでもええかね。休みだったら電話番号を教えるから明日の朝かけてタクシーで行きなさいよ。
やはり休診だった「猫を診ておくれ」と言うけれど、わたしにはわからない。実は、太郎さんも食欲なく動かない。食べないのは逝く用意かもわからないと思ったのは今朝のこと。
厚狭レインボーは精神的にハンディを持たされた人の就労施設。毎月2回のバザーに安く卵を卸して協力している。
明日がバザー。祝日出勤の職員「足立」さん。ご主人は出雲が出身で「親戚かもしれないね」と前に話した。彼女は本が好き「最近はどんな本を読んだかね」と尋ねて読書談義。曽野綾子を最近読んだ感想。とくに信仰に関するところを話したら「信仰されていますか」とわたしの急所をついた「信仰とは言えないが金光教に少しご縁がありました」と言うと彼女が驚いた「わたしの実家は金光教で、わたしは夏にご霊地(岡山県金光町)で鼓笛隊パレードをしていました」思わぬ展開にわたしも驚いた。ここで昔話をしてもしかたがない。わたしの信心に質問されたが語らなかった。これから私の信仰をどうするかの腹が決まっていない。

今朝は歩けなかった。きのう5時間スコップを使った疲労が足腰に出た。年齢は正直である。

断捨離作 戦

母の白髪がどんどん少なくなりはじめた。言わないが気にしていると思う。元旦の朝はご馳走を持ってくると約束した。

山口市内を一ヶ所配達して農園にもどり、昨夜からの雨で農園道路いたるところに水溜まりができたから、くぼい所がきょうはよくわかる。
小型ユンボ・軽トラダンプとスコップを5時間使い補修を終えた。
家内は今月から月に1日、母の部屋を片付ける「断捨離作戦」
片付けるなかで、母に聞いておかねばならない物があれば、今なら聞ける。リサイクルに持ち込むよう、思い切りの処分をはじめた。
きょうはスコップを使い腰が疲れ、手のアカギレが痛い。

子供の笑顔に涙がでる

昨夜は疲れきって8時まえには寝ていた。今朝、犬にあたえる鹿肉と野菜に「よしの」のカツオのだしガラを鍋に入れてストーブにかけたままだった。深夜に目が覚めて鍋にお湯を足しストーブをとめた。

土曜日の早朝は萩行き。氷点下の場所は少なかったが下りの峠は薄い積雪で緊張した。

昼ご飯でビールひと缶飲み昼寝。30分で目覚めて風呂であたたまり缶ビール。小雪がやまないから「大地の子」を読むことにした。
宮崎の居酒屋は20度の芋焼酎をストレートで愛飲する客が多かった。先日、日南市井上酒造の20度芋焼酎「飫肥杉」をいただいた。芋焼酎独特の甘露を楽しみながら読んでいたら900ミリメートルを半分空けていた。
今朝の産経新聞1面は、南三陸町立名足小学校の2学期終業式(修復された校舎)で満面の笑みで通知表を両手でいただく、仮設住宅から通う3年生の佐藤彩花ちゃんの写真。わたしはこの笑顔に涙が出てしょうがない。

太郎さん心配

太郎さん(高齢犬)いろいろ悪いところがある。きのうから下痢で食欲もない。缶詰めドッグフードに正露丸を隠して2錠与えた。

今朝は雪の薄化粧。山口市内のガソリンスタンド一番の客で8時。とにかく寒い「寒いとタイヤ交換が多く、じっとしているよりあたたまります!」と寒波歓迎。気持ちのよい若者。

防府市内のお客さま。はじめてご主人が出てこられた。わずかな会話で九州男児の予感「九州はどちらですか」と尋ねたら「黒木です」黒木町は黒木瞳と藤だなで知られている。わたしは、黒木町からもっと奥の矢部村に通った。八女郡の話題で会話がはずんだ。

下松からの帰り道。農園近くの峠で、いつもあばら骨がうきあがった老犬を散歩させるおじいさんが、最近ひとりで散歩されている。きょうも犬がいなかった。おじいさんの家の前をゆっくり走って犬小屋をみたら犬はいなかった。おじいさんより先に往ったであろう犬に、おじいさんはどんな感慨だろうか。

明日は7時に萩の常茂恵旅館の納品。峠越えを心配。

落とし物

下関向け、雨の早朝のセルフ ガソリンスタンドに立ち寄った。給油はわたし一人。トイレを済ませようと店内に入ったが店員は見あたらない。店の奥のトイレで用を足しながらドアの開いた「大」を見たら棚に黒の長財布があった。
開けたらカード類と万札が分厚く見えた。紛失した人は財布に気がついたときがく然とされるだろう。人気のない事務所の机に置いて、紙切れに「トイレにあった」と書いておいた。

夕方「よしの」で財布を話題にしたら、コンビニのトイレで同じことがあった。
これをポケットに入れたら監視カメラで特定されるにちがいないと思いレジに「落とし物」と置いて出た。

わたしは30年ぐらいまえ、朝の散歩で封をした月給袋を拾い交番に届けた。その夜、落とした夫婦がお礼にビールを持ってきた。主人「落とした」と言うても家内は信用しなかった。身の潔白が証明できて嬉しいと語った。

きのうラジオに百田さんが1時間出た。今週末から上映の「永遠の0」試写を5回観て、5回号泣したらしい。とかく映画は原作をこえることはない。と言われるなかで、作者が号泣するほどの作品に仕上がっている。
大東亜戦争。真珠湾にはじまり特攻隊まで、常に0式戦闘機が飛び、連合国が0式戦闘機の性能を上回る戦闘機を開発して負けた。
大東亜戦争は0式戦闘機なしでは語れない。百田節がよかった。
この映画は必ず観に行く。

AKB48

水曜日の朝参り。今朝は冷たい雨だった。心の玉手箱をあけると一枚だけプリントがあり拍手していただいた。
このプリントは午後に立ち寄った松原酒店に差し上げた。酒と神様と生き方談義を楽しくできた。

朝一番の配達は今村さん。今年は12時間の開腹大手術をされたが順調に回復され、先日の「てじょん」や、今村さん関係者で猪肉で先日農園宴会でもまえと同じように笑顔で呑まれた。年末は横浜の子供さん家族に自家製野菜を満載して運転するらしい。70歳の元気を見習いたい。

松原酒店と肩をならべる「へんくう(変わり者・山口県方言)」酒店は井上酒店。
わたし最近お気に入りの麦焼酎「河童九千坊(紅乙女酒造)」を1本買った。なんと!AKB48の作曲をご長男がしていることをはじめて語った。
藤野先生と農園で音楽談義で呑むことを確約。条件は猪肉をわたしが用意できること。藤野先生推奨の民謡CDを渡しておいた。

今村さんと。先日NHK BSプレミアム「京都迎賓館」は最高だったと感激が共有できた。

ロト6

きのう夕方6時はロト6抽選。8時ごろ「みずほ銀行」サイトに結果がアップされた。当たったらどうしょうと思いながら、5口、千円の数字を確認した。このドキドキが刺激的。毎月4千円の投資で億万長者の夢だけは味わえる。

第二次世界大戦を画策したのは、ドイツから攻撃を受けていたイギリスのチャーチルという。テーマは暗号解読だったが、アジアにひろがるイギリス植民地の権益を日本から守るためにもアメリカをヨーロッパとアジアに分散させて、ドイツと日本を退かせるシナリオをチャーチルが描いた。
火曜日は糸賀社長がコーヒーをたてて私を待ってくれる。今朝はチャーチル談義。読書家の糸賀社長は、ヨーロッパの歴史も詳しい。諜報戦におけるイギリスの底力を007に例えて語るところが糸賀流。勉強になった。

全日空の客室乗務員をされ、いまは材木会社の若奥さま。話題が趣味になり、篠笛を約10年稽古されている。姿勢を保つためにフラメンコも長年されていると知った。
ロト6に燃えるわたしの人生とのちがいを感じた。

農園にもどるとき、いつも愛犬と歩くおじいさんが一人歩いておられた。あばら骨がクッキリあらわれヨボヨボの犬は風になったのだろう。でも愛犬を残して逝くより、最後を見届けたであろうおじいさんはよかったと思っておられるだろう。
おじいさんの家の前を通過したとき空の犬小屋を見た。

加奈ちゃんラジオに

FM山口に加奈ちゃん出演の月曜日。
先週の月曜日は電波がとりにくい山間地域を移動して聞けなかった。きょうは放送時間の9時半にベストコンディションで電波を受信できるよう配達コースを変えた。

インタビュー相手は、山口弁丸出し美人アナの「やまとよしこ」来年、局主催のパン教室があり、その講師に加奈ちゃんが抜てきされ、企画の案内と講師紹介番組だった。
加奈ちゃんの緊張がラジオから伝わり、ベテランの喋りに対して初々しさがよかった。

ばあちゃんが4日入院してタクシーで戻ったらところに配達。じいちゃんに「すまんかった。不便をかけたの」と言ったらじいちゃんは「なにも不便はなかった。静かでえかった」と背中で答えて喧嘩がはじまった。面白かった。

猟師さんの犬が猪に顔を牙で顔を切られて痛々しい。10キロぐらいの小型だけどファイトは凄まじいらしい。古傷で満身創痍。わたしを見つけて尾をふってきた。

今朝は薄氷

とても楽しみに待っていたBSプレミアム「京都迎賓館」は昨夜録画予約して寝た。今朝の1時に目が覚めたので見た。
国賓をお迎えし、建築、調度品、和食に庭園。絵画に生け花。舞踊など日本文化の頂点が迎賓館となっており、これだけの迎賓館があることに日本人として嬉しかった。
漆塗りの匠の技がどれほど来賓に理解できるかわからない。目立たない生け花も、庭師の技もとうてい短い滞在で全部はわからないだろうが、そのなかのひとつが国境をこえた琴線に響いたとき日本が身近になろうと思った。

今朝は氷点下2度。薄氷はこの冬はじめて。
母が食べたくてしかたがないと言う。赤飯の胡麻塩と半熟卵に奈良漬け。それを家内が昨夜から用意してくれた。
煮豚に牛肉の甘辛煮。大根の煮物などを保温して8時に母に届けた。シジミ貝赤だしも、普段は減塩食だがしっかりした味に「おいしい!」を連発した。デザートは干し柿。
正月のリクエストを尋ねたら「餅が食べたい」施設では餅は献立にあがらない。

山口市の配達をして萩シーマートまで足をのばした。握り寿司でビールを楽しみ。噂の「殿様しょうゆ」とアジの一夜干しを買った。
農園トイレと風呂を迎賓館ぐらいみがいた。

パンの加奈ちゃん

山口市内、散策コース、一の坂川沿いにペットのブティック「サンポヤ」があるらしい。
その店舗を少し借りて、毎週土曜日、11時から加奈ちゃんはパンの販売をする。たくさんの種類をほぼ徹夜で焼き説明文をつけてラッピング。完売したら閉店スタイル。二人の子供はお母さんの働く姿を覚えるだろう。
自宅から一の坂まで1時間の道のり。

昨夜「明日、20個自宅に届けてほしい」のメール。それならば、田舎パンをひとつほしいと返信したら「明日のパンはリンゴの酵母です。カンパーニュ用意しておきます」

気象予報ほど冷え込まない朝。萩の常茂恵旅館に定刻7時に着いた。料理長に「凍結の朝は少し遅れるかもわかりません」とお願いした。大谷山荘を8時にお届けして美祢市の加奈ちゃん宅は8時半。すでに一の坂に出て留守。
カンパーニュに「きょうはイチゴの酵母です」と添え書きがあり、安納芋のフィセルがおまけにひとつ。

午後から下関に営業。きのう松村御大から鶏糞がほしいの電話にも応えた。

約300キロ走り、疲れから天宿温泉に行った。男湯はわたしを入れて6人。5人は足首から背中まで刺青「刺青の人はお断り」の貼り紙があったけれど。みなさん礼儀正しく入浴された。

冷え込んできた

木曜日の長丁場に続いて金曜日の下松市方面も長丁場。
セブンイレブンのコーヒー。朝と昼から2杯をLサイズで飲んだ。帰り道の防府市を走っているとき携帯電話の番号で営業電話が着信。イヤフォンマイクだから通話OK。眠気覚ましに話し相手をした。
農園卵は安心・安全・新鮮だから自衛隊に売り込む方法がある。自衛隊専門紙に広告を出そうではないか。
このテの電話はたくさんかかる。きょうは眠気覚ましだから、その気を装い会話をはずませた。

久しぶりに定年退職された方に会った。退職後、世間で困っていることをいろいろリサーチした。肺気腫などで酸素ボンベが必要な方に宅配ビジネスをはじめて3年。6人の従業員を雇うまでになった。

今のわたしには、事業を興す元気はないが、市町村会議録調製会社「ぎじろくセンター」を創業したとき(28歳)も役場に通いながら「どんな仕事が大変か」と聞いてまわった。
録音テープから議会の進行を文字にすることは大変なことだとわかった。
活字にする職員の主観が入るといけない。要約は主観がはいる。だから発言を正確に活字にしなければならない。
発言が「きょう」なら「きょう」か「今日」なのか。正解は「きょう」であり「こんにち」の発言は「今日」とする。
誰もがやりたくない。面倒なことこそビジネスになる。

明日の早朝は萩に向けて走る。凍結が心配。

木曜日をおえた

きのう夕方、日記のアップを済ませ、家内が夕飯をつくるあいだ日本酒のコップ酒で新聞を読んでいたら犬が吠えた。藤野先生(高校の数学教師・お掃除がご縁・農園近くにご自宅)が来られた。

来られた目的は、ジャンルはわたしにわからないが、会津の若者が現代風に民謡を歌うCD。グループ名はネオ・バラッド。
(黄金の里)というアルバムを4枚持参され「よい曲です。いつか、このグループを呼べたらいいと思っています」
4枚の理由は。松原・吉野の奥さまが福島県だからそれぞれに一枚。わたしに一枚。もう一枚は会津にかかわる人に一枚。10曲の民謡は若い人に聴かせるアレンジだと思った。なかでも炭鉱節(福岡県民謡)は童謡のようにわたしは感じた。
藤野先生のお得意は広島風お好み焼き(プロ級)と思っていたので、音楽の一面にびっくり。ロックが好きだと聞いてまたびっくり。
木曜日の下関。途中の厚狭のお客さま(月曜日)から「30個ほしい」と電話があり「7時ごろ行きますよ」と返事をした。
今朝はハンドルをとられるほどの寒風が吹いていた。約束の7時ちょうどに着いた。ばあちゃんが防寒着で900円を握ってわたしを待っていた。聞いたら「10分前からまっちょった」わたしのために野菜料理をタッパに入れてくださった。

「しみず茶房」に午後配達。帰り際に「麦は元気ですか」と尋ねた。
「麦」は子犬できたときに麦の穂がついていたから命名されたラブラドール。14歳になり元気はなくなっていた。10月に亡くなりました。
最後は床擦れが悪化して骨が出ていた。大型犬だから病院通いも重くてたいへんでした。治療費も高額になったらしい。
わたしは、愛犬のはなちゃんが逝ったとき、正直な気持ちは、介護から解放されたという安堵の気持ちのあとに悲しみがありました。経済的な負担と精神的な負担はありました。と言うと「わたしも同じでした」と言われた。できる手当てのすべてを尽くしていた2年前を思い出した。

「よしの」で先日の宴会を話題にして面白かった。わたしは焼酎。吉野さんは日本酒を飲み過ぎたけれど明くる朝は気持よく起きたのは、話題が楽しかった。

NHKオブリガード

山口市のお客さまから毎年JTBカレンダーをいただく。
来年1月は、リオデジャネイロ・コルコバードの丘。
第2回ブラジル掃除に学ぶ会に参加したのは15年ぐらい前だった。サンパウロ市内の公園便器を半日磨いて、約10日ほど観光三昧。アマゾン・イグアス・イタイプダムなどを日系人のお掃除仲間が案内してくれた。肉料理と珍しいフルーツにワインで滞在中3キロ体重が増えた。
リオの目的はカーニバル。その余録でイパネマビーチ(興奮!)それとコルコバード。ロープウェーで山頂に着いたとき濃霧で視界は悪く何も見えなかった。ところが風がふき数分間だけ視界良好になり青空を背景に、両手をひろげた巨大なキリスト像が目の前にあらわれ驚いた。その懐かしい写真。

水曜日は宮尾八幡宮の朝参り。遠くに車をとめて神社まで片道30分歩く。参拝のあと本殿わきに「心の玉手箱」と書かれた木の箱をあけてプリントを一枚拝受。今朝の文章をその場で読み終わり。ポケットに入れて車に戻り配達スタート。
10時からのラジオ「すっぴん!」に1時間生出演は小野リサさん。わたしのDVDに彼女のコンサートがあり、本を読むときによく聞き流している。耳ざわりがよいから好きという程度。しかしインタビューで彼女はブラジル国家からボサノバ歌手として最高の栄誉賞を授与されていたことを知った。日本の曲をポルトガル語のボサノバでカバーした「ジャポン」というアルバムがあるらしい。さがしてみよう。

きょうの小野田市コースは、冷たい雨に1日打たれた。配達をすませて楠温泉で身体をしっかりあたためて戻った。体重64キロ。
本格的な冬が到来した。

シクラメン物語

日曜日に農園泊まりだった桂子ちゃんから昨夜届いたお礼メールの末尾に「きょうの仕事中は、死ぬほど眠かった」と結ばれていた。
わたしは夕方6時に、ロト6の抽選があるので、たった5枚の投資でも億万長者を夢見て7時に携帯電話のIモードで確認。夢破れ猛烈に眠くなり、8時前には寝ていた。
今朝はいつもの3時に起きた。犬とわたしの朝食(犬はあたたかいスープを冬はつくる。今朝は鹿の脂身)
朝のウォーキングで、今年うまれたヤマカガシ(蛇)が動かなかった。傘でつついたら動いた。カラスが見つけたらそれで終わり。それもかわいそうでビニール袋に入れてヤッケのポケットに入れて歩いた。歩き終えたころにはだいぶ元気になったので草むらに放した。
わたしが集めたアルミ缶は、精神的にハンディをもつ人たちの施設(厚狭レインボー)で役立っている。
たくさんの卵のお客さまが賛同してくださりアルミ缶を提供してくださる。
卵のお客さまではないけれど、ご縁がありNTT西日本のMさんが、独身寮のアルミ缶を集めてきれいに洗浄し、乾燥させて毎週火曜日にたくさんいただく。
きのう、厚狭レインボーに立ち寄ったとき、施設長がわたしを手招きして廊下に呼んだ。段ボール箱にひと鉢の立派なシクラメン。わたしに今年のお礼と言われ固辞したが車に積まれてしまった。
予算がたくさんの施設で、わたしにお礼の予算があるはずはない。施設長のポケットマネーだろう。
わたしはお気持ちを頂戴して花は、きょうNTTのMさんに、施設からといただいてもらった。

相撲甚句に酔う

昨夜は予定終了時間、8時を少しすぎて宴は終わった。
よく食べ、よく飲んだ。相撲で国体予選選手だった今村さん(70歳・もと専修大学野球監督)が朗々と相撲甚句を唄われ座を盛り上げてくださった。
歩き遍路、約1300キロを50数日で成し遂げた桂子ちゃんは農園泊まり。12時ちかくまでわたしの二次会につきあい。わたしが寝たあとは家内と話にはなが咲いたらしい。
携帯電話カメラで一枚撮ったのでいつか農園ミニアルバムに貼り付けよう。
わたしの会社(ぎじろくセンター)で働き、スペシャルオリンピクスにも参加してくれ、アメリカ大会にも行ってくれた。
今朝、わたしが農園を出るまえに起きてお別れ。農園から出勤する。

松原さんが「飲みすぎ」とわたしに注意を何度かしてくれた。たしかに、昨夜ほどの酒をひとりで飲んだら二日酔い。けれどもみなさんと会話をはずませ、笑いながらの酒はスッキリ。
月曜日。しっかり働くことができた。

今夜は宴会

母はしっかりしているようでも会話が混乱している。
以前わたしが持参した花をさして「陛下がもってきてくれた」ずいぶん前に亡くなり葬儀にも行った弟が「きのう来てくれた」よく話してくれるから相づちをうってわたしは聞き役。
先週の日曜日。五百羅漢を県立美術館に見に行く約束だった磯村千代子先生(84歳)が風邪で寝込まれ約束が叶わなかった。
母のあと先生の様子をうかがいに行った。元気な様子だったが、ときおり上半身に帯状疱疹がでるそう。玄関で立ち話をすませ、歩いて車に向かうとき先生が見送りに出てくださり一緒に歩いた。
別れ際手を握り「春になったらラメールに珈琲を飲もう」と言われた。

午後から農園敷地に猪が入らないよう鉄筋を打ち込み、漁網で柵をする作業をした。
鉄ハンマーを使う作業は、日ごろ腕を使わないから重労働。

夕方、今村さん、吉野さん、松原さんそれぞれ夫妻に今村さんの仲間。それと歩き遍路の桂子ちゃんが来園。
きのう、今村さんが下仁田ネギなど自家製野菜をたくさん届けてくださり、家内は午後からずっと台所。広島比婆の猪。美祢の鹿。河村隆子さんは新潟の酒などを届けてくださった。

億万長者に立候補

土曜日の早朝スタートは萩。今月から道路にスノーポールが設置され、峠には融雪剤が山積みされて冬の支度ができている。この雲雀峠は、県内冬期の交通難所のひとつ。
わたしは峠を下るけれど、萩から猛スピードで上ってくる鮮魚4トントラック。今朝もアクセル全開の女性ドライバーとすれ違った。
美祢の「よしの」は、奥さま実家は飯舘村。法事で里帰りされていた。今朝はお店の横に2台(主人は朝2時・奥さまは早朝)の車が並んでおり4日ぶりの開店準備だろう「女房がいなかったら、お握りも天婦羅も、うどんのダシもできないから休業です」休業中「赤いきつね」を食べていたら面白いと思った。明日の夜は、今村夫妻の仲間と吉野夫妻。福島県つながりでホタテマン夫妻(奥さま福島県)歩き遍路の桂子ちゃん(泊まり)で農園忘年会。
宝くじ売り場に立ち寄り、ロト6を千円購入した。億万長者の夢をみる。