投稿者「進足立」のアーカイブ

OASYSと再会

山口市の大型商業施設「フジグラン」は10年まえ、ある方からご紹介いただき毎日納品している。
今朝も7時すぎに着くようにして広い駐車場を、荷受け(検収)がはじまる8時まで歩いた。これまで一度も気にならなかった宝くじ売り場の掲示板をはじめて見た。5億円を頂点にたくさん大当たりが出ていることを知った。毎週千円ぐらい買って豪華列車で九州の旅を夢みたい。来週から買おうと決めた。

今月の農園ミニアルバムに登場していただいた上田さんと、農園で3時半に会う約束をしていた「ありました!」と降りてこられた。
きょうお会いする目的以外の「ありました」それがわたしには天にも昇る喜びだった。
わたしはパソコンを5年以上まえに手放した。農園日記も携帯電話でやっている。しかし、長文を作成し印刷するには携帯電話は無理。
富士通OA機器で知り合った上田さんに、もしワープロがあれば欲しいとお願いしていた。
それが、ほぼ新品で以前、上田さんのお客さまが保管されており「どうぞ」と無償。
OASYS LX3000。平成6年の機種。しかもキーボードは富士通独自の「親指シフト」このキーボードはブラインドタッチに最適な配列で、当時のわたしの会社(ぎじろくセンター)は、ワープロコンテスト(入力速度・技巧)で、九州や中国地方で優勝した。わたしも10分で1500文字ぐらいミスタッチ10文字以内で仕事をしていた。
JISキーボードも打てるけれど、やはり親指シフト。電源投入してブラインドタッチでパチパチ入力ができた。
このOASYSで会議録業界で黄金時代を経験した。わたしの黄金時代は儲けて有頂天の堕落な時代。
けれども親指シフトは懐かしく嬉しくてたまらない。

関門味 風土記

昨夜、美人の水元さんが訪ねてくれた。約10年ちかいお付き合いで、彼女が動きまわるのは自分の得になることではなく、その企画に集まった人たちの生きる力になるという夢をおって(大義)で忙しいと思っている。焼酎チビチビで今度の夢を聞いた。

産経新聞の今月3日(九州・山口版)に
荒川健一の 関門 味風土記
と題して5段抜きで、今回は「酢にも負けない旬の醍醐味」のタイトルで浪花の「ふく」のこだわりを紹介された。
BSプレミアム 新日本風土記「ふぐ」で登場され、一度ひいた身をさらにもう一度ひいて極薄で絵皿にひろげる包丁さばきの技(二枚びき)を披露された。
その荒川さんは読書家。実は、わたしが読んだ山本一力のほとんどは荒川大将のお下がり。一力作品には江戸の料理が散りばめており、さらに包丁や砥石なども一力さんの視点で鮮やかに登場する。大将が一力ファンはこの辺りかと想像している。
読書家ならではの無駄のない紙上の活字にわたしは嬉しくなった。
きょうの浪花の配達で荒川大将に「連載でしょうか」と尋ねたら「不定期の連載のようです」と言われた。
読みたい方はわたし宛にメールでお知らせください。お届けします。
また「寿司割烹 浪花」のHPでもご来店されませんか。

宝くじ買 うぞ!

友人が宝くじ(ロト)を千円買っていたら、先日70万円当たったらしい。
わたしは宝くじを買ったことはない。しかし億の金額は必要ないが70万円ぐらい臨時収入があれば国内旅行が楽しめる。ロトの仕組みを知るために宝くじ売り場で説明書を手に入れた。まだくじを買ってもいないのに豪華列車で九州の旅を想像した。

むかし、日曜日に会社で仕事をしていたら高山君から電話「いま僕の隣台が空いたから、押さえておきますから来ませんか」とパチンコの誘い。財布から一万円だけポケットに入れて台に座った。なんと42連チャン。わたしの椅子の周囲はドル箱の山が築かれ、館内放送で人は見にくる。4時間ぐらいで22万円を手に入れた。高山君はそのあいだ4万円負けて真っ青になって帰った。
その後、その店で儲けた金に利子をつけてお返しすることになった思い出がある。
わたしはギャンブルのお金に縁がないことがよくわかった。

水曜日の配達を終わり。帰り道でくすの木温泉に立ち寄った。サウナと露天風呂で明日の元気が出た。

昨夜、プレミアムクラシックコンサート JUJU を録画している。東京フィルハーモニー(大友直人)
今夜はゆっくりJUJU。

今夜はローマの休日

曽野綾子「人間にとって成熟とはなにか」
新書版2百ページを読むのに時間をかけている。生きる指標にしたいことが多く、内容を前後しながらわたしの内容にしたいと反復しているから。
今朝、配達まえにコーヒーをいれて正座で読んだところに、わたしが一番足りないところが見えたように感じた。
それは、クリスチャンの曽野綾子さんが信仰をもったことを喜ばれたところだった。
善いことをして、人に認めてもらわなくても神様が認めてくださる。
反対に、夜道でお金を拾いポケットに入れても人は見ていないが神様は見ておられる。
人や世間の評価に生きるのではない価値観をわかりやすく、わたしに問われた気がした。
さらに、人が評価しなければ自分から「こんな善行をした」というような話題をふりまく。
まさに私の人生を指摘された思いがした。

昨夜の録画は「鶴瓶の家族に乾杯」と「ローマの休日」今夜はローマの休日を再生2時間。
最初にこの作品をみたのは20年前、日曜日を挟んで宮崎の出張。都城市のホテルでなにも予定のない日曜日。フロントに無料貸し出しビデオがあると案内があった。暇をもて余す日曜日の午後、リストをながめて借りたいビデオを決めてフロントに行ったら若い女性が応対してくれた。決めたビデオのタイトルを言い出せなく、仕方なく「ローマの休日」を借りた。オードリーがとても可愛と思った。もう一度あの笑顔。

鰹節が黒豆に

愛犬「はなちゃん」病状が末期。2年まえの今ごろ冷蔵庫が壊れた。これはライフラインだから財布の事情は後回しですぐに量販店で購入。そのとき保険をつけるか問われ、保険料を支払った。
犬の治療費が週に1万6千円(合計40万円の出費)の赤字家計。ふだんも安い焼酎の晩酌が、これより安い焼酎はないレベルにして乗りきっている最中の冷蔵庫事件。
その冷蔵庫にエラーの赤ランプが先日点滅した。しかし保険料を払って5年以内だったから基盤の交換などすべて無料でホッとした。

うどん「よしの」。ダシをとった鰹節とイリコは、毎朝奥さまがビニール袋数個にして、必要なかたはどうぞとお店の隅に並んでいる。余れば冷凍され木曜日にわたしが全部「犬の餌」でいただく。家内がそれをふりかけにして、犬も私たちも食べる。
それでも余るときは猟師さんの犬用に届けて喜ばれる。
野良猫が約10匹居着いて餌代に困るという老夫婦に、たくさんの冷凍鰹節をとどけた。美祢市の山奥、丁寧なお人柄で、わたしが固辞したらビニール袋に黒豆をたくさん入れて助手席に置かれた。

月曜日のスタートは岡本拓也さんのお宅。玄関でいつも立ち話。きょう「先日から2回足立さんと車ですれ違った」と言われた。
どこで、誰に見られるかわからない。ましてや天地の神様はすべてお見通し。

鶴瓶の家族に乾杯

「たった四杯で夜も眠れず」黒船が下田に来たときの様子をこう習った。
加来耕三先生は「なぜ夜も眠れず」だったのかを調べることが大切と言われた。
当時、日本の大砲は着弾した場所を破壊する。しかし西洋の野戦で使うカノン砲は着弾した場所で火薬が爆発する。破壊力に大きな差がある。その大砲を黒船は装備して日本に来た。松陰先生は3年前から、その時がくると力説しておられ、それが現実になった。
紙と木材で作られた江戸の街にこの砲弾が炸裂したら火災がおき火の海になる。だから「夜も眠れず」になる。歴史は理由を探らないと意味がわからないと話された。

あす夜8時は「鶴瓶の家族に乾杯」藤野先生奥さまの故郷(島根県)登場されるズーズー弁のばあちゃん「和泉冨美子さんが」奥さまの祖母になります。正調島根のズーズー弁が楽しめるようです。

その場所から斐伊川を下ったらところに直江があり、わたしの母の故郷。亡くなったおじいさんを桶に座らせ土に埋める土葬の風習に、小学生のわたしは驚いた記憶がある。
母は今朝もパン。白髪が抜けはじめた。きょうから12月と教えたら「運転は気をつけなさいよ」と心配してくれた。いつまでも親子だと実感した。

歴史を学ぶ面白さ

BS歴史館によく出演される歴史作家 加来耕三先生を講師に、セミナーパークで「吉田松陰と長州魂」と題した講演が午後からあり、定員300人のなかにわたしのペア申し込みがはいり聴講した。ペアは、30年前に初代富士通日本語ワードプロセッサーを買ったご縁でいまでもお付き合いの上田さん(松村御大と中学同級生)
朝2時に目がさめ映画を一本みたから、講演中に眠たくなる予感だったがテンポのよい、鋭い視点の歴史学?に90分本気で聴けた。これから歴史を考えるうえでのポイントが府に落ちた。

早朝の映画は「兄 かぞくのくに」
楽園を信じて大阪から北朝鮮に行った兄が、北朝鮮では治療できない病になり監視人つきで一時帰国。しかし、本国からすぐ帰れの命令で治療もしないで朝鮮に戻る。
アクションもなにもない、観ようによっては面白くない作品かもわからない。
わたしは、両親や妹が家族と数日暮らし、兄が去っていく間の心模様がとてもリアルに伝わり感動の余韻があった。

夕方、美祢市の原田外科でインフルエンザ予防接種を受けた。

感動の涙

神戸震災の10日ぐらい後、電気がかよい始めた。すると倒壊家屋で漏電し各所で火災がおきはじめた。全国の消防が発災から神戸に終結し困難な任務に就いていた。
火災現場で疲労で走れない消防隊員を野次馬が罵声を浴びせる。ホースの束を担いで歩くのが精一杯の消防士をみた。
最近の報道に疑問を感じることは、救急車の到着が何分遅れたと言う。早ければ早いほどよいのは間違いはない。けれども頻繁な出動回数のなかでまれに遅れたことが患者の権利を侵害したかのような報道にわたしは嫌悪感がある。社会全体が権利を主張している。
感謝の心が先に要る。

詩人・翻訳家の谷川俊太郎さんが午前のラジオに1時間登場された。
ツィターやメールにファクスでリスナーが番組宛で谷川俊太郎さんに質問をし、谷川さんが即答する番組構成だった。夕方の今でも心に残る質問と回答。

美しいものに接したとき涙かでます。悲しいときも怒りでも涙がでます。先生。涙ってなんでしょうか。

涙は二種類あります。感情の涙と感動の涙です。感動の涙が多い人は幸せですね。

この言葉が即答できる谷川先生に感服した。
周南市から帰り道で散髪をした。カミソリをあてながら店主が「自宅では電動シェーバーですかカミソリですか」と。電動シェーバーは肌を削るようなもので、わたしの肌は敏感肌だからカミソリを使うように言われた。わたしのツラの皮は厚くはないらしい。

今夜は温泉

6時半に農園スタート。4時半にゴールした。
初雪が舞う木曜日。戻ったら風呂であたたまりたいと思って、それを楽しみに240キロ走った。
農園に泊まる家内と、10分で着く天宿温泉に行った。夕暮れ、巣にもどるカラスの群れの騒がしさを露天風呂で聞きながらゆったり体をのばした。
風呂上がりはとうぜん缶ビール。これで明日も元気に働ける気がした。

朝参りの水曜日

無くなったナイフ

小学校の教室で新しい切り出しナイフを盗られたという生徒がでた。教師は生徒全員を外に出し生徒の机の中を開けてみた。いつも兄と比較され「馬鹿たれ!」と親に怒られ学用品を買ってもらえないあの子の机にナイフはあった。鞘に色をつけていたが、中は新品だった。教師はすぐに自転車で金物屋に走りナイフを買って戻り、盗られた生徒の机に入れた。事件は解決した。うるんだ眼で教師を見ていた子供がいた。

その子は昭和19年5月12日、ニューギニアの空中戦で戦死した。その前日、彼は先生に「あのときはありがとうございました」と手紙を出していた。

今朝の宮尾八幡宮朝参りで本殿脇のいつもの木箱からいただいたプリント。
この話は、熊本掃除に学ぶ会で以前に聞いた、熊本県の徳永康起という教育者の有名な話。
昨年12月3日。凍結した路面でスリップ事故をおこし車は全損。明日から雪マークになった。水曜日の配達をすませて下関トヨタまで走りタイヤ交換をした。
きょうはよく走った。

中島みゆきを2枚買った

今朝のラジオで、美祢市の炭鉱で亡くなられた人たちの慰霊に、韓国を訪れた美祢市の有志のことを報じた。
事の仕掛人は黄正吉さん。動いたマスコミは、NHK山口放送局記者の金 倫衣(きむ ゆに)さん。車をすぐ停めてお二人に「この時期、よいニュースになりましたね」とメールをした。すぐに返信2通が届いた。

SONGSで「中島みゆき」があった「地上の星」や「ヘッドライト・テールライト」ぐらいはなんとなく知っている程度だったが「誕生」という曲で中島みゆきが好きになった。
誰もがうまれたとき ウェルカムと祝福された

わたしの誕生のことをこれまで思いもしなかった。母は33歳でうまれたわたしを抱きしめた、夫と呼べる人のいない母は、それでもウェルカムと言ったに違いない。その母の気持ちを気づかせてくれた曲になった。
学歴偏重の世にうつむいた人を励ます「ファイト」もよかった。
両方聴きたいからアルバム2枚を買い求めた。
山口市内の配達。午前は衆議院審議の中継を聞いた。
先日、日本経済界の主だった面々が訪中し関係改善ができる糸口かとわたしは思った。しかし中国は経済と政治は別物の2枚腰。
きょうの採決は、そのことも含めて当然だとわたしは感じた。

テレビとラジオ出演

今夜の「鶴瓶の家族に乾杯」は、藤野先生奥さまの郷里、島根県奥出雲が舞台だから藤野にお知らせメールをした。返信に「家内のおばあさんに番組から取材があり、出演すると思います」夜8時。寝ていてはいけないから録画予約。
用があり9時過ぎに加奈ちゃんを訪ねた。加奈ちゃんの顔に疲れを感じた。連休の2日間パンを焼いて販売を山口市内でやり、そのわけは2日間の睡眠が2時間だった。体は疲れていても気持ちは元気そう。
来月9日と16日の2回。朝9時30分ごろからFM山口放送に生出演が決まったらしい。彼女の笑顔でわたしも笑顔になる。

昨夜NHKテレビで認知症の特集番組があり、今朝早く起きて再生して1時間みた。
驚いた!認知症を患う人の数は現在800万人。財産があっても、なくても生きていくうえで数々の問題があり周囲にお世話(負担)を担わせることになる。
母をとおして自分の老い先を見つめることになり、あらためて生きることと死ぬことが自由にならない現実を考えた。わたしが800万人のなかに入らないという保証はない。

小春日和の日曜日

日曜日はしっかり1時間歩く。母が朝食をはじめる8時に食堂に着きそばにおることにしている。部屋まで車椅子を押して行き、きょうは栗の菓子を用意し、なにか要るものはないかと言葉でさぐる。
山口市内の配達に向かう途中、ホームセンターに立ち寄りDVD収納ボックスを買った。NHKが戦争証言記録(各戦地ごと)を放映したほぼ全部。お気に入りSONGSが多数。新日本風土記に映画の数々など100枚以上も録画済みがあり整理しようと思った。

木曜日「よしの」で、わたしが行きたいところの話題になり秋田県角館と答えた。新日本風土記で紹介された。武家屋敷に商人の多くの家々が手入れされ残っている。殿様のまつえいのおばあさんが街を歩くと「お姫さま」と声がかかる。殿様のまつえいは秋田県知事である。そんなわたしの感想を話したら、読書家の吉野さんが、その殿様(佐竹)の歴史を詳しく話してくれた。
あまり詳しく知っていたから、昨夜もう一度「新日本風土記 角館」を見ようと思ったとき探すことに時間がかかり整理を決めた。

吉野さん説明のとおり佐竹の歴史が番組で紹介されていた。

午後から小春日和。日ごろできない仕事がはかどった。

予防接種に思う

2年まえ、18歳で寿命を終えた「はなちゃん」が子犬のころ狂犬病予防接種に行った。ひとつの注射器で何頭もの犬に接種光景に驚いた。
いくら義務だと言われても、日本中に一頭も狂犬はいない(狂犬に噛まれて感染)。この接種をするほうがよほど危険と考え、それ以来一度も接種はしていない。
もしかすると薬メーカーや獣医師が儲けるために残っている制度かもわからない。

数年まえ農園地域には週一回、半日ほど開院の診療所があった。そこでインフルエンザ予防接種を受けたら4500円。家内は宇部市内で接種を受け金額は半分。さらに「次回、ご主人と来られたら割引できます」と言われた。
この予防接種も叩けばホコリの出そうな感じ。来週、ひと山越えた美祢市の原田外科に接種の予約をした。

萩の常茂恵旅館に7時到着ができる時間に農園を出た。農園はプラス1度。峠越えは氷点下3度。路面に水分があれば凍結まちがいない。早めに冬タイヤをつけよう。

美祢市の炭鉱で亡くなられた韓国人の慰霊祭にきのう韓国に出発された黄正吉さん。出るまえ私宛てに郵送された案内が届いた。
来月4日の午後5時半開場。開演6時「韓国伝統芸術の宵」が下関市生涯学習センターで催される。
2部構成。1部 韓国伝統舞踏「釜山民族芸術団」 2部 カヤグム散調・民謡「李芳尉(イ・バンウル)」
主催・駐広島大韓民国総領事館 後援・下関市 山口新聞社
入場は無料。

黄さん。病気を奥さまの介助を受けて渡韓。さらに「日韓関係がこんなときこそ民間交流が必要」と達筆が添えられていた。前向き人生すばらしい。
関心ある方はわたしまでご連絡ください。

ハッピー物語

5時の外気は2度。
この冷え込みを待っていた。先月末にフィラリア駆除の今年最期の予定で投与したあと、媒介する蚊を何度か見た。ハッピーはこの病気キャリアだから、ハッピーの血を吸った蚊がほかの犬に接触したら感染する。
もう一度薬を買いに行き冷え込みで蚊が死滅する日をうかがっていた。今朝の投薬で終わり。

金曜日はハッピーが子犬7匹と保護してくださった地域の配達。みなさんハッピーが縁結び。
5年まえの秋に野良犬ハッピー家族は「なんとか助けたい」という人たちが保護した。子犬7匹を引き受けた人たち。母犬を誰かに飼ってもらうために、みなさんが避妊手術の費用を出した。その検査のときフィラリア感染がわかった。
術後のハッピーとわたしが対面したのはタマゴを配達したペットクリニック。痩せほそりおびえて震えていた。
子犬は全部もらわれたが母犬の行き場がみつからない。農園に当時3頭と自宅に1頭わたしの犬がいたからハッピーの飼い主探しをはじめた。
病気のことも隠さず話して「飼おうか」という人が3人見つかった。けれども、最終的にそれぞれの事情があり縁組みには至らなかった。
いつまでも地域と動物病院の好意に甘えることはできないと判断してわたしが引き取ることにした。
11月の末の日曜日。ハッピーを引き取りに夕方家内と行った。物語にかかわった地域のみなさんがお別れにこられた。リードをつけてみなさんと最期の散歩がおわり、10キロのドッグフードや数々のプレゼント。私には清酒「越乃寒梅」家内には素敵なエプロンを結納でいただいた。農園に戻り結納をあけたら封筒に3千円があり「宇部市に登録お願いします」とメッセージがあった。名前のハッピーは地域の三原さんご主人が命名。

農園に来たときは7キロだったが、いまは16キログラムで貫禄がある。今月はハッピーが農園に来た月。

靴が気に入っている

ウォーキング(仕事も)用の靴をスポーツ用品店で買った。
店員さんにアドバイスを求めたら、靴にそうとう詳しい。わたしが長年買っていたサイズは大きいと理由を加えて説明された。その説得力で「これがよいと思います」と選んでくれたモノを買った。
1センチも小さくなり、足が痛くなるのではないかという不安があったが、朝のウォーキングをすませ、1日中運転して夕方までどこも痛みはなかった。この靴ならかなりの距離歩けそうに思う。

先週から長府駅近くの踏切工事がはじまった。工期は1年。混雑しながら迂回して30分のロスタイム。きょうから下関市内で来年3月までの工期で水道管のメンテナンスがはじまり渋滞。それ以外にも工事が多く、到着時間が気になり気持ちが騒ぐ。
他の車を見ていると、迂回路らしき住宅街に入る車。警備員の制止を無視して強引に通過する車もある。
「人間にとって成熟とは何か(曽野綾子)」を読み終えたばかりのせいか、この渋滞は成り行きまかせにしようと腹ができた。イライラしても解決はない。

加奈ちゃんパン教室だった「はい」と焼きたてイギリスパンを一本いただいた。半分を「よしの」にわけた。その足で酒屋に行きチリワイン。これで木曜日の疲れはとける。

松原酒店(ホタテマン)がスマートホンにかえて、指がでっかいから苦労していると言った。

大地の子

福岡県矢部村ご出身。栗原三男さんに30年まえに聞いた。
農家の長男は田畑を継げる。継げない三男のボクは満蒙開拓義勇軍として新天地に赴いた。必死で働き、現地で結婚し二番目の子供は極寒の夜、ボクがとりあげた。敗戦。引き揚げの途中、その子は亡くなった。嗚咽された。

いま紛争により難民となり国境をさまよう人々の映像をみるとき、栗原さんの嗚咽を思い出す。
フィリピンや東北被災地でそうだったように、国際的に支援の手が差しのべられ食料、医薬品にテントなどが陸・海・空から届けられる。
しかし難民は紛争から逃げまどう。ひとつの希望もなく。

先日NHKテレビ クローズアップ現代が、時間延長して「小説に命を刻んだ・山崎豊子最期の日々」を放映した。
「私はこれまでいろいろな取材をしましたが、泣きながら取材をしたのははじめてです」作品「大地の子」について山崎先生の回想録音が再生された。

10年ちかくの歳月をかけ、日本人も中国人もあまり知らなかった孤児を活字として世にだされ、そこから平和を叫ばれた。

「大地の子」や遠藤誉「チャーズ」をむかし読んだ。けれども、もう一度読まねばならない気持ちがわいてきた。
単行本で三巻買えば約5千円。配達の小野田市にある古書店に立ち寄ったらあった。三巻で315円だった。

水曜日の宮尾八幡宮朝参り。まだ宮司に出会ったことはない。参拝をすませ本殿脇の木箱のふたをあけると短い読み物がある。それが参拝の楽しみ。私の悪いクセは、宮司とバッタリ会ってしまい雑談を交わしたら、話の内容で尊敬することもあり反対のこともある。つまり本質を見失う。
今朝の紙は。東井義雄先生の話より。

ある高校の水泳大会で、小児麻痺で足が不自由なA子さんがからかい半分で選手に選ばれた。A子さんは辞退しないで大会に出場した。ぎこちない泳ぎにプールサイドから笑いと野次でおお騒ぎ。
そのとき校長が背広のままプールに飛び込んだ。校長は懸命に泳ぐA子さんに「頑張れ」の声援をかけ続けた。その姿にいつしか生徒たちも粛然となった。
朝参り、さわやかなおかげを神様からいただいた。

宇部ラーメン

広島バスセンター「らんめん(安くて評判)」や麺と餃子の皮で横綱の井辻食産、井辻社長(掃除の大先輩・楽しく生きる達人)が「足立さんが一番うまいと思うラーメン店に行こう」と宇部に来られたとき「大阪屋」を案内した。
宇部市が「宇部ラーメン」というカラー冊子を出した。
南陽市「毘沙門」・小野田市「三平」「六助」・宇部の「三久」に「一久」。そのラーメン味の源流は、創業60年の「大阪屋」だった。
わたしが一番うまい店は久留米の「丸星ラーメン」井辻社長は満州から引きあげた父親にが広島から久留米まで汽車に乗りラーメン勉強に行くとき一緒だったらしいこともわかった。

今朝は小雨で寒かった。歩く時間約40分は降らなかったから傘を片手に歩けた。

ラジオの交通情報は「冬タイヤ規制」が多かった。最近、季節は暑いか寒いかしかない。

明朝から冷え込みそう

ゆで卵の殻がスルスルとれない。
おでんの季節になり今年もこの悩みを、お客さまから聞くようになった。卵は新しいとき、殻に対して中身が詰まっており、日にちが経つと殻から水分が抜けてむきやすくなる。
先日、寿司割烹「浪花」の大将にスルスルむけるコツを聞いたら、後日、丁寧に書き物にしてくださった。近々にお客さまに配らせていただく。

北風に通帳が道路で踊っていた。美祢の出来事。
数年まえ、小郡駅近くで財布を拾った。奈良県の高校生、学生証があったから交番に届けたら、書類にいろいろ書かされロスタイム。
通帳を無視して通過したが、落とし主がなんらかの被害にあっては困るだろうと手にした。JAバンクの通帳で、落とし主に振り込まれた名目と金額。引き落としの名目に金額が刻印されていた。
どこか交番があったら郵便受けにでも入れておこうと思った。ところが前方からバイクに乗った駐在さんがきた「よい!」と窓をあけて呼び止めて「そこに落ちていた」と窓越しに渡してアクセルを踏んだ。
明朝から冷え込みが強まる予報。太郎さんは朝ごはんを嘔吐して、夕ごはんは食べなかった。

日常から離れた1日

昨夜、美味しい料理に満足し、辛口の日本酒に酔い。部屋で飲もうと買ったウィスキーは飲まずに風呂に入って寝た。
3時に目が覚め、見出しの文字で買った、曽野綾子「人間にとって成熟とは何か」をベッドで読み始めた。
約100ページまで読んだころ外が少し明るくなったので散歩に出た。
唐戸市場までアルカポート沿いを関門海峡の潮風を受けて片道30分気持ちがよかった。近場であっても旅の醍醐味は非日常。7時、市場名物の握り寿司をたくさんの店が並べはじめており、もうそれで酒を飲んでいるグループもいた。
わたしたちは9時に訪れる予定だったが、その時間はこみ合う。電話で8時までに戻るから1時間早く行こうと伝えた。
ふくの味噌汁といろいろな寿司を腹いっぱい食べた。観光バスも着いて賑わいはじめたころわたしたちは山口市の県立美術館に出発した。
家内と妹のふたりは開催中の「五百羅漢図」に入館。わたしは、来月1日に磯村千代子先生と来る約束しているので車で読書。
二人は約1時間半かけて観賞した。
妹を駅まで見送り農園にもどったら、小倉の益本さん(タマゴお客さま)がたくさんの段ボールに詰めたアルミ缶を、わざわざレンタカーで農園に届けてくださった。
休日にレンタカー料金を払ってアルミ缶。そのアルミ缶は、会社の自販機でこの夏、大量に消費されたものを洗われた。
夕方、娘家族が到着するから家内は台所で忙しい。

ささやかな旅

萩から長門に美祢、山口を走り昼前に農園にもどった。
家内は母のようすを見て新山口駅に妹(広島在住)を迎えに行き農園に到着。これから下関一泊の小旅行。
昼は美祢の「よしの」元気のよい繁盛店。下関市に移動して海峡夢タワー(153メートル)展望室。対岸の門司港に、日本を代表する帆船、日本丸と海王丸が接岸しセイルドリルの真っ最中だった。
2時にチェックイン。家内たちはツイン。わたしはシングル。夕食の予約は6時だから、5時半に一階で合流。
フロントで周辺の風呂情報がわかった。歩いて30分の場所に、それぞれ二つあり「日乃出温泉」は天然温泉らしい。2時半に着いたら3時からのはじまりで年配男女の常連客が路上でにぎやか。わたしも仲間に入れてもらった。
約50年まえ、たまたまボーリングしたところ温泉が出た。当時、大洋漁業の社宅がたくさんあり風呂がなかった。船員も陸にあがりひと風呂がほしかった。まさに大繁盛の温泉黄金時代があったらしい。
温泉は海が近いせいで塩分があり石鹸の泡立ちはよくない。壁には小さい富士山が描かれていた。とにかく長風呂を楽しんで歩いてホテルにもどった。
明日の朝は唐戸魚市場で寿司で朝食。朝酒もできる。それ以上は決めていない。
夜は末娘家族が夕食に農園を訪れてくれる。
今夜は正志が農園に泊まってくれる。

垣内社長は元気!

地域情報紙「ほっぷ」本社に金曜日は納品がある。垣内社長がシャツ一枚で元気に掃除中。垣内社長がイエローハットの店舗展開を、山口県から福岡県まで20年まえされており、そのご縁で鍵山当時は社長と山口県はお掃除の縁ができた。垣内さんが元祖。

松村さん、宮川さん、岩国の佐古さんにも話しておいたが、来年の秋に山口大学に鍵山さんを招いて、学生を巻き込んだ掃除の大会をやろうと思う。学長の内諾は得ておるから協力してくれの。
この人は大ぶろしきをひろげて、それが目標設定になり具体化をする。これまでもそれに付き合ってきた。毎日2キロ泳ぐらしい70歳。萩生まれの男はみんな活きがよい。

台風被害のフィリピン映像に、わたしがなにもできない無力感をおぼえる。
ガソリンスタンドからガソリンを抜き取る長蛇の列に考えさせられた。容器を持ち整然と並んでいた。食料品店から商品を抱えて出てくる人々。
燃料は電気や水道が使えないから発電のためのガソリン。商店から持ち出す食料品は家族と生きる糧。
わたしが当事者なら同じことをやるだろう。東北の被災者と比べて、日本とフィリピンを比べてフィリピン人は節操がないように言う人がいる。
東北の現場は知らないが。神戸の被災地は体験した。誰も生きるために必死になる。
家が倒壊して学校避難所に来た人は、食料品などを半壊で家に残る人には喧嘩をしてでも渡さなかった。
現場は壮絶であり、テレビ画面をみて批評するのは間違いだと思う。
生きる糧を得ることは当たり前。金品を奪うのは犯罪。

山田まりあ最高

午後のラジオは「山田まりあ」パーソナリティーのラジオを1週間楽しむ。毎日ゲストに各界で活躍の人が登場。料理人がたまたま厨房の出で立ちで登場されたとき「やはり仕事着で来ていただくとよいですね!」とアシスタントが言うと。まりあが「うーん、お相撲さんは困るね」

浪花に納品。大将の荒川さんがきのうの農園日記を読んでくださり「お店のみりんは、昔から角谷文治郎商店を使っています」と言われた。わたしが幼いころ母が「酒がないから今夜はみりんを飲もう」とつぶやいた記憶がある。それを大将に言うたら「山本一力の作品で、江戸では冷やして飲んでいたと記述がありましたよ」それを聞いて母の追体験として「みりん」を飲みたくなった。農園にもどりアルコール度数13度の「みりん」をグラスに注いであおった。とても甘い味がした。母が酒のかわりに味わった。その味を知った。
しみず茶房の奥さま。こんどの土曜日に、海峡マラソンの仲間と女子会?を「てじょん」に予約できたと喜んでおられた。たまたま、その夜8時から明美さんの歌と演奏があるらしい。

夕方、犬のフィラリア予防薬を買いに行った。先月で、今年は終わりと思ったけれども、フィラリアを媒介する蚊がたまにいる。予報では来週火曜日にこの地域は氷点下になるから蚊はおわる。
ハッピーがフィラリアのキャリアだから投薬はしっかりやらないといけない。
きょうもハッピーが配達に疲れて戻ったわたしにキスを連発してくれた。

牧君ありがとう

酒屋の井上さんから新品同様の犬小屋を先日いただいた。そのお礼を申し上げ話が盛り上がった。
ほんもの「みりん」は酒屋にあるとラジオで聞いたから「みりん」はあるかと尋ねたから彼のツボにはまった。よくぞ尋ねてくれたとパンフレット二枚と700ミリリットルの現物を出した。
この「みりん」は三河で創業200年の角谷文治郎商店のもの(頭が高い!の雰囲気)もち米と焼酎でつくられて料亭の味が家庭でできる。
食品偽装はなかろうね。と言うたら「今回、日本酒を偽装した創業300年の、その富久娘をボクはうまい酒と好んで飲み、お客さんにもすすめた。ボクの酒屋としての舌はたいしたものではない」その舌が推奨する「みりん」700ミリリットルを1本買い求めた。

小野田市。野菜と果物の卸売りをされているKさんが自宅におられた「これから廃業書類を税務署に出しに行く」最近65歳をむかえ、体力の衰えと売上低迷で廃業。長年の専門知識があるから市場で安い給料を辛抱すれば働き口はある。玄関で税務署に行くご主人を激励した。

宮尾八幡さま朝参り。きょうはわたしには記念日。お礼申し上げた。
配達から戻ったら牧君から鹿児島と宮崎の焼酎2本が届いて嬉しかった。

冷え込みでカメムシ全滅

この秋。カメムシが大発生した。サッシの隙間から部屋に入り、服、布団、風呂に靴といたるところで発見。夕方はカメムシをガムテープで捕まえることが仕事だった。
今朝の5時。外気は4度。寒かったがこれでカメムシは全滅だろうと安堵した。

美祢市の山奥の方からきのう「うちの奥の家が配達してほしいと電話があった。ひと山、片道が約4キロ狭い林道のカーブをいくつも越えたところにそのお宅はあった。留守だった。
電話を今朝した「うちまで週にふたパック配達してくれるかね」と喜ばれた。山あいの限界集落とよばれる地域で生活を営む人で運転できない人は不便である。喜んでいただけるならばわたしも喜んで行く。
きょうはアルミ缶がどんどん集まり昼には満載になった。
配達から農園に戻り部屋に入ったら網戸にカメムシの姿は一匹もなかった。

いまさらの自問

楽しい時間のおかげで快眠できた。
多くの人たちと目的を掲げて、ブルトーザのようにすすむ生き方をわたしの歳ではじめたら無責任なことになるだろう。できるだけ小さく生きるようにしたい。最近そんなことを考えるようになった。
美祢市の黄正吉さんは体調がすぐれない。わたしよりお若いのに杖を使われるようになった。けれども在日韓国人として、同胞の縁組み企画。炭鉱で亡くなった同胞の供養など多面的に活躍される。
昨夜の宴会で松村御大「来年、国内で一番困難と評判の100キロウォーク(中国山脈越え30時間)に挑戦する。一緒に歩かないか」と打診された。
初対面だった堀内さんは70歳ちかいと思うがバングラデシュに頻繁に通われ子供の支援をされている「子供の瞳がきれいですよ!」
元野球監督の今村さんから早朝昨夜のお礼メール。きょうは陶芸作品に火を入れるので1日忙しい。
小さく生きることを考える人はわたしの周囲にはいない。きょうは1日、これからどう生きたら悔いがないかを考えた。まだ答えは出ない。

「てじょんの会」

朝食を済ませた母が「ワタナベから電話があった」とはじめて私を認知した私を認知したワタナベの名前を口にした。もちろん母の妄想物語。
もう命は長くはないから、うちに来んかと言うから「はい」と答えた。
ワタナベさんは何歳の歳上かねと尋ねたら「11歳」そのワタナベさんが、わたしの認知をした人である。健在なら105歳になる。
数ヶ月前、韓国料理店「てじょん」で、呉明美さんのカヤグム演奏と歌を楽しむ会を計画した。定休日の日曜日を貸しきる人数を尋ねたら15名。20名のみなさんがこの企画に賛同していただいた。本番のきょう、1名も欠けることなく、2名の追加で韓国料理と酒。明美さんのカヤグム演奏に満足できた。
下関から帰り、家内の運転で最初のセブンイレブンでウィスキー水割り。次のセブンイレブンで大吟醸。農園に着くまでに気持ちよく酔った。
わたしの宝物は友人だと思いながら。

心爽やかな出来事

萩の宿「常茂恵」に定刻7時に着いた。納品が終わり車に戻ったら、後ろから若い料理人が小走りでかけよった。先週の土曜日、わたしの車が出たあとこの場所に500円硬貨が落ちていた。彼は硬貨を握っていた。
これは襟を正して若者に頭を下げる場面だと直感した「わたしのお金ではありませが、ご親切にありがとうございました」と頭を下げた。とにかく気持ちがとても爽やかになり、夕方のいまものこっている。女将に短く嬉しかった気持ちをメールしておいた。
次の大谷山荘も定刻8時着。納品を済ませ車に乗ろうとしたらまたお声かけ「タマゴ屋さんじゃの」山荘で働くご年配の男性。わたしがタマゴを運ぶ姿をたまに見て知っておられた。
自分はかなり広い田んぼがある。今年の米を収穫したあと30キロ袋で5袋小米(商品価値がない)でた。あんたの鶏に食べさせてくれんかの。
飼料は鶏に最適な栄養になるよう農園設計のブレンドである。他のものは混ぜたくない。
しかし、小米の処分でわたしの顔が浮かんだと言われては断れない。1度に150キロは運べないから数回にわけていただく打ち合わせをした。小米が役にたって嬉しいと満面の笑みをうかべられた。

神仏というけれど、それは身近な、日常の出来事のなかから感じとれるような気がする。

自己暗示がつよい

対向車ドライバーのアクビを目撃したら、ほぼ確実にわたしもアクビが出る。
金曜日。周南方面でその場所が近くなると猛烈に眠たくなるところが下松の竹やぶ。ここは夏でも木陰になりシートを倒せばすぐ眠れる。アクビも竹やぶも自己暗示のようなものかもしれない。きょうも10分、夢までみて寝た。
「海賊とよばれた男」の出光に。戦前入社した人を知っている方がお客さまにおられた。
入社試験に驚いた。出題はひとつ。徳川家康・豊臣秀吉・織田信長についてあなたが理解していることを書け。
歴史を動かす店主が、人物を見極める設問らしいと思った。
本田宗一郎に見込まれ「ホンダSF」のロゴやスポーツカーNSXカタログ制作を任されたデザイナーの石原さんと親しくさせていただいた。もともと絵描き。何度かその現場におともした。極寒の現場に行くときは、下着のシャツを後ろ前反対に着て首が冷えない工夫。あまりの寒さに「先生、カメラをもっていますから。撮りますから帰りましょう」と言ってさんざん現場主義でないといけない理由を吹雪のなかで聞かされた思い出がある。
店主も本田宗一郎も人を見極める眼力に長けていた。

嬉しい木曜日

昨夜、加奈ちゃんメール「吉田のSさんと友人2名でパン教室に来られることが決まりました。ご紹介ありがとうございました」
Sさんはわからないが「吉田(地名)」と「ご紹介」でしみず茶房のスタッフだと思った。
午後、しみず茶房に配達に行ったらSさんから「パン教室に行きます」と笑顔だった。
日曜日にわたしと仲間で韓国料理と呉明美さんの歌と楽器を楽しみに「てじょん」を20名で貸しきった。その話題に茶房の奥さまが反応した。
松村御大の海峡フルマラソン感想文を読まれ昨年走られた(5時間45分)。先週の海峡フルマラソンも雨の中を完走(5時間50分)ちなみにご主人は4時間。そのマラソン仲間と打ち上げ女子?会を計画。わたしから聞いた「てじょん」に電話をしたら改装中で保留になっている。ぜひ韓国料理でおばさん会を果たしたいと話された。
今週の月曜日。小杉の高見のばあちゃんが「こまい小豆じゃけど、ちょっとじゃけど食べて」と小豆をいただいた。昨年もいただいた。歩けないじいちゃんを市民病院に入れ、軽四の運転に自信がなくなりタクシーで洗濯物の交換に通う。大きな屋敷に猫と暮らす(この家から教師になり、最後は静岡県から衆議院議員になり文部大臣になったおじさんがいる)
なにかお礼と考えていたとき、吉部八幡宮の野村宮司が祭のお下がりをたくさん持参してくださり、お下がりならお礼の理由になると持参した。猫はいたがばあちゃんは見あたらなかった。家内がお礼状を添えていたので、上がり口に置いてきた。
加奈ちゃん宅に配達。車がたくさんとまりパン教室「足立さん!」と出て来られたのは、皐ちゃん(中学生)のお母さん。教室で焼いた固くて重たいわたし好みのパンをふたつ「食べてください。わたしは酵母があるから焼きます」
美祢の酒屋に立ち寄り重たいチリワインを買った。
昔、イタリア料理店「ラ・フランチェス」の沖さんがイタリア好きを農園で熱っぽく語った。イタリアの農家に泊まっとき、夕食どきには作業服から普段着に着替えワイン。椅子に姿勢を正して座り家族で食事を楽しむんですよ!
今夜はパンとチリワイン。

水曜日は神参り

今朝の外気温度は6度。ぼつぼつ部屋の暖房をはじめてもよいほど。
配達まえ、犬と橋まで歩く。はじめは太郎さん。足元がヨタヨタ。排便は出す筋力が衰えており時間がかかる。ハッピーは軽快に歩き命令によく従う。野良犬だったとは思えない。
川の水温より外気が冷え込むこの時期、川面に朝霧がたつ。極端に冷え込んだら農園は視界がないぐらい霧につつまれ、県道まで霧がおおい車はライトを点けるほど。
今朝は少しの風があり、川面の霧が流され山々があさひに照らされる幻想的な場面をみた。
この自然のいとなみを毎日味わえる幸せは、わたしの人生最高の時間だと思う。
水曜日。宮尾八幡宮の参拝からスタート。掲示板に

私たちの人生の現実は・私たちの心の中を・映す鏡である

一隅を照らす

山口市内のおばあさん。きのう地域の集いがあり会場に子供を乗せてきた若い母親が、駐車場整理係に要領が悪いと窓ガラスごしに怒鳴る姿をみた。
なんと嘆かわしい社会になった。温暖化で気象環境がかわる。国の債務は増えるばかり。将来を生きる子供たちがかわいそう。
日本を代表する、ブランド力の店の役員が、食品偽装を手違いのような釈明。JR北海道もある。これから先、日本はどうなるのか。不安な気持ちを話された。
言われることにわたしも共感する。けれども、悪い出来事に目をうばわれるより、わたしは昔「一隅を照らす」という生き方を教わった。
例えば、世界中を掃き清めることはできないが、わたしの周囲だけは掃き清める。世界中の人がその気持ちになれば世界がかわる。
いつの世にも、嘘をついてでも儲けたい。自分がよければ。そんな人種はいる。その反対「大義」というのだろうか、黙々と実践される人もたくさんおられる。
吉部八幡宮「芋煮え祭」にお供えをさせていただいた。今朝、野村宮司直々にお下がりの供物を農園まで届けてくださったと家内から聞いた。
餅に和菓子に御神米などは皆さんにわけよう。わたしは「神職身分浄階特級昇級記念 吉部八幡宮第23代 野村清風宮司」(先日、陛下から頂戴された神職最高位)の記念手拭いをいただこう。

猟師が元気になった

狩猟解禁の11月。今朝は雨があがり、弁天池近くに軽トラックがたくさん止まり。オレンジ色のベストに帽子姿の猟師が約30名ぐらい犬と猟銃で参集していた。
わたしの飲料水。弁天池の水を20リットル頂戴した。
美祢の猟師さん宅に行ったら総勢5名が銃をかついで出発準備。この猟師グループに猪肉をわけてくれるよう先月頼んだ。わたしの大好きな10キロぐらいの小型犬が荷台に乗せられていた(体には猪と闘った傷痕が無数にある)「ケガするなよ」と頭を撫でたら飛びついて大喜び。山で猪の臭いを嗅いだらファイトの塊になり走るそうである。弁天池で大勢猟師が集まっていたと言うと「鹿じゃろう」大勢の猟は気持ちがゆるみ獲れない。少ない人数で責任持ってやる猟が成果になる。
きょうは連休で甲斐犬の「カイちゃん」主が畑仕事。今朝も約10キロの猪を殺して引きずって戻った。昼寝中のカイちゃんにそれだけ闘争心があるようには思えない。
今月から2月まで美祢の山々はにぎやかになる。
農園地域もそうである。美祢の山奥で生活をいとなむ人たちには、生活の足としての車が要る。食料品の買い出し。通院がその主なこと。消費税に加えての軽自動車税の引き上げ論議にため息が出ている。維持費が安いからこのボロ軽自動車が役にたった。
限界集落とよばれる地域がどんどん拡大する。高級車にはどんどん課税して、田舎で生きる足を切り捨てないでほしい。

芋煮え祭

「吉部八幡宮芋煮え祭」が正式名。お宮の祭があった。宮司が昨夜から本殿にこもり作法どうりに芋を煮る神事。
祭にあわせて3年に1度の伝統芸能 吉部村芝居が上演される。次の3年先には見ることができないと思い、雨のなか午後から家内と参拝した。
1時から余興。ドレスと和服の歌手ふたりが熱唱。約300人近い地域のみなさん大拍手。人数が多くて急ごしらえのテントにカメムシがびっしりついて、それがライトに舞うから臭い。これが村芝居の醍醐味か。
地域の人が約10名。2ヶ月毎晩稽古をされた演目は「親を裁く奉行(二幕)」
約2時間の立ち見は長かったが、笑いあり涙(お年寄りはハンカチ片手)の演技と衣装にメイクはとても素人芝居らしからぬ熱演だった。
昔から、秋の農作業を終えて、八幡宮で朝から子供神輿を楽しみ、田舎料理と酒を楽しんだあとは歌と芝居。餅まきと抽選会まで楽しんだら1日が終わる。地域あげて社交の場。田舎の文化を楽しんだ。
朝、母に農園しぶ柿をウィスキーでしぶ抜きして甘くなったおやつを持参した。とても喜んで全部食べてくれた。

寝過ごすワケは猪

7時に萩の常茂恵旅館にお届け。大谷山荘8時到着までのあいだ、三隅の国道沿いで一ヶ所お届けがある。済ませて道路を渡る車の切れ目を待っていたら、農園に飼料を運ぶバルク車(7トン)が通過したから手をあげた。
運転手さんが驚いて停車「どうされましたか」と驚かれた。
牛・豚に鶏の穀物飼料は門司港に海外など各地から運ばれ、飼料メーカーがそれぞれ配合して九州から中国地方の農場に運ぶ。
バルク車は様々な飼料を運搬するから、運び終えたらタンク清掃をして次の飼料を積み込む。朝4時ごろ門司を出て三隅の養豚場に運び終え、これから門司に戻って光市の養鶏場に走るそうである。
この飼料トラックが肉や卵をささえている。
夜中に作業場(わたしが寝ている階下)に入れている犬がはげしく吠える夜が続く。イノシンが土を掘り返してミミズをとっている。今年の夏は猛暑で、山の餌が少ないのだろう。おかげで起きる時間を寝過ごすことがあり、今朝から携帯電話の目覚ましを4時にセットしている。
発酵牛糞堆肥と腐葉土をささやかな畑に小型管理機でいれた。

母が喜んだ一日

金曜日の周南市方面は幼児と対面が多い。ほぼ正確な時間に訪問するので、卵代を握りしめてわたしを待つ子供もいる。玄関でしばらく遊び「さようなら」で別れる。わたしの仕事は幼い子供から高齢者までと会話ができる。
母がお世話になっている施設が、開設一周年記念行事を催した。
家内が出席してくれた。弦楽四重奏の演奏やゲームで母も喜んでいたようすを聞いた。家族の出席がなかった利用者はさびしいと家内につぶやいたらしい。
母の本日昼食お品書き
お赤飯・お刺身三種盛り・ローストビーフ・旬野菜の炊き合わせ・かぶの柚子なます・お吸い物・フルーツ
さぞ酒が欲しかっただろう。
一升の焼酎を1週間で呑む練習をしている(発泡酒・ウィスキーも毎晩呑む)今週は昨夜で焼酎がなくなり、きょう900ミリリットル瓶を急場しのぎで買った。宮崎綾町生産の紫芋を原料に日南市南郷の酒造会社が製品にした。
綾町も南郷町も議会会議録を契約いただき、年間最低でも4〜5回は訪れた「飫肥杉」という名の焼酎呑みながら大好きな宮崎を思い出している。

パーフェクト集金

新下関駅ちかくの衣料品店さら、スポットのご注文150個を12時から半までのあいだ。きょうは月末で集金があり指定の時間が気になる。
その指定時間は12時に着き喜んでいただいた。わたしが嬉しかったのは、配達軒数の多い木曜日コース、いろいろな事情で朝が遅いお宅があり、事情を知っているから玄関チャイムを押しにくい。パジャマ姿で財布をさげてこられたおばあさんもあったりしたが、はじめてパーフェクト集金を達成した。
大分県中津市の掃除の会は創業1967年、和菓子の「桃屋・甚兵衛」の加来さん夫妻がはじめられた。ご主人の夢、渡り鳥を眺めながら風呂に入る。中津市郊外に渡り鳥が飛来するため池そばに自宅をつくられた。その後ご主人は亡くなられ奥さまの味紗さを(いま68歳)が家業を守っておられる。
北京掃除に学ぶ会のとき、加来さん夫妻が広い公園で行方不明になり走りまわって見つけた思い出。ご自宅にお線香をあげに松村御大とおじゃましたこともある。
来年のNHK大河ドラマは中津藩城主だった「黒田官兵衛」桃屋甚兵衛の味紗さんは、官兵衛の妻「お光(てる)の方」に目をつけ、焼き菓子「良妻お光さま」と銘打った商品を開発された。
毎日新聞が伝えてくれた。この店定番は「びったれ餅」

農園の窓越し風景最高

水曜日は今村夫妻とのよもやま話が楽しみ。今朝の夫妻はよそ行きの服装。8時半に集落の老人を今村奥さんがたばねて、社協のバスを走らせ角島見物のミニ旅行。今年25センチの開腹手術のあと「もう酒は欲しくない」と言われたご主人が「きょうは運転がないから、精一杯呑めます」と満面の笑み。
昔、社員の高山君を静岡の管理者養成学校(通称・地獄の特訓)に2週間入れた。凄まじい洗脳を受けて会社に戻った朝、彼はわたしに抱きつき泣きながら「これから会社のために全力を出します!」
1週間ほどたった夕方5時「おさきに失礼します!」と彼は帰る「なにか大切なことでもあるのか」と尋ねたら「新台!パチンコの新台が入りました」男の決意はこの程度。
酒屋の井上さんは、犬と猫を飼っている。その犬(14歳)は両目失明と認知症に皮膚病の三重苦。長くは生きられないらしい。その犬に以前買い求めた犬小屋(新品)がある。それを譲り受けることになった。日曜日の朝、トラックでいただきに行く。
19歳の農園犬 太郎さんもかなり悪い。きのう朝、食事しながら肛門から鮮血が落ちた。はなちゃんで汚れたり出血したりを経験したので、少々のことでは慌てはしない。寿命に不足はないだろうから、食べられなくなったら、それ以上のことはやらない。
赤崎小学校の木陰で弁当を食べた。昼寝体制になったら校内放送が聞こえる「きょうは、音楽をながすCDが故障しました。給食のあいだ放送部員が頑張ります」リクライニングシートを倒して、タオルをまぶたに置いてわたしは寝る体制。放送部員は「なぞなぞ」の放送をはじめ、わたしも回答を考え続けて眠れなかった。
夕食どき、窓越しの山。14年、朝夕眺めながらご飯をいただき、酒を呑んでいる。この風景でくつろいでいる幸せを感じた。たしかに1人の晩酌で話し相手はないけれど、晩秋の山々を眺めて酒が呑める。人はその満足感をもとめて旅に出る。わたしは、得がたい至福の時間を長年楽しんできたことに気がついた。

農園は秋景色

きょうの火曜日。気になるお宅があった。
10年ぶりの第2子の予定日が遅れて先週も「まだなんです」とお腹を抱えたNさん。今朝もおおきなお腹で出てこられるより留守を期待した。彼女の車はあったが留守だった。
セブンイレブンのホットコーヒーを飲みながらの田舎の空き地。山のなかに濃い黄色の実が鮮やかに見えた。藪をかきわけてナイフで秋の色を葉もつけて収穫。テーブルコーディネイトを自宅でレッスンされる奥さまに見せたら「まぁきれいなカラスウリ!」と喜ばれた。なぜカラスが黄色か疑問が残る。
岡本拓也さんのお母さんからササゲマメ?の苗を10本いただき鶏フェンスの下に植えた。たった10本がどんどん成長して今が収穫真っ最中。
毎日夕方、黄色くなったサヤをとり、あくる日天乾燥。夜の楽しみで豆をとる。小豆より少し大きいが素人目には小豆。
わたしは一合の米を炊き。それが3食。夜、その豆と麦を炊飯器に入れ、多めに水を入れたら、赤く色がつき赤飯のようなご飯になる。このご飯はうまい。
お客さまからたくさん銀杏をいただいた。農園ツル首カボチャも不作ながら熟れはじめ、椎茸も出てきて農園の秋は深まった。

朝は7度。冷え込みはじめた

今朝は寒くて目がさめた。外気は7度。
朝食と弁当をつくりながらラジオで山口市長選挙の結果を知ってがっかり。なんと投票率は36%の低調。その分析は誰かがするだろうが、なんとも情けない。とかく政治家や社会、経済問題にはやかましく言う人が多いが投票には行かないことにがっかり。
美祢の年配猟師さんが「いま警察に廃銃届けをしてきた」個人が高額で買った銃でも、最後は警察に納めなければならない法律。わたしには納得ができない法律。さて、体重約50キロちかい猟犬をどうするか。どれだけ大きなイノシンでも果敢に攻めて負けたことがない10歳「あんた飼ってくれんかの」わたしにこの犬の世話は、体力的、経済的に無理だと断った。
近くのお宅では甲斐犬の「カイ」が庭でゴロゴロ。奥さんが「今年だけで4頭イノシンを殺したんですよ。タヌキにカメにヘビ。動くモノには噛みつきます」しかし、これまでイノシンから反撃を受けなかったからよかったけれど、放し飼いしておれば必ず怪我をする。
いつもきれいな庭のお宅。はじめて、その手入れを目撃した。高麗芝に少し芽を出した雑草を、メガネをかけてピンセットで主が抜いていた。庭の芝生が美しいわけをはじめて知った。

百田尚樹節で心が元気に

10月16日産経新聞の一面トップは。
元慰安婦報告書ずさん調査 氏名含め証言曖昧 河野談話根拠崩れる(本紙入手)
このスクープはこれから意味を持つと思い保存している。
自由民主党の山口県政経セミナーが山口市のホテルかめ福で午後から開催され参加した。
講師の百田尚樹先生が「海賊とよばれた男」で描かれた、戦後の日本をささえた精神を拝聴したかった。理由は。プロジェクトX初回の放送で、無理だと言われた富士山頂にヘリコプターでレーダードームの骨組みを運んだ男。0式艦上戦闘機の教官として若い命を特攻隊で散らす任務を担った。だから、命をかけてでも国家事業に飛んだ。8月15日。
わたしはこの番組をみて、あの戦争から生還した男たちは、なぜ自分の命があったかを自問する場面があったのではないかと思った。だから、空襲で焦土と化した日本で、300万人もの犠牲を払い(戦争未亡人・働き手を失ったり父親を失った悲しみの日本)しかし、この国を再建する情熱に燃えた男たちがゼロではなくマイナス(莫大な戦争補償金)からの出発をした。
そのエネルギーを百田節で聴くことができた。はじめは朝日新聞の自虐的歴史認識からはじまり、戦後の復興を果たした、明治、大正生まれの人たちを出光興産を舞台に、あのイギリスを相手に石油戦争に挑んだ男たちを百田先生は目に涙を浮かべて語り尽くした。確かに出光興産も日章丸船長も生え抜きかも知れないが、その戦いをささえた官僚も保険会社も銀行も、すべてマニュアル違反をして。いまは日本が復興するための石油がいる俺の首がとんでもよい。その国を愛する心がひとつになりイギリスに勝った「日章丸事件」を詳細に語られ満場の拍手がわき上がった。
わたしは、この誇り高い日本にうまれてよかったと元気をいただいた。

今朝の母は妄想のなかにおり、いろいろ物語を聞かせてくれる。
わたしが母の立場になったとき、母のように面白い物語を語れたらよいが。

神仏談義

萩市からはじまり、いつもの8時半に美祢市の黄正吉さん宅に着いた「きのうソウルから戻った」で会話ははじまった。約1時間、会話のベルトが回った「いい話ができた」と笑顔で手をあげて見送ってもらった。
「いい話」は多分宗教談義のことだろう。宗教による助かりのようなことを問われた。問いには外れているがわたしの持論を話した。
例えば、少しの時間差で交通事故が回避できたのは、自宅を出るまえに靴のヒモをしめ直した。あのヒモのゆるみこそが神様がお前を救うぞ。というような理屈が多い。
戦地から生還した人はたくさんおなじような物語がそれぞれにある。
それならば、運動会が雨で中止になり子供は残念。つくった弁当もある。これは「おかげ」でないのか。
要は、私にとって都合のよいことが神仏の「おかげ」のような尺度では神仏の説明が困難になる。人類にとっておおきな惨状がおきても、肉親の不幸に嘆いても、それをいつかは受けとめることができて前に進もうとする心をいただくことが「神仏のおかげ」ではなかろうかと、どん底の悲しみの経験のないわたしが偉そうに言った。
ならば、金光教はなにを拝んで、どんなおかげあるのか。と問われた。それはわたしの急所である。
参拝していた教会に背を向けて約20年。その明快な理由はある。けれども去りきれない気持ちもあり、教団刊行物は購読している。いわば、金光教のまわりを人工衛星のようにまわっている。
その立場で善い話も反対の話もできない。

午後から録画した映画「フェイス・オフ」2時間を一気にみた。面白いストーリーを楽しめた。

火曜日。長女夫婦がご用をさせていただいている金光教太秦教会の大祭が仕えられる。家内は明日から二晩泊でご用奉仕に向かう。途中下車して播州龍野市の墓参りも予定している。

ペットの話題で金曜日

運動中に後ろ足の腱が切れ、先週金曜日に人工の腱を骨2ヶ所に穴をあけてつなぐ手術を受けた防府市の「アンちゃん」が気になった。2時間の手術は無事におわり半月ぐらいで正常に歩けるらしい。
その手術をされたペットクリニックには、3月に路上で流産し、瀕死の状態で助けられた野良猫がいる。助けた方が飼うと言われても、野良猫だから人を威嚇して飼える状態ではなかった。ドクターは待合室に大型のケイジを置き、そこに野生の猫を入れ、人に慣れる訓練をはじめた。だいぶ穏やかになり、ドクターは抱くこともできるようになった。
山口市内の美容室で保護されたうまれたばかりの子猫は、子猫を世話するボランティアが預かり、美容室の先生が費用を負担しながら飼い主さがしをされ、今朝「見つかりました!」と喜ばれた。
来月で農園犬になり4年になる野良犬だったハッピー。先日、今年最後のフィラリア予防薬を投与した。捕獲された後の検査でフィラリアに感染していたが今のところ発症はない。約7年、発症しなければ当初の寄生虫は死滅するらしい。
金曜日はペットがいるお宅が多く、話題に困らない。

黒田先生のホームページは。

http://rinen.gr.jp

ポケットベルの想い出

下関トヨタでオイル交換をするため午前の配達は足早。予定の時間にピットインできた。交換を待つあいだ江口店長にコーヒーをいただき笑い話。
江口さんが若い営業マン時代のこと。外出中の江口さんを「ポケットベルで呼べ」と所長が若い部下に命令した。部下ははじめて手にしたポケットベルに向かって「江口さん!」と叫んだ実話。
加奈ちゃんが「美祢軽トラ市」が運営の商工会議所からやめると宣告され終わったと嘆く。やめる主な理由は客が少なく宣伝効果がみえないことらしい。
1年(12回)も継続しないでやめるぐらいの地域おこしは恥だと思う。簡単に盛況が実現するわけがない。うまく運ばないから悩み、工夫を重ねて本物になる。加奈ちゃんは自宅販売をその日やって、いつもの数のパンが完売したらしい。
近々、山口市一の坂川で地域興しで土曜日の店舗販売を頼まれたらしい。また、レストラン「うさぎ」の金刺オーナーシェフも加奈ちゃんをいろいろ応援されていることも聞いた。一生懸命の姿は周囲が応援したくなる。
「よしの」雨でも完売。きのう皿を今村さんに頼みに夫婦で行き、ビールと日本酒をたくさんいただき皿の打ち合わせを忘れるところだったらしい。来年2月までに打ち合わせの皿が今村陶工の太い指でつくられる。

カルタクィーンの気合いメイク

黒田先生からいただいた本2冊(理念の時代を生きる・森のフォーチャの暮らし)。理念の目次を昨夜見て驚いた。それは、わたしが敬愛する作家、新田次郎の記述を「スイスアルプスの旅・新田次郎の思い出」を目次のなかに見つけた。
黒田先生は家電メーカー社員として秋葉原でトップセールスを3年やり遂げた偉業がある。疲れはてボロボロになった気持ちを、新田次郎の作品のなかに溶かし、自身も各地の山々を単独登山され鋭気を養われた。その新田次郎の碑がアイガーを望む場所にあると知り旅をされた。新田次郎が憧れつづけたアイガーが眼前にひろがる地に20センチ×30センチの小さなプレートが石のうえにあり「アルプスを愛した日本の作家新田次郎ここに眠る」と記されていた。
黒田先生とは相当長い時間会話をして、わたしは先生のことを知っていたように思っていたが新田次郎は知らなかった。
今朝、ご迷惑にならない8時をまってご自宅に電話をした。今度は新田次郎を話しましょうと伝えたかった。
先生は高知県に講演出張と奥さまが電話口。奥さまの本のタイトル「森のフォーチャの暮らし」フォーチャてなんですかと尋ねた「ケルト語でウェルカムです」奥さまの作品モラ美術館も完成しているから来てくださいと案内された。
黒田先生の師は城野宏先生というお方。あることで城野宏先生は、中国撫順に収容されていたことを知った。
シベリア抑留者約60万人の日本人のなかから特にエリート1000人が撫順に移送され、戦後も約10年近く軟禁され共産主義の洗脳を終えて帰還した。その後1000人は教育界や政界で日本をかえる根を張ったとわたしは認識している。
なにかの電話で黒田先生に「先生の恩師は撫順で洗脳されたひとりでしょうか」と尋ねたら「ちがう。ゆっくり今度話そう」で終わっている。再会楽しみ。
今村さんが水曜日の最初の配達。奥さまはバッチリメークで目もとはパッチリ「じぇじぇじぇ。どうされましたかその顔は!」奥さま本業は化粧品の販売できょうは気合いをいれて化けたらしい。
お昼に美祢から吉野夫妻が訪れ、今村さんに吉野奥さまのイメージの食器を伝えて制作の打ち合わせらしい。野球監督は陶芸家気分になりウキウキ。とりあえず昼飯で一杯呑んでからと言われた。
楽しい水曜日(よしの定休日)になったろう。

みなさんお達者

小野(農園近く)にお住まいの平山智昭先生(小学校校長を歴任。わたしは出版のお手伝いを何度かした)80歳はこえておられるが心も身体も元気。
数年まえ、この資料はあとから大切になる。あんたも保管しておいてくれと印刷物をいただいた。内容は小野地域にある古い信仰の対象物、その数は200をこえる。ほこら・やしろ・観音・山伏の祭場跡など、地域の古老に場所を尋ねて山々を踏破され地図に場所と写真が記されている。
そのなかで、豊後竹田の城主、志賀は小野と深い関係があることをつきとめた。志賀姓は小野にある。
さらに、初代毛利秀就公の生誕地は、広島ではなく小野だったとつきとめられた。その母君「二の丸様の顕彰碑」をつくられ、歴史の杜と命名され来月その除幕式をされる。その案内にご本人が来られた。その日の出席はかなわないが、先生の行動力に敬服した。

本が2冊抱き合わせで届いた。送り主は黒田悦司先生。「理念の時代を生きる・黒田悦司」と「森のフォーチャな暮らし・黒田善子」広島の人生愉しく生きる達人の井辻さんから黒田先生を紹介いただいたのは約20年まえ。
脳力開発(能力ではない)が黒田先生のメシのタネ。その内容がすばらしく社員研修の講師に何度もお願いした。
「なーるほど!」「それで!」と聴き上手は阿川佐和子をこえていた。
何度か茨城県霞ヶ浦近く、森のなかのご自宅に先生を訪ねた。奥さまは刺繍「モラ」では有名な方と知った。
毎年、夫妻で海外リゾート地に長期滞在をすることが楽しみ。
先生が農園に泊まると温泉に行く。温泉でも聴き上手がはじまりゆでダコになる。酔ったら窓をあけて山に向かってカンツォーネを歌う。下着はフンドシ。
先生がたは元気いっぱい生きておられる。もう少しわたしも走らなくては。

ぼつぼつの営み

お届けするタマゴの数は毎日変化がある。
就職や結婚などで家族が減ったとき。医者からコレステロール値を改善するためにタマゴの数を指導されたとき「今回で終わりにします」と理由がわからないときもある。
きょうは下関市内から偶然おふたりの方から「配達してください」と連絡をいただいた。彦島の方は、友達からひとパックいただき美味しかったから。菊川の方はご近所の知り合いからすすめられた。
美祢の奥で大型猟犬と生活をされるおじいちゃん。体力が衰え「今年は猟はせん」と言いながら、農家にイノシンやシカの駆除を頼まれ、今年もゴソゴソ猟の用意をはじめた。きょうで4回会うことができなかった。タマゴはいつもの場所に置いた。それからしばらくして農園から電話が着信「4回分のタマゴ代を支払いに来られました」美祢から細い峠越えをされわざわざのお支払いに嬉しくなった。
農園のタマゴはお客さまからクチコミで長年かかって、増減を繰り返しながらじりじりと数が増えてきた。対面販売なので人間関係も生じてくる。
ぼつぼつ歩んでいる実感。

村芝居の紹介

農園から車ですぐの場所に吉部八幡宮がある。来月3日に「芋煮え祭り(神事)」に合わせて、3年に1度の村芝居が奉納(10回目)される。
今年の演目は、2幕構成の「親を裁く奉行」地域のさまざまな職業のみなさんが数ヶ月稽古を重ねてこられ、笑いあり涙ありの内容と聞いている。3年さきは見られないかもわからないから、今回はワンカップ酒持参で楽しみたい。
関心ある方はわたしまで問い合わせください。
今朝の母は車を押して歩いて食堂に出ていた。母は長女で、きょうも妹たちの様子をわたしに尋ねる。健在な妹は兵庫県の鶴子さんだけ。他はなくなったとは言えもせず嘘も方便。
驚いた言葉は「この部屋に来て1年になるね」そのとおり、昨年の11月に施設が完成して新居に入った。どこまでが夢の中か不思議な気持ちになった。帰りるわたしの背中に「ありがと、気をつけて」と言葉をかけてくれた。母はいつでも子供が心配。

秋はやっぱり太る

朝の5時半はまだ暗い。犬が吠えるから外を見たら釣り人の車がライトをつけていた。
6時すぎ犬と歩きはじめた。久留米ナンバーの釣り人に挨拶をしてすぐ「ワーッ!」と久留米が叫んだ。川におりる土手で足を滑らせ川まで転んだ。怪我はなかった。西くんもあのように滑って小雪の1月川までいったのだろうかと思った。

お昼まえ、山口市内の魚屋に立ち寄った。先週買った青森の真サバがうまかった。きょうも店員の笑顔は青森のサバ。二枚におろしてもらい、新鮮な小イワシも買った。
午後から電動ノコで焼却炉の薪づくりに汗をかいた。4時にシャワーをあびて16日付け産経新聞を缶ビールで読んだ。この日の紙面は、1面トップ記事から河野談話の根拠を「慰安婦証言根拠は曖昧」ではじまり、2面から3面も朝日や毎日新聞の根拠のない自虐史報道をわかりやすく解説してあり、丁寧に読んでいる途中。
自宅に帰る家内が小イワシと野菜を天ぷらに揚げはじめた。時間は早いが焼酎にきりかえた。青森のサバは煮付けと揚げものになり、1週間青唐辛子わ漬けた味噌で食べたら最高だった。
秋はやっぱり太る あだち山頭火

カルタクイーンの快挙

地元紙を昨夜見た。
ねんりんピック2013高知の協賛イベント「百人一首かるた交流大会」山口県チームは3人の紅一点が、われらが今村美智子さん(60歳・元かるたクイーン在位4期)。このチームで全国3連覇を13日に果たされた。16日の配達で奥さまといろいろ会話を交わしたが、そのことは話されなかった。わたしなら鼻高々で自慢話をする。
金曜日は「湯田花園」に10個届ける。約10年まえ、ご夫妻で市内で食事のとき卵料理が美味しかった。お店経由で配達が決まった。
母の部屋を飾る花について相談をした。日当たりとか水やりの管理は無理だが、やはり花は置きたい。それならばと生花をいったん脱色してから色を鮮やかにつけなおした鉢物をすすめられた。触っても生花と同じで4年ぐらいはもつらしい。ひと鉢買い求めた。
周南市の配達。午後の帰り道。参議院の中継をラジオで聞いていて驚いた。民主党女性議員が総理質問のまえに伊豆大島の被災について
「衷心よりお見舞い」の原稿を「あいしんよりお見舞い」と読み違え訂正した。人間だから間違いはある。けれども国会の場でお見舞いの言葉を間違うレベルには驚いた。他人が書いた原稿の棒読みが露呈した。